瞼に当たる光の強さとその眩しさに眼を開ける。「ん……」網膜が可視光線を捉え、像を映し出す。そこには、皆がソルを見下ろすように覗き込んでいた。眼を覚ましたソルを見て皆が揃って口を開き何か言おうとするのを遮るようしてソルは立ち上がり、全員に背を向けて歩き出す。「俺の負け、つまり三人は試験合格だ」丁度十歩足を進めた地点で止まると、振り返りもせずに言った。「約束だ。管理局から来る仕事、手伝わせてやるよ」背中越しに三人娘が手を取り合って喜んでいるのを聞き流しながら、美しい朝日に眼を細め、彼は感慨に耽る。この世界に来て十年。高町家に転がり込んだのが全ての始まり。短いようで長かった、特に後半の五年目からは本当に濃い毎日だった。その間に子ども達は立派に成長し、一人前になった。何も無い場所ですっ転んで泣いていたなのはですら、今では一流の魔導師だ。少し早過ぎるかもしれないが、子どもの成長を大人から見れば意外とこういうもんなのかもしれない。「お前達は立派な一人前だ。もう俺の庇護は必要無ぇ」力と覚悟をしっかりとこの眼に焼き付けさせてもらったのだ。今までみたいに過保護で居る必要は無い。自分の道を自分で決める力があって、その道を突き進み続ける覚悟があるのなら、もうソルに言うことは無い。だから――「ってことで、近い内に高町家出てくから、俺」ちょっとCD屋までCD買いに行ってくる、といった非常に軽いノリの口調と共にソルはゆっくりと振り返る。その表情はまさに『脱子守!! ビバッ、独身貴族!!』だった。「「「「「「「「「「「「………………はあああああああああああああああああああああああああ!?」」」」」」」」」」」」彼の言葉の意味を皆が理解した瞬間、海鳴の空に十二人の喚き声が一斉に響き渡った。背徳の炎と魔法少女 空白期12 Primal LightSIDE ユーノってなことがあってから二週間が経過した。僕は今、海鳴市から少し離れた遠見市にある高級マンションのロビーに一人で訪れている。目的の部屋番号を入力して暫しの間待っていると、スピーカー越しに『新聞の勧誘や下らねぇセールスだったら殺す』なんていう物騒でドスの利いた応対が返ってきた。「ソル、僕だよ」『なんだ、ユーノじゃねぇか。念話か電話してくれりゃいいのに』彼が態度を百八十度変えると、『入れよ』という言葉と共にロックが解除される。僕は高級かつ豪華な造りをしているロビーを若干緊張しつつ抜け、ソルが一人で暮らしている部屋に向かう。「よく来たな、入れよ」「お邪魔しまーす」出迎えてくれたソルに促されて部屋に入る。彼は無地のシャツにジーパンという相変わらずラフな格好。シャツは袖のボタンなんて当然留めてなくて、第三第四ボタンの二つしかしてない。だらしない出で立ちの筈なのに、彼が持つワイルドなイメージをより引き立てているようにしか感じないのは一体何なんだろう? 五年以上一緒に暮らしてて今更だけど。そんな格好で寒くないのかと思ったけど、部屋の中は法力を使って温度調整しているのかとても過ごしやすい空間だったので僕はコートを脱ぐ。引っ越したばかりだというのに室内は綺麗に整理整頓されていた。余計なものを絶対に置かない、しかし趣味や仕事に対しては一切妥協しないソルらしい部屋だ。テーブル、イス、テレビ、パソコン、ソファといった最低限の家具。積み重ねられたCDラック、CDプレイヤーとスピーカー、何かの書類の山、バインダーやファイルが詰め込まれた棚。これらは全て地下室にあったものをそっくりそのまま持ってきたのである。「寝室はどうなってるの?」「あ? ベッドとタンスしか置いてねぇから見てもつまんねぇぞ」一応覗かせてもらうと、本当にベッドとタンスしかない殺風景な部屋だった。