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皆様お久しぶりです。
エンハンスト17歳、デバイスを使い始めてそろそろ12年経ちます。
時が経つのは早いもので僕もすっかり成長しきりました。
身長も180センチに届き、顔立ちもようやく子供のような幼い部分が消えてくれました。
ようやく外見的な意味で不満な部分が解消し晴れ晴れとした気分になったのですが、最近になって新たな悩みが噴出してきました。
それは長年のあいだ僕の相棒として戦場で縦横無尽に活躍してくれやがったインテリジェンスデバイス『Red comet』のことです。
最近、とみに言動が激しく怪しなってきてしまった僕のデバイス、これがもっぱら今1番の悩みの種です。
例えば、僕が犯罪者を現行犯逮捕したときなど口やかましいくらいに騒ぎたてます。
やれ、「俗物どもが!」とか「愚民どもめ!」とか「また同じ過ちを繰り返すと気づかんのか!」とか赤い彗星の真似してそれっぽい台詞を喚きまくっています。
お前こそ何様なんだよ、たかがデバイスのくせに……。
もうね、恥ずかしいというか情けないです、こいつうるさすぎ。
遅い反抗期ですかコノヤロー。
そのうえ最近は私に頻繁に逆らってきます、口答えだけでは済まず、時には命令拒否しデバイスとしての役目すら放棄します。
一瞬のやり取りが命にかかわる現場で、こういうことをされると本気でむかつきます。
何度本気でぶっ壊してやろうかと思った事か。
致命的な場面では使い魔のカガチが的確すぎるタイミングで必ずと言っていいほど助けてくれましたが、なぜかこの使い魔に助けられると良い事がないので、できればこういった事態は回避したいところです。
いや、その、具体的には、僕の注意が逸れた隙にどさくさで犯人を捕食したり、建造物を破壊したり。
一応、心苦しく罪悪感もあるのでカガチには何度も注意してるんですが、なぜか良く理解してくれませんし。
(詳しくはリリカル・エンハンスト12を参照)
まあ、極めてろくでもないことばかりしでかすので、自由に目が離せないのです。
毎回毎回その隠蔽に奔走し、毎夜ストレスに魘される僕の立場にもなって欲しい。
デバイスの暴挙がさすがにここまで来るとしゃれにならないので、一度本格的にメンテナンスしてもらうことになりました。
と言うか、ぶっちゃけもう処分した方がいいんじゃないかと思いますけれども……。
丹精込めまくってこのデバイスを作ってくれたジェイル兄さんの手前そんなこと言えませんよ。
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一様、念のためジェイル兄さんにメンテナンスという名の改造依頼をしてもらうことになり、デバイスを預けた僕は急きょ予定外の休暇となりました。
そこで僕は突然舞い込んだこのしばしの休暇を楽しみにしていた秘密花壇の整備と拡張に勤しむ事にしました。
ここ最近は派遣業務が忙しく、ろくに相手をしてやれなかったせいで秘密花壇は結構荒れ放題です。
雑草を抜き、害虫となるアブラムシや毛虫、カメムシを恐る恐るつまみ取り、天然成分の駆虫剤を散布します。
唐辛子や木酢液からつくられたこの駆虫剤は勿論植物に対しては無害です。
次に育ちの悪い草花の根本に栄養成分を定期的に抽出するスポイトを差し込んでおく。
最後に花壇全体に軽く水をまいておき、至福の時間が終わりを告げる。
太陽光に輝く水滴、草花のあいだにかかる小さな虹、ほのかに香る草花の匂い。
ああ、幸せ過ぎる、まさしくこの秘密の花園は僕にとっての楽園です。
草花の一つ一つがまるで僕に話しかけてくるように、春風にそよぐ。
くだらないしがらみなど何もかも忘れてしまいそうな至福の時間です、日頃たまったストレスがみるみる解消されていくようで、自然と心も和らいでいきます。
僕の手で美しく可憐に育っていく草花たちを見ていると、まるで自分の子供のように思えてきます。
もうすぐ芽吹き花咲きそうな蕾も幾つか見つけられる、自分の子供が大人へと成長するような感慨深さがあります
この大切な命を守るためならば、僕はどんな相手とも戦うことができるでしょう。
それほどに愛らしい、この草花たちが―――。
「エンハンスト様ぁ、こちらの先ほど駆除した、不届き者な虫たちを食べてもいいですか?」
「……好きにしなさい」
僕の背後からバリボリグチャニチャと何かをむさぼり喰う音が聞こえる。
聞こえない、聞こえない、僕には何も聞こえない。
……聞こえないって言ってんだろっ!
