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カリムデート(前編)
―Side:シャッハ・ヌエラ―
忌々しい、かつてこれほど私を懊悩させた事案があったろうか。
ベルカの騎士として、聖王教会に所属する身として、非才なる己の身が呪わしい。
ギリギリと、奥歯が噛み合い嫌な音を立てる。
悔しさのあまり強く握りしめた拳が震える、これは無力な私自身への怒りだ。
「ラン、ラン、ラーン♪」
「…………カリム、今からでも考え直しませんか?」
私の目の前で、鏡を前にこの上なく楽しそうに服装を選ぶカリム。
あぁ、あの引き篭もりがちで大人しく気弱だったカリムがこんなに明るく、楽しそうに……その理由がアイツじゃなければ!
「……シャッハ、またその話ですか? 言ったでしょ、私と彼は婚約者なのですよデートくらい―――」
「いいえっ! カリム、アナタは油断しすぎです、男は狼! いや、アイツに限ってはもはや魔狼フェンリル級! ちょっとでもスキをみせればパックリ食べられてしまいますよ!! パックリとっ!!」
「もう、シャッハは心配のしすぎですよ、それに私は彼になら……(ポッ)」
頬を染めながら、それでも嬉しそうに身体をくねらせるカリム。
なぜですか、なぜアイツに襲われるかもしれない貞操の危機だというのに、そんなに嬉しそうにしているのですか!?
そ、それはまさか、望んでいるのですか?
カリムとアイツが、だ、だ、男女のちちちt、契りをォっ!?
「い、いいいいいけませんよカリム! 貴女はまだ16歳、そんな、は、は、ハレンチな行為はいけませぇんっ!!」
「そ、そんなことないわよっ、私と同い年くらいの皆はいろいろ経験してるっていうし、ね?」
「可愛く『ね?』じゃ、ありませんよォおぉおおおおっ!」
「もうっ、シャッハしつこいですよ! 私は行くといったら行くのです、婚約者となって早5年まったく進展しないこの状況を覆すにはデートの一つも余裕でこなさないと、シャッハのように彼氏の一つも出来ない『いきおくれ』になってしまいます」
「カリムゥゥゥゥッ!!?」
「今回は彼もいますし護衛の必要はありませんから、ここで大人しくしていてくださいね、じゃ!!」
いってしまわれた、言いたいこと好き勝手言いまくって。
なんということだ、カリムは騙されていることに気が付いていない、既にアイツの毒牙がすぐそこまで迫っていると言うのに!
私が、私がなんとかしなくてわっ!!
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……それにしてもカリム、『いきおくれ』は酷いですよ。
私だって好きで1人身でいるわけじゃないんですから、何故か誰も近寄ってこないだけなんです。
良いな、と思った男性とかもいましたけど、親交を拳で深めようとして模擬戦をすると何故かその後私を避けるようになってしまうんですよ。
あれほど情熱的に私の思いを伝えたのに(肉体言語的な意味で)。
ほかにも健康になってもらおうと毎日牛乳を彼の家の玄関前にガロン単位で送ったりしたのですが、何故か日に日に彼は謎の腹痛でやせ衰えていってしまいましたし。
最後にはいきなり謎の夜逃げをしてしまう始末。
これほど良い身体をもった乙女(筋肉的な意味で)をほっといて夜逃げなど、ベルカの男子にあるまじき所業ですよ!
……まったく、私にはつくづく男運がないですね。
それにしても、私よりも先にあのカリムに男ができるなんて認められn、いやいや!
そういう意味じゃなくて、今はカリムの純潔がピンチ!
余計なことは考えずこれからの対応を考えねば!
でも、あのカリムの強硬な態度、容易に説得できるとは思えません。
私は一体どうすればいいのか……あんまりしつこく言って嫌われるのも嫌ですし……。
うぅ、なぜ私がアイツのことでこんなに悩み苦しまねばならないのか!
