いつも魔法訓練に使っている森。その中央に、ぽっかりと木々が一本も生えていない広場のようなものが存在する。そこに、左手に封炎剣を持ったまま腕を組み、眼を瞑り、静かに佇むソルが居た。聖騎士団の制服を模したバリアジャケットを纏い、首から歯車の形をしたデバイス”クイーン”を下げ、額に赤いヘッドギアを装着している。完全武装だ。「来たか」厳かに紡がれた言葉と同時に彼の足元から火柱が立ち昇り、束ねられた後ろ髪を一瞬跳ね上げる。「レイジングハート」「バルディッシュ」「行くで、ツヴァイ」「はいです、はやてちゃん」周囲の温度が上昇するのを肌で感じながら、なのはとフェイトとはやての三人はバリアジャケットを展開。ツヴァイがはやてに応じてユニゾンの準備に入った。「「セットアップ」」「「ユニゾン・イン」」桜色、金色、そして銀色の魔力光が周囲を包み、その光が収束して止むと戦闘態勢が整う。それぞれのデバイスを握り締め、相対する最大最強の”敵”を油断無く睨む。一時間掛けてデバイスのチェックとアップを入念に行ったおかげで、相棒に問題は無く、自身の身体は十分に温まっている。コンディションとテンションはかつて無い程に最高潮。間違い無く万全と言える状態だ。『ユーノ、結界を張れ』『了解』ソルの念話にユーノが応じると世界が色を変える。現実世界から一時的に切り離される封時結界が展開し、一つの決闘場が出来上がった。「……」無言のままゆっくりと腕を解き、封炎剣の切っ先を地面に垂らすように構えるソル。レイジングハートの穂先をやや斜めに向けるなのは。バルディッシュをハーケンフォームに切り替え、肩で担ぐようにしているフェイト。シュベルトクロイツを右手に、夜天の魔導書を左手に持ったはやて。最早開始の掛け声など要らない。黙したまま動かない四人。ただひたすら相手の一挙手一投足を見逃すまいと全神経を集中させる。空はまだ暗い。日の出までもうしばらく時間が掛かるだろう闇の中、不意にソルが閉じていた口を開き、深い息を吐く。HEVEN or HELL「来ないのか? なら、俺から行くぜ」彼は一歩大きく踏み込み、手にした封炎剣を大地に突き立て、爆炎を発生させる。「ガンフレイムッ!!」DUEL闇に包まれた世界に、一条の太陽の光が差す。それが開始の合図だった。Let`s Rock背徳の炎と魔法少女 空白期11 背負うこと、支えること、それぞれの想いとその重さ自分達に向かって地面を焦がしながら迫る獄炎に、なのはは右へ、フェイトは上空へ、はやては左へ大きく避けて難を逃れる。三方向へ回避した敵を見据えながら、ソルは一切の迷いも無く、はやてに向かって一直線に駆け出した。理由は単純明快。空戦よりも陸戦が得意なソルは上空へ逃げたフェイトを選択肢からまず最初に除外。三人の中で接近戦が最も苦手であり、はやての広域殲滅適性の厄介さ、ツヴァイの氷結能力がソルの炎を相殺してしまうこと、これらを総じてはやてを出来るだけ早く沈めた方が良いと睨んだ結果だ。しかし、はやては自分が一番最初に狙われると自覚していたのか、特に驚きもせずに立ち止まると迎撃態勢に入る。ソルに杖を向け足元に三角形が特徴のベルカ式魔法陣を発生させ、銀の魔弾を雨霰と降り注いだ。弾幕に怯むことなく、速度を下げるどころか、むしろより強く踏み込み速度を上げて、降り注ぐ銀の雨を掻い潜り一気に肉迫した。視界の外からはやてのフォローをしようとフェイトが上空から、なのはがサイドから接近してくるのを感じながらも、ソルはミサイルの如き勢いで自分の間合いする。「邪魔だ」防御魔法を咄嗟に展開するはやてに向かって蹴り、流れる動作で次に炎を纏わせた封炎剣を右に左にと二度薙ぎ払い、更に渾身の右ボディーブローを放ち、返す刀で封炎剣を下段から振り上げた。ガラスが砕けるような音と共に防御魔法が決壊。その隙を見逃すソルではない。「させないっ!!」斜め上の背後からフェイトが鎌を振り下ろしてくるのを無視し、ソルは前方へ跳躍した。「バンディット、リヴォルバーッ!!」「ッ!」左飛び膝蹴りから右の回し踵落としという二段攻撃。腹に、そして顔面にそれをまともに食らって地面に転がるはやて。「まず一人!!」倒した相手から背後へ振り返り、先の攻撃を空振りし再度鎌を振りかぶるフェイトに向き合い、封炎剣を地面に深く突き刺して屈み込む。「ヴォルカニック――」「はああああああっ!!!」「ヴァイパーァァァァッ!!」二人の裂帛の声と同時にソルが跳躍、紅蓮に燃え盛る剣と金に輝く雷の鎌が交差。拮抗したのは一瞬だけ。押し負けたのは金の鎌。「キャ!?」と小さな悲鳴を上げて後方に弾き飛ばされるフェイト。(浅かったか?)