「フレデリック、起きろ」すぐ傍から聞こえてきたシグナムの声が覚醒を促す。「いい加減に起きないか。大学に遅刻してしまうぞ」やや強く肩を揺すられ、漸くフレデリックは瞼を開く。「やっと起きたか。おはよう、寝坊助。ホラ、早く支度をしろ。大学教授が遅刻などしたら生徒に笑われるぞ」微笑みながらそう言って、エプロン姿のシグナムはベッドから離れ、鼻歌交じりに台所へと戻った。シグナムの奴、すっかり妻気取りだ。「……あー?」間抜けな声を漏らしつつ上体を起き上がらせ、首を回してゴキゴキ音を鳴らしてから立ち上がり、風呂場へと向かう。熱いシャワーを浴びて寝ぼけていた頭をシャッキリさせ、髭を剃り、歯を磨いてから寝室に戻ってビジネススタイルに着替える。「……何かが、おかしい」フレデリックは現状に違和感を覚えていたが、違和感は正体を掴ませない。何か引っ掛かりを感じながら、居間へと赴く。すると、そこには既に先客が居た。「あ、フレデリックさんおはようございます」白を基調とした私立聖祥大学付属小学校の制服に身を包んだキャロだ。膝の上にはフリードも居る。彼女はちゃぶ台の前に礼儀正しく正座をしたまま、ちょこんと可愛らしい動作でお辞儀する。「おう」フレデリックが応えるのを待っていたかのように、キャロがちゃぶ台の下からA4程度の大きさの紙を一枚取り出して、フレデリックに手渡した。「何だ?」疑問に思い、紙を受け取る。表面は何も書いてない白紙であったが、裏返しにしてみて文章が書いてあることに気付き、書かれた文面をなんとなく口にしてみる。「何々? 以下キャラ設定? どういう意味だ? ……俺の名前はフレデリック・マルキュリアス。若干二十歳で素粒子物理学とエネルギー応用科学という部門において世界的な権威となったが、『働くの面倒臭い』という理由からその才能を碌に活かさないまま自ら輝かしい未来を躊躇無くドブに放り捨て、現在は私立聖祥大学のしがない一介の大学教授として教鞭を振るうただの独身男性……」はて? 一体何のことだろうか? と首を傾げて考え込むフレデリックの思考を遮るように、湯気を上げるお盆を手にしたシグナムがやってきた。「お姉ちゃん、お腹空いたー」「キュクー」「分かった分かった。皆揃ったことだし、いただきますをしようか」年相応の子どものように手をパタパタ振って空腹を訴えるキャロとフリードに対し、シグナムはまるで母親のように苦笑する。「フレデリック」「……ああ」眼の前にはシグナムが用意してくれた朝飯があった。炊き立てのご飯、味噌汁、焼き魚、漬物。それらは質素ではあるが、日本人にとって理想的な朝食だった。「「「いただきます」」」「キュクー」三人は手の平を合わせて声を揃えると、朝食を開始するのであった。背徳の炎と魔法少女? 夏休み超特別番外妄想編 フレデリック教授の騒がしい一日(リア充爆発しろ!!編)「今日は講義の後に何か予定はあるのか?」こちらに背を向け、お弁当箱におかずを入れる作業に勤しみながらご機嫌な様子でシグナムが聞いてくる。シグナムは、フレデリックが私立聖祥大学に赴任する少し前にキャロと共に隣の部屋に引っ越してきた。最初はただのお隣さんだったのだが、引っ越してきたばかりで友達が居らず放課後を一人寂しげに過ごすキャロに、フレデリックがほんの少しだけお節介を焼いたのが切っ掛けで、仲良く近所付き合いするようになったのだ。お節介と言っても、フレデリックは知人にキャロと同年代の子どもが居たので、そいつらを紹介してやっただけなのだが。で、思惑通りその知人と仲良くなったキャロが何故かフレデリックに懐いてしまう。それを発端としてキャロの姉であるシグナムとよく話すようになったのだが、此処で彼女はあることに気が付いてしまったのだ。フレデリックの私生活が非常にだらしないことに。何かと世話焼きで姐御肌のあるシグナムは、大学教授という社会的な立場ある人物のだらしない私生活を見るに見かねて、毎日のように食事を作ってくれたり、部屋を掃除してくれたり、洗濯をしてくれたりと世話を焼いてくれる。初めはキャロのお礼だとかなんとか言っていたが、今ではすっかり通い妻みたいだ。キャロという年の離れた妹が居るので、誰かの世話を焼くのが好きなのだろう。