世間はゴールデンウィークに突入し、誰もが思い思いの連休を過ごしている。それはソルと仲間達も例に漏れず、ゴールデンウィークに合わせて皆で休暇を取っていた。だが、今回は今までと勝手が違う。ユーノがこの連休を利用して帰省すると言い始めたのを切欠に、じゃあ今年のゴールデンウィークは皆で旅行とかに行かないで各々が好き勝手にするか、という話になり、皆が皆、好きに余暇を使うことになる。言いだしっぺのユーノが朝早くから出発し、アルフもついて行ったらしく姿が見えない。ヴィータも近所でゲートボール大会がどうとかで颯爽と居なくなり、あっという間に高町家から三人が居なくなった。子ども二人は昨晩から子犬形態のザフィーラを連れて、父親の家でお泊りだ。「私も友達の家に遊びに行ってくるから」続いて美由希も居なくなってしまった。「桃子、たまには二人っきりでドライブしないか?」「喜んで」士郎と桃子が甘ったるい空間を見せ付けるように車に乗り込んだ。二人を乗せた愛車(二つの意味を持つ)はヒャッホウー、といった感じでエンジンを唸らせると排気ガスを吐き出し何処かへと消えた。そして、取り残されたのは特に予定も無い女が六人。恭也は春先に忍と結婚して婿養子となり家を出て行ったので既に居ない。とりあえずソルに連絡してみると。『ついさっき、暇だったら時間をくれとかなんとかクロノから呼び出し食らったから無理だ。悪ぃな』寝起きだったらしく、欠伸交じりの答えが返ってきた。――おのれクロノォォォォォォォォォッッッ!! ていうか、どうしてお邪魔虫は何時も男!?暫しの間、六人は気が済むまでこの場には居ないクロノに呪詛の言葉を吐き続け、その後折角の休日をどう過ごすか相談することに。……どうする? たまには女だけで買い物にでも行こっか? それ名案や。なら私新しい服買いたいです。服か、良いかもしれん。なら決まりだ。という短いやり取りが行われミッドチルダに赴くことが決定した。ちなみにアリサとすずかも誘いたかったのだが、前々から私用で今年のゴールデンウィークは無理だと言われてしまったので残念ながら買い物には不参加だ。それぞれがそれぞれのゴールデンウィークを堪能する日々になるだろう。誰もがそう信じて疑わなかった。だが――背徳の炎と魔法少女 空白期14-α 戦史は、警鐘を見つめクロノから呼び出され、集合場所として指定された場所は意外にも本局ではなく聖王教会だった。直接的な仕事の話ではないと言われたので、ツヴァイとエリオも連れてきている。あとついでにザフィーラも。どういう意図があって呼び出したのか皆目見当も付かないが、行ってみれば分かるだろうと思い直し、ツヴァイとエリオを十分交代で交互に肩車しながら俺達はベルカ自治領に向かう。教会本部に辿り着く。行き交う連中から挨拶として声を掛けられたり会釈されたりするのを適当に応えつつ歩を進めると、クイントに遭遇した。こいつが此処に居る理由はだいたい予想はつく。どうせ運動不足だとか、身体を動かしたくなったとか、鈍らないようにとかで模擬戦の相手を求めているんだろう。何時もシャッハと嬉々として殴り合ってるからな。「あ、ソルだ。女連れじゃないなんて珍しいわね」「俺が四六時中女連れみたいな言い方やめろ」「そう? ソルが女連れじゃないのってウチで飲み会する時くらいでしょ。仕事の時は常に誰か傍に居るし。で、その二人の子どもは誰との間に出来たんだっけ?」「……前に話したろ。ツヴァイとエリオだ。間違っても俺があいつらを孕ませた訳じゃ無ぇから、そこんとこ勘違いすんじゃねぇぞ」「ちっ、つまらないわね」「なんでこれ見よがしに舌打ちすんだよ……せめて聞こえないようにしろ」朝の挨拶としては酷い言葉の応酬だ、と胸中で嘆きつつ、そういえばクイントがガキ共と直接顔を合わせるのは初めてだったことを思い出し、二人に自己紹介させる。「初めまして。エリオ・モンディアルです」「同じく初めまして。リインフォース・ツヴァイです」「はい、初めまして。