エリオは落ち着きを取り戻したティアナと様々な話を展開させる。それは父のソルや母のシャマルの話であったり、兄妹のツヴァイやキャロの話であったり、他の家族の話であったり、はたまた魔法や訓練の話だったり。ティアナも聞いているだけではなく、自分のことを含めて兄や相棒のスバルのこと、訓練校での日々や将来の夢である執務官のことなどを話題として口にした。今まではあまり接点の無かった二人ではあったが、腹を割って話してみると馬が合うのか、ついつい話し込んでしまう。気が付けば太陽は地平線に沈みそうになっていて、辺りは夕日で茜色に染まりつつあった。不意に会話が途切れ、二人はゆっくりと姿を隠していく太陽に眼を向ける。太陽が海に沈み行く光景は、人を黙らせるのに十分な美しさを誇っていた。それはまさに幻想的で、二人もその魅力に例外に無く当てられ、思わず黙り込む。茜色の光が海面に反射して光り輝く。やがて太陽は沈み、静寂と共に夜の帳が降りてきた。「戻りましょうか」ベンチから立ち上がり、爽やかな表情を浮かべごく自然な仕草でティアナに手を差し出すエリオ。「そうね……」一つ頷き、ティアナは自身に伸ばされた手を取って立ち上がり、二人並んで歩き始めた。二人が翠屋に戻ってくると、丁度ツヴァイが店の扉に『CLOSE』と書かれた札を掲げ、キャロが箒で掃き掃除をしているところだった。閉店準備をしているところらしい。ちなみに二人共メイド服。なのは達が昔着ていたおさがりだったりする。「ツヴァイ、キャロ、ただいま」エリオが声を掛け、二人に近寄る。と、キャロが箒を放り捨て、ツヴァイと共に駆け出してエリオに抱き付く――「「何サボッてんだテメェは!!」」ように見せ掛けたアックスボンバー(二人分)が炸裂した。「グエェェッ!?」豚のような悲鳴を上げながらぶっ倒される。なんとか受身を取るエリオであったが、仰向けに倒れたそこへツヴァイが右腕に腕ひしぎ十字固めを決め、キャロがスカートのまま首四の字固めを決める。「……あ、これ苦しいけどちょっと幸せ……」「キャロ、エリオはどうやらお手伝いを途中で抜け出してサボッたことを反省してないみたいですぅ」「じゃあ、エリオくんはこのまま落としちゃおうか」「グ、グフ」キャロが足に力を更に込めると、白目を剥くのと同時に意識を失ったエリオが全身の筋肉を弛緩させる。二人は伸びてしまったエリオを解放して立ち上がり、ペキポキと拳を鳴らしながらティアナへと向き直った。眼の前で繰り広げられた一方的な暴力を常識人のティアナが理解するなど不可能であり、何やら不穏な気配を振り撒きながら近付いてくるツヴァイとキャロにビビッて思わず後ずさるのは無理もない。「……何してんだお前ら」そんな時、店の中から騒ぎを聞きつけたのか、ソルと人間形態でウェイター姿のザフィーラが顔を出す。彼らは店の前で仰向けになって気絶しているエリオを見て、次に手をワキワキさせてティアナに近寄ろうとしているツヴァイとキャロを見る。それからソルが盛大な溜息を吐いてからツヴァイとキャロの頭に拳骨を振り下ろした。ゴキンッ、バキンッ、と鉄拳制裁を受け眼を回す二人。「「きゅう」」「ザフィーラ、アホ娘二人を頼む」「やれやれ」溜息を吐きつつ、ザフィーラは眼を回しているツヴァイとキャロを両脇に抱えると店の中へと入っていく。ソルも気絶しているエリオを抱え上げ、ザフィーラに続こうとする。「……ソルさん」「ああン?」今まで成り行きを黙って見守っていたティアナが、おずおずと話し掛けた。身体ごと向き直り、ソルは続きを促す。「あの、その、なんていうか」「……」思ったように言葉を口にすることが出来ないティアナを、ソルは訝しむような眼で見つめながらも黙って待つ。「さっきはすいませんでした……それと、ありがとうございました」やっとのことで搾り出した台詞と共に、頭を下げる。「何のことか知らんが……ま、気にすんな。謝られたり感謝されるのは柄じゃねぇ」ティアナの謝罪と感謝に対し、ソルは苦笑しながら相変わらずぶっきらぼうな態度で応え、ティアナに背を向け店の中へと入っていった。「……エリオから話は聞いてたけど、器が違うわ。でも凄い天邪鬼」素直に頷くだけでいいのに、と酷く納得した口調で独り言を呟きつつ、ティアナはその大きな背中を追いかけた。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat12 Culture Shock場所を月村家に移し、夕飯を摂ることになった。「あれ? なんで此処に牛さんと豚さんが居るの?」純粋に疑問の声を上げるスバルが「可愛いなぁ~」と表情を綻ばせて黒毛和牛と黒毛豚の頭をそれぞれ撫でる。モー、ブヒ、と唸るように鳴く牛と豚。「本当ね。さっきは二頭共居なかったのに」「猫以外にも牛と豚を飼ってたんですか?」首を傾げるギンガと、すずかに問い掛けるティアナ。対してすずかは若干頬を引きつらせた笑みで首を横に振る。「その牛と豚は今晩の為に用意しておいたものです。つい先程、産地から届いたばかりなのですよ」庭園にテーブルや椅子、バーベキューセットや炭などを用意し終えたノエルが冷静な声でティアナの疑問に答えるのであった。「生きたまま送ってもらったので、新鮮度はバッチリです!!」満面の笑みでファリンが補足する。「「「……」」」右手で牛を、左手で豚を撫でていたスバルの表情が固まり動きを止めた。近くに居たギンガとティアナも同様だ。三人が牛と豚から視線を外す。後ろを振り返れば何故かバリアジャケットを展開しているソルとシグナム。二人共、それぞれ手にしているのは封炎剣とレヴァンティンで、これから模擬戦でも始めるのかと思えばそうではない。「な、なんでバリアジャケットと騎士甲冑なんですか……?」「汚れるからな」震えながら問うギンガの質問にシグナムが真剣な表情で答えた。