■18
※すいません、今回もエンハンスト以外の視点で話が進みます。
―Side:クロノ・ハラオウン―
僕の父さんは優秀な管理局員であり、立派な人格者だったらしい。
しかし数年ほど前、とある事件を担当中に自分以外の多くの人を守って殉職してしまった。
僕自身に父さんの記憶は殆んど残っていないが、漠然と頭を撫でてくれた大きな手が優しかったことは覚えている。
それ以来、母さんは女手一つで僕を育て、決して弱音を言わない気丈な人になった。
だけどある夜、1人でお酒を飲みながら父さんの写真の前で静かに泣いていたところを見てしまったことがる。
決して辛くないわけじゃない、むしろ誰よりも父さんの死を悲しんでいたのは母さんだった。
多分、父さんが死ななければ『こんなはずじゃない人生』だってあったはずだ。
母さんが父さんの横で幸せそうに微笑んでいるはずの、やさしい未来だってあったはずだ。
しかし、現実では母さんは父さんの死を嘆き、人目の無いところでひっそりと泣いている。
それが言いようも無く悔しい、どうしょうもない現実がもどかしい。
僕は子供ながらにようやくそのことに気が付いて以来、自分に何ができるのかと考えるようになった。
勿論、極力母さんの負担を少しでも減らすように行動するように心がけたし。
誰にも恥ずかしくないような立派な息子だと誇れるように努力もしてきた。
母さんはよく父さんの話をしてくれた、どういう性格だったのかとか、どういう経緯で付き合うようになったとか。
その中でも時空管理局員となり、数々の難事件を解決に導いた活躍話に僕は心引かれた。
母さんもまた管理局員ではあるが、あまり最前線で戦うようなタイプではなく、後方での指揮に能力を発揮するタイプだった。
勿論、父さんも母さんも両方尊敬しているが、僕はより父さんの活躍に憧れた。
やがて僕はいつの間にか、ごく自然に管理局員になることを目指すようになっていた。
母さんは反対しなかった、苦笑しながら「やっぱり私とあの人の子ね、血は争えないわ」と応援してくれた。
それ以来、明確な目標の出来た僕は普段の勉強に加えて、魔法の勉学にも取り組むようになった。
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とある日、母さんの紹介でグレアム提督と知り合った。
グレアム提督はかつて父の上司で、母さんもさまざまな面でお世話になったハラオウン家の恩人といってよい人物だった。
だが一方で、ロストロギアの暴走で脱出不可能となった父さんの艦をアルカンシェルで消滅させたのもグレアム提督だという。
複雑な心境ではあるが、不思議と恨む気持ちはわかなかった。
僕自身に父さんの記憶が薄いからなのか、それとも苦悩の決断をしたグレアム提督を哀れんでいるのか。
判別はつかなかったが、結論として僕はグレアム提督に嫌悪感をもつことは無かった。
母さんはグレアム提督に僕の魔導師としての訓練を頼んでいた。
直接母さんから教えてもらっても良かったが、母さんと僕とでは魔導師としてのスタイルが違うので、より近いスタイルのグレアム提督から教えを受けた方が良いと判断されたようだった。
グレアム提督は初め基礎的な訓練を僕に指示した。
魔導師とはいえ基礎体力が無ければいけないと、魔法行使する際に失われるのは魔力だけではなく、体力もそれなりに削られていくのだから、そう説明を受けた。
直接の指導にはグレアム提督の使い魔である、リーゼロッテ、リーゼアリアの姉妹が担当してくれた。
彼女達は確かに的確な指導をしてくれているのだが、少々スキンシップが過剰な所があり。
訓練以外でも、男としていろいろひどい目にあわされた。
二人のテンションについていけない僕としては毎回辟易とさせられるのが常となってしまったのだ。
なんでこんなのが僕の師匠なんだとか何度も考えたが、悔しいことに実力は本物なので渋々諦めた。
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訓練は順調に進んだ、小規模な事件にも顔をだし実践経験を積みつつ、勉学にも手を抜かない。
しかしその過程で思い知ったことがある、僕には才能が無い。
両親譲りの魔力量こそそれなりに持っているものの、僕は物覚えが悪かった。
一つの魔法を覚えるにも、人一倍時間がかかり多くの反復練習を必要としたのだ。
さすがにこの事実をリーゼ姉妹から告げられたときは落ち込んだ。
だが訓練の過程で薄々は僕も気が付いていたことでもあった。
やがて僕はそれほど時間をかけず僕は立ち直った、考えれば単純なことだ。
