真紅と山吹色の魔力が空中で激しくぶつかり合い、その度に衝撃を生み出しながら大気を震わせる。二つの魔力光は何度も何度も衝突しては離れ、離れては磁力で引き合うように再び衝突し続けた。遠目で見ている分にはその光景は美しかった。光を放ち輝く二つの魔力がやたらと派手なイルミネーションのように映り、事情を知らない者が見ればその美しさに感嘆の溜息を出すかもしれない。しかし、その美しい光は眼の前の敵を殲滅する為に行使される力の残滓が、ただ光って見えるだけだ。それを証明するのかのように真紅の魔力光の持ち主――ヴィータは幼い顔に鬼の形相を浮かべて得物を振るい、フードの男に突撃していた。「落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」両手で握ったグラーフアイゼンを振り下ろす。対するフードの男は無言のまま槍を振り上げた。柄と柄が激突し、耳を劈く金属音が鳴り響く。そのまま鍔迫り合いとなり、ヴィータは歯を食いしばって手に力を込めながら至近距離でフードの男を睨み付けた。やはりフードの男の顔が見えない。具体的には鼻から上が見えないので、表情が読み取れない。「テメー、ベルカの騎士ならせめてフードくらい取りやがれってんだ」自分と同じ古代ベルカ式であるフードの男に、鍔迫り合い越しに苛々した口調でヴィータが文句を言うと、意外にもフードの男は反応してみせた。「それは出来ん」「なんでだよ?」「犯罪の片棒を担いでいる人間が素顔を晒せると思うか?」「……」ごもっともな意見に思わず黙り込んでしまうが。「……だったら、力ずくでその鬱陶しいフード剥いでやる」数秒間黙考した後、ヴィータは自分なりの考えを口にし、無理やり相手の槍を弾き飛ばして間合いを取る。<ギガントフォルム>アイゼンが主の意思に応え、柄のギミックが排気すると同時に機械音を立ててその形を巨大な六角柱の鉄塊へと変えた。それで人間を叩こうものなら原型も残らないくらいに大きなハンマー。より攻撃的なフォルムとなったヴィータのデバイスを見て、フードの男が纏う空気が更に緊迫したものになる。そして、ヴィータは天を仰ぐように大きく息を吸い、一度呼吸を止めてから、「逝っとけよゴルァァァァァッ!!!」獣のような咆哮を吐き出し吶喊した。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat14 Confrontation PATH B巨大な鉄槌を振り翳して襲い掛かってくるヴィータの一撃を、馬鹿正直に真正面から受けてやる義理などゼストには無い。というか、あんなものをまともに食らったら間違いなく原型すら留めずペシャンコだ。(殺す気か?)ゼストは内心で冷や汗をかきながら槍を構え、迎撃態勢を取った。ギリギリまで引き寄せてから回避し、カウンターを叩き込むつもりだ。鉄槌を大きく振りかぶり突っ込んでくるヴィータを睨むように見つめ、タイミングを計る。だが、突然ヴィータはゼストの予想外のことをした。「おんどりゃぁぁぁぁぁぁ!!」いきなり鉄槌を投げたのだ。己のデバイスを。勿論ゼストに向かって一直線に。何の躊躇も無く。投げられたものがナイフなどの投擲武器であればまだ分かる。ヴィータが持っている武器が元々そういうものの類であれば納得もしよう。飛んでくるのが射撃魔法であれば尚のこと。だが、ハンマーは振り回すものであって、断じて投げるものではない。至近距離で振り回しその重さと破壊力で叩き潰すものだ。何より騎士にとって武器とは自身の魂でもある。それを投げるなんてベルカの騎士として常識を疑わざるを得ない。ベルカの騎士云々を言っていたのは何処の誰だ?非常識な真似を眼にして一瞬だけ動きを固めてしまう。頬肉を引きつらせ、縦に回転しながら高速で飛来する鉄槌を交わす。直撃したら挽肉コースは間違いないので必死だ。掠るようにして自身の横を通り過ぎて行く鉄槌。それが起こした突風にも似た風切り音に冷や汗をかく間も無い。