Dust Strikersの施設内に存在する小会議室。そこにソル達”背徳の炎”の面子が集まって舞い込んできた仕事について話し合っていた。「今週末にホテル・アグスタってとこで骨董美術品オークションが行われる」上座に座り、腕を組んだソルが皆の顔を見渡しながら口を開く。「ホテル側からの依頼は会場警備と人員警護。それに加えてオークションに出品されるロストロギアの解説と鑑定だ」言葉と共に会議用の長テーブルの中央に空間ディスプレイが表示され、会場となるホテルや取引許可が降りているロストロギアの詳細データと画像が映し出される。「何か質問は?」その問いに、ヴィータがおもむろに挙手。「こういう大型の催し物ってよく密輸の隠れ蓑になったりすんだろ? なんで主催者はアタシらに依頼してくんだ? アタシらが密輸の類を見逃した覚えは無いってのに」ヴィータの疑問はもっともだったのか、他の皆も首を傾げていたりするので、ソルは一つ頷いてから答えることにした。「第三者が聞けばまるで催し物の主催者が率先して密輸に手を染めているような印象を刻む言い方が気になるが、それは横に置いておくとして……まず理由の一つとして、出品されるロストロギアをガジェットがレリックだと誤認して襲来する可能性があること」ソルは言いながら人差し指を立てた。ガジェットは対魔導師兵器の一種である。訓練を碌に積んでいない低ランク魔導師ではいくら集まってもガジェット相手には烏合の衆でしかなく、展開するAMFに阻まれまともに戦えない。だからこそ高ランク魔導師の集団であり、ガジェットをものともしないDust Strikersに依頼したのであろう。「二つ目。主催者側にスクライア一族と関係を持つ者が居る。つまり、俺達のことをある程度知っている、その上で主催者側には特に後ろ暗いことは無いんだろうな。理由としてはこの二つの内のどちらかか、もしくは両方だと俺は思ってる」次に中指を立ててブイサインを作るソル。ああ、なるほど、という声がちらほら沸きあがってくるのを聞いて、彼はだるそうに溜息を吐く。”背徳の炎”が極めて高い戦闘能力を売り物とする賞金稼ぎ――実質的な何でも屋――であるのと同時に、スクライア一族と共にロストロギアや遺跡の発掘を行っている考古学者としての側面があるのは周知の事実である。ソルとユーノがスクライア一族を通して論文を発表している為だ。つまり、警備と警護、ロストロギアの解説と鑑定、という二つの仕事を一度にやらせる連中としては打ってつけなのであった。ついでに言えば、”背徳の炎”という存在そのものが犯罪抑止にも繋がっている。良からぬことを考える輩はまず近寄ろうとは思わない。と、アインが挙手をして発言を求めたのでソルは視線で促す。「主催者側の思惑がどうあれ、悪い仕事でもなければ汚い仕事でもない。ガジェットが来るのであればスカリエッティを追っている我々にとってはむしろありがたい。密輸が行われているのであれば潰せばいい。それだけだろう?」確認を取るような台詞に誰もが黙って頷く。「……決まりだ。請けるぜ、この仕事……”俺達”がな」真紅の瞳を猛禽のように鋭く細めて言うソルの言葉に、皆がほぼ同時に唇を吊り上げ笑みを作る。彼はDust Strikersとして仕事を請けると言ったのではなく、”背徳の炎”として仕事を請けると言ったからだ。その後、細かい打ち合わせが行われる。ソルがホテル内の警備及び警護の指揮を執ることが決まり、ホテル内という限定空間での戦闘を考慮し、補佐として接近戦主体のフェイトとシグナムがつくことになる。オークションでのロストロギアの解説と鑑定はユーノ、ユーノの補佐にアルフが。