■32
時はちょっぴり流れてあれから数時間。
クロノの蹴りで砕かれたレイジングハートを海中から回収し。
気絶した高町なのは様とユーノ・スクライアをアースラに運び込んだ。
あの時、気絶したなのは様が海に落ちそうだったので、緊急転送で駆けつけてなんとか助けたが。
いきなりクロノの所為で出鼻を挫かれてしまったみたいな展開になって僕も正直涙目になりそうだった。
これからの介入計画とかいきなり崩壊した所為で、空中でなのは様を抱えたまま暫く途方に暮れたよ。
そのうえ、当人のクロノはなのは様とユーノ君への対応を僕に任せて逃げ出したフェイトとアルフ追っかけようとしてるし。
結局、アルフが弾幕撃ってきてそれを防いでいるうちに見失ったみたいだけど。
……やりすぎだよ、クロノ orz
とりあえずリンディさんの提案で気絶しているなのは様と警戒してるのかオロオロしているユーノ君をアースラに連れていくこととなり。
なのは様の状態を鑑みて取り調べする前に医務室で負傷や脳に異常がないか検査することとなった。
検査の結果、彼女に後遺症が残るような負傷は見られず、単なるデバイスを破壊されたときのショックで気絶したものと思われた。
その後リンディさんからのお知らせでフェイト・テスタロッサには使い魔の支援もあって逃げられてしまったが、すでにデバイスはレイジングハート同様に破壊してあるのでしばらくは無力化したと考えていい、との報告を受けた。
ちなみに海中に沈んだレイジングハート、バルディッシュ及びジュエルシードの回収を命じられたのはクロノだったりする。
いまだ肌寒い海中にバリアジャケットがあるとはいえ素潜りで入るのはさぞ辛いことだろう。
さすがに出会い頭にデバイスを破壊するのはやりすぎと判断したリンディさんのちょっとしたおしおきである。
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でもって、僕は今医務室にいます。
ベッドには眠りこける高町なのは様、その隣には心配そうに彼女を見守るフェレット姿のユーノ君。
なんで僕がここにいるのかと言うと、ぶっちゃけ見張りです。
リンディさんの命令でなのは様が目覚めるまで二人を監視して、気が付けばリンディさんの所まで連れて行くのが僕の役目。
その過程である程度の事情聴取をして危険がないかどうか判断しておくのも仕事なのだが、まあ大体の事情は知っているので焦る必要はないと思う。
なのは様が目覚めるまでは激しく暇だが、僕にとってはユーノ君と特に話すこともないのでひたすら黙って待つ。
なんだかユーノ君の様子が挙動不審でおかしいが、気にしない。
……原作キャラとはいえ、初対面の他人と話すの苦手だし。
―――ちなみに、エンハンストは身長180を越える長身で、現在は腕を組みながら入り口付近に直立不動の姿勢で立っていた。
服装は目以外のすべてを覆う白銀のシルバージャケット、普通に考えたら怪しいヒーローかなにかのコスプレだ。
そんな男がじっとこちらを見ながら黙して立っているのである。
見られている方からすれば恐るべきプレッシャー以外の何者でもない。
ユーノの挙動不信な態度も無理なかった。
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二時間もした頃、ようやくなのは様が目を覚ました。
しばし呆然とした後に隣で喜ぶユーノ君を見てようやく現状を理解したのか、猛然とした勢いでレイジングハートの安否を尋ねてきた。
ユーノ君は言いづらそうにしばらく唸りながら黙っていた。
まあ、言えないよな、砕けちゃいましたなんてさ。
一応クロノが破片を全部回収してきたらしいけど、復旧はかなり難しいだろう。
できたとしてもインテリジェントデバイスの最大の利点ともいえるもともとのAIが元通りになるとは限らない。
AIとは結構繊細なもので、一度失われると命ある生物同様に同じものは生まれてこなくなるというのが常識になっている。
そういう意味ではレイジングハートは『死んだ』と言ってもいいのかもしれない。
「ユーノ君、どうして黙っているの? お願い、教えてレイジングハートはどうなったの!?」
「なのは…………」
「ねぇっ!! ユーノ君っ!! お願いっ!!」
「ななな、なのは、おおお、おちついててててっ!!?」
興奮のあまりちいさなフェレットの体をむんずと掴んでガクガク揺らすなのは様。
あまりに激しいシェイクに白目をむいて泡を吹き始める。
もうやめて、ユーノ君のライフはもうゼロよ!
