ギリッ、と不快な歯軋りの音が自身の口から漏れたことにトーレは気付かぬまま、モニターに映し出される人物をまるで親の仇のように睨み付ける。「化け物め」忌々しげに罵る。そこに込められている感情はその人物が持つ純然たる”力”に対する畏怖であり、嫉妬でもあった。眼前に広がる空間モニターに映っている内容は、管理局に潜伏しているドゥーエが送ってきてくれる”背徳の炎”――ソル=バッドガイの戦闘データ。自分達の生みの親であるスカリエッティの心を掴んで離さない、スカリエッティが持つ技術よりも遥かに高次元な技術によって生み出された、究極の生体兵器だと思われる男。人体を機械と融合させ、知覚や身体能力を大きく向上させた自分達戦闘機人とは違う。人工のエネルギー結晶をリンカーコアと融合させ、エネルギー結晶が内包する力を自在に引き出せるようにした人造魔導師――レリックウェポンとも違う。この男は全身の細胞一つ一つが――それこそ髪の毛一本一本に至るまで――リンカーコアの役目を果たしているという、一体どんな技術を以ってして生まれたのか想像すら及ばない規格外だ。数年前の、管理局で戦闘機人事件と呼ばれている一件で眼にした光景は、トーレにとってあまりにもショッキングだった。チンクがSランク魔導師のゼストを打ち倒し、自分達の持つ力が、スカリエッティの技術が本物だと認めることが出来ると確信した矢先に奴は現れたのだから。全身から赤い魔力光を放ち、測定不能かつ膨大なエネルギー反応を叩き出した紅蓮の炎を纏いし魔導師。「……化け物め」当時のことを思い出し、再び罵ってからトーレは唇を噛んだ。ドラゴンインストール。奴は”力”を解放する時にこう叫んだ。それが”力”を解放する時に唱える呪文か、”力を”解放した状態のことを指すのか、前者か後者のどちらかか、両者を意味するのかは分からない。とりあえず両者の意味としてそのままドラゴンインストールと呼称することにした。あの姿を眼にしたのは一度限り。それ以来、少なくともソル=バッドガイは管理局に提出された戦闘データの中では、”普通の人間の魔導師”として振舞っている。当然の成り行きだ。あの”力”はそれだけ異常なのだ。ただでさえリンカーコアという器官は魔導師一人につき、一つしか存在しない。リンカーコア自体を持っていない人間だって存在するというのに。ことが露見すればまず間違いなく生体型ロストロギアとして認定されるだろう。その後、どんな処遇が待ち受けているか分からないが良くて兵器としての運用、封印処理、最悪解剖に違いない。まあ、モニターの中で魔導師で構成されたテロ組織を相手に、一方的な蹂躙劇を繰り広げている男が本気になって暴れたら管理局など一夜で傾くだろうが。ちなみに、ソル=バッドガイのことをスカリエッティは最高評議会に報告したが、捕縛命令は受けていない。実際はソル=バッドガイを捕縛しろと命令される前に、スカリエッティが不可能だとはっきり言い切ったのである。では何故不可能なのか。それも簡単。彼我の戦力差は圧倒的と言っても過言ではなく、スカリエッティ自身も乗り気ではないからだ。”普通の人間の魔導師”の状態でさえオーバーSランク相当の魔導師である。ドラゴンインストール状態になれば遥かに人類を超越した身体能力になり、膨大な魔力量とリンカーコアの限界を超えた魔力放出が可能で、戦闘機人やレリックウェポンを置き去りにする戦闘能力を発揮する、全てにおいて人類を凌駕している存在にどう勝てと言うのか。返り討ちにされるのは文字通り火を見るよりも明らかだ。何よりこの男は敵に容赦というものをしない。スカリエッティにとって貴重な戦力であるナンバーズを、数が揃え切る前に減らす訳にはいかない。以前、ウーノが何故ソル=バッドガイの捕縛に乗り気ではないのか問い掛けたことがある。奴の身内を誘拐して人質にでも何でもすればいい、どんなに強かろうと”力”を使えないようにしてしまえばこちらのものだ、と。しかし、スカリエッティはこう答えた。『本音を言えば、私だって彼を捕縛して解析してみたい。しかし、それでは何かに負けた気がするのさ』『負け、ですか?』