淡い水色と深い群青。二色の”道”が生み出されている。”道”は、その上を猛スピードで疾走する二人の少女によって青い空に顕現されたのだ。ウイングロード。それが”道”の名。空を飛ぶことが出来ない二人の少女が、大空を駆け抜ける為に作り出した魔法。二色の”道”はそれぞれの意思によって自由に軌跡を空に刻む。上昇したければ上り坂に、降下したければ下り坂に、左右に曲がりたければカーブに、といった具合に。時折、二色のウイングロードは真正面からぶつかり合ったり、交差したり、螺旋を描くような軌跡を残す。その度に重たい衝撃音が響いてくる。遠く離れた場所まで届く轟音は、それが如何に強い衝撃なのか容易に想像させた。水色のウイングロードを生み出し、その上を走り回りながら拳を振るっているのはスバル。もう片方の群青はギンガのものである。二人は、つい先程シャーリーから与えられた新しいデバイスの性能テストを兼ねて模擬戦をしているのだ。二色の”道”を視界に入れ、轟音を聞き流しながらソルはやれやれと呆れたように溜息を吐く。「ガキみてぇにはしゃぎやがって」楽しそうに殴り合いをしている姉妹の姿が、あまりにも二人の母親とそっくりだったから。「あはは、そうだね。でも、新しいデバイスを手にした人って皆あんな感じじゃないのかな? やっぱり自分と一緒に戦う相棒だもん。はしゃぐのは仕方が無いでしょ?」隣に立っていたなのはがソルの独り言に反応して、笑みを零す。「私が初めてレイジングハートを握った時はあんまりにも突然だったから、訳が分からなくてそんな余裕とか無かったけど」「……嘘吐いてんじゃねぇ。喜び勇んでジュエルシードの暴走体を撲殺しようとしてたのは何処の誰だ?」「ナ、ナンノコトデスカ? 撲殺ナンテ、私知ラナイ」ギギギッ、とメンテナンスなんぞまるでしていないブリキの玩具のように首を横に振るなのは。そんな彼女を横目で胡散臭そうに眺めてから、ソルは疲れたように口を開く。「で、新デバイスの制作者であるシャーリーは何処で油売ってんだ? データ取りもしねぇで」「ティアナのクロスミラージュが完成してから今日まで徹夜だったみたいだから、スバルとギンガにデバイスの詳しい説明した後に糸が切れた人形みたいに倒れちゃった」「……」「だからシャマルさんの城に搬送した。今頃死んだように眠ってると思うよ」「バカだな」苦笑しつつも、ソルはシャーリーに親近感が沸いていた。自分も研究などに熱中すると周りが見えなくなるタイプの人間なので、人のことなど口が裂けても言えない筈なのだが。彼も彼でよくシャマルから「もう寝なさい」と叱られた経験が何度もある。故に、ソルはシャマルに頭が上がらない時が稀に存在する。「うん。お兄ちゃんと同じでマッドだよね」返す言葉が思いつかない。デバイスを制作中のシャーリーと意気投合して話し込んでいたことなんて一度や二度ではない。必死になって反撃の糸口を見出そうと脳をフル回転させていると、追撃が飛んできた。「ところでお兄ちゃんこそこんな所でどうしたの? 事務仕事は?」「……さて、他の連中の様子でも見に行くか」最早これまで、と言わんばかりにくるっと踵を返して敵前逃亡を図るソルの後姿に、なのはは冷たい視線を向けた。「またお仕事グリフィスくん一人に押し付けて。ただでさえシャーリーが抜けちゃって大変なのに」グリフィスくんその内過労で倒れるよ、と非難めいた口調で忠告するように咎めるが、ソルは振り向きもせずに手を後方に向かってヒラヒラ振って、かなりテキトーに応じるだけだ。「書類仕事、正直面倒臭ぇんだよ」「言い切っちゃった、誰よりも仕事が出来るのに仕事面倒臭いって言い切っちゃったよ」仕事の出来と本人のモチベーションが全く以って釣り合っていない義兄になのはは呆れるが、確かに書類仕事は砲撃発射するよりも頭使うから面倒か、中間管理職って大変だし、と思い直して空中で殴り合っているナカジマ姉妹に視線を向ける。その時、耳障りなアラートが訓練場に、ひいてはDust Strikers全体に鳴り響いた。背徳の炎と魔法少女 StrikerS Beat6 ファーストコンタクト一級警戒態勢。教会本部から出動要請。教会騎士団の調査部で追っていたレリックと思わしきものが見つかった。場所は山岳地区。