更にその後ろでは、エプロン姿のなのは達が、シャキンッ、シャキンッと肉切り包丁を手に今か今かと”何か”を待っている。「「「おっ肉♪ おっ肉♪ 肉祭~♪」」」韻を踏みながら小躍りするエリオとツヴァイとキャロの三人。やはり手にしているのは肉切り包丁だ。「キュクキュクルー♪」ついでにフリード。こいつはだけは純粋に肉が食えて嬉しそうであった。「邪魔だ、どけ」封炎剣を肩に担いだソルの迫力に負け、スバル達は逃げるように牛と豚から離れた。「これから俺達の糧となる二つの命に対し、冥福を祈り、感謝の気持ちを込めて黙祷する」牛と豚の前に立って、静かで厳かな口調で言い、ソルが瞼を閉じる。それに合わせて皆が合掌して頭を垂れた。さっきまで騒いでいた子ども達も周りの大人達と同じように神妙な面持ちで黙祷を捧げている。やがて、たっぷり一分間黙祷を捧げるとソルはおもむろに魔法を発動させ、牛と豚を気絶させた。「見たくない奴は見るな……これから先、肉が食えなくなるぜ」立ったまま意識を失っている牛と豚に対して封炎剣を振りかぶりつつ、ソルは感情の篭らない声でスバル達に促す。なかなか封炎剣を振り下ろさないのを見る限り、家畜の解体作業に忌避感を持っている者がこの場を去るのを待っていてくれているらしい。慌ててスバル達三人は月村邸へと駆け込む。そんな三人にアリサとすずかもついてくる。「まずは血抜きだ。牛は俺がやるから豚はシグナムが頼む」「了解した」打ち合わせをしている声が少しずつ遠ざかるのを感じながら、ティアナが悲しそうな顔ですずかとアリサに聞く。「いつもあんな感じなんですか?」「勘違いして欲しくないからはっきり言うけど、普段はあんなことしないわよ。たまによ、たまに……今日は偶然運が悪かっただけなんだから」答えたのは苦虫を噛み潰したような顔のアリサ。背後でプシューーーーーーッ、という音が聞こえてきた。振り向けば間違いなく赤い噴水が出来上がっているに違いない。「じゃあアレはなんですか!?」「ソルくんって結構教育熱心だから、どんな状況下に陥っても生きて行けるようにって、たまにサバイバルに特化した教育方針を取るんだ……ついでに情操教育も兼ねてるんだって」すずかがこめかみに汗を垂らしながらソルのフォローをした。どうやら解体ショーはソルの要望らしい。「サバイバルと情操教育って……何も今しなくてもいいじゃないですか!!」最早スバルは涙目である。「だから今日は運が悪いって言ったの!! でも食用の牛と豚の時点でまだマシな方よ!! あいつ、この世で食べられない生き物なんて居ないって思ってるんだわ!! ウサギとか馬とか羊とかを『非常時の為に』って言って当たり前のように解体するし、たまに熊とっ捕まえて鍋にするし、酷い時はワニとか鮫とかトカゲとか蛇とか……この前なんて見たこともない変な生き物を異世界から捕まえてきて、皮剥いでから剣で串刺しに――」「それ以上は言わなくていいです」額に手を当て頭痛を堪えていたギンガがアリサの言葉を途中で遮る。「っていうか、衛生面で問題無いんですか!?」眉を顰めるティアナ。「そこは魔法でなんとかするんでしょ」さも当然のようにすずかが返す。「そんな便利な魔法知らないんですけど」「でも、ソルくんって正直なんでもありの人だから『食える、問題無ぇ』とか言われたらそれまでだし」「……あー」言われて三人は想像してみた。『こんな調理法で大丈夫(衛生面)ですか?』『大丈夫だ、問題無ぇ』質問に対して、親指を立ててサムズアップしつつ即答するソルの仏頂面を幻視する……いや、それ全然大丈夫じゃないフラグが立ってるような気が――だと言うのに、人物像を思い浮かべただけで納得しそうになってしまうのが、なんとも嫌だった。それから解体が終わるまで、五人は一歩も月村邸から出なかった。生き物とは、生きる為に罪を重ねる罪深い存在だ。生きる為には必ず他の生物を糧として殺さなければならない。それが自然の摂理であり逃れることの出来ない掟だとしても、自分が生きる為に他の生物の命を奪い、糧としている事実は変わらない。故に、奪った以上は奪った命に対して敬意を払い、決して無駄のないように食べ尽くさなければいけない。それこそが奪われた者への最大の弔いとなり、同時に命の重さを改めて知る最大の好機となる。奪った命で己の命を繋ぎ、己の血肉とする。当たり前のことである筈なのに、豊かさを手に入れてしまった飽食の時代の人間は”食”に対する感謝を忘れてしまいがちだ。普段自分達が口にしている食べ物が、一体どのような過程を経て届けられているのかを把握している者というのは、非常に少ない。だからこそ食べる前には『いただきます』と挨拶をする。この言葉が持っている本質的な意味を、もう一度よく考えてから食べよう。 by ユーノ「私、今度から食べ物にはもっと感謝して食べるようにします!!」「私もスバルに同感です」夕飯はナカジマ姉妹に効果絶大だった。ティアナも普段より食っているように感じる。最高級の肉というのもあって純粋に美味いってのもあるんだろうが、解体した霜降り肉を前にしてユーノがご高説を垂れたのが功を奏したらしい。「……あー、そうか。そいつは良かった……」しかし、此処まで単純というか、純真な連中だと思ってなかった俺としては「洗脳みたいでなんか嫌だな」とひとりごちるしかない。そんなつもりは微塵も無いのだが。涙をちょちょぎらせ、かつてない食欲で肉に食らい付くナカジマ姉妹。我が家の食いしん坊万歳共も加わって、牛一頭分、豚一頭分はあった筈の肉の山が見る見る内に消えていく。誰もが我先にと肉に群がる光景は、まるでハイエナの食事風景みたいだ。「肉食系女の子ね」アリサがなのは達のことを指差しながらクスリと笑う。「上手くねぇからな」「何怒ってんのよアンタ?」「アリサちゃん、察してあげようよ」急に不機嫌なる俺にアリサが怪訝な顔で首を傾げる。