■27
カリム・グラシアの私室、そこはある種の魔界と化している。
壁には婚約者であるエンハンスト・フィアットがモデルをしている写真やポスターが貼られ。
本棚には彼の活躍を記事にした新聞記事を集めたスクラップ(切り抜き)がすでに10冊目を越える。
ベッドには自作した『えんはんすと君人形(等身大・抱き枕兼用)』が鎮座している。
所々にほつれた部分を丁寧に繕ったあとが手作り感を良くかもしだしていた。
部屋中、彼をモデルとしたドラマ、映画、アニメ、書籍などが鎮座し、はてはゲームまでオールコンプリートしている。
秋葉系のコレクターも真っ青なレベルである。
カリムはそんな混沌と化した部屋のなかでニコニコしながら先日通販で届いた会員専用エンハンストDVD vol.137号を見ていた。
本人非公認(しかし管理局には公認扱いされている)のこのファンクラブは毎月会報といっしょにエンハンスト執務官のプライベート映像(盗撮or最高評議会からの横流し)を配信していた。
会費は無料で、時空管理局の最新情報も紹介しているので、ファンクラブの会員以外にもそれなりに評価されている。
もちろんエンハンスト本人にとっては迷惑以外の何者でもないわけだが。
「あぁ、いつ拝見してもエンハンストさんは麗しいお方ですね、あの凛々しいまなざし、風にそよぐ青髪……キリッとした男らしい仕草、最高です……」
うっとりとした表情ですでにDVD映像のリピート20回目を越えるカリムは呟いた。
そんな彼女の背後で呆れた、というよりもうんざりした様子でシャッハはため息をついた。
先ほど部屋に入る前にノックしても返事がなかったので無断で入ってしまったが、それでも気が付く様子がない。
よほど目の前の映像に集中しているようだった。
「カリム、またあのエンハ……いえ、聖王陛下の特集をしたビデオですか、それ見るの何度目ですか? そういうストーカーじみた行為は慎んだほうがよいのでは? はたから見ていていい加減ウザイですよ」
「だ、だ、だ、誰がストーカーですか!? 誰が!! というか勝手に入ってこないでください! 天罰がくだりますよ!!」
「す、すいませんでした、私も言い過ぎました」
シャッハの暴言にようやく反応したカリムの迫力に圧倒されてつい謝ってしまったが、なんか理不尽なカンジ。
……ちゃんとノックしたのに。
「……はぁ、もういいです、それでどうかしたんですか?」
「え、えっと、カリムに用事がありまして」
「エンハンストさんから連絡がきたんですかっ!?」
「いいえ、ちがいます、というかそれ昨日も聞きませんでした? 聖王様もご多忙なようですから少しは遠慮したらどうです」
「本当なら一時間毎にでも確認したいくらいですっ! ……でもシャッハの言うように確かに私には少し自制心が必要なのかもしれませんね」
「おお、やっとご自覚なされましたか!」
珍しく自分の意見を聞いてくれたカリムにシャッハは喜びの表情を見せる。
毎回毎回あのテンションで彼女に突き合わされるのは流石のシャッハでも疲れるのだ、できれば体を動かしていた方が気楽でよい。
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半年前の事件以降、エンハンスト・フィアットが聖王の係累であるというトンデモナイ事実が世界中に広まり、ここ、ベルカや聖王教会でもいろいろ変化があった。
シャッハ自身にもいえることだが、これまで彼に対して敵対的な意識をもっていた者がほどほどに好意的となり。
これまで好意的だったものはより好意的に、むしろ崇拝的といってもよいレベルになっている。
そのなかでも最も顕著だったのがカリムだった。
エンハンストとのモニター越しでの態度では猫を被り本性をそれほど表に出さないが、彼のいないところではその生活態度は目に余る惨状である。
暇さえあれば一日中自室に篭ってDVDを見たり、新聞記事をスクラップしたり、彼の写真を見てニヤニヤしている。
正直いってドン引きレベルの好意である、世間一般で言えば地雷女とでもいうのだろうか。
なんとか矯正しようと苦言をいったりもしているが、あまり効果はなかった。
あまり激しく言い過ぎると口論となってしまい、自室に篭って包丁を砥ぎはじめる始末。
実際に何かするわけではないが、その不気味な行為がカリムのビョーキっぷりを顕著に表していた。
……もう、シャッハは半分くらい諦めました。
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「……あの事件から半年以上たって、いまだエンハンストさんとのデートは一度もなし、まあ聖王様として新たな仕事や義務が生じてしまったのでしょうがないことなのですけど、でもやっぱりデートしたいなぁ、ハァ~……」
「そういう意味ではなかったのですが……まあいいです、それよりもカリム、貴女に重要なお知らせがあります」
「私にお知らせ? えーと、なにかしら」
「先日、教会の聖遺物を保管していた宝物庫で火災がありました、それは聞いてますか?」
「ええ、さいわい小火程度ですんだので大事件にはならなかったみたいですけど」
世間的にはそうかもしれないが、聖王教会的には十分大事件だった、建物自体はほぼ無傷だったが大切な聖遺物、今回の場合は聖骸布が焼失してしまったのである。
