「俺達、結婚することにしたんだ」真剣な表情で俺にそう告げた恭也とその隣に座る忍を見て、俺は溜息を吐くとノエルが淹れてくれた紅茶を啜る。「……俺にそんなこと言ってどうする」非常に珍しいことに、本当に久しぶりにまともに通学し、途中でふけることなくサボることなく中学生としての一日を終え、帰路に着く途中で月村家に呼び出されたと思ったらこれだ。正直訳が分からない。恭也と忍は言われて初めて気が付いたように顔を見合わせると、首を捻り始める。「言われてみれば、なんでだろう? 結婚のことはソルくんにいの一番に報告しなきゃいけないって気がしてたのよね」「俺も、なんとなく」「報告するべき相手が違うだろうが。こういう時はまず親父とお袋だろ? 俺はお前らの”お父さん”か?」頭痛を堪えるように額に手を当て呆れていると、俺の隣に座っているユーノが紅茶のカップをテーブルに置きながら意外そうな声を出す。「え? 違うの?」「……」それ以前にこいつらは士郎と桃子の存在を忘れてはいないだろうか? いや、あの二人のことだから何かの拍子に俺のことを「お父さん」とか呼んできそうで怖いな。確かに実年齢は数倍以上あるが。「まあ、ソルお父さんのことは横に置いといて。おめでとう、恭也さん、忍さん。末永くお幸せに」「ふふ、ありがとう。ユーノくん」「……う、面と向かって祝福の言葉を言われると恥ずかしいな」微笑むユーノ、少し照れている忍と恭也。そんな光景に俺は苦笑し、「ま、頑張んな」とだけ言ってノエルに紅茶のお代わりを命令した。「って訳で、こいつら結婚するんだとよ……つーか、自分で言えよ。なんで俺が皆に報告してんだよ? 仲人か俺は!? ああン!?」「落ち着いて、お父さん!!」「喧しい!! 忍にお父さんと言われる筋合いは無ぇ!!」「いや、そう言うソルが一番喧しいから」ユーノの指摘に俺は歯噛みして黙り込む。結局、場所を移して高町家へ。此処に来る間にすずかとアリサを拾い、全員集合している所為で人口密度が異常に高い居間でのことだ。で、皆のリアクションはどうかというと、半分は「やっとか」で残りは純粋に「おめでとう」である。当然と言えば当然の反応か。「式は何時なんだ?」一番重要そうなことを問い掛けると、忍は「うん」一つと頷いてこう宣言した。「あくまで予定なんだけど春。桜が綺麗に咲く頃がいいかなぁって」「桜って、あとに三ヶ月しかねぇぞ。随分急だな」「そんな大袈裟な結婚式にする訳じゃ無いもの。呼ぶのは身内と親しい人達だけ」ああ、それなら納得だ。満開の桜と花吹雪の中で結婚式を挙げるつもりなのだろうか。随分とロマンチックな話である。(……結婚、か)この恭也と忍の結婚話が出たのは、闇の書事件から、俺が皆に俺の全てを打ち明けてから丁度五年が経過し、年が明けてしばらくした冬の日だった。背徳の炎と魔法少女 空白期10 シアワセのカタチ「タイ……ラン…レイ、ブ……相手は、死ぬ……ですぅ」深夜。なんとなく眼が覚めて上体を起こすと聞こえてきたのはツヴァイの頭の悪い寝言。本当にこいつはもう……将来が不安でしょうがない。色々とツッコミを入れたいがそれをぐっと我慢してベッドから抜け出す。眼が冴えてしまったので、どうにも寝直す気がしない。散歩でもしてこようか。寝巻きの上から赤いどてらを羽織り、半年程前にシグナムと交換した髪留めのリボンを使って髪を結おうとしてやめる。そこら辺をプラッと歩いてくるだけだし、いいか。別に何かする訳でも無い。腰まで届く自慢の髪をそのままに、クイーンだけを時計代わりに首から下げ、俺は自室を出た。すやすや寝ているエリオに「真っ直ぐ大きくなれ、真っ直ぐ大きくなれ」と願いを込めて頭を撫でた後に。階段を降りてとりあえず居間へ。