『何度も言うようだが、彼を作った人物は私など足元にも及ばない天才だ……全身を構成する細胞が全てリンカーコアと同じ機能を持っているなど前代未聞、一体どんな技術でそんなことを可能としているのか、いくら私でも想像すら出来ない』『……』『初めて彼を見た時、私は未知との遭遇に歓喜に打ち震えて、それから暫く時間を置いて冷静になってみてから言い表せない敗北感を味わったよ。私が彼の制作者の域に達していないのと同様に、私の作品であるキミ達は彼に届かない、とね』『確かに、”今の”私達ではソル=バッドガイに勝てません』『”今の”、か……まあそれはさて置き、もし仮に彼の肉体の一部を手に入れて彼の”力”の一端を解明したとして、それを娘達に適用させる、確かにこれ以上の効率は無いと言えるのだが、それは果たして”私の作品”と呼べるのかな?』『ドクター……』『つまりはそういうことなんだよ、ウーノ。これは私の科学者としての意地であり、誇りを賭けた戦いであり、個人的な我侭でもあるんだ……だって悔しいじゃないか、自分の作ったものが他人の作ったものより劣るなんて』そう言って子どものように無邪気に笑うスカリエッティの瞳には、ソル=バッドガイの制作者に対するライバル心で妖しく輝いていた。背徳の炎と魔法少女 空白期最終話 そして舞台が整い、役者達が出揃った自主トレを行おうとトレーニングルームにやってきたチンクは先客が居ることを確認してから部屋に踏み込んだ。「チンクか」気配のみで訪れた者が誰か察したトーレは、眼の前の空間モニターから視線を逸らさないまま微動だにしない。「何だ、またその映像を見ているのか」「……」黙したまま語らないトーレ。その眼は隣に並んだチンクなど気にも留めておらず、ただひたすらモニターを睨み続ける。そんな姉の様子を眼帯で覆われていない片方の眼で見つつ、聞こえないように小さく溜息を吐く。訓練を終えた後のトーレは何時もこうだ。スカリエッティを除けば、ナンバーズの中でソル=バッドガイに最も固執しているのは間違いなくトーレだろう。無理もない。トーレは姉妹の中で誰よりも、魔導師とは違う人を超えた存在として、スカリエッティが制作した生体兵器である自身を誇りに思っている、否、思っていた。だが、突然叩き付けられた事実は理不尽なまでの世界の広さ。生みの親であるスカリエッティですら心酔してしまったソル=バッドガイの強大な”力”を思い知って、ナンバーズのプライドはそれだけでズタボロになった。上には上が居る、この言葉の意味を悔しさと共に味わったのである。戦う為に生み出された存在である戦闘機人が、純粋な戦闘能力で他の兵器に著しく劣っているなど屈辱以外の何物でもない。確かに奴は戦闘機人よりも高度な技術によって生み出された存在には違いないので頭では納得出来るが、感情が納得しなかった。その程度の理由でナンバーズが、スカリエッティの技術が、ソル=バッドガイの存在そのものに劣っていると認める程、安い矜持ではない。これ以上無いくらいに自分達の存在意義を危うくされ、カタログスペックが上だからという理由だけで戦いもせずに逃げ出すのは癪だった。何より、戦闘と破壊の為に存在する戦闘機人が戦わないなど、アイデンティティの喪失に関わる問題だ。打倒、ソル=バッドガイ。何時の頃からか、スカリエッティは勿論、ナンバーズの間で掲げられた目標。スカリエッティはソル=バッドガイを超える存在を生み出すことに心血を注ぎ、ナンバーズはこれから稼動する妹達も含めてソル=バッドガイに勝つ為に日々研鑽する。しかし――『失せろ』映像内で、ソルが薙ぎ払った炎の剣をまともに食らい、火達磨になりながら地面に転がる犯罪者の姿にチンクは眉を顰めた。『目障りなんだよ』また一人、犯罪者がソルの犠牲になった。腹に蹴りをまともに受け、血反吐の吐きながら崩れ落ちる。『御託は、要らねぇっ!!』眼の前の空間に巨大な炎の渦を発生させ、それを犯罪者に叩き付けた後に爆裂させる。容赦など一切無い炎熱魔法の餌食になった相手は、報告によると辛うじて生きているらしいが、映像を見る限り死んでいない方がおかしいとチンクは思う。こんな鬼と悪魔を足して二乗したような強さと凶悪さを持つ男に、自分達は本当に挑むというのか?