■21
カリムデート(後編)
「……ただいま」
「あら、お帰りなさいませエンハンスト様ぁ、婚約者様との逢引は如何でしたかぁ?」
「……疲れたよ」
「まぁっ、疲れるようなコトをナニしてきたわけですね、ご立派ですわ! さすがエンハンスト様ぁ!!」
「…………カガチは何してたんだ?」
「私ですかぁ、アジトに遊びに行ってましたよ、ドゥーエやクアットロと『遊んで』ましたわぁ♪」
「……そうか、程々にな」
「うふふっ、心得ています」
まあ、大体わかってる人もいるかもしれないけど、カガチの言った『遊び』とは勿論百合な遊びのことだ。
いつのまにか二人を手篭めにしていて、今では互いに義姉妹の契りを結んでいるほどの仲らしい。
暇さえあれば一人でアジトに遊びにいって、ナメクジの交尾の如くネチョってる。
……こういうのは本人たちの自由意思だから口出しとかしないけど、あまり理解できる世界じゃないね。
特に僕に害があるわけではないのでほっとくに限る、ウーノとかチンクとかまともな性癖の者には手出ししてないみたいだし。
トーレ? あの娘に関しては判断不能、凄いストイックな性格してるからそういうことに興味ないのかも。
「今度こそはエンハンスト様も御一緒にいかがですかぁ? あの娘たちもきっと大歓迎しますよぉ」
「……遠慮しておく」
「あらあら、毎度そっけないですねぇ、まあいいです、私たちはいつまでもお待ちしておりますわぁ」
「…………」
無視しよう、カガチと話していても疲労が増すだけだ。
何が嬉しいのか、クネクネ踊る僕の使い魔を無視して自室に入る。
執務用のデスク、その椅子に腰掛け溜め息ひとつ。
ちなみに僕の自室は地上本部の男性局員寮にある、といっても部署巡りの所為でほとんど留守にしているわけだが。
……ちなみに女人禁制なはずのだが、カガチは何故か普通に入ってきている。
使い魔だからいいのだろうか? けっこうアウトだと思うのだが。
まあいい、今はとにかく疲れている、主に精神的に。
ゆっくりと背もたれによりかかりながら今日のコトを回想する。
本当に大変な一日だった。
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今回のカリムさんとのデート、僕にとってはまさに危機的状況の連続だった。
長年続いた婚約者カリムさんからの呼び出し(死亡フラグ)をついに断わりきれず応じてしまったのがそもそもの始まり。
数年前に婚約者としてベルカに挨拶に行って以来、多忙である事を理由に彼女との面会を拒否り続けてきたわけだが。
どうも向こう(カリムさん)からの面会希望の呼び出しが年を追うごとに激しくなってきた。
僕としては良い記憶のないベルカにあまり行きたくないわけで、毎月送る花に加えてさまざまな豪華プレゼントを献上してご機嫌を伺おうとしていたのですが、なぜかよけいに会いたいという催促が強くなる始末。
ここ最近は数日おきに催促がくるので精神的にもかなり辟易していた。
もうこうなってしまったらしょうがない、覚悟を決めていま一度会いにベルカに行こうか、と決心したのがつい先日のこと。
せめてもの妥協案として聖王教会ではなくベルカの市街で会おうと約束したが、それでも不安は晴れなかった。
ベルカ全域は言わば向こうのテリトリー、どこから僕の命を狙う刺客がいつどこから現れるかわからない。
……主にシャッハさんとかシャッハさんとかシャッハさんとか
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それでも覚悟を決めて待ち合わせ場所へ向かうと既にそこにはカリムさんの姿が、指定時間の1時間前だというのに!
