人と同じ程度の大きさの赤い竜が顕現する”力”、天を貫かんばかりに伸びた長大な炎の剣は、そこに存在するものを全て否定するように振り下ろされた。三階建ての建物よりも巨大な体躯を誇る黒い竜は、自身に迫るそれを交差した腕で受け止め、なんとか凌ごうとするが――「ウオオオ、ラアアアアアッ!!!」赤い竜が吼え、己の身体の十倍近くはある黒い竜を無理やり、強引に、力任せに叩き伏せる。衝撃によって、まるで地盤沈下が発生したかのような爆音と共に大地が陥没し、破砕され、滅茶苦茶になった。仰向けに倒れた黒い竜に向かって更に追い討ちを掛けようと、赤い竜が飛び掛る。跳躍し、上空から狙いを定めた猛禽のように鋭角的な蹴りを放つ。しかし、赤い竜の追撃は失敗に終わる。黒い竜が振り払うように繰り出した裏拳をモロに食らい、ホームランボールの如き勢いで弾き飛ばされ、最早建築物として形を成していない瓦礫の山へと突っ込んだ。立ち上がった黒い竜がお返しだと言わんばかりに自身の周囲に大量のスフィアを生成し、魔力弾の弾幕をお見舞いする。サブマシンガンのフルオート射撃を思わせるその連射は、一発一発に込められた威力は勿論、一切の情け容赦無い弾数は明らかにオーバーキルだ。瓦礫の山がものの数秒で塵となり、粉塵が視界を埋め尽くし、次の瞬間には爆炎が巻き起こり、塵が消え失せる。「どうした? こんなもんか?」だが、黒い竜が眼にしたのは全身から炎を噴き出し、その身を自ら生み出す獄炎で焼きながら余裕の口調で問い掛ける赤い竜の無事な姿。「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」咆哮で応えると、怒り狂ったように両の爪を振りかざして襲い掛かる黒い竜。「かかって来いよ」両者共に全く退かず、全身全霊を以って眼前の竜を捻り潰そうと”力”を振るい続けて、かれこれ十分は経過していた。特殊な結界の中で行われている戦いなので現実世界には全く影響を及ぼすことは無いが、辺り一帯は既に地獄と化している。既存の建築物や人工物は瓦礫となるか蒸発するかのどちらか。絨毯爆撃をされたかのようにクレーターだらけになった地表。あちらこちらからマグマが噴き出し、溶岩が周囲を灼熱に染め上げていた。普通の感覚を持つ人間がこの光景を見たら誰もがこう思うだろう。『世界が終わる』と。煉獄が存在するというのならば、今の光景こそが煉獄だ。生憎、地獄の鬼よりも凶悪な二体の竜が世界の支配権をかけて争っているという、地獄よりも地獄な世界ではあるが。「消し炭になれっ!!」赤い竜が声と共に炎の剣を大地に突き立て、紅蓮の炎で構成された”大津波”を発生させる。これに対し黒い竜は二対の翼を大きく広げ屈むと跳躍、そのまま上空に逃れ赤い竜の頭上まで素早く移動し、眼下の敵に向かって蓄積していた魔力を撃つ。降り注ぐ強大な熱線が視界を覆い尽くす。「クイーン」<了解、転移します>デバイスに命じる冷静な声、主の命を忠実に実行する機械の声。赤い円環魔法陣が足元に浮き上がり、それが一際輝くと、熱線が直撃する寸前に赤い竜はその場から姿を消す。転送魔法による空間転移。そして、転移先は黒い竜の丁度真上。「砕けろ」黒い竜が突如背後に現れた気配に首を巡らすが、致命的なまでに遅い。無情に振り下ろされた炎の剣が黒い竜を焦げた大地に叩き落とす。今度はうつ伏せに倒れた黒い竜の背中目掛けて、赤い竜は黄金に輝く拳を振りかぶり、”小さな太陽”と表現するのがぴったりな火球を投擲した。狙いは寸分違わず目標に着弾し、眼も眩む程の爆発が発生。空間ごと焼き尽くす破壊の光が眼下の全てを呑み込んだ。それ以上の追撃は行わず、赤い竜は様子を窺う。