背徳の炎と魔法少女0話 その一 転生した炎目が覚めると知らない天井が映る。「…?………此処は?」見覚えの無い白い天井。上半身を持ち上げ辺りを見渡す。白を基調をした個室に、化粧台、今俺が使っている上質なベッド(普段利用する、はした金で一泊できるボロい宿のくたびれたベッドではなく)、この個室の出入り口であるドア。まるで医療施設、そう、自分が入院患者にでもなって病院にいるようだ。いつもそうするように頚動脈に掌を押し当てて首を回す。ゴキッゴキッと音が鳴る。「ああ?」おかしい。何がおかしいと言えば今置かれている状況がだ。記憶が確かであれば、次の標的の賞金首が潜伏していると予想される町まであと数㎞という処で夜も更け、丁度いい具合に大きな木があったのでそれに登って野宿をしていた筈だ。病院なんて上等なもの、ここ百数十年利用したことがない。「何処だ此処は?」拘束されていない。手足は自由に動く。どうやらまともな待遇を受けているようだ。立ち上がってベッドから降りる。「?」違和感。視点が低い。だが何故低いのかいまいち理解できない。着せられている服装は白い入院着、のようなもの。普段俺が着ている赤いジャケットに白い長ズボンではない。荷物も自分の所持品と思われるものは見当たらない。この時点で今更ながらに愕然とする。………封炎剣が、無い。何処にも無い。若干焦りながら部屋をもう一度見渡す。無い。ベッドの下は………あるわけが無い。「一体何がどうなってやがる?」長年連れ添った相棒、数多の敵を共に焼き尽くし灰に変えてきた武器、自身の法力を最大限に発揮することのできる神器。それが無い。冗談じゃない。あれが無くても生死問わずの賞金首なんぞは戦闘する上ではどうとでもなるが、封炎剣が無いと色々と困る、手加減し忘れて出力過多で灰になっちまったら金にならんからな。まあ、俺が狙う賞金首ってのは大抵殺されても文句言えないようなことをしてる連中だからな。ハナッから焼き殺すつもりで仕掛ける俺の自業自得なんだが。大体、此処は何処だ? 木の上で野宿してたら目が覚めると病院みたいな場所の個室で、入院患者の格好させられていて、金目の物はおろか手荷物一つ見当たらない。おまけに封炎剣すら無い。「………ふざけやがって」現状の理解不能加減と封炎剣の喪失にイライラしながら、俺をこんな目に遭わせた野郎をどう料理(ウェルダンかミディアムレアか)してやろうかと考えながら改めて部屋を見渡す。化粧台の鏡に、ガキが居た。いや、正確には映っていた。「ん?」そのガキは何処かで見たことのあるガキだった。……………………………………………………………………………………………………………嫌な汗がこめかみを伝う。部屋に居るのは俺一人。このガキが法力使いで、鏡の向こうに映って見えるような幻術もしくはそれに近い類の物を使っている訳でないのなら………『この写真見てよ、旦那の子ども時代』『…………黙って置いてけ!』つまり、俺………か?「ヘビィだぜ………」言いつつ俺は自身の身体をぺたぺた触る。あの馬鹿から奪還した後灰となった写真と同じ顔と、記憶の奥底から掘り起こした顔―――なんつっても百年以上前の話だ―――と合致する。およそ4か5歳の肉体年齢と顔。嗚呼、確かに俺の顔だ。(って何故だ!?)思わず額に手を当てた。視界が低い違和感にもすぐに分かった。身長も歳相応になってやがる。肉体の時間遡行? あのアバズレの能力が何らかの要因を経て俺の身体に作用したのか? それとも俺の記憶だけが過去に遡行を? 有り得ない。そもそもあのクソアマは始末した筈だ。一体どうやって? いや、始末する前のクソアマなら俺に干渉することなら可能と言えば可能だろうが………ダメだ、考え始めるとキリが無い。アレは外そう。