「どうしました二人共!? もうギブアップですか? この程度でソル様のお子様だとはとても思えません」シャッハの挑発を聞いて、膝をついて肩で辛そうに呼吸していたエリオが顔を上げ、反骨精神満載の眼になると立ち上がる。「……まだまだ」まだ声変わりが始まっていない高い少年の声と共に、バチッ、とエリオの周囲に火花が舞い、空気が帯電し、徐々に魔力が高まっていく。彼の体格に合わせた長さを持つ槍の形をしたデバイス”ストラーダ”を構え直す。「何を言ってるですかシスター。これからが面白くなってくるんですよー……」その隣でツヴァイも己のデバイス”蒼天の書”を油断無く広げ、何時でも呪文の詠唱を出来るようにした。二人の足元にそれぞれの魔力光を放つ魔法陣が現れた瞬間、シャッハが突撃をかまし、応じるようにエリオが踏み込んだ。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた後に、一際激しく三人の魔力光が瞬いた。「なんであいつら、シャッハと模擬戦してんだ?」クロノとカリムの話を聞き終えて訓練場に足を向けると、子ども相手にガチンコでやり合う大人気無い暴力シスターとしっかり息子とダメ娘が視界に映るではないか。「あ、お帰り」休憩中なのかスポーツドリンク片手にベンチに座っているクイントが手をひらひら振ってくるので、その隣に腰を下ろす。子犬ザフィーラを抱え上がると膝の上に乗せて頭を撫でる。「流石は育ての親がソルよね。二人にはさっき何度かヒヤッとさせられたわ」「……お前もかよ」此処に大人気無い大人がもう一人居たことにソルは溜息を吐く。「それにしても二人が持ってるデバイス、馬鹿みたいに性能良いじゃない? あれ、ソルが作ってあげたんでしょ?」「元々ツヴァイははやて用の融合デバイスだからな。それなりのもんを与える必要があった。エリオにはデバイスなんぞくれてやるつもりはこれっぽっちも無かったが……」「せがまれたのね、お父さん?」「ツヴァイだけ持ってるのはズルイ、ツヴァイだけ仕事の手伝いさせてもらえるのに、どうして僕にはデバイス一つ作ってくれないんですか? って泣きつかれてな」なのは、フェイト、はやての三人がソルの仕事を手伝うのに合わせてツヴァイも出張るようになったのを切欠に、エリオがソルに対して初めて我侭を言うようになったのである。「で、作ってあげちゃったの?」「そう簡単には作ってやらねぇよ。こう見えても最初は大喧嘩したんだぜ」「家の中が滅茶苦茶になったな、そういえば」ザフィーラが遠い眼をして青い空を見上げた。嵐のような大喧嘩の所為で真っ黒焦げになった物品は数知れず。それらが炎によってそうなったのか、雷によってそうなったのかは、それを目の当たりにしていたザフィーラにも判別付かない。当時の光景はとにかく酷いの一言だった。「一ヶ月掛かって、結局ソルが折れた。エリオの粘り勝ちだ」「マジでしつこかったなあの野郎……つーか、なんで俺が子育てすると俺に似て欲しくないところが似るんだろうな?」「今更何を。お前が親だからだ」本気で頭を抱え始めるソルを尻目に、ザフィーラが纏めた。「紆余曲折を経て、普段から全く我侭を言わないエリオにご褒美として、護身用という意味合いも兼ねてデバイスが制作された」「へー」自然とエリオの姿を視線で追うと、シャッハと真正面から打ち合っている。ちなみにエリオのバリアジャケット姿はソルとお揃い。つまり聖騎士団の制服を模したものだ。白を基調にしたズボンと上着、黒のインナー、グローブ、赤いブーツと装飾。ヘッドギアこそ無いものの、父と同じ姿にエリオはこのバリアジャケットがいたくお気に入りだ。「ところで話は変わるんだけど、クロノ提督と騎士カリムの二人とどんな話してたの?」「あー、それはだな」ソルは俯いていた顔を上げ、先程話し合った内容をそっくりそのままクイントに語った。「私は悪い話じゃないと思うんだけど」「実現可能かどうかは微妙な線だがな」話を聞き終えたクイントの感想にソルは顔を顰める。「でも、賞金稼ぎのギルドとしての役割だけじゃなくて、騎士団にしてる教導みたいなこともするんでしょ?」「志望者には、って話だが、あくまで仮定の話だぜ」「いいじゃない、仮定の話なんてするだけなら損はしないわ。もしそうなったらウチのギンガをソルにお願いしたいし」「そういやギンガは陸士の候補生になっちまったんだっけな」タバコを吸いたい気分になってきたのを誤魔化すように、ソルは青い空を見上げて溜息を吐きながら呟いた。「ゲンヤは反対しなかったんだって?」