やがて視界がクリアになると、全身を紅蓮の炎で焼かれながらも使命感に燃えた金の瞳でこちらを睨む黒い竜の姿を確認することが出来た。「ちっ、タフなのも大概にしとけよ」黒い竜が未だ健在なことに、赤い竜はうんざりしたように舌打ちをしてから溜息を吐く。人ならざる者達の戦いは、まだ終わらない。背徳の炎と魔法少女 空白期15-β Calm Passionショッピングモールの外で待機していた管理局の魔導師達と話をつけたはやて達五人は不機嫌を通り越して怒り心頭だった。まさか自分達がテロリストと間違えられていて、その逆にテロリスト達が被害者だと思われていたとはいくらなんでも心外だ。加えて、テロリスト(と勘違いされた自分達)を殲滅する為にエリオとツヴァイの二人とそう大差無い子どもを、たった一人で戦場に投入したと言う。そこまで聞いて、はやてとシグナムとヴィータの三人は部隊の最高指揮官をつい反射的に殴ってしまったが、全く後悔はしていない。むしろ三回殴られた程度で済んだのだから感謝しろと言いたい。もしこれがソルだったら殴られる程度では決して済まない。きっと問答無用で焼き土下座だろう。気絶した指揮官に代わって待機中だった魔導師達をかなり強引に――というか半ば脅すように――ショッピングモールに突入させ、自分達が倒した本当のテロリストと残党の逮捕と被害者の確保を命じる。それから五人はショッピングモールに舞い戻り、一人の少女の捜索を開始した。少女の名はキャロ・ル・ルシエ。先程襲い掛かってきた白銀の飛竜の主であり、今現在ソルが結界の中で戦っている召喚獣(黒い竜らしい)の主でもある。彼女はテロリスト殲滅の為に投入された訳だが、そのテロリストはもう既に壊滅寸前。そもそも彼女が戦場に投入されたのはただの誤解。なのでこれ以上の戦闘は全くの無意味であり、早急に止めさせる必要があるのだ。その旨を念話で結界内のソルに伝えると――『……危うく殺すとこだったぜ。ま、そういうことなら話は早ぇ。さっさとそのガキを探してこの竜を送還させろ。それまで俺は逃げに徹する』疲れが滲み出るような声の後、念話が切れた。言われた通り五人は召喚士らしき少女を探す。探しながら、とりあえずソルと別れた中央広場に向かい、気絶させたまま放置していた白銀の飛竜に治療を施す。と、全長が十メートルを超えていた体躯が光に包まれ、見る見る内に子どもでも抱えられる子犬程度の大きさにまで縮んでしまった。何故縮んだのか分からず戸惑いながらもツヴァイが飛竜を抱え上げ、キャロ・ル・ルシエの捜索を続行。そして、意外にもあっさりとその姿を発見することが出来たのである。彼女が居たのは白銀の飛竜と先程戦った中央広場からそう離れていなかった。精々、直線距離で百メートル程度。中央広場まで真っ直ぐ向かってきた召喚獣の足跡を辿れば自然と発見することが出来たから。足元に四角い桃色の魔法陣を発生させたまま、膝を抱えて蹲り啜り泣く少女。その姿を肉眼で確認した時、エリオが先頭に立って駆け出した。「フリード……ヴォルテール……」大切な友達の名を泣きながら呟くキャロに、突然声が掛かる。「キャロ・ル・ルシエさん」「……?」顔を上げ思わず声が聞こえた方に視線を向けると、すぐ傍に自分と同い年くらいの男の子が一人居た。男の子はキャロの眼の前で視線を合わせるように膝をつく。「誰、ですか?」「僕はエリオ、エリオ・モンディアルです」キャロが抱えた至極当然の疑問に対して、エリオと名乗った男の子は優しく微笑んだ。「今は僕の名前なんてどうでもいいんです。そんなことよりも――」言いながらエリオはポケットからティッシュを取り出し、涙と鼻水でグシャグシャだったキャロの顔を拭う。「ルシエさんが戦う必要はもうありません」え?言われた言葉の意味がよく分からず、キャロは固まった。