ユーノ・スクライア。補助を専門とする後方支援型の結界魔導師でありながら、近接格闘が得意という異色の魔導師。この男と戦う時の注意点は二つある。一つ目。バインドに捕まってはいけないこと。二つ目。近接格闘においてこの男に投げられてはいけないこと。理由は単純明快。一つ目のバインドで拘束されてしまうと、死なない程度にそのまま全身の骨が砕けるまで圧力を掛けられるから。二つ目は、投げられた後に関節を確実に破壊されるからだ。”背徳の炎”は、皆例外無く容赦というものをしない。相手が死ななければいい、という考え方に基づいた戦い方は、平気な顔で急所を躊躇無く攻め立て、人体を破壊しにかかる。骨が折られるなど安いもので、過去のデータには関節を粉砕される者や手足を切断される者まで存在していた。非殺傷設定を義務付けられている管理局員と”背徳の炎”の大きな違いがこれだ。奴らは、眼の前の敵に一切の情けも掛けなければ、容赦もしない。ただひたすら冷気のような殺意を以って敵を潰す、それだけである。故に奴らは”背徳の炎”と呼ばれ、犯罪者達の間で畏れられ、時に管理局員の人間すら嫌悪する場合があるのだ。そして、犯罪者にカテゴライズされる立場の人間であるチンクは、内心で冷や汗をダラダラかきながら戦っていた。『まだか? まだかセイン!?』貨物室内に蜘蛛の巣のように張り巡らされた翠色の鎖。それはユーノの意思によって蠢き、こちらの動きを阻害し、時に蛇のように空間を這い回りながらチンクを拘束しようと狙ってくる。『もう少しだよチンク姉ぇ!! この調子ならあと四十五秒でそっちに行く!!』(まだ十五秒しか経っていないのか……)迫り来る鞭のようなバインドを交わし続けながら、チンクは唇を噛んだ。「疾っ!!」声と共にユーノが手にした鎖をアンダースロー。それはただの鎖ではなく、先端にトゲが付いた球体となっている。所謂モーニングスターというもの。投擲されたモーニングスターはチンクの薄い胸目掛けて真っ直ぐ飛んでくる。まともに食らえば肋骨がへし折れて内臓が潰れる代物だ。そんなものに付き合ってやる義理など無い。チンクは大きく横に動いて交わす。「はああああああっ!!」しかし、交わした先に拳を振り上げたギンガが突撃してきた。流石にこれは交わせない。咄嗟にバリアを展開し、衝撃に備える。想像以上に重たい拳が叩き付けられ、耳障りな衝撃音が響き渡り、火花のように弾けた魔力光が薄暗い貨物室を照らす。このままでは力負けしてシールドを突き破られる、そう判断したチンクは攻撃を防御しながら一瞬でギンガを取り囲むように数多のスローイングダガー”スティンガー”を配置し、それらを一気に殺到させ、同時に己のISを発動させた。「なっ!?」「ちっ!!」ギンガの驚愕の声と、ユーノの舌打ちを掻き消す爆発が発生。視界が煙で覆い尽くされる。すぐさまバックステップを踏んで退がり、二人が居るであろうと思われる場所に向かってスティンガーを投げた。投げる、投げる、投げる、投げる。そして、投げる端から爆発させた。その度に視界が悪くなるが気にせずナイフを投げ、爆発させる。投げたスティンガーの数が二十を越えた辺りになると、漸くその手を止めて様子を見ることにした。(これで無傷だとしたら、”背徳の炎”の構成メンバーは正真正銘の化け物集団だ)若干の期待と不安を込めて視界が晴れるのを待っていると、突然、貨物室全体を大きな揺れが襲う。慌てて体勢を整え、何が起こっているのか理解する前に身体が違和感を捉える。(……減速している? このままでは列車が止まってしまう)チンクが感じた通り、猛スピードで疾走していた列車がどんどんそのスピードを衰えさせていた。あと三十秒もしない内に列車は止まるだろう。セインとの合流は、電車が今までの速度を保って居られたら一分で合流可能だったという仮定の話なので、これでは少し遅れてしまうことになるが、ユーノとギンガを相手に持ち堪えることは出来た。我ながら凄いと思う。ユーノには接近をさせまいと、バインドに捕まりはしないと常に注意を払い、ランブルデトネイターで牽制し、凌いだのだ。