他に物らしい物と言えば申し訳程度に備え付けられたカーテンのみ。あとはクローゼットの中に碌に着てない中学の制服と、擬装用の管理局の制服と、作業用の白衣が入ってるとか。「デバイスのメンテとかは何処でやるつもり?」「専用の作業室を用意してある」案内してもらうと、そこには地下室においてあった機械類が所狭しと置いてある。寝室とは偉い違いだ。さっきのが囚人の部屋だとしたら、こちらはさながら中小企業が持つ工場の一室だ。いくらなんでもギャップがあり過ぎるでしょ。「後は物置だ」「へー。ちなみに聞くけど、こんな良い部屋を十日そこらでどうやって用意したの? ていうか、その間何処で寝泊りしてたのさ?」彼は高町家を出ると宣言して三日経つと、有無を言わさず本当に出て行ってしまった。そして一昨日まで行方知れず。連絡を取ろうにも、『今仕事中だ。時間が出来たら連絡する』と短い返事が寄越されるだけ。彼の契約者達に連絡を取ってみても『ごめんなさい、教えられない』と平謝りされるという始末。普通にすまなそうにしていたのはクイントさんだけで、他の皆は必死に『まだ死にたくない』と繰り返していたのは余談。このマンションも怪しさ爆発だ。一つの部屋が八畳から十畳くらいの広さを持つ4LDKとか、どんだけ金掛けてるんだろうか。合法なのか非合法なのか入手方法が気になって仕方ない。「部屋はリンディに一週間お前の下で馬車馬みてぇにただ働きしてやるから、見返りとして部屋を用意しろっつったら用意してくれたぜ。部屋を用意させただけだから金は俺持ち。で、それまでの寝床はアースラな」「えええ? そんなんでリンディさん本当に用意してくれたの!?」「マジで馬車馬みてぇに働かされたがな。休む間も無くアッチコッチの武装隊に飛ばされては犯罪者締め上げたり、ロストロギア確保したり、強制捜査に踏み込んだり、クロノの代理で動き回ったり、本局でただひたすらデバイスのメンテ片っ端からやらされたり……」もう二度とあの女狐に頼みごとはしねぇ、と愚痴のようなものを零して冷蔵庫から酒瓶を取り出すとグラスを使わずにラッパ飲みし始める。「晩酌は夜にすれば? まだ夕方前だよ」「次元世界を行ったり来たりすると体内時計が狂ってしょうがねぇ」「どっちにしろ飲むのね」プハァッ、とおっさんみたいな吐息を満足気に吐いてイスに座って足を組み、テーブルに酒瓶を置いて頬杖を突くと、僕にソファに座るように促す。「で? 何しに来たんだ?」「まあ一応キミの様子を見に、ね。それだけじゃないけど」「ほう?」興味を持ったのか眼を細め、視線で続きを促してくるので僕は本題に移ることにした。「どうして急に、高町家を出て行くなんて言い出したの?」「ちゃんと理由は言った筈だが?」確かにちゃんと聞いている。十年前にソルが高町家に居候するようになったのは、当時のソルの外見年齢が五歳児前後であった為、身の振り方を含めたありとあらゆる面から打算的思考によって居つくことにしたこと。だから、いずれは必ず出て行くつもりであったこと。そして、この考えは”家族”を手に入れたとしても変えるつもりは無かったこと。せめてなのはが成人、最低でも高校を卒業するまでは厄介になるつもりだったのだが、魔導師として一人前であることを認めたのでそれを契機に出て行くことにしたこと。「だからってあんな風に言うだけ言って出て行くこと無いんじゃない? 『俺を引き止めたかったら力ずくで来い』とかまで言っちゃって……理不尽、というか自分勝手過ぎるでしょ」そうなのだ。彼は自分を必死に引き止めようとする女性陣に対してドラゴンインストールを発動させ、『俺に勝てたらいいぜ。纏めて掛かって来いよ』と言い放ち、無謀にも挑戦した者達を秒殺したのである。