ホテルの外から――ガジェットなどの外部からの襲撃に備え、前線メンバーになのは、はやて、ヴィータを配置。更に加えて、この会議の場には居ないが経験を積ませる為にティアナ、スバル、ギンガの三人が前線メンバーとして強制連行されることが決定となった。最後に、現場総指揮官としてシャマルがその任に就く。アインとザフィーラはDust Strikersで留守を預かりながら皆の様子を見守ることに。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat13 Omen適材適所な采配によってホテルの外側を警備することになったのだが。『……私、外よりもホテルの中の警備が良かった』『しゃあないやん……私となのはちゃん、皆の中で接近戦の殴り合いは下から数えた方が早いんやし』通信越しに文句を垂れるなのはと、そんな彼女を諦め切った口調で諭すはやてが居た。二人が突っ立っているのはホテルの外側に位置し、なのははホテルの東側を、はやては西側を見張っている。更に言えば北側はティアナ達三人で、南側はヴィータだ。そしてホテルの屋上ではシャマルがホテル周辺を広範囲で警戒しながら陣取っていた。『あーん、私も綺麗に着飾ってお兄ちゃんのファーストレディーになりたーい』『……なのはちゃん、ファーストレディーの意味、間違えて使っとる……』これがただの警備であれば文句は無いのだが、このホテル・アグスタでこれから行われるのはセレブのみが参加することが出来るオークションである。そもそもホテル・アグスタ自体が超一流と言っても過言ではない程の高級ホテルなのだ。自ずと訪れる客層は裕福な金持ちに絞られ、そんな中に客として紛れ込んで警備及び警護に当たっているソルとフェイトとシグナムの三人が、周囲や場に合わせた格好になるのは当然と言えた。先程着替えてきた三人を見て、なのはが内心でフェイトとシグナムを羨んだのは無理もないのかもしれない。二人は見事にドレスアップしていたし、ソルもソルでビシッと格好良く決めていたのだ。何故あの中に、否、義兄の隣に立っているのが私ではないのか? タキシード姿のソルを視姦しつつレイジングハートの記憶領域にこれでもかとその礼服姿を保存しまくりながらなのはは疑問に思う。ちなみに、他の面子はいつもの仕事着、つまり黒いスーツ姿である。着飾ったフェイトとシグナムの二人に比べて地味と言わざるを得ない。『フェイトちゃんとシグナムさん、仕事の片手間に絶対お兄ちゃんのこと口説いてるよ。仕事が何事も無く終わったら今晩の夕飯は此処で済ませないか? ついでに私も食べないか? とか言っちゃって』『そうやね。でも、なのはちゃんがあの二人の立場だったらソルくんのこと口説く?』『当然』誇らしげな口調で自信満々に返すなのはにはやては呆れる。皆考えてることは同じか、私もやけど、と。『だってだって、こんな高級ホテルで、格好良いお兄ちゃんが居て、手を出さない訳にはいかないでしょ!!』『その意見には同意や』『なのはちゃんに激しく同意します』『クソ、今更だが何故私一人が留守番なのだ……』はやてが同意した瞬間に通信に割り込んできたのはシャマルとアインだ。ソルの隣に居ることをはぶられた四人が通信を介して此処に集う。しかし、なんだかんだ愚痴なり文句なり言って無駄に口を動かしていても、その視線は油断無く周囲を警戒し、マップを見ながらセンサーの反応を逐一監視している様は、流石にプロと言えた。ホテル内部のオークション会場に、やたらと目立つ三人の男女が壁際で何やら話し込んでいる。ソルとフェイトとシグナムだ。三人は客として紛れ込んでいるので、それぞれオークション会場に相応しい格好をしていた。まずフェイト。彼女は黒を基調としたカクテルドレスで身を包んでいる。