身体が重い、息が苦しい。全身の筋肉という筋肉が酷使し続けたことにより悲鳴を上げ、細胞という細胞が酸素を求め呼吸を荒くさせる。心臓はエンジンのように動き自身の鼓動がやけにうるさく感じるが、それを不快に思う余裕など無い。激しい疲労の所為で意識が朦朧とするが、此処で気を失ってしまう訳にはいかない。流れ出る汗を拭うこともせず、ただひたすら走り続けた。否、実際は強制的に走り続けることを余儀無くされ、心情的には逃げていたと言った方が正しい。背後から迫り、襲い掛かる地獄から。「ガンフレイムッ!!」声を聞いて振り返り、後悔する。紅蓮に燃え盛る地獄が放たれるのを見てしまったのだ。その火炎は無情にして非情。必死に逃げ回る自分達を追い立て、嘲笑するように空間を蹂躙し、大気を舐る。慌てて四肢を早く動かすが、疲労困憊の身体は意思に反して上手く動いてくれない。背中が暑い、違う、熱い。もうすぐ後ろまで追いついてきている!!咄嗟に背後振り返った。振り返ってしまった。その数コンマ何秒が致命的であると自覚していながら振り返ざるを得なかった。視界が炎で埋め尽くされているのを確認した瞬間、無慈悲な炎に呑み込まれて、意識を――「いやああああああ!!」悲鳴と共にティアナは飛び起きた。「ハァ、ハァ、ハァ……夢?」ついさっきまで体感していたことが夢だと気付いて安堵の溜息を吐き、今の自分の状況をチェックしてみる。汗だくの寝巻き姿の自分。場所はベッドの上。汗まみれで気持ち悪い掛け布団、ボサボサの髪、荒い呼吸と早鐘のように脈打つ鼓動、渇きを訴える喉。「し、死んだかと思った……」とりあえずまだ生きていることに安心してから先刻の悪夢が此処一週間近く続いているのを思い出して一気に鬱になる。”背徳の炎”が執り行う研修は、文字通りの地獄であった。まず始めに基礎体力をつける為、という名目で行われるランニング。手足に重りをつけ、更に魔力負荷を掛けておいてからである。それだけならまだ常識の範囲内であるが、此処から先が非常識なのだ。簡単に説明すると、ランニング中に後ろから火炎放射される。火炎放射しながら追いかけてくるのだ。あの鬼は。何せ火炎放射である、説明も無しにいきなり火炎放射。何故ランニングをしていると火炎放射されるのか、疑問に思う前に常識を疑う。『消し炭になりたくなかったら必死こいて走れ』鬼教官その一は相変わらずの仏頂面でぶっきらぼうにそう言い、呵責の無い火炎放射を続けた。一応、非殺傷設定ではあるらしいが、食らえば確実に火達磨になる代物だ。『もっと早く走らないと焼くぞ』未だにティアナはギリギリで焼かれていないが、これまで何度か他の研修生が餌食になったのを見た。その度に『ちっ、シャマルの仕事増やしてんじゃねぇよ』と倒れ伏した研修生を足蹴にする姿に、この人の血の色は何色だ? と真剣に悩んだ。他の鬼教官共は「炎のランナー」とか言いながらゲラゲラ笑ってるだけだし……あの人達は絶対に血も涙も無い。次は格上を相手にした時を想定した模擬戦。模擬戦と言うよりも私刑と呼んだ方がいい。何度も死ぬかと思ったし、『これが実戦ならお前は○回死んでいる』的なことを鬼教官`Sから何度も言われた。全く勝負にならない。そもそもBランクになったばかりのティアナとスバルが、オーバーSランクの連中と戦えというのが無茶である。しかし、鬼教官その二はティアナの喉笛に剣の切っ先を突き付けたまま、真剣な眼差しでこう言った。『私達相手に勝てとまでは言わん。現在行っている模擬戦は、死と隣り合わせの戦いというものがどういうものか肌で感じて欲しいだけだ。恐怖を覚えることは恥ではない』操る炎とは対照的な冷たい殺気を滲ませ、鬼教官その二は更に続ける。『とにかく今は生き汚く抗う術を覚えろ。重要なことは勝つことではない、決して負けないことだ……それが出来ない奴から死んでいく。お前は生き残れるか?』一週間立て続けにこんな感じの訓練ばかりである。魔力ダメージのノックダウンなんぞ生温い。火達磨にされたり、砲撃で撃ち抜かれたり、雷を落とされたり、氷付けにされたり。拳や剣の腹、ハンマーや杖でぶん殴られて意識飛ぶのは当然で、関節外されたり投げ飛ばされたり、蹴られたり、挙句の果てにはバインドで雁字搦めにされてから爆発である。軽い嫌がらせではないのかと思ってしまい、それを否定出来ない要素があるので質が悪い。技術的なことや個人スキルに移行するのは、もっと体力と根性がついてからという話を聞いたが、その前に身体が持つのどうか不安だ。「ぎえええええええっ!!」突然頭上からカエルが轢き殺されたような絶叫が上がった。