「個人的には局員になって欲しくないって本人に言ってたけど、俺の意思でギンガの人生を歪めるのは嫌だって」「意見が食い違うと最終的に模擬戦へと発展する我が家とは大違いだな」「黙れザフィーラ。ウチはウチ、他所は他所だ」「……」まるでお母親のような台詞が、ぼそっ、と不機嫌な声で紡がれたのでザフィーラは言われた通り押し黙る。無自覚なのかそうでないのか。お前は何処の主夫だと突っ込みたくなってしまうと心の中で苦笑しながら。「そうか……ギンガが魔導師か」候補生とはいえ三人娘よりも年が低い少女が管理局の魔導師として働くという事実。ミッドチルダの就業年齢は骨身に染みていたが、やはり個人的には気に食わない。「お前は反対しなかったのかよ?」「え? そりゃギンガがちゃんとやっていけるか不安だし、将来は危険な任務に着くかもしれないから心配だけど、あの子の人生に私がつべこべ言うのは間違ってない?」質問を質問で返すクイントにソルは苛立たしげに舌打ちをする。これが地球育ちの自分とミットチルダで生まれ育ったクイントとの価値観の違いか、と。「不安や心配があるのに反対意見の一つも出さねぇのか? テメェ、一度死に掛けたんだぞ。そん時、周りにどれだけ迷惑掛けたか分かってんのか? 今度は立場が逆転するとか、思いもしねぇのかよ?」「ソル、お前はさっき自分でウチはウチ、他所は他所だと言って――」「黙れザフィーラ」「……」手厳しい指摘なんぞ最後まで言わせない。赤の他人の余計な口出しだというのはソル自身重々承知の上で、ただひたすらクイントを睨みつける。クイントは口を開かず黙したままソルの真紅の瞳を見返し、そのまま沈黙が訪れた。離れた所から怒号と雷鳴と爆発音が聞こえてくるが、一切気にしない。やがて、クイントは疲れたようにポツポツと話し始める。「正直、ギンガが魔導師になるのは複雑よ。昔は私に憧れて将来は魔導師になることを能天気に手放しで喜んでたけど……あの事件以来、もしギンガが私みたいになったらって想像してみると、怖くて」ソルとザフィーラは耳を傾けた。「でも、あの子は魔導師になるって決めちゃって、その為の道を歩み始めているの。今更やめてなんて言えないわ」独白を聞きながら、ソルはなのはとフェイトとはやての顔を思い浮かべ、次に視線を模擬戦中のエリオとツヴァイに向けた。その胸の内では様々な感情が渦巻いている。「だから覚悟を決めたの。あの子の人生はあの子のものだから、たとえ私が母親であろうと先駆者として助言と忠告くらいしか出来ない。上から押さえ付けるような真似はしたくないし、そんなことしてもあの子は納得しないわ。だったら、後悔しないように一生懸命やりなさいって思う。あの子が自分で考えて、自分で決めた道だから」「……そうか」瞼を閉じると、ソルはギンガについてはこれ以上追及しないと心に決めた。――自分で考えて、自分で決めろ。かつてソルが子ども達に向かって何度も口にした台詞。意外と使い古された言葉なのかもしれない、と胸中で呟く。「ギンガはもういいとして、スバルは?」そして話題を姉から妹へ変える。「スバルなら心配要らないわよ。あの子は痛いのも苦しいのも嫌いだから魔法も喧嘩も嫌いだし」「流石スバル、良い子だぜ。そのまま普通に育って欲しいもんだ」そういえばクイントと酒の席で殴り合いをしている時、ビクビクしながらビデオカメラを回していたのを思い出す。「嫌いなものから逃げてばかりでは、人間として成長する上でダメだと俺は思――」「黙れザフィーラ。他所の教育方針に余計な口出ししてんじゃねぇ」「お前が言えた台詞では――」「俺は黙れと言った」「……いくらなんでも理不尽だ……」さっきからあんまりと言えばあんまりなソルの態度に完全にへそを曲げてしまった子犬ザフィーラは、ソルなんて嫌いだい、って感じに彼の膝の上から飛び降りると小走りで何処かへ行ってしまう。視界から消え去ろうとするザフィーラの後姿を、あ……俺のワン子、とほんの少しだけ寂しそうに見送るソルであったが、腹減ったら勝手に戻ってくるだろう、後でジャーキーでも買って機嫌取ろう、と思い直し気にしないことにする。「やっぱり男って、身内の女の子が戦うのって嫌がるもんなの?」「ああン? どういうこった?」突然クイントから投げ掛けられた質問の意味がよく分からず聞き返す。「どういうことって文字通りの意味よ。知り合いにもソルと同じ考え方の人が居るから。その人の場合もソルと一緒で妹さんが将来執務官になるって躍起になってて」「ふむ」「ティーダ・ランスターって覚えてない? 