■28
あの事件から半年が経った、いろいろな意味で僕の人生における分岐点となったあの事件。
今では世間で『新型艦ジャック事件』とか呼ばれている、僕のデバイスRed cometの暴走、そして反逆。
その事件の過程で僕自身も命の危機にさらされた。
予想外だったのは、僕的に最悪のタイミングで覚醒した聖王の力。
これまで僕の体がチートクローンだということはいろいろ痛感していたが、さすがにコレはないだろうと思った。
結果的に命が助かったとはいえ、世界中に生放送されていた現場での聖王覚醒である。
事件後、地上に戻った僕を待っていたのは恐ろしい数の人々の群れ。
「君のおかげで皆が助かった」、「ありがとう」、「君は僕らの英雄だ」、そんな言葉をたくさん浴びせられたが、そもそもの原因が僕のデバイスが引き起こした事件なのだ。
素直に喜べるはずもなく、もともと人前に出るのが極端に苦手な僕にとっては拷問に等しい時間だった。
ようやく自室にもどって一段落したと思ったら、今度は謎の体調不良で大量吐血。
原因もわからず暫し呆然とした後に知った現実はいままでで一番理不尽な事実だった。
余命10年、これは長ければの話、早ければあと数年の命だ。
僕の体やリンカーコアをくまなく走査したADAから告げられた結果である。
原因は僕自身の生まれ、つまりチートなクローンとして生まれた事そのもの。
過去にジェイル兄さんが語った『奇跡的な成功例』とは期間限定のものだった。
これまで文字通り奇跡的なバランスのもとで成り立っていた僕の体が、今回の聖王覚醒が原因でそのバランスを壊してしまったらしい。
詳しい説明は省くが、要約して説明すると『肉体的なDNAバランスの崩壊』+『これまでの魔法属性と聖王の属性が相反し合うリンカーコアによるバランスの崩壊』の二つが原因になっている。
もしもの話だが、どちらか一方だけなら僕は助かった。
『肉体的なDNAバランスの崩壊』だけなら、今の肉体を捨てて戦闘機人になればいい、少なくとも命は助かる。
『リンカーコアのバランス崩壊』についても同様に、レリックウェポンの技術を応用すれば何とかなる可能性が高い。
だが二つを同時にこなすのは不可能に近い、ジェイル兄さんが半世紀くらいじっくり研究すれば可能になるかもしれないが、現時点ではこの二つの技術の併用は難しすぎた。
ジェイル兄さんほどではないにしろ、僕にだってそういった系統の知識はある(無理やり記憶転写された)。
その知識を総動員して不可能だと判断した、せざるをえなかった。
これまでも散々死亡フラグが立っていたし、死にそうな目にも何度か会ってきた。
しかし、このチートな生まれのおかげでなんとか生き延びることができていたし、最近ではクロノを鍛えるなどして将来への備えもしていた。
でもこうして明確に自分の死亡時期が決定された事実を聞かされると流石に絶望した。
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僕はしばらく部屋に引きこもって泣いた、この世界に生まれ変わって初めて大泣きした。
途中でカガチがやってきてADAから話を聞いていたが、僕には彼女に気を配れるほどの余裕はなかった。
しばらく泣いた後、いつのまにか泣きつかれて寝てしまっていた僕が気が付くとカガチに膝枕されていた。
相変わらず爬虫類っぽい冷たい肌だったけど、不思議と嫌じゃなかった。
「エンハンスト様のお好きなようになさると良いですわぁ、カガチはどこまでもついていきますからぁ」
彼女は縦に裂けた蛇の目で僕をじっと見下ろしながら笑顔で言った。
まさかこの邪悪でエロエロな使い魔に励まされる日が来るなんて思ってもいなかった。
でも、僕はその言葉と表情をみてちょっとだけ元気がでた。
そうだ、僕がどれだけ嘆いたところで現実は変わらない。
僕の命が短いことは悲しいが、なにも今すぐに死ぬわけじゃあないんだ。
ならば残りの人生をかけて何かをなすべきだろう、なにか自分がいた証を残したい。
……ちょっとだけ、そう前向きに考えるようになった。
それから三日間、僕は部屋に引き篭もっていろいろこれからの方針を考えた。
残り少ないこの命をどう使うべきか。
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熟考した結果、考えついたのはそれほど多くなかった。
