視界を覆い尽くしていた光が消え、瞼を開けるとそこには緑が広がっていた。「林の、中……?」「あ、猫だ。しかもたくさん居る、可愛い!!」今居る場所を確認するように疑問を口にするティアナと、周囲に何匹も存在している猫達を見てスバルが興奮する。「此処がなのはさん達の世界、地球ですか?」「そうだよ。私達の故郷の地球、海鳴市にある友達の家のお庭だよ」首を傾げて問いかけるギンガになのはが笑顔で答えた。ティアナがなのはの言葉に反応して若干驚いた声を出す。「って、此処って私有地の敷地内なんですか? もしかしてこの周囲一帯が?」「まあ、な……クイーン、セットアップだ」<了解>低い声で答えたのはソルだったが、何故か彼は皆に先立って数歩前に出ると、足元から火柱を発生させその巨躯を炎で包み込み、一瞬にして聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏い、封炎剣を手に構えた。ミッドから初来訪した三人にとってソルの行動は奇行にしか映らなかったが、他の面子にとっては何時ものことだったので放置することに。「隠れてねぇで出てきやがれ。気配は上手く消したつもりでも、闘気を抑え切れてねぇんだよ」「バレていたか」次の瞬間、一本の木の陰から、陽炎のようにゆらりと姿を現す黒尽くめの青年――高町恭也。ティアナ達三人は驚愕を隠せない。まさか自分達以外の誰かが居るとは思っていなかったからだ。黒髪黒眼、長身痩躯、年齢は二十代中盤くらいの男性はおもむろに腰から二刀の小太刀を抜き放ち、苦笑を浮かべながらゆっくりとこちらに、否、ソルに向かって歩き出した。ソルもソルで、首をゴキリゴキリと音を立てながら恭也に向かって歩き出す。明らかに穏やかではない雰囲気と、恭也が放つ物騒な空気に気圧されながら思わず己のデバイスを握り締めてしまう三人に、フェイトが「大丈夫」と少し困ったように微笑む。「少し付き合ってもらうぞ、ソル」「ったく、何時もこれだぜ」胸の内から込み上げてくる戦いへの歓喜を全身から滲ませる恭也と、それとは対照的にうんざりしたようにやる気の無いソル。周囲に居た猫達は本能的に危険を感じ取ったのか、我先にと逃げ出してしまう。チリチリと焼き付くような緊張感が空間を満たす。そして、二人はまるで計ったように全く同じタイミングで、ダンッと力強く踏み込み、相手に襲い掛かった。瞬く間に間合いを詰め、相手に肉迫し、己の得物に力を込める。「オラァッ!!」「はあぁっ!!」下段から斬り上げられた封炎剣と、上段から振り下ろされた小太刀が交差し、甲高い金属音を生む。二人はそのまま流れるように次の動作へと移行。己の得物を相手に向かって斬り付けるソルと恭也。再びぶつかり合う封炎剣と二刀の小太刀。雷鳴のように響き渡る剣戟の音。剣を振るう二人の男から吐き出される怒号にも似た裂帛の声。眼に映る光景はまさに二つの剣の暴風雨、その激しい衝突。高速で振り抜かれる鋼同士が火花を発生させ、何度も何度も交差する。十数合の打ち合いの果て二人がほぼ同時に間合いを離した刹那、恭也は何処からともなく取り出した”糸のようなもの”を数本ソルに投擲した。鋼糸。御神の剣士が使う鋼鉄製の丈夫な糸であり、相手の四肢や武器を拘束したり、高速で引くことによってダメージを与える代物だ。これにソルは舌打ちしてから封炎剣で鋼糸を薙ぎ払うが、それは彼の意図に反して封炎剣の刀身に絡み付く。見ていた誰もがソルは武器を封じられたと思いきや、彼は眉一つ動かさず、むしろ鋼糸が絡み付いた封炎剣なんぞ要らねぇよとばかりに恭也に向かって投げ付けた。「何っ!?」いくらなんでも鋼糸が絡み付いた瞬間に封炎剣を投げ捨てるとは思っていなかった恭也は表情を驚愕で染める。それでも咄嗟に十字に構えた小太刀ですっ飛んでくる封炎剣を防ぐのは流石と言えたが、込められていた威力の半端無さに負け体勢を大きく崩す。