布ゆえに燃えやすく、消火が完了したころには灰と化してしまっていた。
「原因は聖遺物担当の司祭が聖王様復活に浮かれすぎて連日の宴会で前後不覚になるまで泥酔した結果、『新しい聖王様がいるから古いのはいらないや』と自分で火をつけてしまったみたいです、現在は正気に戻っていて本人も自殺未遂するほど酷く反省しているので告訴はしない方針らしいです、といってもそれなりの重い処罰はあるようですが」
「うっ、なぜか人事だと思えない事件ですね、確かに私も浮かれてばかりもいられないわ、気をつけないと」
「ええ、その通りですよカリム、それで焼失してしまった聖遺物なんですが古代ベルカ時代、約300年前の人物である聖王ヴィヴィオ、という御方のものだそうで、これはどうしょうもないので諦めるそうです、しかしこれから集まる聖遺物に関しては話は別です」
「それは、エンハンストさんのことね?」
「そうです、現在の聖王様に関して新たに遺すであろう聖遺物を今のうちから集めて管理しておく必要性があるそうです、そこでカリム、貴女に新たな聖遺物担当になって欲しいという要請が上層部からきていますよ、よかったですね、これは大抜擢ですよ!」
聖王教会は宗教であり非営利団体なのでお給料的なものはそれほど望めないが、名誉的な意味では大きな昇進である。
本来なら司祭クラスの人物が担うべき役職に名家の人物とはいえカリムのような若い者がつける機会は少ない。
そういう意味ではこれは大きなチャンスでもあった。
「えぇっ!? わ、私、一応教会騎士団に所属する騎士なんですけど?」
「兼任でかまわないそうです、業務内容じたいもそれほど難しくないそうですし、それに婚約者であるカリムほど今の聖王様に詳しい方もいないでしょう? ……ストーカーじみてますし」
「だからストーカーはやめてってば! もうっ……それにしてもシャッハ、貴女も変わったわよね、最初のころはあれほど私とエンハンストさんの交際を嫌がっていたのに」
カリムが懐かしむように眼を瞑りながら当時のシャッハとの口喧嘩を思い出す。
自分や両親は比較的すぐに彼と和解して素直に好意を寄せることができるようになったが、シャッハだけはいつまでも彼に対して嫌悪感をもっていたようだった。
カリムとしてはできるだけ婚約者であるエンハンストと仲良くしたいし、月に一度あるかないかというせっかくのデートを楽しむつもりなのだが、毎回毎回シャッハから苦言を言われるのだ。
時にはカッときてつい意地悪な言葉を言ってしまい、口喧嘩になってしまったこともある。
「……当初のイメージが最悪でしたから、ですが相手が聖王様となれば話は別です、私個人的にはいまだ貴女と彼の仲を認めがたい部分がありますが聖王教会に所属する身としてはそこに個人的な考えを持ち込むことはできません」
「初対面でその聖王様を殴り飛ばした人の発言とは思えないわね?」
「そ、それはっ、し、しかたがなかったんですよ、あの時は頭に血がのぼってて!」
「ふふ、冗談よ、でも良かったわ、シャッハが私たちの婚約に反対だったのが心残りだったから、これでその懸念も消えことだし、さすがに聖王を殴った咎で腹切自殺をされるは困るけどね」
「うぅ、そのことは言わないでください……いまでも時々発作的に切腹しそうになるんですから」
「まるで病気みたいよね、困ったものだわ」
さきほど驚かされた意趣返しといった感じでカリムがクスクスと笑う。
シャッハは気まずそうにしながら弁明したが、それほど効果はなかった。
しかたなく言い分けを諦めるが、ここで浮かれるカリムに一言釘を刺しておかねばならない。
「で す が っ ! それとこれとは話が別、カリム、いいですか、婚約者とはいえ正式に結婚するまで不埒な関係は認めませんよ、わかっていますねっ!!」
「……ま、前向きに善処するのも吝かではないです……」
「なんですかその政治家みたいな曖昧な返事は!!?」
「まぁ、まぁ、大丈夫よ、いざというときは責任とってもらえばいいんですし、むしろ望むところというかっ!」
バッチコーイ、と身振り手振りでアピールするカリム。
……あぁ、昔の大人しくて気弱だったカリムはもういないのですね。
悲しいような、嬉しいような、いや、やぱり悲しいかも。
「ハァ、私の言ってることぜんぜんわかってませんねカリム」
「あ、そうだわ、せっかくだからこの事をエンハンストさんにお知らせしなきゃ、ついでに今度デートの約束とりつけちゃお♪」
「カリム……もういいです……」
カリムは自分の話がまったく聞こえていない様子でさっそく婚約者へのメールを作成し始めた。
こうなったら作業が終わるまでは何を言っても意味は無いだろう。
ハァ、これ以上ここにいても疲れるだけですし、どこかでお茶でも飲んできましょうかね。
カリムの私室を出る、廊下を歩いていると暖かな日差しが眠気を誘う。
なんだか、お茶を用意するのも面倒ですね……。
ふと、通路の先に暇そうなヴェロッサの姿が見えた。
お気楽なモノですね、私がこんなにも疲れているというのに。
なんだかムカムカしてきましたね。
「あ、ヴェロッサ、お茶を入れてください、もちろんミルクティーで」
「ちょwwww」
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