■44(無印完結・前編)
PT事件解決後から数日、後処理で忙しいので外出禁止という一応それっぽい嘘をでっち上げて二人を自室に軟禁し、アルフも一緒の部屋に移した。
プレシアからのビデオメール(偽)のおかげか今のところ特に現状に疑問を抱くこともなく、三人は協力してプリシアの面倒を見ている。
慣れない作業なためか悪戦苦闘しているらしいが、今のところ目立った問題は出ていない。
僕はその間に精力的に動きまわり、カガチも裏でいろいろ動いた。
リンディさんへの報告書(フェイト嬢に関してはでっち上げ)を作成したり、臨時で負傷した武装局員の治療に当たったり。
その他にもフェイト嬢の世話で帰宅ができなくなったなのは様の家族へ事情説明するためにと高町家へも足繁く通った。
さらに僕はその間に何度も高町家を訪ね、内緒のお話もしていた。
リンディさんが仕事に忙しく僕のことに構っていられない状況だったので、盗み聞きされる危険性もなかったのが丁度よかった。
さすがに今回の話は聞かれるとマズイ内容だった、グレーどころか真っ黒。
原作介入における山場でもあるし絶対に妨害されるわけにはいかなかった、慎重に時期を見計らったうえに強力な結界まで張って話し合いを行った。
そのおかげか何の妨害もなく、順調に話し合いは進み一週間もする頃には結論が大体まとまることとなった。
ちなみになのは様はフェイト嬢とプリシアの世話でずっと忙しく、ようやく仲良くなった彼女達を泊り込みで献身的に面倒を見ていた(フェイト嬢はまだ拘留中の身)。
その間、ユーノ君とお話をするチャンスは一度も無かった、フェイト嬢に付き合って軟禁中なため顔を合わせることすらも。
大概僕の所為だが、すまなかったユーノ君。
■
さらに数日後、本日は事件解決に地味に貢献してきたユーノ君を表彰することになった。
民間協力者として危険な現場で活躍してくれた彼には略式ではあるが時空管理局から表彰状が贈られた。
ちなみにこの表彰状、日本の警察から送られるような名誉的なヤツよりも遥かに有効価値が高い。
ミッドにおいて時空管理局から表彰されたという実績はイコール優秀な魔導士であることの証明に等しく(最近は優秀な武術家も含む)、地球風に言えば一流大学卒業レベルの箔がつくことになる。
社会的なエリートの証明ともなり、民間企業は勿論のこと研究機関に対する就職時にも役に立つ。
まぁ、そのぶんかなり危険性が高く死亡例も数多くあるので民間協力者になろうという者は滅多にいないのが現状だが。
ともかくユーノ君は今回の事件で活躍を果たし、それ相応の評価を貰ったことになる。
彼がこれからどのような将来を歩むにしろその評価は役に立つはずだ。
その場に立ち会った僕はカチコチに緊張しながら表彰状を受け取ったユーノ君に惜しみない拍手を贈った。
おめでとう、ユーノ君! 君の将来はあかるいぞ!