それもこれも全部アイツが悪い、私がカリムにいきおくれなんて言われたのもアイツの所為です!
憎たらしや、憎たらしや……。
あぁあああああああああああ、憎たらしやエンハンスト・フィアットォッ!!
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「……それで、どうして僕が義姉さんのデートを尾行しなきゃいけないのかな?」
「ヴェロッサ、貴方の義姉のピンチなのですよ、ベルカの男子として義姉の貞操を守らなくてどうするんですか!」
「いや、ピンチっていうか、あれ普通にデートでしょ? 義姉さんすんごい嬉しそうなんだけど? しかも相手の人あの有名なエンハンストさんでしょ、やっぱ生で見るとカッコ良いなぁ」
「貴方の目は節穴ですかっ、もっと見開いてよく見なさい、今にも襲い掛からんばかりの強姦魔予備軍の姿を!」
「いだだだっ!? 出るっ、目飛び出ちゃう! ゴメンなさい! は、離して!」
「分かればいいんです、さ、尾行を続けますよ」
「ひ、酷いよ、シャッハ……」
「毎日牛乳を飲まないからそう貧弱なんですよ、一日10リットルは飲まないと」
「そんなに飲んだらお腹壊しちゃうよ、シャッハが異常なだk……イエ、なんでもないデス」
二人で街中を歩くカリムとエンハンスト、仲良く手を繋いで歩いている、その所業許すまじ。
だが、残念ながらまだこの程度ではヤツを始末する決定的な材料にはならない。
それでも、いざと言う時はアイツだけぶっ飛ばせば問題無しですね。
「確か義姉さんとエンハンストさんて婚約者なんだよね?」
「……ええ、本当に、本当に忌々しいことですが、形式上ヤツがカリムの婚約者です」
「じゃあ何も問題ないじゃん、義姉さんの部屋エンハンストさんグッズで埋まってるし、傍目から見ても義姉さんがエンハンストさんにラブラブゾッコンなのは明らかだし、何が悪いの?」
「ヴェロッサ、貴方はまだ若い、時空管理局と最高評議会、そしてあのエンハンスト・フィアットの邪悪な本心が見えていないのです!」
「邪悪って……最近の時空管理局は評判良いじゃん、検挙率も上がってるし、TVとかでもいろいろ活躍報道されてるし、僕の友達もエンハンストさんに憧れて時空管理局員目指してる子多いよ」
「嘆かわしいっ! 皆あの悪魔に騙されているのです! 毒電波で洗脳されているのです!」
「はぁ、僕としては義姉さんの恋を応援してあげたいんだけどな……」
「ヴェロッサ、静かに! あっちに動きがありましたよ」
む、今度はクレープ屋ですか、定番ですね、さすがに衆目のあるところでカリムを襲わないでしょうが、油断は禁物です。
ちょっとでも怪しい素振りを見せたときが貴様の最後だ。
ふむ、やはり奢りますかエンハンスト・フィアット、なかなかスキをみせませんね
ここでカリムに買わせたら、それを口実に甲斐性無し男と罵って介入できたのに。
それにしてもあのクレープ、美味しそうですね、イチゴいっぱいのってますし。
……ゴクリ。
「ヴェロッサ、クレープを買ってきてください」
「は!? いきなり何を言って」
「買ってきてください」
「……ハイ」
もぐもぐ……うん、やっぱり美味しいですね、買って正解でした。
甘酸っぱいイチゴとホイップクリームの相性が抜群です
「いや、それ買ってきたの僕」
「ヴェロッサ、静かにしてください、捻じ切りますよ」
「…………(涙目)」
ああ、カリムの頬にクリームがついていますよ、良家の娘にあるまじきはしたない所業ですよ。
早く気が付いてください、このままでは衆目に恥じを晒すことに―――
「なぁっ!!?」
「うわぁ、大胆だねエンハンストさん、義姉さんのクリームとって食べちゃったよ、あーあ、義姉さんったらうっとりした顔しちゃってさ、初心だねぇ、まさに夢見心地ってやつ?」
「な、な、な」
「しかし、エンハンストさんも凄いね、あそこまでスマートにあの世間知らずな義姉さんをエスコートできるなんて、僕も見習わなくっちゃ男として」
な、なな、なんということをぉおおおお!!