袖無しのドレスは艶やかで大人の女性の魅力に溢れ、嫌味にならない程度に施した化粧がそれに拍車を掛ける。それでいながらフェイト本人が持つ柔らかな雰囲気が『綺麗』と『可愛い』を見事に調和させ、周囲の視線を男女問わず集めている。次にシグナム。服装は数年前にソルに買ってもらった振袖姿。こういう社交場には必ずと言っていい程選ぶくらいに、彼女はこれがいたくお気に入りだ。シグナムの髪の色に合わせて仕立てられた振袖は、所々蘭の花が描かれより煌びやかに映る。着物服姿で粛々としている仕草と態度が何処ぞのご令嬢と勘違いさせ、シグナムの魅力は勿論のこと、着物という服装もあって注目の的だ。そしてソル。彼は普段の形容し難いつんつん頭を全て整髪料で撫で付けオールバックにし、黒茶の長髪を後頭部で結い上げ、黒い礼服を着ている。眼つきの鋭さは相変わらずだが、意外にも着こなせている礼服と高い身長のおかげで秀麗に見えるその姿は、彼が放つワイルドな空気もあってまるでハリウッドの人気アクションスターのようで、終始マダム達の視線を浴びていた。黙っていればとてつもなく美麗に映る三人ではあったが、彼らは自分達に向けられる視線など一切構わない。「中の警備は厳重の一言だな」壁に背を預け、腕を組むソルの言葉にシグナムとフェイトは頷く。「ああ。私もテスタロッサと共に何度か巡回してみたが、余程のことが無い限り此処の警備だけで十分対処出来るだろう」「うん。やっぱりオークションの対象になる物と、それを目当てにしてる客層がそれなりのものだから、主催者さん達も良い意味で緊張してるみたい」「だろうな……問題は、余程のことが起きるか否か……」独り言のように呟き、ソルはフンと鼻を鳴らしてから壁に預けていた背を離し、組んでいた腕を解いて両手をズボンのポケットに突っ込む。「少しユーノの所に顔を出してくる」「……待て、ソル」そのまま二人に背を向けて歩き出そうとして、シグナムに呼び止められた。「ああン?」首だけ動かし肩越しに振り返るソルに対し、シグナムは微笑を浮かべ言葉を紡ぐ。「仕事が何事も無く終わったら、今晩の夕飯は此処で済ませないか? 出来れば……私とお前の二人きりで」若干頬を朱に染めながら、パチッと可愛い仕草でウインクをしてみせるシグナム。なのはの予感が的中した、と言うより、どいつもこいつも同じことを考えていたと言った方が正しい。その隣ではフェイトがその美しい唇ををわなわな震わせて「先を越された!!」と言わんばかりに戦慄の表情でシグナムを睨んでいる。「……考えておく」「ダメだ。約束して欲しい」「ちっ、我侭な女だ……ったく、しゃあねぇな、約束してやるよ」悪態を吐きながらも苦笑するように唇を歪めソルはすぐにその場を立ち去ったが、シグナムにとってはそんなぶっきらぼうな態度で十分だった。「……」「どうしたテスタロッサ? 何か言いたげだな?」「ズ、ズルイよシグナム! お仕事中なのに、あんな、ソルのこと、くく、く、口説くなんて!!」「食事に誘っただけだろう」何がおかしい? とでも言うように首を傾げるシグナムの余裕の態度に、フェイトは子どものように両腕をバタバタさせて喚く。「不真面目だよ!!」「私はいつだって真面目だ」「嘘! 仕事中に口説くなんて普通しない!!」「口説いたのではなく、ただ単に約束を取り付けただけだ。それに、生憎私達は全員普通じゃない。私達が異端者の集団なのは、テスタロッサも十年前から承知の筈だが?」「此処でそれを持ってくる!?」しれっと返されてフェイトはますますヒートアップ。「それはそうだけど、確かに私達にとっての普通は一般の人から見たら異常だけど……本当は私が先に誘う筈だったのに!!」