さらに僕は戦慄した、なぜなら彼女の服装が見たことも無いような可愛らしい服だったからである。
具体的に言えばゴシックロリータなドレスを着ていた。
僕はある程度ならカリムさんの性格をしっている、だからこそありえない。
彼女は今時珍しく真面目で慎み深い性格だ、深窓の令嬢といった言葉が良く似合う。
しかし、今のカリムさんの姿はそんな古風な女性にはありえない派手な服装だからである。
これは『罠』だ! 僕はその瞬間に悟った。
『美人局(つつもたせ)』というものがある、女性が綺麗な身なりで男を人気の無いところへ誘い出し、その隙をついて共謀者(この場合強面のヤクザなど)と脅迫して金品を奪うことを言う。
詳細はことなるが、これはそれと原理は同じだ。
彼女にありえない派手で可愛らしい服装、おそらくは僕の気を引いてその隙を狙ってどこからか襲撃があるにちがいない。
……カリムさんは本気で僕を亡き者にする気なのだ。
まずい、なんとかしてこの窮地を脱出しなければ。
これは僕だけの問題ではない、あまり自覚したくは無いが現在の僕は管理局のトップエリート、いわばそれなりの地位をもった者だ。
そんな人物が聖王教会の重要人物に襲われてみろ、僕とカリムさんだけの問題にとどまらないぞ。
最悪の場合、時空管理局と聖王教会の間に修復不可能な溝を残しかねない。
これまでの非は僕ら(3脳含む)にあるのに、カリムさん達まで不幸になってしまうではないか、さすがにこれは後味が悪すぎる。
……何かしら理由をでっちあげていますぐ帰るべきだろうか? いや、不自然すぎるだろ常考。
かといっていまのままでも十分不自然だ、この態度では余計に相手に襲撃のチャンスを与えることになってしまう、どうする?
そうだ、僕は名目上カリムさんの婚約者、そしてこれは一応デート(便宜上)なのだ。
ならば徹底的に婚約者として振る舞い、徹頭徹尾最後まで紳士的な態度で接すれば良い。
妙な誘惑(死亡フラグ)を受けても紳士らしく「私たちにはまだ早い」とか言って断わり、回避するのだ。
こうして僕の人生でも有数の壮絶な死闘が始まった。
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ただ、ここで予想外だったのが、僕に備わっていた『接待スキル』である。
生まれた時に刷り込まれた知識・技能には戦闘系統以外にも『伝説のナンパ師』とか『加藤ノ鷹』とか『絶倫超人』とか。
エロゲー主人公みたいな人達の知識・技能もあって、そういう方面の能力もまさにチートだった。
カリムさんをひたすら接待しようと決心すると、勝手に口が動き「おまたせ、今日のカリムさんは凄く可愛いね!」とか言い出す始末。
突然そういわれて赤面する彼女、当たり前だ、言った当人の僕だって恥ずかしい。
身体が自由になればいますぐ自決したいところだ。
勝手に動いてしまう僕の身体が自然にカリムさんの手を握り、歩き出す。
女の子の小さく柔らかくて温かい手、あぁ、これが本当に恋人同士のデートだったらどれほど嬉しいか。
歩く道すがらも、普段の僕からは考えられないような恥ずかしい言葉が次々と口から飛びだす。
やれ「カリムさんとデートできて婚約者冥利に尽きる」とか「カリムさんのような美しく聡明な女性を婚約者にできて幸せだ」とか誉め殺しまくり。
僕自身、彼女とごく普通の婚約者なら何も文句無いが、現実は大きく異なる。
僕とカリムさんは最高評議会に無理矢理決められた婚約者であり、僕はともかくカリムさんにとっては業腹だろう。
だからこうして必死で接待をしているわけだが。
カリムさんも慣れていないのだろう、僕の言葉にいちいち赤面して俯く、その仕草がどうしようもなく可愛い。
はぁ、本当に普通のデートだったら幸せだったのにな……。
……そう、普通のデートではない、先程からどこからか殺気を孕んだ視線がずっとこちらに向けられている。
おそらくはベルカの刺客、獲物を待つ肉食獣のように僕が油断するのをじっと息を潜めて待っているのだ。
これほど鋭い殺気は滅多に感じたことがない、冷や汗が流れる、ここで気を抜くことはすなわち死を意味する。
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とあるクレープ屋の前で足が止まる、カリムさんがもの欲しそうな目でそれを見ていた。
僕の方を向いて「あれ、食べてみませんか?」と可憐な口調で提案してきた。
示した先のクレープ屋、なるほど一見すればただのクレープ屋だ、だが僕は騙されない。
これも『罠』、おそらくあのクレープ屋は僕を陥れるために雇われた殺しのプロだ!