その所為で度々ギンガに隙を突かれ接近を許してしまい、何度か殴り殺されかけたが、結果的に立っているのは自分だ。そんな風に思考を煙の向こうの二人から逸らしていると、視界が晴れ――「……やはり、そう簡単にはいかないか……」自画自賛していた自分を戒めるようにチンクは唇をかみ締め、ある決断を下した。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat7 血戦「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅー」荒い呼吸を整え、ユーノは安堵の溜息を吐く。敵である少女が投げてくるナイフ。あれがどれだけ厄介か理解していたにも関わらず不覚を取ってしまった。不用意にギンガを突撃させてしまったのは完全に自分のミス。だが、辛うじてギンガを守ることが出来た。自分の背後で呆然と尻餅を着いているギンガをチラリと一瞥し、眼の前の少女に向き直る。すると、たらりと額から垂れた血が右眼に入り、視界の半分が赤いカーテンで覆われてしまったことに眉を顰めた。「ユーノ、さん……」「大丈夫。見た目程のダメージはないから安心して」全身を苛ませる痛みに何ら痛痒を覚えていないような口調で、掠れた声を漏らすギンガに応える。「でも、そんな、私を庇って」「とは言っても、ちょっとマズイかな」自身の肉体の状態を冷静に鑑みて、ユーノはまるで他人事のように肩を竦めた。十数本のナイフがギンガを包み込んだあの瞬間、ユーノは後ろからギンガの首根っこを掴むとそのまま背後に放り捨て、全てのナイフによる爆撃をその身に受けたのだ。全身を覆うタイプの防御魔法を展開し、バリアジャケットを纏っていたとはいえ、無傷という訳にはいかなかった。その後の追撃は前方からの集中攻撃だったので、防ぐことそれ自体は難しくなかったが、初めに受けたダメージが重くないと言えば嘘になる。ユーノは現在、誰がどう見ても表情を引き攣らせるであろうくらいに、血塗れである。頭部からの出血の所為で右眼が塞がっていて、爆発から守る為に犠牲となったバリアジャケットはボロ雑巾、それでも防ぎ切れなかったことを証明するかのようにあちこちの皮膚が爆風によって裂け、血が流れていた。しかし、満身創痍でありながら尚、闘志は萎えず、油断無く眼の前の少女を睨み付ける。常人であれば、たとえ訓練された魔導師であろうと悲鳴を上げずには居られない傷を負っても、ユーノは顔色一つ変えず、冷静に状況を分析し、如何にして状況を掌握出来るのか思考し続けていた。列車はアルフ達が上手くやってくれたのか、減速している。もうすぐ止まる筈だ。負傷したが、この程度なら戦闘に支障は無い。出血量はそれなり、少なくないが多くもない。片方の眼が見えないのは痛いが、まだなんとか出来る範囲内だ。(まだ行ける)少女が着用している灰色のコートから鬱陶しい感覚――AMFの発動に初めから気付いていたが、まだ頑張ればなんとかなる、これも許容範囲内。第一、先程ケースを抱えたもう一人の眼鏡を掛けた女性を逃がしてしまった。これ以上の醜態を晒す訳にはいかない。この少女だけは絶対に逃がすものか。『ギンガ。今度は僕が前に出るからキミは退がってて。あと、自分の身は自分で守ってね』回復魔法で最低限の止血を施しつつ、返答など待たず、言いたいことだけ念話で伝えて踏み込む。走りながら鞭のようにチェーンバインドを振るい、少女の小さな身体を拘束しようと試みる。が、少女は四つん這いになるように屈んでバインドをやり過ごし、己の周囲にナイフを顕現させると、一斉照射。横に転がりながらナイフの群れを避け、起き上がり様に魔法を発動。ユーノの足元に発生した円環魔法陣から幾筋もの鎖が、獲物に食らいつく蛇となって少女を襲う。蛇の群れをお返しにくれてやったのだが少女はお気に召さなかったのか顔を顰め、床を蹴ると跳躍し、猫のような身のこなしで回転すると天井に着地、そのまま天井を蹴って突っ込んできた。上からナイフを投げつつ、である。