そして零れ出る本音。「早い者勝ちだ。ソルが基本的に受身で、誘えば断らない男だというのに出遅れたお前が悪い」「むぅぅぅぅ~」くくく、と口元を手で押さえて優雅に笑うシグナムを見て、頬をぷっくり膨らませてこの場を去ってしまった男に不満を訴えるようにむくれるフェイトであった。『関係者以外立ち入り禁止』と注意書きがされている扉を開け、ユーノ達が控えているであろう倉庫へと向かう。「あ、父さん!!」やって来たソルの存在にいち早く気付いたのはエリオである。ソル同様に黒い礼服を着た姿でトコトコ傍まで寄ってきた。それに倣うようにツヴァイとキャロが走り寄ってくる。こちらの二人も場所に合わせてそれなりの格好をしていた。服に着せられていてまるで七五三みたいだ、とは言ってはいけない……見た目そうなのだが。子ども三人が何故此処に居るのかというと、例によって例の如く三人の我侭だったりする。今日は休日で学校も休み。仕事の邪魔は絶対にしないから、仕事の様子を見せて欲しいとのことだ。生意気言ってんじゃねぇこのクソガキ共、とソルに一喝されて大喧嘩した挙句の果てに模擬戦へと移行して焼き土下座させられて、昨晩まで精神的にも肉体的にも文字通り燻っていたのだが……この程度は毎度のことなのでこれっぽっちも懲りない三人は無駄に立ち直りが早い。今朝早くから復活してピーピー喚き出す始末。無視して置き去りにしても良かったのだが、それはそれで致命的な何かをやらかしてくれそうで怖かったので、不本意ながらついて来ることを許してしまったのである。しかし、いつ戦闘になるか分からない警備担当の傍に置いておく訳にもいかず、なし崩し的に危険が少ないユーノとアルフの眼が届く範囲内で大人しくしてもらうことにしたのだ。アインとザフィーラにお守りをしてもらう、という手もあった筈だったのだが、アインには管制の仕事があるし、ザフィーラは急遽入った別件で今朝から出掛けてしまっている。そんな二人が仕事をしながら悪ガキ三人の面倒を見れるとは思えない。「アルフ、ガキ共のお守りは任せたぞ」「……もうこれ以上は勘弁しておくれと言いたいところなんだけど、そういう訳にもいかないからねぇ」いつもの黒いスーツ姿のアルフが溜息を吐きつつソルに応える。好奇心旺盛な悪ガキ三人に引っ張り回されて既に疲労困憊らしい。ユーノの補佐どころではない。「ユーノの姿が見えんが、どうした?」「主催者とミーティング」「そうか」「そっちは?」「今のところ警備に問題は無ぇ」「こっちは収穫あったよ。たぶん密輸の類だね。今はまだ手出ししてないけど、頃合い見て締め上げてもいいかい?」「好きにしろ」ニッと笑って尖った犬歯を見せ付けるアルフにソルは肩を竦める。その背後で、「ねぇねぇ、アルフさんが後でガサ入れするんだって」「ガサ入れ……とっても懐かしい響きですぅ」「あ、そっか。ツヴァイって前にお父さん達の仕事手伝ってたんだよね。どんな感じなの?」「僕も今後の為に知りたい」「まずですねぇ、怪しい奴を人気の無い場所に連行して殴り倒してから、関節を一つ一つ踏み砕いて――」悪ガキ三人がコソコソ話し合っていた。少なくともツヴァイがエリオとキャロに吹き込んでいるのはガサ入れなんかじゃない。尋問という名の拷問だ。このままでは三人の将来が非常に心配だ。だが……数年前、実際にツヴァイの眼の前で「情報収集だ」とかのたまって、有益な情報が手に入るまでそこら辺に居たチンピラをリンチして回るという行為に手を染めていたソル達が悪いと言えば悪い。他にもキャロと初めて会った時に、拷問紛いやり方でテロリストを尋問にかけたり……思い返してみれば全部ソル達の所為である。「……お守りを優先してくれ。