何年か前に違法魔導師からソルが助けた管理局の男の子」言われてから記憶を探り、五秒きっかり考えて返答する。「その条件なら腐る程居るから、イチイチ覚えてねぇよ」「ええええ~? ティーダ・ランスターよ、本当に覚えてないの? 貴方わざわざお見舞いまでしたじゃない」信じらんない、と非難がましいジト眼になるクイント。「見舞い? 俺が?」「そうそう」うんうん、と頷かれるのでもう一度頭を捻ってみることに。珍しい検索条件が追加されたことに若干驚きつつ、クイーンにも協力させて過去に関わった事件を調べると、該当項目が一件だけ浮かび上がった。「……ああ、そういやあったなそんなこと。すっかり忘れてたぜ。結構優秀だったらしいが怪我が元で前線復帰出来なくなっちまったオレンジ頭の若い奴だろ? 確かに同じ髪の色したガキがそん時一緒に居たな。妹ってそいつか?」「うん、ティアナちゃんって子。普段はお兄ちゃんっ子でとっても良い子なんだけど、いざその話になると急に頑固になって、執務官になるんだって言って困らせるとかなんとか」局内ですれ違ったりするので、雑談とかよくするらしい。その時に話を聞いたとか。「で、ティーダって野郎は俺みたいに妹を魔導師にしたくない、と」「そういうこと」「……そいつとは美味い酒が飲めそうだ」同じ悩みを持つ者が存在することに喜び、冗談交じりに微笑む表情とは裏腹に――(ままならねぇな……本当に、世の中ままならねぇよ)”子どもが自ら望んで戦場に赴く”という現実を作り出してしまっている次元世界の現状を憂い、少し悲しげに胸中で溜息を吐くのであった。背徳の炎と魔法少女 空白期14-β 炎の中で「ねぇねぇ、これ似合うかな?」ミッドチルダにやって来た女性陣ご一行は、予定通り服を見ていた。大きなショッピングモールの中のあるレディースファッション店で、なのはは鏡を前にして服を合わせた。「うん、似合う似合う!! やっぱりなのはには白が似合うよ」「えへへ、ありがとうフェイトちゃん。前にお兄ちゃんもそう言ってたんだ」今フェイトから褒められたことと、以前ソルと出掛けた時に言われた言葉を思い出し、嬉しさと恥ずかしさで頬を染める。「私これに決めた。試着してくるね」「いってらっしゃい……私はどれにしようかなぁ、やっぱり黒系かな? 普段と違う配色で攻めるのも意外性があって良いけど、似合わないって言われるのは嫌だしな……」ぶつぶつ独り言を漏らしながらフェイトは服を物色し、その隣ではやてもそれに倣う。「そうやね。ソルくんて思ったことをストレートに口に出すから、似合わないと思ったら似合わないってその場で言うし、逆に似合ってると思ったら似合ってるってはっきり言うし、しかも真顔で……お世辞とか社交辞令とか言う気ゼロな人やから、ただ褒めるだけよりは遥かにマシやけど。それにしても服選び悩むわぁ」素っ気無い態度と薄いリアクションではあるが、かつて彼女持ちだっただけに、こういう感想を述べることに関してはユーノやザフィーラなどと比べると遥かにまともな応答をするソルであった。これが似合う、あれは似合わない、お前にはこれが合いそう、あれの方が良い、という風に。あーでもない、こーでもないと考えを巡らし悩む二人。「……」一方、シグナムは少し離れた化粧品売り場で難しい顔をして、香水と睨めっこしていた。「……やはりラベンダーの方にしよう。私はバラという柄ではない……それに、ラベンダーがお前には合うと、以前言われたしな……」「シグナム?」「ひゃあああああああああああああ!?」背後からのシャマルの声に、シグナムは声を掛けたシャマルが逆に驚く程周囲に響き渡る奇声を上げると、慌てて振り向き手にしていた香水瓶を落としそうになって更に慌てる。何があった? と言わんばかりに店内の視線が集まってくるので、二人は恥ずかしい思いをしながら「なんでもありません、お騒がせしました」とペコペコ頭を下げる破目に。「シャ、シャマル!! 気配を消した状態でいきなり背後から声を掛けるな!!」顔を羞恥に染め小声で咎めるような口調のシグナムに、シャマルは同じように顔を染めながらプンプン反論した。「普通に声を掛けただけじゃない。むしろシグナムの所為でこっちまで要らぬ恥じかいたわよ」「やめろ二人共、こんな所でみっともない」呆れたようにアインが買い物籠片手に仲裁に入る。「それより、シグナムはもう決まったのか?」「ん、まあな」アインに問われて頷き、実にさり気無い動作でシグナムは香水瓶を自分の買い物籠に入れようとするが、目敏いシャマルが瞳をキラリと光らせ待ったを掛けた。「シグナム、この香水は?」