そんなアリサの肩をすずかが悟ったような表情で叩いた。「ほら、ソルくんってちょめちょめだから」「ああ。確かにソルはちょめちょめね」「……」微妙に古い俗語を使って俺を肴にしてくれるアリサとすずか。張っ倒してやろうか?肉が残り僅かになってくるとナカジマ姉妹はアルフやヴィータ、エリオ達を相手に肉を奪い合う始末。「ふざけんなスバル!? この肉はアタシが畜産農家とさっき天に召された牛に感謝しながら育てた肉だぞ!!」「パク」「っ!!!」とかなんとか言い合ってるのを傍観していたら、間を置かずにヴィータとスバルの取っ組み合いが始まった。「テメー吐けこのタコ!! それともテメーを鉄板焼きの材料にしてやろうか!?」「モグモグモグモグ、ゴックン!!」「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」スバルを放り捨て頭を抱えたヴィータの絶叫が木霊する。流石にそこまで絶望的な表情で天を仰ぐなと言いたい。これ見よがしに「ゲプッ」と下品なげっぷをしているスバルの頭を封炎剣の腹で引っ叩き昏倒させると、あまりのショックに肩を震わせ呆然としているヴィータに無言で俺の分の残りを分けてやった。「ソル、オメーは神か!?」「肉でエキサイトし過ぎだ、馬鹿共が」毎度のことだが、俺は連中の食欲に呆れて溜息を吐く。そして、とりあえずまだ醜い肉の奪い合いをしている馬鹿な食いしん坊万歳共の足元に向かって、燃え盛る封炎剣を投げつけた。真っ直ぐすっ飛んでった封炎剣が、ズドッ!! と重い音と共に大地に突き刺さる。あれ程騒がしかった馬鹿共が動きを止め皆一様に黙り、しん、と周囲が静まり返った。それから誰もが青い顔で俺の顔を恐る恐る覗き込む。「ウェルダンになりたくなかったらその辺にしとけ」皆揃って首を縦に振り、喧騒が収まった。「グルルルルゥ」そんな俺達から少し離れた場所で、キャロの竜魂召喚によって本来の体躯になったフリードが、バキバキバリバリ、とワイルドな音を響かせ口周りを血で滴らせ、牛の頭蓋やら豚の背骨やらその他諸々を美味そうに噛み砕いている。ちなみに誰も腹は壊さなかった。食うもんは食ったし風呂を済ませよう、という話になる。しかし、これだけの人数を一度に受け入れるキャパシティを流石の月村家とはいえ持っていない。順番に入っていたら時間が掛かる。しかも女性の比率が多い故に、必然的に時間がより多く掛かってしまう。ということで、近所のスーパー銭湯に赴くことに。「はーい、いらっしゃいませ……団体様ですか?」やはりと言うかなんと言うか、受付の店員が「何だこの集団は?」という疑問を顔に貼り付けたまま問い掛けてくる。男性は俺、ザフィーラ(人間形態で尻尾耳隠し)、ユーノ、エリオの四人。女性はなのは、フェイト、はやて、シグナム、アイン、シャマル、アルフ、ヴィータ、ツヴァイ、キャロ、ティアナ、スバル、ギンガ、アリサ、すずかの十五人。総勢十九名。馬鹿みたいに女性比率が高い。内、子どもが三人。店員や他の客が純粋に疑問に思っても無理はない。士郎と桃子、恭也と忍、美由希、ノエルとファリンは後片付けやらなんやらで居残り。フリードは腹が膨れると眠ってしまったのでそのまま放置。「子どもは三人、大人は十六人だ」俺は一万円札をカウンターの上に無造作に置く。「か、畏まりました」会計を済ませ、連中を引き連れて歩き出す。男湯、女湯、と書かれた暖簾を前にして日本語が読めないであろうミッド人の三人に「男はこっち、女はこっちだ」と指差す。三人が分かりましたと頷くのを確認し、男湯の暖簾を潜ろうとしたその時。「だぁぁぁぁぁぁ、放してぇぇぇぇぇ!! 助けて父ぁぁぁぁぁさん!!」背後でエリオの助けを求める声が聞こえた。訝しみながら振り返ると、「ほらエリオ、久しぶりに母さんと一緒にお風呂入りましょう。十一歳までなら男の子でも女湯に入っても問題無いし」エリオを女湯に引きずり込もうとしているシャマルが居るではないか。他の女性達も「私は気にしない」という感じでどちらかと言うとシャマルに加勢している節がある。「髪洗ってあげるから」とか「一緒に入ろうよ」とか言っていた。「ヤダ!! ヤダッ!! イーヤーダーッ!!」しかし、当の本人は全力で拒否。シャマルの腕を振り払って俺の腰に縋り付く。「まあ、母さんよりも父さんが良いって言うの?」「当然」「ガーン……ついこの前(二、三年前)までは一緒に入ってくれてたのに……男の子って母親離れするの早くない?」何気にシャマルが寂しそうに凹んでいた。と思ったら、キッ、と俺のことを恨みがましい視線で睨んでくる。「ズルイわアナタばっかり。いつもアナタばっかりエリオに甘えてもらえて!!」「んなこと俺に言われてもな」後頭部をボリボリかきながら応じてやった。「気持ちは分からんでもないが、男にとって母親なんて一定以上の年齢に達すると鬱陶しく感じるもんだ」「ひ、酷いわその言い方」「俺も実際そうだったしな。エリオがそれだけ成長したってことだろ。母親として息子の成長を素直に喜べ」「でも……」諦め切れないのか、シャマルは俺に訴えるような視線を向けてきたが、俺は首を振る。「いずれ俺もツヴァイとキャロから鬱陶しがられる時が来るんだ。そういうもんだって割り切れ」「あの二人がお前を鬱陶しがる? そうは思えないが……」俺の発言を聞いてアインが首を傾げた。「そんなこと言ってる母さんの方が僕より父さんに甘えてるじゃないですか」「ち、ちちちち、違うわ、そんなこと無い、筈よ!!」突然の息子の反撃に、真っ赤になって慌てふためきながら必死に否定する母親、シャマル。「本当は僕よりも父さんと二人っきりでお風呂に入りたい癖に」「そんなの当たり前じゃない!!」公共の場であっさり本音をダダ漏れさせるシャマル……ダメだこの母親、早くなんとかしないと。