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三行でわかる39・40話(カガチ編)のあらすじ
・カガチ脱皮(ロリ化)
・プレシアさんフルボッコ
・ご馳走様でした
ではアースラサイドでの続きをドゾー。
■
モニターに移るプレシア、その周囲をグルグル旋回するジュエルシード。
僕はその一つに向かって念話を飛ばした。
『……もういいぞ、やってくれ、カガチ』
『あぁん、そのお言葉を待ってましたわぁ♪』
モニターの向こう、プレシアの周囲をグルグル回っていたジュエルシードの一つから僕の邪悪な使い魔の愉快そうな返事が帰ってきた。
嬉々とした口調からも彼女がやる気一杯であることは確かだろう、こういった場面では頼もしい限りだ。
さてと、これであとの流れはほぼカガチ任せとなる、彼女の実力ならよほどのことがない限り失敗はないだろうし、その点では安心してるし信頼もしている。
ただ、まぁ、カガチの場合張り切ると死者・行方不明者が激増する傾向があるからその点要注意なわけだが。
今回はアジト潜入とあわせてプレシアの説得しか命じてないし、あそこにはプレシアしか生存者はいない、最悪の場合でも被害者はプレシアだけになるはずだ。
個人的には助けられるなら助けてあげたいが、フェイト嬢のこともあるし判断が難しい問題なのでカガチに丸投げしてある。
無責任かもしれないが僕は神様じゃないし、無理なものは無理なのだ、中の人がヘタレである僕にそこまでの決断力は無い。
戦場で見ず知らずの犯罪者をサクッと殺すのと違って、今回は背後関係も動機もわかっている人間の生き死にがかかっている。
多少なりとも同情の余地のある人間にむかって『死ね』とは流石に言えない、そこまで非情にはなりきれない。
だから逆に非情すぎる判断も平然とできるカガチに任せた、我ながら情けない限りだけど。
あ、ちなみに聖王だとか現人神だとかそういうのはなしの方向で、僕はクローンの偽者だしね。
というわけで、あと僕がすることといえばカガチのフォローくらい、簡単な内容だしさっそくやっておこうか。
ポケットの中にあるカードのような薄型のコントローラー確認してスイッチを入れる。
それによって皆に内緒で事前に仕込んでおいたAMF装置が起動、アースラに搭載されている観測機器を阻害する。
同時に念話も含めて、時の庭園との繋がりが完全遮断された。
これもあらかじめ決めていた手筈通りだった。
■
「どういうことだ!? いきなりむこうとの通信が途切れるなんて」
「エイミィ、なにか原因はわかる?」
「わ、わかりませんっ、魔力反応も全部効かなくなってしまって、幸い艦の運行に支障はありませんが観測機器が総じて不具合を起こしています!」
唐突に途絶えたモニターを見ながらクロノとリンディさん、そしてエイミィの焦った声が室内に響く。
皆にも一応説明しておかないとな、またいろいろ睨まれるんだろうが、そんなのいまさらだ。
権力使ってまで独断行動した時点でリンディさん視点からしたら僕は厄介者認定されているだろうしね。
「……落ち着いてください、通信を遮断したのは僕です」
艦橋にいた全員の視線が僕に集中する、大半は驚きの視線だったが、一部からは敵意の篭った視線も送られてくる。
中でもリンディさんの様子ときたら「またお前か!?」と言いたげな怒りの波動がひしひしと伝わってくる。
「エンハンスト執務官、貴方が何を考えているのか知りませんが我々の任務妨害をしないで下さい、今すぐもとにもどしてください」
「……そうもいきません、私にも仕事がありますので」
ギンッ、と音がしそうなほど視線が一気に強くなる、リンディさんは美人だから余計に怒ったとき迫力がある。
だがリンディさんは声を荒げる様子も無く、視線は厳しいものの一呼吸おくと比較的冷静な口調で僕の返答を受け止めて会話を続けた。
「そう、きっと貴方のことだから何か考えがあってのことなんでしょう、なら説明はしてもらえるのかしら?」
「……勿論です、あくまでできる範囲でですが」
ちょっと吃驚、今回もリンディさんに嫌味を言われたりするのかと思ってたのに、なんだかこうあっさりと話が進むと逆に不安になってくる。
ま、まあいいか、今は皆に事情説明をしないと。