迷わず防御魔法を展開し、ナイフを弾く。弾いたナイフが乾いた音を立てて宙を跳ね上がる間に、すかさず少女がナイフを防御魔法に突き立てた。ギィィィン、と音を立てながらナイフと防御魔法が拮抗する。魔力の障壁の向こう側。眼帯をした少女の左眼と、ユーノの左眼が真正面から視線を交差することになった。「どうしたの? さっきまであんなに僕に近付かれるの嫌がってたのに。血迷った?」「確かに貴様に接近戦を挑むのはリスクが高いが、手負いの者を相手に怖気付く程軟弱ではない」「ご立派」「予定変更だ。ユーノ・スクライア、貴様は私が此処で討つ!!」「面白い冗談だね、やってみなよ」口調を急に荒げ宣言する少女に対し、ユーノは唇を吊り上げて冷笑し、唐突に防御魔法を解除。「!?」ユーノの予想だにしない行動に少女は驚愕の色を浮かべ、ナイフに込めていた力のやり所を無くした所為でつんのめるように体勢を崩す。「けど、悪いね」半身になった状態でナイフを手にしている右手首を左手で掴み、やや強引に引き寄せることによって更に体勢を崩させて、ほぼ同時に右の肘を少女の心臓にお見舞いする。「グッ」尖った肘が突き刺さり、肺から無理やり空気が漏れるくぐもった音が漏れた。「これで」少女の右手首は左手で掴んだまま放さず、右手でコートの襟首を掴むと一歩踏み込みながら引き寄せ、子どものように軽い彼女を背負い、「お終いだよっ!!」投げた。日本人なら誰もが惚れ惚れする程に美しい、一本背負いだった。魔力によって最大まで身体能力を強化したその投げは、相手に受身なんぞ取らせる気など微塵も無い、非情な技。そんなものをまともに受け、声無き悲鳴を上げて貨物列車の床に埋まる少女に、更なる追い討ちが掛けられる。肘だ。自ら倒れ込むように全体重を掛け、ユーノは右の肘を仰向けに倒れている少女の身体に再び突き刺したのだ。「ガハッ!!」苦痛の声を聞き流し、ユーノは掴んだままだった少女の右手首を引っ張りつつ体勢を変え、彼女の頭部と右腕を締め上げるように両足を絡め、極めた。俗に言う、腕ひしぎ十字固め。「ぐあ、あああああ」「キミは一つ、間違いを犯した」ギシギシと何かが軋む音がする。「確かにキミが考えた通り、僕を確実に殺すのなら接近戦が一番効率的だって自分でも思う」少女は反射的にユーノの技から抜け出そうと全力で暴れもがくが、投げられた時に仕掛けられたバインドに四肢を空間に固定され、碌に動かせない。「でも、相手と密着するこの距離で、一対一なら」何よりユーノも全力だ。身体強化をフルに使い限界以上に力を引き上げる。少女が纏っているコートからAMFと同じ、魔力結合に対する妨害を感じられることがそのことに拍車を掛けていた。普通の人間の身体だったらとっくにへし折れている筈なのに、折れそうで折れない”異常なまでに頑丈な身体”を持つ少女を破壊する為に。「僕は誰にも負けない」――バキッ!!硬い何かが、圧力に耐え切れず砕ける音が響き渡り、その手応えが伝わってくる。「ああああああああああああああああああああああああっ!!」すぐ傍から吐き出された絶叫に鼻を鳴らし、脱力してグッタリとした少女から離れる。その刹那、「マジ?」立ち上がったユーノを、無数のナイフが包囲していた。「……まさか、初めからこれが狙いだったの?」「貴様は、此処で私が討つと、言った筈だ……ユーノ・スクライア」「肉を切らせて骨を断つってレベルじゃないね、これ……」恐れ入ったよ、そうユーノが苦笑した瞬間、全てのナイフが彼に迫り、一斉に爆発した。貨物室にて発生した爆発音を、列車に走る衝撃を全身で捉える。「ユーノ!! ギンガッ!!」随分前から人間形態となって戦っていたアルフは、視界の先で黒煙を吐き出す貨物室に居るであろう仲間の安否が気になって仕方が無い。しかし、その行く手を阻む青い機械兵器の群れが存在していた。「邪魔、すんなぁぁぁぁっ!!!」咆哮を上げ新型のガジェットに殴り掛かるが、ガジェットはまるで初めからそこに存在などしていなかったかのように姿を消し、アルフの拳は空を切る。