しかも、なのは達三人は管理局から来る仕事を手伝わせてもらえる条件に『必ず高校は卒業する』『学業と両立出来なくなったらすぐに止めさせる』とあるので、問答無用で家を出て行ったソルに対して色々文句があるのに言えずフラストレーションを溜め込んでいたりする。『別に今生の別れって訳じゃ無い、今まで通り仕事や訓練の時は一緒だ』ってソルは言ってたけどさ……「俺が出てって二週間か。そっちはどうだ?」「今の高町家は天照大神が居なくなった世の中みたいだよ。ソルだけに」「全然上手くねぇよ」そうかな? ソルの名前って古い言葉で太陽神って意味だからピッタリの表現だと思ったんだけど。「ツヴァイとエリオが寂しがってるよ」「近い内に泊まりに来るように言え。何時でも遊びに来いってな」「相変わらず娘と息子には甘いね」「そうでもねぇさ」フッ、と苦笑してソルは酒瓶に口を付ける。ゴクゴクと喉を鳴らし、実にワイルドな仕草で口元を拭い、何時もの不敵な笑みを浮かべて前髪をかき上げた。なんか上手くはぐらかされてる気がしないでもない。だけど、この程度で僕がすんなり納得して帰ると思ったら大間違いだ。今日はとことん腹を割って話して欲しいと思う。こうなったら――「僕もお酒飲む」僕は立ち上がって、勝手にグラスを食器棚から取り出し冷蔵庫から酒瓶を手にする。視線で「いい?」と問い掛けると、「勝手にしろ」と返ってきたので遠慮する必要も無くなった。グラスの酒を注ぐとそれを飲み干し。ほろ苦さが舌の上を滑り、アルコールが喉を潤し、腹の中に熱を生み出す。「さて、聞かせてもらうからね」あの日以来のソルの行動は僕を含めた皆が、特に女性陣が納得していない。色々と不満もあるし聞きたいことだってある。どうして僕達と距離を置くようになったのか、その理由は聞いているけど、それに対する彼の本音を聞いていない。で、彼の本音を聞きだせる人物として家族の中から消去法で僕が選抜された訳だ。相手が女性陣だったらソルは絶対に本音を語らないだろうし、そもそも部屋に上げるかどうかも怪しい。僕にはまるで、女性陣と距離を置きたいから家を出て行ったように見えた。そう感じたのは皆も同じで、家の中の空気は通夜のように沈んでいたりする。アルフと美由希さんはことの発端なので『どうしてこうなった!?』と毎日頭を抱え、ヴィータはソルの取った行動が気に食わないのか『皆を裏切りやがって……』とイライラしてるし、女性陣に関しては口にするのも憚れるくらいに凹んでいた。凹んでいると言うよりも腐っていると表現した方が良いのかもしれない。腐乱死体と同居しているようで、一緒に居るだけで空気がどんより淀んでいるのを実感するし。「御託は要らないよ、ソル。建前とか理由はもう分かったから、キミの本音を聞かせて欲しい。嘘偽りの無い、キミの気持ちを」彼お決まりの台詞を拝借して僕は切り出すと、真紅の眼が鋭くなったような気がした。「どうして、出てったの? あのままじゃいけなかったの?」問い詰める。と、彼は観念したかのように溜息を吐き、ポツリと零した。「……切欠は、五年前のバレンタインデーだな」「五年前のバレンタインデー? ああ、ソルが幼児退行したアレね」当時のことを脳裏に描いて僕は一つ頷いた。「今振り返って見ると、あの”フレデリック”はそれまで俺自身が知らず知らずの内に抑圧していた”願望”の塊だったんじゃねぇかって思う。過去に戻って全てをやり直したい、全てを無かったことにしたい、何も考えずに過ごした無邪気な子ども時代に戻りたい、っていう願望とかな」「あの”フレデリック”が、ソルの願望……」「で、だ。”フレデリック”はあの時、普段の俺なら絶対に越えようとしない領域に易々と踏み込んでくれやがった。