「封炎剣は使わねーってマジなんだろうな」胡散臭いものを見るような眼で確認してくるヴィータに対して、ソルは鷹揚に頷いた。「ああ、使うのはコイツ、クロスミラージュだ」聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏い、一丁の拳銃を掲げるソル。ニヤリとヴィータは唇を吊り上げると、隣で腕を組んで瞼を閉じていたザフィーラに笑いかける。「勝てるぜザフィーラ。封炎剣が無くてヴォルカニックヴァイパーが使えねーソルなんて怖くねー」「お前はよくあれで叩き落されていたからな」「うっせー。そもそもおかしいんだよあの技。剣を地面にぶっ刺してから跳躍する、っつー手間掛かる過程があんのに、なんでモーションが異常に速いんだよ?」ザフィーラの指摘に嫌なことを思い出したのかヴィータは唇を尖らせる。「俺の剣は居合いだからな」「地面を鞘に見立ててるって言うけどな、お前絶対に居合いの定義間違ってるぞ」「……そろそろ始めるぜ」半眼になるヴィータの言葉を聞き流し、ソルは二人を促しそれぞれが位置につく。HEVEAN or HELL「アイゼン、コテンパンにのしてやろうぜ」<当然>紅いドレスのような騎士甲冑を翻し、ヴィータはアイゼンを一振りすると構えた。DUEL「……」無言のまま組んでいた腕を解き、ザフィーラも臨戦態勢に入る。Let`s Rock「状況開始!!」立会人のシグナムが掲げた手を振り下ろすと同時に、ヴィータがソルに向かって一直線に突撃をかました。疾風のような勢いで猛然と迫るヴィータがアイゼンを振りかぶり、ソルの斜め上空から全力で振り下ろす。「フハハハハハッ!! 上から失礼するぜソル!!」下品に笑われながら一瞬で間合いを詰められたにも関わらずソルは慌てず騒がず、愉快そうに唇を歪めると屈み込む。そして爆発的な跳躍。近接武器が無ぇのに対空迎撃して来やがった!! まさかあの銃でやんのか!? とヴィータの眼が驚きで大きく見開く。タイミングがズレてしまった所為でヴィータの先制攻撃は見事に空振り。振り下ろしたアイゼンの間合いの中、ヴィータの懐に潜り込んだソルの顔がもう既に眼の前にある。「シュトルム――」熱と衝撃が腹に突き刺さる。確認するまでもなく自身の腹部にソルの膝がめり込んでいるのが分かった。ヴィータの”く”の字に折れた身体が仰け反るのに合わせて、ソルは宙返りするように膝蹴りの足を伸ばし、炎を纏った踵で彼女の顎をかち上げる。つまりサマーソルトキックをお見舞いしたのだ。「ヴァイパーァァァッ!!」蹴り飛ばされたヴィータは火達磨になりながら綺麗な放物線を描いて、碌に受身も取れず開始位置にドシャッと着地。「ソル相手に迂闊に飛び込むな……」額に手を当て、頭痛を堪えるようにやれやれと溜息を吐くザフィーラであったが、あまりにも言うのが遅い。大の字になって倒れていたヴィータは弾かれたように勢い良く跳ね起き、口の中を切ったのか一筋の血を垂らしながら絶叫した。「詐欺だろこれーーーーーー!!!」背徳の炎と魔法少女 StrikerS Beat5 遠き地に霞む蜃気楼シグナムにお前の新デバイスの性能テストを行うから見学しに来い、そう言われて医務室から訓練場に連れてこられたティアナ。性能テストと言うのでどんなものかと思えば模擬戦で、しかも眼にした光景は飛び膝蹴り&サマーソルトキックだ。「……性能テスト?」疑問を口にするのも当たり前だ。自分がソルの立場だったら、速攻をかけてきたヴィータに対して射撃魔法で牽制するか素直に回避行動に移るかのどちらかである。間違っても飛び膝蹴りで迎撃なんてしない。隣では面白がってついてきたナカジマ姉妹が「おーっ」と感心の声を上げていた。シャーリーなんて何かがツボにはまったのか、蹲って必死に笑いを堪えている。