「先ほども告げたように自分もリンディ提督とは別に対策をとっていました、提督の作戦通りに上手くいって事件解決になればこのまま何もせずとも問題はありませんでしたが、先ほどアースラからの武装局員が撃退され、プレシアによってジュエルシードが発動されてしまったのでこうして介入させてもらいました」
「それと通信遮断に何の関係が?」
「あります、実はこちらの作戦でジュエルシードに扮した協力者を向こうに送り込んであります、その証拠に本物はこうして私の手に」
先ほどポケットから取り出していたジュエルシードを摘んで顔の横に掲げる。
すでに封印処理は済んでいるので暴走の危険はない。
とは言ってもこれはロストロギア、あとでちゃんと保管用の装置に入れておかないとね。
リンディさんは僕の掲げたジュエルシードを見てすぐに合点がいった様子で一言で僕がどんな作戦を取ったのかを理解した様子だった。
「……変身魔法を使ったのね」
「そうです、プレシアのアジトがわかったのもその協力者のお陰です、そして先ほど協力者に念話で作戦開始合図を送りました、もうジュエルシードは協力者が確保しているはずです、現にこうして次元震も収まってますし」
「そうね、先ほどまで酷い揺れだったのがもう収まってる、これでは貴方の証言を信じるしかないわね、でもふたつ不可解なところがあるわ、まず貴方の言う協力者とは何者? そしてなぜわざわざむこうの様子がわからなくなる危険をおかしてまで通信を遮断する必要があったのかしら?」
うぐ、案の定言いにくいところを聞いてくる、流石リンディさん容易くは誤魔化されてくれないか。
かといって現時点でカガチの正体を明かすわけにもいかないし、今後の原作介入にも関わってくることだ。
やりたくはなかったが、ここはまたもや権力を利用して言い逃れるしかあるまい。
「……協力者は管理局でも特に重要機密に関わる人物です、そのため同じ管理局員にたいしてもその情報は秘匿しなければなりません、そのための措置です、申し訳ありませんがそれ以上は言えません」
「それで私達が納得するとでも?」
「……思いません、ですが貴方達にこれ以上は知る権限は無いんですよ、階級が足らないんです、少なくとも中将以上でないと」
「つまり、あくまで私達に話すつもりは無いと?」
「……えぇ、申し訳ありませんがコレばっかりは駄目です、これまでの説明で納得してください、それが嫌なら上に掛け合ってください」
……うぅ、い、胃が痛くなってきた。
なんか最近の僕ってこうやって嫌な役ばっかりやってる気がする、自業自得とはいえ不幸だ。
「そう、仕方が無いわね……それで、私達はいつまでこうして何も映らないモニターを眺めていればいいのかしら?」
「おそらく30分もかからず制圧は完了するでしょう、30分以上経過するか、何かしら明らかな異常、この場合は次元震が感知されるまでここで待機してもらいます」
「わかりました、30分経過するか次元震が発生するまでは待機してましょう、ですがそれ以上は待ちませんよ、よろしいですね?」
「……はい、問題ありません」
なんとか妥協してくれたか、あの様子だと納得はしていないんだろうけど。
だがリンディさんが大人な対応をしてくれたお陰で僕は助かっている、クロノみたいな頑固さんだったらいつまでも粘ってくるだろうし。
そういった意味ではあんまり似てないねこの親子、もしかしたらクロノは父親似なのかもね。
話し合いが終わり僕が一息ついていると、リンディさんは声を張り上げて皆に指示を飛ばし始めた。
先ほどの物静かで感情を押し殺した冷静な口調とは異なり、かなり気合の入った大声だ。
「クロノ、エイミィ、今のうちに体制を整えます、負傷の軽い武装局員の治療と再編、クロノは出撃準備を、場合によっては私も出ます!」
「わ、わかりました!」
「母さ、リンディ提督も出るんですか!?」
「えぇ、これ以上戦力の出し惜しみはナシよ、恥の上塗りはしないわ」
「………………」
恥じ、って先ほど僕の意見無視して武装局員のみを送り込んで返り討ちにされたことだろうか。
確かに情けない結果だったが、アレはアレで正しい判断だったとも思っているんだが。
まぁ、結果だけ見れば確かに大失敗だし、責任者としたら恥と考えてもおかしくないのか。
そもそも僕が独断行動をとったのがその原因の一端になっている、という考えもあるんだけどね。