クイント・ナカジマよ。二人のことはソルから聞いてるわ。自慢の子ども達だって」和気藹々と挨拶が交わされる。「僕達も父さんからクイントさんのお話は伺ってます。三度の飯より殴り合いが好きな人だって」「エリオ、違うですよ。殴り合いが好きなんじゃなくて、人を殴るのが趣味の人って聞きました」「え? そうだっけ?」「そうです」首を傾げるエリオに対して自信満々にツヴァイは言う。「……ソル、どういうことかしら?」剣呑な眼差しがクイントから放たれるが、構わずしれっと言ってやった。「違ったか?」「違うわよ!! 確かに殴るのは快かゲフンゲフン、模擬戦は好きだけど、ご飯を食べる方が圧倒的に好きだわ!!」「……」訂正入れるところはそこかよ。俺はリアクションに困って閉口してしまう。「結局、人を殴るのが好き、という部分は否定しないのだな」足元でお座りしていた子犬ザフィーラが呆れたように呟いた。クイントは途中で出会ったシャッハと仲良く訓練場へと行ってしまい、エリオとツヴァイもそれを見学したいとのことなのでついて行った。俺は子犬ザフィーラを従えて教会の建物に入る。使用人の案内を受け、ある部屋の前まで辿り着いた。ノックもせずにドアノブを捻り、中へ。「よく来てくれたな、ソル」まず一番最初に眼についたのは、椅子に腰掛けて紅茶を飲む制服姿のクロノ。こちらの姿を確認して恭しく頭を下げるカリムに迎えられ、俺はクロノの対面に座り、ザフィーラはすぐ傍で伏せの状態になる。「休暇中にわざわざ呼び出しやがって、一体何の用だ?」「そう急くな。言われなくても話すつもりだ」クロノはティーカップをソーサーの上に置くと、両肘をつき、両手を顔の前で組み合わせた。「相手がお前だ、御託や長い前置きは省いて単刀直入に言おう。新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」「は?」「新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」「いや、ちょっと待て。管理局員でもねぇ俺にいきなり何を――」「新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」「……話が見えんぞ。つーか待てって」「新しい部隊を創設したいからお前に協力して欲しい」「待てっつってんだろが!!」壊れたオーディオ機器みたいに同じ言葉を繰り返すクロノがなんか腹立ったので、ダンッ!! とテーブルに拳を振り下ろして黙らせる。この行為にカリムが横でビクッと驚いていたが気にしない。「む? 何を怒っているんだ?」「一から説明しろ。訳分かんねぇよ」「普段からお前は『御託は要らねぇ』とか言ってるじゃないか」何を言っている? と困惑顔になられても……俺の方が困惑してるぞ。「クロノ提督、流石に今のは言葉が足りないかと……」カリムが苦笑いを浮かべて指摘し、クロノは「それもそうか」と独り言を呟くと、咳払いをしてから再び語り出した。「まず質問させてくれ。此処一、二年の間で、色々な次元世界で賞金稼ぎを名乗る若い魔導師達が出現し、名乗った通り賞金稼ぎとして活動し始めていることを知っているか?」「……賞金稼ぎ? 俺達みてぇにか?」「ソル達みたいだと言えばそうであるし、そうでないとも言える」クロノの妙な言い回しに訝しむ。勿論、答えはノーだ。俺達は自分がやる仕事に対しては徹底的に情報を集めるが、それ以外に関しては無頓着だからだ。同業者なんぞ知ったことではない。「知らないのなら次の質問だ。お前は、初めて自分が管理局に”背徳の炎”として認知されたのは何時か覚えているか?」俺は腕を組んでから体重を背もたれに預け、天井を見上げながら記憶を探る。「あれは、闇の書事件が終わった次の年のバレンタインデーの後だったから、確か六年前だ。初めてクイントと会ったのもそん時だったな」「当時のお前は何をしていた?」