しっかり線引きしてたのに、その線を踏み躙るように滅茶苦茶にしてくれた」一体”フレデリック”は何をしたんだろう? 僕は口を挟まず答えを待つ。「それまで家族としてしか捉えていなかったあいつらを、異性として捉えやがったんだよ」「え?」じゃあ、それってつまり――「その所為で”フレデリック”が消えて以降もあいつらのことを家族として見ているのに……心の何処かで、無意識の内に異性として見てた」ソルの独白は続く。「自覚したのは中学に入って暫く経った辺りか……家族に対して向けていた愛情が、少しずつ変化していたのに気付いたのは。当然、俺個人としては認めたくなかったがな」苦虫を噛み潰したような表情になると、彼はアルコールを一気に飲み干し酒瓶をを空にした。「家族として愛している筈なのに、俺の中で徐々に異性としての存在が大きくなっていってな。あいつらとの距離感が曖昧になってきた、最近はそう感じるぜ……」それっきりソルは黙り、二本目の酒瓶が追加される。つられて僕も喋らなくなり、酒を飲むことに集中する。僕達二人は黙々と酒を飲み続けた。三十分程経過して、ついに眼が据わり始めたソルが唐突に切り出した。「問題はこっからだ」「うん」「俺の身体が一度五歳児前後に幼児化してから、元の肉体年齢に戻ったのは知ってるだろ」「知ってるよ。散々聞いた」「その所為かどうか知らねぇが、とっくの昔に無くなったと思ってたアレが出てきやがった」「アレって、何?」アルコールの所為で熱に浮かされているような頭で考える。「……生物の三大欲求の一つだ」「……性欲?」ゆっくりと静かに、認めざるを得ないといった風にソルは頷いた。「あいつらを異性として見ることが、俺の中の……ギアの本能を刺激したらしい」「つまり?」「ギアの本能が、あいつらを”優秀な雌”として認識したってことだ」なんかギアであることを言い訳にしてるように聞こえるなー。もっとぶっちゃければいいのに。皆に欲情してるって。素直になれない男め。「あれだけ魅力的な女性達に囲まれてエッチな気分にならなかったら男として死んだ方が良いって思うんだけど」「だ・か・ら、今まで百五十年以上も休眠してたのが活動を再開したんだよ!!」「良かったじゃない、キミも男だったってことが証明されて。皆、結構そこら辺心配してたから。キミが不能なんじゃないかってさ」「良くねぇっ!! 俺が中学に入学してからこれまで二年弱、どれだけあいつらに苦しめられたか知らねぇだろ!?」まあ、同情はするよ。アインとシグナムとシャマルは大人の魅力と色気ムンムンだし、なのはとフェイトとはやてはソルの魔力の影響で成長が早くなってるから高校生くらいの外見だし。よくもまあ、今まで一度も手を出さなかったとある意味尊敬する。仏頂面の裏で煩悩と戦っていたんだろう。「ガタガタうるさいなあ、いい加減認めなって」「だってお前、今まで家族だと思ってた奴らをそういう対象に見るとか、どんだけ鬼畜なんだよ!!」「そんなこと気にしてたの? 気にするだけ無駄だってば。ソルが鬼畜なのは今に始まったことじゃないでしょーが」「随分辛辣だなオイ!?」更に一時間が経過した。お互いに酔いが良い感じに回ってきて、それに伴って会話もハイになってきてる。ソルの舌も滑らかになってきた。「ねー。いきなり話変わるんだけどさ、アリアさんってどんな人だったの?」「前にも言ったろ。頭良い癖にバカで我侭で妙に子どもっぽい、男をジャイアントスイングするみたいに振り回す女だ」「ソルは自分を振り回す女性が好み、と」「待てコラ」「皆の中で誰が一番アリアさんに近い? 強いて言えば」「んー、外見だけで言うならはやてだな」「はやて? これまた意外。