姉妹揃ってフレデリックの部屋で今朝のように朝飯を摂るのは、いつの間にか此処最近の日常風景となっていた。「……特には無かった筈だが、どうなるか分からん」「そうか。外で夕飯を済ませるなら予め連絡をくれ」「ああ」「よし、出来たぞ」振り返ったシグナムの手に抱えられていたのは、三人分のお弁当箱だ。一つはフレデリックの、もう一つはシグナム自身の、最後の一つはキャロのものだ。これからフレデリックは大学で講義。シグナムは近所の剣道道場で師範代の仕事。キャロは小学校である。「行くか」「ああ。いってきます」「いってきまーす」「キュクルー」それぞれが手にシグナムお手製のお弁当箱を持つと、三人はフレデリックの部屋を後にした。二十分程、一人黙々と歩いていると私立聖祥大学の建物が見えてくる。金を掛けてるだけあって、無駄に新築で無駄に綺麗だ。聳え立つ摩天楼の集合体染みた建築物を前にして、かったりぃな、サボるか? と大学教授の癖してダメ大学生みたいなことを考えながら欠伸を噛み殺していたら、「「「フレデリック先生!!」」」背後から声を掛けられたので、ゆっくり振り返った。「……高町、テスタロッサ、八神……何時もの三バカ娘か」フレデリックの失礼な物言いに嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる三人娘。高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて。この三人は私立聖祥大学の三期生で、新任なのにいきなりゼミを受け持つことになってしまったフレデリックの生徒でもあった。「もうフレデリック先生ってば”高町”なんて他人行儀だよ。私のことは下の名前で、”なのは”って呼んでって言ったでしょ?」「そうだよ先生。”フェイト”って呼んで、お願い」「下の名前で呼ぶくらいええやん。ほらほら、”はやて”って呼んでみ?」朝っぱらからテンション高い三人娘はフレデリックに纏わり付くが、当の本人は面倒臭そうに三人を一瞥してから止まっていた足をノロノロと動かす。向かうは自分の研究室、ではなく喫煙所だ。講義の前に一服しておきたいみたいだ。あーん先生無視しないでよー、いけずー、でもそんなつれない態度が好き!! とかなんとか言いながらやたらめったら懐いてくる小動物的な三人を、鬱陶しいからといって邪険に扱うことも出来ずそのまま喫煙所へと到着。と、そこには先客が、一人の妙齢な女性が居た。「貴方達、もうすぐ試験期間になるのに朝っぱらから男といちゃつくなんて随分余裕ね? 試験結果、期待しておくわ」プレシア・テスタロッサ教授。数々の功績を世に知らしめてきた天才にして、自他共に厳しい性格をしている年齢不詳のバ、女性。専門は遺伝子情報システム学でその道の権威。名前から分かる通り、フェイトの母親でもあったりする。「か、母さん!!」「大学では教授か先生と呼びなさい。何度言ったら分かるの?」「す、すみません……テスタロッサ教授」蛇に睨まれた蛙のように身を縮まらせ、蚊の鳴くような声でしょんぼり謝罪するフェイト。そんな娘にあからさまに溜息を吐くように紫煙を吐き、プレシアは三人娘にさっさと一限の準備をしろと恫喝し、喫煙所から追っ払った。狭い喫煙所に、フレデリックとプレシアだけになる。フレデリックはこれまでのやり取りなどまるで気にも留めていないかのようにポケットからタバコを取り出し、フィルターを咥え先端部分をジッポで火を着け、紫煙を吐き出す。自分も同じように紫煙を吐き出しながら、ジッとフレデリックを睨むプレシア。「……」「……」紫煙を吐き出す音のみが喫煙所を満たす中、やがてフレデリックがうんざりしたように口を開く。「辛気臭ぇ面して見てんじゃねぇ……クソ婆」同じ職場で働く同僚に向かって言うことじゃない。険悪な空気が紫煙と共に喫煙所を満たす。フレデリックはプレシアを鬱陶しそうに、プレシアはフレデリックは忌々しそうに睨み合う。この二人、本来は仲が悪い訳では無い。専門分野は違えど、互いに互いの実力を認め合っているのだが。「辛気臭い面くらいしたくなるわ。貴方みたいな、科学者としては非常に優秀でも、性格がひん曲がってて私生活がまるでダメな男に娘達が懸想してると思うと、今にも発狂してしまいそうよ」つまりはこういうことだ。