「ただの、こ、香水だが?」既にこの時点でどもっている。「あなた、香水なんて普段から使わないでしょ」唇を徐々に吊り上げ、ニヤニヤ笑うシャマルにシグナムはたじたじだ。その横でアインは口元を片手で押さえてクスクス笑う。「私が香水を使うことの、何処がおかしい?」「別におかしいなんて言ってないわ。ただ」「ただ?」「最近のシグナムって妙に女の子女の子してるから、なんだか微笑ましいと言うか、可愛いと言うか」「――ッ!!!」「シャマルの言う通りだな。家事も一通りこなせるようになった、桃子さんにお願いして料理やお菓子作りの勉強もしている、ファッション雑誌を読むようになった、おかげで服も女性らしいものを選んで着るようになった、化粧品にも興味を持つようになった……さて、これらは一体誰の所為だ?」二人に言われて彫像のように固まって動かなくなってしまったシグナムは首まで赤くなると、頭から湯気を上げ始め、それでも律儀に蚊の鳴くようなか細い声で返事をする。「……ソルが、私を褒めるからいけないんだ……」切欠はお互いの髪留めのリボンとゴムを交換したあたり。その時にソルから「お前さ、自分で思っている以上に女らしいぜ」とか「可愛いな」とか言われたのを契機に、お前がそう言ってくれるならもっと女性らしく振舞おうという意識をし始めたのだ。料理だったり、服だったり、その他諸々。で、やること成すことが成功を収めてしまった。その結果として乙女シグナムが出来上がったのである。「キャー、何このシグナム!? 反則的に可愛いわ!!」「昔とは比べ物にならんな。今のお前は輝いているぞ」「ううううるさい、うるさいうるさい!!」シグナム自身、女性らしく振舞うのが段々楽しくなってしまって今更止める気にはなれないのだが、こうやって周りから何か言われると恥ずかしくて小さくなってしまうのはどうにもならない。そんなこんなでキャーキャー騒ぎながらショッピングを楽しむ女性陣であった。年頃の女性のようにあっちこっちの店を冷やかし、ファミレスで昼食を済ませ、ゲームセンターで遊んだりした後、六人はとある高層ビルの展望階にてスイーツバイキングを目玉としている店に足を運んだ。ガラス一枚隔てた向こう側は海に面したミッドチルダの街が眼下に広がっていて、それを見下ろしながらスイーツを楽しんでもらおうというのがこの店のコンセプトらしい。甘いものは別腹とは一体誰が言うようになったのか不明だが六人も例外に漏れず、雑談をしながら思う存分甘いものを楽しむ。対象となる客層が若い女性を狙っているだけあって、店内は女性だけの姦しい空間。六人もその内の一部となって午後の時間をお喋りとスイーツに使う。やがて日が傾き始めて、さてそろそろ帰ろうか、と誰もが思い始めた時だった。遠く離れた場所から、ドンッ、というそれ程大きくはない音が届いたのは。今のは? と、誰もが疑問に思って音が聞こえた方角に視線を向け、驚愕に眼を見開くことになる。窓の外。この高層ビルから見ることの出来るミッドチルダの街並み。その中でも一際大きくて広い敷地を持つ建築物群から、黒い煙が上がっていた。黒煙が立ち昇り、導火線を引かれているかのように炎があっという間に広がっていく。眼下でいきなり発生した大災害に、この場に居る誰もが咄嗟に動くことが出来ず呆然としていた。「ねぇねぇ、あそこって臨海第8空港じゃない?」「え、マジ?」隣の席に座っていた高校生くらいの少女達の呟きがやけに響く。それを引き金に店内のあちこちから、テロ? 航空事故? とにかく管理局に連絡入れなきゃ!! という声が飛び交う。六人はそんな店内に構わずすぐさま勘定を払い、店を出た。そして、いきなりダッシュ。行き交う人波をスイスイと縫うように抜け、非常階段を駆け上がり、屋上へと辿り着くとほぼ同時にセットアップ。この距離なら発動までに若干時間を食ってしまう転送魔法を使うよりも、飛んで行った方が早い。六つの魔力光がミッドの空に軌跡を残す。考えるまでもなく、それをするのが当然であるとでも言うように六人は現場へと向かった。「クイントさん、大変です!!」カリムが息を切らせて慌てて走り寄ってきたのは、ソルが茜色に染まり始めた山々を見て爺さんみたいに綺麗だなぁ、と感慨に耽っていた時である。帰り支度を済ませてリュックを背負おうとしていたクイントは、切羽詰った様子のカリムを見て「ほえ?」と間抜けな声を上げた。「今、テレビを見ていたら臨時ニュースが入って、臨海第8空港で大規模な火災が発生したって……」次の瞬間、顔を蒼白にしたクイントの手からリュックが滑り落ち、ドサッと音を立てる。