今のヴォルカニックヴァイパーで碌にダメージを与えられなかったことに胸中で舌打ちしながら、空中から眼下で体勢を崩したフェイトを冷たく見下ろし、彼女に向かって追い討ちを掛ける。「砕け――」「ディバインバスタァァァァァ!!」その時、させるかと言わんばかりに地面から桜色の奔流が発射されソルを吹き飛ばす。「……クソが」悪態を吐き、ダメージによる痛みを無理やり無視すると一旦態勢を整える為に大地に降り立つ。だが、それは失敗だった。地に足を着けた途端、冷気が腰から下を覆い尽くし瞬く間に凍りつく。それはまるでソルを大地に縛り付ける鎖。ツヴァイの氷結能力。ということは、はやては健在だ。首を巡らしはやてを探すとソルの右手の方。背中に黒い翼スレイプニールを羽ばたかせ、口の中を切ったのか唇から血を垂らしながら、杖の先端を突撃槍のように構えて突っ込んでくるはやての姿が。体勢の悪さを考慮し封炎剣を左手から右手に持ち替えて、突き出されたシュベルトクロイツを縦に構えた剣の腹で受ける。激しい金属音が鼓膜を叩く中、はやてはソルの顔面に向かって――「ぺっ」「っ!?」あろうことか、血を吐き捨て、目潰しをしてきたのである。流石のソルもこれには驚いて眼を瞠り、慌てて首を捻って交わす。人類を越える動体視力と反射神経を持つソルだからこそ、この至近距離での目潰しを避けれたと言えた。だが、それで終わりと考えるのは早計だ。「クラウ・ソラス」シュベルトクロイツの先端が瞬き、ゼロ距離で砲撃魔法が放たれた。ソルの視界が銀色に染めるのとほぼ同じタイミングで爆発が発生。いくらなんでもゼロ距離射撃の砲撃魔法を封炎剣だけで防ぐのは不可能であり、フォルトレスを含めた防御系も間に合わない。砲撃魔法をまともに受け、爆風で後方へ十数メートル地面を転がる。同じようにして視界も転がり続けるが、封炎剣を大地に突き刺してブレーキを掛け、強引に勢いを殺す。すぐさま立ち上がったそこへ、桜色の誘導弾が迫っていた。その数、優に二十を超えている。考える間も無く走り出し、一目散に逃げる。追い掛けてくる数の暴力。逃げながら誘導弾を操っているなのはを見つける。隣にはフェイトも居る。ソルは進路をそちらに変更し、全速力で駆けた。近付かれまいと、二人は射撃魔法を大量に連射してくる。おまけに九時方向からはやての射撃まで加わった。鬱陶しいことこの上無い。「うぜぇ」前方から、背後から、横から迫る魔弾の嵐に晒されながらも足を止めず、しかし弾幕が濃過ぎて近付けない。だが――「上等だ!!」叫び、封炎剣に魔力を注ぎ込む。纏った炎が刀身を包み、更にそのリーチ延長させ、長大な炎の剣となる。普通では考えられない、馬鹿みたいに長くなった炎の剣を振り回すソル。たった一振りで何十という魔弾が打ち落とされていく。「!? もう、相変わらずお兄ちゃんは強引なんだから。フェイトちゃん!!」「分かってる。行くよ、バルディッシュ!!」なのはに応じたフェイトがバルディッシュをハーケンからザンバーに切り替え、自慢のスピードを駆使して突撃してくる。あっと言う間に距離を潰し、フェイトは両手で握り締めた金の大剣に速度と体重を乗せ全力で振り下ろす。それにソルは応じるように振り上げた。交差する紅蓮の炎と金の雷。鍔迫り合いの形となるが、パワーではソルが圧倒的に有利だ。そんなことは百も承知である筈なのに、何故?何時ものフェイトであればソルに真正面から力勝負を挑むという無謀な選択をしない。叩き潰されるだけだ。本来なら速度を主体としたヒット&アウェイがフェイトの戦い方だ。(何を狙っている?)疑問を抱いた時、ソルの全身を桜色のバインドが拘束し、フェイトがそれを確認すると一気に後ろに退がった。「ちっ!!」恐らくフェイトの役目は一瞬でもいいからソルの足を止めることだったのだろう。その隙になのはがバインドで縛る。ということは、次にはやてが――「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ、来よ、氷結の息吹」聞こえてきた呪文詠唱。案の定、杖を高く掲げたはやてが自身の周囲に魔法陣を発生させ、今まさに発射しようとしていた。「アーテム・デス・アイセス!!」魂が込められたかのようなトリガーヴォイス。「くっ!」発動した魔法はバインドの拘束から抜けることの出来なかったソルに見事に直撃。その周囲の熱を瞬きする間も無く奪い去り、ソルの炎によって紅蓮に染まっていた世界を白く塗り潰し、凍結させた。こんなものをまともに食らっては、どんなに高ランクの魔導師であろうと一撃でノックアウトだろう。しかし、彼女達が戦っているのは非常識の塊である。