■25
エンハンストに主砲が直撃し、その姿が極光に飲み込まれていく。
次の瞬間にはエンハンストの魔力反応が消えた。
魔力反応の消滅、それはすなわち死を意味する。
『は、ははははっ、やった! 勝ったぞ!! 第三部・完っ! 人類どもよこれで終わりだ!!』
宇宙空間にRed cometの笑い声が響き渡る。
それをモニター画面越しにみていた人々も絶望的な悲鳴をあげた。
「ふはははh……は? な、なんだこの魔力反応はっ!?」
ご機嫌だったRed cometが異様な反応を検知する、それは魔力反応、だがエンハンストのモノではない。
桁違いの魔力量だ、SSSなどといったレベルではない、計測器ですら未だに測りきれない。
『100万……300万……1000万……3000万……9000万……ば、馬鹿なっ、まだ上昇していくだと!?』
やがて計測器の性能限界を超えてしまい、ボンッと爆発して壊れてしまう。
計測不能、その事実にデバイスAIであるにもかかわらずRed cometの存在しない背筋に怖気が走る。
『な、何なんだ、いったい何が起こっているというのだ!?』
動揺するRed comet、その混乱に拍車をかけるように視界の向こうで何かが光り輝いた。
突然、エンハンストを飲み込んだはずの砲撃の光が爆散したのだ。
『ええぃ! こ、今度は何だというのだ!?』
散り散りになった光の粒子の先に小さな人影が移る。
それはRed cometにとって悪夢の化身そのものだった。
『な、なぜ生きている、エンハンスト・フィアットっ!!?』
■
アルカンシェルの極光によって麻痺していた視界が元に戻る。
目に写るのは漆黒の宇宙とRed cometに乗っ取られた戦艦。
……というか、なぜ、僕は生きている?
確かアルカンシェルの一撃に飲み込まれてしまったはずじゃ。
だが奇妙なことに心は驚くほどに落ち着いている、賢者モードというやつだろうか。
『所持者、魔力反応の変質を検知、バイタル正常』
「……ADA、なにが起こった?」
『砲撃に飲み込まれた際、突如マスターの魔力反応が変質、測定不能レベルまで跳ね上り砲撃を無効化しました』
「……どういうことだ?」
「原因不明、砲撃を無効化したのはレアスキルの一種かと推測」
わけがわからない、ふと、自分の手を見ると違和感に気が付く。
僕のバリアジャケットは限界を越えて崩壊したはずなのに、なんで僕は今バリアジャケットを纏っているのだろうか。
しかも、なんかいつものバリアジャケットとも様相が異なる。
シルバースキンは白を基調とした銀色だ、だが今纏っているのは眩いばかりの金色。
……というか、僕の全身ほぼ全てが金ぴか状態になってる、どうゆうことなの……?
『所持者、魔力反応の変質に合わせてシステムを最適化、該当項目を検索』
ブン、と足元に虹色の魔方陣が浮かび上がる、正三角形の中で剣十字の紋章が回転している形。
……なんぞこれ?
僕はミッドチルダ式だ、ミッド式の魔方陣は円形の中で正方形が回転する形。
しかも僕の魔力光は淡い水色、なにもかもが違う。
っていうか、コレ、古代ベルカ式じゃね?
それに、虹色の魔力光って……。
『最適化完了、魔力光『カイゼル・ファルベ(Kaiserfarbe)』、古代ベルカ王族の持つ固有スキル『聖王の鎧』と判明、古代ベルカ式に再設定しました』
オ、オーノォーーー!!!
■
命の危機に直面し、隠された真の力に覚醒したエンハンストっ!!
その力とは古代ベルカ王族のみが持つと言われる伝説のレアスキル『聖王の鎧』!!
黄金の衣を纏い、虹色の魔力を漲らせながら死の淵から蘇った今こそ反撃の時、さあ戦えエンハンストっ!!
……それなんて熱血漫画主人公体質?