カガチ……連れてくるんじゃ無かった、いまさら激しく後悔しても遅いけど。
せっかくの気分がだいなしだよ、なんだよ生で虫食べるなよ、どこかの原住民族かよ。
秘密花壇の整備を手伝ってくれるのはいいけど、もうこいつを連れてくるのは絶対よそう。
僕は堅く心に誓った。
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その知らせが届いたのは、僕が秘密花壇の整備を終えカガチの出してくれた紅茶(悔しいが美味い)で優雅に休憩をとっていたときのことでした。
突然目の前にジェイル兄からの緊急通信用の画面が開き、気まずそうな表情の兄さんとウーノの姿がうつりました。
「……突然どうかしましたか、ジェイル兄さん」
『済まない、エンハンスト! ちょっと致命的な失態を犯してしまった、そして君にとって悪いお知らせがある』
『お兄様申し訳ございません、詳しい事情を説明している時間も少ないので要約して話しますと、お兄様のデバイスRed cometのAIが暴走しました』
AIが暴走、と申したか……。
「……それで、どうなったんですか?」
『はい、客観的に申しあげましてドクターが極秘研究中のガジェットドローン約数千体がハッキングを受け、暴走したデバイスAIに乗っ取られた状態でアジトからの逃亡を許してしまいました』
『本当に申し訳ないエンハンスト、たぶんこれから連中は何らかの騒ぎを起こすことになると思うが、これの原因が私だと最高評議会の連中にばれたら私の人生終わりだ! 君になんとかしてほしい!』
『お兄様、私からもどうかお願いします、ドクターを助けてあげてください!』
涙目になって、頭を下げてくるジェイル兄さんとウーノ、その様子から彼らがどれだけ必死なものか容易に想像できる。
何かいきなりとんでもない事態になってしまった、だが他人ごとではない。
いくら兄さんの失態とはいえ、どうやら原因は僕のデバイスにあるようだし。最高評議会がどう判断するか分からない。
下手すれば、僕もいっしょに処分されてしまう可能性すらある。
大切な家族の願いでもあるし、なんとかして解決できないものだろうか、いや、解決せねばなるまい。
というか裏切るなよRed comet、お前どこまで赤い彗星の真似すれば気がすむんだ。
「……わかりました、なんとかしています」
『ありがとう、本当にありがとう、エンハンスト!』
『有難うございますお兄様!』
兄さんたちとの通信画面が切れる、さてどうしたものか。
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「……カガチ、今の話は聞いていたな」
「はぁい、もちろんですエンハンスト様ぁ、それに先ほどより地上本部および本局からひっきりなしに出動要請が届いています」
「内容は?」
「現在、宇宙空間を試験運行中の最新型次元航行艦が『何者か』によって乗っ取られてしまい、非常事態宣言が発令されています、任務内容はどれもこの艦を取り戻すか、もしくは破壊することだそうですわぁ」
「随分物騒だな、理由はわかるか?」
「この次元航行艦には実験段階の主砲が搭載されており、これの威力は理論上アルカンシェルの三倍だそうです、既に一発は地上に向けて発射されましたが随伴していた別の次元航行艦が身を挺して防いだそうですね」
「……その艦はどうなった?」
「撃沈し、跡形もなく消滅しましたぁ、乗組員は全員死亡ですね」
「そうか、じゃあ次に発射される前になんとか落とさないと地上は焼け野原だな」
「それどころかこの威力だと星ごと消滅しちゃいそうですねぇ♪」
