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とある地下室にて三つの脳髄が浮かぶ生体ポッドが話し合っていた。
時空管理局において権力の頂点を極める最高評議会の三名(?)である。
薄暗い室内に響くその声は非常に軽快で、彼らの機嫌がいつも以上に良いことを示していた。
『ジェイルから連絡があったぞ、戦闘機人の新型をさらに数体完成させたらしい』
『それは良き知らせ、彼奴も弟の活躍に負けまいと触発され頑張っておるようだ』
『計画は非常に順調のようだな、婚約者も決まって、エンハンストもより張り切って活躍してくれることだろう』
『噂によれば毎月花を贈っているらしいぞ、なんとも女心を心得たヤツよ、我の若い頃を見ているようだ』
『そのうえこれまで以上に熱心に事件取り組んでいるようだ、つい先日もテロ組織を壊滅させたらしいぞ』
『それも我々のたゆまぬ努力あっての活躍よ、エンハンストは我々の気持ちを十分に理解して働いておるようだ』
『なんとも健気なものよ、年甲斐もなく嬉しいではないか!』
『まさに我が子、いや我らが分身といったところか』
『この調子ならばエンハンストに時空管理局を任せる日も遠くないかも知れぬな』
『我々の支援もあって知名度は世界中に知れ渡った、メディアミックス作戦は大成功だったな』
『知っておるか、エンハンストをモデルにした電子遊戯ソフトや映画の売上が莫大な収入を上げていることを』
『うむ、その効果もあって今年の時空管理局に就職したいと希望する若者の数が倍増したのだ、驚きの結果だ』
『始めはあまり期待していなかったが、情報の力とは凄まじいものよ、今やエンハンストは名実ともに英雄となった』
『然り、後はこの時空管理局の指導者としてエンハンスト自身の成熟を待つのみとなったわけだが』
『だがエンハンストといえども未だ未成熟な部分があるのは明白だ、そこを我々がフォローしてやらねばな』
『うむ、そこで提案があるのだが、一度エンハンストに管理局すべての部署を巡らせてみるというのはどうだろう』
『おお、それは良き考え、優れた指導者は全てに優れ、全ての現場を知るものだ、まさに妙案』
『可愛い子ほど旅をさせよという諺もある、我らの希望の星たるエンハンストにこそ相応しき経験となろう』
『よし、ではさっそく手続きを済ませてやろう、きっとエンハンストも我々の気持ちを喜んでくれるであろうよ』
ふははは、と彼らの上機嫌な笑い声が地下室に響き渡る。
すべて親切心100%で行っている事だが、当事者たるエンハンスト本人からすればありがた迷惑極まれりだろう。
これまでも、そしてこれからも最高評議会とエンハンストはこうやってお互いの認識のすれ違いを繰り返しながら動いていく。
本人の預かり知らぬところでエンハンストの将来は着実に決められていくのであった。
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リアルで12人の妹がいますとか言ったら、絶対変質者だと思われるよね。
こんにちは、ここ最近女難の相が酷すぎるエンハンストです。
ジェイル兄さんとウーノの主従関係を羨ましがって蛇の使い魔をつくったのがケチのつきはじめでした。
生まれた使い魔のカガチは殺す・壊す・支配するを身上とする、DIOさまバリの暗黒面の住人だったのです。
常識を知らぬ邪悪な性格の矯正に取り組むもあえなく失敗。
ながい苦悩の末に妥協して現状を受け入れた直後に更なる災難の到来です。
最高評議会が勝手に決めた婚約者カリムさんの登場。
しかも婚約を取り付ける際に弱みを握って脅迫したとういう最悪のオマケ付き。
当然のことながら僕は婚約者となったカリムさんから蛇蠍の如く嫌われる始末。
挙句帰り際には彼女の護衛役のシャッハさんからの鉄拳制裁のお土産付きです。
歯が三本折れました、まあ乳歯だったんでしばらくすればまた生えますが。
それ以降、毎月花を贈ってご機嫌を伺っていますが状況は未だあまり芳しくありません。
なぜならカリムさんからの返事に「ぜひベルカにもう一度来てください」と必ずといって良いほど言われるからです。
いくら花咲くような笑顔で言われようと、それが言外に「ベルカこいや、今度こそフルボッコしてやんよ(殺)」と言われている事くらい僕だってわかります。
僕はそのたびにビクビク怯えながらなんとか謝辞するのが精一杯、胃痛と戦う日々です。