対象は山岳リニアレールで移動中。内部に侵入したガジェットの所為で車両のコントロールが奪われている。おまけに未確認の機体も出現しているらしい。可及的速やかにガジェットを全機撃破し、安全にリニアレールを停止させた上で、レリックを回収して欲しいとのことだ。「さて、どう出る?」作戦指令部に集まった面子を見渡してから、アインがソルに問い掛ける。「決まってんだろ……叩き潰す」真紅の瞳を爛々と輝かせ獲物を見つけた肉食獣のように危険な笑みを浮かべるソルは、モニターに映し出されたリニアレールを射殺すように睨んでいた。正確には、リニアレールの先頭車両の壁面からはみ出たように姿を見え隠れさせるガジェットを。「久々の実戦かい、ゾクゾクするね」ペキポキと拳を鳴らし、アルフが鋭い犬歯を見せる。他の面子もソルやアルフと同様にやる気満々だ。誰もが唇を吊り上げ、狩人の眼をしていた。しかし、そこでアインの待ったが入る。「やる気が十分なのは結構だが、この程度の事態に私達全員が出るのは些か過剰ではないか? 陽動の可能性もある」その言葉に誰もが納得し考え込む。数秒間の沈黙の後、はやてが挙手と共に提案した。「なら、あの三人をそろそろ試しに使ってみたらどうや? ガジェットくらいならどうとでもなる、そのくらいの実力にはなったやろ? 設立してから今まで訓練ばっかしやったから、いい加減実戦に投入してやらんと宝の持ち腐れやで」三人とは恐らく、ギンガ、スバル、ティアナの三人のことだろう。はやての提案にソルは顎に手を当て考え込むと、ゆっくりと皆の顔を順繰りに見てから、小さな声で「いけるか?」と聞いた。「まあ、なんとかなると思うよ。なんだったら、何時でもフォロー出来るように僕も随伴しようか?」ユーノが肩を竦めて言うと、「じゃあアタシも一緒にサポートするよ」とアルフが握り拳を作って見せる。「……そうだな。だったらあの三人を使ってみるか。三人のサポートにユーノとアルフを、保険として現場付近になのはとフェイトが待機する、それ以外は”別の不測の事態”に備えて此処で待機、文句無ぇな?」この決定に、誰も意見しなかった。SIDE ギンガ「という訳で、実戦です」眼の前で黒衣のバリアジャケットを展開したフェイトさんが、黒い杖の形をしたデバイスを肩に担いだ状態で微笑んだ。その隣では白いバリアジャケットを纏ったなのはさんが槍型のデバイスを手にしている。私と、私の隣のスバルと、その隣のティアナはDust Strikersに出向して以来初の実戦に表情を引き締めるのだが。「あーダメダメ。ティアナ気負い過ぎ。もっとリラックスしな」「訓練通りやればちゃんと出来るから、そんな緊張しなくていいよ」ティアナの膝の上で子犬形態になって尻尾を揺らすアルフさんと、私の肩の上で顔を洗っているフェレット形態のユーノさんが、見事に緊張感を台無しにしてくれていた。リラックスさせる為であればこれ以上無い程の大成功と言えるかもしれないが……現在はヴァイス陸曹が操るヘリの中、つまり現場に向かって移動中だ。エンジンの振動とローターの回転音がやけに静かだと感じながら、私はなんとも言えない溜息を吐く。どうしてアルフさんとユーノさんが小動物状態なのかというと、私達のフォローをする為に随伴するだとか。過保護で心配性なソルさんらしい采配だと思うけど、これって実は戦力としてはそこまで信用されてないってことであって。気持ちが分からないでもないが、管理局で働く一魔導師としてなんか釈然としない。スバルとティアナの二人には悪いが、私の方が圧倒的に現場経験が多いのに、言外に半人前だと言われているようで。まあ、実際に文句を言っても現状が覆る訳でも無いし、ソルさん達から見たら私達なんてまだまだ未熟に映ってしまうのは事実だから、心の中で愚痴るだけに留めておく。ヴィーヴィーヴィー。もう一度溜息を吐こうとしていると、大きくもなければ小さくもないアラート音がヘリの中に鳴り響く。『新手が来たぜ』ソルさんの低い声が通信越しに耳に入る。皆の前に表示された空間モニター。それに航空型のガジェットが大量に映し出されたのを見て、なのはさんが苦笑した。「私とフェイトちゃんで潰すよ?」『分かり切ってることをわざわざ聞くな。