「バンディット――」そして、いつの間にか懐に飛び込んでいたソルが繰り出した左飛び膝蹴りが恭也の腹部にめり込み、「リヴォルバーッ!!」トドメの回転右踵落としが脳天に直撃し、恭也は「ぐえっ」と悲鳴を漏らしてそのまま気を失うのであった。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat10 現地到着……仕事? 何それ美味しいの?「キミ、普段と比べてかなり本気だったでしょ?」ユーノが白眼を剥いて泡を吹いている恭也に回復魔法を施しつつ非難がましく問い詰めると、ソルはバリアジャケットを解除し封炎剣を仕舞ってからしれっと答える。「ああ。こいつの気が済むまで、具体的には奥義云々使わせた上で付き合ってたら日が暮れるからな」「ですよねー」ソルの言い分に納得したのはユーノだけではない。ティアナ達を除いた皆も仕方無い、とうんうん頷いていた。当の三人は「ていうかこの人誰?」と事態についていけずチンプンカンプン状態だ。「全く、やり合う度に動きがどんどん人外に近付いて来やがる。御神の剣士ってのは本当に人間か? もし”気”が使えたら似非忍者より強ぇんじゃねぇのか?」「ソルにそこまで言わせる恭也さんはもう十分に人を辞めてるよ」やれやれと重苦しい溜息を吐くソルにユーノは笑いを堪えながら、以前から思っていた疑問を口にする。「そういえばさ、恭也さん相手だと毎回毎回さっさと終わらせようとしてるけど、シグナム相手の時はちゃんと気が済むまで付き合ってあげてるよね。随分前から不思議だったんだけどこの二人の扱いの差は一体何?」「あ? 答えは簡単だ。恭也の態度がなんとなく昔のカイの野郎を思い出して、腹立つからだ」「酷ぇー。けど凄ぇー納得」本人達が聞いたら「どういうことだ!?」と言いそうなソルの答えに、ヴィータが胸の前でポンッと右の拳を左の手の平に落とす。すると、皆が一斉に吹き出した。「だから、この人は一体誰なんですか!?」その時、さっきから放置されっぱなしでいい加減我慢が出来なくなったティアナが苛々したように叫び出す。ある意味、ソルに対して怖いもの知らずな態度だったが、当然と言えば当然だった。一体誰がティアナを責められるであろうか? 此処に来る前に散々『俺達は地球で死に掛けた』と脅されて、到着したと思ったらいきなりソルと見知らぬ青年が魔法無しとはいえ超高等技術のオンパレードなトンデモ戦闘をおっ始めやがったのである。ティアナでなかろうと説明の一つや二つ要求しても罰は当たらない。「……悪ぃ、忘れてた。手短に話すが――」すっかりティアナ達を放置していたことを思い出し、後頭部をガリガリかきながらソルは面倒臭ぇなとは口にせず説明することにした。「あ、来た来た。皆!!」「久しぶりー!!」林の中を少し歩くと、馬鹿みたいにデカイ洋館が現れた。その洋館の前で、元気に手を振りながら走り寄ってくるアリサとすずかを確認し、なのはとフェイトとはやての三人が駆け出す。「アリサちゃん、すずかちゃん」「二人共元気そうだね」「帰ってきたでー」キャーキャーと再会を喜び合う姦しい空間が出来上がる。と、洋館の中からノエルとファリンを従えた忍もお出ましだ。「お久しぶりね。ところで恭也は?」「死んでる」親指を立ててクイッと背後を示す。狼形態のザフィーラの背にバインドで荷物のように固定された恭也は未だに気絶中。それを見て忍は「まあ、暫くすれば起きるでしょ」と特に気にも留めない様子。アリサ達とミッドに移住した俺達がそれぞれ再会の挨拶なりなんなりを済ませ、ティアナ達三人に自己紹介させることにした。「ティアナ・ランスター二等陸士です」「スバル・ナカジマ二等陸士です」「ギンガ・ナカジマ陸曹です」「「「よろしくお願いします」」」ピッとクソ真面目に敬礼する三人。