では何だ? やはり幻術の類か? だとしたら一体誰が何時の間に? それともただ単に質の悪い夢をみているのか? だったらとっとと覚めやがれ!鏡を睨み付けていても目の前の自分が何か情報をくれる訳でも無い。忌々しい、胸糞悪い赤い眼しやがって!「な………」そこで気付く。眼が、赤い。何故だ? この肉体年齢の俺なら、まだギアに改造されていない。いや、ギアどころか魔法が技術として確立される前の年齢だ。だというのに、禍々しく輝く鏡の中の俺の瞳。「マジで、何がどうなってやがるんだ………」答えの出ない問いが脳内をぐるぐる回転しながら俺の理性を追い詰めていく。混乱した頭は段々とフラストレーションを溜め始め、八つ当たり気味にこの鏡を叩き割ってやろうかという破壊衝動に思考が染まりかけてきた時、個室のドアが開いた。「あ、良かった。目が覚めたんだね」入室してきたのは成人した男、年齢は二十台から三十台、なかなか精悍な顔つきで、その足運びと醸し出す雰囲気から、それなりの武術もしくは戦闘訓練を経験していると見える。これは勘だが、なんとなくこいつはかなりの修羅場を潜ってきたんじゃねぇか?今の俺からしてみれば、かつての自分を見上げているような気分になる。俺は意図せずして即座にバックステップして身構える。長年の経験によって身体が勝手に反応してしまった。だが、警戒するに越したことは無い。思考が戦闘のそれに切り替わる。「誰だテメーは?」「ああ、そんなに警戒しないでくれると嬉しいな。これでも一応、君を助けた恩人になるんだけど………」「恩着せがましいな。俺はテメーの顔なんぞ知らねぇ」「まあ、君はそうだろうけど………なんてたって君は一週間眠ったままだったからね」「んだとぉ!?」「驚くのは無理も無いと思うけど、実際こっちも驚いたよ。森の中でやたらとダボダボな格好していた君が妙な剣を持って倒れていたんだからね」「………」この男の言葉が信用できるとは言い難いが、今は兎にも角にも情報が欲しい。せめて現状と封炎剣の行方を把握しておきたい。幸いにも今のやりとりで封炎剣の存在は確かなものになったのだから、それを奪還すれは後はどうとでもなるだろう。「………どういうことか説明してもらおうか」仕方が無いのでこの男に喋らせることにした。男(たしか高町士郎と名乗った)の話によれば、こいつはたまに自宅の近くにある森に、自身の弟子である息子と娘を引き連れて戦闘訓練をするらしい。で、訓練の最中行き倒れている俺を発見、あからさまに怪しい格好をした俺をお人好しにもこの病院に搬送したとのこと。で、半日もすれば意識が回復すると高をくくっていたのだが、一向に目を覚ます気配が無いのでさすがに心配していたらしい。「いやぁ、君が目を覚ましてくれて本当に良かったよ。俺は勿論、俺の家族も皆君のことを心配していたからね」と言って心から安心したように微笑む士郎。「そうか、世話になったな。礼を言う」「何、大したことじゃない。困っている人を見捨てられない質でね」気にするなと笑う士郎。どうでもいいがこいつは俺の年長者(本来なら俺の方がこいつの数倍生きているが、今の外見上年上ってことになる)を敬わない態度に腹を立てないのだろうか? 普通なら軽く注意をしてもいいだろうに。気にも留めない些細なことと思うならかなりの大物、もしくは阿呆だ。俺が逆の立場だったら拳で黙らせるがな。「ついでにいくつか聞かせろ」俺は眼を細めて、若干緊張気味に声を出した。「何かな?」俺の態度の変化に気付いた士郎は少し身を乗り出して聞き返してきた。ついに、俺の存在の根底に関わる部分にメスを入れることになった。士郎の返答によっては、これからの俺の身の振り方が決まってくる。「ギア、って言葉に聞き覚えは?」「ギア? ギアってバイクや車のギアチェンジする時のあのギアかい? それとも歯車って意味の?」