その理由は?」「髪型とか、身長とか、スタイルとか。アリアは綺麗っつーよりも、可愛いって感じだったしな」「はやてって皆の中で一番残念な身体だよね?」「それ本人に言ったら殺されるぞ」「えっと、つまり、ソルは綺麗系よりも可愛い系の方が、スタイル抜群よりも少し残念な方が、背が高い女性よりも小柄の女性の方が良いってことでファイナルアンサー?」「……」「沈黙は肯定と判断するからね。で、これによって導き出された結論は」「……結論は?」「キミにはロリコンの気がある」「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」突然、ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! とソルは何度も何度も額をテーブルに叩き付けた。「違う!! 愛した女がそういう奴だったんだ!!」「言い訳は見苦しいよ!!」更に数時間が経過した。途中で腹が減ったから出前を頼んだり、酒とつまみが切れたからコンビニへ買いに行ったりとかしていたら、すっかり空は真っ暗で何時の間にか夜になっていた。部屋はそこら中に空き缶やら酒瓶やらつまみのゴミやら出前のゴミやらが転がっていて、まるで宴会後のカオスな雰囲気を醸し出している。僕は飲み終わったビールの缶を適当に投げ捨て新しい缶に手を伸ばし、プルタブを起こして開けると口に付けた。「此処までの話を要約すると、家族だと思っていた女性陣を異性として捉えてしまったことにより、もう辛抱堪らん、理性が持たない。で、三人を一人前として認めたのをこれ幸いに出てったと?」「……くっ、色々と補足したい部分が多々あるが、分かり易く言うとそうなる」ソルはワンカップをちびちび舐めるように飲みながら、そっぽを向いて返事をする。「馬鹿馬鹿しいなあ」「んだと?」「もういいじゃん」「何が?」「我慢なんかしないでやっちゃえばいいじゃん。女性関係も二つ名通りになれば今よりもっと箔が付くし」家の中でも外でも”背徳”だなんて流石ソル、誰にも真似出来ないことを仏頂面でやってみせる、そこに痺れないし憧れない。見てて面白いとは思うけど。「オイ!! それどういう意味だ!?」「据え膳食わぬは男の恥でしょ」「……いや、確かにそうだが」「毒を食らわば皿までって言うじゃない。それと一緒だよ」「? 今の、どういう意味だ? 前者に対して何故後者が絡む?」「具体的には7――」「分かった、言わなくていい、言わなくていいから」「大丈夫。ギアなら腎虚で死ぬ心配は無いでしょ」「あれは迷信だ……」「尚更心配要らないじゃない」「……今はっきりと分かった。俺が鬼畜なんじゃない、俺の周りに居る連中が俺を鬼畜にしたいんだ!! きっとそうだ、そうに決まってる!! そうなんだろ畜生!!」「畜生なだけにね」「だから上手くねぇっつってんだろが!!」ふと時計に眼を向けると、既に日付が変わっていた。もう帰らなきゃ、と頭の片隅で思った瞬間、もういいや面倒臭い、このまま泊めてもらうことにしよう、と思う。最早ソルは完全に出来上がってるのか、僕が聞き出すまでもなく一人で勝手に喋ってくれている。……いや、かく言う僕もかなり酔ってる。さっきから女性が聞いたらマジでヤバイ発言をしまくってるし。例えばこんな発言。「誰と一番やりそうになったー?」「シグナム」「またしても意外な人物の名前が挙がった。僕的にはアインかシャマルだと思ってたのに」「ツヴァイとエリオが一緒に居てくれるおかげで逆にそういう気分にはならん」「ふむ。他の三人は?」「あいつらに迫られると身の危険を感じるんだ、何故か」男ドン引きさせてるとか馬鹿でしょあの三人。