「礼儀正しい良い子達ねぇ。ソルの知り合いって絵に描いたような奇人変人か、普通に人じゃないとか、紳士な戦闘狂のどれかだから、どんな奴が来るのか心配してたんだけどこれなら安心だわ。私はアリサ・バニングス。こいつらとは十年以上の付き合いになる――」「ただの腐れ縁だ」「腐ってないわよ!!」俺に人差し指を向けて偉そうにしていたのが若干ムカついたので、俺達の関係を俺なりの言葉で表現したらアリサが心外だという風に急に怒り始めた。「相変わらずねアンタ」「お前も相変わらず落ち着きが無ぇな」「アンタが私の冷静さを何時も奪うんでしょ!?」「お前の精神が何時まで経っても成長しねぇからそう感じるんだ、クソガキ」「腹立つ、何時ものことだけど腹立つ!! でもね、アンタみたいな爺に言われたくないわよ!!」ガルルルッ、と唸りながら三人ではなく俺に向き直って睨み付けてくるアリサを尻目に、すずかが自己紹介をしていた。「私は月村すずか。小学生の頃からソルくんやなのはちゃん達とはお友達。今はアリサちゃんと一緒に大学生をやってます。よろしくお願いします」人の良さそうな微笑みを浮かべるすずかに忍達が続く。「私はすずかの実姉で、そこでくたばってる恭也の妻で、なのはちゃん達の義理の姉になる月村忍です。よろしくね」「月村家に仕えるメイド、ノエルです。こちらは私の妹のファリンです。以後お見知りおきを」「同じく月村家に仕えるメイド、ファリンです。皆さん、よろしくお願いします」ウインク一つ飛ばす忍と恭しく頭を下げるメイド姉妹。自己紹介を終え、三人の荷物をノエルとファリンに任せる。こいつらの宿泊先として月村家を提供してもらえるとのことだからだ。やがて市街へ赴く準備が整う……恭也はまだ気絶したままだが。俺はティアナ達に向き直るとこう宣言した。「こっから先お前らは仕事、俺らは休暇。別行動になるからな……あばよ」言いたいことだけ言って皆に背を向け、俺は歩き出す。「え?」どうやら手伝ってもらえると思っていたらしいスバルの間の抜けた声を聞き流し、そのまま俺は一人で月村家を後にする。後ろから誰か付いてくる気配は無かった。「い、行っちゃいましたけど、いいんですか?」「うん。お兄ちゃんにだってたまには一人になりたい時だってあるし、いいよ。今はそっとしてあげよう」一般家庭とは比較にならない巨大な門から外に出て行ってしまったソルの背中を指差しながら問うスバルに、なのはが穏やかな笑みを浮かべて答える。「大丈夫。ソルは三人のこと手伝う気は更々無いけど、私達はちゃんと手伝うから」「それは、ご丁寧にどうも」フェイトがティアナの肩を安心させるように叩く。「おセンチやなぁ」「は?」「なんでもあらへんよ。気にせんといて」はやての独り言にギンガが何事かと反応を示すが、はやては首を振って誤魔化す。「まあ、ソルのことは放っておいて、僕達も出発しよう。まずは街にサーチャーを飛ばしながら翠屋に行って、当初の目的を果たそう」ユーノが促し、それに従ってぞろぞろと動き出す集団であった。月村家に忍、ファリン、ノエル、未だに意識が戻らない恭也を残し、街へと繰り出す十六人プラス二匹。行き交う人々が「何なんだこの集団は!?」と思わずにはいられない程、異常に目立つ。無理もない。子どもが四人、子犬を一匹抱えた年若い男が一人、タイプはそれぞれ異なるが見目麗しく魅力に溢れた女性が十二人。むしろこれで目立たない方がおかしいのである。しかし、本人達は自分達に集まる視線なんてこれっぽっちも気にしていない。「本当にミッドの田舎と大差無いわね。街並みも、人の服装も……なんか妙に視線向けられてる気がしないでもないけど」歩きながら周囲をキョロキョロ見渡し、ティアナがポツリと呟く。「うん。