■16
妹達との自己紹介が終わった後、妹達はそれぞれ自分の用事に向かい。
その場に残された僕とジェイル兄さん、ウーノの三人は久しぶりに雑談に興じました。
僕に婚約者ができた事や、ジェイル兄さんが運動不足で太ってきた事など、さまざまな事をお互いに話しました。
口下手な僕でも近しい身内となら楽しく話せる、ジェイル兄さんやウーノはそういった貴重な存在だ。
ふと、兄さんが紅茶を飲む手を止めて、珍しく真面目な口調で話を切り出してきた。
「実は、エンハンストに頼みたい事があるんだが」
「…………?」
「っと、その前に聞いておこうかな、エンハンスト、君はどれくらい自由になれる時間をつくれるんだい?」
「……今年いっぱいの有給を申請すれば、一週間くらいはできますが」
「そうか、うん、それなら丁度良いね」
「ジェイル兄さん?」
「ああ、君に頼みたい事というのがチンクの教育をしばらく頼みたいんだ」
「チンクの教育、ですか?」
「これまで戦闘機人の教育は基本的な会話や一般常識程度なら情報転写技術の応用でどうにかなっていたんだが、情操面のおける成長や経験からくる戦闘技術はそうもいかなくってねぇ」
「ドゥーエとトーレは私が教育を担当しました、今回クアットロはドゥーエに任せようと思います」
「そしてチンクに関してはちょっと別アプローチからの教育を試してほしくってね、さまざまなケースからデータ収集した方が後の研究にも役立つし」
「それにトーレはあのとおり、あまり教育面に適した性格ではありませんし」
「……そういう事なら喜んで引き受けましょう、他ならぬジェイル兄さんの頼みごとですし」
「うん、そう言ってくれると思ってたよ、いやあ嬉しいなエンハンスト、さすが僕の弟だ!」
「エンハンストお兄様、私からもお礼を申し上げます、妹をよろしくお願いしますね」
「教育といっても人として基本的な部分はすでに出来ているから、エンハンストの好きなようにするといい、戦闘訓練でもいいし、一緒に会話するだけでもいい」
「チンクには既にこの事は説明してあります、あとはお兄様にお任せします」
「わかりました」
さて、どうしようか、僕の好きにしていいといわれても正直困ったな。
これまで妹を相手に遊んだ事はおろか、教育なんて誰にもしたことがない。
幸い勉強とか教えるわけじゃないので、そこまで気負う必要はないが、それでも責任は重大だ。
とりあえず僕はチンクに会いに行くことにした。
何事も本人と会わなければ始まらない、あとはその場のノリで決めてしまえばいい。
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アジトの薄暗い廊下を歩きながらチンクの姿を探す。
すると訓練室らしき場所でチンクがナイフの投擲訓練をしている姿が目に映った。
人型を模した人形の的に一心不乱にナイフを投げるその姿は、幼い外見とあまりに不釣合いだった。
しかもあんまり的に刺さってないし。
投げ方が悪いのか、余計な力の入れすぎか、上手く的に刺さらず弾かれ床に落ちたナイフがたくさん見られる。
それでもかまわず同じ動作を繰り返す彼女の根性は認めるが、この訓練は明らかに効率が悪い。
なおかつこれでは逆効果だ、変な癖がついてしまうし、過度な疲労はむしろ身体によくない。
よっしゃ、ここは兄として何とかしてあげるべきだろう。
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「チンク」
「――――!? あ、兄上でしたか……」
「……今度チンクの教育を任されることになった」
「話はドクターとウーノ姉さまから聞いています、よろしくお願いします兄上」
「……ん、これはスローイングナイフの練習か?」
「はい、私のIS(インヒューレントスキル)と相性が良いのが金属製のナイフを使った戦い方なので」
たしかチンクの持つ先天固有技能(IS)は『ランブルデトネイター』。
手で触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物に変化させる能力、だったはずだ。
イメージ的にはジョジョの奇妙な冒険に出てきたキラークイーンみたいな能力だな、うわ凶悪っ。
確かに金属製のナイフを使えば投擲用だけではなく爆発効果を付加させ、強力な戦術効果を得られるだろう。
まあ、それもナイフが相手にしっかり命中すればの話だが。
「……その割には、命中率はあまりよくないようだが?」
「っ!? め、面目ない限りです……」
「あ、いや、責めているわけじゃない、気にしなくていい」
「は、はい」
あちゃー、目に見えて落ち込んじゃった。
僕ももう少し言葉を選んで言えばよかった、失敗したな。
なんとか挽回しないと、こんな気まずい雰囲気は勘弁だ。
「うん、丁度いい、ではナイフ投げのコツを教えようか」
「ほ、本当ですか!」
「……ああ、手本を見せるからよく見ておくように」
「はい! ありがとうございます!」