というか、出入り口付近でこんな漫才染みたことをしていたら他の客に迷惑が掛かるので、とっととこの場を去ることにする。「エリオ、髪洗ってやる」「じゃあ僕は背中流します」まだ背後で喚いているシャマルを無視し、やれやれと俺は溜息を吐き、エリオを頭を撫でながら男湯の暖簾を潜った。「私達はどっちに入ろうか?」キャロの問いに、ツヴァイは腕を組んでむ~と唸ってから答える。「……最近、エリオと一緒に入るの恥ずかしくなってきたから……」「じゃあ女湯の方だね」「うん」そそくさと女湯の暖簾を潜るツヴァイとキャロであった。「エリオと一緒に入りたかったのに~」未練がましいことを口にしながらシャマルは自分の分のロッカーを確保し、ノロノロと服を脱ぎ始める。そんな姿に自分も服を脱ぎながら苦笑するアイン。「残念だったな」「本当よ。これから先、もう二度と一緒に入れないかと思うと子どもが成長したって意味では嬉しいけど、やっぱり寂しいわ」「私はシャマルさんが凄い羨ましいけどなー」深い溜息を吐くシャマルの肩を、ガシッと背後から鷲掴みにする人物が居る。なのはだ。その後ろにはフェイト、はやて、シグナムも腕を組んで仁王立ちをしていた。四人共こめかみに青筋を立てながら。ちなみに風呂に入る準備は万端なのか、全員バスタオル一枚だ。更に付け加えれば、フェイトとシグナムが腕を組んでいることによってタオル越しにその豊満な胸を押し上げていたりしていて、全く違う意味でなのはとはやては苛立っていたり。四人の放つ気配に不穏なものを感じてアインとシャマルが冷や汗を垂らす。「私も、お兄ちゃんと、さっきのシャマルさんみたいな、夫婦の会話、したい」その昏い眼が無言で訴える。曰く『二人は私達よりも美味しい立ち位置に居るんだから、我侭言うなって訳じゃ無いけど、もし言うなら私達が居ない所でね』と。四人が闘気のように嫉妬と羨望を纏う。ツヴァイとエリオをダシにして、アインとシャマルが散々、何年も”親子三人で○○”を堪能してきたのを指を咥えて見ていただけに、この上まだ高望みをするシャマルに『調子に乗りやがって!!』的なアレがあった。視線とプレッシャーに気圧されはしたが、アインとシャマルはお互いに顔を見合わせると「フフンッ」と嫌味ったらしく、それでいて娼婦もかくやとばかりに妖艶に微笑むと、唇を吊り上げる。それは、敗者を見下す勝者の笑みだった。つまり、悔しかったら彼との間に子どもを授かるんだな、という意味である。肩を掴んでいたなのはの手を振り払い、シャマルが半身なって構える……服を脱いでいる途中だったので上半身はブラジャーしか着けておらず、下はスカートを穿いたままだ。挑発するように、アインが指でクイッと手招きする……やはり服を脱いでいる途中であったので下着姿である。対する四人は『覚悟は出来てんのか?』と言わんばかりに拳を握り、ペキポキ指の関節を鳴らす……全員、格好はバスタオル一枚で。次の瞬間、脱衣所で迷惑極まりない乱闘が始まった。「今の会話の流れでどうして殴り合いの喧嘩に発展するんですか!?」一部始終を見ていたティアナの疑問は当然である。だが悲しいことに、ナカジマ姉妹はソルとクイントが唐突に殴り合う光景をしょっちゅう見掛けていたので全く動じない。ヴィータ、アルフ、ツヴァイ、キャロもいつものことなので気にしない。アリサもすずかも「……またか」といった感じに気にも留めない。え? アタシがおかしいの? と自分の常識を疑い始めるティアナであったが、周囲に居た他の客が唖然としながら乱闘している六人を見ているのを眼にして、「アタシはおかしくない、おかしいのはこの人達だ!!」と思い直す。「他人の振りしろ、他人の振り」「気が済むまでじゃれ合ったら何事も無かったように元に戻ってるから、気にするだけ無駄だよ」そう言い残し、ヴィータとアルフはさっさと風呂場に行ってしまった。「母様達のこと尊敬してますけど、ああいう大人にはなりたくないですぅ」「右に同じ」苦笑いを浮かべ、ツヴァイとキャロも先の二人に続く。ドカッ、バキッ、ドゴッ、と実に生々しくて嫌な音が響いてくる。「ソルの一家にとって殴り合いなんて挨拶とかスキンシップみたいなもんよ」「なのはちゃん達ってソルくんのことになると周りが見えなくなるし」全てを悟ったような口調で諭すようにアリサとすずかが溜息を吐く。確かに六人は周りを全く眼に入れていない。その代わりというかなんというか、裸同然で殴り合っているので見えてはいけないものが見えてしまっている。「で、でも」「止めたければ自分で止めれば? 命の保障はしないけど」「遠慮します」それでも食い下がろうとしたティアナであったが、アリサの提案を耳にして、脊髄反射で保身に走る。あんな所に飛び込めば血達磨になるのは火を見るよりも明らかだ。そんなことを理屈ではなく本能で理解出来てしまうような乱闘を力ずくで止められる訳が無い。試しに蛮勇溢れるスバルが「他のお客さんに迷惑だからやめてくださいよ~」と訴えてみると――「「「「「「すっ込んでろっ!!!」」」」」」矛先と殺気がこっちに向きそうになったのである。「うわあ~ん、怖いよギン姉殺されるぅぅぅぅ」「……うん。私も今一瞬だけスバルが本当に殺されるんじゃないかと思ったわ」シクシク泣き出しギンガに抱き付くスバル、スバルを抱き締めながらガクブル震えるギンガ。哀れなナカジマ姉妹が出来上がった。「そもそも、なんでソルさんのことになるとあんなに喧嘩っ早いんですか? 口調も普段だと絶対に使わないような乱暴なものになってますし」渋面を作るティアナにアリサは、これが真理よ!! とばかりに自信満々に言う。「全部ソルの影響よ」「適当にもの言ってません? なんでもかんでもソルさんの所為にしようとしてません?」