「やっぱりソルでもあの胸には抵抗出来ない?」「そうじゃなくて。あいつな、たまに可愛いだろ?」ナチュラルにこういうことを言う辺り、本当にソルは酔っ払っているらしい。そして彼はやはり可愛いものに弱いみたいだ。可愛いというよりも、綺麗な彼女を可愛いって言うことはきっとシグナムがソルにだけ見せる態度のことを言ってるんだろう。……なるほど。仕草や態度が可愛い女性が好み、ね。「あん時はヤバかった。レティの邪魔さえ入らなければ……」「邪魔? 今、邪魔って言ったよね? レティさんのこと邪魔って」「言葉のあやだ!!」「そこまで必死にならなくても……」あれからまた大分時間が経過した。たぶん、午前の二時くらいかな、今。「もうさ、ウダウダ考えてないでやっちゃえば。愛のままに、我侭に、本能の赴くままに突き破ればいいじゃない」「最後の部分がやけにリアルだな」「ソルだって押し倒されるより押し倒したいでしょ?」「……まあ、な。だが俺は……」彼は続きを紡がず天を仰ぐようにイスの背もたれに体重を預けると、手にしていた空き缶を背後に放り捨てた。ガコンッと乾いた音が響く。僕もそれに倣うように、空き缶を床に投げ捨てる。カラカラと缶が転がり、やがて動きを止めて静かになった。「……」「……」「……ソルは」「ああン?」「どうしてそんなに、”普通”であることにこだわるの?」彼と共に暮らして五年。その間に感じたことは、彼が異常なまでに”普通”にこだわっていることだ。”魔法”に、法力に出会って彼はそれにのめり込んだ。その所為で彼は”普通”ではなくなってしまった。世間一般で言う”化け物”に成り下がったとは本人の弁。だからこそ”普通”にこだわっている。そして、自分と関わることによって”普通”ではなくなってしまうことを酷く恐れている。自分のようになって欲しくない、ただそれだけの理由で。彼の歩んできた人生を鑑みればその気持ちや理由も分からなくはないけど。戦闘や魔法に関しての考え方は誰よりも合理的かつ冷徹な思考を持ち、時には元科学者らしいぶっ飛んだ意見を出すソル。それでも彼は日常生活面において誰よりも常識人だった。こんな言い方嫌だけど、本人が一番”異常”なのに。「僕達はもう既に普通じゃない。そのことを割り切れていないのはキミだけだ」「分かってる」「別に僕達皆が皆、ギアになる訳じゃ無い。少なくとも僕はギアになる気は無いよ。安心してくれていい」「……そうか」「他の皆だってそうさ。ギアになる気なんて更々無いって」「だと良いがな」「アルフに言われたこと、まだ気にしてるの? あんなの、最低最悪の未来予想図でしかないじゃない」あり得ない話じゃないのも事実だ。仕事か事故か分からないけど、死に掛けるなんてことは無いって言えない。ソルがそういう道を選んで突き進むように、僕達もソルの隣を歩くことを選んだのだから、そのくらいの覚悟はとっくに出来ている。「その時になって決めるのはキミさ……誰もキミに強制しないし、ましてや否定したり非難することも無い。自分で考えて、自分で決めればいいと僕は思う」「……」「それにさ、もし結果的にキミが望まなかった状況になってしまっても……キミや皆が幸せで居られるのなら、これから先の人生、退屈はしないでしょ?」「かもしれねぇな……だが、いざって時に俺はどうするのか、自分でもよく分からねぇんだ」天を仰いでいたソルが首を動かして僕を見た。まだ何かに迷っているような、悩んでいるような表情。そんな顔を見て、僕はこんなもんかと思うことにする。迷うということは、悩むということは、答えを求めて足掻いているということだ。なんともソルらしいではないか。相変わらず難しく考え過ぎな気がするけど。