流石に僕を警戒して作戦失敗しましたとか言わないだろうけど、迷惑をかけたという意味では罪悪感がある。
……ホント、申し訳ないです、今後のことも考えるとまだまだ迷惑かけるかもしれないのが余計に申し訳ない。
この事件が終わったら何らかの形でお詫びしとかないとな。
■
カガチに念話を送って15分程度が経過した。
今のところこれといって目立った異常は見られない。
アースラ艦橋も静かなもので、エイミィやその他クルーからの報告以外は皆黙っている。
リンディさんは椅子に座りながら部下の報告に耳を傾け、的確な指示をとばしていく。
クロノは瞑目し眉間に皺を寄せながら腕を組み転送ポート側でずっと待機、傍目から見てもイライラしているのがわかる。
僕はと言えば特にすることもなしにただ突っ立ってるだけ、プレシア対策はカガチに丸投げしてあるし。
なによりリンディさんに悪い意味で注目されているしこれ以上はさすがに動きずらい。
裏方であるカガチへの注目を僕に向けると言う目的は既に達成しているし、これ以上目立つ必要もないだろう。
だけどこうして何もすることが無いと余計なことを考えてしまう。
例えばプレシアへの説得とか。
僕は事前にどうすれば彼女を説得できるか考え、一応アリシア復活という餌を用意したが、それを簡単に信じてもらえるとは思っていない。
ジェイル兄さん譲りの知識や、もともとのチート知識を活用すれば確かに死者蘇生も可能なのだ。
もっとも、アリシアにその適正が全く無ければそれも不可能となってしまうのだが、そんなことを今から考えても仕方が無い。
カガチが上手く説得してくれれば何も問題は無いのだが、フェイト嬢のことを考えるとそれも微妙だ。
ぶっちゃけ考え悩むのが面倒なので、いっそのこと説得を拒否って死んでくれないかなぁとか思っているのも事実。
でも、そうなると後々で見捨てた罪悪感とかで苦しむんだろうな、ここいら辺を割り切れれば気楽なんだけど。
そもそもカガチに交渉とかできるんだろうか?
これまでも何回か仕事を手伝ってもらったことはあるが、どれもテロリスト殲滅とかそういう場合ばっかりだったし。
いまいちカガチが交渉事に向いているのかどうかわからない。
まぁ、頭はすこぶる良いので多分大丈夫だと思うけど、あの性格だしいまいち不安が拭えないなぁ。
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『エンハンスト様ぁ、全ての作戦終わりましたわぁ』
カガチとの念話から約30分後、AMF装置が解除されやっとカガチからの念話が届いた。
制限時間ギリギリになってようやく任務終了のお知らせ、ちょっとだけハラハラドキドキしました。
いや、ホラ、ああやって大口たたいた手前30分以内で終わらなかったら恥ずかしいじゃん?
『……そうか、プレシアの説得はどうなった?』
『駄目でしたわぁ、真摯に説得してみましたが拒絶されてしまったので仕方なく処分いたしました』
『……そうか……仕方ない、か』
まず一番気になる結果から尋ねてみたが、案の定上手くいかなかったようだ。
処分、つまり殺したということだ、そしてそれをカガチに命じていたのは僕。
僕の心の中では、これで面倒事が消えたという気持ちと、見殺しにしてしまったという気持ちがせめぎ合う。
かつて読んだSSやIFの話では幸せになったプレシアも存在していたが、この世界ではそうはいかなかった。
しかもその原因は僕にある、カガチに判断を委ねたのは他ならぬ僕自身だし、なによりもこうなってほしいという願望もあったのもまた事実だった。
僕はもしかしたら自分の想像以上にどうしょうもない下衆野郎なのかもしれない、そんな考えすら浮かぶ。
『エンハンスト様が気になさる必要はございませんわぁ、救いの手を拒絶したのは彼女自身なのですから』
そんな僕の感情が伝わってしまったのか、カガチから慰めの言葉がかけられる。
この邪悪な使い魔にまで気を使わせてしまうなんて、今の僕は相当まいっているみたいだ、しっかりしないと。
『……カガチ、ありがとう……』
『うふふ、使い魔として当たり前のことを言ったまでですわぁ♪』
でも今はそんなカガチの優しい気遣いが嬉しい。
僕の為に手を汚した彼女の頑張りに報いるためにも僕はいつまでもヘタレているわけにもいかない、気張っていかないとな。