スバルが起きたようである。悲鳴から始まり悲鳴で終わる一日が、今日も幕を上げる。背徳の炎と魔法少女StrikerS Beat4 訓練漬けの日々の中で今日から少しずつ技術的なことを教えてもらえる、ということで始まった早朝訓練で、今まさにスバルが宙を舞い、背中から地面に叩き付けられた。「いたたたたぁ~」よろよろと起き上がるスバルに、緑色のトレーニングウェアを着込んだシャマルが心配そうな表情で近寄って声を掛ける。「大丈夫? ちゃんと受身取らないとダメよ」「だ、大丈夫です」「そう。じゃあ次はもっと力込めて投げるわね」「え゛……」そんな馬鹿な、と固まるスバルから数歩離れ、シャマルは半身になり左手を前に突き出して構えた。「来なさい」「は、はい!!」有無を言わせぬ口調と放たれる威圧感に負け、スバルはシャマルに向かって突撃し拳を振るう。「であああああああっ!!」が、繰り出した拳はシャマルが半歩退いたことによってあっさり避けられ空を切り、手首と肘の間を取られると同時に足を払われる。闘牛士よりも華麗かつ巧みな動きでスバルの突撃を横に回って難無くいなし、ついでとばかりに彼女の後頭部に手を添えて投げた。「ぶえっ!?」突撃したそのままの勢いで顔面から地面にゴシャァッ、とキスをする破目に。「もう、さっきから同じことの繰り返しよスバル。攻めるのはいいけど、カウンターで投げられないようにしなさいって何度も言ってるでしょ」「……うううぅ、シャマル先生がこんなに近接格闘強かったなんて聞いてないよ……何やっても受け流されて投げられる……こういうのをきっと柳を相手にするって言うんだ……柳って植物見たことないけど」スバルがシャマルに挑み続けてこれで通算二十回目。殴り掛かっては投げ飛ばされ、蹴りを入れようとしては投げ飛ばされを何度もしている。地味な割りに精神的に辛いよこの訓練、こんなんだったらソルさんと真正面から殴り合った方がまだ戦い易い、と心の中で嘆く。最早スバルは半泣きである。それもそうだろう。仮にもフロントアタッカーというポジションでガチンコ勝負を得意とするスバルが、フルバックのシャマルに手も足も出ない。しかもシャマルは自分から一切仕掛けず、待ちの姿勢。ほとんどその場から動かず突撃をかますスバルをあしらっているだけなのだから。今日の訓練は単純明快、制限時間内にシャマルを一対一で倒すこと。しかし、シャマルからは基本的に攻撃しない、という研修生からしてみれば「流石に舐めんな!!」と文句を言いたくなる条件が付いている。シャマルと一緒に仕事をしたことのあるギンガを除いて、スバルとティアナは何時もの私刑めいた模擬戦よりも遥かに楽だラッキー、というか流石にアタシ達のこと馬鹿にしてない? と思っていたのだが蓋を開けてみればこの様だ。先のスバルの通り、近接格闘で力押ししようとしても投げられるのがオチ。離れた場所から遠距離攻撃しても普通に防がれる、または避けられる。スバルの前に挑戦したティアナがあらん限りの魔力を注いで撃ち込んだが、魔力弾の半分はヒラリヒラリと交わされて、残り半分は風の護盾に阻まれる。業を煮やして接近戦を挑めば待ってましたと言わんばかりに投げられる。(……これって、かなり悪質な訓練だ)ギンガは内心で呟く。彼女は知っているのだ、この訓練の難易度の高さを。一見すれば、自分からは攻撃してこないシャマルに一発入れろ、という簡単なものに見てしまいがちだが、それはとんでもない思い違いだ。バックスというポジションを勤めるシャマルは、仲間の回復や補助、時に指揮を行う彼女は誰よりも倒れてはいけない、そういう存在だ。何があっても、絶対に。だから彼女は防御や回避、敵の攻撃をいなす技術が抜群に上手い。否、ソル達との訓練――十年という時を経て血の滲むような努力の果てに上手くなったのだ。後衛は前衛を支える存在であり、戦況を有利に運ぶ為の鍵となる。前衛に心配をさせてしまうなど許されない、足手纏いになるなど以ての外。常に前衛が背中を安心して預けていられる存在でなければ意味が無い。ウインクを一つして、シャマルは問い掛ける。「後方支援が殴り合い専門のスキルを修得しても無意味、適性の低いスキルを鍛えたところで効率が悪い。そう論じる人は多いだろうし間違ってはいないけど、実戦で”もし”狙われたらどうするの?」この問いに、スバルとティアナは我に返ったようにシャマルに注目した。「バックスが狙われた時点で前衛の落ち度、チームとしての負けを意味するけど、バックスを先に潰した方が後々楽。