まず家族の幸せ。
ジェイル兄さんやナンバーズの妹達に明るい未来を残してあげたい。
この世界に生まれてできた唯一の家族、こんな僕を家族として慕ってくれる大切な存在だ
犯罪者としてではない、兄さんには研究者としての道を、妹達にはスバルやギンガのような人としての将来を。
そうするためには僕は何をすべきか。
方法として考えついたのはそう多くない。
まず僕が今の立場を最大限に利用して兄さん達の戸籍や身分、あと快適な住居を用意すること。
できればミッド以外の目立たない辺境世界に用意したいところだ。
これはそう難しいことじゃない、慎重に、時間をかけて隠密にやればまずバレない。
僕にはそれなりの権利が許されているし、そういった裏の仕事系統の知識・技術も持っている。
むしろ困難なのは次、僕自身の手で最大の障害である最高評議会を始末すること。
しかし、僕はどうせ死ぬ身なのだ、相打ちになろうが、犯罪者になろうがかまわない。
兄さん達に新しい戸籍を用意して、僕が最高評議会を討ち取ったあとにこっそり移住してもらう、相当目立つようなことをしなければまず見つかることはないはずだ。
少なくともこの方法なら家族は犯罪者として捕まる事もなく自由になれる。
……まあ、僕が死んだ後にちょっと悲しんで泣いてくれたら、僕はそれだけで満足だ。
次に僕のせいで巻き込まれた人々への罪滅ぼし。
僕自身の勝手な都合で巻き込んでしまったクロノやリンディさん。
まあ、この場合リンディさんはほとんど関係ないけど、クロノは話が別だ。
僕の所為で過酷な修行につき合わせ、その結果周囲から妙な注目を集めるようになってしまった。
原作よりは強くなるよう鍛えたつもりだが、そんな事は罪滅ぼしにならない。
では僕はどうすべきか、どうすればクロノ自身のためになることができるのか。
しばらく考えた末に出た答えは、クロノの悲願をかなえてあげよう、というものだった。
修行中、クロノは何度も闇の書事件に関わって殉職した父のような被害者を出したくないといっていた。
その時の彼の目は少年とは思えないほど決意に満ちていて、正直ビビッタ。
そんなクロノは原作では、とくにAsではほぼ空気、ろくに活躍もできずに闇の書事件は解決してしまった。
あれでは父親の仇をとった気分にはなれないだろう。
だから僕が原作ではできなかった敵討ちを遂げさせる。
まあ、これまで通り徹底的に鍛えて、必殺技の一つ二つ教えておけば大丈夫だと思う、多分。
もちろんカリムさんへの罪滅ぼしも必要だ。
むしろ彼女が僕にとって一番の被害者だと言ってもいいかもしれない。
一方的に婚約者にさせられ、近い将来に犯罪者として死んでいくであろう婚約者なのだ。
これほど迷惑極まりない相手はそうそういないと思う。
それを自覚し始めてからはますます罪悪感がつのっていった。
果たして僕は彼女に何をしてあげることができるのだろうか。
これが一番の難題だった、いくら考えても答えがなかなかでない。
結局、できるだけ彼女の望みをかなえて、誠意を示すしかないという結論に至った。
まあ当面は面会回数を増やしつつ、たくさんプレゼントを贈る以外の方法がなかったわけだが。
あと余裕があれば原作キャラへの救済もしてみたかった。
多くのオリ主がやろうと試みる原作改変である。
別に最強ハーレムを狙っているわけではないが、わざわざ不幸になる者をほっとくのも可哀想だと思ったのだ。
これまでの僕だったら絶対に手を出さなかったであろう無謀な暴挙、そうしようと思い至った理由は単なる自己満足以外の何者でもない。
どうせ近いうちに死ぬのだ、せいぜい好き勝手やらせてもらおうか、そう独善的に考えるようになっていた。
この時から僕はなかば自殺志願者が恐れるもののないような、そんなヤケクソ気味な心境になっていったと言っていい。
好きなことをやるだけやって、あとは死ぬだけ。
その結果、残された大切な人々が後の世で僕のことを覚えてくれていたらそれだけで十分な気がした。
そうして結論が出尽くしたのは三日目の夜だった。
これらのことは誰にも話すつもりはない、知っているのはカガチとADAだけ。
もちろん二人(?)には口止めしてあるし、ジェイル兄さんや妹達にも話さない、多分反対されると思ったからだ。