って、さすがにそろそろ止めないとユーノ君が天国入りしてしまう。
「……落ち着いて、私から事情を話そう」
「え!? あ、あなたは? それに、そういえばここはどこですか!?」
「……まずはそのフェレットを解放したらどうだ、そろそろ死ぬぞ?」
「え!? あっ!! ユ、ユーノ君? ご、ごめんね、大丈夫?」
そういってなのは様がユーノの安否を確認しようと手に持つ角度を変えようとすると。
デロン、とどう見ても死んだ小動物っぽく口から汚物をたらしながら白目をむいた汚いフェレットが彼女の手にあった。
「イヤァー!! 汚いっ!!」
「……………」
とっさに持っていた汚いフェレットをブンッと投げ捨ててしまう、ユーノ君は一度床をバウンドして部屋隅のゴミ箱にホールインワンした。
……これは酷い、酷すぎる、だが見ている分にはすごく面白かった。
「あぁ!!? ご、ごめんねユーノ君、私つい……」
「だ、大丈夫……気にしないで、なのは……ガク」
「ユーノ君? ユーノ君っ!!?」
なんというカオス、僕は事態が収集するまでしばらく様子見を続けることにした。
いや、二人には悪いんだけどなんかコントみたいでオモロイし。
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さて、例の混沌空間から復帰したのはつい数分前。
ようやく落ち着いたなのは様とユーノ君にこれまでの簡単な出来事と僕たちの目的を説明した。
・自分たちは時空管理局という平和維持組織で、次元震を感知したので調査にやってきたこと。
・現地で争うなのは様とフェイト嬢を発見したのでクロノが危険だからやめろと仲裁に入った。
・しかしクロノがやりすぎてしまいなのは様のレイジングハートは壊れ、海中に落ちてしまった。
・レイジングハートは回収したが修復は難しいこと、できても元通りに復元される可能性はかなり低い。
・これからこの艦の責任者であるリンディ提督から事情聴取があるが、彼女は温厚な人なので怖がる必要はないということ。
これらを一通り説明し終えると、なのは様が静かに泣き始めた。
俯いて、ぽろぽろと床に涙をこぼしながら呟くように嗚咽をもらす。
「……ぅ……さい……ご……ごめんなさい……レイジングハート……っ!」
「……なのは」
「……………」
うーん、気まずい。
さて、どう声をかけたら良いものか、正直困る。
僕と同じように困り果てた様子のユーノ君もどう話し掛けたらよいものかわからないようだ。
っというか、このままいけばなのは様は魔法少女になることはないのではなかろうか?
先ほどまでそれが彼女にとって良いことなんじゃないかと思っていたが。
この状況を見せられるとなんだかわからなくなってくる。
……正直に言えば、僕なら多分レイジングハートを直せると思う。
昔取った杵柄、デバイスマイスターの資格に加えて、チートな知識と技術、そしてジェイル兄さん譲りの才もある。
それらを総動員すればほぼ元通りに復元することも不可能じゃあない。
ただねぇ、やはりこのまま直しちゃうと原作どおり魔法少女になっちゃうんだろうしなぁ。
別にレイジングハートを復活させることに反対なのではなく、彼女を魔法少女にしたくないだけなのだが。
どうすべきか、正直このまま泣かれるのも心苦しいしなぁ。
間接的とはいえ僕にも責任の一端があるわけだし(クロノに必殺技を教えたのは僕)。
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しばらくウンウン唸って考えた結果、とある閃きが生まれた。
レイジングハートは直す、ただしデバイスとしての機能をオミットして純粋なAIのみを残した状態でだ。
理由は二つある。
一つは、完璧に修理してしまうと原作どおりなのは様が魔法少女になってしまうということ。
完全に僕個人の自己満足だが、それでも彼女はこっちの世界に来ない方が良いと思う。
正直、原作を見ていて良いことと悪いことを客観的に判断して、かなり不幸なんじゃないかと思うし。
12歳くらいで大怪我を負い、そのうえ最終学歴は中卒。
その後はずっと過酷な仕事漬けの毎日である、ろくに学生としての楽しみなんか味わったことないんじゃなかろうか?