僕でも見抜けないほど見事に一般人に偽装している、よく訓練されたプロ中のプロだ。
おそらく僕に出されるクレープには毒が盛ってあるだろう、それも致死性のヤツ。
僕は即座に、「じゃあ私が買って来ますね、何味がいいですか?」とできるだけ平静を装って尋ねた。
カリムさんはいちご味を希望してきたので、僕も同じものを注文する。
この一連の行動にはワケがある、まず僕自身がクレープを買うことで主導権を握り、カリムさんと同じ品を注文することで毒の混入を未然に防ぐのだ。
さすがにカリムさんも食べる可能性のあるモノに毒を含ませはしないだろうと思う。
案の定、クレープはごく普通の味しかしなかった、だがさすがに一口目は恐ろしくてまともに味わうことなどできなかった。
一安心したところで、ふと、カリムさんの方を見れば彼女の頬に一欠けらのクリームがくっついていた。
その瞬間、再び僕の身体が勝手に動き出しカリムさんの頬へ手を伸ばす。
くっついていたクリームを人差し指で拭い取り、スッと口に含んでしまう、そして一言。
「カリムさんのクリームは美味しいね」
殺せー、僕をころせー、誰かころしてくれよぉぉぉぉー。
カリムさんは暫し呆然としたあと、さすがに怒ったのか顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら僕を見てきた。
まさか涙目になるほど怒るとは、いや当たり前か、どうか自重してよ僕の身体(チートボディ)。
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夕方、そろそろ地獄のデートも終わりを告げる時刻となり僕が安堵し始めた時、カリムさんから恐ろしい一言が発せられた。
「私の家に来ませんか、エンハンストさんを正式に両親にも紹介したいですし、紅茶でも飲んでいってください」
は、はは、あははは…… ボク\(^o^)/オワタ
断わろうにも僕の右手はカリムさんにがっちりホールドされてます。
そのうえここで断わるのは婚約者としてとても失礼になる、暗殺者襲撃のきっかけにもなりかねない。
そしてグラシア家に行けばご両親も交えてフルボッコですか、これは酷い。
なんとか「もう時間も遅いですから……」とか紳士的に言ってみたが。
「じゃあご夕飯を一緒にどうですか、今日は母手作りのビーフシチューなんですよ♪」
ビーフ死チューですね、毒入りですね、わかります。
逃げ道なし、覚悟を決めて逝くしかなさそうですね、短い人生でした。
……せめて、半殺しくらいで許してもらえることを祈りましょう。
一応教会の人ですし、さすがに人殺しは……しないよね? ね?
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ビクビクしながらカリムさんの自宅(この場合、お屋敷)前に僕が着いたとき、ふと庭先に咲く薔薇が目に入りました。
ちょっと様子が気になったのでカリムさんに尋ねると、彼女の父が趣味で栽培している薔薇だそうです。
だが、それにしては元気がないように見える、葉や枝ぶりに勢いが無いし、花の数も少ない。
薔薇特有の艶やかな紅色も薄く、これはもしかして、と考え付く。
現在の自分の危機的状況を忘れて僕がちょっと薔薇の様子をチェックしてみると案の定、すぐに不審点が見つかりました。
薔薇の根や株元にコブのようなものを見つけました、それは一見すると泡が固まったようになっていて、表面はざらつき、細かい孔が無数に見られる、『根頭がん腫病』です。
これは根の傷口から入った病原菌によってできたもので、コブが大きくなっていくため、植物の勢いがなくなっていきます。
治療法は簡単で、コブはきれいに取り除いていくだけです、また出てきても根気よく取っていくと問題なく普通に育ちます。
必要なのは細かいチェックと根気強い取り除き作業だけです、薔薇が好きならそれほど苦な作業ではありません。
おそらくカリムさんのお父さんはこの病気に気が付いていなかったのでしょう、不幸なことですがまだ取り返しはききます。
幸い、薔薇の様子を見る限り丁寧に育てられているようですし、一刻も早くこのことを知らせてあげるべきです。