「いや、だってあいつ短気だし喧嘩っ早いし気性が荒くて言葉使いも乱暴だから、一つ屋根の下で十年暮らしてたなのは達がその影響を受けない訳が無いでしょ?」雨が降ったら地面が濡れるのは当たり前じゃない、みたいにのたまうアリサ。「それにソルって変人に好かれる傾向があるから」「確かにそうだよね。ソルくんの友人知人って言い方悪いけど変な人ばっかりだもん」すずかが同意を示す。「なのはは小さい頃からソルに依存しまくってるし」「それは他の皆もそうだけど、あれってもう病気レベルだよね。最低でも三日に一回はソルくんとスキンシップを取らないと発狂するって自慢気に言ってたっけ? 全然自慢にならないのに」「フェイトとアインさんは性的嗜好が被虐的で、ソルの下僕になることを心から望んでるわ」「なのはちゃんも負けてないよ。前にソルくんのこと『お父さん』って呼んで一人で興奮してたから。勿論性的な意味で」「シャマルさんは蛇みたいに狡賢くて、はやては笑えるくらいに腹黒いわ」「シグナムさんは戦闘狂だけど、この中じゃ一番まともだよね。だって他の皆も戦闘狂だから」話を聞いてドン引きするティアナは、震える声で恐る恐る聞いてみる。「……あの、もしかして”背徳の炎”の人達って、その、こういう言い方嫌なんですけど……まともな人って少ないんですか?」「あれがまともに見えるんだったら眼科へ行きなさい。少なくとも、あそこで殴り合ってる六人は色々と異常よ」形の良い顎で乱闘している六人を示しながら、アリサは十年以上の付き合いがある友人達は異常者だとはっきり言い切った。一方、男湯。先刻の宣言通り、ソルはエリオの髪を洗ってあげていた。「エリオ、随分髪伸びたな。切ってやろうか?」「父さんみたいに伸ばすからいいです」瞼を閉じたまま、えへへと屈託無く笑う。「……好きにしろ」ソルはそんな息子の態度に優しく微笑む。この上なく平和だった。「ティアナ。アンタは芯が強くてまともそうだから言っておくけど、ソル達の考え方に毒されちゃダメよ」「は、はい」両隣をアリサとすずかの二人に挟まれ湯船に浸かった状態で、ティアナはぎこちなく頷く。「話し合い=殴り合いなんて考え方は以ての外」「気に入らないからとりあえず叩き潰す、っていうのもダメだからね」「そんなこと分かってますよ」「そう、なら安心したわ。なのは達には『己の望むものを手にしたければ力と覚悟を示せ』っていうソルの考え方が根付いてるから、もう矯正は不可能だけど」要するに、力と覚悟さえ示せば後は好きにしろ、と解釈出来る代物だ。壮絶な教育方針である。「とにかく、毒されないように気を付けないと、ああなるわよ」アリサが親指を立てて示すそこには、つい先程まで筆舌し難い殴り合いをしていた六人が、疲れた様子など微塵も見せず、むしろ殴り合いをしていたのが嘘のように和気藹々と話し込んでいた。子どもは何人欲しいかとか、私シンくんみたいな元気で真っ直ぐな男の子が欲しいとか、いっそのこと男女共に一人ずつ欲しいとかいう話をしているようだ。「……皆さんタフですね」感心なんてとっくの昔に通り越し呆れ果てたティアナの言葉に、なのはとフェイトが反応してグッと親指を立てる。「殴られるの慣れてるから」「火達磨にされるのも慣れっこだよ」そこは鍛えてますから、と返すのが普通ではないのだろうか?誇らしそうに語る二人が同時に胸を張った。「私が初めてユーノくんに会って、魔法に触れて、レイジングハートを手にして以来、毎日のようにお兄ちゃんに模擬戦で殴られて火達磨にされてるから」「懐かしいね、もう十年も経つんだ。ソルってスパルタだったから、私達よく訓練中に血反吐撒き散らしたりしたよね……此処数年は全然無いけど」眼を細めて昔を思い出す二人は嬉しそうだが、内容はとんでもない程血生臭い。「十年、か。初めてソルに戦いを挑み、シャマルと二人揃って返り討ちにされ、火達磨にされた夜が懐かしい」「本当ねー。忘れられないわ、あの炎に初めて身を焦がした夜を」うっとりとした口調のシグナムとシャマルも楽しい思い出を語っている表情とは打って変わって中身が焦げ臭い。「ハハハハ、私は聖王教会と交流するようになった時が一番印象深いわ……血反吐とか火達磨とかそんなチャチなレベルやない、あの生殺しはマジで死ぬ……当時九歳のいたいけな少女にあんな滅茶苦茶なことをしてくれた責任、必ず取ってもらうで」やはり他の皆と同様に何故か嬉しそうなはやてがフフフフフッ、と喉を震わせる。「まあ、私達はソルに火達磨にされて成長してきたようなものだからな」頬を上気させて艶やかに微笑むアインの言葉。六人以外はとても嫌な成長の仕方だと誰もが思ったが、実際そうなので言い返せなかった。特に、現在進行形で模擬戦の度に火達磨にされているティアナ達三人は。「それにしても、アンタらホントに戦闘力が売り物の商売してるの? なんでこんなに肌綺麗なのよ」「なんでだろうね?」ジト眼になってなのはの肩を指で突っつくアリサ。対するなのはは実にすっ呆けたことを返す。どう考えてもソルの魔力供給によって新陳代謝や回復速度が常人とは比べ物にならないくらい向上しているのおかげなのだが、余計なことを言うつもりは毛頭無いのである。こうして間近で改めて皆の肢体を見ると、彼女達がいかに戦闘力とレベルが高いか窺える。本当にあの凶悪で異常者の集団である”背徳の炎”の人達なのだろうかと疑問を抱かざる得ない。女性陣限定で傍から見れば、可愛いくて綺麗な娘達だけを集めたアイドル集団にしか見えないところが怖い。シグナムが魔乳だとすれば、フェイトは爆乳と評するべきであり、大きさといい形といい、同性なら誰もが一度は羨むであろう。生粋の近接格闘者でありながらその手足はモデルのように細く、均整の取れた四肢はまさに華奢。出るとこは素晴らしいくらいに出て、引っ込んでいるとこは見事に引っ込んでいる。「ウガァァァァァァァァッ!!!」突然ヴィータが奇声を上げて拳を湯船に叩き付けた。