密輸はこっちでなんとかする」「……了解」軽く頭痛に襲われるソルの横で、アルフはうんざりと顔を顰めた。「っ!! ……クラールヴィントのセンサーに反応。アナタ、アイン」己のデバイスが捕捉したガジェットの反応に、シャマルは真剣な表情で通信を繋ぐ。『クイーンも捕捉した』『こちらもだ。しかし、これは……』ホテル内部に居るソルの低い声と、Dust Strikersに居るアインの少し驚いたような声。「ええ、多いわ。このオークションに出品されるロストロギアをガジェットがレリックと誤認した、と言うにはあまりにも多過ぎる」俵型、球状の大型、航空型、未確認の新型は無く種類は三つだけであるが、ざっと数えて二百五十は下らない。周囲が森で覆われたホテルに、さながら卵子に集まる精子のように向かってくるガジェットの群れ。『おいおい冗談だろ? いくらなんでも多過ぎだっつーの、此処にはレリックなんてねーぞ!!』ヴィータが通信の向こうでガジェットの群れに文句を垂れるが、この意見には誰もが無言で同意する。『……レリック以外の何かがある、か? それとも全く別の目的が……』『お兄ちゃん、それって……』考え込むような口調でひとりごちるソルになのはが反応を示すが、ソルは自身の思考を遮るようにシャマルに声を掛けた。『今は考えても仕方無ぇ。シャマル、指示を頼む』「はい。メンバー各員へ、状況は広域防御戦です。手筈通り、私、シャマルが現場指揮を執ります。ホテル内部の三人は指示があるまで待機、前線メンバーは直ちに警戒態勢から戦闘態勢へシフトしてください」宣言して間も無く、各員から緊張が篭った返事が聞こえてくる。一応、ユーノとアルフは本日の戦闘要員ではないのでこの二人からは返答が無い。聞こえてはいるから状況の把握は出来ているだろうが。シャマルは一つ頷くと、十年前にソルの手で指輪から腕輪に改造されてしまったクラールヴィントに口付けをし、「クラールヴィント、お願いね」<了解>全身を翠の魔力光で包み込み、一瞬にして黒いスーツから騎士甲冑へと姿を変貌させた。『シャマル先生、アタシも状況を見たいんです。前線とモニター、もらえませんか?』「了解、クラールヴィントと直結するわ」シャマルはティアナに言われた通りクラールヴィントとクロスミラージュをデータリンクさせながら、いずれ敵が近付いてくるであろう青い空を睨み、魔法を発動させる。「護って、クラールヴィント」トリガーヴォイスと同時に腕輪が一際輝き、淡い翠の魔力光がシャマルを中心に広がっていく。それはやがてホテル全体を覆い尽くす半球のドーム状になると、そこで形を保ったまま止まった。「今結界を張ったわ。これである程度撃ち漏らしても暫くは持つ筈だけど、なるべく結界に辿り着かれる前に全機破壊して」外部からの侵入を阻む結界魔法。AMFがあるガジェットに有効とは言い難いが、多少の時間稼ぎが出来る分無いよりは遥かにマシだ。「敵は多いわ、皆気を付けて」モニターを油断無く見つめながら、シャマルは祈るようにそう言った。赤い魔力光を身に纏い、同じく赤いドレスのような騎士甲冑に身を包んだヴィータが空を駆ける。「行くぞアイゼン!!」<潰す>主の声に応じたハンマー。唇を吊り上げたヴィータは、自身の眼の前に直径5cm程度の鉄球をいくつも顕現し、グラーフアイゼンを振りかぶった。「まとめて」鉄球に魔力が込められ、表面が銀色に輝いていたそれが真紅に染まる。「ぶち抜け!!」空間を薙ぎ払うようにアイゼンを横に振り抜き、返す刀でもう一度振り抜く。ハンマーに引っ叩かれた鉄球は赤く光る魔力弾となって弧を描きながらガジェットの群れへと殺到し、文字通りその機体をぶち抜き、更にその後方に居た他のガジェットにも命中し爆散させる。