すると、冷蔵庫を漁っているアルフに遭遇した。「何してんだお前……」問われたアルフは一度振り返ると、ニシシッと口元を歪めて笑うと冷蔵庫を漁る作業を再開する。こいつをしょっぴいて桃子に突き出した方が良いだろうか、そんなことを考え始めていると、お目当てのものが見つかったのかアルフは物色するのをやめてクルリと振り返った。手にしているのは一つの酒瓶。俺のジンだ。「はい、アンタの」「はい、って……確かにこれ俺のだけどよ」「どうせアンタも眠れないクチだろ? 暇してんならついてきな」グラスに加えて酒のつまみらしいジャーキーを思わず受け取ると、アルフは日本酒が入っている酒瓶とグラスを二つ手にして居間から出て行ってしまう。(グラスが、二つ?)深夜に暇してるのは事実であるので、仕方が無しについていく。アルフは玄関で靴を履くと外に出る。と、今度は飛行魔法を発動させて身体を浮かせると屋根の上の方へ。それに倣うと、そこにはアルフ以外にもう一人の人物が屋根の上で座っていた。「あ、ソルだ」美由希である。服装は俺と同様に寝巻きの上に上着を羽織っているという出で立ち。就寝前と言っても差し支えない。まん丸眼鏡はちゃんと装備しているが。「……何してんだお前ら、こんな時間に? 風邪引くぞ」「やったね美由希、ソルが居るから寒くないよ。ほら、さっさと法力使って暖房としての役目を果たしな」「何様だテメェ」偉そうに、口ではそう文句を言いつつも法力で小さな結界を張って屋根の上の一角を囲い、温度調整する。俺だって寒いのは嫌だ。俺と美由希でアルフを挟むようにして座り込むと、グラスに酒を注ぐ。「じゃ、乾杯しようか。恭也さんと忍さんの結婚を祝って、乾杯!!」「かんぱーい!!」「乾杯……ったく、こんな時間に何考えてやがる」時刻は深夜一時。小さな宴が始まった。やはり酒の肴になるのは恭也と忍の結婚の話である。普段とは比べ物にならないくらいにお喋りな美由希が、二人の馴れ初めや当時の出来事を話していた。アルフがウチに居候するようになったのは二人が付き合い始めてから随分経った後なので、彼女は相槌を打ちながら興味深そうに聞いている。しかし俺は、なんとなく美由希が無理しているように感じた。いや、実際無理しているんだろう。それに気付いているのかいないのか、アルフは時折笑いながら質問している……もう五年以上の付き合いになるし意外に聡い女だ、気付かない振りをしているだけかもしれない。俺は美由希の気持ちを知っている。それこそ、俺が高町家に転がり込んでからそれ程時間が経たない内に。美由希は恭也のことを、一人の女として慕っている。兄妹という間柄でありながら。兄妹、という表現は語弊があるかもしれない。一つ屋根の下で暮らす家族としての意味ではこれ以上無い程兄妹という言い方がしっくりくるが、実際の血縁関係では少々事情が異なるからだ。高町家は今でこそ人外魔境の巣窟となっているが、俺が来る前から一般家庭と比べてかなり複雑な家系図の家だった。まず、士郎には桃子と結婚する前に内縁の妻が居たらしく、その私生児が恭也である。更に、美由希は士郎の姪だという。何やら事情があって士郎は姪である美由希を養女にしたとか。つまり、恭也と美由希はイトコ同士。ついでに言えば、桃子は士郎の後妻で、二人の間に生まれたのがなのはだ。それ以上のことは詳しく知らん。特に知りたいとも思わない。興味が無い。理由はそれだけだ。だが、美由希が恭也のことを兄としてではなく、異性として強く意識して捉えていたのは事実。(失恋か……)俺には、今の美由希の心情を察することが出来なかった。理由は簡単。俺は失恋というものをしたことがないからだ。恋愛経験はアリア一人。