表彰式が終わったその帰り道、僕とクロノ、ユーノ君は三人で通路を歩いていた。
ささやかながら今回頑張った二人に僕が昼飯を奢ろうと持ちかけ食堂に向かう途中だった。
「……あの、これからなのはやフェイト・テスタロッサはどうなるんでしょうか? 二人とも未だに拘留中ですし……なのはは何も悪いことしていないのに彼女と一緒に……」
やや不安そうな表情でユーノ君が質問してきた。
確かにフェイト嬢はともかくなのは様の拘留は規則的には不必要なこと、何の罪も犯していないのだから。
だが一方で二人+αを外界の情報からシャットダウンしておくのは僕の考えている原作介入には絶対に必要なことでもあった。
そういう意味ではなのは様がフェイト嬢の世話を申し込んでくれたのは渡りに船、一石二鳥でもあった。
「……なのはさんに関しては彼女の幼い年齢も考慮して長時間フェイト・テスタロッサと一緒にいるとプレイバシーの保守義務不履行や無自覚に犯人脱走の手助けなどの事柄が成される危険性があった、だが一方でフェイト・テスタロッサの世話をしたいという彼女の願いも無下にしたくない、よって折衝案としてこういった処置をとったんだ」
「そうだったんですか、じゃなのははこの事件が終わったら何事もなく解放されるんですね?」
「……勿論だ、彼女のご両親にもあらかじめそう説明してある」
「そっか、よかった……」
ホッと息をはくユーノ君、片思い中の女の子が軟禁中というのは確かに気分の良いものではないだろう。
できれば面会させてあげたいが、やはり無理か。
今余計な事を喋らされるわけにもいかないし、もう暫くの間だけ辛抱してもらおう。
「あ、そういえば、例のフェイトという子はどうなるんですか?」
「……彼女についてはまだハッキリとは言えない、事情聴取はだいたい終わったが結論を出すのはまだだ」
「そうですか……」
「エンハンスト執務官、僕も彼女に関する報告書は読みました、事情があったとはいえ彼女が次元干渉犯罪の一端を担っていたのはまぎれもない事実、これは重罪だから、数百年以上の幽閉が普通なんだが……」
「そ、そんな!? そんなことになったらなのははこれまで何のために頑張って―――」
「なんだがっ!」
「っ!?」
「状況が特殊だし、彼女が自らの意思で次元犯罪に荷担していなかったこともハッキリしている……あとは偉い人達にその事実をどう理解させるかなんだけど、その辺については目の前に頼りがいのある偉い人がいる、特に心配する必要もない、そうでしょう?」
そう言って僕に目配せしてくる、なるほどこれはクロノなりの信頼ということだろうか、なんだか嬉しくなってくる。
もともと二人を悲惨な目にあわせるつもりなどないことだし、弟分の信頼に応えようと気持ちも盛り上がる。
それにフェイト嬢の今後の公算はだいたい出来上がっている、不安要素はほとんど無い。
「……大丈夫、絶対に二人を悲しませるような結末にはしないつもりだ」
「とまあ、こういうわけで心配はいらないようだ」
「エンハンストさん……」
ユーノ君の表情からも不安そうな感じが消えようやく笑顔が戻ってきた。
クロノが皮肉気な調子で早く昼食を食べに行こうと急かす、こやつ珍しく空気が読めている。
もちろんクロノの気遣いに水をさすようなマネはしない。
二人の後に続いて僕も食堂へと向かう、せっかくだから今日は成長期の二人に大盛りで奢ってあげようか。
それにしてもこの二人、いつのまにか仲良くなってるなぁ。
アレかな、喧嘩したあとの二人に生まれる男の友情みたいな熱血少年漫画的アレか?
今回なのは様とフェイト嬢にそういうフラグがなくても友情が生まれた影響かな、代わりにこの二人がみたいな。
まぁなんにしても仲が良いことはいいことだ。
■
三人での昼食後、僕はフェイト嬢のことでリンディさんも交えて重要な話があると告げ、一度集まって話をしようと提案した。
クロノは半ば予想していたように落ち着いた様子でその提案を受け、すぐにリンディさんのところへと行ってくれた。
ユーノ君ともいったん別れ、30分後に集合することを決めて解散した。
さてと、今の内に向こうへ連絡をいれておかなきゃな。
30分後、以前に皆が集まった和室(パチモン)で全員がそろう。
リンディさん、クロノ、ユーノ君、ついでにエイミィも呼んでおいた、皆真剣な顔つきだ。
なのは様はいない、もちろんフェイト嬢も、二人にこれからの話は聞かせられない。
「それで、どんなお話なのかしら? フェイト・テスタロッサのこととは聞いているけど」
リンディさんは微笑を浮かべているがその目は真剣だ、相変わらず警戒されているらしい。