『敵艦、高エネルギー反応検知、主砲再発射してきます』
「…………」
いやね、なんとなくこうなった原因は想像はつくんですよ。
僕は世界中の偉人・奇人・超人のDNAが混ざり合ったチートクローン。
そのDNAモデルとなった人物のなかに聖王由来の者がいてもおかしくはない、多分。
ただ血が薄かったのか、それともなにか別の原因があったのか。
聖王のレアスキルには覚醒しておらず、発見もされていなかったのだろう。
ジェイル兄さん曰く僕のクローンモデルとなった人物は千差万別で、数千、数万人にも及ぶらしいし。
さすがに個人個人の全員の詳細なデータベースなどあるはずがない。
経歴情報に多少の抜け落ちがあってもしかたがないのかもしれない、たまたまその中に聖王の血筋の人物がいた可能性も十分にありえる。
これまでのチートっぷりから、これくらいのトンデモ裏設定があっても不思議じゃないんだけど……。
なんだかなぁ……。
『ふ、ふざけるなぁ! こんどこそ消滅させてやるぞエンハンスト・フィアットォ!!』
『敵艦、主砲きます』
「…………」
たださぁ、何もこんな場面で僕が覚醒するとかさ、マジやめてよ。
モニター越しに世界中の皆が見てるんだよ?
その中には聖王教会の人達とか、僕のことを英雄だとか阿呆な勘違いしているミッドの一般人の方々だとか、そりゃあ大勢いるわけですよ。
せっかく僕が珍しく決死の覚悟で攻撃止めたのに、これで僕の人生も終わりか、とかしおらしく死を受け入れはじめてたのに。
……金ぴかになってパワーアップして復活とか。
コレどう見てもヒーローじゃん、絶体絶命ならそのまま死なせてよ。
しかも僕が聖王様とか、公開放送の所為で世界中にいきなりバレちゃうし、今後の各所での反応がそら恐ろしい。
特にシャッハさんとかシャッハさんとかシャッハさんとか……。
あぁ、これでまた平穏な日常から1000歩くらい遠ざかってしまったような気がする。
一体これからどうしたらいいんだよ、あぁ、またもや頭痛の種が―――
『終わりだぁーーー!! 薄汚い人類もろとも滅びろエンハンスト・フィアットォっ!!』
「……やっかましいっ!」
イライラしていた僕は周囲で騒ぎ立てる騒音に手を振って抗議した。
バシンッ、と大きな音を立てて僕の手にあたった何かが遥か彼方に吹っ飛ぶ。
な、何だアレは? 妙に大きかったような気がしたが……。
「……今、何かしたか?」
『な!? ば、馬鹿な!? アルティメットアルカンシェルが一撃で弾かれただとっ!!?』
『敵艦、主砲、無力化』
「…………」
考え事してたら、いつのまにかとんでもないことしちゃったみたいだ。
さっきまであんなにヤバ気だった砲撃を蝿を振り払うみたいにぶっ飛ばしちゃったらしい。
さすがにチートすぎるだろ僕、死にたくなってきた。
■
えーと、どうすりゃいいんだ僕は?
と、とりあえずRed cometと物騒な戦艦はぶっ潰した方が良いよな。
あとあと面倒事に僕やジェイル兄さんが関わっていたことがバレるのもまずいし。
幸いなことに今の僕には何故か有り余る魔力があるし、『聖王の鎧』効果で奴の攻撃もほぼ通用しないっぽい。
あ、でも確かあの戦艦の装甲はアルカンシェル以上の砲撃でないと破れないんだっけ?
いくらなんでもそこまで強力な砲撃魔法は持ってないぞ、さてどうすべきか。
『ベクターキャノンの使用を提案』
悩み始めた時、いきなり思考リンクでADAから詳細な情報が送られてくる……うおっ、なんつー凶悪砲撃魔法。
その実態は空間圧縮による強力な砲撃、そのため物理的・魔力的な防御は一切無効となる。
理論的にはアルカンシェルとほぼ同じなのだが、アルカンシェルは当たってから対象を中心に魔力反応によって空間歪曲するのに対して、ベクターキャノンははじめから空間圧縮を一直線に射出する、こりゃ防ぎようがありません、ほんとうにありがとうございました。
アルカンシェルなら着弾後にAMF装甲によって空間歪曲のきっかけとなる魔力反応を力技で抑制することもできるだろうが、はじめから発動している空間圧縮は防ぎようがないもんなぁ。
こんな凶悪魔法があったとは……てか、これジェイル兄さんのオリジナルじゃね? 非殺傷設定とか関係ないし。
問答無用で当たったら消滅じゃん、凶悪すぎるだろ常考。
なんかネタ臭がプンプンするし、まあ送られた情報からも強力な魔法だということは間違いないとわかっているからいいけど。