今年の春に赴任してきたフレデリックに、彼女の娘達――姉のアリシアと妹のフェイト――が恋心を抱いてしまったのである。学歴は申し分無く、頭もキレる、優秀な科学者にして大学教授、という感じに世間ではかなり評価が高いフレデリック。が、実際は「面倒臭ぇ」が口癖で、やる気も無ければ覇気も無い、常に無気力&気だるげな雰囲気を纏っていて、チンピラみたいに眼つきが悪く、教師の癖して平気で講義をサボる、外面は割りと良いのに私生活はかなりだらしない男なのだ。娘達が可愛くて可愛くて仕方無いプレシアから見れば、フレデリックはまさに”限りなく当たりっぽいハズレ”。もっと将来性のある男と添い遂げて欲しい、と考えるのは当然のことで……故に、どうしてもフレデリックに対してつっけんどんな態度を取ってしまう。先程のフェイトに対する態度も、フレデリックから一刻も早く引き離したかった為だ。まー、フレデリックはプレシアのことなど若作りが上手い婆としか思っていないので、どんなに嫌味や皮肉、露骨な嫌悪感を向けられても気にも留めないが。そのままピリピリした緊張感が走る中、二人は紫煙を吐き出し続ける。「あー、見つけた!!」そんな中、明るい女性の声が聞こえてきたので首を巡らすと、喫煙所に向かって歩いてくる一人の金髪の女性が居た。顔立ちはフェイトにそっくりではあるが、天然ポヤポヤで粛々としているフェイトと比べて元気があり、大股でズンズン歩いてくる立ち居振る舞いは自信に満ちている。プレシアの娘にしてフェイトの姉、アリシアだ。ちなみに、教授であるプレシアの助手としてこの大学で働いていて、彼女自身も優秀な研究者だったりするのだ。彼女はそのままフレデリックの眼の前までやって来ると、いきなり咥えていたタバコを奪い取って灰皿に叩き付け、両腕を振り上げて咆哮した。「フレデリック!! 貴方、この前暇潰しに書いてた論文私の名前で提出したでしょ!?」「それが?」「なんでそんなことするのよ!? その論文読んだ学会のお偉いさんとかが私の所に殺到してきて、なんかもう、表現するのも大変なくらいに大変だったんだから!!」アリシアの文句にフレデリックは鬱陶しそうに溜息を吐き、「講義の準備があるから、また後でな」と一言漏らし、そのまま喫煙所を後にする。「ちょ、待ちなさいってば。コラー、話は終わってないんだからねー!!」立ち去るフレデリックの後ろ姿に憤慨するアリシアは、やがてその姿が見えなくなると力無く拳を下ろす。「……どうしてフレデリックってあんななの? 頑張ればもっと凄いとこで色んな研究とか出来るのに……いっつもやる気無い癖して、暇潰しにとんでもない論文書いて、その手柄を人に押し付けるような真似して」「頑張ること自体が嫌いなのよ。アリシア、あの男がたまに生きるのが面倒臭ぇって愚痴ってる時あるの知ってる?」「フレデリックがもっと真面目だったら、私母様の助手なんかやめてフレデリックの助手になるのに」「ダメよアリシア!! あんな自堕落生活まっしぐらな男の傍に居たら、怠惰が感染るわ!! ていうか、母さんのことあっさり捨てて男を取るなんてあんまりよ!?」血相を変えてアリシアに詰め寄るプレシア。「あんな男の何処が良いの?」「うーん」問われ、形の良い顎に指を添え、少し考えてから答える。「なんていうか、上手く言えないんだけどフレデリックって放っておけないんだよね。頭良いのに変なとこでダメな部分とか、一匹狼気取ってるのが妙に肩肘張ってるように見えちゃったりするとことか」死別した夫がそんな感じの人間だったのを思い出し、男の好みは血筋か、これではどうにもならないとプレシアは頭を抱えた。「でも、最近のフレデリックって妙にちゃんとしてる気がするんだよねー。今まではコンビニ弁当で済ませる食生活だったのに、最近じゃ手作りお弁当持参してるみたいだし」腕を組んで数秒程考え込むと、はっと我に返ったように顔を上げ、戦慄する。「まさか、女? フレデリックに限ってそんな……」「どう考えてもそうとしか思えないわ。