一機残らず消し炭にしろ』「了解」短いやり取りを終え、なのはさんは操縦席のヴァイス陸曹に指示を飛ばす。「ヴァイスくん。聞いての通り、私とフェイトちゃんで空を抑えるからハッチ開けて」「ウッス、なのはさん。お願いします」メインハッチが開かれ、外から冷たい空気が流れ込んでくる。なのはさんとフェイトさんはハッチまで近付いてから、一度だけ振り返り、近所に散歩でもしてくるかのような気軽さでこう言った。「じゃあ、いってきます」「アルフ、ユーノ。三人のこと、よろしくね」「いってらっしゃい」「こっちの心配はしなくていいからねー」応じるユーノさんとアルフさんの口調も軽い。まるで留守番を頼まれたかのようで、ますますこっちの緊張感が削ぎ落とされていく。そんな私達のことなどお構いなしに、ヘリの外へと身を投げたなのはさんとフェイトさんの二人は、飛行魔法を発動させると猛スピードで航空型ガジェットの群れへと突っ込んでいった。「やることは二つで至って単純。ガジェットの全機破壊、及びレリックの確保。僕とギンガ、アルフとティアナとスバルの二チーム分かれて車両の前後から中央へ向かう」「レリックは七両目の重要貨物室。ガジェットを破壊しながら進んで、先に到達した方がレリックを確保する、分かったかい?」ハッチの前で鎮座している小動物から説明を受けつつ、私はバリアジャケットを展開する。「ギンガ、準備は出来てる?」「はい」「なら、僕の後についてきて……よっと」言って、ユーノさんはフェレット姿のまま飛び降りた。……やっぱりあの姿のままなんだ。眼下で小さい身体をどんどん小さくさせて離れていくフェレットを見下ろしながら、私は今日何度目か分からない溜息を吐きつつユーノさんの後に続くことにした。ヘリの床を蹴る。一瞬の浮遊感の後、身体が引力に従って落ちていく。鼓膜を叩く凄まじい風の音を聞きながら、ウイングロードを発動。今朝シャーリーさんからもらった私の新しいローラー型のインテリジェントデバイス、”ブリッツキャリバー”が唸りを上げて、空に発生した道を進む。カーブを描いてリニアレールの最後尾に跳び移り上空のヘリを見上げると、丁度アルフさん(姿はやっぱり子犬のまま)が飛び降りたところだった。続いてオレンジ色と水色の魔力光がヘリから飛び出す。遠くでは、小規模な爆発をいくつも伴いながら桜と金の光が縦横無尽に暴れ回っている。此処まで来ると、流石に否が応でも緊張感が全身に走ってきた。耳障りな金属音を立てて数歩先の床、と言うよりは車両の屋根を突き破って俵型の青い機械兵器が三体姿を現す。恐らく私達の存在を感知したのだろう。「僕はサポートに徹するからギンガは好きに動いて良いよ……そういうことで、状況開始」いつの間にか足元に居たユーノさんが、静かに、それでいて真剣な口調でGOサインを出してくれた。その言葉を聞くと、戦闘に切り替わる私の思考に呼応するかのように、リボルバーナックルとブリッツキャリバーが同時に唸りを上げる。「ギンガ・ナカジマ……これより任務を遂行します」独り言のように呟いて、私は三体のガジェットに向かって突撃した。SIDE OUTリニアレールの先頭車両の上に無事着地したスバルとティアナは、自身を包むバリアジャケットのデザインに呆然となる。「これって、なのはさんのに似てる……」嬉しそうな、感動したかのようなスバルの声にアルフが応じた。「スバルがなのはに憧れてるって話は前々から聞いてたからね。デバイス制作時にシャーリーがそういう風にしてくれたんだってさ」「あ、ありがとうございます!! 気を遣わせてしまって」「気を遣ったってよりも面白がってやっただけみたいなんだけど、気に入ったなら結果オーライか。ま、礼ならアタシじゃなくて後でシャーリーに言いな」ちなみに当の本人であるシャーリーは現在連日の徹夜で医務室の住人だ。「あの、すいません。スバルのバリアジャケットがなのはさんに似てるのは分かるんですけど、なんで私まで?」自身の姿を見下ろしながら微妙そうな表情で首を傾げるティアナ。「スバルのついで」「私ってついでなんですか!?」「いやーアタシも詳しくは知らないんだけどね。