しかも、どちらが告白した云々など皆無に等しく、恋愛ドラマのような展開があった訳でも無く、特に邪魔が入ることも無く、傍に居るのが当たり前だとお互いに思うようになっていて、気が付けば愛し合っていたという間柄だ。まともな恋愛経験とはお世辞にも言えない。経験したことが無いものに対して俺が出来るのは、それの辛さを想像するくらいだが……(ダメだ、分かんねぇ)失恋というのは、親しい人物が死ぬことより辛いことなのだろうか? 百年以上孤独に生きることより辛いことなのだろうか? 周囲から化け物扱いされることより辛いことなのだろうか?俺なりの見解を言わせてもらえれば否である。当然、理屈は分かる。かと言って気持ちを理解出来る訳では無い。この件に関しての俺は全くの役立たずだ。本人の気持ちの問題なので、自分で立ち直ってもらうしかない。それに、こういうもんは時間が解決してくれる筈だ。今は傷心状態であろうと、二人が結婚して数ヶ月も経てば、少しずつ心に変化が訪れてくるに違いない。頭の中で勝手に結論付けると、俺はグラスに満たされたジンのストレートを一気に飲み干した。美由希の話にも区切りが付いたのか、会話が止まり静寂が降りてくる。ベッドタウンとしての要素が強い海鳴市の夜は、都会と比べてまるで田舎のようで、騒がしいのを好まない俺の性格に合っているで気に入っていた。ま、此処数年で喧しい空間に大分慣れたが。冬という季節のおかげで空気が澄んでおり、星がよく見える。空になったグラスを手の中で弄びながらそこそこ綺麗な星空を見上げていると、沈黙を破るように美由希が声を漏らした。「……ソルはさ」「ああン?」「なのは達に、私と同じ思いをさせないであげてね」どういう意味か分からず、俺は星空から美由希に視線を向ける。アルフの向こうに座る美由希は俯き、垂れた髪の所為で表情が見えない。私と同じ思い、つまり失恋のことを言うのか?……だとしたら、それは無理な話だ。あいつらが俺を慕ってくれているのは分かる。だが、それは本当に恋愛感情だろうか?たまに、俺はこう考える。自分を決して否定しない、無条件で受け入れてくれる、認めてくれる存在に好意を抱くのは自然の流れだろう。けれど――例えが悪いかもしれないが――これは幼児が保育園の先生を好きになるのと一緒ではないか?なのはとは十年以上、他の者達とは五年以上の付き合いになる。その間に築き上げた絆は確かなものだと胸を張って言えるが、果たしてあいつらが俺に抱いている感情を純粋な恋愛感情と呼ぶのであろうか?依存、ではないのだろうか。魔導師に対して”癒し効果”があると言われる俺のレアスキル”魔力供給”。各々の出自。事件を経た際の吊り橋効果。俺の過去。それらが積み重なって今に至る訳だが、俺にはどうしても依存から来る感情に思えてならない。別にそれが悪いと言うつもりはないが、本当にそれでいいのか、という考えが過ぎると一定の距離を保ちたくなってしまい、積極的にアプローチしてくるあいつらを踏み止まらせている。……たまにシチュエーションに流されそうになるが。ま、これは置いといて。特にこれは、なのはとフェイトとはやてに言えることだが、あいつらは人間だ。だからこそ、普通の人間らしい生活の中で普通の人間らしい幸せを掴んで欲しいと思う。だからこそ俺みたいな男に何時までも依存し続けるのは良くないことだ。それに――「俺はギアだ。人間じゃねぇ……だから、無理だ」ギアは生体兵器だ。人間とは何もかもが違う。人間と共に手を取り合って同じ時間を歩くことは出来ても、いずれ――だったら今の内に、そう考えるのは当然の成り行きだろう。俺にこだわらなければあいつらは普通に戻れる。お互いに最小限の傷で済む。これから先、お互いが不幸になるようなことは無い筈だ。