一気に間合いを詰めたヴィータが、「ソル直伝、バンディット――」ゼストの顔面に左飛び膝蹴りを叩き込み、「リヴォルバー!!」翻るドレスのスカートなんて知ったことかと言わんばかりに身体を捻るように回転させて、右踵落としを脳天にぶち込んだ。踵落としによって空から地面へと撃墜するゼスト。土埃を巻き起こし、その姿が大地に沈む。その様子を確認し、右手を己のデバイスに向け呼び掛ける。「来い、アイゼン」呼び声に応じて鉄槌が大きく弧を描いて右手に戻ってきた。パシッ、と音を立ててアイゼンの柄をキャッチしてから、左手の平に人の頭程もある大きな鉄球を生成し、そのまま左手を高く掲げた。「コメートフリーゲン!!」そしてバレーボールのサーブを打つように、アイゼンで鉄球を打ち抜いた。射出された鉄球は赤い魔力光を纏いつつ真っ直ぐ飛んで行き、今にも立ち上がろうとしていたゼストが不十分な体勢で構えた槍に直撃。瞬間、ゼストを中心に魔力による爆発が発生し、一帯をヴィータの魔力光で染め上げ、視界を赤い光で埋め尽くす。が、ヴィータの追撃は止まない。「まだ終わりじゃねぇぞ、シュワルベフリーゲン」今度はピンポン球サイズの鉄球を四つ生成し、先程と同じように打ち抜く。四つの鉄球は粉塵の中へと飛び込んでいく。「もう一丁」宣言通りにもう一度シュワルベフリーゲンを放り込む。「おかわり!!」更にもう一度、四つの鉄球が追加。「サービスだ、食らっとけ」ついでにコメートフリーゲンも。「おまけも付けてやる!!」最後にもう一度コメートフリーゲン。怒涛の勢いで魔法を叩き込んだ為、爆発が何度も発生し、その度に魔力光が瞬いた。やがて爆発が収まると、ヴィータは心の中できっかり十数えてから眼下の粉塵に向かって口を開く。「……出て来やがれ。無事なのは分かってんだよ」肩にアイゼンを担ぎ鼻を鳴らすヴィータの視界の先で、ゼストが無事な姿を現す。直撃は免れたのか、余波を防ぎ切ることは出来ず羽織っているロングコートはズタボロだが特に外傷は見当たらない。あの状況で見事に凌いだことからゼストの実力の高さが窺える。それでも目深く被っていたフードはヴィータが言った通りに剥ぎ取られてしまったが。「テ、テメー!?」ゼストの顔を見て、ヴィータの眼が大きく見開き、その表情を驚愕に染める。彼女の驚きは無理もなかった。ゼストは遺体こそ発見されていないものの公式には死んだことになっているのだから。そんな人物とは知らず戦っていたとなれば普通は驚くものだ。ソルが賞金稼ぎとして活動する切欠となった事件の当事者であれば尚更。「……ゼスト・グランガイツ……なんで、テメーが……?」震える声を漏らすヴィータは、そこから先を言葉に出来なかった。聞きたいことなら山程ある。生きていたのか? じゃあメガーヌも? 生きていたなら今までどうしていたんだ? クイントとソルがお前らを救えなかったことにどれだけ心を痛めたと思っている? 何故こちらと敵対する? 一緒に居る召喚師はもしかしなくてもメガーヌか? ジェイル・スカリエッティの仲間なのか? などなど。ゼストは黙して答えず。瞼を閉じ、首を左右に振る。何も聞かないでくれとでも言うように。「レリックコア、解放」代わりに紡がれた言葉が男性特有の低い声であった為、ヴィータは聞き流してしまいそうであったがなんとか聞き取ることに成功した。「なっ!?」飛行魔法を発動させたゼストが自分と同じ高さまで音も無く近付いてくるのを、ヴィータはまるで信じられないものを見る眼で睨む。――まさか、コイツ……!!「構えろ、鉄槌の騎士……少々本気を出す」纏う気配が変わり、ゼストから放たれる威圧感が増す。ゼストの魔力が急激に膨れ上がり充実していくのを感じながらヴィータはアイゼンを油断無く構え直した刹那、<DragonInstall Strat>槍のデバイスがコアを瞬かせる。絶大な魔力を従えたゼストがヴィータに突撃し、苛烈な一撃を受けたヴィータは力任せに地表へと叩き落された。