怠惰が服着たような男が自分でお弁当なんて作る訳無いじゃない……頭も顔もそれなりに良くて身体つきも逞しくてワイルドな魅力溢れてるのに、何時もチャランポランだから、そういうギャップに弱くてお節介な女の子にモテるのよ」私もそうだったし、という言葉を飲み込んでプレシアが冷静にフレデリックの現状を推測しつつ、これなら娘達も諦めてくれるからしら? と淡い期待を抱く。隣で「誰? 誰なの? 私とフェイトの姉妹丼計画を邪魔しようとしているのは!?」と疑問を口にしながらわなわな震えているアリシアを見ながら。自分の研究室に向かう途中、突き当たりから現れた紫髪の男を確認してフレデリックは顔を顰めた。「おはよう、フレデリックくん!! また学会に爆弾を放り込んだらしいね。しかも今度は自分の名前ではなくアリシア女史の名前で」「……うぜぇ野郎だ……」「私の顔を見た瞬間にそれとは、相変わらず手厳しい、アハハハハハ!!」ジェイル・スカリエッティ教授は、お前のことが心底鬱陶しいと訴える視線と言葉を狂気が孕んだ哄笑で受け流し、フレデリックの隣に並んで歩調を合わせる。「何の用だ?」「読んだよ、キミがこの前書いた論文。もし実現可能であれば、世界のエネルギー事情に革命が起こるくらいに素晴らしいものだった」「あんなもん、所詮暇潰しに書いただけの妄想の垂れ流しに過ぎん。実現不可能な絵空事だ」やや興奮気味に褒め称えるスカリエッティと比べ、フレデリックは何処までも醒めていた。「いや、そこで思考を停止してはいけない。キミが言う絵空事を現実にするのが我々科学者の、知識の探求者の仕事ではないかね?」「生憎俺はそこまで仕事熱心じゃねぇ」フン、と鼻を鳴らすフレデリックを見て、スカリエッティは唇を吊り上げて嫌らしく笑う。「キミは本当に興味深い男だね。その才能と頭脳があれば地位も名誉も思うがまま、稀代の天才科学者として歴史に名を残すことが可能なのに、そういったものに全く関心を示さず、学生を相手に教鞭を執りながら暇潰しに論文を提出する日々を漫然と繰り返す」暇潰しに論文書いてる時点で色々とおかしいのに、このことに関しては誰もがスルーだ。しかもかなり提出の頻度が多く、その度に様々な研究機関や専門の大学から声が掛かるのだが、フレデリックは全て「面倒臭ぇ」という理由で断っている。「何が言いたい?」立ち止まり、フレデリックはスカリエッティに向き直ると苛立たしげに問う。が、スカリエッティは薄く笑うだけで答えない。暫くの間、スカリエッティの顔を睨み殺す気迫で眼を向けていたが、眉一つ動かさないので根負けしたように溜息を吐き、違う質問をぶつけることにした。「何故、貴様は俺に付き纏う? 俺が此処に赴任してから、ずっと……毎回言ってるが鬱陶しいぞ」「そんなことは決まってるじゃないか」馬鹿なことを聞かないでくれ、と言外に言われたような口調にイラッとしながら続きを待つ。「キミの近くに居れば、いの一番にキミが書いた論文を読めるからだよ」「……」もう暇潰しに論文を書くのはやめようか、そんなことを考え始めるフレデリックであった。一限、二限、と講義を終えてフレデリックは自分の研究室に戻る。教科書やら資料やらをデスクに置き、食堂で買ってきた缶コーヒーのプルタブを開け、ドカリと椅子に腰掛け缶の中身を嚥下した。それからシグナムに今朝作ってもらった弁当を引っ張り出して食おうとしたその時、コンコンッと研究室の扉が叩かれ、部屋の主が返事をする前に開け放たれた。「入るぞ」言いながら勝手に入ってきたのはリインフォース・アイン。フレデリックの助手だ。彼女は入室してくるなり、研究室の中央にあるソファに陣取ると、手にしているナプキンに包まれたお弁当箱を広げ始める。フレデリックはそのことに対して何も言わない。アインと共に食事を摂るなど、彼女が自分の助手になってから何時ものことであるから。眼の前のお弁当を箸でつつきながら、アインはちらりと視線をフレデリックが黙々と食ってる弁当に向けた。(今日こそ、今日こそ聞いてみよう。そのお弁当はどうしたのだ、と)口と手は食事を摂る為にしっかりと動いているが、彼女の意識は自分のお弁当ではなくフレデリックのお弁当に注がれている。(……しかし、テメェには関係無ぇなんて冷たく突き放されたらどうしようか? もし聞くことによってフレデリックが機嫌を損ねたら?)不安が脳裏を過ぎった瞬間、箸を握る手がまるで空間に固定されたかのように固まった。