殺傷設定の攻撃魔法を躊躇無く繰り出し、常に敵を半殺しにしなければ気が済まない破壊の権化のような男と?おまけに、この男にはドラゴンインストールがある。管理局に提出される戦闘記録に映っている姿は本来の”力”ではない。チンクは憂鬱な気分なってきたので思わず溜息を吐く。当初の目的である妹達とレリックウェポンの調整は順調だが、肝心の”ソル=バッドガイを超える存在”を目標とした研究は芳しくない。そもそも荒唐無稽な話なのだ。人体を構成する細胞の数は約六十兆個と言われている。その全ての細胞がリンカーコアの役目を果たしていると仮定してみると、ソル=バッドガイは約六十兆個ものリンカーコアを有しているということになる。この時点で既に色々とおかしい。生物学的にも、魔導学的にも。おかしいのはそれだけではない。ソル=バッドガイの細胞には更なる衝撃的な事実が隠されていた。奴の細胞は、魔力の自己生産すら可能な永久機関だということ。本来、リンカーコアは魔力を蓄積、放出する器官である。大気中に溶け込んでいる魔力素を取り込んで蓄積し、必要に応じて放出する、言ってしまえば魔力を溜めることが可能な入れ物である。しかし、奴は高濃度のAMF下という劣悪な環境であるにもかかわらず、異常な量とも言うべき膨大な魔力を長時間に渡って発生させていた。AMFの処理能力を遥かに上回る量を。漲る魔力は減るどころか、むしろより莫大な量を放出していた。モニタリング映像を詳しく解析してみれば、細胞が魔力を生産していたことが判明。つまり、奴はAMF下でも魔導師として全く支障無く活動することが可能なのだ。結果、奴の細胞は魔導師のリンカーコアよりも遥かに優れたモノであることが分かった。これによってスカリエッティの頭痛の種が増えた。ただでさえリンカーコアに関する事柄はまだ解明出来ていないことが多いというのに、スカリエッティが挑んでいるモノはそのリンカーコアよりも上等な代物だ。ついに積もりに積もったストレスが爆発したのか、解明出来ないことに業を煮やしたのか、最近では「何なんだ彼はぁぁぁぁぁっ!?」という怒号が研究室から響いてくる時がたまにある。その度にウーノが必死になって宥めているらしい。クアットロが「誘拐人質作戦を取りましょ~よ~。おあつらえ向きに子どもが三人も居ますし~」とうるさい。とは言え、誰もがその提案に対して首を縦に振りかけているが……(そもそもこの男に人質なんてものが有効なんだろうか?)もし人質が効果無かったら? 眉一つ動かさずに「殺れよ」とか言われたらどうしようか? 人質なんて目もくれずに襲い掛かってきたら?答えは単純明快、一巻の終わりだ。犯罪者相手に拷問をして情報を集めるという、管理局の人間から見たらとんでもないことを過去に平気な顔で行っていた男だ。こんな化け物にどうやって勝てばいいのだろうか?時折、チンクは言い表せない不安と恐怖に襲われる。ソル=バッドガイが違法研究や生命操作技術を消し炭にしたい程毛嫌いしているのは、”背徳の炎”を知る者達の間では常識に近い。スカリエッティとナンバーズはそういう点で見れば”背徳の炎”の敵であり、獲物である。追う者と追われる者の関係。この関係が崩れない限り、いずれ必ず両者はぶつかり合う。その時、こちら側にどれだけの被害が出るかと思うと、チンクは頭を抱えたくなってしまう。暗澹たる気持ちを払拭するように首を振り、モニターから視線を外しトーレを捨て置くと、チンクは今日も訓練に励むのであった。戦闘機人としての純粋な戦闘能力が他の姉妹と比べてそれ程高くないセインは、ソルに対してトーレのように拘っていなければ、チンクのように悩んでもいない。「私はあいつを眼の前にしたら、いの一番に白旗を揚げる。異論は認めない」胸を張って偉そうにのたまうセインに対し、クアットロはこめかみをピクピクさせながら眼鏡越しに睨んだ。「セインちゃんは何とも思ってないの?」「何が? メガネ姉、略してメガ姉」「誰がメガ姉よっ!! ……もうそうじゃなくて、あの忌々しいソル=バッドガイのことよ」「だから言ったじゃん。白旗揚げるって」やる気無さそうに答えたセインを見て、クアットロはあからさまに溜息を吐く。