我に返ると、青い空が視界いっぱいに広がっている。(なんで、アタシ……)訳が分からず現状を確認しようと起き上がり、それとほぼ同時に左腕に激痛が走ったので動きを止めた。痛みに苛まされるのは左腕だけではない。意識の覚醒と共に全身の痛覚が喚いているのを認識して、思わず唇を苦痛で歪めてしまう。「アイゼン、アタシはどんくらい気を失ってた?」<五秒>ふと浮かんだ疑問に相棒は簡潔に答える。ほんの少しだけしか意識を飛ばしていなかったとはいえ、普通ならその時点でトドメを差されて終わっている筈。「マジかよ……なんでアタシ生きてんだ」決まっている。ゼストにヴィータを殺す気が無いからだ。見逃されたのだ。痛みに歯を食いしばって耐え、立ち上がる。それからまだ居るかもしれないゼストの姿を探し、上空に視線を巡らす。居た。こちらを驚いた顔で見下ろしている。どうやら完全にノックアウトしたつもりだったようである。「クソ、やってくれるじゃねーか」相手への称賛と自身に対する不甲斐無さを吐き捨てるように口にして、未だ痛みがある左腕を観察した。見たところ、手首から肘の関節にかけて骨折しているが幸いヒビで済んでいるらしい。ゼストの攻撃をアイゼンで受け止めた時に、丁度その部分で柄を押さえていたから、柄を貫いた衝撃がダイレクトに伝わった所為だ。アイゼンを握っている右手は痺れているが、痛みは無いのでたぶん大丈夫だろう。全身の痛みは地面に衝突した時のものだと思う。痛みはあるが、少しずつ収まってきているし動かせないことはないので戦闘に支障は無い。よって放置。ちなみに十年の間にソルの手によって何度も改造を施されたアイゼンは、部品の一つひとつが封炎剣と同じ素材で作られている為、傷一つ付いていない。当たり前だ。封炎剣は本気になったソルが発する炎や溶岩の熱(溶岩でも最低約千二百℃前後、炎になると数千℃)と人外パワー(片手で乗用車を軽々持ち上げて投げたり)を耐え得る耐熱性と頑強さを兼ね揃えている。聖戦初期、ソルがギアに対抗する為に己の法力技術と錬金術を駆使して制作した渾身の対ギア兵器”アウトレイジ”、それを八つに分割した(制作者本人ですら高スペック過ぎて扱い切れなかった為)内の一つなのだ。それと同じ素材で部品が作られているデバイス達が傷付くなど、普通では考えられない、というかあり得ないのである。戦闘続行は可能だ。そう判断するとヴィータは飛行魔法を発動させ、ゼストと同じ高度まで昇った。「やはり一筋縄ではいかんな」こちらを油断無く見据えるゼストが槍の穂先をこちらに向ける。彼の全体像を青い瞳に映しながら、ヴィータは黙って考え込む。(なんでコイツがドラゴンインストールを使えんだ?)ゼストのデバイスが先程言った内容を思い出す。あれはギアであるソルが、己の肉体を構成しているギア細胞に施されている封印を一時的に外し、ギア細胞を活性化させてソルが持つギア本来の力を引き出す為のものだ。爆発的な力を発揮することが出来る代償として、ソル本人に多大な負荷が掛かる代物でもある。使用後は頭痛に苛まされ、もし一定以上の力を引き出した場合肉体が変貌して人の姿を保てなくなり、生体兵器としての破壊衝動と闘争本能が湧き上がってくるリスクを負う。その為ソルはあまり使いたがらない。だからこそソルは普段から己の力を律しているし、戦闘中は余程のことが無い限りギア細胞抑制装置であるヘッドギアを外さない。そもそもギアでなければ使えない筈なのだ。しかも普段からギア細胞を抑制し力を封印しているような者が。だが、眼の前のゼストは何処からどう見ても人間である。加えて、ソルのドラゴンインストールと比べてゼストのそれは違和感があった。具体的に何がどう違うのか言葉で上手く表現するのは難しいのだが、とにかく違和感があるのだ。まるで同じ名前でありながら似て非なるものを見ているような。おまけにゼストがドラゴンインストールを発動させる前に言った『レリックコア解放』というのが違和感を浮き彫りにしていた。