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こんにちは、エンハンストです。
僕がこの世界に生まれて結構な時間がたちました。
時の流れは速いもので、僕がジュエル・スカリエッティに育てられて……正確にはちょっと違いますが。
ジェイル兄さんと暮らすようになってずいぶんな月日が流れました。
僕が彼を兄と呼ぶようになるのにそれほど時間はかかりませんでした。
悪党サイドの人間と親しくするなど良くないことだとはわかっていたのですが。
彼とて人間、長年付き合ってみればそれなりに愛嬌のある人物だとわかるし、それなりに情もわくもの。
いや本当、これで結構愛嬌ある人なんですよジェイル兄さんは。
体が自由に動かせるようになって初めの頃はムカついてフルボッコにしたものですが、今は懐かしき思い出です
しかしまあ、赤ん坊に好き勝手ボコボコにされる青年男性って……兄さん貧弱すぎです。
まあ、幼児相手に土下座をする大人という図もなかなか見れるものではありませんよ。
っというか、僕のこの身体能力が明らかに異常なだけですが。
そう、この秘密アジトで暮らすようになって何より驚いたのがこの新しい身体です。
ジェイル兄さん曰く、さまざまな分野の偉人・奇人・超人達の遺伝子を掛け合わせて生み出したらしく。
その人たちの知識や技術をそのまま僕の脳髄にインストールできるらしいです。
なんとも都合の良いことに人格だけを除外して知識や技術、経験のみをうつせるそうです。
そのおかげで聞いたり見たりしたことないような知識を覚えていたり、超難解な学術書をパラパラ流し読んだだけで理解してしまったり。
さらには戦闘技術も組み込まれているらしく、ガジェットドローンという機械兵器相手に戦わされた時には恐怖心にビビる思考とは裏腹に身体が勝手に戦闘モードに入ってしまい、攻撃魔法とか打撃技を出したりしてあっという間にかたずけてしまっていたのです。
正直、マシーン相手にパロスペシャル仕掛ける日がこようとは思っていませんでした。
このようにご都合主義のチートもいいところですが、唯一の欠点が正常な人間として生まれにくい事らしく。
複数人の遺伝子をかけあわせるという行為は技術的にもかなり無理があり、僕だけが唯一の成功例らしく、ジェイル兄さんが言うには僕は本当に奇跡的な成功例だという事だそうです。
ちなみに僕の前に作られた失敗作を見せてもらいましたが、かなり精神衛生上よくないグロ標本のオンパレードでした。
『エイリアン4』で出てきたリプリークローンの失敗作を思い描くと分かりやすいかもしれません。
一歩間違えれば僕もこのグロ標本たちの仲間入りしていたと思うと心底ゾッとします。
そんな状況で完璧に正常な人間として生まれた僕はまさかの最強チート主人公かと一瞬だけ喜んだものですが、次の兄の一言ですべてが絶望に代わりました。
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「エンハンスト、そろそろ最高評議会の方から管理局に呼ばれる時期だから、出発の準備しておいてくれたまえ」
「……………?」
はじめジェイル兄さんが何を言っているのかわかりませんでした。
僕は相変わらず感情を表に出したり、人と話すことが苦手なので無言で対応してしまいましたが、兄さんは気にすることなく話を続けます。
数年いっしょに暮らしてきてわかったことですが、ずっと引き篭もって研究ばかりしてきたジェイル兄さんは基本的には世間知らずらしく。
僕の無愛想な態度にもほとんど気にすることなく、勝手に話を進めてくれるので助かります。
いや、まあ、自分勝手に話しているだけで、人の話を聞かない人物ともいえますが。
「残念ながら今研究している内容が思わしくなくてね、別の研究、人造魔導師計画と戦闘機人計画のほうに集中しろと無理やりクライアントから変えられてしまってね」
「そのうえ、唯一の成功例である君がようやく実戦に耐えうるくらいまで成長したので、最高評議会の方々は君を管理局に呼んで本格的に自分たちの手で育てていこうということらしい」
クライアントであり黒幕の最高評議会からの要請ならばジェイル兄さんでも断れない、もし断われば命の保証がないからだ。
まっとうな生まれをしていない僕やジェイル兄さんには人権なんてモノは存在しない、反抗すれば消されるだけ。
そのうえ、常に最高評議会にたいして利用価値を示さなければ結局は消されてしまう、とっても世知辛い立場にあるのだ。
僕の管理局行きは拒否権なしの強制命令らしい、正直死ぬほど嫌だがどうしようもない。
この世界に生まれて以来、なかば諦めの境地を垣間見つづけている僕にとってはそう大したことじゃない。
単純に生活する場所が変わるだけだ、とくにここに感慨があるわけでもないので問題は、ない。
まあ、ジェイル兄さんと離れ離れになるのは嬉しい半分、寂しい半分といったところか。
どっちみち僕には安らぎとは程遠い生活しかまっていないのだろうから。
自由が恋しいよ、他のSSにおけるやりたい放題オリ主が羨ましい。
「……そうですか」
「まあ、5歳児とはいっても君の力はすでにSSランクに匹敵するから、特に問題はないと思うが何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくれていい、何せ私は君の兄だからね!」
正確には兄というよりも、ジェイル兄さんの因子を持った調整クローン体(つまり本人の分身)なのだが、まあ気分的な問題なので気にしないことにしている。
他人には等しく残酷で厳しいが、身内には結構甘いのがジェイル兄さんだ。
基本的には悪人だがちょっぴり良いところもある、僕はここ数年いっしょに暮らしていて彼のそんな所が結構気に入っている。
「……ありがとう、ジェイル兄さん」
「相変わらず君の笑った顔は僕そっくりだね、やはり君は私の弟だよ」
感謝の意味を込めて微笑んだつもりだが。
正直喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないジェイル兄さんの一言だった。
顔芸に定評がある兄さんと笑顔が似ているとか、なんだか泣けてくる。
まあ顔が似ているのは否定しようがない、僕もいつか顔芸キャラになってしまうのだろうか?
……できるだけ今後、笑顔は慎み、顔芸キャラへの進化を妨害しておこう。
「あ、ちなみに入局早々に上級キャリア試験と執務官試験を特別に受けさせられるらしいから勉強しておいた方がいいよ」
「……………」
なん……だと……?
「噂だとどっちも相当難関な試験らしいけど君なら大丈夫だろう、適当に頑張ってくれたまえ」
「……………」
ま、マジすか!?
いきなり超難関試験とか無茶言わないでくださいよ!
僕、5歳児なんですけど、いや、大概チート性能ですが……。
ヤベー、これで落ちたら無能扱いされて処分される可能性が大。
な、なんとしても受からねば僕の命が危ない!!
あぁ神様、僕の心の平穏はいつか訪れるのでしょうか?
『うん、それ無理♪』
……今心の中で何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、まあ幻聴か、そういうことにしておこう!
それよりも、いつまでも現実逃避しとらんで早く勉強しなければっ!!
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