■17
―Side:チンク―
私はチンク、戦闘機人の五番目として生み出された存在だ。
製作者はドクターこと、ジェイル・スカリエッティ。
戦闘機人とは人の身体に機械を融合させ常人を超える能力を得た存在のことを言う。
ヒトをあらかじめ機械を受け入れる素体として生み出すことで、機械に対する拒絶反応や長期使用における機械部分のメンテナンスといった諸問題から解放されている。
その強化部位には基礎フレームと呼ばれる駆動骨格や、機械を入れて機能を強化した知覚器官(ズームレンズ入りの目等)を持ち。
それぞれがインヒューレントスキル(通称IS)と呼ばれる魔法とは異なる強力な先天固有技能を持っている。
特に私は三番目の姉トーレに続く戦闘特化タイプとして生み出され、その能力も攻撃に特化している。
当然の事ながらこれらは倫理的な面に問題を抱えており、表向き違法とされる技術だ。
ドクターはそういった意味では犯罪者なのだが、私たちにとっては生みの親でもある。
なにより私たちのクライアントである時空管理局の最高評議会がすべての黒幕である、そこに社会の矛盾が存在する。
ドクター自身も違法な技術によって生み出された人造の生命であるらしいので、そういった意味では真の犯罪者は最高評議会ということになる。
最高評議会の目的は私たち戦闘機人の量産化による慢性的な人員不足解消と次元世界の治安維持の強化らしい。
らしい、というのは私が直接聞いたわけではなくドクターから間接的に説明されただけだからだ。
正直、平和とか治安維持とか言われても良くわからない。
それは戦うために生み出された私には、少し難しい概念だ。
私たちには兄がいる、兄といっても血のつながりによる一般的な定義の兄ではない。
ドクターによって生み出され、その因子を与えられた遺伝子技術の申し子、エンハンスト・フィアット。
私たちのように機械に頼ることなく、最良の因子のみを持つ存在として生み出された私達のプロトタイプともいえる存在だ。
彼は私たちのリーダーとなるべくして生まれたらしい、ドクターは殊のほか嬉しそうに兄の事を語った。
ドクターが言うには兄は奇跡的な偶然が重なってようやく誕生した唯一の最高傑作らしい。
しかも、その最良の人類として生み出された存在に自身の因子を与えた事で彼を弟と呼んで我がことのように誇っている。
ウーノ姉さまも兄のことを語る時はその随所に好意的な部分が見られた。
私は会ったこともない兄に興味を抱き、ドクターに頼んで兄のこれまでの資料を見せてもらった。
その資料の内容をみて驚いた。
そこには信じられないような経歴がズラリと並んでいたからだ。
僅か5歳で現場の最前線へ赴き、たった一人で紛争地域を鎮圧したり。
テロリストに乗っ取られた船を魔法も使わず単独で潜入し、テロリスト達を殲滅したり。
その他にも達成困難な任務をたった一人で全て成功させている、失敗は一度もない。
すでにこの時点で歴史的な英雄の10人分くらいの働きはしている。
戦闘機人でもなく、肉体的な改造を受けたわけでもない人類が出来るレベルではない。
まさにドクターの言うとおり、兄上はあらゆる意味で奇跡的な存在だった。
私はその兄上に尊敬の念を抱き、ひどく憧れた。
少しでも兄上に近づきたくてより一層訓練に精を出すようになり、そこにやり甲斐が生まれた。
■
ドクターから近々その兄上がここにやって来ると聞かされたのはそんな時だった。
そのうえ、兄上が了承すれば私の教育係りをドクターが頼んでくれるという話を聞かされた。
その日の晩、私はなぜだか眠れなかった。
私たち戦闘機人は三日くらいなら眠らなくても平気で活動できるが、それとは少し違う感じがした。
ベットの上で私はずっと考えに耽っていた、兄上にあったら何を話そうか、どうやって挨拶しようかなど。
妙にソワソワした気分になって落ち着かなかった、だが嫌な気分ではなかった。
兄上との初顔合わせ、私は緊張の極地にあった。
いざ挨拶する場面になっても上手く言葉をだせず、酷くぶっきらぼうな挨拶しかできなかった。
私は自身の不甲斐なさに少なからず落ち込んだ。
兄上は比較的寡黙な人物だった、少年独特の子供っぽい顔立ちをしていたが、その雰囲気は圧倒的だった。
姉のトーレとはまた違った意味で迫力のあるオーラを無言のうちに発していた。
しかし、その随所にドクターや私たちを思いやるような言動があり、妙に人を安心させるような感じの印象を受けた。
一方で私は始終黙って兄上を見ていることしかできなかった。
落ち込んでいた私はドクターたちと兄上の話が終わるまで自主訓練に励むことにした。
ナイフを握っては的に向かって投擲する、その行為を無心に繰り返す。
ひたすら訓練に励む事で精神集中し、雑念に悩まされる事もなくなる。
今の私は雑念だらけだ、その結果が投擲結果に如実に現れている。
普段もあまり成功率が良いとは言えないが、今回のはいつもの三割増し酷い結果だ。
我ながらなんと無様な、これでは兄上に近づくどころかむしろ遠ざかっているではないか。
私は自身の雑念を無理やり振り払うが如く我武者羅に投擲練習を繰り返した。
■
その後兄上が私に声をかけるまで、私はまったく気がつくことが出来なかった。
それほどまでに集中していたといえば聞こえはいいが、私の場合単に周囲への警戒不足ゆえだろう。
猛省する私をよそに、兄上は言葉少なく私の教育係りを引き受けた旨を告げた。
兄上に出会って、その印象から少なからず引き受けてくれるだろうとは思っていたが、実際にこうやって本人から聞かされると改めて嬉しくなってきた。
気がつけば先ほどまでの胸のモヤモヤがキレイさっぱり消え去っていた。
しかし次の瞬間に兄上に一言私の訓練結果の至らなさを指摘され、私は再び焦ることになる。
見苦しく狼狽する私に兄上は気にすることはないと言い、わざわざ投擲の手本を披露してくれた。
その技術はまさに驚愕の一言で、同時に投げた三本のナイフがそれぞれ異なる軌道をかいて同じ場所に突き刺さったのである。
たった一本でさえ成功率の低い私と兄上とでは天と地ほどの差があることを思い知った。
私は兄上への尊敬の念を改めると共に、言い知れぬ高揚感に支配された。
興奮冷めやらぬままに私は兄上へ技術の教授を必死で願い出ていた。
そんな私の姿を見ながら兄上は「だがその前にするべき事がある」といっていきなり私を抱き上げた。
一瞬私は今自分がどういう状況なのか理解できず、呆然とした後猛烈に恥ずかしくなった。
兄上は優しくまずは休めと言って、私を抱き上げたまま歩き出し訓練室をでた。
尊敬し憧れの存在である兄上に抱き上げられているという事実が、私の正常な思考回路を粉々に破壊し尽くしていた。
胸の動悸は収まらず、嬉しさと恥ずかしさから赤面するのを止められない。
馬鹿な、このような無様、まるで男を求めるごく普通の女子みたいではないか!?