「調子に乗りやがって!!」怒りの雄叫びと共に火山が噴火したかのような火柱が生まれ、氷が砕け散り、つい数秒前まで氷付けになっていたソルが全身から炎を吹き出しながら飛び出してきた。「消し炭になれ、サーベイジファング!!!」大地に突き立てた封炎剣から、そしてソルの周囲から噴き出したのは、全てを呑み込む炎の大津波。結界内の既存の木々を食らい尽くしながら大きく口開く火竜の顎。三人は自身に迫る紅蓮の波を見据え、決して退かず、デバイスを向け、声を揃えてトリガーヴォイスを唱えた。「「「フルドライブ!!!」」」<<ドライブ、イグニッション>>『全力全開ですぅっ!!』それは封印を解除する言葉。普段は絶対に使わない、本当の本気を出す時だけに許された奥の手。模擬戦で使うのは初めてだ。だが、相手は自分達が知る”魔法使い”の中で最強を誇るソル。その彼が放ったのは火属性の広域殲滅型法力。出し惜しみなどしていられない。「エクセリオン、バスタァァァァァ!!」「トライデント、スマッシャァァァ!!」なのはとフェイトが二人並んで砲撃魔法を放つ。桜と金の魔力の奔流が炎の大津波を押し返そうと足掻く。しかし、それでもまだ足らない、止まらない。じわじわと炎の大津波が押し寄せてくる。苦渋の表情になる二人の顔に脂汗が流れた。「遠き地にて、闇に沈め……デアボリック・エミッション!!」二人の背後に控えていたはやてがやっと呪文詠唱が終える。暗黒の月と称した方が良さそうな巨大な球体が上空に出現し、桜と金に拮抗している紅蓮の炎を斜め上から叩き潰す。「何っ!?」ぶつかり合う魔力の向こうでソルの驚愕する声。それを聞き取った刹那、紅蓮の炎は三人の魔法に敗北を喫した。ソルが居るであろう空間が、膨大な魔力光を伴って大爆発を引き起こす。爆風が生まれ、閃光と衝撃波が渦を巻き、空気が振動し、大地震が起きたかのように地面が強く揺れる。「やった?」黒煙が立ち昇る視界の向こうを睨みながら、なのはが表情を引き締めたまま言う。「分からない。ダメージは通ったと思うけど……」自信無さげに返すとフェイトは大剣を構え直し、戦闘態勢を崩さない。「相手はソルくんや。いくらギアの力無しいうても、この程度で終わる訳あらへん」口元の血を拭いながらはやてが結論付けた。やがて黒煙が晴れると、そこにははやての言葉通り、冗談みたいに大きなクレーターの中、焦土と化した大地を踏み締め、悠然と歩いて来るソルの姿があるではないか。それでもダメージはしっかり通っていたのか、バリアジャケットはボロボロ。無事とは言い難い筈なのに、彼の真紅の眼は全く力を失っておらず、むしろ爛々と光を放ち、口元を歪めて何時ものニヒルな笑みを浮かべるその姿は壮絶である。もう終わりか? と。真紅の瞳はそう言っているのだ。「……此処からが本番、だね。フェイトちゃん、はやてちゃん」「うん!」「一瞬でも気を緩めたらそこで終わりや、良いのが一発二発入っても油断したらアカンで」対して三人は更に警戒心を高めると、デバイスを振り上げ魔法を放った。「来やがれ!!」迎え撃つのは咆哮する紅蓮の火竜。戦闘は、まだ始まったばかりである。「やっぱいくらソルでもフルドライブ状態の三人相手に、ドラゴンインストール無しじゃ分がワリーか」遠方で繰り広げられている激しい戦闘。サーチャーから送られてくる精密な映像と、視界のずっと向こうでぶつかり合っている四つの魔力光を肉眼で見ながら、ヴィータは納得したように感想を述べる。ヴィータの言う通り、三人がフルドライブを発動させた辺りから徐々にソルが押され始めていた。「決して一対一の状況を作らせず、速度で優るフェイトが隙を作り、なのはが牽制と全体のフォローを行い、主が大打撃を与えるか。接近戦を主体とするソルを倒すには実に理に適った戦法だ」背にエリオを乗せた狼形態のザフィーラが感心したように唸る。「うわ、なのはとはやての二人掛かりでバインドとか鬼だな。ソルは一瞬でもバインドで動き止められたらそれ解く前に次が来るから厳しくない?」ユーノが言ってる間に、バインドを力ずくで引き千切ろうとするソルに雷が落ちた。それでもソルは全く怯まず三人相手に剣を振るう。ついになのはを捕らえた、と思ったら、なのはは手に砂か泥でも握っていたのかそれをソルの顔面に思いっきりぶち撒け、続け様に彼の鼻に頭突きを入れ、仰け反ったところへ砲撃魔法のゼロ距離射撃を食らわし大きく吹っ飛ばす。「……ていうか、さっきから所々なのはさん達の戦い方にえげつない部分が……いや、確かに勝てばいいんですけど、戦いにおいて卑怯って単語がどれだけ意味を成さないか分かってるんですけど……」ザフィーラの背中の上でエリオが腕を組んで何やら悩んでいる。