『……もうすぐそちらにアースラから人員が向かうと思う、念のため顔を変えて変装でもしておいてくれ』
『わかっていますわぁ、秘密の協力者と言うことで正体は誤魔化すのでしたわね』
『……そうだ、詳しく聞かれても機密だから喋れないと言えば大丈夫だ、そう言っておく』
特に今にも突入しそうなクロノにはよく言ってきかせないと、ヘタに揉め事起こされても困るし。
カガチのことだから争いごとになったら邪魔者とか判断してクロノを丸呑みしかねない。
さすがにそんな可能性は低いだろうけどゼロじゃあないあたり、カガチの恐ろしさが伺える。
『了解しましたわぁ、ではまた後でお会いいたしましょう♪』
『……ああ、大変な仕事、ご苦労だったな』
カガチとの念話が途切れる、これでPT事件の山場は終わったか。
プレシアの説得失敗は残念だったが、フェイト嬢のことを考えたら結果的にはこれで良かったのかもしれない。
ヘタに生き残って彼女に接触されでもしたらこれまでの努力が全部オジャンだ、フェイト嬢にトラウマができることは間違いない。
ともかく後は事後処理だけだ、もっとも僕にとってはそっちのほうが大変なわけだが。
だがこれも原作介入のため、僕自身のためでもあるんだから文句など言ったらバチがあたる。
見殺しにしたプレシアに笑われないように頑張らないと。
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「……リンディ提督、たった今協力者から制圧が完了したと報告がありました、ジュエルシードの確保及びプレシア・テスタロッサの死亡を確認したと」
「そうですか、プレシア・テスタロッサは亡くなりましたか……」
僕がそう伝えると、リンディさんは悲しんだような諦めたような複雑な表情で淡々と返事を返してきた。
視線は僕に向けられず、未だに何も映さないモニターを見上げていた。
落胆しているのだろうか、そういえば原作でも多少ながらプレシアに同情のような言葉を向けていた印象がある。
同じ子供を持つ母という立場から共感するところもあったのかもしれない、前世もあわせて半世紀にも及ぶ童貞である僕にはとうてい理解できそうも無いが。
「通信・観測機能回復しました!」
エイミィの声が室内に響く、同時に各種モニターが再起動を果たし慌ただしい様子で時の庭園の姿を映し始めた。
そのうちの一つ、生命反応を検出するモニターにはたった一つだけ光点が光っている。
カガチとプレシア、二人の内で生き残った者の反応だ。
カガチの念話からすでに生き残りがどちらかわかりきっている、それでももしかしたらと期待してしまったのは僕の弱さだろうか。
僕同様にモニターの各情報をざっと確認したリンディさんが椅子から立ち上がって皆へ指示を飛ばし始める。
「これより事後処理に入ります、クロノ執務官は編成した武装局員を連れて時の庭園へ、状況確認とあわせて危険が残っていないか現地調査をお願いします」
「はいっ!」
「エイミィは時の庭園を走査してできるだけ詳細な情報を調べて、何かあればすぐに報告してちょうだい」
「わっかりましたー!」
「……エンハンスト執務官は今私の指揮下にいないので命令はできませんが、どうなさいます?」
確認というか、言外に「もうでしゃばんな」という意思がビシバシ伝わってくる。
勿論僕はこれ以上何かするつもりも無いし、必要以上にリンディさんに嫌われるつもりもない。
ここは大人しく皆に全部お任せして僕は退散するのが正解だろう。
……最早手遅れかもしれないけど。
「……もうここで私のすることは無いでしょう、確保してあるフェイト・テスタロッサの尋問に向かいます」
「彼女を私達には引き渡してくれないのでしょうね」
フェイト嬢の身柄確保は今回の原作介入に関してはかなり重大事項だ。
彼女に無用なトラウマを作らせないという目的のためにもリンディさんに渡すわけにはいかない。
尋問において余計な情報を与えられる危険性がかなり高いからだ。
言い方は悪いがリンディさんはそういう部分でクロノ同様にKYな所がある、つまりちょっと天然入ってる。
そのうえ妙に人情家だから彼女のためとか思って母親の生死や、フェイト嬢出生の秘密なんかもあっさり暴露しかねない。
現に原作ではそうやってフェイト嬢のトラウマとなる手助けしてたし、あ、アレはエイミィが説明してたんだっけ?