「これ、アタシの新デバイスの性能テストなんですよね?」ジト眼のティアナがシグナムに問う。「そうらしいな」応じるシグナムのこめかみには汗が浮かんでいる。「あのデバイスを使えば今の飛び膝蹴りが出来るようになるんですか?」「いや……今のはソルの純粋な技だ。間違ってもデバイスによるものではない」「そうですか……だったら早くデバイスとしての性能を見せて欲しいんですが」ティアナはシグナムにではなく、離れた所でヴィータとザフィーラの二人と相対しているソルに向けて責めるような口調で呟いた。そんなティアナの態度が少し気になって、シグナムは彼女の横顔を暫しの間観察していたが、気に留めることでもないかと思い直して視線を戻す。「聞いてねーぞこんなの!! 何だよシュトルムヴァイパーって!? 十年も一緒に居て今まで一回も見せたこと無かったじゃねーか……つーか、これってデバイスの性能テストだろ? 炎使ってねーでデバイス使えーーーー!!!」アイゼンを振り回しながらギャーギャー文句を言うヴィータではあるが、先の攻撃が効いているのか膝がガクガクと笑っている。喧しくがなり立てているのは回復する時間を少しでも稼ぐ為だろう。意外に考えていることがせこい。後半部分は最もであるが。「剣の代わりに足が出たくらいで喚くな鬱陶しい」ソルは呆れたように溜息を吐きながら銃口をヴィータに向けて引き金を引く。ズドンッ、と腹の底まで響く銃声と共に赤い魔力弾が高速で発射され、空気を抉りながら一直線に飛ぶ。単純かつ初歩的なただの魔力弾とはいえ、馬鹿みたいに多大な魔力が込められている攻撃は、まともに食らえばどんなバリアをも貫き致命傷を与えることが出来る必殺の弾丸だ。それ程恐ろしい威力を持つ攻撃をヴィータは眉一つ動かさず冷静に、首を捻って難無く交わしてから飛行魔法を発動させ、その場に浮く。初撃が避けられたことに構わず、ソルはクロスミラージュを二丁拳銃――ツーハンズモードに切り替えると、ヴィータとザフィーラに向けてマシンガンのような勢いで連射した。耳を劈く銃声はさながら工事現場でコンクリートにドリルで穴を開けようとしているかのような騒音だ。破壊の嵐がマズルフラッシュと共に吐き出される。いきなりの攻撃に慌てて横に飛び退き、逃げ続ける二人。それを追う弾丸の雨霰。ひたすら連射、否、乱射しまくるソル。「ハリウッド映画じゃねーんだよ!! 弾切れ起こさねーからって無駄に撃ちまくりやがって!!」必死に回避行動を行い魔弾から逃げ回るヴィータが怒鳴る。一瞬でも動きを止めれば蜂の巣なのでその表情は真剣そのものだ。「銃なんてなぁ、撃って当たりゃあいいんだよ」暗に、だから精密射撃なんて面倒臭ぇから俺はしない、と言っているような発言をするソルにヴィータは更に噛み付くように叫ぶ。「何時も言うことが極論だなテメーは!! 謝れ、真面目に射撃魔法使って戦ってる魔導師全員に謝れ、今すぐに!!」逃げながらヴィータはアイゼンを持っていない左手に、指と指の間に鉄球を顕す。その数四つ。それを自身の進路上に放り投げ、横方向に身体を一回転させて打ち抜いた。「シュワルベフリーゲン!!」ハンマーに引っ叩かれた四つの鉄球は紅の魔弾となって弧を描き、それぞれが違う軌道でソルに襲い掛かる。高い誘導性能とバリア貫通能力を持っているヴィータの魔法にソルは眉を顰めると、撃ち落す為に狙いを二人から迫り来る魔弾に切り替えた。その一瞬を、ヴィータとザフィーラが見逃す訳が無い。自分が狙いから外れたことを悟った瞬間に転進、全速力を以って一気に離れた間合いを詰める。「ちっ」ソルがヴィータの魔法を全て撃ち落す頃には、既に二人は近接武器の距離まで近付くことに成功していた。「テートリヒ・シュラーク!!」