準備が万全になって、計画を決行するギリギリになってから話すつもり。
……まあ、僕自身が実際に実行に移せるかどうかはっきりとした自信がなかった、というのもあったけどね。
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そういえば、先日カリムさんからメールが届いていたな。
ここ半年は事件の後始末や、あたらしくできた聖王としての仕事、面倒くさい手続きなどでろくに接待もできず、花やプレゼントを贈るだけだったが。
そろそろ一度挨拶にいかないとな、聖王にされてから一度も会ってないし。
彼女にはできるだけの誠意を示すと決めた以上、これからはできるだけ会うようにしなくっちゃ。
まあシャッハさんはあんまり良い顔しないだろうけど、しょうがないね。
で、メールの内容を読むとカリムさんが昇進したとかで、そのお祝いも兼ねて挨拶へ聖王教会へと向かった僕が最初に出くわしたのは運が良いのか悪いのか脳筋シスターシャッハさんでした。
彼女は僕を見つけるやいなや獲物に飛び掛る猫科の猛獣のごとく跳躍し、空中で体勢を整えると。
「これまでの数々のご無礼、申ぉぉぉぉし訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!!」
ズザザザー、と僕の眼前に滑り込み、地面に頭を擦りつける。
出会い頭のジャンピングDO☆GE☆ZA、さすがシャッハさんは格がちがった。
っていうかなんぞコレ、僕は彼女に何かしただろうか?
これまで恨まれる事や命を狙われる事はあっても、こうやって謝罪される事など絶対にありえないと考えていたが。
……ああ、そうか、アレが原因か。
「本当にすいませんでした聖王様ぁぁぁぁっ!!」
なんという宗教パワー、あのシャッハさんの性格をもここまで豹変させてしまうとは。
この場合喜ぶべきか、それとも結果的に彼女を勘違いさせて騙してしまっている事に罪悪感を抱くべきか、悩むところだ。
まあ、今後殴られなくなるのは素直に嬉しいけど。
「この命をもって償いますゆえ、どうかお許しをっ!!」
そう言っていきなりデバイス起動、ついでに衣服もキャストオフ(裸的な意味で)。
最低限の良心か、下着は残していたがなんという嬉しくないパンモロ、腹筋メチャ割れてるし……。
近くにいたカリムさんやヴェロッサ君も驚いている。
皆がいきなり何事かと呆然としているうちにシャッハさんはいきなり正座し、自らの腹部に剣型デバイスを宛がい、ジャパニーズハラキリスタイルをとった。
「いざぁぁぁぁ!!」
ちょ、おま、何しようとしてんのこの人わ!?
マジでセップクする気なのかこの脳筋シスターは!? いまどき本場の日本人でも絶対にしないぞ!
僕がとっさに止めようと一歩を踏み出す前に、先に動いた人物がいた。
「シャッハ! 落ち着いて!!」
「ぶべらっ!!?」
目にもとまらぬ速さでシャッハさんに駆け寄ったカリムさんは、勢いを止めぬままに見本のようなアッパーカットを彼女の顎に食らわせた。
美しい放物線を描いて吹っ飛ぶシャッハさん、キラキラと白く輝きながら飛び散る歯が数本。
ドシャリ、と地面に倒れこんでビクッビクッと数度の痙攣、その後にぐったりと動かなくなった、完璧なK.Oだ。
「……って、ちょ、カリムさんこそ落ち着いて!?」
「私は大丈夫です、こんなこともあろうかと習っていた通信教育『サルでもできる白兵戦』が役に立ちました」
なんと物騒極まりない通信教育、深窓のご令嬢だとおもっていたのは僕だけの勘違いだったのだろうか。
いやいや、今はそれよりもシャッハさんだろ。
いきなり自殺未遂とか尋常じゃない、なにがあったんだ?
「……えっと、カリムさん、彼女はいったいどうしてあんなマネを?」
「きっかけは半年前の事です、そう、エンハンストさんが解決したあの『新型艦ジャック事件』―――」
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まあここからのカリムさんの話は無駄に長かった(なぜか僕の登場描写が過剰に多かったからだ)ので要約して話すとこうなる。
・あの事件で僕が聖王だとバレる、シャッハさんびっくり。
・やっべ、いままで失礼ぶっこいちまってたわ、どうしよ?