「だってさー、ドクターの研究は数年前から一歩も進んでないし、ソルが私達よりも全然凄い生体兵器ってのは最初っから分かり切ってるし、ぶっちゃけ私個人としてはやるだけ無駄なんじゃないかなー、って思ってさ」「だ・か・ら!! その為に身内を誘拐して人質に取ってから、あの男を言いなりにさせようと――」「無理無理。灰にされるのがオチだってば」ヒラヒラと小馬鹿にしたように手を振り、セインはお返しするように溜息を吐いて見せた。「だいたい皆ムキになり過ぎだってば、特にドクターとトーレ姉はさ。自分でも内心勝てないって分かってるのに意地張って負けを認めようとしない」クアットロの眉間の皺がどんどん険しくなっていくが、セインは全く気にした風も無く続ける。「ぶっちゃけ、私達独力で何とかなるとは思えないからメガ姉が言うように誘拐作戦もありだと思うけど、じゃあ実際にそんな危ない橋を一体誰が渡るのかって話になる訳よ」「……勿論、私の指示の下――」「絶対無理だね。メガ姉の態度って人の神経逆撫でするから、交渉して一分もしない内に真っ二つにされるんじゃない? 相手は”背徳の炎”だよ? 人質取ったテロリストに対して碌に話も聞かないで攻撃魔法ぶち込む非常識なんだから、交渉をしようなんてのがそもそも間違ってる」「それじゃあ抜本的な問題解決にならないでしょ!! ……もう、ディエチちゃんも何か言ってあげて!!」悔しさに唇を噛みながらクアットロは傍に居たディエチに話を振る。当の本人であるディエチは、またか、みたいな表情になってから口を開いた。「クアットロには悪いけど、私もセインと同意見……だって、ソル相手に交渉なんて出来ると思えないし」言いつつ空間モニターを表示してピッピと操作すると、とある映像が流れる。『選べ。大人しく人質を解放して投降するか、無駄な抵抗をして灰になるか』それは人質を取って要求を呑ませようとするテロリストに対して、ネゴシエーターも泣きたくなる程に無茶苦茶な交渉をしようとしている、否、脅迫しているソルの姿であった。『もう一度だけ言ってやる。五体満足で捕まるか、死にたくなるまで焼かれるか、どちらか選べ』静かな口調でいながらも剣に炎を纏わせ、魔力と殺気を周囲に充満させながら眼をギラつかせるソルは、誰がどう見ても客観的にコイツの方がテロリストだ。テロリストが人質を庇っているように見える絵はシュールを通り越して滑稽である。テロリストが少しでも抵抗しようものなら躊躇無く攻撃するつもりである。あんまりと言えばあんまりな要求に人質もテロリストも呆気に取られている中、碌に間も置かずソルは爆発的な踏み込みで一番近くに居たテロリストに肉迫し、剣を持っていない方の手でアッパーを放った。殴り飛ばされた者は悲鳴すら上げることなく火達磨になって天井に突き刺さり、そのまま沈黙した。人質達が悲鳴を上げる、テロリスト達が殺気立つ。しかし、ソルの殺気が込められた視線がそれらを問答無用で黙らせる。『何か勘違いしてるだろ? 俺は管理局の人間じゃない。人質を助けに来た訳でも、テメェらテロリストを逮捕しに来た訳でも無ぇ』冷酷無比にして残虐非道な笑みを浮かべてソルは嗤う。『ゴミを焼却処分しに来たんだよ』次の瞬間、映像越しだというのに背筋を氷で撫でられるような悪寒がセインとクアットロとディエチに駆け抜けた。そして始まった蹂躙。恐慌状態に陥ったテロリスト達が攻撃魔法を撃つが、放たれた火炎に攻撃魔法ごと呑み込まれる。人質を捨てて逃げようとする者は、背後から無慈悲に斬られた。あるテロリストが人質を盾にした瞬間、その顔面にコンクリートの塊を投げ付けられ、血飛沫を上げながら昏倒する。無謀にも接近戦を挑んだ者は、一太刀、もしくは一撃で無残にも火達磨にされ床に転がった。離れた場所から魔法を繰り出しても、強引に距離を詰められ潰される。この惨劇に人質達は成す術も無く、早く終わってくれと願いつつ震えながらその場で蹲るしか出来ない。やがて全てのテロリストを殲滅し終えると、手にしていた剣を床に投げ付けるように突き立て、左手を腰に当てるとソルはうんざりしたように吐き捨てた。『そのままクタバレ』人質達に全く被害が無いのは奇跡なのか、それともソルがそうなるように立ち回った結果なのか不明だ。