只ならぬ空気を感じ取って、狼形態のザフィーラとじゃれて遊んでいたツヴァイとエリオが動きを止め、ソルは先程食事中にクイントがしていた話を思い出す。今日はスバルとギンガがゲンヤとクイントが所属する陸士108部隊に遊びに来るという。遊びといってもゲンヤの退勤時間に合わせて施設内を少しだけ見学させるだけという話で、その後は家族四人で食事に行く予定が本命。そして、二人の子どもとクイントが待ち合わせしているのが、確か臨海第8空港。「大規模な火災が発生したって……スバルは!? ギンガは!?」「お前は管理局員だろが、頭を冷やせ!!」半ば恐慌状態に陥ったと言っても過言ではないクイントがカリムに掴み掛かろうとするので、横からソルが手でそれを制する。「でも、あの子達が――」「落ち着け。巻き込まれたかもしれねぇし、まだ巻き込まれてないかもしれねぇ……とにかく確かめに行くぞ」二人が巻き込まれていようがそうでなかろうが、火災を知ってしまった以上はどっちにしろ救助活動をする積もりであったソルは、クイーンに転送魔法を命令。「ザフィーラ、此処でガキ共のお守りを頼む」「了解した」赤い円環魔法陣が足元に広がり、同じ色の魔力光が視界を埋め尽くす。一瞬の浮遊感の後、肌で熱気を感じながら舗装されたコンクリートの上に降り立つ。「……こいつは酷ぇな」眼の前に立ち並ぶ建築物は全て紅蓮の炎に包まれて、日が傾き始めて紅に染まりつつあるミッドの空をより赤く染めていた。「スバル、ギンガ。今お母さんが助けに行くからね」覚悟を決めた口調でクイントは呟き、管理局の制服の内ポケットから銀色に輝く一枚のカードを取り出し、掲げると同時にその名を呼ぶ。「ファイアーホイール、エンガルファー、セットアップ!!」<Right away!><ASAP>声に応じてカードに縦に割れて二枚となり、それぞれが空色の光球に変化し、そこから更に二つの光球が割れて四つになる。合計四つの光球はそれぞれがクイントの両手足を包み込む。次にクイントの全身が光に包まれ、瞬く内に光が弾けてその姿を現す。バリアジャケットを纏う彼女の両手には手甲のようなナックル型のデバイスが、両の足にはローラーブーツのようなデバイスが装着されていた。戦闘機人事件の際にクイントは前線から退いた身となっている。だが、それはあくまでも書類上での話。だからこそ、訓練の時はわざわざ聖王教会に足を運んでいる。このことはソル達と他の契約者と教会の人間しか知らない秘匿事項だからだ。そんな彼女が何時までも管理局で一度登録されたデバイスを持っているのは色々と都合が悪いので、ソルが数年前に新しく制作して与えた二つのデバイスがファイアーホイールとエンガルファー。ファイアーホイールはリボルバーナックルの後継機に当たるナックル型のアームドデバイスで、エンガルファーも同様に以前使っていたローラーブーツ型デバイスの後継機に当たる。外見の違いは無いに等しいが、制作者がソルなので性能はそん所そこらの支給品デバイスとは比較にならない程高性能であり、制作費用も馬鹿みたいに高額なワンオフ品。「行くわよ!!」<Here we go!><Move move move!>エンガルファーの車輪部分が唸りを上げると、クイントは猛スピードで燃え盛る空港へと突っ込んでいく。「ちっ、あの馬鹿。まだ二人の居場所も碌に掴んでねぇってのに先走りやがって……クイーン、俺もセットアップだ」<了解>聖騎士団の制服を模したバリアジャケット姿になると、クイーンにエリアサーチを任せつつ爆発的な踏み込みで走り出し、クイントを追う。クイントは書類上ではもう魔導師ではないので、いざという時以外はあまり魔法行使しているところを誰かに見られたくないのだが、そんなこと言ってられない状況であり、ソルがクイントと同じ立場なら同じことをしているし、今がその”いざという時”なので仕方が無い。『この魔力反応、もしかしてソルくん!? ミッドに来てるの?』その時、突然頭の中に響く女性の声。『シャマルか!?』どうやらソルの魔力をクラールヴィントが感知したらしい。送られてきたシャマルからの念話に応えると、ソルはまず手短に自分達が空港に居る経緯を伝え、シャマルの他に誰が来ているのか聞いた後にスバルとギンガを一緒に探してくれるように頼む。不幸中の幸いだ、とソルは純粋にそう思った。シャマルだけではなく、なのは、フェイト、はやて、シグナム、アインの六人がミッドに来ていて、現在は全員で救助活動に励んでいるとのことだ。これ程心強いことは無い。