不器用な生き方しか知らない、割り切りたいのに割り切れない、大雑把のようで実はとても神経質な彼らしい。僕が出来るだけの後押しはした。この後にソルがどんな答えを出そうと――「……うぅ」「どうした、ユーノ?」「シリアスのところ悪いんだけど……」「?」「……気持ち悪い、吐きそう」「マジかよ!? まだ吐くなよ!! 頼むからトイレまで我慢しろよ!!」色々と台無しだった。眼が覚めると、僕は便器の中に頭を突っ込んでいた。何を言ってるのか分からないと思うが、正直僕も現状がよく分かってない。とりあえず頭を便器から引っこ抜き、トイレを出る。足がフラつく、頭が重い、気分が悪い。これは完全無欠な二日酔いに違い無い。「起きたか、このゲロシャブ小僧」「……液○ャベか、ウコ○の力をちょうだい」「第一声がそれとか、他に言うことあんだろが……ったく、初めて会った時の謙虚なユーノは一体何処行っちまったんだ?」「僕、過去は振り返らないことにしたんだ」「オイ、それは俺への当て付けか?」「さあ?」僕が便器に頭突っ込んだまま寝てる間に掃除でもしたのか、あれ程散らかってた部屋は来た時と変わらないくらいに綺麗になっていた。ゾンビのような足取りで台所まで辿り着き、水を一杯飲む。「もう帰るね。待ってても薬くれる気配無いし」「無ぇよそんなもん。帰るんだったらとっとと帰れ。俺はこの後聖王教会で仕事の調整があんだよ」玄関を開けて外に出ると、青空が広がっている。太陽の位置からして昼前くらいだろう。あー、これは学校サボりだな。「ユーノ」「ん?」背後からの声に振り返る。「また、飲もうぜ」「うん。次は薬を用意してくれると僕嬉しいな」「甘えてんじゃねぇ、持参しろ、持参。つーか吐くまで飲むなって何時も言ってんだろ」「吐くまで飲むのが高町家ルールだよ」「……十年以上暮らしてたのに初耳なんだが」ソルは呆れたようにやれやれと溜息を吐くと、穏やかに微笑んだ。「またな」「うん、また」こうして僕はソルの部屋を後にした。「報告は以上です。ビッグボス」『そう。ありがとう、ユーノ。ゆっくり休んで頂戴』桃子さんに報告を終えると僕は携帯電話を机に置き、ベッドに寝っ転がる。帰る途中、液○ャベを買って飲んだおかげで気分は大分良くなってきたが、身体のだるさは抜け切っていない。これはもう一眠りするしかない。着替えなきゃと思ったけど、面倒だったのでそのまま布団に包まった。遠くで、「我が世の春が来たーーー!!」という魂の奥底から響いてくるような叫びが聞こえた気がしたけど、聞かなかったことにした。そして、その日以来、高町家は何時もの賑やかさを取り戻す。今までの日常に、ソルという一欠片が無くなったまま。まあ、彼は別居しただけであって、僕達と縁を切った訳では無い。訓練や仕事には今までと変わらず顔出してたし、暇な時には普通に翠屋でコーヒー飲んでたり、エリオとツヴァイと遊んでたりしてたから。SIDE OUTそして、季節は春。桜が美しいこの季節。恭也と忍の結婚式が行われた。特にこれといった問題も無く、式は無事に指輪の交換やら誓いのキスやらを終えて、残すはブーケ・トスという段階にまで来ている。「何だよ……あの殺気立った集団」ソルの視線の先には、彼の言う通り殺気立った女性達がリバウンドする為にポジション取りを争っているバスケット選手のように、押し競饅頭をしていた。「欲しいんじゃない。ウェディングブーケが」隣で子犬形態のザフィーラを抱っこしたユーノが若干引きながら返す。『あそこにブーケを投げ込んだら血の雨が降るぞ』ザフィーラの念話にソルとユーノはこめかみに汗を垂らして頷いた。純白のウェデイングドレスに身を包んだ忍が大きく振りかぶって――「どっせえええいっ!!」