まぁ、この際どっちでもいい、ともかくフェイト嬢をリンディさんたちに渡すわけには絶対にいかないのは確かだ。
「申し訳ありませんが確保したのは私ですので、後日報告書は届けます」
とはいってもでっち上げたニセモノの報告書ですがね。
僕にフェイト嬢を尋問するつもりなどさらさら無いし、真っ正直に仕事をするつもりも無い。
こういう時は権力者っていうのは便利だ、いくらでも誤魔化しができるし。
「えぇ、わかりました、今回はほとんど貴方の活躍で解決したようなものですから、事後処理くらいは何もできなかった私達にまかせてください」
「………………」
僕の返答に一応納得してくれたリンディさんだったが、今度は遠まわしな自虐ネタで嫌味ですか。
さて僕はどうするべきか、そんなことないですよ、なんて慰め言えるわけないし。
黙っているしかないか、もともとこういう会話の応酬は苦手だし仕方が無い。
「母さんっ!! そんな言い方は」
「クロノ、いいんだ……」
僕が黙っていると横からクロノが怒鳴った。
リンディさんに食って掛かりそうだったが、さすがにこんな状況で親子喧嘩させるわけにもいかない。
クロノの心遣いは嬉しいが、悪いのは基本的に僕だし。
とりあえず状況が落ち着くまでは僕は引っ込んでよう。
最早ここにいる必要もないし、リンディさんにとっては目に映るだけでも気になってしまうだろうしね。
「……ではリンディ提督、失礼します」
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「エンハンスト執務官! 待ってください!」
「……クロノ」
僕が艦橋を出てすぐ、背後からクロノの声がかけられた。
駆け寄ってくるクロノの振り返りつつ、なんとなくクロノが何をしにきたか予想できていた。
案の定、クロノはすぐ近くまで来るとバッと勢い良く頭を下げてきた。
「あの、さっきは母さんが失礼なことを言ってすいませんでした!」
「……謝る必要などない、ああ言われてもしょうがないことをしたのは私だ」
「だ、だが!」
「……今回はちょっと事情があって無茶をしたが、普段ならリンディさんの方が安全面を考慮して正しい、結果的には上手くいったが私のとった手段は危険な手だったからな、悪いのは私さ」
これは本当にそう思っている、僕の提案した総戦力集中論は制圧に効果的ではあるものの安全面ではかなり劣る作戦だ。
もしも、という危険性を考慮すると普通はとれない作戦である、僕には原作知識という反則じみた情報があったからこそとれた作戦といっても良い。
リンディさんのとった作戦もけっして間違っていない、むしろ不明点が多いあの状況では僕よりも的確な指示といっても良い。
だからこそ結果的に貧乏くじばかり引かせてしまったリンディさんには申し訳なく思っている。
僕が原作介入のために独断行動をとったり、勝手なことばかりしている所為でかなり心労もかけてしまったようだし。
ある意味今回の事件において僕が最も迷惑をかけてしまった人であるとも言える。
嫌味を言われたり、嫌われたりするのはむしろ当然だと思っている、だからリンディさんのことでクロノが気に病む必要などない。
「エンハンスト執務官……」
「それにクロノ、いまここには私達二人だけだ、敬称をつける必要なんてないぞ」
「エンハンスト……いや、あくまで職務中だ、けじめはつける」
親しみを込めて言ってみたがあっさり却下された、まぁクロノらしいといえばらしいが。
自称兄貴分なんだから呼び捨てにしてくれてもいいんだけどな。
あ、そういえばカガチについて注意しておくの忘れてた、今の内に軽く言っておくか。
「……そうか、そうだな、私は今から部屋の戻るがクロノは現地調査頑張ってくれ、あとくれぐれも協力者とは問題を起こさないでくれよ?」
「あ、あたりまえだ、僕を何だと思ってるんだ!?」
「………………」
頑固者? 問題児? KY? どれも当てはまるような気がする。
ただ今この場でそれを言うのは何かのフラグのような気がするので言わないが。
ただクロノのまっすぐな目を直視できないので、おもわず視線を逸らしてしまった。
「露骨に目を逸らさないでくれ、不安になるじゃないか!」
「……すまんすまん、冗談だ、ともかく任務頑張ってくれ」
「も、勿論だ」
どこか不満ありげな雰囲気でクロノは肯いた。
まぁ、そのうち大人になれば多少なりとも空気は読めるようになるだろう、大丈夫さ。
「ん、じゃあな」
「……あ、待ってくれ、一つだけ聞きたいことがあるんだ」
「……なんだ?」
部屋に戻ろうとすると、再びクロノから声がかけられる。
先ほどの雰囲気とは異なりかなり真面目な様子だ、まだなにか聞きたいことでもあるんだろうか?