先に回復役や司令塔を叩くのは定石中の定石じゃない?」「確かに……」己のポジションを鑑みて、ティアナが頷く。「私が貴方達の攻撃を捌けるのはこういう理由があるの。まあ、普通なら私みたいなのってかなり少ないと思うから、今日の訓練を通してこんなのも世の中には居る、くらいには思っておいて」自分の仕事をこなすと共に、他の仲間の負担には決してならないようにする。攻撃力が皆無でも構わない、もしも敵の前衛を眼の前にした時に最低限凌げれば良い。言葉にすれば当たり前のことのように感じるが、実際は難しい。それが出来るからこそ、シャマルはソルから絶大な信頼を勝ち取っている。「偉そうなこと言ってるけど私だって最初からこんなに上手くなかった。むしろ下手でね。毎回毎回模擬戦で負け越してたのが悔しくて一生懸命練習したの」チロッと舌を出してシャマルは悪戯っぽく微笑む。「初めてあの人を投げ飛ばした時は嬉しかったわ。努力が実ったていうのもあったけど、今まで散々、殴られたり蹴られたり剣の柄で小突かれたり火達磨にされたりで酷い目に遭わされてたから、技が決まった時はこれ以上無いくらいに爽快でね!!」ギンガ、スバル、ティアナは大いに納得した。あの悪鬼が繰り出す攻撃を必死になって対処する内に、あらゆる近接攻撃をいなせるようになったシャマルが出来上がったのだ、と。「元々合気道とか柔術って、力が強い人や武器を持った相手に対抗する為に編み出された武術だから、皆みたいに攻撃力が高くない私には相性バッチリだったみたいで」真正面から受け止めず相手の力を利用してカウンターをお見舞いする、これなら攻撃力が低くても大丈夫だと続けた。「それにしてもこれって凄い高等技術ですよ。私とティアなんか指一本も触らせてもらってませんし」立ち上がって感心するスバルに対して、シャマルはチッチッ、と指を揺る。「褒める前に勘違いしないで欲しいのは、私は”強い”んじゃなくて”上手い”だけで、更に言えば決定打に欠けること。相手を倒し切るには至らないから、万能ではないのよ。最終的にはバインドとかに頼ることになるし」そしてシャマルはギンガに向き直り、構えた。「さて、そろそろスバルは交代、次はギンガの番ね。好きに攻めて来なさい。一発でも叩き込めたら、あの人にはナカジマ家の女性を『脳筋』だなんて呼ばせないようにするから」「私はソルさんと殴り合って喜ぶお母さんや、常時頭お花畑のスバルと違って脳筋なんかじゃありません。常に考えて行動してます」「酷いよギン姉っ!!」スバルの文句を聞き流し、ギンガは拳を握り締めてシャマルと相対する。「行きます!!」ローラーブーツが唸りを上げ、左手に装着したリボルバーナックルの歯車状のパーツ――ナックルスピナーを高速回転させ、ギンガはシャマルに突撃した。眼の前の人物に向かって全力で突きを放つ。「ビークドライバーッ!!」雷を纏いし槍の一撃はさながら閃光。目視も不可能な程の高速なそれは、まさに必殺である。しかし、それは闇色をした三角形の魔法陣によっていとも容易く防がれた。「確かに速いが……軽い。この程度では先が思いやられるな」やれやれと首を横に振り、アインは不敵な笑みで実にわざとらしくエリオを挑発。「クッ!!」「悔しがっている場合か? 囲まれているぞ」「っ!?」歯噛みしたエリオの周囲には紅に輝くクナイのような刃物が大量に、しかも放射線状に配置されていて今にも全身を貫こうとしていた。「ブラッディダガー」ストラーダの穂先をすぐさま退き持ち前の速度を活かしてその場から緊急離脱を敢行したのと、包囲していた血のように紅い刃達がエリオに殺到したのはほぼ同時。轟音を伴って爆発が発生し、粉塵が舞い上がり視界が悪くなる。粉塵から抜け出すように離脱したエリオだが、回避に安堵する間も無くアインが追いかけてきて拳を振るう。なんとか柄で受けるものの、体勢の悪さと拳の重さに負け、後方へと大きく吹き飛ばされた。尚もアインの追撃は続く。闇色の魔力を纏いし拳がエリオに襲い掛かる。「ちぃっ!!」防戦一方になるエリオの苛立つような舌打ち。一発一発の攻撃が鋭く重い。流れるような動きが反撃を許さない。無数の拳を捌きながらも徐々に追い詰められていく。もう持たない!! 心の中でこれ以上はマズイと思ったその時――「アルケミックチェーン!!」攻めていたアインの死角から突如現れた鋼鉄の縛鎖がその四肢を拘束しようと飛来。完璧なタイミングのフォロー。キャロの攻撃に心の中で感謝し、態勢を整える為にエリオは素早く退がる。だが、当のアインは鼻で笑うと死角からの攻撃にも関わらず防いでみせた。