殺傷設定の魔法によって発生した何かが焦げたような異臭――あえて何が焦げたのかは伏せる――の所為で嘔吐している者が居ることに目を瞑れば、全員無事である……人質は。これだけ派手に暴れ回っておいて死人が出ていないのだから、おかしいと言わざるを得ない。「……下手なホラー映画よりスリル味わえるなー、これ」引き攣った表情で顔を青くし、セインがこめかみから汗を垂らす。「骨は拾ってあげるから、頑張って」ディエチは屠殺場に送られる家畜を見るような眼になり、クアットロの肩をポンポン叩いた。そしてクアットロは――「……」ソルのあまりに酷過ぎる非常識っぷりを目の当たりにして蝋人形のように固まっていた。スカリエッティは頭を抱えて長い髪をグシャグシャと掻き毟ると、傍で控えていたウーノに苛立たしげな声で頼み込む。「ウーノ。口に入れた瞬間吐きたくなる程不味いキチガイなコーヒーを淹れてくれ」「畏まりました。少々お待ちを」粛々と言葉に従い、インスタントコーヒーに炭酸ソーダをぶち込むという暴挙を手短に済ませてスカリエッティに手渡すと、彼は一切の躊躇もせずにそれを口に付けた。「ぐふ、何だこの不味さは!? コーヒーの香りがするのにシュワシュワする、このコラボレーションから織り成す奇妙なハーモニーが私の脳にインスピレーションを与えてくれることはあるのか?」常人には最早理解不能な発言を垂れ流しながら炭酸コーヒーを飲み干す。「いかがですか、ドクター?」「ダメだ、全く以ってダメだ、ダメ過ぎる、来ない、来ないのだよインスピレーションが!!」ガンガンッ、とテレビゲームの最中に癇癪を起こした子どものようにコンソールに八つ当たりするスカリエッティ。コンソールがクラッシュするが気にしない。ソル=バッドガイを超えた存在を自らの手で生み出す。掲げた大きな目標に向かって研究室に篭ってマッドな日々を送るスカリエッティだったのだが、どうにもこうにも上手くいかない。しかし、得られたものが皆無だった訳では無い。研究の副産物としてレリックウェポンの調整がこれ以上無い程非常に上手くいった。そのおかげでゼストは最盛期を遥かに超えた魔導騎士として支障無く力を振るえるようになり、ルーテシアもタイプは異なるがレリックウェポンとしては完璧なものに仕上がった。そう。レリックウェポンの研究は成功も成功、大成功を収めた。だが、スカリエッティが求めていたのはそんなものではない。「ぐぬぬぬぬぬ~、やはり此処は彼の遺伝子なり血液なりを手に入れた方が手っ取り早いのか? しかし、それは何か負けた気がするし、そもそもどうやって手に入れればいいのか……」ぶつぶつ独り言を呟きながら室内をうろうろ徘徊し、思考を埋没させる。仮に彼の肉体のデータを手に入れるとして、一体どうすればいいのか?ソルが自身の異常性を自覚していない訳が無い。そういうものを残さないようにしているのは想像に難くない。クアットロが言うように人質誘拐作戦?却下だ。割れた眼鏡を残して蒸発するクアットロの姿が眼に浮かぶ。現在稼働中のナンバーズで強襲を掛けるのは?無理だ。皆纏めて消し炭にされるのがオチである。だいたいソル一人ですらどうにも出来ないのに、彼の仲間にはオーバーSランクの魔導師がゴロゴロ居る。結果は火を見るよりも明らかだ。こうなったらリスクはかなり高いがドゥーエに頼るか? 彼女のISを用いて彼に近寄るのは?ドゥーエは自称ソル=バッドガイのファンだという。彼の敵に対する容赦の無い態度を見て、そこに痺れる、憧れるらしい。他のナンバーズがソルに対して抱いている感情――畏怖、不安、嫌悪、諦観――の中で最も好意的だろう。頼めば喜び勇んでやってくれるかもしれないが……(……その場合、ドゥーエは確実に私を裏切るような気がする)送られてくる戦闘データや情報には毎回毎回『今回のソル様は――』という文句から始まるのだ。様って何だ様って?他にも『P,S ああん、私もソル様に火達磨にされたい』という色んな意味で危ないメッセージが最後の方に残っていたり。その内、勝手にちょっかい出して故意に火達磨にされた結果、そのまま帰ってこない気がしてならない。