そういうわけで、ともかく最近の僕はついていません、特に女性関係で。
せっかく『クロノ君育成計画』という未来の希望が見えてついてきたと思っていたのに。
ぜんぜんそんな事はなかったようですね、しばらく自重しましょう、無駄かもしれませんが。
ジェイル兄さんから新しい妹(戦闘機人)が完成したと知らされたのは、そう思った矢先の出来事でした。
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「エンハンストお兄様よくいらっしゃいました、それで、あの……お兄様こちらの方は?」
「……僕の使い魔のカガチだ」
「はじめまして、ウーノさんはエンハンスト様の妹様なんでしょう、伺っていますよぉ、イロイロと、ね」
「ひぅっ!?」
「あらぁ、何を怖がっているのでしょう、怖がらなくても大丈夫ですよぉ、妹様をどうにかしようなんて考えていませんから」
「あ、はい、は、はじめましてカガチさん、ではこちらへどうぞ」
「ふふ、とぉっても美味しそうな娘ね」
「――――!!?」
少々、いや、かなり戸惑いながらも僕たちをアジトへ招き入れてくれるウーノ。
まあ無理もない、初見でカガチの妙に不気味な爬虫類系オーラにあてられたら大抵の人は本能的な恐怖心を抱く。
なんか蛇に睨まれたカエル状態みたいな感じになってしまうのだ、カガチのメンチビームは。
捕食者の目で見られると動けなくなる被捕食者の本能とでもいうのだろうか、当然最初の頃は僕も体験した。
……体験などしたくもなかったが。
しかも、先頭を歩くウーノをもの欲しそうに見ながら舌先をチロチロさせる様子はまさに蛇。
僕らを案内するウーノも背後から感じる不穏当な気配に相当ビビってる様子だ。
一応、カガチには妹達に一切の手出しを禁止している、他にも極力大人しくしているように言い含めてはいるが、正直不安だ。
ここ最近の彼女は独力で学んだ魔法や戦闘スキルがかなり洒落にならない凶悪なレベルになってきている。
つい先日も僕の代わりに仕事を手伝いたいと言った彼女の希望で、テロ組織をたった一人で壊滅してきてもらいました。
しかもその際にこっそり犯人を二・三人殺して喰ったっぽい、文字通りの意味で。
カガチ曰く、魔導師を食べると普通に食事をするよりも魔力がはるかに強くなる、らしい。
あまり理解したくないが、魔力的な何かを吸収してるっぽい。
……こいつ、そのうち僕より強くなるんじゃないだろうか? 下克上フラグ?
当然そんなこと報告なんてできませんよ、出来るわけないじゃないですか、行方不明で誤魔化しましたよ。
この事実は僕の胸のうちに仕舞い込んで、墓場まで持っていきます。
そんなワケでカガチは積極的にテロリスト討伐に参加して人食いに勤しみ、僕はそれを誤魔化す作業に追われる毎日です。
結果的にこれまで以上に多くのテロ組織を潰すことになり、名声がさらに上がってしまいました、冗談じゃねぇ。
止める? ムリムリ、一度そう言ったことがあったけど「じゃあエンハンスト様の魔力ください、粘膜接触的な意味で」とか脅迫されて諦めました。
どうせ犠牲者は犯罪者、いくら死のうがどうでもいいです、僕の貞操の方がずっと大事。
っていうか、よくその細身でそんなに食べれますねと聞いたらとんでもない返事が返ってきました。
カガチは魔法を学んだ事で本体(蛇)の姿を自由自在に変えられるようになったらしいのです。
試しにどれほど大きくなれるのかやってもらって吃驚仰天、ゴジラも霞む全長1000m程にもなってしまいました。
その姿が人目につかなくて心底良かったと思いました、見られていたら絶対通報されています。
怪獣クラスにまで物騒になった僕の使い魔さんですが、相変わらず僕には従順でいてくれる事が唯一の救いです。
今のカガチが本気で襲い掛かったら、さすがの戦闘機人でも無事で済むという保証がありません。
っていうか、絶対勝てないと思います、全員ぱっくんちょ食べられて人生終了です。
だからここに来る前に念入りに言い含めてきたのです、殺すな・壊すな・脅すな、と。
「ねぇ、エンハンスト様ぁ、やっぱり食べちゃだめですか?」
「ひぃいっ!!?」
「……駄目」
「ちぇ~♪」
「エ、エンハンストお兄様、この人ほ、本当に大丈夫なのですかっ!?」
僕の注意も虚しくカガチはウーノを後ろから羽交い絞めにしながら、その首筋をチロチロと赤く先割れた舌でなぞる、味見か?