なんでそこで心底楽しそうに言うかなコイツは……いや、気にすまい、いまさらって感じだし。
「……管理局の対応はどうなってる?」
「本局、地上本部、ともに事態解決のために大量の人員を派遣しているようですが、艦を乗っ取った犯人は大量の無人戦闘機を展開させていてそれの相手で精一杯のようですねぇ、ほぼ間違いなくエンハンスト様のデバイスAIの仕業かと思われますわぁ」
「AMFか、普通の魔導師には厄介極まるだろうな」
状況が厄介すぎるだろ常識的に考えて、時空管理局は魔法至上主義ばっかりだから余計に厄介だ。
……えらく面倒なことになってしまったなぁ。
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「エンハンスト様ぁ、最高評議会の方から通信がきました」
「……繋いでくれ」
『おお、エンハンスト、状況は聞いているか? とんでもない事になったわいっ!』
「……はい、『謎のテロリスト』によって次元航行艦が占拠され、この星の危機だと」
『その通りじゃ、それに忌々しい旧時代の無人戦闘機まででしゃばってきおった、これは緊急事態ぞ!』
『そのうえ、あれには最新式の主砲まで装備しておる、あれが一発でもこの星にあたればすべて終わりになってしまう』
『命令じゃエンハンスト、必ずやあの戦艦を何とかするのだ! くれぐれも頼んだぞ!』
『お主だけが頼りじゃ、何としてもこの星を守るのじゃぞ!』
「……は、了解しました」
真っ黒な通信画面が切れる、脳みそ相手だといつもサウンドオンリーなので特に必要性は感じなかったが。
さて、どうしたものか、命令を受けたものの今の僕に手元はデバイスがない。
……だってそのデバイスAIがこの事件の元凶らしいし。
一応、最高評議会にはバレてないみたいだけど……おもいっきり『謎のテロリスト』って強調しておいたし。
僕が「デバイスないので任務できません」とか言ったら、じゃあお前のデバイスは今どこにあるんだよと聞かれるに決まってる。
ジェイル兄さんにメンテ出しました、ときて最高評議会が兄さんに確認、んで元凶が僕のデバイスAIだとバレてしまう。
ハイ、処刑。
……あ、頭痛ぇ。
一応デバイスがなくても魔法が使えないことはないが、デバイスの演算処理支援を受けない魔法はその威力や効果範囲、使用時間などがガクンと低下する、逆に自身にかかる負担は急上昇するから手におえない。
もちろんそれはチート存在である僕とて例外ではない、今なら使い魔のカガチ以下の実力しか発揮できないだろう。
まして相手は宇宙空間、バリアジャケットすら展開できない状態では、わざわざ死にに逝くようなものだ。
いくらチートオリ主でも生身で宇宙空間は無理、普通に死にます。
頭がパーンッ、以前の問題に体液が沸騰して死亡、永遠に宇宙をさ迷うことになりかねん。
やがてエンハンストは考えることを止めた……リリカル・エンハンスト完!
とかそんなオチは嫌だ。
「エンハンスト様ぁ、敵戦力の一部が地上に降下してきました、各地で破壊活動を始めているようです」
「……また、厄介な事を」
「あ、地上本部にも敵が降下してきたようです……そういえば、確かあの辺にはエンハンスト様の秘密花壇が……」
「……な、なんだとっ!!? まずいぞ、迎撃にでる!」
「最高評議会からの命令はどうするのですかぁ?」
「そんなのは後回しだっ! クサレ脳みその命令なんか聞いていられるか!!」
「はぁい、畏まりました♪」
ヤバイ、思わぬところで絶体絶命のピンチだ!!
僕の秘密花壇がヤバイ!!
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