それでも以前に比べればだいぶやわらいだ感じも受ける、お詫びプレゼント(お菓子食べ放題券)の効果はバツグンだ。
とはいえ、これから話す内容でまた反感を買うことは明白なので先に覚悟は決めておこう。
「……まず、フェイトテスタロッサに関する報告書を読んでもらったなら既に知っているでしょうが、今一度彼女の境遇を確認しておきます」
そう言って目の前に一応作成しておいた報告書を出しておく。
全員に配るわけではないので一冊だけだ、もし話を聞きながら確認したいならどうぞ、という意味で。
ちなみに僕のカンペ用に短くまとめたモノも手元に用意してある。
「フェイト・テスタロッサ、プレシア・テスタロッサによって生み出されたクローン、正式な戸籍は無し、年齢9歳相当、しかしこれはクローンなため正確な年齢とは合わない可能性あり、魔力ランクはAAAクラス、今回の事件での罪状は、無断での管理外世界への接触、ロストロギア不法所持、現地生物への暴行、意図的なロストロギアの暴走誘発行為、公務執行妨害等」
ペラリと手元のページを一枚めくる。
「今回の事件における犯行動機は『母親の役に立ちたかったから』、ジュエルシードを収集する目的は知らず、プレシア・テスタロッサから命じられた通りに行動していたと供述、また彼女はプレシアから日常的に虐待を受けており普段から正常な判断をする能力に欠けていたと思われる、また幾つかのジュエルシードを収集するもその際に接触した現地魔導士『高町なのは』と戦闘になる、その後も合計三度戦うも戦力的に有利な立場にありながら高町なのはに目立った怪我は負わせることはせず、このことから元来は善良な人格であると思われる。」
さらにページをめくる、これが最後のページとなる。
「現在はアースラの一室にて拘留中、監視責任者はエンハンスト・フィアット特別執務官、フェイト・テスタロッサの態度は非常に協力的であり、こちらにたいする害意は微塵も感じられず、以上が現在わかっている彼女の状況です」
一息ついてカンペを懐にしまい込む。
皆も一応知っていることなので特に質問はなかった。
フェイト嬢が客観的に見て同情されて当然な境遇にあることは理解してもらえているはずだ。
あらかじめこうして確認しておけば後々話しやすくなる、まず知っておいて欲しいことは彼女の境遇。
じゃあ、そろそろ本格的にお話をはじめましょうかね。
「……さてクロノ執務官、今いった説明を踏まえたうえで先ほどお前が言ったフェイト・テスタロッサの罪状と適切な刑罰を簡単でいいからもう一度言ってくれないか?」
「重罪である次元干渉犯罪の一端を担っていたフェイト・テスタロッサは数百年以上の幽閉が適切な処置です」
「……そう、普通に考えればそうなる、これは無期懲役と同じこと、ではもう一つ仮定の話をしましょう、もし彼女を実質無罪とするにはどうすれば良いか、母親に虐待・利用されたこと、若年ゆえの判断能力の欠如、それらを考慮して裁判で争うとしよう、クロノ執務官これなら無罪になると思うか?」
「少し、難しいかもしれない、だがエンハンスト執務官の言ったような要素に加えての本人の志願で嘱託魔導師になって、時空管理局への協力姿勢を示せば保護観察くらいまでは持っていけると思う」
「……そうだな、リンディ提督はどう思いますか?」
「私もほぼ同じ意見よ、先ほどクロノが言った案がおそらく現状で考えうる最善案だわ」
リンディさんが肯きながらクロノの案に同意を示す、確かにそれが管理局員としてフェイト嬢にしてあげられる最善案だろう。
だが、まず前提がおかしい。
ミッドチルダの常識に染まっている彼女達には気が付かないだろうが、前世を平和ボケした日本で暮らした僕には致命的な違和感が感じられる。
「……わずか9歳の子供を、しかも母親から虐待を受けていた子供を、何も知らされていなかった子供を、いい年した大人が寄って集って裁判にかけて罪に問おうとする、よしんばそれを防げても今度は危険な最前線送り、それでいいんですか?」
「………………」
リンディさんは応えない、あの人もわかっているんだろう。
どんなに残酷だろうと罪は罪、法律にのっとって裁かれなければならないと。
だが一方でフェイト嬢に同情し、なんとかして助けてあげたいという気持ちもあるはず。
でなければ原作で彼女を養子になどするわけがない。
これ以上リンディさんと討論しても意味は無いので話を進めよう。
とりあえず皆にはフェイト嬢の現状と近い将来の行く末は理解してもらえただろうし。
さぁ、いよいよここからが本番だ、頑張れ僕!