しかもカガチは不気味にニコニコ微笑んでいるし、獲物を前にした捕食者はむしろ穏やかな笑みを浮かべると言うけど……。
っていうか本人の前で聞くな、案の定ウーノの怖がりっぷりはピークに達してしまう。
あーあ、涙目だよ、マジ泣き寸前だ、可哀想に。
「……カガチ、お前がいると妹達が怖がる、小さくなっておけ」
「はぁい、畏まりました、クスクス、またね妹様ぁ~」
「うぅ、私はもう会いたくないです……」
やっぱこの使い魔は邪悪だ、わざとウーノの前で言って怖がってるのを楽しんでやがる。
ふるふる小動物のように震えるウーノから離れ、寒気のする笑顔でチロチロしていた舌をちゅるんとしまう。
一瞬の閃光、カガチは小さな蛇の姿となって僕のポケットの中にするりと入ってきた。
最初の頃は服の中に入り込んできて、腕や首筋に絡んできて死ぬほど気持ち悪かったので禁止させた。
ポケットが最大の妥協点だ、これ以上は僕的に譲れない。
ちなみに冬などになって気温が下がってくると僕が寝ている間とかに勝手に蒲団に潜り込んできて、僕の大事なところに絡み付いてくる事があります。
あの時は本気で吃驚しすぎて死ぬかと思いました、風呂場でゴキブリに遭遇した時よりもやばかったです。
まあ、忘れましょう、トラウマを無闇に思い出したくありませんし。
「すまない、使い魔が怖がらせてしまった」
「い、いいえ、大丈夫です……でも本当はちょっぴり怖かったです」
「……すまんな」
慰める意味も込めて頭を撫でる、最近僕も身長が伸びてきたのでウーノと同じくらいはあるのだ。
ぐりぐりと頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた、僕にナデポ能力は多分ないので他愛無い兄妹のコミュニケーションだ。
はぁ、本当はジェイル兄さんや妹達に一応カガチを紹介しておこうと思ってつれてきたんだが、失敗だったな。
まさかここまで怖がられるとは思わなかった、いや、これが当然の反応なのかもしれない。
僕がカガチを使い魔にして結構な月日が経っている、いつの間にか僕自身の認識も鈍っていたのかもな。
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「ドクター、エンハンストお兄様をおつれしました」
「おお、よく来てくれたねエンハンスト、歓迎するよ」
「ジェイル兄さん、新しい戦闘機人の完成おめでとう、これお土産です」
「うん、ありがとう、相変わらず綺麗な花だね、すごく嬉しいよ!」
ジェイル兄さんは僕が持って来た花を喜んでくれたようだ。
今回はちょっと趣向を変えて単色ではなくいろいろな色彩を生かして見たんだが、成功したみたいで良かった。
ニコニコと笑みを浮かべながらはしゃぐ兄さんを見ているとこっちまで嬉しくなってくる。
こうやって自分が育てた花で人を喜ばせる事が出来ると嬉しさも倍増だ。
「それでジェイル兄さん、新しい妹達はどこに?」
「ふふ、待ちきれない様子だね、大丈夫ちゃんと紹介するよ、さあ皆入っておいで!」
ジェイル兄さんがそう声を出すと隣室から4人の少女たちがやって来た。
って、あれ、この時期にもう戦闘機人が5人も完成してたんだっけ?
いや、詳しい時系列とか覚えてないから不明瞭だけど。
「紹介しよう、こっちは今回以前に完成していたドゥーエ(2番)とトーレ(3番)だ」
「はじめまして~、エンハンスト兄様」
「……よろしく」
方や妖艶ともいっていい雰囲気で挨拶をするドゥーエと、かなりぶっきらぼうに挨拶を済ませたトーレ。
なんとなく一目で二人の性格が分かった気がする。
ドゥーエはなんというか、その、良く言えば色っぽいお姉さん、悪く言ってしまえば水商売のお姉さんっぽい感じが強い。
トーレは逆に体育会系一筋なスポーツ硬派な性格っぽいな、見た目的にも気が強そうだし。
僕個人的にはコミュニケーションが苦手そうなトーレの方に共感してしまうが。
「そしてこの二人が今回完成を見た最新型の戦闘機人、クアットロ(4番)とチンク(5番)だ!」
「どうも~、はじめまして、エンハンストお兄様、それとも『お兄ちゃん♪』って呼んだ方がいいかしら?」
「……ち、チンクだ、よろしく頼む兄上」
こっちもなんとも対照的な、明るく軽快な様子で挨拶してくるクアットロに対してチンクはかなり重苦しい空気での挨拶だ。
いや、べつに悪くはないのだが、どうにも真面目すぎるような気がしてちょっと苦手だな。
せっかくの兄妹なのだから、もう少しフレンドリーに砕けた挨拶でも良いと思うのだが。
ちなみにクアットロのお兄ちゃん発言は大歓迎だ、かなり親密に聞こえるのでその方が兄妹っぽいしね。
そういえばクアットロは原作では相当いい性格していた気がするのだが、あまり腹黒さを感じないな。
まあ近場にカガチという最大級の邪悪存在がいるために僕の感覚が麻痺しているだけかもしれないが。
……アイツに比べれば原作クアットロとて可愛いものだ。
チンクの両目も健在だ、たしか原作ではゼストとの戦いで右目を失い隻眼となるが、あえて治療はせずそのままにしていたはず。
しかし、皆若いなあ、最年長のウーノでさえも見た目は十代後半といった外見だ。
チンクにいたっては完全にロリだな、ランドセル背負っていても違和感ゼロだ。
ちなみにジェイル兄さんは見た目二十台前半、実年齢もそれくらいです。
僕ですか? 最近12歳になりましたが何か?
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