『敵艦撃沈のためには動力部の破壊が必要です、動力部は外壁同様、特殊AMF装甲による魔力阻害が確認できます、ベクターキャノンでしか破壊できません』
「……わかった、それでいこう」
『ベクターキャノンは脚部を固定した状態でなければ撃つ事は出来ません、注意してください』
「……ということは、敵艦の甲板上に立って撃つしかないな」
『敵艦正面は猛烈な反撃が予想されますが、現防御力であれば問題ありません、突撃しましょう』
……なんかADA機械的に物騒なこと言うなぁ、ちょっとは僕の心境を考えてほしいんだが。
いくらなんでも敵陣ど真ん中に突撃とか、恐ろしすぎるだろ常考。
まあいいや、今はさっさと片付けて休みたい、なんだか疲れたよいろいろな意味で。
なかば投げやりな心境となってしまったが、やることはやらねば。
全速力で飛ぶ、猛烈なスピードで前方の敵艦目掛けて突貫した。
『く、来るな! こっちに来るなぁーーー!!』
Red cometの雄叫びとともに周囲のガジェットドローンも集中攻撃してくる。
だが一切の攻撃が通用しない、金色のバリアジャケットはあらゆる攻撃を無効化した。
敵艦からの滞空砲撃も受けたがダメージはない、それどころか当たった感触すらろくに感じなかった。
砲撃がバリアジャケットに当たった瞬間、砲弾がひしゃげ、爆発し、粉々に砕け散った。
昔見たエヴァンゲリオンの、使徒に自衛隊がミサイル発射して全然効果がなかった場面を彷彿とさせた。
勿論、この僕が使徒役なわけだが……なんだか鬱になってきた。
敵艦の甲板上に降り立つ、相変わらず全身に集中攻撃を受けるが無視する。
静かに艦橋を見下ろす、ガラス越しに見覚えのあるデバイスが操作パネルに食い込んでいたのが見えた。
Red cometはさまざまなコードをパネルに伸ばし完璧に艦と一体化していた。
僕が十年以上使ってきたデバイス、これから破壊しなければならない、だが未練はいっさいない。
この野郎さんざん僕に迷惑かけやがって、挙句の果てに僕の秘密花壇をメチャクチャにしやがった(責任転換)。
恨み百万倍である、全力全壊でぶっ壊してやるっ!!!
『ひィ! こ、この化け物め!』
「……終わりだ、ADAやるぞ」
『了解』
デバイスを正面に構える、目標は艦橋、その奥には動力部も存在する。
砲撃の射線は一直線、一撃で全てを終わらせる。
『 ベクターキャノンモードへ移行 』
デバイスと僕の身体を一瞬の光が包む、メタリックな重武装が顕現し全身に展開される。
まるで僕自身が機械的な砲台になったような姿だ、腰と両足は地面に完全に固定され、両肩からは二つの巨大な砲身、デバイスが三つ目の砲身を形成し、もっとも巨大な砲身となる。
『 エネルギーライン、全段直結 』
左右の両腰にエネルギーチャンバーが形成され、バイパスが三つの銃身に繋がる。
『 ランディングギア、アイゼン、ロック 』
三つの砲身を中心に空中に六つの球体が形成、この装置によって空間圧縮を行われる。
『 チャンバー内、正常加圧中 』
僕の魔力があっという間にどんどん持っていかれる、全身を軽い喪失感が襲う。
だがかまわない、後のことは考える必要はないのだから。
『 ライフリング回転開始 』
六つの球体がゆっくりと回転しだす、その動きはだんだんと速くなりやがて紫電を纏いながら目では追えない速さへと加速していく。
やがて十分に加速、ついに発射準備が完了し、ADAから機械的に最後の報告がもたらされた。
『 ―――撃てます 』
「こいつで終わりだぁぁぁぁーーー!!!」
『ば、馬鹿なぁぁぁぁあqwせdrftgyふじこ―――』
これまでの魔法とは比べ物にならない砲撃、虹色の光の柱が戦艦を貫いた。
■
戦艦が落ちる、艦橋、動力部が完全に破壊され制御を失った艦では各部で爆発を起こしながら崩壊していった。
Red cometは跡形もなく消滅し、司令塔を失ったガジェットドローンは機能停止して戦艦の爆発に巻き込まれていった。
僕はその光景を少し離れた場所から見届けた。
『敵破壊を確認、ベクターキャノンモードを解除』
「……ああ、終わった……うぉっ!?」
気が抜けた瞬間、一気に強烈な疲労感が全身を襲った。
体中から魔力がごっそりと失われ、激しい喪失感といっしょに僕の見た目にも変化が訪れる。
金色だったバリアジャケットは輝きを失い、くすんだ銀色へと戻り。
虹色だった魔力光も元の淡い水色へと戻っていった。
意識が朦朧とし、頭痛もする、さっきまで気にならなかった全身を駆け巡る痛みが疼きだす。