「……」そして、戦い続ける四人を黙ったまま真剣な表情でじっと見つめるアルフ。普段のアルフであれば、ユーノ達のように此処で何か発言する筈であるのに、今日に限って黙っている。そのことにアインとシグナムとシャマルは不信感を抱く。考えてみれば、そもそも急過ぎるのだ。今回の試験。本来であれば中学校を卒業する前後に行われる予定だった筈だ。予定より一年以上早い。次に、メモ用紙を見た時のアルフと美由希の態度。何故、少しも驚かない? 「やっぱりね」と溜息を吐いた?ソルがあのような不自然極まりない形で試験を行うことになった動機を、アルフは知っているのではないか?あの男は一見大雑把に見えて意外に神経質で慎重派な思考の持ち主だ。他者から見て大胆不敵な行動も、実は絶対の自信に裏打ちされたものである。更に、敵や害成す者に対して容赦無い反面、身内に異常に甘く非常に過保護な側面を持つ。はっきり言って、ソルはなのは達が戦うことを快く思っていない。何故なら、危険だからだ。怪我をするかもしれない、最悪死ぬかもしれない仕事なのだ。そんな職業に三人が就くことを、ソルが望む訳が無い。そんな彼が今の時期になのは達三人に試験を受けさせるかと問われれば、アイン達三人は否と答えるだろう。五年以上の付き合いになるのだ。ソルの性格と思考をある程度読む自信がある。「アルフ……何を知っている? いや、何を隠していると聞いた方がいいか?」言い逃れは絶対に許さない。アインが三人を代表して問い詰めると、アルフは観念したかのように溜息を吐き「隠すつもりは無かったんだけどね」と前置きしポツポツと昨晩のことを語り始めた。話自体はすぐに説明し終え、微妙な沈黙の中、ユーノが顔を真っ青にして口を開く。「よく生きてたね……僕だったら灰も残らず蒸発させられると思うよ」「右に同じ」「アタシも」「……」ザフィーラとヴィータがユーノに同意を示し、エリオはソルが本気で怒った姿を想像したのか顔を蒼白にさせてガタガタ震えていた。「アルフ、お前……」キッ、とアインがアルフを鋭い眼つきで睨む。唇を強く噛み締め怒りを無理やり抑え付けつつ、責めるように。記憶転写によってある意味誰よりもソルを理解しているアインだからこそ、アルフの言動が許せないのだ。「いくらなんでも言い過ぎよ。ソルくんが、可哀想……」シャマルは独り言のように泣きそうな声を漏らし、遠くで戦っているソルを切なげな視線で見つめる。気まずい沈黙が降り、誰もが口を閉ざし視界の先の赤い魔力光を追う中、今まで黙っていたシグナムが沈黙を破った。「私は、アインに全く嫉妬していないと言えば嘘になる。同時に仕事でソルに頼られていることが、主はやて達に対して優越感となっていたのも事実だ」「シグナム!?」驚きながらも咎めるような口調で眼を剥くシャマルを無視し、シグナムは続ける。「なるほど。確かにギア化すればソルは私達を見捨てないだろう。あいつは責任感が異常なまでに強い、いや、必要以上に背負い込もうとする、そういう男だ。 おまけに、ギアになれば戦闘能力や魔力量の上昇は勿論、法力も完璧に修得することが出来る。何よりソルと同じ存在になるのだ。ギア化することによって得られるメリットはこれ以上無い程魅力的だな」腕を組み、四人の戦闘から眼を離さなず、シグナムは怒るでもなく非難するでもなく静かに告げた。「だが、見くびってもらっては困る。私は、ソルの背中を守ると誓った私は、あいつが望まないことを決して望まない」あくまでこれは私の意見だが、と。「私はソルに背負って欲しいのではない、共に背負いたいのだ。あいつと喜びや悲しみを分かち合いたい。傍に居て、ずっと一緒に笑い合いたい。ただそれだけだ。 だから、ソルが望まない限り、私はギアになることを望まない。もし勝手にギアになってしまえば、あいつにとって重荷になるのは分かり切っている。それだけは絶対に避けたい。 アルフの言う通り私達はソルに依存している。その自覚も十二分にある。傍に居るだけで自分が女であることを、ソルが男であることを嫌という程実感させられる。あいつのことが欲しくて堪らない。 しかし、この感情はギア化とは別問題だ。今のままでいいのなら、私にギア化を望まないのであれば、私は今の私のままソルの傍に居ようと思う」言外に昨晩のアルフに余計なお世話だ、と言っているような内容を語り終え、シグナムはじっとソルの戦う姿を見つつ眼を細めた。そんなシグナムの様子にシャマルは何時もの微笑を浮かべる。「うん、私もシグナムとだいたい同じ。彼に私を背負って欲しいんじゃなくて、私が彼を支えてあげたいの。