私は好きだな、こういう感じ」隣を歩いていたスバルも頷きつつ応える。「まーね、なんかノンビリしてる」「あっ! ティア、あれ!! アイス屋さんかな!?」「あー、そうかも……って、やめなさいよ、任務中に買い食いなんて。恥ずかしい」アイス屋を見つけて一段とテンションを上げるスバルであったが、ティアナにこれ見よがしに呆れられてしまい、落ち込む。だが――「アイスが食いたい奴は手ぇ挙げろーーーーっ!! ちなみにアタシは滅茶苦茶食いたいぞーーーーーーーっ!!!」二人のすぐ後ろで、ヴィータが同士を募い始めていた。「「「はーいっ!! アイス食わせろぉぉぉぉぉぉっ!!」」」エリオ、キャロ、ツヴァイが真っ先に挙手。「キュク、キュク、キュクキュク、キュクルー!!」キャロに抱っこされた状態でぬいぐるみの真似をして固まっていたフリードが、自分にもアイス食わせろと言わんばかりに興奮して暴れ出す。他の連中も「じゃあ皆が食べるんなら……甘いものは別腹だし」といった風にゆっくり手を挙げる。その光景を見てティアナが「えええっ!?」と驚愕した。「よっしゃー!! 満場一致でアイス屋に突撃かますぞ、金に糸目は使うな、食らい尽くせるだけ食らい尽くすぞ……アタシに続けぇぇぇぇぇ!!!」食いしん坊万歳のヴィータが筆頭となって走り出し、それに子ども達三人が続き、まだ事態の認識が追いついていないティアナ達三人の背中を押すようにして全員がアイス屋へと雪崩れ込む。「いらっしゃいま……団体さんキターーーーー!?」「アイス寄越せ!! ワッフルコーンでトリプル、チョコとバニラとチョコチップクッキーだ!!」アイス屋の店員が嬉しい悲鳴を上げた瞬間、コンビニ強盗みたいなヴィータが店員に札束をナイフのように見立てて喉元に突き立てる。リーダーが居ないとすぐに暴走しまくって食欲に意識が傾く”背徳の炎”とその仲間達であった。その後、あっちをフラフラ、こっちをフラフラといった感じに海鳴市の街を散策する一行。既に食いしん坊万歳の仲間入りを果たしてしまったスバルとギンガは仕事のことをすっかり忘れてしまう。ティアナは最後まで「……任務が」と真面目に訴え続けていたのだが、ヴィータの「アタシの奢りが食えねーってか? 良い度胸してんじゃねーかティアナ!?」という完全無欠のパワハラに屈した。そして、何度も何度もその場のノリと勢いに流されまくった結果、「私達って仕事で此処に来たのよね……本当にそうだったっけ? それにしてもこれ美味しいなぁ」とたこ焼きにアッチッチしながら自分に自信を失いつつあった。もうすっかり観光気分だ。やがて、翠屋の前に到着する。ただいまーっ、となのは達が大声で出入り口を開け、カウベルの音と共に店の中に入った。「おかえりー」「おかえりなさい」「おかえりなさーい」出迎えたのは翠屋のマスターである士郎、パティシエの桃子、従業員の美由希。やはり先程と同様にそれぞれが久しぶりだなんだと挨拶を交わしてから、初対面同士の面々が「初めまして」と挨拶をする。その時、桃子がなのはの実母と聞いて「お母さん若っ!!」とティアナとスバルとギンガが驚いていたのは余談。「ところで皆、新しい孫は? 誰か出来たか?」誰かを探すような素振りを見せる士郎に対し、なのは達は「残念だけどまだ」と手を振った。「そうか、残念だ。俺の夢は孫だけで構成された翠屋JFCを築くことなんだが、ソルがその気になってくれないと話にならないな……俺は数年前から完全に待ちに入っているんだが」本人が居ないのをいいことに、士郎はマグカップにスプーンを当ててチンッ☆、チンッ☆、音を鳴らしながら「新しい孫マダー?」と恐ろしい計画を皆に暴露する。その内容を聞いて俄然やる気になっているなのは達を見て、常識人であるティアナが隅で戦慄していたのは言うまでもない。曰く、何処までぶっ飛んでるだこの人達は? と。