魔法を得てよい事と言ったら友達ができたことと有名人になったことくらい。
ぶっちゃけ、僕主観では全然割にあっていない。
原作なのは様はそれでも満足だったんだろうが、ちょっと理解に苦しむ。
二つめは、おそらくこのままレイジングハートを修理しなくても彼女は魔法少女になるんじゃないかという懸念。
別にレイジングハートがなければ魔法が使えないというわけじゃない。
彼女さえ望めば時空管理局は喜んで彼女専用のデバイスを作ってくれるだろう。
そうなっては僕の葛藤などすべて無意味だ、ならばいっそのことレイジングハートをエサに魔法少女をあきらめさせれば良い。
レイジングハートのAIは直す、だけど魔法使いになることはもうあきらめてくれ、そんな感じで上手く言いくるめて説得すれば成功するかもしれない。
僕の希望的観測だけの想像だが、もし成功すれば原作改変の大きな一歩となる。
やってみる価値は十分にある。
ああ、しかし我ながらなんと姑息な……。
ちょっと自己嫌悪。
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「……一つだけ、方法がないわけでもない」
「「え!?」」
僕が短く言うと驚いたようになのは様とユーノ君が視線をこちらに向けてきた。
先ほどまで泣いていたせいで目は充血し、鼻水ずるずるでかなり酷い。
……なんだか昔、これと似たような表情の女の人を見たことがあるような気がするのだが気のせいだろうか?
「ぼ、ぼんどうなんでずがっ!?」
「……ああ、幾つか条件はあるが、不可能じゃない」
「よ、よがっだあよぉ~!!」
「……………」
うん、いい反応だ、でも鼻水はふこうな?
泣き喚いていたせいか喉も枯れていて酷い発音になってるし。
せっかくの可愛い顔が台無しだ。
とりあえず身近にあったハンカチ(何故かカガチの手作り)で顔を拭ってあげた。
アニメじゃああんまり泣いたりしなかったからわからなかったけど、こうしてみると本当に普通の子だ。
悪い意味ではなく、どこにでもいる平凡でちょっと地味な少女だと思う。
うん、やはり彼女は魔法なんてヤクザな世界には関わるべきじゃない、改めて確信した。
「あ、あの、ありがとうございます!」
「……気にしなくていい」
なんだかじっとこっちを見てくるなのは様、妙に顔が赤かったがちょっと強くぬぐいすぎただろうか?
そんなことを考えているといきなりユーノ君が大声で自己紹介してきた。
「あぁっ!! そういえばまだお名前を伺ってませんでしたねっ!! 僕ユーノっていいます、ユーノ・スクライアっ!!」
そんな大声で叫ばなくても聞こえるよ、耳が痛いからちょっと音量下げてね。
「私は高町なのはっていいます、あの、よろしくお願いします」
「……エンハンスト・フィアット、コンゴトモヨロシク」
「エ、エンハンスト・フィアットォッ!!?」
「うぇっ!? ユ、ユーノ君さっきから大声出してどうしたの?」
再び絶叫するユーノ君、君さっきからちょっとうるさいよ、いい加減静かにしないと強制的に黙らせることになるけど。
まあ物騒な話はおいといて、やっぱり僕のこと知ってるのかなあ。
ユーノ君は考古学とか学んでそうだし、聖王とかの歴史にも詳しそうだからなあ、インテリっぽいし。
「あ、あぁ、あのっ! その! こ、この人はね、えっと、すごい、っていうか、伝説っていうか!?」
「え~と、いまいち良くわからないんだけど?」
「エエ、エンハンストさん? じゃなくて様はね、なんというか神様っていうか、王様っていうか、と、とにかく偉くてとんでもない有名人さんなんだよ!!」
「ええーっ!?」
「……………それほどでもない」
と、謙虚な聖王を演じてはみたものの、実際のところ自分がどれほど有名人になってしまったのか僕自身もはや把握できていない。
まだ10歳にもならないうちから最高評議会の策略で無理やり広告塔に祭り上げられてしまい。
二年前の事件で聖王とやらになってしまい、それ以降は極力テレビや新聞は見ないことにしている。
……いつどこを見ても僕のことばっかり取り上げているからだ。
正直うんざりしている、僕の寿命がマッハである。
かといっていまさら止めることなどできないし、報道の自由とやらで僕には拒否権はないらしい。
最悪なのがそのテレビや新聞の内容を完全に信じ込んでしまっている一般市民の人々だ。
僕と言う人間がどれほど自己中心的でヘタレで小市民な奴なのか誰も知らない。
まあ、意図的に好意的な報道ばかりされているようだからしょうがないのかもしれないけど。
最高評議会の情報操作でまんまとだまされ、架空のエンハンスト像を信じ込んでしまっている人々がいっそ哀れですらある。
思うだけで僕は自分の身が大切なのでどうにかしようとか考えてないけど。
「あ、あの、そんなすごい人だとはしらないで、その、ごめんなさい!」
「申し訳ありませんでしたー!!」
なのは様とユーノ君が同時に頭を下げる、っというかユーノ君はさっきからテンション高いな。
ちょっと鬱陶しくなってきた、あとでカガチに面倒みさせるか……?