「なら法力、いや、違うな、魔法は知ってるか?」「法力っていうのはよく分からないが、魔法っていうのは御伽噺やファンタジー小説、アニメやゲームによく出てくるあの魔法かい?」「………いや、知らないならいい。忘れろ」「?」「続けるぞ、ジャパンは存在するのか?」「? ジャパンって、此処が日本だよ?」何を言ってるんだという表情をされる。「………士郎はジャパニーズ、じゃない、日本人なのか?」「勿論そうだけど、それがどうしたんだい?」「………なんでもねぇ」真面目な態度からして嘘を言ってるように見えない。士郎は何故俺がこれらの質問をしたのか分からないという顔をした。俺の問いに対して士郎は即答した。ギアは存在せず、魔法はあくまで創作物内でのものらしい。そして、聖戦によって吹き飛んだジャパン、違った、日本はちゃんと存在しているらしい。おまけに今俺達が存在している土地がそこだ。それから俺は質問を続けた。此処が何処なのか? 時代は? 文明レベルは? あれを知っているか? これを知っているか? などなど。俺が知っている世界とこの世界との差異を見出す為に士郎にありとあらゆる質問をした。士郎は俺が質問する度に腕を組んだり顎に手を当てながら真摯に、それはもう質問している俺が呆れるくらい真面目に答えてくれた。俺が士郎だったら「ごちゃごちゃと訳分かんねーことばっか言ってんじゃねぇ!」とキレるところだが。俺の士郎に対する評価は「お人好し」から「クソ真面目なお人好し」になった。あくまで体感だが、時間にして30分くらい話し込んでいたらしい。結論から言うと、此処は俺の故郷とは全く違う世界といいうことだ。質問すればするだけ世界の差異が浮き彫りになったからだ。つまり今俺が居るこの世界は、かつて魔法が技術として確立され、それによってギアが生まれ、人類とギアとの間に勃発した「聖戦」を体験した俺の知っている世界ではないらしい。要するに別の世界、異世界? 平行世界? それとも並行世界か? どれでもいいが、士郎の言葉を信じるならば、俺が生きた世界ではない。それを理解した時、俺の心境は複雑だった。魔法が存在しない、それはギアが存在しないのと同義だ。それは間違いなく良いことだ。もう二度と「聖戦」みたいなものが起きなければ、俺のような存在が生まれてくることもない。安堵の溜め息を吐くと同時に、落胆が俺の中で波紋となって揺らす。心の何処かで「それでは少し物足りない」という声が聞こえたような気がした。首を少し振り、気の所為だと思い込む。それにしても、時空干渉? ワープ? 世界間転移? 一体どんな法術理論を以ってすればそんなことが可能になる?また頭がこんがらがりそうになって、止めた。面倒臭ぇ、という俺にとっていつもと同じ思考停止方法だ。経過は最早どうでいい、ギアも法力も存在しない世界にかつての俺が存在するという結果が理解できた。これからどうするのかはこれから決めればいい。幸い封炎剣はある。士郎が自宅で預かっているらしい。ついでに俺の服(今のこの身体じゃ着れないが)も。記憶と封炎剣さえあれば、俺が俺である理由は十分だ。「ところで」「あ?」これからどうしようかと考えに耽っていたところだった。「こちらからも質問してもいいかな?」「好きにしろ」散々質問しといて相手にそれをさせない訳にもいかないだろう。「君の名前を教えてくれないか?」「俺の名前?」現状を把握するのに意識を傾けていた為にすっかり失念していた。しかし、何て名乗ろうか? 本名は………はっきり言って二十数年しか使ってなかったからな。今更本名ってのも………気が乗らない。だったら、偽名ではあるが俺という存在を百年以上定義付けてきた名前を何時も通り名乗ればいい。だから俺は、「ソル、ソル=バッドガイだ」誇るでもなく、そう言った。