「はああああああああああああっ!!」左手側からヴィータがアイゼンを、右手側からザフィーラが手の平に魔力を纏わせ爪の形を成して、ほぼ同時に振るう。「ダガーモード」<了解>ぼそっと囁かれた命令に応じて、クロスミラージュの銃口から魔力刃が発生。銃把をも魔力刃で覆うようにして展開するその外見は、まさに近接戦闘を想定して作られたダガーモードと呼ぶに相応しい。二丁拳銃から双剣――二刀流となったクロスミラージュで、ソルは左右からの攻撃を受け止めた。甲高い金属音が訓練場に響き渡る。「こんのっ……!!」「やはりそう甘くはない、か」ヴィータとザフィーラが歯噛みするのを待っていたように、ソルは力任せに二人を弾き飛ばす。間合いが再び離れるが、挟み撃ちの形はそのままだ。「やっぱ、こっちの方が戦い易いな。ちまちま攻撃すんのは性に合わん」双剣となったクロスミラージュを軽く掲げて肩を竦めて苦笑するソル。あれだけ銃を乱射しておきながら何がちまちまだ、とこの場に居る誰もが心の中で突っ込みを入れる中、彼は右手に持っているクロスミラージュだけを元の拳銃に戻した。片方は拳銃、もう片方には剣――遠距離と近距離に両対応する為だろう――を構えると、ソルは傲岸不遜に言い放つ。「オラ、掛かって来いよ。まだテストは終わってねぇぞ」挑発めいた口調。「言われなくとも!!」「ぶっ潰してやる!!」ザフィーラ、ヴィータがそれに応えるように雄叫びを上げ、ソルに向かって魔法を放った。相手との距離、状況に応じて拳銃と剣を切り替えて戦うソルの姿。その光景にナカジマ姉妹は素直に尊敬の眼差しを向け、シャーリーは「良いデータ取れてる取れてる~」と眼鏡を光らせ、シグナムは「私もソルとしたい……」と武者震いをしている。そんな中でも特に真剣な表情で模擬戦を見ているのはティアナだった。眼を皿のようにし瞬きも忘れ、一瞬たりとも見逃さないと言わんばかりに。ティアナのような精密射撃を信条とする射撃型の魔導師から見れば、ソルの戦い方ははっきり言って滅茶苦茶である。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるを実行している中、遠距離での戦い方など、魔力量に自信が無いティアナにはとても真似出来ないし、馬鹿みたいでしたくない。しかし、並みの魔導師であればそれだけで通用してしまうのでタチが悪い。更に中距離と近距離での戦い方はこれまで見てきた誰よりも参考になる。中距離は銃で射撃による牽制を行い、近距離は剣と体術を用いて迎撃する。距離の変化に応じて戦い方を切り替える様は鮮やかだ。接近戦を得意とするベルカの騎士二人を相手に立ち回る上手さ、合理的かつ効率的な身体の動かし方、有効な間合いの詰め方と離し方、背中に眼でもあるのではないかと思わせる死角の無さと対応力。持って生まれた抜群の戦闘センス、数え切れない程豊富な経験が成せる業の数々。一対二という不利な状況で互角以上に渡り合い、開始直後以降は一切炎を使っていない。普段使い慣れないデバイスを使用しているというおまけ付き。ただ単純に魔力量が多いだけではないソルの底知れない引き出しの多さに、ティアナは改めて畏怖にも似た嫉妬を覚える。彼の持つ全てが今の自分には一つも無く、将来執務官という役職を希望するティアナにとっては喉から手が出る程欲しくなるものだった。「ソルさんって何でも出来るんですね。私なんて適性無いに等しいから遠距離攻撃全然出来ませんよ」暢気に呟くスバルにシグナムが応じる。「アイツは基本的に何でも出来るからな」何でも出来る、その言葉は今のティアナにとって羨望以外の何物でもない。「じゃあなんで普段は接近戦しかしないんですか?」ギンガが問う。