水飛沫が舞うが、皆はあえてスルーすることに。アルフもアルフで凄い。アインは着痩せするタイプなのか、こっちもこっちで脱いだら凄かった。胸囲と反比例するかのようにくびれた腰が非常に官能的で、それでいてスレンダーな肢体は反則だ。「ブクブクブクブク……」続けてヴィータが頭を湯に沈めて泡を生産してる。何がしたいのか分からないが、やはり放って置く。なのはとシャマルはバランス型だろうか。それでも胸は平均より大きい方である。女性的な丸みを持った肢体は、鍛えているおかげで全体的に引き締まっており、身体のラインが美しい。「けっ!!」やさぐれたようにヴィータが湯船から這い出し、新鮮な肉と犠牲者を求めるゾンビのような足取りで露天風呂へと行ってしまった。……はやては他の方々と比べて若干残念だった。まあ、他の方々が凄過ぎたというのもあるが、あえて評するなら普通。残念ながら、いくらソルの魔力供給が成長促進や肉体回復の力があっても、個人が持ち得る遺伝子に刻まれた設計図(スリーサイズ)を限界突破することは出来ない。上から順番に、シグナム、フェイト、アルフ、アインの四人が所謂『ボンッ、キュッ、ボンッ!!』の三つが揃った最早敵無しのSSSランク。なのはとシャマルが能力をバランス良く振り分けたAAAランク。はやてが頑張りましょうなBランクであった。「なんやその哀れみが篭った眼は?」ドスの利いた声がはやての喉から零れ出し、ティアナとスバルとギンガは思わず息を呑んでから弁明するように慌てて首を振る。「確かに私はシグナムとかフェイトちゃんとかアルフさんとかアインとかシグナムとかフェイトちゃんとかと比べたら魅力的やないかもしれん」「あの、シグナムさんとフェイトさんのこと二回言ってます」「せやけど!!」冷静にツッコミを入れるティアナの声なんて聞いちゃいない。「この私の身体こそが、ソルくんの好みに一番近いんや。つーことで、私はシグナムとかフェイトちゃんとかに身体のことで醜い嫉妬を抱いたりはしてへん」水飛沫と共に立ち上がり、自身を誇らし気に晒すのであった。「その代わり揉ませてもらうんや」「揉むんですか……」「当たり前や!! 眼の前にこんな美味そうな果物がなっとる果樹園があったら誰だって片っ端から食らい付くやろ? 私だってそうする、いや、せなアカン。つーことで、揉ませブッ!!」シグナム達に襲い掛かろうとしたはやてであったが、突如奇声を上げて倒れ込み、湯船に沈む。「いつも言ってるけど女同士なんて生産性が無いよ。はやてちゃんに揉ませるくらいだったお兄ちゃんに揉ませた方が遥かに生産性があるし、嬉しい」いつの間にかはやての背後に回り込み、その後頭部に呵責の無い踵落としを叩き込んだなのはがその脚線美を下ろす。「ソルもこのくらいガツガツしてたら良いのに」「もしそうなったら私達が襲い、ゴホン、夜這いする手間が省けるな」フェイトが溜息と共に心情を吐露すると、アインがクスクス笑いながら同意する。更にそれに頷く者達の顔を見て、”背徳の炎”は異能者にして異常者の集団でおまけに爛れた人間関係なのだ、と戦慄しつつ再認識するTHE 常識人ティアナ。曰く「この人達って頭おかしい」と。そんな風に考えるティアナを否定する者は居なかった。というか、居る訳無かった。銭湯から月村家に帰ってきて、子ども三人とスバル達三人は自覚していない疲労が出てきて眠くなってしまったのか、今日はもう寝るように促すと割と素直に頷いて床に就く。他の皆も日頃の疲れが表面化したのか、次々と寝入ってしまった。だが、俺だけは一人寝付くことが出来ないで居た。かと言ってやることもなく、仕方が無いので月村邸を出て月村家が持つ敷地内をブラブラ出歩くことにする。何も考えず三十分程度の時間を掛け庭園をぐるっと一周して戻ってくる。と、月村邸の前には腕を組んで仁王立ちしているアリサと、その隣で柔らかな笑みで俺を迎えるすずかが居た。「何やってんだお前ら?」「アンタこそ、皆が寝たと思ったら一人で何やってんのよ」「眠れなくてな……月光浴だ」「今考えたでしょ、それ」アリサの問いに適当なことを言ったら、そのことがあっさりすずかにバレたので俺は肩を竦めて見せた。「眠れないなら付き合いなさいよ」言いながら俺に掲げて見せたのは、酒瓶である。しかもかなり上等だと思わせる日本酒。忘れていたが、こいつらはもう大学生だ。つい数年前までは俺達――というか酔っ払って暴走するなのは達――の飲酒を咎める側だったのが、今では誘う側になっているという事実に少し驚きだ。それだけ二人が大人になったということか。こういうことがある度に時間の流れを実感する。「断る理由が無ぇな。いいぜ、付き合ってやる」場所を食堂に移し、小さな宴会が始まった。アリサとすずかが通う大学での生活、俺達のミッドでの生活といったお互いの近況を酒の肴にするのは勿論、二人の将来の話などを聞いたりした。アルコールが入っている所為か話が二転三転して行ったり来たりをしている内に再び二人のキャンパスライフの話になったので、お前らいつになったら男出来るんだ、と俺が老婆心を丸出しに心配してやると「余計なお世話よ!!」とアリサに怒鳴られる。どうやら二人共大企業の跡継ぎ娘、ということで周囲の男達から見たら高嶺の花過ぎて近寄り難いらしい。それでも近寄ってくる男は、大抵碌な奴じゃないとのこと。アリサ曰く「そういう輩は私達のことを一個人としてじゃなくて『お金持ちの箱入り娘』っていう色眼鏡で見てくるの。そんなのはこっちから願い下げよ。私達を一人の女として見てくれる良い男が居ないから彼氏が出来ないのよ」と力説されてしまう。「ご苦労なこったな」「その言い方、なんかムカつくわね」「まあまあ」俺のリアクションにアリサが憮然とし、すずかが苦笑する。少しずつ夜が更けていく。