カリムさんに案内され、玄関で出迎えてくれたグラシア家のご両親に向かって僕は開口一番そのことを知らせました。
挨拶そっちのけです、この時の僕にとって優先すべき大切なことは薔薇の命であって、僕の命や世間体ではありませんでしたから。
いきなりの僕の態度に驚くご両親に挨拶もそこそこに、僕はカリムさんのお父さんの手を強引に引いて件の薔薇のところへ連れてきました。
病気の症状と治療法を説明すると、なるほどと頷き、教えてくれてありがとうとお礼まで言われ、ここでようやく僕は正気に戻りました。
かといってここまで連れてきてしまった手前、いまさら恥ずかしがってもしょうがなく。
僕は半分恥ずかしさを誤魔化すような態度で、一緒に薔薇のコブ取り作業を手伝うことにしました。
カリムさんのお父さんは最初こそ多少面食らった様子でしたが、一緒に作業をしているうちに薔薇の話題で二人盛り上がってしまいました。
この世界に転生してからこういった話題で盛り上がれる相手がいなかったため、こうして共通の趣味を持つ相手が見つかったことが素直に嬉しかったのです。
熱心かつ丁寧にコブを取り除きながら、思いつく限りの話題で盛り上がりました。
これほど楽しい時間は久しぶりで、話し相手がカリムさんのお父さんだということを忘れてすっかり夢中になっていました。
小一時間も作業と雑談をしていると、やがて全てのコブを取り終えてしまいました。
すっかり意気投合した僕達でしたが、相手がカリムさんのお父さんであることを思い出し、これまでの数々の無礼な行いを改めて思い出しました。
慌てて頭を下げ謝罪すると、カリムさんのお父さんは何故か凄く良い笑顔で。
「いいんだ、君の人柄がわかったよ、結果的にこれで良かったのかもしれない」
と、良くわからないことを言って力強く握手してくれました。
なんだか理解不能ですが、とりあえずフルボッコは勘弁してくれたってことですよね?
薔薇の治療を手伝ったお陰かな?
安堵の溜め息が漏れる、とりあえず当面の死亡フラグは回避できたということか。
ふと、屋敷の方からカリムさんとそのお母さんが歩み寄ってくる。
二人は握手している僕とカリムさんのお父さんを見てニコニコしていた。
「お父様……」
「あなた……」
「カリム、お前が正しかったよ、どうやら彼を見くびっていたようだ」
うぇっ!? どういうことなの? 見くびっていたって……僕のこと許してくれたんじゃ。
ま、まさか、今の戦力じゃ殺せないとか思ったんですか!?
そりゃあ、いよいよやばくなったら実力行使で逃げ出そうとか考えてましたけど。
カリムさんのお父さんが僕の方に振り返る、なんだか決意に満ちた凄い気合の入った顔だ。
そう、例えるなら万の軍勢と戦う決意をした歴戦の勇者みたいな表情だ。
「エンハンスト君、カリムをこんな風(明るく元気な性格)にしてくれた君には幾らお礼をしても足りないくらいだ、どうかこれからもカリムと会ってやってくれ」
NOォー! 全然許してくれてなかった!
ただ現有戦力で僕を倒せないから諦めただけっぽい orz
しかも正面きって宣戦布告されてしまったし。
そりゃ、そうだよね、自分の娘をこんな風(脅されて無理矢理婚約者)にされて怒らないはずがない。
なにがなんでも僕にお礼(フルボッコ的な意味で)してへこまさないと気が済まないはずだ。
つまり、これからもこういう心臓に悪い暗殺デートを続けなければならないのか……。
本心では断わりたい、凄い断わりたい、でもね、一応婚約者である僕は「これからも会ってやってくれ」なんて言われて断われるはずがない。
つまり、僕の言える返事はただ一つ。
「……はい、こちらこそ……よろしく、お願いします……」
意気消沈しながらなんとか返事を返す、これでまたあらたな死亡フラグがまた一つ増えちゃった。
その後、泥で汚れてしまった僕はそれを理由にそそくさと逃げ出すように帰宅しグラシア家を後にした。
あぁ、もっと心温まる本当のデートがしたかったよ……。
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