「遠距離攻撃は殴ったり蹴ったりした時のような手応えが無いからダメージを与えた実感が沸かないと言っていたな。あとは接近戦の方が早く片が着く、とのことだ。一撃必殺を信条としているから最も高い攻撃力を誇る接近戦が一番効率が良い、というのがソルの考え方だ」「それ、凄く格好良いですね!!」何故かスバルがはしゃぐ。「ただ単に面倒臭がっているだけだがな、アイツは」見ているだけで血沸き肉踊っているのか、眼をギラつかせ危険な光を放つシグナム。「でもソルさんって魔法戦だけじゃないんだよ。本当にあの人って何でも出来るの。事務仕事なんて誰よりも早く終わらせちゃうし、ロストロギア関連の考古学にも凄く詳しいし、資格は持ってないけどデバイスマイスターとしては最上級の腕前だし」デバイス制作中によく手伝ってくれたんだ、と笑うシャーリー。「シグナムさん達のデバイスの面倒見てるのもソルさんだしね」完璧超人みたいな人物像を聞かされてティアナは内心で呆れ返る。ソル=バッドガイはどれだけマルチな人間なのだろうか、ついでに自分の新しいデバイスの制作にも一枚噛んでいるらしい、と。「あのチンピラのような外見や性格から大半の者が勘違いしているが、本来ソルは科学者、研究職の人間だ。初めから賞金稼ぎだった訳では無い」……え?シグナムの何気無い言葉に四人は固まる。「私は門外漢なので詳しくは知らんが、確か物理学の分野で学位を持っていたと言っていた」「……が、学位、ですか? 優秀なデバイスマイスターかつ考古学者っていうのは知ってましたけど、物理学の科学者さんだったなんて初めて聞きましたよ」「あくまでソルの故郷の学問で、と前に付くがな」信じられないといった表情のギンガの質問に、シグナムは特に気にした風もなく答えた。(嘘は言ってない、嘘は)心の中でチロッと舌を出しながらであったが。「牙獣走破!!」「ライオットスタンプ!!」ザフィーラとソルが真正面から、お互いが同時に飛び蹴りを放ち、踵と踵が激しく衝突する――「何っ!?」ように見えただけで、二人が接触する瞬間にソルの身体が掻き消えたことにザフィーラは驚愕の声を上げた。高位幻術魔法、フェイク・シルエット。今しがた蹴りを放ったソルの姿はただの幻影だ。この事実にギャラリーも含めて誰もが驚く。だが、一番泡を食っているのは戦っているヴィータとザフィーラだ。「いつの間にシルエットが!? ……オプティックハイドとフェイク・シルエットの併用。二つの幻術魔法を同時行使で消えやがったな!! 何処に居やがる!?」戦慄しているヴィータが苛立たしげに吐き出した台詞に、ティアナは思わず息を呑む。自身にオプティックハイドを使い姿を消し、それに合わせてフェイク・シルエットを用いて自身の幻影を作り出し敵に戦っていると錯覚させる。ソルが行ったことを簡単に説明するとこんな感じになるが、幻術魔法を駆使して戦うティアナにはこれがどれ程ハイレベルなことがよく分かった。目まぐるしく動くことを余儀無くされる接近戦で、相手に悟られること無くこんな芸当をしろと言われても彼女には出来ない。何しろ相手は手を伸ばせば届く距離で武器を振るって襲い掛かってくる。その最中に、絶妙なタイミングで自身の姿を消し幻影と入れ代わる、しかも相手にバレないようになんて超高等技術だ。自分だったら眼の前に居る相手の対応で手一杯だろう。ただでさえティアナは接近戦が不得意な魔導師だ。相手から遠く離れた場所でなら絶対に出来ると言い切れるが、至近距離で、殴り合いの最中には流石に無理である。相手とある程度距離を離した状態で、似たようなことなら可能なのに。「ガハッ!!」突然ザフィーラが後ろから何かに突き飛ばされたように身体を泳がせた刹那、紅蓮の閃光が胸を貫いた。うつ伏せに倒れたザフィーラの背後の空間がボヤけると、やがて拳銃を構えて立っているソルが姿を現す。