「だから、今すぐ竜召喚を止めて欲しいんです」戦う必要が、無い?それは一体どういうことなのだろうか?訳が分からず混乱しているキャロの視界に、フリードを抱えた銀髪の少女――こちらも自分と同い年くらい――が映る。「フリード!!」叫び、立ち上がって手を伸ばす。と、銀髪の少女は苦笑しながらフリードを返してくれた。「魔力ダメージで気を失ってるだけだから、命に別状は無いので安心して欲しいですぅ~」死んだと思っていたフリードが生きていたことに、キャロは嬉しさとフリードの温もりが与えてくれる安心感で再び泣き出す。「フリード、フリード……」その小さな身体を放すまいと抱き締める。「……キュ、キュク?」強く抱き締められたことによってフリードが眼を覚ます。生きていた。良かった。もうダメだと思ってた。二度と会えないと思ってた。こうして再び会えるなんて夢みたいだ。「ごめんね、私の所為で今まで怖くて痛い思いいっぱいさせて、ごめんね、本当にごめんね」何度も何度も謝って頬ずりをした。卵の頃からずっと一緒だった大切な友達。離れず傍に居てくれた家族。今まで自分を守ろうと必死になって戦ってくれた使役竜。「ごめんね、ごめんね……」フリードは気にしないで、とでも言うように泣きじゃくるキャロの頬を舌で舐める。「……ごめん、ね」それでもキャロは暫くの間、泣き止むことはなかった。封炎剣を肩に担いだ状態で黒い竜の猛攻から逃げ回っていた時間は、唐突に終わる。『ヴォルテール、もういいの!! 戦わなくていいの!!』聞き覚えの無い、まだ年端もいかない少女の念話。この声の主が二体の竜の召喚主で、管理局からテロリストを殲滅する為に投入された少女に違いない。黒い竜が少女の念話に反応して動きを止める。『私は大丈夫だから、フリードも無事だったから、もう貴方が戦う理由は無いの』何か思案するようにこちらを見つめる黒い竜に対して、俺は敵意が無いことを示す為に変身を解除し、人間の姿に戻る。ほぼ半裸の状態になると封炎剣を放り捨てた。次に結界を解く。空間の至る所に亀裂が生じると次の瞬間には砕け散り、俺と黒い竜は元の世界へと戻ってくる。「……ヴォルテール……こんなに、こんなにボロボロになるまで戦って……」我が家のガキ共とそう変わらない年の桃色髪の少女は、突如出現した俺達に驚くことなく、黒い竜に走り寄るとその馬鹿みたいにデカイ足に縋り付く。それを追うようにさっき叩き潰した飛竜のミニマム版みたいなのが、少女の足元までやって来る。ヴォルテールと呼ばれた黒い竜は俺との戦闘で、既に満身創痍だった。炎と剣撃により全身のあちこちに火傷とミミズ腫れのような傷痕があり、二本の捩れた角は片方が根元から消失し、二対の翼は半ばからへし折られ無残に垂れている。怪我は見た目だけではない。内臓や骨だって損傷している筈なのに、黒い竜は無事を装い小さな主を心配させまいと仁王立ちの体勢を崩さない。「やれやれだぜ」俺はバリアジャケットを解除すると左手を額に当て、アフターリスクの頭痛を堪えながら溜息を吐いた。一件落着したがどうか非常に疑わしいが、状況は落ち着いたので現場指揮を行う管理局の車両に場所を移した。キャロが所属していた部隊の指揮官は俺の姿を見た瞬間、いきなり泣きながら土下座をして謝ってくる。何やらトラウマを植え付けられているらしいが、俺はまだ何もしていない。この状態でちょっとでも脅せばショック死しそうなぐらいに怯えている様子は酷く哀れだ。こいつの身に一体何があったのだろうか? 俺以外の連中が指揮官をまるで汚物を見るような眼をしているあたり、原因は身内らしいが。一発ぶん殴る(タイランレイブ)つもりだったのにすっかり毒気が抜かれてしまう。