滅茶苦茶気合が入った声と共にトスされた、というかもう投擲されたと言っても過言ではない花束は、誰もが想像していた緩い放物線など全く描かず、むしろこの場に集まった人間全員の予想を裏切って砲弾の如く勢いで真っ直ぐ飛ぶ。「うおっ!?」自分の顔面に向かって飛来してきたウェディングブーケを思わず受け止めてしまうソル。花束の癖してずしりと重い。明らかに遠くへ投げ飛ばす為に重りが入っていたのだと実感する。忍の奴は一体何考えてやがる、とソルが内心で純粋に疑問に思っていると、ノエルが駆け寄ってきて耳打ちした。「ソル様。花束の中にガーターが六本入ってます」「ああン? ガーター!?」「はい。これはブーケ・トスではありません。ガーター・トスなのです」ガーター・トスとは、ブーケ・トスが未婚の女性に投げられるも対して、未婚の男性に投げられるものだ。で、受け取った男性は意中の女性が居るのであれば、その女性に跪いてその左足にガーターを着けてあげるという、ブーケ・トス男性版。ガーターと言っても腰で留めるタイプのガーターベルトのことではなく、太腿にはめる形の、二つで一組として使用する輪状の物のことだ。「……本当に六つ入ってやがる……馬鹿だろあいつ……!!」花束の中身を確認したソルが戦慄の声を出し、忍を射殺すように睨みつけるが、当の本人はグッとサムズアップするだけ。ソルとユーノとザフィーラ以外はノエルの言葉が聞こえておらず、周りの連中が「次はソルが結婚するぞおおおおお!!」と騒いでいるのが唯一の救いだった。どうやら誰も、本当はブーケ・トスではなくガーター・トスであることに気付いていないらしい。「どうすんだよこれ!?」「後で皆さんに着けてあげてください」そう言って颯爽と去っていくノエル。救いを求めるように隣を見ると、何時の間にか傍に居た筈のユーノと子犬ザフィーラが居ない。(に、逃げやがった)一人取り残されたソルは、途方に暮れて、とりあえず額に手を当て頭痛を堪えるのであった。「罪深き業を背負いし太陽が照らす、旧い結晶と無限の欲望が交わる地 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる」自身の希少技能、”預言者の著書”――プロフェーティン・シュリフテン――が書き出した文字の羅列。古代ベルカ語で記されたそれを見て、カリムは眉を顰めた。それぞれの単語が何を意味しているのか全く理解出来ない。表現が抽象的過ぎるし、『罪』とか『欲望』とか『死者達』とか碌でもない単語ばかりで正直うんざりだ。解析した訳では無いので解釈らしい解釈もまだだが、あまり良いことではない、とだけは漠然と分かる。まだこれを誰かに見せる訳にはいかない。最低でも、教会内でしっかりとした解釈が出来るまでは。「一体何が、これから起きようとしているのかしら……?」虚空に問い掛けるカリムに答える者は、居ない。後書き毎回毎回、たくさんの感想をありがとうございます。さて、新学期になりました。皆さん如何お過ごしでしょう?環境が変わって戸惑っていると思いますが、お互いに頑張りましょうね。エイプリルフールのことをすっかり忘れてました……畜生、出遅れたorzま、大したねた無かったので、別に、別にいいんだけどね!! 悔しくなんかないもんね!!此処まで書いて、やっと、やっとアニメA`sのエピローグに漕ぎ着けることが出来ましたよ……すいません。もうちょっとだけ空白期が続きます。STS編を心待ちしている方は本当に許してください。次回からSTS編に入る少し前の、漫画版のエピソードに突入します。初のレリック事件、空港火災、そしてキャロ登場!! といった流れに。いや、そんなすんなりいくかどうか不明ですけど。ではまた次回!!!