「匂いでバレる前にザフィーラを潰せるか少し不安だったが、間に合って良かったぜ」やれやれと溜息を吐きながらソルはヴィータに銃口を向けた。いくらザフィーラが臭覚の鋭い狼とはいえ、ほんの数秒間だけオリジナルと幻影が入れ代わったことを見破るのは困難を極める。この戦術はどうやらザフィーラにバレるかバレないかの賭けに近いものだったらしい。「ソル、テメー……いつの間にシルエット使って入れ代わってた?」「テメェで考えろ」「ちっ」吐き捨てるように舌打ちするヴィータを冷たく見据え、引き金に力を込める。「性能テストはこいつで終いだ」ソルが勝ち誇った刹那――「肉は切らせてやった……故に、骨はもらうぞ」誰も予想していなかったことが起きた。うつ伏せに倒れていた筈のザフィーラが、正確には彼の踵が、いきなりクロスミラージュを持つソルの左手を跳ね上げたのだ。既にザフィーラは倒したものだと思い過ごしをしていたソルは、この不意打ちに反応出来ず、クロスミラージュを手放してしまう。青い空に向かって、高く、真っ直ぐ昇っていく拳銃一丁。「ザフィーラ、ナイス!!」いち早く反応を示したのはヴィータだ。クルクル回転しながら上を目指すクロスミラージュ目掛けて跳躍し、そのまま加速して手を伸ばす。「ちっ!」応じるようにソルも跳躍しヴィータを追う。ソルとヴィータはバスケットボールで言うリバウンドのようにクロスミラージュを取り合うが、これは模擬戦。一応ルールなんてものがあることにはあるが、スポーツのように穏やかなものである訳が無いし、実戦形式は基本的に何でもありなので、実際あって無いようなもんである。当然の如く空中で上昇しながら殴り合いに移行することに。「来んなよっ!!」「邪魔だどけ」鉄槌が振り下ろされ、繰り出されたアッパーと激突した。きっかり二秒間拮抗すると、ソルが自慢の力押しでアイゼンを弾きヴィータの体勢を崩す。そのまま手を伸ばし、ヴィータの襟首を掴んで引き寄せようとするが――「舐めんな、読めてんだよ」アイゼンを持っていない左手で襟首まで伸びてきた手を裏拳するように振り払ってから、右手のアイゼンをもう一度振り下ろす。「さっきのお返しだオラァァァァァァッ!!」乾坤一擲ならぬ乾坤一撃。腕を折り畳んで鉄槌の一撃をなんとか防ぐソルであったが、地面に向かって勢い良く吹っ飛ばされる。空中で上手く体勢を整えて地面に難無く着地するも、既にクロスミラージュはヴィータが手にしていた。ニンマリ笑ってスカートのポケットにクロスミラージュを仕舞っている。「クソが……!!」ソルが顔を上げヴィータを睨んだそこへ、ザフィーラが迫る。「旋剛牙!!」タックルを食らい仰け反ったところへアッパーが入り、棒立ちになった瞬間回し蹴りをまともにもらって錐揉み回転しながらまたもや吹っ飛び、ビルの壁をぶち抜いて漸く止まった。そしてこの瞬間、昼休みを告げる鐘が訓練場に鳴り響き、性能テストを兼ねた模擬戦は終わりを告げたのである。食堂に集合すると、そのままの流れで昼食となった。仏頂面のソルが定食メニューを突きながら、ザフィーラに話を振る。「まさかあの場面で不意打ちされるなんて思ってなかったぜ」構えていたクロスミラージュを蹴り飛ばされたことを言っているのだ。「普段のお前が相手なら無理だが、今日は使い慣れないデバイスでの模擬戦だったからな」突け入る隙は十分にあった、とザフィーラが応える。ザフィーラ曰く、「普段の封炎剣を持ったソルの一撃であれば確実にダウンを奪えた筈なのだが、生憎と先程は何時もとは使っていたデバイスが異なったので、そのおかげでダウンしたように見せ掛けることが出来た」とのこと。「単純な攻撃力の差だ。同じ背後からの一撃とは言え、タイランレイブとただの射撃魔法ではダメージの総量に圧倒的な開きが出る。