「……先に言っておきます、フェイト・テスタロッサは死にました」
「「「!!?」」」
「フェイト・テスタロッサは死んだ」と告げた僕の言葉に周囲は騒然となった。
全員の目が見開かれ、特にリンディさんの反応は顕著で、一気に立ち上がると僕の襟を掴んで詰め寄ってきた。
「あ、アナタは、まさかっ!!」
「リンディ提督!?」
目に怒りの火を宿したリンディさんが僕に掴みかかった姿を見てエイミィが止めに入ろうとする。
僕は片手でそれを制して、できるだけ相手を刺激しないように説明を続けた。
「……死んだ、といっても書類上でのことです、実際のフェイト・テスタロッサは今も何事もなく生きています」
「……どういうこと?」
「説明しましょう、まずはその手を放して頂けませんか」
「………………」
リンディさんが無言で僕を解放する、女性の力ゆえそれほど苦しくはなかったが皺になっていた。
黙ってこちらを睨むリンディさんの視線からは「早く続きを話さんかいっ」と圧力がビシバシ飛んで来る。
こりゃ早いとこ説明して少しでも怒りを静めてもらわないと後が怖い。
「……先ほど話し合ったようにこのままではどのみちフェイト・テスタロッサの未来は暗い、よくて前線送り、最悪無期懲役だ、これでは救いがない、だから考えました、どうすれば彼女は幸せになれるのだろうかと、そこで考えついたのが」
懐から一枚の紙を取り出して皆の前に差し出す。
紙面には『死亡確認書』と書いてあった。
「ミッドの公文書です、既に届けも受理されていますし、医師の確認書類も添付してあります、このように既にフェイト・テスタロッサは公式には故人となってもらいました」
「そ、それじゃあ偽造じゃないっ!!」
「……その通りです、これで私も立派な犯罪者の仲間入りというわけですね」
「何を考えているの、こんなことして冗談じゃ済まされないのよ!」
「……百も承知です、訴えたければどうぞご自由に、ただしその前に私の話を聞いてからにしてください」
「えぇ、聞きましょう、でも納得できる話じゃなかったらお説教じゃ済まないわよ」
リンディさんはとりあえず僕の話を聞いてくれそうだ。
このままここで問答無用逮捕なんて言われたら実力行使しか残されてないし、できればそんなことはしたくない。
もっとも、最悪の場合は権力を行使してもみ消すつもりだったからどの道問題なかったわけだが。
少なくとも今すぐそんな鬼畜外道な手段に出なくてすんでよかった。
「……そもそもフェイト・テスタロッサが生きているから面倒なんです、時空管理局の法律ではどうしても彼女を罪に問わなければいけなくなる、だがそうすると哀れな彼女に我々でトドメを刺すことになってしまう、現状で彼女は完全に私の監視下にあります、部外者との接触は一切無し、だから公式に死んでもらい面倒事の元凶を断ちました」
「だが、その後のフェイト・テスタロッサはどうするつもりなんだ? 公式には死人なのだからまともな社会生活は難しいぞ」
「……それはミッドを含む管理世界での話だ、管理外世界では違う」
「!? なるほど、確かに管理外世界なら時空管理局の管轄外だ、そこでなら現地の住民として定着できれば問題なく社会生活がおくれる!」
「……そういうことだ」
僕とクロノの会話を聞いて、関心した表情でユーノ君やエイミィがなるほどと肯いた。
だが、ただ一人リンディさんだけは未だ眉を寄せながら納得できない点があるような雰囲気を出していた。
「確かにアナタの犯罪行為を見逃せばそこまでは良い考えだわ、でも仮にこの星で生きていくとして彼女一人をここに置いていくの? それはもっと残酷な事じゃないの、9歳のフェイトさん一人でまともな生活を送れるとは思えないわ」
「あのリンディ提督、それならこの星の施設に引き取ってもらうとかはどうでしょうか?」
「悪くない考えだけどそれじゃあ50点ね、もしフェイトさんが何かのはずみで魔法を使ってしまったらどう説明するの? ミッドの常識の通じない社会なのよ、彼女を預けるならとっさのトラブルに対応できるようなミッドチルダとこの世界の社会を両方を知る人物でないと勤まらないわ、果たしてそんな人物がいるかしら?」
「い、いません……にょろ~ん」
奇妙な声を出して落ち込むエイミィ、本人は名案だと思って言ったんだろうが確かにボツ案だった。