ソルが言うには、アンタら二人のバリアジャケットってシャーリーがその場のノリと勢いで思い付いた奴を適用させたとかなんとかで……文句を言うならシャーリーに直接言っておくれ」口を半開きにしてポカーンとしているティアナに対し、アルフは後ろ足で首筋をカイカイしながら答えた。その背後、リニアレールの屋根が唐突に歪み、瞬く間に吹き飛ぶと同時にガジェットが姿を現す。「……おいでなすったね」ガジェットを目視して身構えるティアナとスバルを横目に、アルフは不敵に笑った。「シュートッ!!」指示する前にティアナが連続でクロスミラージュの引き金を引く。ガジェットのモノアイにオレンジの魔弾が命中し、青い俵型の機械兵器は爆発する。「うおおおおおおおっ!!」すぐさまスバルが車両の中に突っ込むと、おあつらえ向きに真下に居たガジェットを右手のリボルバーナックルで殴り潰す。自らの手で鉄屑と化したガジェットを引っ掴み、車内を疾走しながら他の無事なガジェットに投げ付ける。瓦礫がもう一丁出来上がったのを尻目に、スバルは”マッハキャリバー”に魔力を注ぎ加速させた。飛来してくる青い光線を掻い潜りつつ右の拳を握り締め、カートリッジを一発ロード。リボルバーナックルから空薬莢が排出され、ナックルスピナーが高速で回転し、魔力が十分に高まったのを確認してからスバルは振りかぶって拳を突き出す。「リボルバー、シュートッ!!」何本もの赤い触手のようなものを生やしているガジェットに、拳から放たれた衝撃波が狙いを寸分違わず命中し、その青い機体を破砕する。しかし、放った魔法の攻撃範囲がスバルの予想以上に広く、車内という狭い限定空間で高速移動中に発生させてしまった衝撃波は、車両の屋根の上を吹っ飛ばすついでに術者であるスバルを外へと放り出した。「うわあぁっ!?」<ウイングロード>不可抗力とはいえ身体が外に放り出されてしまったことに空中で泡を食っていると、所有者の危険を察知したマッハキャリバーがオートでウイングロードを発動させ、なんとかリカバリーに成功する。リニアレールの上になんとか降り立って安堵の溜息を吐いていると、アルフの叱責が飛んできた。「何やってんだい危なっかしい!!」「すいません!!」Dust Strikersに出向してからは訓練中に叱られてばかりな生活をしていた為、条件反射でスバルは謝ってしまう。「もし次に今みたいなのやったら今度アタシに飯奢りな」「はい、分かりました!! ……えええ!?」アルフの言った内容を碌に理解しないまま、思わず返事をしてしまったことにスバルは涙眼になる。何故なら今月分の給料の半分は無いようなものだ。スバル、ギンガ、ティアナの三人に与えられた新デバイスの制作費がそれぞれの給料から天引きされている所為だ。管理局からの出向、という形でDust Strikersに所属していることになっているので、一時的にではあるが三人の立ち位置はDust Strikersの人間であり、同時に給料もそこから支払われる。だから天引き。しかもそれだけでは足りないので、それぞれの保護者へ借金。一括払いは無理なのでローン返済。新デバイスがもらえる、という話を聞いて喜びに打ち震えていたらこの仕打ちである。あんまりと言えばあんまりだ。ティアナのクロスミラージュがお披露目となった日に詳しい話をシャーリーから聞かされ、その日の内に、スバルはギンガと一緒になってソルに拳を交えた”お話”を申し込んだが、結果は二人揃って仲良く焼き土下座。しかし、数日後――つまり今朝方もらったデバイスの性能テストをしてみれば、自分が思った以上に気に入ってしまったので、今ではちゃんと稼いで返済する気はあるのだが、如何せん返済金額が高い。普通の女の子のように、休養日には街へ繰り出して遊ぶことが大好きなスバルにとっては、かなりの痛手だった。(うううぅ……この任務が終わったら、グリフィスさんに頼んでお仕事回してもらおう)Dust Strikersが賞金稼ぎを統括する運営組織である以上、仕事というのはあちこちから集まってくる。それこそ、”海”や”陸”、聖王教会やスクライア一族などといった、”背徳の炎”というビッグネームを頼りに。研修生という身でしかなかったスバル、ギンガ、ティアナの三人であったが、それも今日で終わりなのかもしれない。今のこの状況がいい証拠だ。