鋭い一撃ではあったが、意識を刈り取られる程ではなかった」「まあ、俺がやったことと言えば後ろから蹴り入れて背中に一発撃ち込んだだけだしな。随分派手に倒れた割りに、見た目程効いてなかった訳か」なるほどなるほど、と納得しているソルの隣で、ヴィータが欲求不満の声を上げた。「納得いかねー。なんであそこで模擬戦終了なんだよ?」「切り良く十二時になったからだ、腹減ったんだよ。それにデータ収集と起動テストの点で見ればあれで十分だし、性能テストっつー名目で模擬戦した以上、クロスミラージュを手放した時点で俺の負けだ」非常に面倒臭そうに答えるソルは、胡乱げな眼でヴィータを見据えると、あからさまに溜息を吐く。「つーか、お前は俺を殴りたいだけだろ」「そんなんじゃねー。あんなんじゃ勝った気がしねーだけだ」「箸をこっちに向けるな、行儀悪ぃ」唇を尖らせるヴィータに文句を言って食事を再開すると、ソルの真正面に座っている女性が眼をキラキラと輝かせているではないか。とりあえず釘を刺しておく。「俺との模擬戦は一日一回。今朝やっただろうが」言うと、あからさまにシグナムは落ち込んでしまった。まるで飼い主に捨てられた子犬のように。少し可哀想な気もするが、構ってやるとそればっかりになってしまうのでダメだ。三度の飯より俺との模擬戦が好きなシグナムには困ったもんだ、とソルは苦笑した。やらなければいけない仕事はお互いにまだ残っているし、勤務時間中はなるべく公私混同しないようにしている。「しゃあねぇな、明日だ明日。明日は午後からなら特に何も無ぇし、あったとしてもグルフィスに押し付けるつもりだったから好きなだけ付き合ってやる。機嫌直せ」「……っ! 約束だぞ」しかし、なんだかんだ言って身内には甘いソルだった。パッと輝く笑みを浮かべるシグナムを見て、やれやれと思いつつ箸を進める。「お? ってことはよ、明日は久しぶりに一家全員総当りで模擬戦大会か?」ヴィータが凶暴な笑みを張り付かせニシシッ、と笑うのに対してシグナムがいきり立つ。「ふざけるな、明日のソルは一日中私のものだ!! 他の皆の相手などしている時間は無い」「そこまで言ってねぇ、午後だけだぞ。つーか声でけぇ」その言い方はやめろ、というニュアンスが込められた指摘なんて誰も聞いていない。「いっつもシグナムばっかでズリーぞ。アタシにもソルのこと殴らせろ」「……テメェやっぱり俺のこと殴りてぇだけじゃねぇか」「バレちゃあしょうがねー……イデデデデ!! やめろー頭蓋が割れるー!!」ソルは懲らしめる意味を込めてヴィータにアイアンクローを決めてやった。ミシミシミシミシ、嫌な音が食堂に響く。「やめろー死にたくなーい、やめろー死にたくなーい、この女ったらしー!!」苦痛に歪むヴィータの顔を見て少し溜飲が下がったので放してやろうと思ったら、ヴィータが此処ぞというタイミングで余計なことを口走ってくれる。「テメェは何時も一言余計なんだよ。この、阿呆が!!」「ぎゃああああああああああああああああ!!」下がった溜飲が戻ってきたので、そのまま火達磨にしてやった。「聞くのを忘れていたんだが」ザフィーラが何事も無かったかのように味噌汁を啜りながら切り出す。「ああン?」「クロスミラージュは、神器の機能を持っているのか?」「あ、それアタシも気になってたんだ。そこんとこどーなんだ?」先程まで床で文字通り燻っていたヴィータが唐突に復活。立ち上がって聞いてくるが、ソルは顔を顰めてあっちに行けと言わんばかりに、しっしっと手を振る。「お前焦げ臭いから喋んな」「テメーが焦げ臭くしたんだろうが!! 見やがれ、全身余すとこ無く真っ黒で、吐く息まで真っ黒だぞ。真っ黒クロノ助ハラオウンだぞ!?」