シャマルだけが現場から少し離れた安全な場所で、要救助者の探索と残り五人の指示、救助された人達の治癒を行っていると言う。上出来だ、と内心で褒めた。『二人の外見はクイーンから全員のデバイスにデータを送信する』実際にスバルとギンガに顔を合わせたことがあるのはソルのみ。ソル以外の皆はナカジマ家とはあくまで仕事上での付き合いなので、そこまで親密ではないからだ。『分かりました、こっちでも探してみます。見つけ次第、一番近い位置に居る人に救助してもらう形で』『ああ、頼んだ。全員への指揮とナビゲートは引き続きお前に任せる』『了解です』『お前には救助した連中の手当てもあるってのに、手間を掛けてスマン』『気にしないでください。昔からこういうのがメインですし、貴方を支えるのが私の役目ですから』念話の向こうで何時もの朗らかな微笑を浮かべているであろうシャマルの口調に、ソルは苦笑した。『頼りにしてるぜ、シャマル』『はい!!』そこで念話を一度切る。同時にソルはクイントに追いつき、二人は並走しながらそのまま炎の中へと飛び込んだ。スバルは泣きながら、既に火の海と化したエントランスホールを歩いている。姉のギンガとはぐれても特に気にも留めず、気の向くままに空港内をあちこち走り回っていると、突如として空港全体を揺るがす大きな衝撃が襲った。鼓膜を破裂させるような爆発音と共に周囲が一気に炎で埋め尽くされ、パニックに陥った人々は我先にと逃げ出す。まだ小さい子どものスバルは人の波に揉まれ、突き飛ばされ、気が付けば一人取り残され、逃げ遅れていた。「お父さん……お姉ちゃん……お母さん」何処に行けばいいのか、何処に逃げればいいのか分からないまま、ただひたすら大好きな家族の姿を求めて彷徨う。恐怖と不安、寂しさと絶望に押し潰されそうになりながら。そんなスバルを嘲笑うかのように彼女の左手側で何かが爆発し、発生した衝撃がその小さな身体を吹き飛ばす。悲鳴を上げたスバルは硬い床に叩きつけられる。本能的に立ち上がろうとして、四肢の痛みの所為で身体は四つん這いの状態で止まってしまった。「痛いよ、熱いよ、こんなのやだよぅ……帰りたいよぉ」ついに限界が訪れた。泣き言を吐き、涙をぽろぽろと零し、立ち上がろうとしない。「助けて……」彼女のすぐ後ろでは、エントランスホールの中央に鎮座している女神像が無表情に見下ろしている。「……誰か、助けて」――ピシリッ。崩壊の音。女神像の根元、土台となっている部分がヒビ割れ、パラパラと破片を生み出しながら崩れていく。徐々に、ゆっくりと、しかし確実に壊れ、傾いていく女神像。やがて、土台が完全に砕けて崩壊した。「!?」自身を覆い尽くす巨大な影。スバルが背後の不穏な気配と音に気付いて振り返るが、もう遅い。巨大な質量を持った石の塊は万有引力に引かれて落ちてくる。眼を大きく見開き自分に死をもたらすであろうそれを確認すると、スバルはまるで現実逃避するかのように強く瞼を閉じた。幼いながらも”死”を悟り、恐怖に震え、蹲る。心の奥底から助けを求めて。そして、運命は彼女の求めに応じた。右の手の平を向けたその先にバインドを空間で固定し、少女を押し潰そうとしていた女神像を拘束して動きを止める。「良かった、間に合った、助けに来たよ」なのはは肩で息をしながら声を張り上げた。「お兄ちゃん、この子で間違い無い!?」『間違い無ぇ、よくやったぜなのは!!』『スバル、スバル!!』ソルとクイントの確認を受け、なのははスバルの前に降り立つ。瞼を閉じていたスバルは声に反応して恐る恐る眼を開く。『スバル、聞こえる? 怪我してない!?』『無事か!?』次になのはの姿を視界に入れて、通信越しに響く知り合いの声――母のクイントとソルの声――を聞いて緊張の糸が切れたのか顔を涙でグシャグシャにした。「よく頑張ったね、偉いよ」中腰になり、スバルを安心させるように出来るだけ優しく肩に手を置くなのは。「もう大丈夫だからね、安全な場所まで一直線だから」<上方の安全を確認>「一撃で地上まで抜くよ」<オールライト。ぶち抜いてやりましょう>白を基調としたバリアジャケット。手にした杖型のデバイス。栗色の長い髪をツインテールにしたヘアスタイル。「御託は、要らない!!」力強い後姿。凛々しい眼差し。優しく輝く桜色の魔力光。高まる魔力の圧倒的な存在感。「ディバイィィン、バスタァァァーッ!!!」杖の先端から発射された桜色の奔流が天井を貫き、宣告通り一撃で地上までぶち抜いた。「さ、行こうか。しっかり掴まって」振り向いたなのはがスバルを抱え上げると、一気に天井の穴から脱出。