もしそうであるのなら、これからは自分達が選択した仕事を好きなように請けることが許可されたことを意味していた。そう考えると、今回の初実戦に対して俄然やる気が出てくる。仕事を成功させれば、それに応じて給料が上がるから。つまり、Dust Strikersの給与形式は基本給にプラスして歩合給が支払われるシステムなのだ。今までは研修生だったので仕事をさせてもらえなかった。当然給料は計算の上では基本給のみ。が、これからは仕事をさせてもらえるようになる筈なので、それに歩合給が追加される筈。たくさん仕事を請けてそれだけ成功させれば、基本給が%レベルでアップし、更に歩合給が支払われる。だがこれには油断出来ないものが、成果認定というものが存在し、仕事に失敗したりヘマやらかすと給料が減らされるのだ。(ヤダ、絶対ヤダ!! まだあそこのアイス屋さんで全乗せ挑戦してないのに!!)ただでさえ天引きされてしまうことが確定しているのに、これ以上お給金が切ないことになってしまうのは絶対に嫌だとスバルはかぶりを振る。寮生活なので衣食住の内、食と住は確保されてはいるが、嫌なもんは嫌。そして、任務内容を今一度思い出すと、ガジェットを掃討することに専念した。モニターに映し出される光景に厳しい視線を投げつつ、ソルは無言のまま腕を組む。『こちらアルフ。ケーブル切断しまくっても車両止まんないだけど、どうすんだい、これ?』困った口調のアルフの通信を受け、グリフィスが指示を出す。「アルフさんはそのままルキノのナビゲートに従って動いてください。無人の貨物列車とは言っても、一応はコントロールルームが存在しますから」『分かった。そこをぶっ壊せばいいんだね?』「違います、ぶっ壊さないでください。いいですか? ぶっ壊さないでください。もう一度言いますからね? 絶っっ対にぶっ壊さないでください。もしぶっ壊したら車両が止まる前に僕の理性がぶっ壊れますので、そのつもりで居てください」冷静沈着な態度でグリフィスは眼鏡のブリッジを上げながら何度も念を押した。鉄面皮のような感情を表さない顔の所為で、後半の言葉が彼なりのジョークなのかマジなのか判別出来ない。『こちらユーノ。なんか新型っぽいガジェットが出てきたんだけど』「それはぶっ壊してください」『え? いいの? 後で残骸を解析するの大変だから、出来る限り機能停止程度に留めておくけど』「そこまで仰るならユーノさんにお任せします」『了解』声と同時にモニター内でギンガとユーノが、球体のガジェットとの戦闘に入る。ガジェットには二本の腕、と表現するのが最も適切なものを装備していた。腕と言っても、ベルトコンベアのベルト部分を無理やり腕として採用したかのような……というか分厚いベルトだ。フェレット形態のユーノが足元に円環魔法陣を発生させ、翠色のチェーンバインドを十数本は顕現した。獲物を求めて鎌首をもたげるような動きをする翠色の鎖は、鼠に噛み付く毒蛇の如き勢いで新型ガジェットに襲い掛かり、その機体を縛って拘束。いや、縛るなど生温い。まるで絞殺するように過剰な圧力を加えて、青い機体に鎖がめり込みメキメキと金属が軋む音を響かせ、球状の機体が歪に変形する。おまけとばかりに鎖の先端が装甲と装甲の繋ぎ目部分を刺し貫いて強引に内部へと侵入。『はああああああああっ!!』ガジェットの動きが止まった瞬間を待っていたギンガが跳躍、リボルバーナックルを装着した左拳を真下に居るガジェットに全体重を加味して振り下ろす。グシャッ、と硬い物体が潰れる音を生み出しながら青い装甲が陥没。次にギンガはガジェットの内部に手を突っ込んだ状態で魔法を放ったらしく、丁度床に接着している面の装甲が群青の閃光に穿たれ、大穴を空けた。『偉そうなこと言ってごめん、結果的に壊しちゃった』完膚なきまでに破壊され尽くしたガジェットを前に、フェレットが苦笑いを浮かべたので、ルキノとアルトが必死にフォローする。「そ、そんなことないですよユーノさん!!」「新型のガジェットを秒殺だなんて凄いなー! AMFを発動される前に破壊するなんて並みの魔導師じゃ出来ないですよ!!」『本当は、内部に進入させたチェーンバインドで駆動系を破壊して機能停止させるだけの筈だったんだ』『……もしかして私、やり過ぎちゃいました?』『……』「……」「……」「……」沈黙が明確な答え。