「何って……短い期間だったが、犯罪組織とか違法研究所を潰し回ってたのは知ってんだろ、しかもかなり派手に。だから”背徳の炎”の噂が管理局内で広まったんだろうが」昔の事実を確認するように聞いてくるクロノの意図がイマイチ掴めず、ぶっきらぼうに返事をした。「なら、お前はその時に助けた人達のことを覚えているか?」「覚えてる訳無ぇよ。一体何十人助けたと思って……?」言い掛けて、あることに気付く。俺が助けた連中の半分近くは、高い魔力資質を持つ子ども達ではなかったか? 犯罪組織や違法研究所で囚われの身となり、悪用されそうになったり実験台にされそうになったりしていた者達ではなかったか?それ以外は普通に犯罪に巻き込まれた被害者ではあったが……先程クロノは、”賞金稼ぎを名乗る若い魔導師達”が現れていると言っていた。(あ)脳裏に六年前の光景が過ぎる。俺が”背徳の炎”として噂される切欠となった一番初めの誘拐事件。――『なら、ならせめてお名前だけでも教えてください!!』犯人共から子どもを取り返した時、被害者の母親から懇願されて、俺は何て答えた?――『……ただの賞金稼ぎだ』その後も俺はこの台詞を決まり文句のように言い続けた。それは今でも変わらない。(ああ!!)二週間前の三人娘の研修を兼ねた仕事。あの時の興奮したシャーリーの言葉が再生される。――『陸海空の様々な難事件や犯罪者を相手に何処からともなく現れて難無く解決、去り際に一言『ただの賞金稼ぎだ』という言葉を残して風のように姿を消す! 管理局に所属していない、賞金稼ぎを名乗るミステリアスな紅蓮の魔導師!!』――『彼にトラウマを植えつけられた犯罪者は数知れず、彼に救われた人々は星の数!!』(まさか……!!)そして、シャーリーのリアクションに対してフェイトは何て言っていた?――『でも私、シャーリーがソルに憧れる気持ち、なんとなく分かるよ。ソルはただ仕事をこなしたとか、自分が勝手にやったことだって思ってるだろうけど、ソルに助けられた人達は凄く感謝してると思うんだ。それにソルってやること成すこと人に強烈なイメージを刻み付けるから尚更』――『そうだよ。エリオだってそうだし、私だってそうなんだよ?』――『あの時、私を助けてくれたソルの後姿が忘れられない。初めて見たタイランレイブの輝きが眼に焼き付いて離れない……今思うと、ソルが私の心に火を点けたのはあの時なんだよね』あれから六年経過している。当時が子どもでも、六年もあれば就業年齢が地球と比べると遥かに低いミッドや他の次元世界出身者は、既に働いていてもおかしくない。「その顔を見る限り、経緯と現状のだいたいは理解してもらえたようだな」ニヤニヤと含むような笑顔でクロノは紅茶を啜る。つまり、六年前に俺が助けた子ども達が当時の俺に憧れて、その中から賞金稼ぎを生業としている者達が現れて、増え始めてきたと、そう言いたいらしい。「俺の所為ってか?」「お前の所為? 何のことだ? 誰もそんなこと一言も言ってない……まあ、頭がコンクリートみたいにお固い上の連中は、お前の真似事を始めた魔導師達が気に入らないみたいだけどな」それもそうだろうな、と俺はクロノの言葉に頷いた。フリーの魔導師として働くくらいなら、入局して欲しいというのが管理局の言い分だろう。実際、俺も現場で何度も勧誘された経験がある。生憎と全部突っぱねたが。「でだ。頭でっかちの上が僕達ハラオウンやレティ提督に文句を垂れるのさ。あの連中を何とかしろ、”背徳の炎”のような管理局の威信に泥を塗る真似を平気でする厚顔無恥な者共を取り締まれ、と」「お前らは何て返事したんだ?」「無理、これの一点張りさ。彼らは犯罪者でもなければ違法な行為を行っている訳でも無いので、いくら管理局の権限を用いても不可能です、それとも何の罪も無い民間人に無実の罪を着せて捕まえろと? って逆に詰め寄って追っ払った」「……」管理世界での魔法の使用は管理局法とやらで規制されているが、それは魔法を労働力として使うことに対してまで法的な権限を有していない。