指揮官はまともに話が出来ないようなので――「邪魔だ鬱陶しい、失せろ」とりあえず蹴りで車外に出す。地面にのた打ち回る指揮官を尻目に俺はドアを閉める。「……閉め出した理由が鬼だ」「知るか。そもそも人のこと言えねぇだろが」ヴィータが何かぼやいたが気にするだけ無駄だ。「さて、これからどうする?」そして俺は、所在無さげかつ落ち着かない様子のキャロに真正面から向き合い、視線を合わせる為に片膝をつく。背が高くて眼つきが悪い俺は必要以上に相手を怖がらせるので、子どもを相手にする時は威圧感を感じさせない為になるべくこういう風にした方が良いと随分前にエイミィから助言をもらったのだが、上手く出来ているか不明だ。問われた当の本人であるキャロは、何を言われたかの理解していないらしく呆けている。そんな姿を見て自然と苦笑が漏れるのを抑えきれない。ゆっくりと手を伸ばし彼女の頭を撫でようとし、反射的にビクッと震えるリアクションをされてしまったので手を止め、少し考えてから伸ばした手を引っ込めた。俺のことが怖い、か。無理も無い。俺はキャロの使役竜二体をこれでもかと言う程痛めつけた。あの後、しっかりと手当てさせてもらったが大切な使い魔を傷つけたことには変わりない。それとも、ヴォルテールを介して俺のことを”視た”か……「質問を変えるぞ。キャロ、お前はこれからどうしたい?」「……」分からない、と答えるように力無く首を振るキャロ。この少女が今に至るまでの事情は聞いている。これまで状況に流されて生きてきたキャロにとって、選択肢というものは皆無だった。行く宛ても無い、後ろ盾も無い、ただ独り生きる為のその日暮らしの日々。選択の余地などありはしなかったのだろう。眼の前のものに必死に縋り付く、きっと彼女はそうして生きてきたのだ。いや、そうせざるを得なかった筈だ。まだ十に満たない子どもである。当たり前だ。生き方を選べる程精神も肉体も成長していない。本来なら最低でもあと十年は親の庇護下に居るべきなのだから。だから、いざ選択肢を与えられるとどうしたらいいのか分からない。自分がどう生きていくのか決められない。俺はやれやれと溜息を吐いて振り返り、他の面子の顔色を窺う。と、そこには勝手に盛り上がっている連中の姿が。「キャロの部屋はどうしよか、シグナム?」「連れ帰ってから考えましょう」「もう使ってねーソルの部屋があんじゃん、そこは?」「妹とペットを同時にゲットですぅ!!」「キュクルゥ?」「高町・八神家にようこそ」思案しながらシグナムに意見を求めるはやて。そんなことよりも連れて帰るのが先決だと言うシグナム。はやてに提案するヴィータ。フリードを頭上に抱え上げるツヴァイ。状況がよく分かってないフリード。腕を広げてキャロを歓迎するエリオ。「お前ら連れて帰る気満々だなオイ!!」「え? 常識的に考えてお持ち帰りコースやろ? エリオの時みたいに」突っ込みに対して、何を今更、という感じのはやての言葉に俺は絶句。「もしもし、あ、桃子さんですか? 今日からまた家族が一人増えますので歓迎会の準備を……はい、そうです。以前のようにまたソルが……今度は娘です」凄く自然な感じに携帯電話で地球に連絡を入れているシグナムの横顔は純粋に嬉しそうである。「今晩はご馳走だなー」夕飯を夢想したのかヴィータは生唾を飲み込んだ。「「わーい、新しい家族ー」」ツヴァイとエリオがキャロの手を取って三人で輪っかになり、クルクル踊り出す。なんか何処かで見たことがある光景だと思ったら、エリオが来た時もこんな感じだったのを思い出す。……なんてノリが軽い連中なんだ。「えええ!? ええと、その、私、どうなっちゃうんですかぁぁぁぁぁぁぁ?」回り過ぎて眼が回ってきたらしいキャロが戸惑い気味に声を上げる。