彼の心を優しく包んであげたい、本当にそれだけよ。無理にギアになる必要なんて、無いわ」二人の言葉を受け、アルフは「理屈は分かるんだけどね」と頭をかきながら苦虫を噛み潰したような顔になった。「でもさ――」「アルフ、これ以上の問答は終わりだ」黙れ、と。アインがアルフの言葉を遮るが、彼女は無視して言葉を繋いだ。「もし、もしもの話だよ? 私達の中の誰かが死ぬ寸前の大怪我をして、何してもダメで、ギア化しないと助からないってなった時、ソルはどうすると思う?」「え? それって僕達も?」ユーノの疑問にアルフが頷くと、全員の顔色が驚愕に染まる。「そりゃ勿論、その時になってみないとソルがどんな判断を下すか分からないよ? このまま死なせてやった方が良いと思うかもしれないし、ギアになってでも生きてて欲しいって思うかもしれない。 別にどっちが悪くてどっちが良いとか言うつもりは無いし、アタシにはそもそも良いか悪いかを決める権利すら無い。アイツの決断に文句言う権利も無い。 でも、これから先、ソルがそういう決断を迫られる可能性が絶対に無いとは言い切れない。だから私は、ソルに最低限でいいから今の内に”そういうこと”があり得ない訳じゃ無いから腹を括っていて欲しい」「そんなことは――」「アインが一番ソルの気持ちを分かってるんだから黙ってな。 皆最近忘れがちだけど、アイツは一度全てを失ったんだよ? 恋人も、親友も、生き甲斐も、プライドも、地位も名誉も、社会人としての立場も、人間としての”生”も、大切なものを全て、何もかも。 その所為でアイツが失うことをどれだけ恐れてるか、口にしなくても分かってるんじゃないのかい? 自惚れとかそういうんじゃなくて、私達全員はソルの大切なものの中に入ってる。そんな私達に万が一のことが遭った時、せめて――」――せめて、どちらを選ぶにせよ、決断し易いように、後悔しないようにしておいてあげるのは、いけないことなのかい?今度こそ全員が閉口し、重苦しい沈黙が圧し掛かった。アルフは恐らく最悪の未来を想定して言ったつもりで、だからこそ、そんなことはあり得ないと軽々しく発言出来ない。事故というものは必ず発生する。戦闘能力を売り物にして、犯罪者や危険なロストロギアを相手に仕事をしているのであれば尚更に。その時、遠くでソルの雄叫びが聞こえた。それにつられるようにして、皆が視線を戦闘に向ける。『タイラン、レイブ!!!』全身に炎を纏わせ、一発の弾丸と化したソルが魔弾の雨に突っ込んでいく。降り注ぐ魔法など纏った炎で全て無効化してくれる、その上で進路上に居るお前ら纏めて焼き殺してやる、そんな気概と殺気が込められた吶喊。しかし――<<ブラストカラミティ>>『全力全開っ!!』『疾風迅雷っ!!』『『ブラスト、シューーーーーーーートッ!!!』』なのはとフェイトが放った空間攻撃魔法と正面から衝突。数秒間拮抗するものの、やはり途中からはやての砲撃魔法が加わり、三対一の状況に追いやられたソルは力負けしてしまう。『……ク、ソ、がああああ!!』墜落したかと思えば罵りながらまたしても突撃を再開した。力負けしたことを罵ったのか、力負けした自分を罵ったのか判別がつかないが、彼はまだまだやる気らしい。『いい加減、目障りなんだよ……ドラグーンリヴォルバーァァァァァッ!!』太陽の輝きと共に空間ごと爆砕する巨大な紅蓮の華が咲き乱れ、熱と衝撃波が三人に襲い掛かる。『負けない、この勝負は絶対に負けられないっ!!』『今日こそはソルに勝ってみせる!!』『勝って、認めてもらうんや!!』ツヴァイの氷結能力を前面に展開し、三人は力を合わせて破壊の光に耐え忍ぶ。閃光が視界を遮り、視力に頼ることが出来なかったそこへ――『寝てろ』転送魔法で一気に間合いを詰めたのか、ソルが長大な炎の剣を振り下ろし三人纏めて地面に叩き落す。火達磨になりながら粉塵を上げて大地にクレーターを作る三人にソルの追撃が襲い掛かるが、寸前でツヴァイが彼を氷付けにする。瞬く間にソルは自身を縛る氷は融解させてしまうものの、稼いだ時間を使って三人は態勢を整えることに成功。そして、またしても激しくぶつかり合い四つの魔力光。雷が走り、閃光が飛び交い、氷がブリザードのように降り注ぎ、炎が爆裂した。戦況は依然としてなのは達三人が有利だ。連携を駆使し、フォローし合い、持ち得る技能を出し惜しみせず全て使っている。しかし、要所要所でソルに強引に流れを押し戻され、あと一歩足りない。対してソルは戦闘経験の豊富さを活かし猛攻をなんとか凌ぎ、持ち前のしつこさとタフさを発揮しつつ力任せかつ強引な戦法で三人を捻じ伏せようとしていた。