(……そうか。そういうことか)なんとなく察しがついたヴィータはこれまで見聞きしてきた情報を頭の中で整理し始める。恐らく、ゼストはレリックを用いて自身の能力を強化しているのだろう。それがどのような理屈や理論で運用されているものか知る余地も無いが、そうとしか思えない。更に頭を回転させた。ガジェットの群れ。一拍遅れて現れたと見られる召喚師。召喚師を守るように立ち塞がるゼスト。遺体が発見されず死亡扱いとなっていた彼が突如姿を現し、こちらと敵対行動を取ったこと。彼が行使した力の名称。レリック。最早疑いようも無くゼストは敵であるジェイル・スカリエッティ側の人間だ。つまり、よく考えなくても最初から自分達の敵である。眼を細め、敵と認識した男を改めて睨み付けつつ、胸糞悪いものを吐き出すように口汚く舌打ちしてしまう。――最初っから、何もかも仕組まれてたってことかよ。 じゃあ、ソルが戦う切欠になったあの戦闘機人事件は、一体何だったんだよ? ソルは、今まで一体誰の為に戦ってたんだよ!?胸の中で燻る怒りと遣る瀬無さが同居して、身体を小刻みに震わせた。やはり、どんな人間から見てもソルが持つ力は――ギアの力は魅力的なのだろうか。ゼストのドラゴンインストールは、どう考えてもジェイル・スカリエッティがソルのドラゴンインストールを見て参考にしたに違いない。全ての発端となった戦闘機人事件の時、ソルが高濃度のAMF下でドラゴンインストールを使用していたのを見たからだ。ギアの力は絶大だ。魔法無しで行使することが出来る圧倒的なパワーとスピード、それらを延々と続けることを可能とする異常なスタミナ。大気中の魔力素を集めて魔力を貯め、必要に応じて吐き出す機能を持つリンカーコアとは違い、それ自体が無尽蔵に魔力を生産するギア細胞。なるほど……あの時からソルがスカリエッティを狙うようになったのと同じように、スカリエッティもまたソルに目を付けていたのか。知らずヴィータは唇を噛み締め、次第にその存在を大きくしていく怒りに身を焦がし、思わず必要以上の力がアイゼンを握る手に宿ってしまう。恩人であり仲間であり友人であり家族であるソルを、スカリエッティが研究の対象として汚らわしい視線で見ているのかと思うと虫唾が走る。しかし、ヴィータは此処で一つの思い違いをしていることに気付かない。ゼストは最初からスカリエッティ側だという結論に至ったが、それはあくまで成り行きでそうなったものだということを知らない。なので、ゼストは戦闘機人事件の被害者であり、同時にソルと同じように生体兵器のプロトタイプとして実験動物のような扱いを受けたことも当然知らなかった。ヴィータの眼から見て、ゼストは力を欲するが故に、全てを捨ててその身を違法研究に捧げた愚者にしか映らない。激しい殺意と嫌悪感が煮え滾るマグマとなって出口を求め、今にも噴出してしまいそうになるのを必死に堪えながら、ヴィータはその小さな口を動かす。「……色々と事情が変わった……ワリーけど、全力で潰す……」静かな口調とは打って変わって心の内は荒れ狂っている。この感情を爆発させて、今すぐにでも眼の前の敵に全力でぶつけたい。感情に呼応してリンカーコアが励起状態へと移行し、魔力が全身を駆け巡って身体を活性化させた。”力”が魂の奥底から漲り、五感が研ぎ澄まされる。あっという間に傷が癒え、ヒビが入っていた筈の左腕が差し支えなく動かせるようになってきた。十年という歳月を経て――ほぼはやて経由ではあるが――ソルから供給され続けた魔力はリンカーコアを肥大化させ、ヴィータの血肉となり彼女の身体能力を異常なまでに底上げしていた。ギア細胞によって法力を使う為だけに生産される魔力は、大気中に溶け込んでいる魔力素を吸収して得る魔力と比べ桁外れに純度が高い。高濃度にして特殊な練り込み方をされた魔力。それはある種の薬でもあり、同時に依存性を持つ毒でもあり、良くも悪くもリンカーコアに影響を与える代物だ。