あくまで他人の迷惑になるようなことや、法に触れるようなことさえしなければいいのである。それに非常事態というのもあるし、正当防衛などもある。言い訳などどうとでも出来るのだ。「それでもあんまりにしつこいから、ついに母さんとレティ提督がキレてな。だったら何とかしてやるよ、って意気込んで……」リンディとレティの二人がねぇ。なるほど、何を企んでるのか段々分かってきたぞ。「さっきは部隊を新しく創設すると言ったが、実はこれは詭弁だ。部隊と言うよりも管理局傘下の組織を創設するからな。賞金稼ぎを統括するギルドのような組織を管理局主体で、というか僕達で運営しようということだ」「俺が今日呼ばれた理由はそれか」呆れ交じりの溜息を俺が吐くと、クロノはニヤリと口元を歪め、眼を細める。「ああ。お前は、”背徳の炎”は今や一種のカリスマの塊だ。特に年若い局員やフリーの魔導師、教導を受けた聖王教会騎士団員、そしてお前にかつて救ってもらった人達にとってはな」カリスマ……そんなもんが俺にあるのか非常に疑わしいのだが、以前のシャーリーの態度などといった思い当たる節は悲しいことにいくつも存在するのであった。「客寄せパンダになれってか」「要約するとそうなる。お前の名前を出すだけで今好き勝手に動いている賞金稼ぎ達はこぞって集まるだろう。そこに上手くギルドとしての運営を噛ませて、一人ひとりを嘱託に似た扱いとして登録して仕事の斡旋を行ったりすれば、一つの纏まりが出来上がるだろう?」「私達聖王教会もこのお話には全面的にバックアップさせて頂く所存です」これまで沈黙を守っていたカリムがクロノの言葉を引き継ぐ。次いで二人が俺に予定構想図を提示する。事細かな説明を黙って聞きながら、俺は顎に手を当て考えていた。確かにギルドのようなものが立ち上がれば、一個人の、フリーの魔導師としての仕事ではなく、経済の流れの一環として成り立つ。無秩序にあっちこっちで仕事をされるよりも、ある程度の枠組みを構築し管理下に置き御することが出来れば様々な面でメリットが出てくる。しかも管理局傘下の組織だから上から文句を言われる筋合いは無い。だが、これには大きな問題がある。まず初めに、クロノが言う頭でっかちな上とやらがこんな組織を認める訳が無い。ただでさえ”背徳の炎”ですら煙たがられているというのに、そんな連中を集めた組織なんて逆立ちしたって認めてもらえない。次に人材の問題がある。賞金稼ぎをやらせるくらいなら管理局に引き込みたい筈だ。万年人手不足の管理局が黙っているとは思えない。最後に組織の規模だ。フリーの魔導師で賞金稼ぎを生業とする以上、最低でも”それなりの実力”が必要である。何故なら賞金稼ぎって仕事は思った以上に割に合わない仕事が多く、当たればでかいが外れればただ働き同然だからだ。で、ギルドに所属するならば”それなりの実力”があるってことで、ギルドってのはそういう奴らが徒党を組んだ集団のことを指す。説明を聞く限り、管理局主体の傘下組織とは言うものの管理局内外問わず、それどころから聖王教会からも志望者を募って人を集めるとかクロノとカリムは抜かしやがる。そんなに大量の魔導師を集めて戦争でもするつもりかと言いたい。そして、俺がこう思った以上は、俺以外の誰かがそう思う可能性は大いにあり得る。中には、管理局に謀反を企ててるんじゃないか、と思う者が出てくるのかもしれない。万が一にもそんな組織が立ち上がってしまったら、次元世界は水面下で冷戦も真っ青な緊張状態に陥ってしまう。本末転倒である。故に無理だ。不可能だ。おまけに俺を旗印にしたいとか、どんだけ反感を買いたいんだ。っていうか、拠点をミッドチルダにしたいという時点で地上本部に真正面から喧嘩を売っている。しかも後見人が全員”海”出身と聖王教会の関係者で、地上の一部からはゲンヤを筆頭に協力してもらえると約束してあるだと?