終始無言だったソル達は勿論、ユーノ、グリフィス、ルキノ、アルトはこめかみに汗を一筋垂らしながら押し黙った。今しがた己の手で木っ端微塵にしてしまった機械兵器を横に置いた状態で、ギンガはユーノに平謝り。暴走する列車の上、機械兵器の残骸が転がる中、成人前の女性がフェレットに頭を下げるという珍妙な光景が繰り広げられている。「余計な真似をして、すいません」「やっちゃったことは仕方無いし、ギンガの所為でもない。ちゃんとキミに指示しなかった僕の責任だし、そもそも最初にガジェットを全機破壊って言ったのは僕だから気にしなくていいよ」ユーノがバインドでガジェットを拘束しギンガが殴って破壊する、という一連の流れがあったので、新型のガジェットを拘束したのを確認し彼女は思わずに手加減せずに攻撃してしまったのだ。「……」「やれやれ。真面目なのはいいけど、少しは肩の力を抜いたら?」溜息を吐き、ユーノは変身魔法を解除して元の人間の姿に戻ると、項垂れているギンガの肩に手を置く。顔を上げたギンガに対して、幼子を見守る父親のような優しさで言葉を重ねた。「起きたことは仕方無い、その後にどう対処するかが重要、そうでしょ?」「はい」力無く応えるギンガにユーノは悪戯小僧のような子どもっぽい笑みを零す。「ぶっちゃけ、僕の予想以上にギンガが良い仕事してくれるもんだから、余裕があるなら破壊せずに確保しようって思っただけなんだ」「でも、明らかにその余裕はありました。私がもっと考えて動けば、新型ガジェットを破壊せずに済みました」「そうかもしれないね。けど、何もかもが自分の思い通りに出来る程世の中甘くないし、僕達はそこまで万能じゃない」ピッと立てた一本指を、まだ何か言おうとしているギンガの唇に触れる程度に当てる。「失敗やミスを一々嘆いている暇があるんだったら、次はもうしないように頑張ろう。僕達は万能じゃないけど、無能でもない。僕達には僕達にしか出来ない、僕達がしなければならないことがある筈だ。今はそれを成し遂げよう?」これはソルの受け売りなんだけどね、と手を振ってから、この話はもう終わりだと言わんばかりにユーノはギンガに背を向けて走り出す。それを慌てて追い掛けつつ、ギンガは心の中で思う。(ユーノさんって優しいなぁ)”背徳の炎”とナカジマ家は家族ぐるみでの付き合いなので、ソル程ではないが、ユーノともそれなりに付き合いは長い。一緒になって遊んでもらったことなど一度や二度ではない。ユーノはソルと比べると、何もかもが対照的だ。常に仏頂面なソルと、終始微笑を絶やさないユーノ。無口でぶっきらぼうな性格と、相手を気遣う優しさ溢れた性格。野生の肉食獣と人畜無害な草食獣。破壊を撒き散らす紅蓮の炎と、癒しや防御に特化した翠の光。見かけによらず意外に子どもっぽい部分を持つソルと、大人の男性を思わせる落ち着いた雰囲気のユーノ。ギンガにとって、自分の身体のことを含めて腹を割って話せる程に親しい異性の知り合いと言えば、この二人しか思いつかない。ザフィーラは基本的に模擬戦や食事以外の時間帯は、ソルの膝の上で子犬になっていることが多いので、異性という感覚よりも”ソルのペット”というのが一番近い。そんなことを言い始めれば、ユーノもユーノで、暇さえあればソルの肩の上でフェレットしてるので、傍から見ればユーノも”ソルのペット”なのだが……(……ユーノさんって良い人、だよね)胸の中で宿った暖かい、何だかよく分からないものに若干戸惑いながら、ギンガはユーノの傍に走り寄った。「……!!」七両目の重要貨物室。その扉の前に立ち止まり、ユーノは眉を顰め、手でギンガに退がるように促す。この先に、何かが、居る。それはただの勘だったが、確信に近いものであった。幼少の頃から遺跡の発掘に携わってきたユーノは――あくまでなんとなくという曖昧な感覚ではあるが――先が見えない場所から醸し出される空気を読み取り、危険を察知することに長けている。ついでに、ソルと共に戦い培ってきた経験が警告を発した。最大限警戒しろ、と。なかなか突入しようとしないユーノを察して、背後のギンガが大人しく退がる。(ガジェット? いや、違う……たぶん、あんなのとは比較にならない何かが居る)眼を細め、油断の無いように扉を睨みながら通信を繋ぐ。