腰から伸びた黒い尻尾が鞭のように振るわれ、鋼鉄の縛鎖を弾き飛ばしたのだ。「その防御の仕方は百も承知ですぅ!! こいつでクタバリやがれ母様!!!」上空からツヴァイが手を振り下ろすのに合わせて、乗用車サイズの氷塊が雨霰のように降り注ぐ。耳を覆いたくなるような氷の破砕音が連続的に鼓膜を叩く。あっという間にアインが居た空間は歪で巨大な氷のオブジェが出来上がった。やがて氷塊の雨が止み、辺りに静寂が訪れる。「やったかな?」ひんやりとした冷気が周囲の気温を一気に下げる中、エリオがポツリと疑問を口にした。その瞬間、闇色の閃光と爆発が氷のオブジェを中心として巻き起こり、砕け散った氷が朝日を受けてダイヤモンドダストのように煌きながら宙を舞う。全くの無傷で姿を現すアイン。恐らくフォルトレスディフェンスで氷塊の雨を防御してから多大な量の魔力放出で氷を吹き飛ばしただけなのだろう。ツヴァイの攻撃が意味を成さなかったことを三人が理解するその前に、彼女は手の平を上空に居るツヴァイへと向けた。そしていきなり放たれたのは闇色の砲撃魔法。避けれないと察して咄嗟に防御魔法を展開するも、バリアごと撃ち抜かれ、闇に沈む。気絶したのか力無く落ちてくるツヴァイを受け止めようと駆け出すキャロであったが、「封縛」静かな声が紡がれ、その四肢をリング状のバインドで拘束されてしまった。傍に居たフリードも同様に。「クソッ」口汚く罵ってから突撃しようとしていたのを中断し、エリオはツヴァイの落下地点までダッシュする。ヘッドスライディングのように飛び込んでツヴァイの身体を受けて止めることになんとか成功。顔を上げてアインの姿を確認すると、彼女は既にこちらに手の平を向け、魔力を集中させていた。腕の中のツヴァイは眼を回しているし、キャロもフリードも拘束から逃れられない。万事休す?否、断じて否。ツヴァイはノックダウン、キャロは捕まった。でも、まだ自分が残っている、と。エリオは歯を食いしばって覚悟を決めると、ツヴァイを優しく横たえてから立ち上がり、少し離れた場所でストラーダを構え直す。「来るか? エリオ」「ええ。本気で行きます」前方に、アインに向かって突き出したストラーダを強く握り締め、己の魔力を全身に漲らせる。発露した魔力が電気へと変換され、周囲の空間が帯電した。身体に雷が宿る。稲妻を迸らせ、エリオは前傾姿勢になると力強く踏み込む。疾駆するその身体を守るように円形状の雷が展開され、一気に加速。弾丸のような速度となって突っ込んだ。「ライド・ザ・ライトニング!!」自らを一発の雷球と化して突撃してくるエリオを見据えつつ、アインは溜め込んでいた魔力を解放した。「撃ち抜け、夜天の雷」翳した手の平から放たれたのは膨大な魔力を注ぎ込んで生成された雷属性の砲撃。闇色のそれとエリオが真正面からぶつかり合う。激しく衝突する二つの雷。魔力が鬩ぎ合い、魔力光が訓練場を眩く照らし、余波が周囲を焦がしていく。「うおっ、おおおおおっ、おおおおおおおおお!!!」獣にも似た咆哮を上げ、負けて堪るかと力を込めるエリオ。「ふふ、なかなか漢気溢れる吶喊だ」眼を細めて微笑んで、アインは砲撃魔法の出力を上げた。「だが、まだ青い……身の程を知れ」その一言が紡がれると同時にエリオは闇色の奔流に押し負け、無慈悲に呑み込まれていく。(畜生……届かない……!!)訓練場に巨大な雷鳴が響き渡ると同時に、エリオの意識は闇に没した。「どうせナカジマ家の女は脳筋ですよーーーーーだ!!」「……急に何だってんだ」切りが良かったので他の皆よりも少し早めに訓練を終え、先に食堂で朝食を摂っていた俺の前にギンガが現れると、あっかんべーをして去っていく。「ドゥーエさん、大盛りの特盛りの盛りっ盛りでお願いします!!」「はーい」ギンガは食堂のおばちゃんからてんこ盛りの朝食を受け取り、俺から少し離れたテーブルに座ると、こちらを鋭い眼光で一瞥してから一人早食い競争を始めた。「あっははは、おはようございまーす」続いて姿を現したのは乾いた笑いのスバル。その後ろでティアナが「どうも」と素っ気無く会釈してくる。適当に応えると二人は食事を受け取ってギンガが座っている席に着く。俺は先のギンガの態度に首を傾げ、まあ気にすることじゃないか、と二秒で思考を止めると食事を再開する。暫くして他の皆がやってきた。「ん?」そこで違和感に気付く。エリオ、ツヴァイ、キャロの三人がムッツリと不機嫌な表情でトレーを手にして並んでいるのだ。今朝はアインが子ども達の面倒を見ることになっていたのだが、何かあったのか?そのままエリオ達三人は俺が座るテーブルの隣で食事を開始する。