空中で静止したなのはは、視界の先で編隊を組んで飛来してくる航空型ガジェットにレイジングハートの先端を向けた。「消し炭に、なれ!!」<ディバインバスターッ!!>槍の穂先から発射された極太の砲撃魔法。桜色の奔流がガジェットの群れを呑み込み、塵も残さず蒸発させる。「次!!」水平に構えていたレイジングハートを一度振り上げ、自身の周囲に大量の魔力弾を生成してから振り下ろす。<アクセルシューターッ!!>桜色の魔弾一つ一つがガジェットに襲い掛かり、青い機体を穴だらけにしてから爆発させた。「アハハハハハハッ!! じゃんじゃん行くよレイジングハート、一機残らずぶっ壊してやるの!!」<了解!!>つい先程の文句は何処へやら。久々に暴れることが出来て嬉しいのか、やたら楽しそうに大威力魔法をぶっ放しまくるなのはとレイジングハート。破壊に悦びを見出すその貌は、まさに魔王。「お兄ちゃんの敵は私達の敵……敵は、問答無用で叩き潰す!!」男なら誰でも見惚れるような、そんな良い笑顔で砲撃魔法を撃ちまくるから”白い悪魔”と呼ばれる一因だったりするのを、本人は知らない。そして、こんな捻じ曲がった性格になってしまったことをソルが半ば本気で後悔しているのを、なのはは知っていながら気にしていなかった。だってお兄ちゃんの所為だから、責任取ってよね、と。「目障りや、失せろ」球状の大型ガジェットに囲まれながら、はやては冷たい視線でそれらを睥睨した。右手にシュベルトクロイツを掲げ、左手に持った夜天の書を構えながら呪文を詠唱する。詠唱中にガジェットから集中砲火をモロに食らっているのだが、自身を包んでいる銀色の円形状バリアが悉く熱線をシャットアウト。「遠き地にて、闇に沈め……デアボリック・エミッション」紡がれた呪文と共に、闇色にして球状の魔力の塊が頭上に顕れ、次の瞬間にはガジェットは勿論、術者のはやて諸共周囲を押し潰し、爆裂した。森の一部が綺麗に消し飛び、代わりに巨大なクレーターが出来上がる。ガジェットも欠片一つ残さず消し飛んだ。出来立てホヤホヤのクレーター、黒い煙がもくもく発生するその中心で無傷のはやてが姿を現す。が、彼女はこめかみに一筋の冷や汗をかく。「……アカン、威力は極力抑えたつもりやったのに、やり過ぎた……どないすんねんコレ……格好つけ過ぎたわ」どうにもなんねぇよ、何してんだ馬鹿っ!! とツッコミを入れる者は幸か不幸か傍には居ない。飛行魔法を発動させてとりあえずその場を離れつつ、後でこのクレーターについて何か突っ込まれたらなんて言い訳しようか考えを巡らしながら、広域殲滅魔法を使う時は必ず指示を仰ごうと決めた。「クラウ・ソラス」偶然近くに居たガジェットの群れに杖の先端を向け、銀色の砲撃魔法をぶちかますと、着弾と同時に周囲を巻き込んで大爆発が発生する。「うし、こんなもん?」仕方が無いので――何が仕方が無いのか不明だが――なのはとヴィータに倣って砲撃と誘導弾をバヒュンバヒュン撃ちまくることにしたはやてであった。「な、なのはさん達、スゴーイ」モニターに映し出された戦闘、というか一方的な破壊を眼にして語尾を片言にしながらスバルが言う。その頬が若干引きつっているのはある意味当然かもしれない。とりあえずガジェットは爆発してればいいよ、と言わんばかりに大輪の炎が咲き乱れる様は、此処まで来るといっそ心地良くもある。「……これが、”背徳の炎”……」ガジェットを迎撃しているなのは達を見て、ティアナは自分でも気が付かない内に唇を噛み締め、拳を強く握り締めていた。知ってはいたし、模擬戦で何度もその強さを実感している。だが、改めて眼の前にして、やはりティアナは自分の魔力量やスキルではこの人達には遠く及ばないと考えてしまう。