その考えは僕もかなり最初に考えて、すぐに破棄した考えでもある。
勿論、リンディさんの言うように両方の世界に通じる人物などほとんどいないだろう、グレアム提督なんかはその数少ない人物に該当するが彼は基本的にミッドに住んでいるので当てにならない。
だが、そこで諦めるのはまだ早い、いないのならば作ればよいだけの話。
「エンハンスト執務官、その辺はどう考えているのか聞かせてくれませんか?」
「……既に手はうってあります、条件に該当する人物との交渉も終わっています、快くフェイト・テスタロッサを引き取っても良いとも言ってくれました」
「な、なんですって!?」
室内に設置してあるモニターの電源を入れる。
既に向こうには連絡を入れてあったし、すぐにモニター上には一人の人物が映る。
僕はモニターを背に、皆に向き合うようにして振り返った。
「……改めてご紹介します、こちら『高町士郎』さん、我々の協力者である高町なのはさんの父親でもあります」
『どうも始めまして、娘がお世話になってます』
■
(回想)
「お願いします!!」
遡ること数日前、高町家の家族が集まるリビングの真中でエンハンストは床に頭を擦り付けて土下座していた
もともとは高町なのはがフェイトのお世話の為に暫く帰宅できなくなった事を説明しにきたのであるが、一通り説明を終え、高町家の皆からも一定の理解を得られたと思ったエンハンストは次なる話の為にまず土下座した。
いきなり土下座されて驚いたのは高町家の面々、わけもわからずいきなりこの状況では仕方のないことかもしれなかった。
とりあえず桃子が頭を上げてくださいと言ったがエンハンストは聞き入れずそのままの姿勢で話はじめた。
フェイト・テスタロッサのことを。
クローンであること、虐待されていたこと、利用されていたこと、そして今でもプレシアを母と慕っていること。
そしてエンハンストがそんな彼女の身の上を不憫に思い、事実を隠して偽の母親からのビデオメールを見せて都合の良い真実を信じ込ませて心の傷を防いだこと。
さらに唯一生き残っていたクローンであるプリシア、彼女を実の妹と思い込み懸命に愛していることを。
それらを虚実まじえて話し終えたうえで、エンハンストは土下座したまま頼み込んだ。
「どうか、彼女達の家族になってあげてください! あの二人はもうこちら側(管理世界)では暮らせません、ここしか生きていける地がないんです! どうかお願いしますっ!!」
床に頭を擦り付けながらエンハンストは何度も懇願した。
恥も外聞もない、誇りを捨て去った懇願だった。
卑怯な方法である、フェイト嬢の同情されるべき境遇をたっぷりと語り。
こうして自分が土下座して無様に懇願することで、とても断れる雰囲気ではなくしている。
そのうえ、高町なのはに便宜をはかった恩なども考慮にいれている。
だが、それでもこれだけはなんとしても受け入れてもらわなければならない事柄だった。
エンハンストにとってフェイト嬢の幸せに必要なものとは何かと考えたとき、まず思い浮かんだのは『家族の愛』だった。
プレシアからは愛されるどころか虐待され、過酷な人生を生きてきたからこそそれが必要ではないのかと考えた。
原作ではリンディよって引き取られそれなりに可愛がられていた様子だったが、その代償に時空管理局と深く関わってしまっていた。
時空管理局なんてヤクザな業界に関わるべきではない、魔導士の才豊かな彼女はどうしても辛いことに巻き込まれてしまう。
優秀な戦闘魔導士は大半は最前線で戦う、老若男女問わず犯罪者の薄汚れた部分を嫌というほど見せ付けられる。
強盗、殺人、誘拐、強姦……どれも十代にも満たない少女が見るには辛すぎる現実だ。
どんなに強い心を持っていようが傷つくことは間違いない。
他人の人生を勝手に批判するという自分勝手極まる行為だったが、ならばせめて普通の世界で普通の幸せを求めても良いんじゃないかと考えた。
そして一端こうして他人の人生に干渉すると決めた以上は無責任なことはできない。
できるかぎり最善を尽くすのがせめてもの礼儀だと思った。
そうして考えた結果がフェイトを高町家の養女とすることである。
高町夫妻、原作を見ていても多少放任主義的な部分はあれど、子供への愛情は確か。