アインはフレデリックとそれ程付き合いが長い訳では無い。彼が春先にこの大学に赴任してきて以来なので、三ヶ月も経っていない。故に、彼が気難しい性格だというのは知っていても――盛大な勘違い――彼との付き合い方、もっと分かり易く言えば距離感が掴めないでいた。彼の経歴や今まで上げてきた功績が凄過ぎるのもあって、余計に。会話は普通に成立するが、相手は無口だし、自分も口下手でお喋りする方ではないので、常に事務的な仕事の話のみで終わってしまう。これまでにプライベートに関することを語り合ったことは無い。本当はもっとフレデリックと話したい。当然、仕事のみに留まらず趣味や好みの食べ物でもなんでもいい。だが、もし自分のような面白みも無い女が話し掛けて鬱陶しがられたらと思うと、アインは怖くて話し掛けることが出来なかった。意気地の無い自分に嫌気が差すと同時に、同僚のアリシアやシャマル、フレデリックを慕っている生徒達に羨望と嫉妬を覚えてしまう。どうしてあんなに近付けるんだろう、と。他人を寄せ付けない雰囲気と鋭い眼つき。乱暴な言葉使いと自分勝手な性格。これだけ列挙すれば贔屓目に見てもまともな人間とは思えないが、アインは彼が見かけによらず結構子ども好きで、優しくて面倒見の良い性格であることを知っている。彼が此処に赴任してくる少し前、実は一度だけ会ったことがあるのだ。それは、妹のツヴァイと二人で買い物に行った時に、途中ではぐれてしまったツヴァイを必死に探している時だった。ツヴァイに肩車をしてやり、二人で一緒になってアインを探している姿を。そこには科学者達の間で異端と称されるフレデリック・マルキュリアスの姿は無かった。居たのは、優しく笑みを浮かべる青年ただ一人。しかし、再会したフレデリックはアインのことなどこれっぽっちも覚えていなかった。正確には覚えていなかったというよりも、アインを発見した瞬間に彼はとっとと消えていたので顔を碌に見ていないのが正しい。にも関わらず、妹のツヴァイは何故かソルの携帯電話の番号とアドレスを入手していたので、我が妹ながら侮れない。むむぅ、と唸りながら昼食を摂るアインの姿にフレデリックは「相変わらず機嫌悪そうだな、必要無ければ話し掛けないようにしよう」と何時もの態度を貫くことに決める。「お邪魔しまーす」気まずい沈黙を破るようにして、研究室にシャマル教授が入室してきた。「ねぇねぇフレデリックくん!! 今度の週末って暇?」「知らん」「相変わらずつれなーい。でもどうせ暇なんでしょ? また前みたいにエリオ連れて遊びに行きましょうよ」「考えておく」シャマルは医学部の教授という忙しい立場であるのに、こうして暇を見つけてはフレデリックを遊びに誘っている。弟のエリオをダシにして。どうしてこんな間柄かと問われれば、彼女の弟であるエリオがフレデリック行き着けのCD屋の常連客で、二人が偶然店で出会い、あるアーティストのことについて店長を交えて意気投合したのが切欠。それから芋づる式にエリオ経由でシャマルと話すようになった、という訳である。明朗快活にして社交的、加えてアクティブな性格のシャマルは、フレデリックの人となりを知るとかなり積極的にアプローチをしてきた。実際、何度か三人で遊びに行ったことも会った。が、当の本人のフレデリックはシャマルのことなんかよりも、唯一自分の趣味を理解することが出来るエリオとの会話が楽しみだったりする。ちなみに、キャロに紹介した知人というのがエリオだったりした。「……」フレデリックと楽しそうな表情で会話しているシャマルを、アインはじとーっとした眼で見る。良いなー、羨ましいなー、と無言で訴えていたが、二人共気付いていない。暫くして会話に区切りがつくと、シャマルは「じゃーねー!!」と出て行った。私もあんな風に出来たらな、そんなことを考えながらアインは味気が無くなってしまったように感じる弁当に箸をつけた。夕方。フレデリックのゼミの時間。小会議室には五人の生徒と、フレデリックが集まっていた。「……解散すっか」紫煙を吐き出しながらフレデリックが気だるげに言う。「先生、やる気が無いにも程があると思います。