・とりあえず謝罪かな、いやいや、相手は現人神様だよ、シスター的にもそれだけじゃ駄目でしょ。
・ここはシスター的に命をもって償わなきゃ!
・じゃあ切腹しかないよね、シスター的に!
というシスター的超理論をもって事件直後にさっそく切腹しようとしたらしい。
その場は周囲にいたベルカ騎士が総戦力でもって止めたらしいが、さすがにちょっぴりだけお腹を切ってしまったらしく、一週間ほど入院していたという。
その後も時々発作のように切腹しようとするようになってしまい、それを止めるためにカリムさんも慣れない格闘技を必死で習ったらしいです。
……まあ、それだけならちょっぴり美しい主従愛なんだろうけど。
拳からポタポタとシャッハさんの血を滴らせる笑顔のカリムさんを前にするとそんな考え吹っ飛びました。
この人すっごいスッキリした顔で語るんだもん、絶対嘘、まちがいなくストレス発散の手段と化してる。
でも、そんな恐れ多いことヘタレな僕が正面きって言えるわけがなく。
「……そ、そうですか、カリムさんは優しいんですね」
「いえいえ、そんなことないですよ、ウフフフ……♪」
とか適当なこといって誤魔化すことしかできませんでした。
ヘタレな僕を許してくだしあ。
べ、別にシャッハさんがぶっ飛ばされてちょっとだけ嬉しかったとか、そんなんじゃないんだからね!
……僕は何を言ってるんだ、あまりの展開に頭がまだ混乱してるのかも。
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その後、何故かなかば強制的にカリムさんとデートすることになった。
い…いや…強制的というよりはまったく理解を超えていたのだが……
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
『僕はカリムさんと和やかに談笑していたと思ったら、いつのまにかデートの約束をさせられていた』
な…何を言ってるのかわからねーと思うが、僕も何をされたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだった…
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
……っと、冗談はここまでにしておいて、なんだかカリムさんとデートすることになった。
なんかね、話しているうちに上手く乗せられてしまって、カリムさんって人を誉めるの上手だよね。
これまでの人生で女性との接点がほとんどなかったものだから、カリムさんみたいな綺麗な女性にお世辞をいわれると天にも上るような幸福感につつまれたよ。
いや、これが社交辞令だとはわかっているんですが、それでもやっぱり嬉しいわけでして。
それでもって、シャッハさんのことで悩みが消えたおかげで気が楽になった所為か、ついホイホイOKしちゃったんだ。
まあ、もともとカリムさんを全力接待するつもりで会いにきたわけだし、別にいいんだけどね。
今回も花と幾つかのプレゼントを持参してきたわけだし。
実際にカリムさんはすごく喜んでくれたし、なんだか僕も嬉しかったよ。
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後日、接待スキルを全力で発揮して彼女とのデートをエスコートしました。
これまで以上に誠意をもって接したおかげか、それとも僕が聖王だとわかったからか、カリムさんが本当に僕とのデートを喜んでくれたみたいで良かった。
一緒に町を歩いたり、買い物をしたり、名所を巡ったり。
いままではビビリながらだった所為か、全然楽しめなかった彼女とのデートを僕自身がかなり楽しみながら過ごせた。
知識と技術はあれども、ろくに女性とまともなデートなどしたことなかったからよけいに楽しかったのかもしれない。
そうなると僕の隣にいる女性がより魅力的に見えてきてしまい、うっかりすれば本気でカリムさんに恋してしまいそうな自分を抑えるのに必死だった。
そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、カリムさんは突然腕を組んできたり、身体を密着してきたり、過剰なスキンシップを図ってくるわけで。
し、しかもその時にややや柔らかいむむむ胸ががががgっ!!?
……ま、まあ、ようするにドキドキワクワクな展開になってくるので、僕は余計に理性を削られていくわけで、いろいろギリギリでした(下半身的な意味で)。
……今度からはデートする前にある程度『処理』してから来よう、次回は我慢できる自信がない。
デートの最後に、カリムさんを家の前まで送って笑顔で解散した、正直楽しかったです。
ただ、これまで数ヶ月に一度程度だった接待デートが、週一になるように約束させられてしまったのは失敗だったかも。
……流石に僕の体力・精神力がもたないかもしれない、こんな幸せな悩みは生まれて初めてだった。
あと、なんか嫌な予感がするので今日は帰宅せずに仕事場で寝よう。
い、いや、念のためだからね!
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