翠屋でそのままケーキを食いながら「なんだ、怪我したって聞いたが意外にユーノ元気そうじゃないか」「いやぁ、心配お掛けしました~」という風にグダグダしていると、復活した恭也と忍がやって来る。「ソルは?」と問いかける恭也に皆は「さあ?」と一斉に首を横に振った。「ちっ」まだ懲りてないバトルマニアが此処に一人。そんな彼に誰もが苦笑する。「……腹ごしらえも済んだことだし、そろそろ働くか」アインがおもむろに立ち上がるのを見て、他の皆も示し合わせたように立ち上がった。それを見て「あ、やっと仕事が始まるんだ」と安堵の溜息を漏らすティアナ。さっきから食ってばっかりだったので、本当にこれで良いのかと疑問が尽きなかったのだが、漸く自分達の本来の目的であるロストロギアの封印に取り掛かれる。「よし。久しぶりに皆揃ってるし、新規のバイトも居るから忙しくなるぞ。恭也とユーノは俺の補佐、はやてちゃんとシグナムさんは厨房で桃子のサポートを、アインさんとアルフとフェイトはウェイトレス、レジ打ちはヴィータちゃん、なのはとシャマルさんは他の皆を引き連れて客寄せを頼む、ある程度集客出来たら店に戻ってきてくれ」士郎の指示が飛び、各々の仕事を確認する面々。……?ティアナ、スバル、ギンガは何のことかさっぱり分からず口を半開きにしたまま呆けていた。「……働くって、え? そっち? ……まさか、新規のバイトってアタシ達!?」「いいか皆、ランチタイムは戦場だ、これより我らは死地に入る!!」ティアナの声は無情にも士郎の宣言によって掻き消される。またもや三人を置いてけぼりにして事態が進む中、すぐ傍まで近付いていた桃子が翠屋の女性従業員用の制服『メイド服』を手に笑顔でこう言った。「サイズ、合うかしら?」桃子の笑顔には、何故か逆らえない謎の圧力があった。「……ふぅ」十年以上前から利用していたCD屋を出て、俺は溜息を吐く。下品なF言葉を好んで使うイカレた女店長も、店の内装や雰囲気も当時とあまり変化はないが、やはり十年前に比べると店長は老けて見えた。当たり前だ。十年も経てば誰だって老いる……桃子やリンディなどの例外は居るが。「十五年、か」思わず独り言が零れ出す。”こっち”に来て、もうそれだけの時間が経過していた。人生のやり直し。もし本当にこれが”あの男”が俺に残した最後の思惑だとしたら、見事なまでに奴の手の平の上で踊っていたことになる。”あの男”の目論見通りというのは施しを受けたようで非常に気に入らないが……まあ、悪くはない。そう思えるくらいに、俺がこの海鳴市で手に入れたものは大切なものになったからだ。絶対に手に入れることが出来ないと決め付けて、諦めていた暖かな家族を手にした。我ながら年寄り臭いと自嘲しつつ、俺は感傷に浸りながらゆっくりと散歩するように歩き出し、様々な場所へと足を向ける。海に面した臨海公園。初めてフェイトと出会い、それ以降の魔法関連のゴタゴタに巻き込まれる切欠となった思い出深い場所。次に図書館。”こっち”に来た当初はよく世話になった。はやて、シグナム、シャマルと初遭遇したのも此処だ。病院。”こっち”で初めて眼を覚ました場所。士郎と桃子に初めて会って、半ば強制的に高町家へ連れ込まれたのを思い出して苦笑する。近所の裏山。なのはを連れて毎日泥だらけになるまでよく遊んだ。何時の頃からか、ガキの遊び場が魔法や法力の鍛錬、模擬戦をする訓練場へと変貌してしまった。私立聖祥大学付属小学校。体裁上、仕方無く通っていただけにまともに授業を受けた記憶が無い。サボりがちな俺にアリサだけはうるさかったな。遠見市にあるマンション。皆と一旦距離を置く為に一人暮らしを始めた訳だが、結局は第二の地下室になっただけだった。引き払って一年以上経つので、もう既に新しい住人が居ることだろう。そして、高町家に到着する。