捕まるだけならいいのだが、裏切ってこちらの情報を渡してしまうのはいただけない。スカリエッティが”生体兵器としてのソル”に心酔しているように、ドゥーエはソルの”容赦の無さ”に心酔している。行動理念や性格が生みの親に似通っている上、ドゥーエは男のスカリエッティと違って女性である。十分に裏切る可能性を秘めていた。かと言って、現段階でドゥーエを見限ることは出来ない。彼女が管理局からリークしてくる情報のおかげで蛇のようにしつこい”背徳の炎”からこれまで逃げ切ってこれたのだ。正直言ってドゥーエはスカリエッティ達にとって生命線であると同時に、何時裏切るか分からない爆弾である。なんて皮肉な話だ。皮肉過ぎてたまに涙が出てきそうだ。もしドゥーエに裏切られたら大変だ。まだ捕まりたくないし、もっとたくさん違法な研究したいし、人生の命題とでも言うべき『ソル=バッドガイを超える存在の創造』があるのだ。しょっぴかれて自由を奪われた挙句、臭い飯を食わされるのはご免である。何よりソルにぶん殴られるは痛そうだから嫌だ。研究は思ったように進んでくれない、現状の戦力では勝算が無いので喧嘩を売れない、獅子身中の虫(仮)が居る、一部のナンバーズはやる気が低い。おまけに管理局傘下の賞金稼ぎギルドなる組織が設立されそうだとか、そうでないとか。といった感じに此処数年は気苦労が耐えないスカリエッティだった。レジアスは秘書であるオーリスから手渡された書類を見て難しい顔をする。その書類には、ある組織の設立に関する具体案が記載されていた。”賞金稼ぎギルド組織 Dust Strikers”管理局内でよく過激派と称される”背徳の炎”が、本格的に組織立った動きを開始することを示した資料。フリーの賞金稼ぎを対象に仕事の斡旋、希望者には教導を行うという文字通りのギルド組織。管理局傘下である為、実際に組織を運営する人員はあくまで管理局の人間となる。しかし、あくまでフリーの、管理局に所属していない個人の魔導師に仕事を斡旋するという性格上、魔力保有制限などは無い。とはいえ、誰もがそこで仕事を斡旋して貰える訳では無く、ある程度の実力を認められて初めてギルドに登録が出来るようになるらしい。ギルドに登録する為の最低ラインは魔導師ランクB以上。これで仮登録が可能になる。そこから更に仕事をきっちりこなせるかどうかを判断する為に、魔導師ランクAA以下を対象に研修を行うと聞く。AAよりも上のランクを持っている者はその時点で本登録。研修で『こいつはダメだ』と判断されたら即お払い箱だとか。厳しい研修を終えて初めて本登録を終えるようだ。「……これは、ちゃんと人が集まるのか?」重苦しい口調で吐き出された独り言に、オーリスは分からないという風に首を振った。”背徳の炎”というビッグネームが出るとはいえ、どうも敷居が高い組織団体になりそうである。人が集まったとしても続くかどうか怪しいものだ。何より研修中に仮登録者の面倒を見るのが”背徳の炎”本人達である。聖王教会から特別戦技教導官として雇われている奴らの評判は「鬼教官」の一言。教会騎士団に入団した騎士見習いの半分はあまりの厳しさに辞めてしまうと言われていた。大半の者は、炎や電気、赤、桜色、翠、氷、ハンマー、鎖にまでトラウマを覚えるという噂まで流れている。一体どんな教導を行っているのか、知りたいようで知りたくない。「本当にこれで大丈夫なんだろうな、”背徳の炎”?」此処には居ない人物に向けられた疑問の答えが返ってくる訳が無いと知りつつも、そう呟かずにはいられない。「それで、中将は如何なさいますか?」オーリスの問いに、レジアスは深い溜息を吐く。「こちらからは特に何もせん。邪魔にならん程度に離れた所から様子見だ」「しかし、本局と教会が手を組んだことによってこの組織が発足されることになったのです。これが地上に圧力を掛けているのは明らか。このままでは中将の立場が、地上本部の発言力が本局側に対して効力を失いかねません」「心配は要らん」早口で捲くし立てるオーリスを宥めるようにレジアスはゆっくりと言葉を紡ぐ。「”背徳の炎”は、ソル=バッドガイは権力や名誉に興味を持っていない人種だ。奴がこれを機に地上側へ何かを要求し、介入してくるとは考えられん」「その根拠は?」