空振りしたアルフの眼の前に、本物のガジェットが現れ二本のアームを伸ばしてきた。「クソッ」舌打ちしながら後ろへ退がり、周囲を警戒しながらガジェット達を睨む。つい先程から、敵側は急にガジェットの群れに実体と幻影が入り混じらせ、こちら側の視覚情報を狂わせてきたのだ。どう考えて敵の増援。しかも厄介極まりない幻術の使い手。おまけに実体と幻影の配置が憎い程上手い。列車のコントロールは既に掌握した。グリフィス達の指示に従って緊急停止ボタンを押すだけだったので簡単だった。後はユーノとギンガの二人と合流して敵をとっちめるだけの筈だったのに、計ったようなタイミングでこれだ。おまけに腹立たしいのが、明らかに自分達をユーノ達と合流させない為に時間稼ぎをしているのがあからさまであること。アルフは逸る気持ちを抑えて時間を確認する。ユーノとギンガが貨物室に突入して、丁度一分が経過していた。首を巡らし視線を空に居るなのはとフェイトに向ける。彼女は彼女達で、アルフ達と同様に幻影が入り混じった航空型ガジェットに手を焼いているようだ。殲滅するのにそこまで時間は掛からないだろうが、今すぐにユーノとギンガが居る貨物室へとフォローが出来る訳では無い。やはり此処は自分達が急いで合流しに行くしかない。「ティアナ、スバル!! アタシが突っ込むからフォローしな!!」「「了解!!」」後ろに控えていたティアナとスバルに振り向くことすらせず指示を飛ばすと、アルフは獣のように体勢を低くし、前方の新型ガジェットへと吶喊した。防御外套”シェルコート”に包まれてはいたが、流石に至近距離で発動させた己のISの威力は殺し切れず、爆風に吹き飛ばされ、壁に激突する。残りのスティンガーを全弾、最大出力で一斉発射。威力も相当なものだ。余波とはいえ、それを至近距離で受けたのである。無理もない。全身が軋む。二度も食らった肘打ちのダメージは鈍痛となって残ったまま、折られた右腕が全く使い物にならない。もう戦闘は不可能だ。やはりユーノ・スクライアは想像以上に厄介な男だった、とチンクは思う。それなりにダメージを与えたつもりだったのに、むしろ奴は傷を負ってからの方が生き生きとしていた。何より特筆すべき点は、シェルコートが発生させるAMFの処理能力を、デバイスも無しに上回る緻密な魔法の術式構成だ。AMFは魔力結合や魔力効果発生を阻害する、所謂魔導師殺し。自分達戦闘機人にとって、並の魔導師ならばAMF環境下では取るに足らない存在へと成り下がる。しかし、ユーノはAMFなど気にした風も無く戦闘していた。恐らく、対AMFの特殊訓練を受けているのであろう。でなければ、あれだけスムーズに魔力を運用出来る筈がない。だからこそ、此処でなんとしても倒しておきたかったのだが。一見、虫一匹殺せそうにない二十歳前の優男が顔を能面のように無表情にさせ、それでいながら飢えた獣のような瞳でこちらを睨む。そんな男が、年端の行かないか弱い少女――チンク本人にとってこの例えは非常に不本意だが――にしか見えないチンクに肘を叩き込み、投げ飛ばし、腕を警告も躊躇も無しにへし折る。一般人が傍から見れば悪夢そのものだろう。(私が戦闘機人でなければ、初撃の肘で確実に入院を余儀無くされる大怪我だぞ)賞金稼ぎと犯罪者、という立場なので支持されるべきはユーノなのだが。激しい戦闘の末、貨物室はあちこちに大穴が空き、最早貨物室と呼ぶには些かどころかかなり躊躇せざるを得ない状態となっていて、空いた穴から外の光が入り込んでいた。壁に張り付いた状態で、上手く動かせない首に苛立ちながらゆっくりとその穴の向こうを覗くと、”白い悪魔”と”金の死神”が慌てて飛んでくるのが見える。戦闘に一杯一杯で気が付かなかったが、とっくに列車は止まっていた。しかし、そんなことなどチンクにはもうどうでも良かった。先の爆心地に首を巡らせる。「……残念だけど、死に損なったよ。流石に今のは死ぬかと思ったけど」「本当に残念だ……しつこい男は嫌われるぞ」片膝を着き肩で大きく呼吸をしつつ、死んでないのがおかしいくらいにボロボロなユーノが壮絶な笑みを浮かべているので、チンクは皮肉を返した。