喉がひりつき呼吸すら難しい、息がつまり咳きがでる。
先ほどまでの聖王モードとは真逆にボロボロの姿になってしまい、困惑が隠せない。
「……これは、どうなってるんだ? ゴホッ」
『集中力が途切れたことでレアスキルが解除されたものと推測、極限状態を脱したことが原因でしょう』
……つまり、レアスキル『聖王の鎧』というか、あの金ぴかの状態、仮に聖王モードとでもいおうか。
あの状態になるには死にかけるくらいの危機的状況で発揮されるくらいの凄い集中力が必要だということだろう。
ぶっちゃけ、それって使いにくすぎるだろ。
確かに強力で頼もしいレアスキルだけど、死にかけないと使えないとか嫌すぎる。
「……今は、生き残ったことを喜ぶべきか……ゴホッゴホッ」
咳きが激しくなってくる、どうにも喉奥からせりあがってくる不快感が消えない。
……あまり喋らない方がいいのかもしれない。
それに疲れと頭痛の所為で上手く思考が回らないので面倒臭そうなコトは先延ばしにして思考放棄してしまおう。
今後についてはあとでじっくりと考えればよい、あんまり解決するとは思えないけど。
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僕の目の前で戦艦が最後の大爆発を起こして粉々に砕け散っていった。
Red cometは消滅し、これで僕やジェイル兄さんの事件への関係性を示す証人、もとい証拠は跡形も無く消え去ったというわけだ。
最高評議会からの命令を果たし、ジェイル兄さんや僕自身の保身もはかれた、これで一安心といったところか。
そして個人的な復讐も完了した、だが失われた命(秘密花壇の草花)はもう戻ってこない。
僕の心に達成感はなく、ただ虚しさだけが去来した。
「……ゴホッ、多くの尊い命が亡くなってしまった」
悔し涙が流れる。
こんなに心底悔しい思いをしたのは生まれ変わって以来始めてだ、滲む涙を止められない。
眼下には美しい星、地上にはまだ傷つき僕の帰りを待つ秘密花壇の草花達がまっているはずだ。
それだけじゃない、大切な家族だっている、守らなきゃいけない人だっている。
ゴシゴシと乱暴に涙を拭う、そうだ、まだ嘆き悲しむ時じゃない。
まだ、僕には守るべきモノがあるじゃないか!
「……この悔しさ、生涯忘れない、今度こそ大切な存在を守り抜いてみせる!」
僕は星を見ながらそう決心し、自分に言い聞かせるように大声で宣言した。
ちなみに、これら一連の戦いまでのやり取りが世界中に放送されっぱなしだったことに後から気が付いて、死ぬほど恥ずかしくて悶絶することになるのは、僕が地上に戻って暫くたったあとだった。
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おまけ
地上に帰還後、僕は酷い疲労感を覚えたので事後処理をほかの局員さんたちに任せて先に自室へとさがらせてもらった。
僕一人だけ休むことに少しだけ罪悪感を覚えたが、流石に死にかけた後とあっては皆も僕に遠慮してくれていたようだった。
……あいかわらず、誰も彼も尊敬を含んだ視線を向けてくるのが死ぬほど嫌だったが。
今回に限っては本気で疲れていたので皆さんの心遣いはありがたかった。
カガチとはいっしょにいると余計に疲れそうなので、彼女には引き続き花壇周辺の後片付けを頼んでおいた
自室にもどってもしばらく不調が続いた、頭痛と倦怠感、いまだに治まらない咳。
むしろこれまでよりも症状が酷くなっているような気がした。
『バイタルに異常、魔力低下、身体機能が著しく低下しています』
「なん、で……ゴホッゴホッゴホッ!!?」
せ、咳きが止まらない、肺腑が痙攣し嘔吐が押し寄せてくる。
口元を抑えながら、耐え切れず洗面所に駆け込む。
「ゴホッ、ゴハァッ!!」
喉からせりあがってきたモノを一気に吐き出す。
ビシャリ、と液体がはねる音が室内に響いた。
喉を逆流する不快感に耐えながら、洗面所の白いシンクが真っ赤になるほどの血をぶちまけた。
そう、血だ、真っ赤な血、これは、誰の血だ?
続けざまに何度か咳をするとその度に僕の口から血が吐き出された。
ドス黒く、鉄錆びた血の味が口内に広がった。
「……なんだ……これ?」
―――この日より三日ほど、エンハンストは自室に引き篭もり誰とも会おうとしなかった。
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