仕方が無いことだというのは重々承知しているのだ。育った環境が違う、これまで積んできた修練の量が違う、経験が違う、潜り抜けてきた死線が違う。なのは達が自分と比べて遥かに険しく厳しい道のりを歩んできたのはよく分かっている。生まれて初めて命を懸けた殺し合いを経験したのが九歳という時点で、既に住んでいた世界が違うのだから。……だが、それでも、羨望と嫉妬を抱いてしまう。特にティアナは自分には才能が無いと思い込んでいる節がある。また、自分の周りに居るのは才能がある者かエリートという見方をしてしまっていて、自分だけが凡人だと考え、そのことがコンプレックスとなっている。逆に言えば、才能が無くても誰よりも努力をすれば誰にも負けないと自負していた――否、そう思うようにしていた――からこそ訓練には人一倍励んできた。どんなハードトレーニングでも根を上げず、持ち前の負けず嫌いで乗り越えてきた。遠く離れたあちらこちらから爆音が止むことなく響いてくる。なのは達の奮闘、というよりも蹂躙劇は尚も続いている。更にすぐ背後では、ギンガがティアナと似たような顔をしてモニターを眺めていた。(今度こそ、皆さんの足手纏いにならないように気を付けなくちゃ)頭の中に浮かぶのは前回のリニアレールの件。ユーノの足を引っ張った結果犯人を取り逃がし、あまつさえレリックまで奪われてしまい、トドメにユーノが自分を庇って大怪我を負ったあの忌まわしい任務を忘れていない。(もう絶対にあんなことにはならない……今度は私が、私が守るんだ)まるで呪文のように心の中で唱え、両の拳に力を込めるギンガ。そんな風に厳しい表情で佇む相棒と姉の内心など露知らず、スバルは「これだけ圧倒的な力を見せ付けられると、なんかもう私達なんて要らないんじゃないかなー」と思っていた。しかし、そうは問屋が卸さないのが世の常だ。『三人共、迎撃準備はいい? そろそろ肉眼で確認出来る距離まで近付いて来たわよ』シャマルの声に応じて三人は気持ちを戦闘に切り替えると、それぞれの思いを胸に駆け出した。ホテルからそう離れていない森の中。遠い空の向こうで激しい戦闘が繰り広げられているのを見る者達が居る。「ゼスト……あそこに居るのが、ゼストとお母さんを見捨てた”背徳の炎”?」フードで顔をすっぽり覆うようなコートを纏った少女は、感情の篭らない無機質な声で隣に立つ長身の男に問い掛けた。男――ゼスト・グランガイツは何かを悲しむように眼を細め、ゆっくりと否定するように首を振る。「ルーテシア。何度も言うようだが、”背徳の炎”は俺とお前の母を見捨てた訳では無い。”背徳の炎”は友人であるクイントを救っただけ、ただそれだけだ」かつて何度も諭すような口調で繰り返した言葉を、ゼストは今度も同じように言って少女――ルーテシアに聞かせたが、返ってくる内容もいつも通りであった。「……なら、どうして”背徳の炎”はゼストを……お母さんを助けてくれなかったの?」「……」そして毎度の如く、ゼストはこの問いに言葉を詰まらせる。「クイントっていう人がお母さんの友人なら、どうして私を助けてくれなかったの?」重ねられる問い。やはりゼストは悲しそうに瞼を伏せ首を振るだけだ。この幼い少女の言っていることが、考えていることが”背徳の炎”――ソル=バッドガイに対する逆恨み以外の何物でもないというのは、これまでずっと傍に居たゼストが一番理解している。しかし、無理に言い聞かせようとしてもこの少女は頑として聞き入れようとはしない。母の温もりと平穏な日々を物心つく頃に突如として奪われた少女には、『自分達だけ』を救ってくれなかった”背徳の炎”を憎むことでしか生きる術は無かった。いや、恐らくそのような処置をされているのだろう。