そのうえ夫の職業柄か常識外れな物事にも順応は高い、息子や娘(養女)の恭也や美由希も家族を思いやる人格者であるし(多少好戦的な面には目を瞑ることにする)。
考えれば考えるほどフェイトの養子先としては理想的とも言える家族であった。
「この世界で貴方達以外に頼れるご家族がいないのです! どうかお願いします!!」
一人の人生、さらに高町家の家族全員も巻き込むことになる。
責任は重い、そのためなら自分がこうして頭を下げるくらいどうということはない、そう考えていた。
一方で土下座される立場の高町家の面々も困っていた。
いきなりそんな重大な話をされても困る、簡単に結論を出せることではないのでもう少し家族で話し合って見たいと言ってとりあえずその場はお開きとなり、結論は後日に繰り越された。
エンハンストもそのことは重々承知しており、皆に深く頭を下げてその日は帰っていった。
その後、高町家では緊急家族会議が開かれた。
なのはの友達というフェイトなる少女、かなり悲惨な境遇で現在は保護者もなくこのままでは不幸な未来しか残されていないという。
クローンとか虐待なんて事柄はこっちの世界でもそう珍しいものではないが(実際に恭也には戦闘用クローンとして生まれた知り合いが二人ほどいる)、こうして実際に聞かされると虫唾が走る話だった。
特に長女の美由希、もともと正義感が強く理不尽な事柄に激しい怒りを抱く彼女は完全にフェイトに感情移入しており、養子にすることに真っ先に賛成していた。
彼女自身が高町家の正式な血縁ではなく、母親に捨てられて養女になったという経歴を持つのもその感情の後押しをしていた。
同様に情に厚く、母性豊かな桃子もフェイトを引き取ることに積極的な姿勢を示していた。
いまさら娘が二人増えたところでどうということはない、精一杯愛してあげるだけだと宣言していた。
今ここにはいないなのはは当然賛成派に回るだろう、フェイト達の世話を泊り込みでするくらいだ、それくらい容易に想像できる。
しかし、反対に長男の恭也は一人だけ慎重論を唱えていた、魔法なる存在の危険性、以前にエンハンストから説明を受けたときによく理解していた。
空を飛び、無手の状態から大砲クラスの砲撃を行う、そのうえ防御も鉄壁、そんな力を持つ危険人物をそんな簡単に信用するべきではないと言ったのだ。
だがその意見は主張した恭也本人があまり説得力のない内容だと理解していた。
危険人物云々で言えば御神流という剣術(暗殺術)を使う自分達こそが該当してしまうからである。
恭也はあくまで家族の安全を考慮して慎重論を唱えていた。
誰かが憎まれ役をかってこう言っておかねば油断したままの状態でフェイトと会うことになる、万が一の事が起こってからでは遅いのだ。
家長である士郎はそれらの意見を聞いて結論を出した。
フェイト・テスタロッサとプリシア・テスタロッサを養女として引き取る、と。
もともと断る理由の方が少ないのだ、家族会議はある意味全員の意思確認のようなものだった。
慎重論を唱えていた恭也もはじめから引き取ることには反対する気はなかったらしく、異論は一切なかった。
後日、やってきたエンハンストにその事を告げると再び土下座して感謝の意を示した。
それからの数日間、エンハンストは連日のように高町家を訪れ細かい話し合いや、手続きをこなすことになった。
まずフェイトやなのはには真実は知らせず、これまで通り偽のビデオメールを信じ込ませることになった。
真実を知って良い事など最早一つもないのは全員が承知していた。
また、二人の戸籍を新たに作ったり。
二人の養育費として現地資金で二億円ほど高町家に預けたりもした(はじめ断られたが、使わなければそのまま将来の二人に渡してくださいといって押し付けた、ちなみにエンハンストの個人資産から捻出)。
これらは日本の権力者、つまり政治化連中(管理外世界でもごく一部は管理世界と繋がっている)を経由して行ったことである。
彼らは時空管理局の高官であるエンハンストと繋がりを持とうと必死になって働いてくれた、結局は良いように利用されただけで徒労に終わってしまったが。
それらの事柄がようやく一段落したころだ、高町家へエンハンストからそろそろ顔見せをしようと連絡が入ってきたのは。
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