人一倍覚えるのに時間がかかるなら、人の何倍も努力すればいいだけだ。
単純な計算である、普通に覚えるのに三日かかる魔法があったとして、人の三倍努力すれば一日で覚えられる。
ならば僕のすべきことは誰よりもひたすら努力することだけだ。
才能が無くたってそれを努力で補うことができれば、結果的に問題はない。
僕がそれを証明するんだと決心して以来、僕はこれまで以上に必死に訓練に望むようになった。
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グレアム提督の勧めで時空管理局・士官教導センターに通うようになった。
飛び級だったがミッドチルダではめずらしくも無いことだ、有力な魔導師はある程度優遇されるように制度が整備されている。
ただ僕が失念していたのは、制度が整備されていても、人の心はそう簡単には割り切れないということだ。
自分たちよりもはるかに年下の僕が自分たちよりも優れた魔導師であることが、クラスメートたちには生意気だと認識され。
いじめ、とまでは行かないが僕に友達は1人もできなかった。
辛くないといえば嘘になるが、それよりも僕は自己研鑽を優先させて周囲との壁はより厚くなった。
そんなとある日、教室で1人でいた僕に近寄ってきた物好きな人物がいた。
「ねぇ君、ずっとそんなしかめっ面してて疲れないの?」
ヘラヘラしながら、そんな失礼なことを聞いてきた彼女の名はエイミィ・リミエッタといった。
僕は彼女のような言動の人物と接することはこれまで無く、対応に戸惑い、結局のところ。
「貴方には関係ない、ほっといてくれ」
としか言えなかった、普通の人物ならこれで呆れて去っていく、僕もそう思っていた。
だが彼女、エイミィの次にとった行動は僕の予想外だった。
「えいっ、うりうり~♪」
僕の眉間に指を当てて、寄った皺を伸ばすようにグリグリ押してきたのである。
予想外すぎる行動に反応が遅れ、されるがまま皺を伸ばされてしまう。
気が付けば呆然と彼女を見上げていた。
「お、いい顔になったじゃん、そっちの方が可愛いよ」
「……っ、か、からかわないでくれっ!」
「あー戻っちゃった、可愛いのに……」
心底残念そうに苦笑するエイミィ、僕はこの瞬間から彼女のことが少し苦手になった。
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その後もエイミィはことあるごとに僕をからかい続け、付き纏ってきた。
僕は何度かキツイことも言ってしまったが、彼女はそれでも全然めげる事無く付き纏ってくる。
やがて僕自身、不思議なことに彼女との時間が嫌ではなくなってきた。
彼女にからかわれ続ける僕の様子が可笑しかったのか、クラスメート達の態度も次第に軟化していった。
僕にもある程度の心の余裕が出来て、これまでの自身の態度を反省し改めるように努力するようになり。
友人とまでは行かないが、当初の頃とは比べ物にならないほど友好な関係を築くことができるようになった。
ある時、なぜこんなにも僕に構ってくるのか尋ねたことがある、その時の彼女の答えは。
「クロノ君からかうと楽しいし、私たち友達じゃん」
前半はともかく、後半はちょっと涙が出そうになるくらい嬉しかった。
エイミィにバレたらまたからかわれるので必死で誤魔化したが。
そんな訳で僕にも友達ができた。
喧しくて、人をからかうのが趣味という、とんでもない性格だが、大切な友人だ。
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時空管理局・士官教導センターを卒業し、正式に管理局入りした。
エイミィも卒業し、母のいるアースラに配属されることが決まったらしい。
存外世間とは狭いものだと思った。
母のいる艦なら幾らか安心だ、彼女の仕事は艦内勤務なのでそれほど危険に晒されることも無いだろうし。
僕は大切な友人の進路を素直に祝福した。
時空管理局に入ってからも僕のすることにそれほど変化はなかった。
訓練、勉強、そして時々小規模な事件に顔を出し経験を積む。
新人であり、年少の僕にそれほど重大な事件は回ってこない、当たり前のことなのだが歯痒い。
早く活躍して、世間に認められるような人物となり、母を安心させてあげたい。
ただそれだけを目標に努力を続けた。
一年もそんな風に過ごしていると、少しずつ認められ始めるようになってきた。
そんな時、周囲から執務官試験を受けてみてはどうかと勧められるようになった。
超難関と呼ばれる試験であり、普通なら僕のような若造が受けるには文字通り『10年早い』レベルである。