「化け物並みにタフだな。私が言うのもあれだが、貴様は本当に人間か?」「生憎、僕に戦い方を叩き込んでくれた人物に似て生き汚くてね。根性と耐久力には自信があるよ。それに、火達磨にされたり爆発に巻き込まれるのは慣れてるんだ。少なくともキミ達戦闘機人よりはね」ユーノの発言の後半に、驚いたというよりも『やはり気付いていたか』という思いの方が強く感じる。AMFを搭載した機械兵器であるガジェット。レリックを狙う者。この二つだけでも揃えば、自ずとスカリエッティが保有する戦闘機人が脳裏に浮かび上がってくるのは当然と言えた。”戦闘機人事件”を引き金に賞金稼ぎ活動を開始した”背徳の炎”の一員であれば尚更に。「そうか、敵ながら同情する……それにしても遅いぞ、セイン」「ごめんよチンク姉ぇっ! 列車が止まるなんて思ってなかったんだよ!!」自分の真横に壁から”生えてきた”妹の顔に一瞥くれてから、ユーノに視線を戻す。「ギンガ」ふいに、ユーノがぼそっと呟く。殺気を感じて横を向けば、般若の形相で拳を振りかぶるギンガの姿が見えた。「「!?」」慌てたセインがチンクを背後から抱き締める形でISを発動させ、二人の身体が音も無く壁に沈んでいく。途端に世界が暗闇に包まれた。光が届かない地中をセインのIS”ディープダイバー”で潜行しているからだ。次の瞬間、すぐ傍でドゴンッ、と破壊音が響いてきたので肝を冷やす。『チンク姉、外に出ると狙い撃ちされるからこのまま山ん中を移動してくから!!』『任せるが、なるべく急いでくれ!!』通信回線を開き、セインと震えた声で会話をした。暫くして、もう此処まで来れば安心、と確信が持てる位置までやって来た。『死ぬかと思った……』『……姉もだ』暗闇の中、二人して大きく溜息を吐く。『クアットロは上手く逃げ切れたのか?』『メガ姉? ああ、メガ姉なら大丈夫。なんか逃げる途中で偶然、白い悪魔の流れ弾が顔面に直撃したって聞いたけど、眼鏡掛けてたからなんとか助かったって。レリックも無事回収したし』『……そうか、我々の勝ちだな』『うんうん!! アタシ達勝ったんだよ、あの”背徳の炎”を相手に!! これって実は滅茶苦茶凄くない!?』『……』『あれ? チンク姉?』チンクは興奮気味のセインに応えない。応えることが出来なかった。『……』『チンク姉ぇ!? チンク姉ぇってば、しっかりしてよ!!』何故なら、緊張の糸が切れて気を失ったからだ。ドシャッ、という音を耳してギンガが振り返ると、ユーノが仰向けになって倒れていた。「ユーノさんっ!!」「大丈夫。まだ死んでない」顔を真っ青にして駆け寄ってくるギンガに心配させまいとユーノは首を動かして微笑むが、血の池に沈んだ状態で無理して笑う時点で、余計に心配を掛けるだけである。「あー、僕って格好悪いなー。レリックは盗られちゃうし、犯人一味は逃がしちゃうし、おまけにこんな怪我するし……全く割に合わないよ」ギンガは血で汚れるのを厭わずユーノの上体を抱き起こす。「ごめんなさい、本当にごめんなさい! 私が、私がもっと強ければ、ユーノさんが私を庇う必要なんて無かったのに!!」瞳から大粒の涙を零し、嗚咽を漏らしながら謝罪してくるギンガ。「泣くなんてやめてよ。これから死ぬみたいじゃん、僕」「でも、私の所為で――」まだ泣き言を続けるギンガの言葉を遮るようにして、「ユーノ、ギンガ、無事かい!?」「ユーノくん!!」「ユーノ!!」アルフ、なのは、フェイトが飛び込んできた。続いてティアナとスバルも。そして、五人は血塗れのユーノの姿を見て表情を引き攣らせた。場慣れしていないティアナとスバルはカタカタと身体を震わせ、血の気が引いた顔になっている。だが、流石にアルフとなのはとフェイトの三人は慣れたもので、すぐさまテキパキとユーノに応急処置を施し始めた。(任務は失敗、犯人も取り逃がした、おまけに僕はこの様……帰ったらソルが怖いな)アルフとギンガに両脇から抱きかかえられるようにしてヘリに搬送されながら、ユーノは疲れたようにやれやれと溜息を吐くのだった。