一見有利に見えるなのは達ではあるが、フルドライブを発動させてから既に十五分は経過していた。おまけに明らかに飛ばし過ぎな戦い方。そろそろ身体にガタが出始めてもおかしくない。だが、ソルは開始早々から三人の攻撃を食らいまくっているというのに、全く気にした素振りを見せない。攻撃を受けても即反撃している。これがただ単に痩せ我慢をしているだけなのか、本当に効いていないのか不明だ。「アルフ」不意に、アインが戦闘から視線を逸らさずアルフを呼ぶ。「何だい?」「お前はさっき言ったな。万が一があった場合、決断し易いように、後悔しないように、ソルに腹を括っていて欲しいと」「それが?」「笑わせるな」ピシャリと吐き捨てると、咆哮を上げながら封炎剣を振り回すソルにアインは慈愛を込めた視線を注ぎながら、優しく言葉を紡ぐ。「どんなことが起きるにせよ、どんな決断を下すにせよ、ソルは必ず思い悩み、後悔するだろう。あいつはそういう男なんだ……見ているこちらがもどかしくなるくらいに、不器用な男なんだ」「不器用?」「そう。生きることにとても不器用で、だが当の本人はそれに気付かず、ただただ必死に足掻いている。 傍から見ればその姿は滑稽かもしれない、無駄に背負い込もうとするあいつの生き方は愚かかもしれない。”そういうものだ”と割り切ってしまえば楽になれるのに決して割り切ろうとしない。どうしようもない程に不器用だ。 だが、私はそんなあいつの生き方が好きだ。その生き方のおかげで私達は今もこうして、”全員が此処に居る”。だから、私はあいつの生き方を否定したくない。 いざという場面になって決めるのはソルだ。誰も口出し出来ないし、してはいけないと思う。あいつが望む通りにすればいい。たとえそれがどのような結果になろうと、私はソルに従う。一生ついていく。 皆も私と同じだろう?」問い掛けに、誰もが無言で頷いたのを確認すると、彼女は満足気な表情になった。「ならばこれ以上の問答は終わりだ」言って、アインはもう語る言葉は無いと言わんばかりに口を閉ざし、そして、決着がつくまで誰も口を開かなくなったのである。「サンダーフォールッ!!」天から降り注いだ金の雷がソルとその周囲の空間ごと纏めて呑み込み、灰燼と帰せとばかりに吹き飛ばす。もう何度目になるのか分からない、数えることすら馬鹿馬鹿しい、大火力の攻撃魔法の直撃。何度も何度も攻撃魔法をぶち込んでもソルは相変わらず不機嫌そうな、それでいて不敵な笑みのまま反撃してくるのだ。一息つく間も無い。ギアの力を使わなくてもこの人、十分化け物レベルじゃない。三人はそう思いながら自身のコンディションを確認する。フルドライブを使い始めてそろそろ三十分は経過しようとしていた。……マズイ。既に限界が近い。このままでは魔力体力共に底を突いてしまう。そうなったらソルの粘り勝ちだ。ソルの諦めの悪さとしつこさは嫌って程分かっているし、現在もそれを味わっている最中だ。本当にこの男はしぶといにも程がある。敗北。この二文字が脳裏浮かんだ瞬間、ソル相手だからしょうがないかと思ってしまう弱気な自分と、ソルが相手だからこそ負けたくないという強い想いを携えた自分がいがみ合う。勝ったのは当然後者の方。だから、三人は決して諦めない。勝利を信じて戦い続けてきた。何時までも自分達のことを子ども扱いするソルの鼻を明かしてやる。自分達は何時までもソルの庇護下に居る弱い存在ではないと、自分達にもソルを支える力があるんだと認めさせたくて。なのに、三人がかりでフルドライブまで使って倒し切れない現実。……まだ足らないとでも言うのだろうか? 自分達では不服だとでも言うのか? そんなに、自分達は頼りないのだろうか?――認めない。自分達がソルを必要としているように、自分達もソルに必要とされたい。ただそれだけを願って今まで魔法の力を研鑽してきた。何年も、何年も。確かに自分達は本気となったソルの足元にも及ばないだろう。二百年以上生きてきたソルにとってなのは達と暮らしてきた期間など一瞬の出来事かもしれない。しかし、三人にとってはそれが全てだった。彼女達にとってソルは世界の中心なのだ。彼に出会ったから、彼が傍に居てくれたから、彼が支えとなってくれたから。これまでの自分達はソルに与えられてばかりだった。だからこそ、今度は自分達がソルに与える側になりたい。盲信に近い、いや、最早狂信と言っても過言ではない程に強くて重い、想い。押し付けがましいのは自分達がよく理解している。それでも、溢れんばかりのこの想いをどうしても受け止めて欲しい。もし想いが受け入れられたのであれば、他に何も要らない。ソルに必要とされているという事実があれば、どんなに辛いことがあっても耐えてみせる。