頭を抱えてから俯いて、それから俺は天を仰ぎ、次に頭痛を堪えるように額に手を当て、溜息を吐いてからツヴァイとエリオの二人を小突いてキャロを解放させた。膨れっ面になってブーブー文句を垂れる息子と娘を捨て置くと、もう一度キャロと向き合う。「ウチの馬鹿共は見ての通りお前を連れて帰るつもりだが、強制するつもりは更々無ぇ」「はぁ」まだ自分が置かれた状況が理解出来ていないのか、生返事をされてしまう。「自分で考えて、自分で決めろ。俺達と一緒に生きる道を選ぶか、それとも違う道を選ぶかをな」「でも、私は……」急に暗い顔になって俯くキャロ。やはり、これまで自分の人生を狂わせ、苦しませてきた”力”のことを気にしているらしい。「怖いか?」「……怖い、です」「”力”が怖いか? その所為で疎まれるのが怖いか? 誰かに迷惑を掛けるのが怖いか? ”力”で誰かを傷つけてしまうのが怖いか?」それとも――「自分が誰にも必要とされていないことが怖いか?」核心を突かれたように大きく眼を見開く少女。……やっぱりか。生まれ育った故郷を追い出されたキャロは、無意識の内に自分がこの世で誰にも必要とされていないと思い込んでいるのだろう。だからこそ自分の居場所を求めて彷徨い続け、結果的に管理局の人間に眼を付けられた。未熟な竜召喚を用いて戦い続けた最大の理由は、誰かに自分の存在を認めてもらい、必要とされたかったのだと思う。故に、この少女は今まで”力”を振るい続けてきたのではないか?この少女は自身の”力”を忌み嫌ってはいるが、頭ごなしに否定し、認めていない訳では無い。むしろ、自分の価値はそれしか無いと思っている節がある気がする。ま、これはあくまで俺の考えなので、実際にキャロがどう思っているかは知らんが。もしそうならば皮肉な話だ。己の生き方を歪めた”力”が、己の存在意義とは。――『ギアに、生きる価値は、ありますか?』その時、ふと脳裏に過ぎった言葉があった。ギアでありながら自身のギアの”力”を誰よりも忌み嫌い、他者を傷つけるのを恐れ、平和を何よりも愛した生体兵器の少女の言葉。彼女は当時、涙を零して俺に訴えた。こんな誰かを殺す為の”力”が欲しかった訳じゃ無い、平穏に暮らしたいだけなのに、と。――『ギアは兵器だ。その心さえもな』結局、俺はあいつの質問に答えることが出来なかった。答えるどころか、彼女の心の在り方を真っ向から否定した。生体兵器でありながら人間として生きることを望んだ彼女は、その後幾度となく二律背反に苦しむことになる。かなりの差があるとはいえ、今の俺にはキャロの姿が昔のあいつにダブっているように見えてしまう。「生きる価値の無い奴に、生まれてくる理由は無い。自分が誰かに必要か不必要かなんて、ガキの癖して難しいこと考えてんじゃねぇ。お前みたいなガキはな、誰かに迷惑掛けて生きてくのが当たり前なんだよ」気が付けば俺の口は勝手に動いていた。そしてその言葉の前半部分は、かつて答えることの出来なかった問いへの答えでもあった。「俺達は一切に気にしない。だからお前も気にするな」この台詞を言うのは”こっち”に来て何度目だろうか?「もう一度言う。誰もお前に強制しない。自分で考えて、自分で決めろ」俺は両手を伸ばし、キャロの両肩を出来るだけ優しく掴んで――今度は怖がられない――真正面からその瞳を覗き込む。「もし自分で決めることが出来ないのなら、騙されたと思ってついてこい……言っておくが、俺達は別にお前が持つ”力”を利用したい訳じゃ無ぇからな。気に入らなければ出てけばいい」前置きをすると続ける。「居場所が欲しければくれてやる。独りが寂しいなら一緒に居てやる。”力”が怖ければ、怖くなくなるようにお前自身を強くする為に鍛えてやる。