特に、年単位による長期間の摂取は人体に影響を与える。結果、現にヴィータの身体は少しずつ、だが確実に身体がギアへと近付いている。もっと正確に言えばギアであるソルの”存在”に引きずられているらしい。例えば、二次性徴を迎えたなのは達の異常な成長速度。身体の急成長はギアの特徴の一つだ。他にも新陳代謝の促進や身体能力の上昇、魔力・体力の回復速度の上昇、魔力量・瞬間魔力放出量の増加、耐久力の向上など、枚挙に暇が無い。更に言えば、人間であるなのは達と比べ、魔導プログラム体であるヴォルケンリッターはこの影響が特に顕著だった。加えて、夜天の魔導書のプログラム――守護騎士システムが年々に劣化していて、それをソルの魔力で補完しているとのこと。これが魔力による影響を助長させ、劣化が進めば進む程より強く影響を受けることになった。我らがシャマル先生はこの現象のことを『魔力による侵蝕』と呼んだ。人として、魔導プログラム体としての在り方が魔力によって侵されていると。流石にギア細胞を移植された訳では無いので、DNA情報が組み変わる心配は無く、完全なギア化を促すものではない。よって、なのは達は『化け物みたいに強い人間』の段階で踏み止まれるらしい。が、魔導プログラム体であるヴォルケンリッターはそういう訳にはいかなかった。元々プログラムという情報が魔力によって受肉した存在であるが故に、いずれそう遠くない未来に『プログラムでもない、ギアでもない”何か”』になってしまう可能性がある。ソルはこの事実を知るや否や、ヴォルケンリッターの四人に頭を下げたことがつい数年前にあった。他者の手によって自分の存在を歪められたソルだからこそ、自分の所為で誰かの在り方を歪めてしまうのに耐えられず、真摯に謝ったのだ。頭を深く下げて謝罪する彼の後頭部を見て、当時のヴィータは笑いながら引っ叩いてやった。それがどうした、構うものか、お前と似たようなのになるんだったら皆文句言わねーって、それに今までの無限再生とどう違うってんだ? メリットだらけでデメリットが見当たらねーから気にも留めねーよ、と。『むしろシャマルとシグナムは喜んでんじゃねーか?』『ああ。シャマルから話があって以来プログラムのバグがどうとかで、あいつら、以前にも増して……』顔を上げ、疲れたように溜息を吐くソルの横で、ヴィータは意地悪く笑う。『良かったじゃん。そのまま食われちまえよ』『………………』何故か彼はヴィータから視線を逸らし、無言のまま眉を顰めた。暫し黙り込んだと思ったら今度は視線を戻し、真剣な表情を作る。『……ヴィータ』『あんだよ?』『さっき、お前は気にしねぇって言ってくれたな』『おーよ。今までとあんま変わんねーしな。嫌なことがあるとすりゃ、はやて達の嫉妬の視線が痛いくらいか』まるで探るような声を出すソルに、安心しろという気持ちを言外に込めて笑い飛ばす。『どうしてお前らは俺にそんなに優しいんだ? どうして誰も俺を責めない?』またコイツは無駄に思考の迷路に嵌りやがって、らしくねーぞ、とヴィータは内心で呆れつつ、答えた。『今更何言ってんだ。オメーがアタシらの家族だからに決まってんだろーが』『……そうか……スマン、礼だけは言っておく』『気にし過ぎだバーカ、別に謝って欲しくなんかねーし。礼なら言葉じゃなくてアイスでくれよ……”兄貴”』『調子に乗りやがって』そう言って胸を撫で下ろすソルの顔は、ぶっきらぼうな口調に反してひどく救われたような表情だった。あの時のソルの顔を思い出し、ヴィータは鋭く眼を細める。(似たようなこと出来んのが、自分だけだと思うなよ)刹那、ヴィータは全身を燃え上がらせるように魔力光を放ち、赤い流星と化す。今度はゼストが驚きで眼を見開く番だった。「テメーには聞きてーことが山程ある。だから……タダじゃ帰さねー」デバイスとデバイスが激しくぶつかり合い金属音が腹の底まで響くが、二人共そんなことになど構っていられなかった。