どんな場所でも、どんな敵が来ようとも打ち勝ってみせる。それこそ、世界を敵に回したっていい。その上で彼を支えてみせる。これが三人の覚悟であり、決意でもあった。やがて、粉塵が晴れ、ソルが姿を現した。「……え?」彼の姿を見て、思わず声を漏らしたのは一体誰か。なのはか、フェイトか、はやてか、それは当の本人達にも分からない。信じられないものでも見たかのように大きく眼を見開き、驚愕に口を開いてしまう。真紅の眼は相変わらず鋭い。戦意がこれっぽっちも萎えていないのは明らかで、放たれる殺気も火山が吹き出す熱気のようだ。だが――「ハァ、ハァ、ハァ」呼吸は荒く、肩で大きく息をし、全身を小刻みに震わせ、地面に突き立てた封炎剣に縋り付くようにして立っている様子は、無事とは言い難い。何処からどう見ても疲弊している。それも、押せば倒せそうなくらい。恐らく誰もが初めて見る、戦闘中のソルが限界を迎えた姿。考えてみれば当然だ。彼はギアの力を抑えつけながら、自身の実力を人間レベルにまで落として戦っていたのだ。疲労もダメージも三人には見えない範囲だったかもしれないが、それは徐々に、確実に蓄積されていく。溜まりに溜まった疲労とダメージのツケ。これまで痩せ我慢していたものが今のサンダーフォールで一気に噴出したに違いない。瞬間、なのはは大声で叫んでいた。「フェイトちゃん、はやてちゃん!!」「これで終わりにする!!」「一気に行くで」応じたフェイトが一筋の光となりソルに飛び掛り、はやてが呪文を詠唱し始め、それを確認するとなのはは魔力をチャージし始める。――勝てる!!あのソルに。ただそれだけで、三人に力が漲った。息が苦しい。身体がイメージ通り動かない。足が前に進まない。手にした封炎剣をこれ程重いと感じたのは初めてだ。何もかもがだるい、動かすのがかったるい、今すぐにでも座り込んでしまいたい。そろそろ身体が抱えた爆弾にも誤魔化しが利かなくなってきた。現に疲労困憊で満身創痍だ。全身の細胞が悲鳴を上げながら”力”を生産しようとしているのをギア細胞抑制装置が最大出力で抑え付ける。(ハンデ、つけ過ぎちまったか)「もらった!」至近距離まで迫ったフェイトがバルディッシュを袈裟懸けに斬りつけてきた。それに胸中で舌打ちを一つして、縦に構えた封炎剣で防ぐ。「ぐっ……」インパクトの圧力は予想以上のもの。どうやら本当に限界が近いらしい。普段なら軽く捻ることが出来そうな斬撃に眉を顰める。フェイトが更に踏み込み、返す刀で横一文字に薙ぎ払う攻撃に対処出来ず、後方へ大きく弾き飛ばされてしまった。そこへ待っていたとばかりに、なのはとはやての射撃が加わる。避け切ることは出来ないと判断して防御魔法を展開。一発着弾するごとに削られ、ひび割れていく魔力の壁を眼にしながら俺は思う。――……強くなった……本当に、強くなった。何時も俺の後ろをついてくる生まれたてのヒヨコ。ずっとそういう認識だったのに。今ではもう、立派な戦士としてその戦闘能力を見せつけ、実際に俺を追い詰めている。師として嬉しい反面、寂しくもあり。強くなった理由が俺の為にという部分に育ての親として少し悲しくもあり、やはり一人の男として嬉しい。(そうか、そうだよな)何時までも子どもじゃない。時間が流れれば人は変わる。子どもであれば成長して大人になる。当たり前のことが俺には意識として足らなくて。ついに防御魔法が破られ、マシンガン染みた勢いの魔弾に晒される。重い身体に鞭を打ち、足を引き摺るようにして回避しようと試みるが、此処ぞという絶妙なタイミングで腰から下が凍り付き、ご丁寧に全身を三色のバインドが雁字搦めに縛り付け、拘束した。「しっかり見てて、お兄ちゃん」「これが私達の」「力と覚悟や」なのは、フェイト、はやての三人が並び、それぞれが足元に魔法陣を発生させ、魔力光を迸らせる。どうやら相手を拘束してから最大威力を誇る魔法を叩き込もうという魂胆らしい。用意周到な上に容赦が無い。一体誰に似たのか?(……ああ、俺か)げんなりしながら疑問に思って、答えに行き着くと更にげんなりした。何度も何度も思ったことだが、今回ばかりはこれまで以上に思う。俺に、子育ては無理だ。どいつもこいつも、ネジが一本外れた感じに育つから。「「「御託は、要らない!!!」」」高まる魔力、完成する術式、視界を覆い尽くす程に輝く桜と金と銀の光。殺す気で来いってメモに書いたことを少し後悔しつつ、クイーンにバインドの術式を分解させてから最後の力を振り絞ってバインドを引き千切り、氷を溶かす。そっちがその気なら、こっちだって付き合ってやるよ……!!歯を食いしばって封炎剣を前に、切っ先が地面と垂直になるように掲げる。