というかなのは様に頭を下げさせるとか僕の方が恐れ多いんですけど!
「……とりあえず、気にしてないから頭をあげてくれないか」
「「は、はい!」」
うーむ、なんだか妙な雰囲気になちゃったな、二人はガチガチに緊張しているし。
この状況じゃあ何言ってもリラックスしてくれそうにない。
トホホ、こんな状態じゃあろくに話もできないよ。
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とりあえず、あの場ではまともな話し合いなどできないと判断した僕はまず二人をリンディさんのところへ連れて行く事にした。
もともとその予定だったし、原作知識で二人には犯罪的な影がないと知っていたから特に事情聴取もしなかった。
連れて行く過程で、いまだに動きがぎこちない二人の緊張をほぐそうと僕はなれない口調でいろいろ話し掛けた。
通路を歩いている途中で時空管理局がどういう組織なのか簡単に説明(表向きの)したり。
いつまでもフェレット姿のユーノ君をそろそろ人間モードに戻ったらどうだと言って、その姿をはじめてみたなのは様の驚いた様子をニヤニヤ(心の中で)しながら見たり。
二人に合わせて僕もバリアジャケットを解除して素顔を見せたら、なのは様が兄の高町恭也と僕の顔がそっくりだと驚いたり。
……実はこれには僕もビックリだった。
そのうえ声や仕草までそっくりだという。
どうりで僕の声はどこかで聞いたことのあるセクシーボイスだと思っていたら、グリリバさんの声だったのか。
長年のちょっとした疑問が解けた瞬間だった。
うーん、もしかして僕のモデルとなった人物に御神流の人物のもまじってたりするのかな?
さて、そんなことをしながら和やかに会話は進み、それが途切れる頃ちょうど良くリンディさんの待つ部屋に到着した。
とりあえず事前に二人にはリンディさんは優しい人だと伝えてあるのでそれほど恐れていないようだが。
それでもやはり多少は緊張している様子だった。
どれ、ここは一つ安心させるような一言でも。
「……そんなに緊張しなくていい、多分簡単な話を聞くだけで終わるだろう、安心しなさい」
「は、はい! わかってましゅっ!!」
「……………」
あんまり効果はなかったみたいだ。
ま、大丈夫でしょう、リンディさんだし。
「……リンディ艦長、二人をお連れしました、失礼します」
「「お、お邪魔します!」」
部屋に入った瞬間目に映るのは一面和風な室内。
盆栽、茶釜、猪威し、そして赤い敷物の上に正座してニコニコ僕らを迎え入れたリンディさんだった。
……どうみても日本大好き外国人がまちがった認識でくみ上げた和室です、ほんとうにありがとうございました。
あと、紫色の唇になって鼻水たらしながらも気丈にここにいるクロノ、良く見れば小刻みに震えているし。
……クロノ、無理すんなよ。
「おつかれさま、まぁお二人ともどうぞどうぞ~♪ 楽にしてね」
「「……は、はぁ」」
「……………」
……カコーン……
猪威しの音が虚しく室内に木霊した。
もはや何も言うまい、この人はこういう天然入った人だし。
とりあえず僕もリンディ茶飲もうかな、砂糖二割増で。
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