お前が自分で生き方を決められるようになるまでな」鏡が無いので上手く出来ているかどうか分からないが、何時も我が家のガキ共にそうするように微笑み掛けた。「どうする?」そして、キャロは――「わ、私は……」「フライング・ボディ・プレス、verフリード!!」「フリード、ジャンプ」「キュクルー」ツヴァイとキャロの声の後に動物の鳴き声が聞こえたと思ったら、顔の上に何か乗った。「……この起こし方やめろっつったろ」顔に貼り付いたフリードを丁寧に引き剥がして俺は上体を起こす。眼の前には期待に胸を膨らませているガキんちょが三人。「だって父様、前に遊園地連れてってくれるって言ったですぅー」「食い放題のバイキングに行くとも約束しました」「私も遊園地行きたいです」ギャーギャー喚くツヴァイ、エリオ、キャロの三人は我慢し切れないのかそれぞれ俺の腕を掴むと無理やりベッドから引き摺り出そうとする。「分かった、分かったから落ち着け。とりあえず今何時だ?」「「「六時前」」」「早ぇよ!!」なんで休日の子どもはこんなにも無駄に早起きなんだ!? 確かに平日は早朝訓練の為に五時前に起きるからもっと早いが、今日は休日だぞ? 何が悲しくて休日に早起きせにゃならん?「「「そんなことない!!」」」「キュクー」息ピッタリだなこいつら。仲が良いのは非常に喜ばしいが、最近は三人で一致団結して俺に我侭を聞かせようとしているから質が悪い。ベッドから降りて伸びをする。と、俺の回りをクルクル回って遊び始める三人は朝っぱらから元気があり余っているらしい。フリードも三人に倣って寝室を旋回している。(……まあ、こうなることは分かってたんだけどな)胸中で半ば諦めたように呟く。キャロを引き取ってから半年が経過。最初の頃は借りてきた猫のように大人しかったのだが、日に日に子どもらしくなってきたと言うべきか、我が家に染まってきたと言うべきか、毒されたと言うべきか、時間が経つにつれて腕白になってきた。僅か、二、三ヶ月そこらでツヴァイのように我侭を言うようになったし(エリオは普段からあまり我侭を言わない、此処重要)、年相応にはしゃぐようにもなったし、何よりも心の底から楽しそうに笑うようになったのは微笑ましいのだが……元々が純粋無垢だっただけに、我が家の濃い面子の影響をモロに受けたのかもしれない。とりあえず俺の顔面にフリードを飛びつかせて目覚ましにする行為をやめさせたい。「父様、早く、早く準備するです!!」「バイキング、バイキング!!」「フリード、お父さんの頭の上でぬいぐるみの振りしてるんだよ」「キュクルゥ」「あー、ズルイですフリード!! 今日はツヴァイが父様に肩車してもらうんですよーだ!!」「何言ってんの? それは僕だよ」「フリードがダメなら間を取って私が――」「キュクキュク!!」三人と一匹が俺の頭の上を争って喧嘩し始めるのを、喧しいなぁ、と思いつつ着替えて寝室を出てドアを閉める。次の瞬間、ドア越しにドッタンバッタンと飛んだり跳ねたりする音と「ほああああ!!」「とおおおお!!」「えええい!!」「キュックルー!!」という奇声――十中八九取っ組み合いという名の肉体言語で会話しているのだろう――が響いてきた。……まあ、何時ものことだ。子どもにしては近接戦闘の高等技術が飛び交うかなり危険な香りがするじゃれ合いではあるが、一週間に三回以上は眼にすればいい加減慣れる。洗面所で顔を洗い、歯を磨いて髭を剃り、ある程度の準備を終えてから寝室をこっそり覗くとまだ肉体言語しているので、勢い良くドアを開け放って中に入り拳骨を三つ振り下ろす。ついでにフリードにはデコピンを鼻先にお見舞いした。「……父様~」「父さーん」「お父さ~ん」「キュウクー」「喚くな鬱陶しい。行くんだったらとっとと行くぞ」「「「はーい」」」「キュク!!」