「今回の事件、なぜ事前に僕に相談してくれなかったんだ? もし相談してくれれば僕も母さんを説き伏せるのに協力して無用な混乱を避ける事だってできたはずだ」
なんというかすこぶる答え難い質問でした。
え、え~と、どうしたものか、素直に陰謀企んでましたとか言えるわけ無いし。
かといってこのままだんまりで言い逃れできるわけないしな、なんとかそれっぽこと言っとかなければ。
「……今回の事件は危険度が特に高かった、ジュエルシード、大魔導師プレシア・テスタロッサ、そして彼女の悲願、一つ間違えば次元震で世界が危険に晒される、現に小規模ながら次元震は起こってしまったしな」
「それは、そうだが……」
「……リンディさんやクロノを信用していないわけじゃないがこの件で失敗は許されない、だから万全を期した」
「それならなおさら僕に相談してくれても!」
うぐぅ、まだ納得してくれませんか、確かに全然言い訳になってないしなぁ。
なんと言ったらいいものか、クロノのことが心配だったので自分が出た、とでも言っておこうか。
クロノはツンデレっぽいからもしかしたら誤魔化されてくれるかもしれないし。
「……相手はSクラスの魔導師だ、AAA+クラス魔導師であるクロノではたとえ武術を収めていても命の危険がある、だからより確実な方法として私が出た、それだけだ」
「っ!!」
「……この話はもう終わりにしよう、また後でな」
「………………」
ふひーっ、なんとか強引に締めくくったけど、あれで大丈夫かなぁ?
なんか目を見開いて驚いたあと俯いちゃってたけど、ちゃんと僕が言いたいこと伝わってるよね?
ま、まぁ、気にしてもしょうがないか、今はフェイト嬢の今後のことを考えよう。
あ、その前にカガチ迎えに行かなきゃ。
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エンハンストが去っていった通路の向こう、そこをじっと見つめながらクロノはまだその場に立っていた。
小刻みに震える肩は不甲斐ない己に対する怒り。
尊敬する兄貴分から言外に実力不足と指摘された己への悔しさだった。
プレシア相手では自分では力不足、だから相談もされなかったし頼りにもされなかった。
エンハンストの言葉をクロノはそう受け取っていた。
クロノは頭から冷水をぶっ掛けられた気分だった。
自分は浮かれていたのかもしれない、兄貴分の指導のもとで武術を身に付けより強力な魔法も身に付けた。
数年前の恥辱を晴らすべく我武者羅に働き、それなりの活躍をしてもみせた。
周囲からもそれなりに評価され始めて自分は自惚れていたのだろう。
自分がプレシアに負けるとは思わない、魔導師ランクで敵わなくとも武術を駆使すれば十分勝機はある。
だが、それでも危険であることには変わりはない、敗北する可能性はゼロではないのだ。
エンハンストならば圧倒的な実力で捻じ伏せることも可能だろう、おそらくは例の協力者も同様に。
彼は言った、万全を期した、と。
つまりクロノではプレシアに敗北してしまう『可能性』があったから頼りにされなかったということだ。
先ほどまで自惚れて彼になぜ自分を頼って相談してくれなかったのかと食って掛かっていた自分が恥ずかしい。
信頼とかそういうレベルの話じゃない、単に自分自身の不甲斐なさが原因だったのだ。
ガンッ、と額を壁に強く打ち付ける。
こうして自分自身を痛めつけないと怒りと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
額が割れ、流れてくる血がポタポタと床に落ちる。
「……結局、僕自身の実力不足が原因か……ちくしょう……っ!!」
情けない、兄貴分に気を使わせてあんな風に遠まわしに言わせてしまった自分が情けない。
どうすればこの怒りを、悔しさを、情けなさを払拭できるのだろうか?
どうすれば兄貴分であるエンハンストに頼りにされるような男になれるのだろうか?
今よりも強くなる、そんなことは当たり前だ、いまさら考えるような事柄じゃない。
だが今の自分がエンハンストに追いつけるのだろうか、目指すべき壁が高すぎて先が見えない。
それに強いだけではいけない気がする、幅広い知識も必要だ。
いや、それだけじゃない、エンハンストのようになるには権限も必要だ。
今回の彼のように自分で考え自由に動き回れるようになるためには他者に左右されない地位に昇るしかない。
暫し考えてクロノは結論をだした。
彼の辿り着いた答えは至極単純な内容だった。
「……上にいこう、どこまでも強くなって時空管理局の上へっ!!」
それはクロノが初めて時空管理局の上を目指し始めた瞬間だった。
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