そこいらに落ちていたナイフを三本ひろって、それぞれ右手の指の間に挟み込む。
僕の脳髄中にはさまざまな戦闘スキルが組み込まれている、その中には当然ナイフ投げの技術も含まれる。
そしてその技術をちょこっと応用すればこういうこともできる。
「シュッ!」
「!?」
同時に投げたナイフが三つの軌道を描いて人型の的に突き刺さる。
直線に飛んでまっすぐ突き刺さるナイフ。
サイドに大きく弧を描いて突き刺さるナイフ。
下方から上方へ突き上げるように突き刺さるナイフ。
そのどれもが別々の軌道を示しながら同じ場所、人体の急所(心臓)にあたる場所に突き刺さっていた。
「す、すごい!」
吃驚した様子で感嘆の声を上げるチンク、おお、かなりうけたみたいだ。
お兄ちゃんちょっと頑張った甲斐があったよ、こんな大道芸じみた技術で喜んで貰えてよかった。
なんか生まれて初めて勝手にインストールされたこの戦闘技術に感謝できそう。
頑張ればもっと多い数のナイフでも出来るが、実戦じゃあんまり使えないしね。
チンクが覚えたいのはあくまで実戦形式で応用できる技術だと思うし。
「……今すぐここまでしろとは言わないが、少し学べばこれくらいは出来るようになる」
「そ、それは本当ですか兄上! 私にも出来るようになるでしょうか!?」
「勿論だ」
「兄上、是非その技術を教えてください!」
チンクが興奮した様子で僕に詰め寄ってくる。
ああ、可愛いなあ、これがナイフ投げの技術を教えるとかいった物騒な理由じゃなけりゃもっとよかったなぁ。
もっとこう平和に、お兄ちゃんアレ買ってよー、とかいった感じで詰め寄って欲しかった。
いや、僕この年で相当な激務を押し付けられている分、けっこうお金持ちなので全然構わないんですよ。
僅か12歳で億を超える資産持ちっていうのもすごい違和感だが。
それはともかく、これで最初のハードルは越えたかな。
ナイフ投げの訓練といった当面の目標もできたし、あとはこれに便乗するようにコミュニケーションをとっていけば良い。
とりあえず今は、まずすべき事があるがね。
「教えてもいいが、まずはする事がある」
「なんでしょうか? 私に出来る事なら――――ひゃあっ!?」
「訓練しすぎだ、まずは休むんだ」
チンクを横抱き、まあ俗に言うお姫様抱っこしながら訓練室から強制退去させる。
下手に言って聞かせてもこういう頑固で真面目なタイプは聞かない場合が多いからね、実力行使である。
案の定、激しい運動をしていた影響だろう、抱き上げた腕ごしに伝わってくるチンクの心拍はかなり激しい。
先ほどからずっとこんなに心臓を酷使してはそのうち心臓発作を起こしても不思議じゃない。
顔もかなり赤いし、瞳も心なしか潤んでいる、熱を併発している可能性がある。
今のチンクに一番必要なのは休息だ。
僕はチンクを抱き上げたまま彼女を休ませるべく寝室を目指す。
っていうかチンクの部屋どこだ?
「あ、あの、兄上! わ、私は自分で歩けますのでっ! おろし―――」
「チンク、部屋はどこだ?」
「へぁっ!? へ、部屋ですか? いや、でもまだ心の準備が……」
「……何を言っている?」
「あ、でも……兄上になら……」
チンクの言動が不明瞭だ、もしかしたら意識が朦朧としているのかもしれないな、かなり危険だ。
今すぐにでも治療が必要かもしれない、脳に障害などが残ってからでは遅い。
「チンク、しっかりつかまっていろよ」
「へ? ひゃあっ!?」
急ぐからこそ駆ける!
一刻も早くチンクを、大切な妹を治療せねば!
僕はチンクを抱き上げたまま医務室をめざして、アジトを縦横無尽に疾走した。
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後日、その姿をドクターや妹達に見られ、盛大に勘違いされることになって大恥じをかいてしまった。
特にドゥーエやクアットロからの冷やかしがきつかった。
ドクターやウーノが仲良くなれてよかったね、と励ましてくれたことだけが唯一の救いだった。
ただなぜかチンクは嬉しそうにしていたのが意味不明だったが、まあ本人が気にしていないのならばそれで良いと思う。
僕自身は早とちりしたことが恥ずかしくて結構落ち込んでいるがね。
ともかく僕にこんな可愛い妹ができた上に、兄上と慕ってくれているのでそういう意味では非常に気分が良い。
これから一週間、特訓だけでなく、僕にできることをできる限りしてあげよう。
それが彼女にとって無駄なことと認識されるかもしれないが、せっかくの機会だし全力で可愛がろう。
こうして僕とチンク達の妙に密度の濃い一週間が始まった。
このとき僕はただ純粋に、可愛い妹の世話を焼いてあげようと奮起しただけだったのだが。
後にこの頑張りすぎてしまった行動の所為で、僕にとって命に関わる大問題が生じてしまうことなど、この時わかるはずもなかった。
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