そんな風に話していると、会話が途切れたのを見計らってアリサが急に真面目な口調になった。「……で、いつまでこっちに居られる訳?」「明日の昼には帰る」俺は素っ気無く答える。「えええー、もっとゆっくりしていけばいいのに」「こう見えても暇じゃねぇんだ」唇と尖らせたアリサがお猪口に口を付け、舐めるようにアルコールを飲む。「仕方が無いよアリサちゃん。ソルくん達だってお仕事なんだし」そんなアリサをすずかが宥めている光景を見ながら、芳醇な香りがする上等な酒を喉に流し込んだ。「……仕事、か」ポツリと呟いた後、少し寂しそうな視線でアリサは俺を見た。「ソル、アンタはいつまで戦い続けるの?」何気無いその問いに、俺は一瞬だけ固まってしまう。「こんなこと言うのは余計のお世話だって百も承知だけど、もういいや、とか、もう戦うの疲れた、とか思わない?」「……アリサちゃん」真正面から視線を合わせ、アリサが言いたいことを言い終わるまで俺は待つ。「だって、アンタ頑張ったじゃない。話しか聞いてないし、どんな感じだったのか想像も出来ないけど、アンタ百五十年以上もたった一人で戦ってきたんでしょ」「ああ」「隠居して、静かな場所で平和に暮らそう、とか思わない? 危険なことから手を引いて、皆とのんびり暮らそうって」アルコールを摂取したことによって頬を上気させた顔で、アリサはまるで訴えるように言った。それに対し俺は苦笑を一つ浮かべると、お猪口に酒を注ぎながら口を開く。「ま、実際にお前が言ったことを考えなかった訳じゃ無ぇ。イリュリア国内にあるギアの領地でシンや鳥野郎――同胞達に囲まれて何事も無く暮らすか、イズナや爺を頼って異種が住む世界で俗世から離れた生活を送る、っていうのがあった」「ホントに?」意外そうな声を出したのはアリサではなくすずか。アリサも少し驚いたように眼を見開いた。「だがな、俺はギアだ」「それが何だってのよ?」「生体兵器がどうしたの? そんなこと言ったらアインさんも、お姉様もシンくんもドクターも、ガニメデ諸島で暮らしてたあの子達も皆ギアだよ」俺が自身のことを卑下しているように聞こえたのか、すぐさまアリサが眉を顰め、すずかも怒るような表情を作る。「アンタが生体兵器だろうが化け物だろうがそんなこと関係無いでしょ? アンタはアンタで、アタシ達の大切な友達じゃない」「人間としての在り方を私やフェイトちゃん、シグナムさん達に教えてくれたのはソルくん本人だよ?」……全く嬉しいこと言ってくれやがる。これで彼氏の一人すら出来ないってんだから、余程男運が無いのか、それともこいつらの周囲に居る男は見る眼が無いのか。「ギアは人間の穢れた欲望から生まれた、人間の罪だ」「それはアンタが一人で背負うべきものじゃないでしょうが」「……ちっ、少し黙ってろ」話が一向に進みそうにないので舌打ちしてアリサを黙らせた。アリサは不承不承口を閉ざす。「周りの連中がどうこう言ってくれたところで、俺がギアである事実は変わらん。だから、俺は俺という罪が消えるまで贖い続けるつもりなんだが……」「「だが?」」頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせる二人に俺は不敵に笑ってやる。これまではもう二度と俺みてぇな犠牲者を出さない為に、ギアの開発者及びそのギアを全て抹消する使命を自らに課していた。だが、今は違う。確かにやることは変わらないかもしれないが、微妙に意味合いが違うのだ。何故なら、俺は既に独りではないから。もう自分を責めるような生き方はしないと約束したのだから。皆と……そして、アリアと。「贖う以外にも俺には出来ることが、いや、やるべきことがある……それをやるだけだ」そう伝えると数秒の間二人は固まっていたが、やがて呆れたように溜息を吐き、そして何がおかしいのか華のように美しい笑みを浮かべた。「あっそう。だったらもうアンタの好きにしなさいよ」「ソルくんがそういう風に決めちゃってるなら、私達がこれ以上何か言っても無駄なのはよく分かってるから、もう言わない」「ただし!!」突然アリサが大声を出し、俺の顔の前にお猪口を突き出す。「必ず帰ってくるって約束しなさい。アンタも、なのは達も、私達にとっては大切な友達なんだから」「皆が帰ってくるのをずっと待ってるから」二人のその真剣な眼差しが放つ光は、俺達のことを心から想ってくれているというのが伝わってきて、だからこそ此処が俺達の帰るべき場所なんだと改めて思い知らされた。嗚呼、こいつらは俺達の帰りを待ってくれるのだ。ただそれだけの事実が、こんなにも嬉しい。帰るべき場所があるという事実を認識するだけで、どうしてこんなにも優しい気持ちになれるのだろうか?かつて帰る場所どころか全てを失い、百五十年以上も放浪していた俺にとって、帰るべき場所というのはそれだけ大きな意味を持ってるのかもしれない。……こんなに良い女なのに二人共彼氏が居ないってんだから、世の中どうかしてる。「……ああ。約束してやる」俺は手にしたお猪口をアリサのお猪口に、まるで乾杯するかのように合わせた。「絶対、絶対よ!!」「約束したんだからね」すずかもお猪口を掲げた。三人の手が持つそれぞれのお猪口が触れ合い、中身が少し零れたが誰も気にしない。いつか帰るべき場所と、友と交わした約束を胸に刻み、俺達の派遣任務兼帰郷は終わりを告げた。相変わらずなオマケソルとヴィータのタイランレイブ講座「なあ、ソル」ヴィータはアイスを頬張りながらソルに声を掛けた。「ああン?」対してソルはソファに腰掛けた状態で視線を音楽雑誌に向けたまま、声だけでヴィータに応える。「お前のタイランレイブって技あんじゃん」「ああ」「前から気になってたんだけどさ、なんで何種類もあんだ?」「……凄ぇ今更だな?」聞かれた内容にソルは若干呆れたように驚きつつ、雑誌から顔を上げヴィータの方を見た。