組織同士の下らんいざこざに巻き込まれるのはご免被りたい。だから――「断る」俺は思いついた限りの指摘をした上ではっきりと告げた。リンディやレティ、そしてクロノとカリムが何故このような考えに至ったのか、なんとなく察することは出来るが話の色々な部分が破綻しているというか、ぶっ飛んでいる。大いにメリットを見込めるのは確かであろうが、起こり得るデメリットとリスクを想定していない。要は具体性が足りない為、絵空事にしか聞こえないのだ。先の通り、認可や規模の問題が存在し、それ以外にもクリアしなければならない障害が山程ある。故に断ることにしたのだが、クロノは全く怯んだ様子も無く素直に頷いた。「だろうな」むしろ俺が断るのを分かっていたように。「なら、お前が今指摘してくれた部分をどうにか出来れば、なんとかならないか?」「……」「どうしても削らなければならない部分は削る、妥協しなければいけない箇所は妥協する、縮小しなければならないのなら縮小しよう、その上で骨子だけはしっかりと整える。これなら?」「……出来る、かもしれねぇな」それでも圧倒的に出来ないと思う方が強いが。「何、別に今すぐの話じゃない。もしかしたら数年越しにこういうことになるかもしれない、っていう仮定の話だ」「それじゃあさっきのリンディとレティがどうたらって話と矛盾するぞ」「それはそれ、これはこれだ」煙に巻くような弁舌のクロノを、俺は探るように睨み付ける。「クロノ、一体何を企んでやがる?」すると、クロノは真剣な表情になって俺のことを見返した。「お前には、”今は”言えない」「んだと?」「だが、時が来ればいずれ話す。必ずだ。それまで時間をくれ、その間に考えておいて欲しい」少なくとも視線を逸らそうとしないクロノの眼は嘘を言っているようには見えない。「……”今は”言えない理由が関わってくるのか?」数秒考えて投げ掛けた俺の問いに、クロノは「分からない」と首を振る。「お前にとって今日僕と騎士カリムが話した内容は怪しいことだらけかもしれない。何か企んでるのかと疑われても仕方が無いと思う。だけど、これだけは信じて欲しい」「何をだ?」続きを促すと、クロノは親しい友人に向けるような笑みを浮かべた。「ソルには、いや、ソル達には何時だって僕達の味方で居て欲しい……何故なら、キミ達を敵に回したら僕達には勝ち目が無いからな」退室したソルの後姿を見送って、クロノは大きく溜息を吐き出すとテーブルに突っ伏した。「疲れた……ソルに隠しごとをした状態で話をするのは心臓に悪い……」精も根も尽き果てたのか、口から魂を垂れ流しているようなクロノの姿に対してカリムは訝し気な表情になる。「クロノ提督」「何ですか、騎士カリム?」「何故、預言のことをソル様にお伝えしてはいけなかったのですか?」ことの発端はカリムが自身の希少技能によって生成する預言書に現れた文章。ゆっくりと上体を起こして、クロノはカリムに向き直り、預言の文章を思い出す。『罪深き業を背負いし太陽が照らす、旧い結晶と無限の欲望が交わる地 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる』まるで大昔の詩のようなそれは、内容が酷く物騒なものであった。「理由は二つあります」「教えてください」「理由その一、預言なんてソルに伝えても『下らねぇ』の一言で一蹴されるのがオチです」その光景が容易に想像できたのか、カリムは苦笑したままコメカミに汗を垂らした。「理由その二、預言にソルを示す一文が存在するからです。預言である以上、本人には知らせない方が良いと判断しました」「それは初耳です!! どうして初めてこれを見せた時に仰ってくれなかったのですか!?」驚愕に表情を歪め、突然大きな声を上げるカリムにクロノは呆ける。彼女は我に返ると「すいません、急に大声を上げて、はしたなかったです」と頬を羞恥に染めて蚊の鳴くような声で謝罪する。カリムの言い分はもっともだ。