卑怯かもしれないが、そろそろ心地よい微温湯に浸かっているような関係を無理にでも終わりにしよう。恭也と忍の結婚は、俺達にとって良い転換期になるかもしれない。俺達は仲の良い、事情がかなり特殊な家族。それだけ、それだけなんだ。これ以上は……決して軽い気持ちで踏み込んではいけない領域だから。しかし――「ふざけんじゃないよ」突然、怒りを押し殺したようなアルフの声が静かに鼓膜を叩いた。「は?」ソルは何故アルフが怒り出したのか理解出来ずに間抜けな声を零した。眼を白黒させる彼の襟首をアルフは掴むと、自分の方に力任せに引き寄せる。視界の端で顔を上げた美由希が、幽鬼のような眼差しでソルのことを睨んでいた。至近距離でアルフが怒鳴る。「アンタ、今何て言った!?」「おい、アルフ?」「ギア? 人間じゃない? そんなことは皆百も承知なんだよ!!」静寂に怒声が響き渡る。小規模の結界を張っている為近所迷惑にはならない。故に、家の中から騒ぎを聞きつけて誰かが起き出すこともない。「アンタのことだ。どうせ自分の身体のことだけじゃなくて、皆のこと、特に人間である三人のことを考えて無理だって言ったつもりなんだろうけどね、それこそ無理なんだよ!!」図星だったのか、ソルは眼を大きく見開く。「……それこそ無理って、何がだ?」搾り出すような声でソルは問う。そんな彼に対して、アルフはせせら笑うように意地の悪い笑みを浮かべ、酷薄に口元を歪めた。「簡単さ。それぞれ形は違うけど、勿論私やユーノ達も含めて、あの子達はアンタに関わっちまった。もう、アタシ達全員がアンタの考える”普通”には戻れない」宣告された内容を理解したくないのか、見たくない現実から眼を逸らすようにソルはアルフから視線を逸らす。「分かってるんだろ? 皆が皆、度合いは違うけどアンタに依存してる。あの子達だけじゃない、アタシも、ユーノも、ザフィーラも、ヴィータも、ツヴァイもエリオも、一人残らず」「……」「そんなつもりが無かったのは分かってる。アンタは常に自分が良かれと思ったことを実行しただけ。だけどね、その結果、後戻り出来ない段階にまで来てるんだよ」唇を噛み締め、アルフの言葉に耐える。「それにね、アンタがギアだろうと人間じゃなかろうと今更関係無い」「関係無いってことは無いだろ」反論した口調は弱々しかった。「関係無いさ、少なくともあの子達には……もしアンタがギアであるって事実が壁になってるんだったら、その壁を取り払えばいいだけの話しだし」「壁を、取り払う? どうやって? …………まさか!?」しばらく黙考してから疑問に口にして気付いたのか、ソルは信じられないといった表情になり、アルフを射殺さんばかりの眼つきで睨む。「ご明察。アインみたいになれば、アンタと同じギアになれば、とりあえず身体の問題は解決するからね」「……ふざけんな……ふざけんな!! そこまで、そこまでしなくちゃいけない程――」「誰もふざけてなんかいない!!!」怒声は怒声でかき消された。「他の子達が心の奥底でアインにどれだけ嫉妬してるか、アンタ知らないのかい? 責任感が人一倍強いアンタは自分の所為でギア化せざるを得なかったアインを決して見捨てない。同じギアだからこれから先の未来をずっとアンタと一緒に居ることが出来る。 それが他の子達にとってどれだけ羨ましいことなのか考えたことも無い癖に、偉そうに言うなっ!! シグナムとシャマルの二人はまだ良い方だよ。仕事ではアンタに頼りにされてるし、魔導プログラム体だからかどうか知らないけど三人みたいにアンタから”普通”を強要されてる訳じゃ無い。 けどね、フェイト達三人はそうじゃない。