「シャマル、アイン」二人が朝食を受け取ったのを見計らって手招き。すると、二人は嬉しそうな笑顔になって早足でやってきた。アインなんて尻尾まで出してフリフリと横に振っていたので、とりあえず仕舞えとだけ言っておく。背中に「私は? ねぇ私は?」という視線が複数突き刺さってきたので、視線を送っているであろう人物達に『近くのテーブルで良いなら座れよ』とだけ念話を送る。「どうだ? あいつらは」シャマルとアインが席に着いたのを確認すると、俺は口火を切った。今朝の様子を聞き終えると、俺はマグカップに口を付けコーヒーを啜る。「そうか。脳筋親子であることが証明されたのか」フッ、と鼻で笑ってやると離れた所から、ドガッ、と何かが突き立てられる音が聞こえ、ギンガから向けられる視線が強くなった気がした。「ギン姉、フォークをお皿に刺しちゃダメだよ」「凄っ、お皿が貫通してる」スバルの呆れたような声とティアナの感心したような声。つーか、どんだけ力込めて八つ当たりしてんだあの脳筋? 年々行動がクイントに似てくるな、ギンガは。子どもの頃はもうちょいまともだったのに……やはり血か。「で、ガキ共は徹底的に痛めつけてやったからご機嫌斜めと」「ああ。そのおかげで嫌われてしまった」これっぽっちも痛痒など感じていない澄まし顔で食パンに食らいつくアイン。エリオ達でジト眼になってこちらを見ているのに気が付いているのかいないのか不明だ。「最近の生意気な態度が少々眼に余ってな。今までよりも多少強く相手をしてやっただけなんだが」「いいんじゃない? アインのおかげで暫くの間は我侭言わなくなるわね、きっと」「……」シャマルはアインに同意しているが、俺は微妙にリアクションに困る。別に悪いことをした訳では無いので気にする必要など無いのだが、こんな風に育てるからネジが飛ぶんではなかろうか、と近年思うようになった。しかし、此処で子ども達をフォローするようなことを言ってしまえば絶対に「甘いぞソル」「アナタは本当に子どもに甘いんですから」と非難の嵐が発生するだろうから黙っておこう。最近は少し生意気になってきたな、と俺も感じていたのは事実だし。黙々と考えながらコーヒーを啜っているとカップの中身が空になってしまったので、お代わりをもらおうと立ち上がろうとしたその時。「コーヒーのお代わりはいかがですか、ソル様?」背後から柔らかい声が掛かったので振り返る。そこには、長くくすんだ金髪と緑の瞳が特徴的な、エプロン姿の若い女性が居た。このDust Strikersにて食堂のおばちゃんと寮母を兼任して働くドゥーエという名の女性だ。人事に関することは全てグリフィス達に任せていたので詳しく知らないが、寮母として雇ったもう一人のアイナという女性だけでは人手が足りなくてやっていけないらしいので急遽雇うことにしたらしい。まあ、人手が足りないのなら改めて雇い入れた方が賢明だろう。此処はギルド組織としての心臓にあたる運営所と、研修生達の寮、俺達運営側の人間が利用する寮、賞金稼ぎ達の為の簡易宿泊施設が存在する。建物の数に合わせてそれを管理しなければいけない人間というのも当然増えてくるので、一人でも増えてくれるのはありがたい、と数日前にグリフィスが俺を恨みがましい眼で見ながらそう言ったのを思い出す。ちなみに、アイナとドゥーエは寮母というより管理人と呼称した方が正しいかもしれない。「お代わりはありがたいが、俺を『様』付けで呼ぶのはやめろ」差し出したカップに熱々のコーヒーが注がれるのを見ながら、俺は文句を言う。しかし、ドゥーエはニコニコ笑顔で首を振る。「いいえ、ソル様はソル様です。この呼び方以外で貴方様を呼ぶなんて恐れ多い」何度言っても毎回これである。何故か知らんが、この女は俺に対してやたらと腰が低く、まるで従者のように仕えようとするのだ。勿論、俺はこれまでこいつと接点を持ったことが無い赤の他人であるにも関わらず、だ。ドゥーエの態度の所為で変な噂が蔓延っているらしく、此処で働く一部の人間(男女問わず)からただでさえ冷たい視線を向けられているのに、それがますます冷たくなっている。訳分かんねぇな。心の中でうんざりしていると、隣に座っていたアインが急に立ち上がってドゥーエを睨む。「ソルがやめろと言っているのが分からないのか、このメス豚」突然喧嘩腰な物言いに、周囲に居た連中は俺も含めて全員が眼を点にした。「貴女こそ、ソル様の使い魔という立場でありながら先程から主人に対する態度がなっていないわね、このアバズレ」そして更に驚くべきことが起きる。