「意味分かんねぇ、誰だよ……喋んなっつってんだよ」「っ! 面白いこと思い付いた。食らえ、暗黒ブレス!!」「……うぜぇ」真っ黒くて焦げ臭い息を吹きつけてくるヴィータ。何故か凄く楽しそうにしているのが若干ムカついたので、ソルとシグナムとザフィーラは三人揃ってお盆を手にし、引っ叩いて黙らせる。バコッ、バコッ、ドゴッ、と小気味良い音が食堂に響く。最後の一撃はザフィーラがお盆を水平ではなく垂直に持って振り下ろしたものだったので、先に二つと比べると音が鈍い。流石にそれは痛かったのかヴィータは涙眼になりつつ床の上をのた打ち回っていた。「で、何の話してたんだ? ザフィーラ」「神器の機能だ」「ああ、そうだったな」ソルが持つ『神器・封炎剣』は火属性の法力を増幅するという機能を持っている。この”法力を増幅するという機能”を模写する形で魔法技術に応用し、機能を普遍化させ汎用性を持たせて”魔法を増幅する機能”をデバイスに組み込むことを、ソル達の間では”神器の機能”と呼んでいた。現時点でこの技術を使われているデバイスは全部で十二個。ソルのクイーン。なのはのレイジングハート、フェイトのバルディッシュ、はやてのシュベルトクロイツ、ヴィータのグラーフアイゼン、シグナムのレヴァンティン、シャマルのクラールヴィント、エリオのストラーダ、ツヴァイの蒼天の書、キャロのケリュケイオン、そしてクイントのファイアーホイールとエンガルファー。「あれに神器の機能は、無い」疑問に対してソルはかぶりを振るので、ザフィーラとヴィータとシグナムの三人は若干驚く。「何故だ? 過保護なお前がデバイスに神器の機能を搭載しないとは、意外だ」「俺は制作者のシャーリーにアドバイスをしただけだ。それに、あいつらが管理局員である以上、俺以外の人間がデバイスの面倒を見ることになる。法力と魔法、二つの技術で作られた半デバイス半神器のメンテなんて他に誰が出来るんだ?」シグナムの問いにソルは素っ気無く答えた。つまり、いずれ自分の傍を離れて行ってしまう人間に、自分にしかメンテナンスが出来ない代物を送っても意味が無い、と言っているのだ。クイントに送ったファイアーホイールとエンガルファーは例外中の例外である。それでも半年に一回はソルがクイントから回収してオーバーホールを行っている。「お前らは当たり前のように使ってるから忘れてるだろうが、神器の機能は本来所有者が高い実力を持ってることが前提条件だ。そうじゃねぇと効果を発揮しねぇ機能なんだよ。残念だが、今のティアナとスバルじゃまだ無理だな。ギンガはもう少しといったところか」だからこそエリオ達のデバイスには出力と制御、二つのリミッターが付いているのだ。まだ子ども達の実力では使いこなすことが出来ないから。「ついでに言えば法力技術を管理局に知られたくねぇ。デバイスから法力の存在を知り得るなんて万に一つも無ぇと思うが、一応な」周りに聞こえないように静かな声でそう告げると、三人はそれもそうか、と納得した。一枚のカード状の金属プレート――机の上に置かれた待機状態のクロスミラージュ――を眺めつつ、ティアナはなんとも言い表せない気分で疲れたように溜息を吐く。「アタシの……新デバイス」最新式のインテリジェントデバイス。一流の技術者が制作した一流の作品。素晴らしいと言わざるを得ない性能を持つ優秀なデバイスだ。まさかそれ程の物が自分のものになるなんて思ってもみなかった。昼食を終えてシャーリーから説明を受けつつ自身でテストや微調整を行って実感したのは、クロスミラージュが自分の為に制作された完全なるオーダーメイド品であることと、使い古したアンカーガンよりも遥かに手に馴染むこと。使い易い。手に吸い付くようにしっくりくる。まるでこのデバイスをこれまで使い続けていたような錯覚さえ覚えた。