まだ子どもだから、危険だからって頭ごなしに押さえつけられて、管理局から来る仕事を何一つ手伝わせてもらえなくて…… 三人が普段から笑顔の裏でどんなに歯痒い思いをしてるか知らないだろ!! だからこそアンタと同じになりたいって思うことの何処がおかしいっ!?」ソルの表情が凍りつく。流石にそこまでとは思っていなかったようだ。「そんな人生を棒に振るような真似、許せる訳が――」「人生を棒に振る? ハッ、確かにそうだね。でもそれは”普通の人間としての人生”だろ? あの子達は”普通”なんて望んでない。あの子達にとってはアンタが全てさ。アンタと共に生きて、アンタと共に死ぬ、それ以外の生き方に興味なんて無いんだよ。 その為の覚悟、人間辞める覚悟をしてる……何時までも腹を括れてないのはアンタだけだ」アルフはソルの襟首をやや乱暴に突き放すようにして解放する。「……嘘、だろ……」半ば放心するように、力の無い虚ろな眼差しで虚空を見上げるソルの姿は痛々しかった。彼の手から滑り落ちたグラスが瓦の上を転がり、やがて屋根から落ちて視界から消えて、一拍遅れてガラスが砕ける音が夜空に響く。「この際だから言っておくよ、ソル。アンタに選択肢は無い。この件に関しては誰もアンタの味方にはならない」先程の激昂した口調とは打って変わって冷めた風にアルフは宣告する。「このまま何も起きずにズルズル行けば、待っているのは思い詰めたあの子達のギア化」リソースとなる血と細胞、それらの移植技術はソル以外にもアインが持っているのだから、あり得ないことは無い。「その時ギア化したあの子達に対してソルはどうする? 自分ことを責めながらも皆の責任を取ろうとして面倒見るだろ? 何せアンタはギア計画がもたらした結果が自分一人の責任でもないのに、自分の責任だと感じて百五十年以上も戦い続けた男だからね」ソルは応えない。「アンタのその責任感の強さは、皆にとって絶好の付け入る隙さ」「……そこまでするか?」ようやく出た言葉は震えていた。「女って生き物は男が思ってる以上に、いや、アンタの想像以上に腹黒い生き物なんだよ。それは皆も例外じゃない」心臓の位置にピッと立てた人差し指を突き立てられる。「アンタが悪い訳じゃ無い。でも、アンタは無意識の内に背負っちまってるんだよ」皆の命と、想いを。「あの子達だって自分達の存在がアンタの重荷になることは自覚してるし、そのことに対して罪悪感を感じて苦しんでるよ。 それでも、それでもだよ? やっぱりアンタと一緒に居たいんだよ。厚かましいってのはこれ以上無いくらいに分かってるけど、狂おしい程にアンタのことを求めてる」それに、とアルフは続けた。「アンタが気にしてるは身体のことだけじゃない筈だ」ドクンッ、と心臓が跳ねたのをソルは自覚する。「もっとこう、身体云々とかそれ以前の話……うん、もしかしたらこっちが一番の理由かもしれない」ギリッ、と奥歯をあらん限りの力で食いしばる。――やめろ、やめろ、やめてくれ。心が荒れ狂う。自分自身に対する怒りなのか絶望なのか判別出来ない感情が湧き上がり、胸を締め付けた。しかし、ソルの胸中を嘲笑うかのようにアルフは無慈悲にそれを言葉にする。「アンタ、昔の恋人を幸せに出来なかったことがトラウマになってるだろ? だから自分には皆を幸せに出来っこないって決め付けて無理だって言ったんだろ? ギアってことを言い訳に――」次の瞬間、ソルは弾かれたように立ち上がってアルフに掴みかかり、彼女の首を締め上げ高く掲げた。「ぐっ!!」「ソル!?」苦悶の声を上げて宙吊りになるアルフと、ソルの凶行に眼を見開き止めようと慌てる美由希。だが、ソルは全身から殺気を漲らせながら手を放さない。そして、血を吐くような辛そうな声で叫ぶ。「テメェに、テメェに俺の何が分かる!? 何もかも分かった風な口調で偉そうに上から目線で説教しやがって、大人しく聞いてりゃ調子に乗りやがって!!! ああ、そうだよ!! 