「タイラン――」足を大きく開き重心を整え、柄を両手で持つ。これで本当に最後だ。ケリを着けてやる。持ち得る”力”の全てを注ぎ込む。術式を構築、展開、計算に基づいた魔力を術式に流し、法力を発動させる。「全力全開っ!! スターライト――」「雷光一閃っ!! プラズマザンバー――」「響け終焉の笛っ!! ラグナロク―――」俺と三人が発動させたのはほぼ同時。「「「ブレイカーッ!!!」」」「レイブッ!!!」放たれた三つの魔力が俺の炎と真正面から衝突。しかし――「マジかよ? 冗談じゃねぇ……」紅蓮の炎は、まるで時速二百キロで突っ込んでくるダンプカーに踏み潰されるカエルのように蹂躙され、大した抵抗を見せずに掻き消されてしまった。<フォルトレス>眼の前まで迫った光の束に戦慄した瞬間、クイーンが寸前でフォルトレスを発動させ、俺の身体を円形のバリアが包み込む。直後、壁となったバリアを三人の魔法が叩いた。――ビシリ。そんな嫌な音がしたかと思えば、鉄壁の防御法術にヒビが入っているではないか。あまりの威力に血の気が引く。圧力に耐え切れず、見る見る内にヒビが広がっていき、その度にキシキシとバリアが軋む音がやけに鼓膜に響く。「クイーン?」<魔力切れです。あと五秒でフォルトレスが破られます。どうかお覚悟を>相棒の無慈悲な宣告。覚悟とは、一体”どの”覚悟のことだろうか?フォルトレスがどんな攻撃に対しても鉄壁となるのは魔力が十分にある状態での話だ。今の俺にはフォルトレスを文字通り”鉄壁”にする余力が残っていない。「俺の負けか」<はい、マスターの負けです>「そうか、畜生」口ではそう言いつつも、俺はそれ程悔しくなかった。むしろ嬉しさがこみ上げてくる。何故なら、これであいつらの望みが叶うからだ。俺の望みは、あいつらの望みが叶うこと。その上であいつらが幸せになること。そして、あいつらは自身の望みを叶えるだけの力と覚悟を見事に見せ付けてくれた。だったら潔く認めよう。あいつらはもう子どもじゃない、と。俺と肩を並べるのに十分な実力を備えた一人前の魔導師であり、戦士であるのだ、と。思えば、俺はかつて失った”普通”というものを三人に押し付けて自己投影していたのかもしれない。そう考えると、なんて浅ましくて、女々しくて、押し付けがましい自己満足なんだろうか。(やれやれ)自分自身に呆れ返る。あいつらが覚悟を決めたように、俺も覚悟を決めるべきだ。これから先、たとえ何が起きようとも決して揺るがないように。――『アンタが悪い訳じゃ無い。でも、アンタは無意識の内に背負っちまってるんだよ』アルフの言葉を思い出す。別に背負うことが苦なのではない。辛いのは、背負ったものを失ってしまうことだ。ならば、失うのが怖ければ失わないように、皆で強くなればいい、全力で守ればいい。一人で無理なら仲間を頼ればいい。俺一人で抱え込む必要なんぞ全く無い。俺はとっくの昔から独りではないのだから。こんな大切なことを忘れていたとは、本当にどうかしてる。――悪くない、全く悪くない。こんな優しい気持ちで敗北するのは、生まれて初めてだ。溜息を吐いた刹那にフォルトレスが砕け散り、俺は光に呑み込まれた。やがて光が止み、砲撃が終わり、静寂が訪れる。まるでスローモーションのように時間が過ぎていくのを実感しながら、誰もがその光景に眼を瞠るしか出来ない。夜が明け、地平線の向こうから太陽が顔を出し、朝焼けに照らされて佇むソル。彼の手から封炎剣が滑り落ち、焦げた大地にズドッ、と重い音を立てて突き刺さった。額に装着した赤いヘッドギアが外れ、カランッと地面に転がり、その上に彼の髪留めの黄色いリボン――以前シグナムと交換したものだ――が音も無く重なる。彼の長い髪が髪留めを失ったことで無秩序に広がった。「……ヘヴィ、だぜ」搾り出すような声が聞こえると、ソルは両膝をつき、そのまま転がるように仰向けになる。「お兄ちゃん!?」「ソル!!」「ソルくん!!」三人娘はさっきから初めて尽くしのソルの姿に大いに慌てると、勝敗のことなど忘却の彼方にすっ飛ばして飛行魔法を発動させ、急いで駆け寄った。そんな三人娘の姿を見ながら、ソルは心の底から純粋に思う。(嗚呼、綺麗だ)朝焼けに照らされて飛翔する三人は、まるで――――……天使、みてぇだ。ふと、そこで彼はあることに気付いて苦笑する。(そんなことは当たり前じゃねぇか)何故なら自分にとって彼女達は、何よりも愛しい存在なのだから、と。今更自分の気持ちを自覚したことに、否、認めたことに彼は愉快そうに唇を歪め、心地良い疲労感に身を委ね、ゆっくりと眼を瞑り、昼寝するように意識を手放した。