かかか、カリムの頬についたクリームをぬぐい取って、そのうえ食べてしまうなどと!
なんとハ、ハレンチな! 断じてゆるすまじエンハンスト・フィアット!
「ちょ、お、おちついてシャッハ! 何で完全武装で飛び出そうとしてんの!? ヴィンデルシャフトしまって!!」
「離してくださいヴェロッサ! 私はアイツに天誅を加えねばならないのです!」
「いやいや、わけわかんないから、とにかく落ち着いて!」
「貴方には見えなかったのですか、カリムの柔肌に手を出したうえに舐めまわしたアイツの非道邪悪外道鬼畜淫猥な所業をっ!!」
「それすっごいイヤラシイ言い回しだけど、実際はクリームとっただけだから!」
「ええぃっ、離しなさい、私が行かねばカリムが! カリムがぁーーー!!」
「ちょ、大声だすなって、あっちにバレる……って、あれ、もういないや」
「な、なんですってぇ!?」
先程までカリムとエンハンストがいたクレープ屋前にはもう人影は無く、二人の姿はどこにも見つからない。
な、なんということでしょう、私としたことがカリムを見失うなんて。
シュアッハ・ヌエラ、一生の不覚。
「ふぅ、もうこうなちゃったら仕方ないよ、諦めて帰ろうシャッハ、それにあんな幸せそうな義姉さんの邪魔をするのは野暮っていうものだよ、ね?」
「……ヴェロッサ、とある異世界の戦士は不名誉を償う際、自らの腹を裂いて自決することで誠意を証明したそうです」
「は? はぁ、それがどうかしたのかい?」
「カリムを見失った不忠、このシャッハ腹かっさばいてお詫びいたしますっ!!」
「ちょっとぉぉぉぉ、何しようとしてんのーーー!!?」
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ヴェロッサの制止によって自決することもできず、おめおめと帰ってきてしまった。
はぁ、私はもはやグラシア家のご両親にあわせる顔がありません。
「あら、シャッハも出かけてたの? おかえりなさい」
「か、カリム!? ぶ、無事だったのですか!?」
「無事って、そりゃあ無事に決まっているじゃないですか、彼と一緒にいたんですから♪」
そういって花が咲くような笑顔を浮かべるカリム。
「いや、私が聞きたいのはそういったことじゃなくてですね……」
「……? それよりもちょっと惜しかったですね、先程まで彼がいたのに、丁度先程帰ってしまいましたよ」
なん……ですって……?
「さ、先程までここに、エンハンスト・フィアットがいたのですか?」
「ええ、私がお茶でもいかがですかと誘ったんだけど、誘って良かったわ、これまで剣呑な態度だったお父様もお母様も彼の人柄を気に入ってくれたみたいだし」
「…………(顔面蒼白)」
「お父様の趣味である薔薇の栽培についても彼とすごく楽しそうに話してて、趣味も合ってたみたいですし、それにね―――」
あまりのショックで、ご機嫌な様子で話すカリムの言葉も頭に入ってこない。
な、なんということでしょう、ついにエンハンスト・フィアットの魔手がグラシア家のご両親にまで!!
カリムだけではなくグラシア家のご両親にまで洗脳の魔手が!
……私が、私が何とかしなくてわ!
皆を奴の魔手から解き放つためにも、何時の日か、必ず討ち取ってくれようぞエンハンスト・フィアットォォォッ!!
PS ちなみに、ヴェロッサは心労で倒れました。
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