ていうか、授業中にタバコを吸わないでください」「チャイム鳴った瞬間にそんなこと言うくらいなら休講にすればいいのに……」生徒であるアリサ・バニングスと月村すずかのもっともな意見を聞いているのかいないのか――いや、きっと全く以って聞いてない――彼は立ち上がって五人の生徒に背を向ける。「今日はもう帰れ。俺は帰る」「待ちなさいこの不良教師!! 何の為にゼミやってんのよアタシ達!? 卒論の為でしょうが!! 先生らしく私達を導けぇぇぇぇ!!」激昂するアリサを尻目に、なのはとフェイトとはやてが退室しようとするフレデリックの後をひな鳥のようについていく。「フレデリック先生、どうせならウチの店に飲みに来てよ。先生だったら割引サービスするから、ね?」何が『どうせ』なのかイマイチ分からないなのはの発言にフェイトがいち早く反応する。「なのは、良いアイディアだよ。じゃあ今晩は翠屋で飲み会ってことで」「飲むで~」フェイトに続いてはやても快く賛同した。「格安で酒が飲める……断る理由が無ぇな」「「「やったー!!」」」「あ!! ちょっと待ちなさいアンタ達!! ……くっ、全く人の話聞いていない。あれで学会では知らない人間は居ないってくらいの超天才だってんだから世の中分からないわ……すずか、こうなったらアタシ達も飲みに行くわよ!!」「……アハハハ、結局何時も通りだね」ゼミ=飲み会。これがフレデリック教室クオリティ。色々とダメな大学教授と大学生だった。「……ってな訳で、今日の夕飯は外で食う。ああ、おやすみ」携帯電話を閉じ、緩めていた歩みを速める。シグナムへ夕飯は要らないと連絡を入れていたのだ。「先生、どうしたの?」「なんでもねぇ、気にするな」こうしてフレデリック教授の一日は幕を閉じる。常に怠惰で、お隣さんに食事を恵んでもらったり、同僚達と色々あったり、生徒達に懐かれたり、そんなこんなな毎日を過ごす。平和な日々だった。これがいずれ、昼ドラのような展開になるとも知らずに……主演フレデリック・マルキュリアス教授 ソル=バッドガイお隣のお姉さんシグナム シグナムシグナムの妹 キャロ・ル・ルシエフリード フリードアイン助手 リインフォース・アインアインの妹(回想シーン) リインフォース・ツヴァイシャマル教授 シャマルシャマルの弟(回想シーン) エリオ・モンディアル女子大学生A 高町なのは女子大学生B フェイト・テスタロッサ・高町女子大学生C 八神はやて女子大学生D アリサ・バニングス女子大学生E 月村すずか友情出演プレシア・テスタロッサ教授 プレシア・テスタロッサ(故)アリシア助手 アリシア・テスタロッサ(故)ジェイル・スカリエッティ教授 ジェイル・スカリエッティ(犯罪者)ナレーション 鉄槌の騎士ヴィータ「っていう夢を見たんだ」そんなことをのたまうヴィータに、ソルはコーヒーを啜りながら呻いた。「……ツッコミ所が多過ぎる」「何処が?」不思議そうに首を傾げるヴィータの反応に、ソルは額に手を当てて頭痛を堪えるように指摘する。「まず、なんで俺が本名なんだ?」「知らねー」「……次だ。友情出演とはいえ、この友情出演って表現がよく分からんがそれはともかく、どうしてお前が会ったこともない死人が出てくる?」「資料は昔見たから顔は知ってるぞ。性格は妄想だけどな」「次。ジェイル・スカリエッティは?」「もしあいつが犯罪者じゃなければお前と仲良くなりそうじゃねー?」「……」「お前は生体兵器ギアの制作者で、向こうは戦闘機人の制作者……な?」「…………次。お前の眼から見て、俺はそんなにダメ人間か?」「当然」フォローの片鱗すら感じ取れない一言は、元々短気なソルに火を着けるのに十分だった。「ドラゴンインストール」<Ignition>「マジかよ!? それはいくらなんでも卑怯だぞテメー。つーか、怒るってことは自覚あんじゃねーか!!」「テメェの御託は聞き飽きた……消し炭に、なれ!!!」「ぎゃああああああああああああああ!!」その日。ミッドチルダ中央区画の湾岸地区に、巨大な、それはもう天を貫かんばかりに巨大な火柱が生まれたのであった。後書き大学生の夏休みって、長い人だと九月の下旬まであるんだよね。羨ましい。ああ、大学生に戻りてぇ。今回の番外編は、あくまでヴィータの夢に出てきた妄想の産物なので、設定面で色々と矛盾してますがあしからずではまた次回!!