合鍵を使って家の中に入り、しんと静まり返ったリビングへと足を運ぶ。「ただいま」おかえり、という声は返ってこない。当然だ。士郎達は翠屋で働いているだろうし、なのは達も今頃は海鳴市の街を練り歩いているか、翠屋に居ることだろう。俺は自然と脳裏に浮かんでくる思い出を楽しみながら、誰も居ない家の中を歩く。かつての私室に入って室内の様子を覗い、外に出て道場を眺め、やがて地下室に辿り着いた。「変わってねぇな……」ミッドに移住する前、物置に使ってくれて構わないと言ったのに私室も地下室も定期的に掃除をしてくれているのか、綺麗であった。出て行った時と何一つ変わっていない。まるで、何時でも帰って来いと言われてるような気がして、照れ臭いと感じ、同時に嬉しくなる。「クイーン」<了解>命令に従ったクイーンが転移魔法を発動させ、俺の足元に赤く輝く円環魔法陣が現れた瞬間、俺の身体は海鳴市全域が見渡せる遥か上空に転移していた。眼下に広がる海鳴の街並みを眺めながら、物思いに耽る。ギアになってから百五十年以上も独りで根無し草の旅をしていた俺にとって、十年以上も一箇所に留まって誰かと暮らす経験をしたことは無かった。無かったからこそ、此処には愛着がある。十五年前のあの時。俺は本来なら二、三年したら出て行くつもりだった。だが、高町家は居心地が予想以上に良くて、今までの俺の生活と比べたら毎日が平穏で、いつの間にか出て行くという考えすら消えていて。此処には大切な思い出がたくさん詰まっている。何処かへ足を向ければ、必ず誰かとの思い出にぶつかる。――嗚呼、そうか。俺は自分で思っている以上に、この街が好きなんだな。改めて自覚して、だからこそ此処を離れなければいけなかったことに一抹の寂しさを感じた。俺達はなのはとフェイトとはやての三人の高校卒業に合わせて、全員がミッドチルダへと移住した。理由は俺達の外見年齢がどんなに時間を置いても変化しないからだ。仕方が無いと重々承知している。俺達はたまに帰ってくることは許されても、此処で暮らし続けることは出来ない。人間社会に紛れ込んで生きるのなら、異端であってはならない。たとえ家や店の周囲に暮らす一般人達が『ああ……また高町家か』とか『翠屋ならしょうがない』とかいう認識を持っていてくれているとしても、だ。その点に関して言えば、ミッドチルダはまだ寛容だ。使い魔などを始めとする魔法生命体が認知されているだけあって、あくまである程度の範囲までなら眼を瞑ってくれる。ミッドの方が何かと融通が利く面も多いが、俺個人としてはやはり海鳴の方が好きだ。此処は俺にとって第二の故郷。皆に出会って、共に生きて、お互いに全てを曝け出して、絆を育んだ世界。自然と笑みを作りながらクイーンに命令して小規模の結界を張り、バリアジャケットを展開し、封炎剣を召喚して肩に担ぐ。<目標を発見。転移します>またもや足元に広がった赤い円環魔法陣が輝きを放ち、発動した転移魔法によって俺は結界の中へと移動を果たす。転移した俺の視界の先では、ポヨヨンッポヨヨンッと飛び跳ねる不定形な、いかにもスライムと表現した方が良さそうな”何か”が複数個? 複数体? 居るではないか。「……何だ、これ?」<件のロストロギアです>純粋な疑問にクイーンは相変わらず無機質な声で律儀に答えた。「スライムのモンスターの出来損ないみてぇだな」<倒しても仲間には出来ません>「……要らん」独り言に反応してボケたことを抜かすデバイスに若干呆れながら指で弾いて黙らせる。こんなもんを作った輩は一体何がしたかったのか理解に苦しむな。本来ならばこのロストロギアを処理すべきは俺ではなくティアナ達なのだが。「ま、見つけちまった以上は見て見ぬ振りは出来ん。とっとと封印するぜ」肩に担いでいた封炎剣を左手で逆手に持ち替え、慎重に距離を詰める。