フリードが俺の頭の上に乗って全く動かなくなる。主の言いつけ通り、ぬいぐるみを演じることにしたらしい。後ろをドタドタとついてくる三つの足音。喧しくはあるが、決して不快ではない。子どもってのはどんな世界でも何時の時代でも、無邪気に笑ってるのが一番だ。俺は首だけ動かして後ろに視線を寄越す。と、三人は俺の視線に気付き、何故か満面の笑みを浮かべた。何がそこまで嬉しいのか知らないが、俺と一緒に居るだけで三人がこうして笑ってくれるのならば、悪くないと思う。(俺も大概、親馬鹿だな)自分自身に対して自嘲気味に笑うと、俺は決意を新たにする。こいつらが望む限り、俺はこいつらの父親でいよう、それまでは見守り続けよう、と。ソル=バッドガイもうすっかりお父さん。立場的にも本人の心情的にも。教育パパ。三人に様々な面に置いて英才教育を施す。なのは達同様、シンのようなアホの子にしない為である。躾は割りと厳しい。おかげで、三人共基本的にはソルの言うことを素直に聞く。でも何故か子ども達のネジが飛ぶ。エリオはまだマシなのだが、ツヴァイと周囲の連中に影響されたキャロが……目下の悩みはぶっ飛んだ思考を持つ娘二人のこと。一ヶ月に一回は本気で頭を抱える時がある。子ども達に対する父性溢れる態度が女性陣のハートをキュンキュンさせているが、本人は全くの無自覚。なのは曰く「三人を見てると、もう一回子どもに戻りたい時があるの。でね、お父さんみたいなお兄ちゃんにいっぱい甘えて……お父さん? お兄ちゃんがお父さん? ヤダ、なんか興奮してきた……(以下自主規制)」とかなんとか。ヴィータやアルフから『ワイルド保父』『子連れドラゴン』と揶揄される時がある。リインフォース・ツヴァイダメ娘その一。頭良いのに頭悪い。言動が色々とアレなので、ソルは将来が不安で仕方が無い。ソルに対してのみ超我侭。どうしてこうなった!?エリオ・モンディアル良い子。とにかく良い子。この子だけは絶対に曲がってくれるなと思いつつ接しているが、最近段々怪しくなってきた。普段はあまり我侭言わないが、一度言い始めると梃子でも動かないくらいに頑固になる。おまけにしつこい。マジでしつこい。しつこさに定評のあるソルがしつこいと思うくらいにしつこい。キャロ・ル・ルシエ大人しくて従順で少し引っ込み思案で純粋無垢な性格だったのだが、高町・八神家で暮らしていく内にダメ娘その二になりつつある。特定の母親が居ない。エリオの時のシャマルのように誰もフォローしなかったのが原因。キャロにとっての母親は、強いて言えば桃子。故に『桃子母さん』と呼んで慕う。あとは年の離れたお姉さん達。「迂闊だったぁぁぁぁ!!」とはシグナムとはやての言。でも、シグナムとソルがキャロを挟んで三人で居ると、頭髪の関係でよく親子に間違えられる。なので、シグナムだけが皆の居ない所で一人ほくそ笑んでいたりする。ソルを『お父さん』と呼んで実父のように慕う。ツヴァイとエリオがそう呼んでいるから、それ以外にしっくりくる呼び方が無かったから、お父さんみたいな感じがするから、なんとなく、など理由は多々ある。フリードリヒ初対面がフルボッコだったので、最初はソル、シグナム、ヴィータのことを怖がっていたが、半年も一緒に暮らせば恐怖も消える。ソルを群れのリーダーと認識しているので一番懐いている。また、同じ竜種として何か感じるものがあるのかもしれない。最近の特技はぬいぐるみの真似。後書きゴールデンウィークを皆さんはどう過ごしたでしょうか? 俺はずっと仕事でした……ファック。ようやくキャロ登場編が書き上がりました。これにより、STSへの前準備が終わったと言えるでしょう。んで、またもやどーしようもないネタが思いついたので閑話でも書くかもしれません。ではまた次回!!