負の感情が諸悪の根源に向かない辺り、ある程度の範囲で精神操作を受けている可能性があるとゼストは見ていた。気持ち悪いくらいに馴れ馴れしい態度でルーテシアに要らぬことを吹き込んでいる四番眼鏡の嫌らしい笑みが脳裏を過ぎる。非合法な人体実験を嬉々として行う狂人から受けた処置の数々を思い出し、あの男ならマインドコントロールくらい朝飯前だと決定付ける。もしかしたら自分もルーテシアと似たような処置を知らない内にされているのかもしれない、と考えながら。――何故かつての親友は、躊躇無く人としての禁忌を犯す狂科学者と手を組むようになってしまったのか……それを知らなければならない。ゼストは深い溜息を吐きつつ視線を上げる。閃光が飛び交い爆発の花が咲く空。間違いなく激戦の真っ只中だ。それにルーテシアは介入すると言う。「ドクターの探し物、手伝うだけ」そう呟くと、少女は羽織っていたコートをゼストに預け、己の足元に四角い魔法陣を発生させた。長い紫色の髪を持つ妙齢の女性が、己が使役する召喚虫が持って帰ってきた情報を吟味しつつ、嗜虐的に嗤う。「へぇ、あれがクイントの娘達ね。姉の方なんかクイントにそっくりじゃない……クローンってだけはあるわね」懐かしそうに紡がれた言葉に辛辣な棘が含まれているのを感じながら、トーレは口を開く。「あれが我々戦闘機人のオリジナル、タイプゼロ・ファーストとゼロ・セカンドです」「そんなことは聞いてないわ」ピシャリと吐き捨てられ、内心むっとしながらもお目付け役を言い渡されたトーレは役目を果たす為に感情を押し殺す。「貴女はまだ稼動して幾日も経過していません。何をお考えか存じませんが、あまり妙なことをしないでいただきたい」「別に。少し、気に食わないだけよ」「気に食わない、とは?」トーレの問いに、これまで一度もトーレの顔を見ようとしなかった女性が急に視線を合わせ、言った。「だっておかしいでしょ? あの事件で私は貴方達に捕まって、これまで何年も眠ってて、眼を覚ましたのがついこの前よ」「……」まるで自分達スカリエッティを責めるような――ような、ではなく責めているのだろう――言い方をする彼女に対し、下手に言い返したりせず黙って聞く。「なのに、どうしてクイントだけが助かって、一人だけのうのうと生きてるの? 皆死んでしまったのに、自分だけ”背徳の炎”に助けてもらって、私達のことは置き去りにして」事実は異なるが、別に”背徳の炎”の肩を持つ気にもなれないので、やはり沈黙を貫く。「眼を覚ました私はレリックウェポン。ゼスト隊長も、私の一人娘のルーテシアもレリックウェポン……これは一体どういうこと?」静かな声だったのが、やがて熱を帯び、沸々と怒りが込み上げ憎悪が溢れてくるようなものになってくる。「クイントも一度失えばいいのよ」一般人であれば背筋を凍らせ脇目も振らず逃げ出すような怖気を走らせる殺意を以って、彼女は召喚魔法を発動させた。その様子を少し離れた場所から窺いながら、トーレは冷ややかな視線を向ける。(ドクターにマインドコントロールを施されているとはいえ、哀れだな)彼女は今、自身が抱いている負の感情が他者によって植えつけられたものだと知らない。操り易いようにそういう処置を施され、操られているに過ぎない。それはまさにマリオネット。スカリエッティ達にとって都合の良い駒であり、道具でしかない。そこまで思い至って、唐突に気付く。(……私も人のことなど言えないか)戦闘機人。戦う為の道具。生体兵器であり、スカリエッティの駒でしかない。そんなトーレが彼女のことを言える立場ではない。木に背を預け腕を組み、召喚魔法を行使している彼女の背中を眺めつつ、トーレは声を殺して自嘲するのであった。