でも当時の僕には合格する自信があった。
これまで失敗らしい失敗もしてこなかったし。
普段から人の何倍も血の滲むような努力をし続けてきたのだ。
時空管理局・士官教導センターにいた時に常にトップクラスの成績を出していたことも自信に拍車をかけた。
母さんやグレアム提督に執務官試験を受けてみたいと相談したところ、二人から「まだ早い」と反対された。
僕は納得できず、何度も頼み込んだ。
何日もしつこく食い下がって、リーゼロッテやリーゼアリアの応援も得て説得にかかった。
それでも二人は首を縦には振らなかった。
今思うと、二人は気が付いていたのだろう。
両親の才能を受け継がなかったというコンプレックスを抱えていた僕の危うさを。
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僕は二人の了承を得ないまま、勝手に執務官試験を受験することにした。
半ば意地である、二人が僕の受験を認めないということが僕の潜在的なコンプレックスを揺さぶっていた。
手続きをすべて自分で済ませ、試験当日にむけて受験勉強に必死で取り組んでいた。
執務官試験は三つの区分に分かれている。
筆記試験、実技試験、面接試験。
それぞれ現場を総合的に統括する執務官に必要不可欠な知識・能力・人格を測る試験である。
試験当日、僕は万全の準備を整えて試験に臨んだ。
試験会場には十数人の受験者がいて、全員僕よりも年上であった。
中にはグレアム提督ほどの年齢の方もいた。
執務官試験は丸一日をかけて行なう。
午前中は筆記試験、午後に実技試験として模擬戦を行い、最後に面接試験をする。
筆記試験がはじまり僕はこれまで必死で学んだ知識を全力で発揮して試験に臨んだ。
尊守すべき法律や現場における最も適した対応を述べる問題、さまざまな知識を試される。
すべての問題を解き終えると、まだ僅かながらに試験時間に余裕があった。
予定通りだ、これから見直しをおこない解答に万全をきす。
筆記試験終了後、お昼休みとなり、僕は他の受験者たちと同じように昼食をとっていた。
皆あまり喋らず、黙々と食事を口に運んでいた。
それもしょうがないことで、午後の実技試験は受験者同士の模擬戦なのである。
これは勝敗に試験の合否は関係なく、両者の実力を測るものであり、とにかく全力で戦い己の実力を示せば良いのである。
とはいえ誰だって負けたくない、これから誰と戦うのかも発表もされないので余計に緊張感に満ちている。
僕自身もかつてないほど緊張していて心臓の鼓動が激しく鳴っていた。
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執務官試験の実技試験、ついに僕の順番が来た。
放送で僕の名前と相手の名前が告げられる、お互いに立ち上がり相手の顔を確かめる。
若い、といっても僕主観であるが、たぶん20歳前後くらいの年齢だと思う。
身長も高くて、僕の頭が彼の胸くらいまでしかない。
「よろしく頼むよ、クロノ・ハラオウン君」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに握手をして模擬戦場に向かう、会場に入るとデバイスを起動してバリアジャケットを纏う。
僕も相手も一般的な杖型デバイス、おそらく戦闘スタイルもそれほど違いは無いはず。
ならば後は互いの純粋な実力が勝負を分ける。
「君の噂は聞いている、ハラオウン家の天才児と模擬戦ができるとは光栄だ」
「……僕はそんなたいそうな人間じゃないです」
「そうなのかい? まあ、お互い全力を尽くそうじゃないか、正々堂々ね」
「はい、いきます!」
試験開始の合図(ブザー)が鳴る、まずは射撃魔法 で相手の出方を見る。
最速で魔力をデバイスに集中し、ストレーズデバイスの演算補助を得て最も慣れた魔法を唱える。
「ブレイズキャノン!」
「うわぁっ!? な、なんて強力な射撃魔法なんだ、こんなの何発も耐えられるわけが無い!」
魔力シールドで僕の射撃魔法を防いだ相手が思わず叫ぶ。
実際に彼の張ったシールドには目に見えて皹が入っていた。
いける! この程度なら僕でも勝てる、そう確信した。
「遠距離戦は圧倒的に不利だ、こうなったら無理して近づいてでも接近戦で仕留めるしか!」
相手が牽制の弾幕を放ちながらこっちに接近してくる。
だがそう易々と近寄らせはしない、せっかく遠距離戦で有利だとわかっているのだ、わざわざ接近戦に付き合うつもりはない。
こういう時の定石は既に学んでいる、後退しつつ弾幕を張り、強引に接近してくる相手を弾幕と狙撃の飽和攻撃で仕留める!