「こちらユーノ、貨物室前に到着。突入前に教えて欲しいんだけど、貨物室って無人?」『はい、こちらでは無人ですけど、何か気になることでも?』「……」普段のユーノがあまり出さない低くて感情の篭らない声に、グリフィス達が訝しげに答えた上で問い掛けてくるが、ユーノは黙ったまま応じない。『ユーノ』その時、ソルの静かな声が届く。『こっちじゃお前が何を感じ取ったのか分からんが、任せる……気を付けろよ』この一言に、ユーノは口元を笑みで歪めると頷いた。(その言葉を待っていたよ、ソル!!)意を決して扉を力の限り蹴破り、貨物室へと転がり込んだ。即座に立ち上がり、構えたユーノの視界に映ったのは、「誰だ? キミ達は……」見知らぬ女性の二人組みだった。大きな音と共に、貨物室の扉が外側から強引に開かれ、一人の青年が飛び込んでくる。『ガジェットでは時間稼ぎにもならないか。予想以上に早い』『でも落ち込むことはないわよチンクちゃん。レリックは手に入れたから、あとは逃げるだけよ』身体のラインがはっきり分かる程肌が密着した青いボディスーツを纏う二人の女。女、と呼ぶよりも片方は少女と形容した方が正しい程幼い。外見年齢はまだ十台前半で、背もその年齢の同年代と比べてかなり低い。腰まで届くくらいに長い銀髪と、右目を塞いでいる黒い眼帯が特徴的で、ボディスーツの上に灰色のコートを羽織っている。もう片方は二十歳前後。おさげにした茶色の髪と丸眼鏡。身長も平均的。こちらはコートというよりも白いマントのようなものを身に付けていて、手には大きなアタッシュケースのような箱を手にしている。Dr,ジェイル・スカリエッティのよって生み出された戦闘機人。No,5 チンクとNo,4 クアットロだ。こちらに鋭い視線を向けている青年を見据えたまま、二人はバレないように通信して逃げる算段をする。『あんら~、資料と比べて生の方がイケメンじゃない』『そんな暢気なことを言ってる場合かクアットロ。奴は補助専門の結界魔導師、”背徳の炎”の右腕と称される男だ。下手を打てばお前のISを使っても逃げ切れん可能性があるぞ』『っ!? それは困るわ!! どどどどうしましょ!?』余裕の態度から一転して慌て始めるクアットロの様子に内心で呆れるチンク。『落ち着け。結界が張られる前に私が奴の気を引き付ける、その隙を縫ってクアットロはISを使って離脱しろ』『チンクちゃんはどうするの?』『案ずるな、こういう事態を想定してセインも近くに待機してくれているのだ。今こちらに向かっている』『でも、それまでチンクちゃんは一人よ!!』『”背徳の炎”を相手この程度のリスクで済めば安いものだ。そうだろう?』『……それしかないわね』クアットロが渋々納得したのを悟ると、チンクは虚空に十本のナイフを出現させ、その内の五本をユーノに向けて、残りの五本を背後の壁に飛ばした。これに対してユーノはバリアを生成してナイフを難無く弾く。「IS発動、ランブルデトネイター」「!!」弾かれてユーノの足元――床に突き刺さったナイフと、壁に突き刺さったナイフの柄部分に黄色いテンプレートのようなものが現れ、それが一際輝いた瞬間に全てのナイフが一斉に爆発を起こす。視界が煙で覆われ、お互いに肉眼で確認出来なくなったその隙にチンクはクアットロに合図を送った。『今だ、行けクアットロ!!』「IS発動、シルバーカーテン!!」列車に空いた大穴からクアットロが飛び出すと同時にその姿が光に包まれ、次の瞬間には掻き消えた。が、クアットロが離脱したのを安堵する間も無く翠色の蛇が煙を引き裂きながら横薙ぎに振るわれ、チンクに迫る。咄嗟にナイフを顕現し弾こうとしたが、翠の蛇はそれを狙っていたかのようにナイフに絡み付き、一際輝く。(マズイ!!)次に何が待っているのか理解していたチンクはナイフを捨て、その場から全力で離れた。「ブレイクバースト」トリガーヴォイスが紡がれ、翠色をした鎖状のバインドが爆発。爆風に吹き飛ばされつつもなんとか受身を取り、再び両手にナイフを顕現し、チンクは構える。(やはりクアットロだけを逃がすのが精一杯だな)出来ることなら自分も一緒に逃げたかったのだが、と胸中で諦めにも似た溜息を吐く。