加えて、AIによるサポートは完璧で色々と便利だ。評価としては全く申し分無い。しかし、今の自分の実力ではクロスミラージュが持つ能力を最大限に発揮出来ないことが、歯痒かった。(凡人のアタシが、これを使いこなせるの?)分不相応。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。声と共に胸のわだかまりを吐き出すように、ティアナは呟いた。「どうして私は、此処に居るんだろう?」今の自分の周りに居る人間達は、はっきり言って異常の集団だ。一騎当千と謳われる歴戦の猛者である”背徳の炎”とその仲間達。各次元世界から集まってきた高ランクの賞金稼ぎ達。”Dust Strikers”の運営を担っている他のスタッフも優秀な人材で、未来のエリート達ばかり。前線に出ることは許されていないが、”背徳の炎”の秘蔵っ子と呼ばれる子ども達三人だって、まだ初等部の学生という身分でありながら高い実力を保有している。隣を見れば、危なっかしくても潜在能力と可能性の塊なスバルが居て……その横には魔導師として、フロントアタッカーとしてスバルよりも完成度が高いギンガが居た。二人共優しい家族のバックアップがあり、更に言えば”背徳の炎”と個人的に仲が良い。此処に居る人間は最低でも自分と同じレベル。自分よりもレベルが上、というのが当たり前でそんな連中がゴロゴロ居た。「どうして私は……此処に居るんだろう……」先程よりも重たい口調でもう一度同じ言葉を繰り返す。ティアナが此処に居る理由は、兄のティーダとソル=バッドガイとの約束によるものだという。何故? と以前兄に問い詰めると、「ソルさんの下なら俺も安心だから」という訳の分からないものが返ってきた。それ以上兄は語ろうとしない。曖昧な笑みを浮かべてはぐらかすだけだ。そんな答えで納得した訳では無い。文句を言おうにもその時点で全ての手続きが終わっていて、どう足掻いても此処に来るしかない状況に立たされていた。兄の真意が分からぬまま、此処へ来て、嫌という程自分のレベルの低さを思い知らされて……唇を噛み締めると、ティアナはクロスミラージュを手に取り強く握り締める。「……いいわよ。やったろうじゃない」兄の無念を晴らす為、執務官になるんだと自分自身に誓った。悔しいが、今の実力では折角与えられたデバイスを使いこなすことは出来ない。が、出来ないのならば出来るようになればいいだけの話である。(証明するんだ)深く、強く、改めて心に誓う。(特別な才能や凄い魔力が無くたって、一流の人達が集まった此処でだって)嫉妬もある、羨望もある。だが、子どものように無い物ねだりをしても始まらない。(どんな危険な戦いだって)凡人である自分には努力を積み重ねることしか出来ない。それでも――(アタシは、ランスターの弾丸は、ちゃんと敵を撃ち抜けるんだって)ティアナの心に潜む闇は、未だに誰にも知られていない。後書き何気にSTS編初登場だったりするヴィータとザフィーラ。ソルとヴィータの絡みは日常風景だとこんな感じです。罵り合いながら仲良くじゃれ合う的な。痛い目を見るのが分かってて懲りずにちょっかい出してくる娘、割と本気で大人気無い反撃に出るお父さん、をコンセプトに。んで、書いてて思ったんですけど、ソル達とティアナの温度差が激し過ぎる……しかもなんかSTS編はティアナが裏の主人公っぽい立ち位置に。どうしてこうなった?いや、まあ、最初の方はティアナが主軸になってくるんですけどね、この作品。今一番スポットが当たっているのがティアナってだけで、他にもスポット当てたいキャラが多数居ます。そしてヴォルケンズが出てくると、急に影が薄くなってくるなのは達三人娘。うーん、バランスって難しい。ではまた次回!!