「いや、なんか唐突に気になって」「で?」「で? じゃねーよ。さっき言ったろ、なんで何種類もあんだよ」「面倒臭ぇな。別にいいじゃねぇか、何種類もあったって。その時の気分とか、俺なりに改良したりとかした結果だ」「オイオイ、適当に流すなよ。減るもんじゃねーんだから教えろって」「ちっ、しゃあねぇな」このまま放置してもうるさいだけなので、ソルは心底面倒臭そうに溜息を吐いてから渋々己の技を解説することに。①タイランレイヴ逆手に持った封炎剣の切っ先が地面に垂直になるように前方に突き出す。この時封炎剣を持っていない方の手(右腕)も突き出した左腕に合わせるように構える。さながら拳銃を撃った反動で腕が上がるのと似た動きで剣を振り上げ、それと同時に法力が発動し、眼の前の空間に爆炎が発生してからそれが爆裂する。「言われてみりゃ、あの動きって反動でけー銃を撃ってるようにも見えなくもないな」「だろ? つーか、あれは文字通り炎の法力を眼の前に”発射”してるんだが」「あんま飛ばねーけどな」「当たり前だ。接近戦専用だぞ、飛び道具じゃねぇ」②タイランレイブ炎を纏った右拳でまず右ストレートを叩き込み、すかさず①に繋げる。その時いちいち剣の切っ先が地面と垂直になるように構えている暇が無いので、ほとんど振り上げるだけ。「あれ? ウに点々だったのがフに点々になってんぞ?」「細かいことは気にするな」「微妙に気になるけど、まあいいや。なんで右ストレートが追加されたんだ?」「右手を何もせずに遊ばせておくのが勿体無かったからだ」「ただ単に殴りたかっただけだろ」「まあな」「やっぱり」③タイランレイブVer,β炎を纏った右拳でまず右ボディブローをぶち込み、次に左ストレートと共に爆炎をお見舞いする。「もしかしたらこれが一番使ってる頻度が高いかもな」「利き手(左手)で思いっ切りぶん殴りたかったんだろ?」「何故分かった?」「いや、普通気付くし。ちなみになんでβ?」「次」「オイ、無視かよ」④タイランレイブVer,α前方に展開した炎を盾にし、自らを炎の弾丸と化して低空に浮いた状態で、高速で突進する。「誰かの技に似てる気がする……何だっけ?」「カイとシン、それからエリオのライド・ザ・ライトニング」「ああ、そう、それだ!! でもなんでライド・ザ・ライトニングの真似なんてしてんだ?」「移動しながら攻撃するから、集団戦で意外に重宝するんだよ」「ほう」「タイランレイブの中じゃあんま好きじゃねぇがな」「殴らないからだろ」「ああ」「どんだけ殴りてーんだオメーは? ちなみになんでα?」「次は――」「いい加減教えろよ」⑤タイランレイブVer,Ω Lv1/Lv2/Lv3 Lv1は左ストレートのみ。Lv2は左ストレートに右ストレートが加わった二段構え。Lv3は左、右、と来て最後に①をくれてやる三段構え。「Lv3限定で言えば、威力ならタイランレイブの中で一番高い奴だな」「けどよ、これってイチイチLv1とかLv2とかに分ける必要あるのか? 最初から最後までLv3で良くね?」「これをよく使ってたのは封炎剣を手に入れる前で聖戦の真っ最中だ。聖戦時代は一対多が主だったから、前の一匹に構ってる間に背後から襲われる可能性を考慮して叩き込む回数を調整してたんだよ」「あ、そーか。ソルって常に一人だったし、聖騎士団に入団しても単騎での遊撃が仕事だったもんな」「そういうことだ。Lv3は基本的にサシでしか使えねぇ」「……ちなみになんでΩ?」「さて、次で最後になるが――」「聞かせろぉぉぉっ!! 気になるだろうがぁぁぁぁぁぁっ!!!」⑥タイランレイヴ炎を纏った右ストレートの後、左ストレートと共に爆炎をお見舞いする。「待てぇぇぇっ!! 戻ってる、一番最初の奴に名前が戻ってる!! ウに点々だったのがフに点々になってそれ以来ずっとフに点々だったのに、此処に来てウに点々に戻ってんぞ!!」「気にするなって」「流石に気にするわぁぁぁっ!! しかも名前は戻ってんのにVer,Ω Lv2の動きを順番逆にしただけか、Ver,βのボディブローをストレートに変えただけじゃねーかよ!! これもうVer,Ω Lv2かVer,βでいいじゃん!?」「細けぇことをグダグダとうるせぇな」「逆ギレ!?」⑦名前の意味「……なんでタイランレイブ(ヴ)って名前なんだ?」「Tyrant Rave……直訳すると、タイランは『暴君』、レイブが『戯言』『喚き散らす』『怒号』って意味になるな」「えっと、『暴君の戯言』とか『暴君が喚き散らす』とか『暴君の怒号』ってことか?」「つまり、『御託は要らねぇ』ってことだ」おあとがよろしいようで。後書きご指摘があったので一部修正。それだけでは少し物足りなかったので加筆、オマケも追加することにしました。毎回読んでくださる読者様は勿論のこと、感想までをくれる方々には本当に感謝しています。どうも、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。一部修正した箇所は、ちょっとと言うかかなり遅れ気味ですが流行に乗ってみましたwwww 分かる人には分かります。分からない人はニコニコ動画でエルシャダイを見てください。オマケに関して。タイランレイブ(ヴ)の使用可能作品についての詳細をざっくり載せます。①が初代のソル、もしくはEX聖ソル(しかし表記はタイランレイブ)②がゼクスのソル、もしくはアクセントコアでフォースブレイク技からの派生③がイグゼクスシリーズ以降のソル④がイグゼクスシリーズ以降のEXソル⑤が聖ソル⑥がGG2のソルって感じになります。⑦の名前に関しては作者の解釈ですので本気にしないでください。ちなみに作者はどれが一番好きかと言うと。②のゼクス版タイランが一番好きです。その次が③のイグゼクス以降のβ。その次がΩLv3かな。ではまた次回!!