アインの憎悪が込められた視線を真っ向から受けて返すドゥーエの態度に食堂の時間が止まる。(……な、何が起こってる?)流石の俺でもいきなりの事態に状況把握が出来ない。そうこうしてる間に二人は額をくっ付かせる程の距離で雰囲気を険悪にさせると、口汚く罵り合いを始めた。「貴様を初めて見た時から気に入らなかった。ソルを舐めるような厭らしい眼で見るな、屑が」「そう、奇遇ね。私も貴女のことが気に入らないから嫌ってくれて結構よ。それにしても不思議ね? 貴女みたいなクソアマがソル様のお傍に居るなんて」「どういう意味だ?」「脳に詰まっているのは飾り? 自分で考えなさい」「貴様は屠殺場で殺される豚のような死がお望みのようだな。実にメス豚らしい」「もしかして貴女、家畜を殺して悦に浸る趣味でもあるの? 変態ね」「……」「……」なんで朝の食堂で殺し合いが始まりそうになっている? 絶対零度を通り越した冷たい空気が殺伐とした場を作り出していた。『おい、シャマル』『何?』素知らぬ顔でサラダをつついているシャマルに念話で話しかける。『アインの奴、なんでいきなり喧嘩吹っかけてんだ?』俺の知る限り、アインはあまり人見知りしない性格である。礼儀も弁えているので初対面の人間に対して侮蔑の視線を向けて罵るような女ではない。俺の知らない合間にドゥーエと何かあったのだろうか?『同属嫌悪じゃない?』周囲に居る誰もが戸惑い置いてけぼりを食う中、我が家の連中は何処吹く風と全く気にしていない辺り、どいつもこいつも凄いとしか言えない。『何?』『だから同属嫌悪。この二人、なんとなく似てない?』『俺にはよく分からんが』睨み合っている二人を改めて眺める。何処がどう似ているのかイマイチ分からない。と、そこへ意外な人物が割って入る。フェイトだ。「こんな所で喧嘩はやめなよ。皆見てるし、みっともないし」流石に見過ごせなくなったらしい。「……フェイト」「……フェイトお嬢様」頭が冷えたのか、剣呑な雰囲気が多少和らぐ。『おい、なんでフェイトがお嬢様呼ばわりされてんだ?』『さあ?』『あのドゥーエって女、一体何なんだ? 俺は様付けで、フェイトはお嬢様、この前なんてエリオのことお坊ちゃま呼ばわりしてたぜ。他の連中は普通にさん付けなのに、アインに対してはあの態度だ。訳分かんねぇ』『だから知らないってば。本人に後で聞いてみたら?』コソコソとシャマルに聞いてみるが、明確な答えは返ってこない。『ただ一つ分かってるのは』『分かってるのは?』『ドゥーエさん、アインに対しては同属嫌悪してるけど、フェイトちゃんに対しては仲間意識みたいなの持ってるわよ。たぶん』『何だそれ? なぞなぞか? 言われてみれば確かにフェイトに対しては柔らかいが』今もフェイトだけには「申し訳ありませんでした」と頭を下げている。アインの方はこれっぽっちも見ようとしないが。『根拠は無いんだけど、なんとなくそんな感じがするの』『女の勘って奴か?』『うん』『当てに出来ねぇ……』シャマルの言葉に呆れていると、フェイトのおかげでどうにかこうにか矛先を収めたのか、アインはやや乱暴に席に着き、ドゥーエは黙って厨房へと戻っていく。(まあ、どうでもいいか)俺は面倒臭くなって思考放棄して、未だに飯を食っているガキ共三人に早く学校行けと促すことにした。どんな職種であれ、社会的集団を構築している職業には必ず報告書というものが存在している。報告書とは名前の通り、業務の進捗などを上司に伝える為に提出する書類。書いて提出するのは面倒だが、提出された数多の報告書に目を通さなければいけない管理職という仕事はもっと面倒なのだ。十一時半頃になって賞金稼ぎ達から送られてくる報告書を全て片付け終えると、俺は椅子に腰掛けたまま大きく伸びをした。(……面倒臭ぇ)事務仕事は難しくもなければ危険も皆無で楽な作業ではあるが、はっきり言ってつまらない。個人的にはデバイスルームに引き篭もって朝から晩までデバイスを弄くっているか、外に出て研修生達を苛めてる方が楽しい。元科学者という昔取った杵柄のおかげで報告書を読むこと自体は苦ではないが、あんまり量が多いとうんざりする。(切りも良いし、ブレイクタイムに入るか……集中力も切れたしな)基本的に俺は規定の就業時間というのを定めていない。切りが悪ければ良いところまで続けるし、良ければすぐにやめる、というスタイルなので他の皆よりも早いか遅いかのどちらかだ。つまり、気分次第で一人で勝手に休憩に入るし、一人で勝手に上がるのだ。勿論、切りが悪ければ良いところまで続けるので居残りなどもしたりもするのだが。