「オーリス、考えてもみろ。この男が本気で権力を手に入れたいと思うのであれば、入局して昇進するのが一番早くて確実だ」「……」「しかし、奴は闇の書事件以来これまで一度も入局しようという素振りは見せなかった、それどころか何度勧誘されてもその都度蹴った。何故だか分かるか?」問われ、オーリスは「いえ」と答える。「単純に興味が無いからだ。この眼を見ろ、オーリス」コンソールを操作すると、戦闘中のソルの画像がアップで映し出された。「俺は長いこと管理局に勤めているが、こんなにも冷たく、殺意に満ちた禍々しい眼をした者を見るのは初めてだ。奴にとって犯罪者と括られる存在は文字通りゴミでしかない。そしてゴミを消し炭にするのは当然だという考え方を持って戦っている」組織名の”Dust Strikers”は、”Dust=ゴミ”を” Strikers=潰す者達”という意味が込められている。決してエース級の魔導師に与えられる賞賛の意味としての”Striker”ではない。「だから殺傷設定の攻撃魔法を躊躇わない……危険ですね」「ああ、管理局の理念、人殺しを禁忌とする管理局としては非常に危険な考え方、まるで毒だ。恐らく奴は管理局という組織が存在していなければ、踏み込んではいけない領域に容易く踏み込むだろう」そこで一度言葉を切ると、レジアスはデスクに両肘を突いて顔の前で手を組む。「だが、毒というのは時として薬にもなる」「彼の場合は劇薬の類です」「処方の仕方さえ間違えなければ薬には違いない……”背徳の炎”は確実に、スカリエッティと最高評議会に対する切り札になる」悲壮感漂う決意を瞳に宿した父の姿を見て、オーリスは唇を噛んだ。「でも、それでは父さんが――」「言うなオーリス。俺はそれだけのことを仕出かした。切り札が俺の身にも降り掛かる諸刃の剣だというのは百も承知だ。覚悟は出来ている」そう。スカリエッティや最高評議会と繋がっていたことがバレてしまえば、必ずソルはレジアスを断罪しにやって来る。「ミッドの平和の為に尽力していた筈なのに、俺は何時の頃からか己の正義というのを見失っていた……ゼストを失い、この男の眼を見てやっとそのことに気付かされた」「……」「平和の為にと言い逃れをするつもりは無い。罪を認めよう、潔く罰を受けよう」不意にレジアスは立ち上がると、窓際までゆっくりと歩を進め、ガラス越しにクラナガンの街並みを見下ろした。「しかし、”背徳の炎”が俺の前に現れるまでは、それまで俺は俺の出来る限りのことをさせてもらう」――それが、地上の正義の守護者とまで謳われたレジアス・ゲイズの最後の仕事だ。言って、レジアスは疲れたように微笑んだ。後書き更新が遅れてすいません。ときメモ4とピースウォーカーやってたら、言い訳ですねスイマセン。漸く空白期が終了となりました。いや、私個人としてはもっと色々と書きたいものがあったのですが、そろそろ話を進めないといけないかな、と思いまして。なんせ空白期だけで、無印とA`sを合わせたものよりも長くなってしまっているし。主要のイベントは全部書き切った(?)ので。本当はもっと、日常編的な話とかスバティアコンビのこととか、ギンガティーダとか書きたかったんですけどねwwww(ちなみに次話の予定ではソルとシグナムがちょめちょめ)まあ、それは機会があったらまたということで。次回は遂にSTS編に突入します!!では、また次回!! これからもよろしくお願いします!!P,S流石のスカさんでも、たった一人で研究資料が映像だけという状況では、ギア細胞を解明するのは不可能です。あれはそもそも法力技術、つまり”バックヤード”の産物であり、フレデリック(法力エネルギー物理学研究と法力システムの第一人者)、”あの男”(法力基礎理論の完成を担い、生命情報学の権威にしてギア計画のリーダー)、アリア(確率論などの情報工学の博士学位持ち)という天才三人が、半国営の法力応用研究機関の最先端という恵まれた環境で、『三人寄れば文殊の知恵』的な感じで四年もの時間を掛けて作り出したのです。法力すら知らないスカさんではいくらなんでも無理かと。その代わり、ゼストとルーテシアが強化されてますが。