まだまだ解読や解釈は進んでいないが、少なくともロストロギアを切欠に始まる管理局の危機が示唆されているというのに。コホンッ、と咳払いを一つしてクロノは続けた。「ソルを表す部分は、この『罪深き業を背負いし太陽』という部分です」「何故この部分がソル様を意味してるとお考えになるのですか?」問いには即答せず、クロノは一度紅茶で喉を潤す。すっかり冷え切ってしまった紅茶はあまり美味くないなと思いつつ、空になったティーカップをソーサーに置く。「ソルとは、地球の古い言葉で『太陽』『太陽神』『擬人化された太陽』を意味しています」「……それは、偶然なのでは?」「根拠はこれだけではありません。では逆に質問させてください、騎士カリム。たった一度でも構いません、ソルが少しだけでもいいから本気になって力を振るった光景を見たことがありますか?」質問に彼女は無言で首を振る。ソルが他の魔導師や騎士達と比べて圧倒的に強いというのは知っているが、本気なった姿は一度も見たことが無い。「僕はかつて、二度、この眼で見ました……紅蓮の炎が触れるものを全て消し炭に変え、眩い光が世界を照らす、あの太陽の輝きを」クロノの脳裏には六年前の二つの事件が終局を迎えた瞬間が再生されていた。――『終わりにするか』PT事件の最後、暴走するジュエルシードを時の庭園ごと消し去ったあの”力”を。――『ナパァァァァァァァァァム、デスッ!!!』闇の書事件の最後、黄金に光輝く竜が全身全霊の”力”を込めて繰り出した必殺の一撃を。刻み込まれた記憶。それは何時までもクロノの中で存在し続けている。ソルのことを思い出す度に当時の光景が脳裏に蘇る。あの輝きを自分は一生忘れることは出来ないだろう、と何の疑いも無く思う。「では、この『罪深き業を背負いし』という部分については?」至極当然の質問を受け、クロノは周囲を見渡し自分達以外に誰も居ないことを確認してからカリムに耳を貸せとジェスチャーした。(これはあまり詳しく言えないのですが、ソルは過去に大きな罪を犯しています)内緒話をするように声を潜めるクロノ。つられてカリムも声のボリュームを下げて周囲には聞かれないようにする。(ソル様が?)(信じられないでしょうが事実です。規模で現すと、次元世界レベルでのテロリズムが可愛く思えることを仕出かしました)(そんな!?)聞かされた事実にカリムはショックを隠せない。騎士として、魔導師として、教導官として、一人の男として彼を尊敬しているだけに。(あいつが戦う理由の半分は贖罪の為、残り半分はもう二度と同じ過ちを人類が繰り返されないようにする為です)(……とても信じられません)(まあ、無駄に背負い込む性格の所為で本人が勝手にそう思い込んでるだけであって、実際はそこまででもないんですけどね)(どういうことですか!?)「事故みたいなものです」からかわれているのか、と頬を膨らませるカリムにクロノは肩を竦め立ち上がる。「もう行きます。仕事があるので」「ソル様のことをこれ以上教えてはくださらないのですね」溜息を吐く彼女の横顔を見て、クロノは苦笑。「知らない方がいいですよ」「理由を聞いても構いませんか?」「理由? そんなのは簡単です。僕と母さんはソルの過去を知ってしまった。けれど、それを他言無用ということを約束に生かしてもらっています」「は?」「つまり、僕達親子は首の皮が一枚繋がっている状態なんですよ」彼は親指を立てると自分の首を掻っ切る仕草をして、何処まで本気なのか分からない冗談交じりの笑みを浮かべるだった。後書きだあああああ!! 空港火災の話書くつもりが、何をどう間違ってこうなったちくしょうー!!次こそは空港火災の話を書ければいいな、と思っています。次回は空港火災のお話、そして次はキャロが登場するお話!!絶対に書いてやる、と意気込んで自らの首を絞めて窮地に陥るの術!!PSタイランレイヴの表記は初代、ゼクス以降はタイランレイブと表記されているので、誤字じゃないですよ。