しかもそんな私を見て兄上は真剣な表情で私の部屋はどこだと訪ねてきた。
へ、部屋だと、男女が二人で部屋でする事など決まりきっている!
ま、まさか兄上は私と――――!!?
……だ、だが、兄上となら!
思考回路はショート寸前、暴走は止められない。
■
その後、兄上がいきなり走り出したおかげで事は有耶無耶となってしまったが、私は自身の本心をよく理解した。
私は兄上が好きだ、尊敬もしているし、憧れてもいる。
でも多分、一番深いところで女性として好きなんだと思う。
ドゥーエやクアットロが私と兄上のことを冷やかす度に、言いようのない幸福感が心を支配する。
こ、これが恋というものなのだろうか?
それから一週間、私は兄上とずっと一緒に過ごす事が出来た。
訓練では手取り足取り教えてくれる兄上と触れ合う度に胸がドキドキしたが、それを知られまいと必死で訓練に励んだ。
しかもそのお陰か、私の戦闘技術も短期間で信じられないくらい向上した。
兄上の実力を推し量ろうと無謀にも模擬戦を挑んだトーレは魔法なしで兄上に圧倒されて愕然としていたっけ。
ドゥーエやクアットロも兄上を尊敬の目で見るようになって、なぜか私まで誇らしい気持ちになってしまった。
休憩時間には外の世界のことや見知らぬ文化について、兄上が見聞きしたことを面白おかしく話してくれた。
ことのほか興味を示したクアットロに兄上が構いっぱなしだったのにはちょっとだけ嫉妬してしまったが。
途中から顔合わせした兄上の使い魔カガチどのから恐ろしく寒気のする視線を感じたり。
ある日、いきなりドゥーエやクアットロが謎の消化液で半分溶けた姿でガタガタ震えているところ見かけたり。
それ以降、急に大人しくなりカガチどのを大姉様と呼ぶようになっていた……どういうことなのだろうか。
兄上曰く、「気にしたら負け」らしいのであまり考えないようにしよう。
滞在中、兄上は何度か料理も作ってくれた、兄上の腕前はプロ級でその見事な包丁捌きは戦闘機人である我々ですら目で追うことすらできなかった。
そして味も極上、これまであまり食事に興味のなかった私たちでも兄上の作った外の世界の料理には皆が喜んで舌鼓を鳴らした。
誰よりも優れている事を決して驕ることもなく、何事も気負うことなく泰然自若と存在する兄上は僅かな間にまたたくまに私たちの尊敬と好意を一身に集めてしまった。
あの気難しいドクターが我が弟よと兄上を気にかけているのもよくわかる気がする。
そのうえ兄上はドクターと相談して私専用の防御外套『シェルコート』を徹夜で作ってくれた。
これは私の一番の宝物になった。
寂しい時や辛い時、私はこのコートを羽織ると兄上の優しさを身近に感じるような気がした。
本当に楽しい、夢のような一週間はあっという間に過ぎ去っていった。
■
とても大切な時間だった、そして私の中でかけがえのない素晴らしい思い出になった。
共に時を重ねる度に私の思いはより強くなり、まるで尽きる事を知らないように私を満たしていった。
一週間後、兄上が最高評議会の新たな使命を受けてアジトを去る時まで、私は幸せの絶頂だったといっていい。
兄上はこれからしばらく最高評議会の指示で時空管理局の全部所を巡ることになったらしい。
大変な事だ、おおよそ並みの人間には無理な所業だろう、だけど兄上は違う。
私たちとは根本からして違うのだ、兄上の凄いところはただ能力的に優れているだけじゃない。
兄上は別れ際、私たちにこう言った。
「けっして無理はしないように、困った事があればいつでも相談しなさい、私はいつでも駆けつける」
兄上は器が違うと思い知らされた。
これから困難な任務に赴くというのに、その表情に一切不安を見せることなく私たちの心配までしてくれるなんて。
それになんと心強い言葉だろう、文字通り勇気を与えられたようだった。
私は兄上の背中を見送りながら固く決心していた。
いつか、いつか私も兄上の隣に立って歩けるような存在になりたいと。
どうすればそうなれるのかなど検討もつかない。
だけど、どんなことをしてでもいつかその隣に立ってみたい、その気持ちだけは嘘じゃない。
兄上、待っていてください、私は必ず……。
必ずや兄上の妻に相応しい女になってみせます!
■