意識と比べて身体は予想以上に退屈していたらしく、立ち上がってみると自然と欠伸が漏れた。首を回してゴキゴキと音を立てた後、グリフィスを筆頭にした他の事務員達に何も告げずにその場を後にしようと一歩踏み出す。「ソル」広くて静かなオフィスに俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこにはスーツ姿のシグナムがバツの悪そうな顔で立っていた。ん? スーツ姿?俺は違和感を感じて時刻を確認する。現在時刻は十一時三十五分。スケジュールが予定通り進んでいるのであれば、シグナムは騎士甲冑姿であと二十五分は訓練場で研修生達の面倒を見ている筈だ。「何だよ?」何かトラブルでも発生したのだろうか。「その、だな……」「?」普段のはきはきとした口調と比べるとやたら歯切れが悪い。それに、背中に何か隠しているのか両手を見せようとしないし、後ろめたいことがあるのか視線を合わせようとしない。「怒らないからとっとと言え」どうせ碌なことじゃないんだろうな、と思いながら腕を組んで促す。数秒待つ。やがてシグナムは覚悟を決めたのか、ゆっくりと両手を俺の前に差し出して、隠していた物を晒した。「先程、模擬戦の最中に……」「……こいつは酷ぇな」それは激しい戦闘の末破壊されてしまったデバイスの成れの果てだった。銃身が半ばからへし折られ、内部の部品がひしゃげたまま飛び出し、フレームが粉々になっている。少しでも衝撃を加えようものならあっさりバラバラになってしまいそうだ。「ティアナのアンカーガン、か?」「そうだ。模擬戦をしていたら壊れてしまって」「壊した、の間違いだろ」「う……だが仕方が無いと思わないか? 私達が行う模擬戦は実戦形式だ。故に、峰とはいえ私も全力でレヴァンティンを振るっている。敵戦力を削る為にデバイスを――」「皆まで言うな、分かってる。別にお前に悪気があってティアナのデバイスをお釈迦にしたなんて思ってねぇよ」デバイスは魔導師にとって重要な役目を担っている。俺みたいに便利な道具や武器、としか見ていないタイプの人間はかなりの少数派で、誰もがそれぞれの愛着や思い入れを持ってデバイスを扱っている。実用的な面は当然で、精神的な面での支えになっている魔導師っては多く、なのは達だってそうだ。相棒、パートナー、デバイスに様々な呼び方が存在する理由はこれだ。シグナムはそんな大切な代物を壊してしまったことに責任を感じているんだろう。「ソル、なんとか出来ないだろうか? いくら訓練中に起きたアクシデントとはいえ、これではティアナに申し訳が立たん」酷く落ち込んだ様子で、縋るような眼差しで懇願してくるシグナム。その姿が不謹慎にも少し可愛いと思ってしまったのは内緒だ。「ちょっと見せてみろ」可哀想なガラクタと化してしまったデバイスを受け取る。「どうだ? 修理出来そうか?」不安と期待が入り混じった表情のシグナムを横に置いて、デバイスを検分すること一分。手にしていたデバイスをデスクの上に置き、俺が出した答えは――「無理だ」否定の言葉。率直に事実を述べると、シグナムからガラスの割れたような音が聞こえた気がした。「なんとかならないのか!!」「どうにもならん」両肩を掴まれ激しく揺さぶられるが、直らないものは直らない。何せ壊れてない部分が無いのだ。部品交換云々で済ませられる問題ではない。直そうと無駄に足掻くよりも新調した方が早い。「変な期待をされても困るから断言する。絶対に無理だ」「そんな、ソルは私にもう一度ティアナに土下座しろと言うのか」「……土下座したのかお前」俺のスーツに顔を埋めるようにして項垂れるシグナムの頭を慰めるように撫でてやる。このしょげっぷりを見る限り、相当責任を感じていたようだ。「ティアナ、怪我してねぇのか?」「模擬戦の後すぐにシャマルの所へ連れて行ったが、怪我らしい怪我はしていない。痛みと痺れが多少残る程度で大事には至らないと聞いた」レヴァンティンの峰で銃身を思いっ切りぶっ叩いただけ、というのが不幸中の幸いか。あと数センチ外れていたら大怪我だったが。ま、そんなヘマをシグナムがする訳無いのでそこら辺は杞憂で終わってくれた。「今度から気を付けろ」「ああ」「反省してるか?」「当然だ」「なら許してやる」「え?」顔を上げ、ポカンとしているシグナムに笑いかけると、その手を取って歩き出す。「ソ、ソル?」「ついて来い。許してやる理由を見せてやるぜ」何がなんだか分かっていないシグナムをやや強引に引き連れ、オフィスを後にした。シグナムの手を引いてやって来たのはデバイスルームである。