ハンマーヘッドと槍の切っ先が激突し、火花と魔力光が飛び散り、その度に視界が明滅する。もうお互いに小細工などする暇も与えてやらなければ、する気も無い。ただ全力で眼前の相手に向かってデバイスを振るう。ハンマーと槍が交差する度に二人の魔力が吹き荒れ、余波で眼下の森が滅茶苦茶になっていくが、やはり気にしない。二人は徐々に高度を上げながら、それが当たり前だとでも言うように衝突し、弾かれるように離れ、再び衝突する。何度も何度も。赤と山吹色の光が絡み合う螺旋を描くように。全く互角の打ち合いを繰り広げながら、二人は雲を突き抜けどんどん上昇していく。肉体どころか空間すらを抉るような槍の刺突を、半身になって紙一重で交わし、ヴィータはお返しにアイゼンを横薙ぎに振るった。岩石すら易々粉砕するハンマーの一撃。それをデバイスで防ぐのは無理と判断しシールドで防ぐが、パワー負けして吹き飛ばされるゼスト。追撃を加えようとするヴィータを、ゼストはなんとか体勢を整え迎え撃つ。インパクトの瞬間、魔力と魔力の鬩ぎ合い、身体がバラバラになってしまいそうな感覚を味わいつつも、歯を食いしばって耐え、二人は怯むことなくデバイスを振り回し続ける。今度は攻撃を上手く受け流したゼストが一瞬の隙を突き、槍を斬り上げた。ヴィータはこれに対して無理にアイゼンで防ごうとせず、左腕の肘を折り畳んで斬撃に向かって突き出す。左脇腹から右肩まで逆袈裟に振るわれる筈だった槍は、肘の先端に発生した三角形のシールドで弾かれ、更に上体を仰け反らせたことによって見事に避けられてしまう。身体を掠めるようにして交わした槍の切っ先を眺めてから、ヴィータはアイゼンをゼストの心臓目掛けて右ストレートを叩き込むように真っ直ぐ繰り出してやった。だが、ゼストは両手で大きく振りかぶった槍を全力で振り下ろすのである。もう何度目かになるか分からない、ハンマーヘッドと槍の切っ先がぶつかり合い。数秒間の拮抗の末、互いに間合いを離す。気付けば眼下は既に厚い雲で覆われた場所から随分離れた高さに居た。知らずかなりの高度まで昇っていたらしい。空気も薄く、気温も低い。視線の高さには雲すら無く、青い空間の中、太陽だけが二人を無感情に見下ろしているではないか。「はぁ、はぁ」「ハッ、ハッ」相手も自分も肩で大きく息を整えながら睨み合う。「その”力”……俺と同じ」ゼストの呟きにヴィータは反応した。「ああ、そうだ。アタシもテメーもオリジナルには程遠い、猿真似以外の何物でもねーがな!!」言って、ヴィータは突進した。迎え撃つゼストの槍とハンマーが真正面からぶつかり合い、位置を入れ替わるように鍔迫り合いを経て、また距離が離れる。「……うぜー」「くっ」拮抗状態を崩せないことにヴィータは毒づき、ゼストは予想以上に手強い相手を前にして眉に皺を寄せて歯噛みした。厄介な敵は自分と似た接近戦タイプ。おまけに同じ古代ベルカ式。技量に差はほとんど無く、また魔力の瞬間放出量においても同程度。パワーはややヴィータが上だが、ゼストの巧みな槍捌きが勝っている部分を活かさせてくれない。(こうなったら、とっておきだ)(致し方あるまい。これで決着をつける)そして、二人は同時に、眼の前の敵を打倒する為に、躊躇無く切り札を使うことにした。「「フルドライブ!!!」」枷を外し、封印を解く。制限が無くなった、己の全てを出せる状態になる。もう此処まで来てしまったら手加減もクソも無い。精々、相手が死なないように心の中で祈る程度。「ぶっ潰してやる。テメーも、テメーが守ってる召喚師も、戦闘機人もジェイル・スカリエッティも、アタシらの敵は皆纏めて徹底的にぶっ潰してやる!!」「……」激昂するように猛るヴィータとは対照的に、ゼストは無言のまま戦意を槍に乗せる。やがて二人はまたしても計ったかのように全く同じタイミングで突撃し、デバイスを振るった。背負っているものがあるから、負ける訳にはいかないとでも言うように。そんな二人の戦いを見ているのは、何も語らない太陽だけだ。