<これだけ用意周到でいながら白々しい。マスターは初めからこうするおつもりだったのでしょう?>「さあな」クイーンの発言に俺はとぼけてみせたが、残念ながら追及の手は緩まない。<心配性のマスターが、愛する土地でロストロギアが発見されたという報告を耳にして黙っているような人とは思えません>「……」<自分がロストロギアを片付けるのを前提にティアナ達を連れて来て、毎日訓練漬けの彼女達に”年相応の休暇”を謳歌して欲しかった。ユーノの怪我云々はあくまで此処に帰ってくる為の口実……違いますか?>「かもしれん」<市街を練り歩きながらサーチャーとエリアスキャンを駆使していたのはどなたですか?>答えず肩を竦めて見せると、歯車の形をしたデバイスが「やれやれ」と溜息を吐いたように感じた。<老婆心一杯な年寄りのお節介ですね>「うるせぇ。言われなくても分かってんだよんなこたぁ」<でも、マスターらしいです。就業年齢が低いミッドで生まれ育った彼女達は、日本の学生のように友人達と笑いながらアルバイトなどをしたことは無いでしょう。陸士訓練校を出て、あの若さで魔導師として生きてきたのなら尚のこと>「エリオよりも小さなガキがギアと殺し合ってた聖戦時代と比べれば遥かにマシだがな」<現在のミッドの社会と聖戦を比べるのは何か途方も無い間違いのような気がしますが、とにかく気に入らないのでしょう? ミッドの魔法主義が>フンッ、と鼻を鳴らす俺の反応で全てを悟ったのか、クイーンはそれっきり黙り込んだ。(……それにしても、こいつもこいつで随分感情豊かになったと言うか、気持ち悪いくらいに人間臭くなったと言うか……)真ん中の穴に鎖を通し、それを首からネックレスのように垂らして身に着けているブーストデバイス・クイーンを見下ろす。AIを搭載していないので、元来ならばYes、Noで答えられる簡単な応答しか出来ず、思考もせず、命令されたことをただひたすら実行するだけの筈である。だが、時が経つにつれて何かが取り憑いたかのように喋る、思考に耽る、といったインテリジェントデバイス並みに高度な知能を持つようになってしまった。先程のような軽口の叩き合いは、俺の傍に誰も居なければよくあること。何故だ? そんな機能など追加していないし、実際無いのに、事実はこれだ。本当に何かが憑依でもしているのではなかろうか? それとも付喪神のようにデバイスに魂が宿ったのだろうか? ”あっち”に居た頃、シンを引き取る前くらいに幽霊やら怨霊やら幽波紋やらに取り憑かれた哀れな犠牲者と戦ったことがあるだけに、そんな馬鹿なと否定出来ないのが怖い。つーか、バックヤードで生まれた妖怪の知り合いが居る時点で、付喪神説が濃厚である。制作して十年も経っていることだし。考えても答えが出る訳では無いので思考の迷路に嵌ったまま抜け出せず、検証も出来っこないのであまり考えないようにしているのだが。まあ、今はそんなことはどうでもいいか。俺の意識に呼応して封炎剣が唸りを上げ、刀身が赤熱化する。敵意を向けられたことに反応し、これまで無秩序に跳ね回っていたスライム型ロストロギアが緊張するかのようにその不定形な体を震わせた。「悪いが、終いだ」踏み込んで一気に間合いを詰める。炎を纏った右拳を振りかぶり、その不定形に右ストレートをぶち込んでやる。「タイラン――」バリアに邪魔されたような気がしたが、特にこれといった障害にはならず問題無く貫通させた。腰近くまで振りかぶっていた左腕を、その手に握っている封炎剣を眼の前の空間に叩き付けるように振り上げた。そして、左腕の動きに合わせて突き出していた右腕を振り上げると同時に炎の法力を解放する。「レイブッ!!!」構成された術式に従って発動した法力が巨大な炎の渦を発生させ、ロストロギアを呑み込み大きく膨れ上がった瞬間に周囲一帯を巻き込んで爆裂した。