そんなチンクの視線の先では、無傷のユーノが無表情に問い掛けてきた。「キミは僕の、僕達の敵でいいのかな?」「ああ、そうだ。私達はお前達”背徳の炎”の敵だ」チンクは内心で舌を巻く。流石は”背徳の炎”のメンバーの一人。不意打ちで少しでもダメージを与えることが出来れば御の字と思っていたが、それはかなり甘い考えだったらしい。ランブルデトネイターが発動する寸前にバックステップで距離を取り、バリアでしっかりと爆風を防いでいたのだろう。「そう……じゃあ手加減は要らないよね」腰を落とし、手に鎖状のバインドを生成するユーノ。「お手柔らかに頼む」冷静に返しながら、セインが迎えに来るまでどうやって時間稼ぎをしようか考えを巡らせる。「ユーノさんっ!!」その時、隣の車両からタイプゼロ・ファーストであるギンガが飛び込んできた。戦況がより不利になったことにチンクは唇を噛む。眼の前にはユーノ・スクライアとタイプゼロ・ファーストが居る。他の車両からはタイプゼロ・セカンド達がこちらに向かってきているだろう。列車の外、空には白い悪魔と金の死神が待ち受けている筈だ。どうする?クアットロはISのおかげでもうじき無事に戦闘領域から抜け出す。セインは列車がこのまま走行し続ければ一分で合流可能な位置に居るが、それまで自分が持つかどうか若干不安である。(まあ、”背徳の炎”のメンバーが四人も揃っているとはいえ、あの男に一対一で挑むよりは幾分か楽、か……そう考えれば不幸中の幸いとも言える)HEVEN or HELL逆転の発想でポジティブな方向に思考を走らせると、チンクはナイフを自身の周囲に顕現させ、更に両手の指の間に大量のナイフを挟んで持つ。DUEL稼がなければならない時間は僅か一分。それはチンクにとって短く、非常に長い一分である。Let`s Rock「来い、”背徳の炎”。姉の力を見せてやる!!!」そして、顕現したナイフを全てユーノとギンガに放った。後書きあれ? 最後の部分だけ読むとユーノが悪役でチンクが主人公じゃね?まあ、それはさて置き。感想版であった小さな疑問質問、ご指摘に答えたいと思います。ソルの学位云々について。公式設定資料集では、二十歳か二十一歳の時点で素粒子物理学の学位を持ってますので、高校・大学はもしかしたら飛び級していたのかもしれません。んで、この時点で既に法力エネルギー物理学研究の第一人者となっていたので、博士号も持っていた可能性は高いです。そう考えると、ソルよりも二つ年下だったアリアも飛び級してるな。ちなみに、アリアも情報工学で博士号やら学位やら持ってたみたいです。やや強引に纏めると、持っていたものが学位だろうと博士号だろうとそっち系の研究者であった、というのが前回のシグナムの言いたいことになります。今更なんですが、フレデリックはソルが人間だった頃の名前です!!フレデリックはギアになってからソル=バッドガイという名を名乗るようになったのです(此処重要)なんか、一部勘違いしていらっしゃる方が居るみたいで……ソルが叫びすぎ、というご指摘がありました。うん。改めて読み直してみると、確かに感嘆符「!」を使い過ぎかもしれませんが、戦闘中のソルは原作でも叫びまくってますし、この作品においてはどっちかって言うとツッコミ担当なんで叫ぶことが多くなりました。原作GG2でもシンと些細なことで殴り合いの喧嘩したりするので、誰よりも年食ってる筈なのに割と大人気無い、というのをコンセプトにしてます。だからこそヴィータと気が合います。なかなかハードなじゃれ合いを繰り広げてくれます。格ゲー版シリーズとGG2を見比べると滅茶苦茶喋るようになってますから、だったら叫んだっていいじゃない!!……いや、ぶっちゃけると、そうでもしないと全く喋らない無口で溜息しか吐かないオッサンになってしまい、非常に書きにくいキャラクターになってしまうので、正直動かしづらい……好きなんですけどね。なので、騒がしい皆と何年も一緒に居る内に段々口数が増えてきた、「朱に交われば赤くなる」ってことでご容赦ください。キャラの性格や言動に違和感があるのは、広い心でご了承ください。「こんなん○○じゃねー!!」と思いながらも楽しんでいただければ幸いです。話の展開に関しても同様にお願いします。では、また次回!!