俺はたった一人の女すら、この世で誰よりも愛して、世界で一番幸せにしてやりたかった女を幸せに出来なかった男だ!! テメェの言う通りギアってことを言い訳にしてる!! これで満足か!? ああン!?」ソルは自身に対する憎悪と嫌悪で表情を歪めているが、アルフと美由希の二人には涙を流さずに泣いているように見えた。「俺には無理なんだよ!! 俺みたいな男じゃダメなんだよ!! 俺にはあいつらを幸せにしてやれそうにもないんだよ!! だから、だから……」言葉が尻すぼみになると同時にゆっくりと項垂れて、その動きに合わせるようにして力が緩み、アルフを解放する。まるで此処には居ない誰かに許しを乞うかのように、そのまま四つん這いになって脱力してしまう。「……その、アタシも言い過ぎたよ。悪かったね」今まで一度も見たことの無いソルの打ちひしがれた姿を目の当たりにしてアルフが真摯に謝罪したが、彼は聞こえていないのか顔も上げない。そんな弱々しい姿にやれやれと溜息を吐くと、アルフは膝をついてソルの顔を無理やり上げさせて視線を合わせる。力無い真紅の瞳に向かって優しく言葉を紡いだ。「でもね、よく聞きなソル。アンタが自分のことをいくら否定しても、アタシ達はアンタのことを肯定するよ。 だって、アンタが自分でフェイトに教えてくれたじゃないか。誰もお前に”こうであれ”なんて強制しないって。PT事件が終わった後、フェイトが嬉しそうに言ってたよ。 だから、初めっから無理だなんて決め付けないでおくれ。アンタなら出来るからさ。自信持ちな。 別に身体のことなんて気にする必要無いじゃないか。皆アンタのことが大好きで、アンタも皆のことが大切で、それでいいじゃないか。 確かにアンタが望む”普通”とはかけ離れるかもしれないけど、皆が幸せで居られるならそれはそれでいいとアタシは思うし。 アタシがさっき脅すようなことを言った理由はね、アンタがギアってことを言い訳にして自分の気持ちに嘘吐いたような気がしたからなんだ。そのことについては謝る、本当にごめん。 ……けどさ、あの子達の気持ちから逃げて、自分の気持ちから逃げて、アンタは本当に幸せかい?」最後に問われて、ソルは呆けたような顔になる。「もっとよく考えな。アタシはあの子達の味方だけど、フェイトの次にアンタには幸せになって欲しいし、アンタだけが皆を幸せに出来るんだからさ」ソルにはソルにしか出来ない、ソルなりのやり方でね、と。「逃げちゃダメだよ、ソル……アタシの言いたいことは以上で終了。もう寝よ、美由希」「え? あ、う、うん」アルフは酒瓶やグラスを片付けると戸惑う美由希を伴って屋根から飛び降り、母屋の中へと入っていってしまう。「……」一人取り残されたソルを、星空が見守っていた。あれからどれくらい時間が経過したのだろうか。視界はまだ暗いが、星が見えなくなってきた。ふと疑問に思ってクイーンで確認してみる。午前四時二十五分。そろそろ皆が早朝訓練の為に起き出す時間だ。「はぁ」重い、重い溜息が漏れる。此処まで頭を悩ませるということは、自分は相当あいつらに”参っている”らしい。最早自嘲の笑みすら浮かべることも出来ない。「なんだよ……依存してるのは俺もじゃねぇか」人のことを言えない。考えてみれば、皆だってソルの存在を決して否定せず、無条件で受け入れて、認めてくれたのだ。まさにお互い様だったのである。傍に居るのが当たり前で、ソルも皆もそんな関係に甘えていて。ずっと、今までのような関係が続くと、このままでいいと心の何処かで思っていた。けれど――「……逃げるな、か」ポツリと零れた独り言。誰かに向けられた訳でも無いその言葉は、思いもよらない場所から反応が返ってきた。