シールドを張りつつ突っ込んでくる相手に、その姿が見えなくなるくらいに射撃を叩き込む。
幾つもの衝撃音、煙が薄れぼんやりと人影が見つかる、チャンスだ!
「もらった! ブレイズキャノン!」
文字通り全力の威力で放った、非殺傷設定ではあるが直撃すれば二・三日は寝込むことになるかもしれない。
だがここで油断して手心を加えることなど出来ない。
僕は証明するんだ、血の滲むような努力こそが才能を上回るということを!
最大級の爆音が響く、そして地面へ倒れ落ちていく人影。
決定的だ、全身を歓喜が走る、僕のこれまでの努力が報われたのだ。
「や、やった、僕は勝ったんだ!」
「ハイ、お疲れ様だったね」
「……えっ!?」
背後から彼の声。
振り向いた瞬間、僕の全身が三重のバインドでガッチリ拘束される。
状況を認識する間もなく手元のデバイスを蹴り飛ばされる。
目の前にはニヤニヤと見下した目で僕を見る彼の姿が。
「これでチェックメイトだ」
彼が身動きの取れない僕の眼前にデバイスをつけつけて勝利宣言する。
『勝負あり、試験を終了してください』
試験終了の放送が流れる、だが僕は現実をまだうまく認識できていなかった。
呆然と彼を見上げながら疑問を口にする。
「な、なんで……さっき、落ちたはずじゃ……?」
「あれは幻術、もっと言えば君の射撃魔法でシールドに皹が入ったのもワザとだよ」
「……え?」
「まだわからないのかい? 君は私に騙されたんだよ、大方最初の反応で私に遠距離戦で勝てるとでも思ったんだろ? んで想像どおりあの爆発で勝ったと思った、僕はその隙にこっそりキミの背後に回りこんだだけさ」
「…………だって、貴方はあの時」
「あはは、実戦で自分の不利になるようなことをあんなふうに喋る分けないじゃないか、君はまんまと騙されたんだよ」
「そ、そんなの、卑怯だっ! それに貴方は最初に正々堂々やろうと言った!!」
「じゃあ君は実際の戦場で犯罪者相手にその言動を信じて戦って負けたら『卑怯者、正々堂々戦え!』とでも言うのかい? 言えるわけないよね、だってその時はもう死んじゃってるんだから」
「……でもっ、でもっ!!」
「……ふ~、クロノ君、キミさ、才能ないよ、どうせそのうち他人を巻き込んで死んじゃうから管理局辞めたほうが良いよ」
「……っ!!? うわぁぁああああああああああ!!」
僕はこの時の彼の台詞ほど強烈な挫折感を味わったことは無かった。
頭の中が真っ白になり、僕は目の前の彼に殴りかかっていって、その直後に意識を失った。
あとから聞いた話では、襲い掛かった僕は一矢報いる暇もなく彼にあっさり気絶させられてしまったらしい。
数時間して目覚めた後、鎮静剤を打たれ、医務室で医師の説明を呆然と聞きながら。
僕は面接試験を受ける事無く、試験失格を言い渡された。
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