空はすっかり夜の帳が下りていた。満天の星空がなのはとスバルを見下ろしている。これまで炎の熱に苛まされていたが、火災現場から脱出したことによってそれも収まった。頬に触れる冷たい風の感触が心地良くて、抱き締めてくれる腕が優しくてスバルは眼を細めた。「こちらなのは、スバルの救助に無事成功したよ。お兄ちゃん」『本当によくやってくれた』『スバル、スバル、スバルゥゥゥゥゥッ!!!』『分かったから少し落ち着け、耳元で叫ぶな喧しい!!』通信の向こうでは母とソルがギャーギャー騒いでいるのが聞こえてくる。なのははそれに対して冗談交じりにこう言った。「お兄ちゃん、ご褒美は?」『は?』想定外の言葉にソルが間の抜けた声を出す。『いいわなのはちゃん!! ご褒美なんていくらでもあげちゃう!! ウチの屋根裏部屋でソルのことFUCKしていいわよ!!』『おい!?』「え? いいんですか!? ありがとうございま~す!!」『……なんだこの展開』精神的ショックを受けたっぽいソルの声。「スバルを管理局の救護隊に引き渡した後、救助を続行するね」『なあ? さっきのクイントの言葉は冗談――』ソルの言葉を最後まで聞かず、むしろなのはは遮るようにして一旦通信を切った。それから、スバルの顔を覗き込んで安心させるように微笑んだ。これがスバルにとって運命の出会いだった。この人みたいになりたい、この時スバルはそう思った。強くて、優しくて、格好良いこの人みたいになりたい、と。同時に、今まで嫌なことや苦しいこと、辛いことがあると泣くだけで何も出来ない自分が急に情けなくなってきて、涙が溢れてくる。スバルは生まれて初めて、心の底から強くなりたいと願った。泣いているだけなのは、何も出来ないのはもう嫌だから。強くなるんだ、と己に誓うのであった。次々と送られてくる朗報に、ソルは深い深い安堵の溜息を吐く。スバルはなのはが、ギンガはフェイトが救い出した。二人共五体満足で怪我らしい怪我はしていないとの話だ。空港内の要救助者の救出は全て終了し、近隣の地上部隊も緊急招集された。本局からは暫くすれば増援の航空魔導師隊が到着するらしい。上空からはアインとはやてが氷結魔法で鎮火するという手筈になっているので、この火災もあと少しで収まるだろう。皆のおかげで最悪の事態は免れた。もし、誰もミッドに遊びに来ていなかったと思うと、こう上手くことを運ぶことは出来なかっただろう。そう思うとゾッとした。ちなみにさっきまで隣に居たクイントはもう居ない。スバルとギンガの安否が分かった時点で強制的に転送した。繰り返すようだが、彼女が魔導師として動いている姿を第三者に見られたくないから。クイントはクイントで二人の無事な姿を肉眼で確認したくて気が気でない精神状態だったので、居ても救助の邪魔になるだけだったのもあった。ソル自身、クイントの気持ちは痛い程分かるのでそれを「管理局員としてどうなのか?」と追及したりはしない。人間なんてそんなもんである。「こっちか」炎の中を駆け抜けるソルが目指す先は、空港内の輸送物資仕分け室。火災の原因であり、火元と爆発地点はそこらしい。不明瞭な情報だが、危険物が爆発したとかなんとか。事故原因を確かめないと気持ち悪くて帰るに帰れない気分だったので、ソルは一人残って空港内を走り回っていた。そもそも火災にしては不審な点が多い。皆の報告や、救助者達の話を聞くと火の回りが早過ぎる。無差別テロだろうか? 一瞬だけそんな考えが過ぎったが、テロにしては随分と派手で実りの無い行為にしか映らない。まあ、無差別テロとは得てしてそういうものだが。燃え盛る炎を踏み越え、瓦礫を飛び越え、崩落する天井を封炎剣で薙ぎ払い、邪魔なものを粉砕しながら突き進む。やがて、輸送物資仕分け室に辿り着いた。(此処か)室内に踏み込んで納得する。中はもぬけの殻で、代わりにこの場所で何かが爆発したと思える破壊の爪痕だけが残っている。「ちっ、何も残って無ぇ」ゆらゆらと揺らめく炎を除いて。無駄足だったか、と溜息を吐きながら転送魔法を発動させ、その場を後にする。転送先は空港の遥か上空。眼下の空港はまだ黒煙を吐き出し続けていたが、アインとはやての二人が鎮火作業を始めたのか建物群全体が白く染まりつつあった。(それにしても……)星空と共に空港を見下ろすソルの胸中に去来するのは、行き場の無い憤りだった。今回の火災に対する管理局の動き、ノロマの一言だ。ソル達が要救助者を救出し終えた後にやって来ては後の祭りではないか。ミッドの地上部隊は少ない人員と魔導師ランクの平均が低いという事情がある中、それでもよくやっている方だと思う。