<マスターは先程から何をお悩みなのですか?>胸元から響いたのは無機質な疑問の声。赤銅色の歯車はその表面を一瞬だけ赤く輝かせる。<では、質問を変えましょう。マスターの幸せとは何ですか?>続いて投げ掛けられた声にソルはどう答えようか迷う。「ちょっと待て、今考え中――」<マスターの幸せと皆の幸せは違うのですか?>ぐずぐずしている内に次の質問が飛んできてしまった。だが、今の質問にソルは気付かされる。「……違う?」この世に同じ人間が存在しないように、個人個人が持つ考えや望むものが違うのは当たり前だ。それこそ千差万別に。<マスターは何をお望みですか? 皆は何を望んでいるのですか? マスターは皆をどう思っていますか? 皆はマスターをどう思っていますか?>間を置かずに次々とぶつけられる質問にソルは答えることが出来ない。「俺は……」何も返すことが出来ず、ソルは頭を抱えた。やがて、ありったけの質問を投げ掛けたクイーンが相変わらず無機質な口調で、これまでとは違う言葉を紡いだ。<マスター、私はマスターをありとあらゆる面からサポートする為に、マスターの手によって生み出された存在です。私はマスターに従います。何なりとご命令を>「命令って……」何をどうすればいいのか分からない状況で命令なんて下せる訳が無い。しかし、クイーンは赤い輝きを放つとソルの心情など気にした風も無く続ける。<全てはマスターが望むままに>「望み? 俺の、望みは――」――『私と彼の分まで必ず幸せになって』――『最後に、フレデリックを大切に想ってくれてる人達を幸せにしてあげて』唐突に、脳裏に蘇った声。「!?」思わず立ち上がり、周囲を見渡してしまう。そんな訳、無いのに。<マスター?>主の不審な行動に訝しむクイーン。しばらくの間呆けていたソルは、二度三度首を横に振るとそのまま真上を向いた。星はもう見えない。冷たい夜空が広がるだけ。だが、ソルには確かに”見えていた”。自分が何をすべきなのか、という答えが。「……そうだ。俺の望みは――」一枚のメモ用紙が玄関に貼り付けてあったのを発見したのは士郎だった。メモ用紙に書かれた内容を理解すると、士郎は慌てながら後ろからぞろぞろと続くなのは達にそれを見せる。それを見て皆が眼を大きく見開き表情を引き締める中、アルフと美由希だけが内心で、やっぱりそう来たか、と特に驚きもせず普通にしていた。その内容とは――『連絡事項。 今日の早朝訓練は無し。代わりに、なのは、フェイト、はやて、三人の試験を行う。 試験内容は三対一の模擬戦。 場所。いつもの魔法訓練に使っている森の大広場。 勝利条件。ソル=バッドガイの撃破。 敗北条件。なのは、フェイト、はやて、三人の撃破。 ハンデとしてドラゴンインストールの使用は無し。非殺傷設定。 それ以外のルールや制限は特に無し。 以上。 P.S 己の望むものを手にしたければ力と覚悟を示せ。俺を殺すつもりで来い。待っている。ソル』後書きアンケート結果が好評だったおかげで始まった番外編(しかもなんか非常に長くなってしまって申し訳無い)がようやく終わり、やっと本編突入したかと思えばSTSへの道はまだ遠い。ただ、パッパと展開を進ませるのを私は良しとしませんのであしからず。こういう作品を書きたいから書く、というのが全ての始まりなので、それを曲げてまで書きたいとは思いません。ご了承お願いします。つまり、何が言いたいと言う――「ゆっくりしていってね」感想返ししたいんですけど、仕事が……社会人って大変ですね。大学生に戻りたい、いや高校生、いや中学生に(以下略)まあ、感想返しをするよりも続きを書いた方が皆さん喜ぶかなと思って……醜い言い訳してすいません。ではまた次回……