「シャーリー、入るぞ」一言断ってからそのまま入室。こちらに気付いたシャーリーが居住まいを正して立ち上がるので、ティアナのアンカーガンをシグナムがぶっ壊したことを簡単に説明した。話を聞き終えたシャーリーが眼鏡を光らせる。それを確認すると、俺は口元を歪めて問う。「例の物、出来ているか?」「はい、今仕上がりが終わったところです」「ほう……見せてみろ」「??」俺とシャーリーのやり取りがよく分かっていないシグナムはひたすら首を傾げている。そんな彼女を放置したまま、シャーリーは一枚のカードを取り出し、俺に手渡してきた。手の平に収まる程度の大きさの金属プレート。これがこのデバイスの待機状態だ。「名は?」「クロスミラージュです」「ミラージュ、蜃気楼か。幻術を使うティアナのデバイスに相応しい名だ」「ティアナの!? それがティアナのデバイスだと? ソル、これはどういうことだ?」疑問を口にするシグナムに俺は説明する。「ティアナが使ってたアンカーガンと、ナカジマ姉妹が使ってるローラーブーツが自作のデバイスだってのは知ってんだろ」「ああ」今時自作デバイスなんて珍しい。俺個人としてはどうして給料で新しいデバイスを買わないのか不思議でしょうがない。「素人が作ったにしちゃそこそこ良い出来だと思うが、俺の眼から見たら子どもの玩具と大差無ぇ」「……ソルのマイスターとしての実力は重々承知しているが、いくらなんでも言い過ぎだぞ。お前は元々そっち方面の人間ではないか」アマをプロと比べること自体が間違っている、と鋭い突っ込みが入るが受け流して続けた。「こんなんでやってけんのかって不安に思ってたら、このメカオタクが『それならいっそのこと私が新しいデバイス作りますよ』って勝手に張り切り始めてな」「メカオタクだなんて、そんなに褒めないでください」「褒めてねぇよ。んで、好きなようにやらせてみた結果が、これだ」「まだティアナの分しか出来上がってないんですけどね」頭をかきながらアハハと笑うメカオタクは実に楽しそうな笑顔だ。合点がいったのか、シグナムは大きく頷いた。「なるほど。許してやる理由というのは分かったが、制作費は一体どうしたんだ? 何処からそんな資金を捻出した? ワンオフのデバイスとなると部品から材料に至るまでかなりの高額になる筈だ。実際、ソルが私達のデバイスを改造してくれた時もかなり金が掛かったと後々愚痴っていたではないか」「給料から天引き、ついでにあいつらの保護者から搾れるだけ搾った」「……当然、本人達はこのことを了承済みなんだろうな?」「いや」「そんなことを勝手にするからあちこちで暴君とか外道などと呼ばれるんだお前は!!」しれっと答えてやったら何故かシグナムが憤慨する。「気にするな。自分の命を預けるデバイスへの先行投資だと考えれば些細なことだ。命あっての物種って言うだろ」「むうぅ……お前が言うと正論のように感じると同時に暴論にも聞こえるから迂闊に納得出来ん」腕を組み眉を顰め唸っているシグナムから視線を手の平にあるカードに戻す。「起動しろ、クロスミラージュ」<了解>機械音声と共にカードが光に包まれ、一瞬にして一丁の拳銃へと形を変える。クロスミラージュを触りながら様々な角度で眺めていると、シャーリーから詳しい説明が入った。「クロスミラージュ、型式番号XC-03。今までのアンカーガンとの大きな違いはワンハンドモードとツーハンドモードへの切り替えが可能になった点です」「これは、インテリジェントか?」「最新式です」「カートリッジシステムは?」「一丁につき四連装」「インストールされている術式は?」「現在ティアナが修得している魔法は全て登録済み。持ち主の実力に合わせてアップデートを前提としています」「近接格闘用は?」「ダガーモードを搭載」「……パーフェクトだ、シャーリー」「感謝の極み」恭しくお辞儀するシャーリーに俺は一つ提案をしてみる。「性能テストを兼ねて、模擬戦でもしてみるか?」「分かった、すぐに準備する」「お前が相手だとまた壊すからダメだ、すっ込んでろ」模擬戦、と聞いて新しい玩具を与えられた子どものように瞳を輝かせるシグナムを牽制しておく。俺との模擬戦が三度の飯よりも好きだというのは知ってるが、断られたからといってデバイスルームの隅で体育座りする程落ち込むなと言いたい。「テストって、早速ティアナがクロスミラージュを使って模擬戦するんですか?」「違う」手の中でクロスミラージュをくるくる回しながら、俺は不敵に笑って否定した。「俺がクロスミラージュを使って、シグナム以外の誰かとだ」