自分は外部の人間とはいえ、陸の実情は少なくとも海の連中よりはよく理解しているつもりだ。だからと言って、仕方が無いで済ませられる問題だろうか?組織としての腰は重い、行動は鈍い、組織という枠組みの所為で迅速に行動出来ない、一人ひとりの力量は低い、常に後手に回っている。これらはゲンヤとクイントと共に仕事を始めた時から思っていたことだ。魔導師に頼り過ぎだというのもあるし、今自分が思っている内容が”エース”やら”ストライカー”などと呼ばれる人間からの上から目線の傲慢な考えだというのは重々承知している。頭では理解出来ても、感情が納得出来ない。やはり俺には組織なんてとことん向いてねぇな、と胸中で吐き捨てた瞬間、昼間にクロノとカリムの二人に聞かされた話を思い出す。管理局傘下で運営される賞金稼ぎのギルド組織など、ソルの為に存在するような組織ではないか?もっと具体的に言えば、ソルの私設部隊と言っても過言ではない。考えておいて欲しい、クロノはそう言っていた。クイントも悪い話ではない、という感想をくれた。「さて、どうしたもんかな……」疲れたようにやれやれと溜息を吐く。二人の氷結魔法のおかげで気温が下がっている故、吐息は真っ白だ。その白い吐息がミッドの夜空に溶けて消える頃には、もう黒煙も立ち昇っておらず、全てが終わっていた。デバイス紹介”ストラーダ”マスター エリオ制作者 ソル命名した人 エリオ作中にもある通り、エリオがツヴァイのことを羨ましがり、珍しく我侭を言った結果ソルと大喧嘩を繰り広げ、その後一ヶ月間拝み倒した末に根負けしたソルが制作することになったデバイス。外見は原作よりもゴツく、封炎剣のように意味不明なチェーンやらギミックが付いている槍。エリオのソルによるエリオの為のデバイスで、神器としての”魔法を増幅させる”機能を模写した技術が使用されているので半神器半デバイス。魔力変換資質を最大限に活かす為、特性としては封雷剣に酷似している。(これはバルディッシュも同様。逆にレヴァンティンは封炎剣に酷似している)無駄に高性能。故にまだ未熟なエリオでは使いこなせないのでリミッターが付いている。本当は名前がライトニング・ストラーダになる筈だったが、何故かソルが断固拒否した為ストラーダと命名された。待機状態は腕時計。”蒼天の書”マスター ツヴァイ制作者 ソル&アイン命名した人 アイン外見は原作通り。しかし性能は異常なまでに高い。過保護な保護者の内心が垣間見えるデバイス。はやてが傍に居ない状況を考慮して制作された。やはり他のデバイス同様、半神器半デバイス。魔力変換資質を最大限に活かす為の機構も同じ。こちらは”氷結”。名前の由来はツヴァイの瞳の色と、夜天の魔導書から。待機状態は特に無し。”ファイアーホイール”と”エンガルファー”マスター クイント制作者 ソル命名した人 ソルリボルバーナックルの後継機として生み出されたのがファイアーホイール。ローラーブーツの後継機がエンガルファー。ちなみにファイアーホイールはファイアーと付いているが、炎が使える訳では無い。外見は以前のものと大差無し。しかし、やはりというかなんというか、無駄に高性能で無駄に頑丈。名前の由来はソルのサーヴァント、”上級近接兵ファイアーホイール”と”上級機動兵エンガルファー”から。ぶっちゃけ、どっちがどっちの名前でもおかしくないので命名する時に若干悩んだのだが(ファイアーホイールの移動姿がまんまバイクなので)、「近接が殴りで、機動が移動」ということからこうなった。半神器半デバイスではあるが、クイント本人は神器はおろか法力のことすら知らないので「何このすっごいデバイス!!」としか思ってない。二つで一つのデバイスなので待機状態は一枚のカード。これが二つに割れて、更に割れて四つになって両手足に引っ付く。後書き俺、キャロ編書き終わったら、PSP版『イース-フェルガナの誓い-』買うんだ。……ガ、ガルバランの悪夢が再び蘇る。それはさておき。今回の話はスバルの出会いと、ソルの心の機微でした。ギンガを期待していた人はスイマセン。彼女がどれだけソルに影響されようと、実際に彼から訓練を受けた訳では無いので現時点では普通の陸士候補生です。魔法を使わない殴り合いは録画したビデオのおかげで格段に強くなってますがwwwこれから色々とどうなるんでしょう?いや、まあ、お察しの良い人なら、というかこの流れからして分かると思いますがwww次回は大変長らくお待たせしました、キャロ初登場です。では、また会いましょう。