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―Side:カリム・グラシア―
今日、私の婚約者が私に会いにここベルカ自治領にやって来ました。
管理局の卑怯な手で婚約が決められた時、お父様とお母様が泣きながら私に謝ってくれました。
私は自分自身の将来が勝手に決められてしまった事よりも、両親が泣いて自分に謝ってきた事のほうが辛かったです。
ベルカ自治領は立場的に管理局よりも弱い立場にあります。
ですが、そんな弱みにつけこんで相手を意のままに操ろうなどと卑劣の極みです。
私はこの時初めて明確に管理局に対して強い敵意を持ちました。
そして同時に婚約者となった人物にも同じような感情を抱きました。
エンハンスト・フィアット。
彼の名はこのベルカでも有名です、良い意味でも悪い意味でも。
世界中を駆け回って難事件の数々を単身で解決し続ける生きた英雄、管理局の天才児、それが彼。
一方で強すぎる力は人々の無用の不興も買ってしまいます、最高評議会との黒い繋がりを噂されたり、彼を冷血無比の殺人マシーンと揶揄する輩も少なくありません。
そんな中で私の考えは前者の方でした、どんな人だろうと彼の行いによって救われた人が沢山いる。
だから彼は賞賛されて然るべき人物だと信じていたのです。
シャッハやその他の人々はあまり良い顔をしませんでしたが、私は彼の密かなファンでした。
まるでヒーローのような活躍ぶり、そして自分と同世代の少年が当事者であるということ。
ベルカの御伽噺に出てくる伝説の騎士みたいな彼の存在に夢中でした。
彼の活躍がニュースなどで知らされるたびに我が事のように嬉しくなりました。
自分まで誉められているような気分になっていたのです。
雑誌やテレビで時々彼の事を紹介する内容があると必ず保存するようにしていましたし。
彼をモデルにしたゲームが出たときはLV99になるまでやり込んでしまいました。
わかりやすい正義の味方にあこがれる、子供特有の気持ちで彼を見ていました。
でもそんな私の幻想はあっさりと打ち砕かれました。
管理局によって決められた婚約者、それが彼だったのです。
裏切られた気持ちでした。
別に彼自身には一度も会ったことはありませんでしたが、私の中で彼はそういうことをするような人物ではなかったのです。
今思えば私はかなり身勝手だったと思います。
勝手に自分の理想を彼に押し付けて、それが異なると勝手に裏切られた気分になって。
でもそのときの私は感情の赴くままに行動してしまいました。
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単身一人で私に会いに来た彼に対して、私は酷く失礼な態度で接し続けました。
挑発するように彼や管理局を批判し、その卑怯な行いを言葉の限り詰りました。
彼は始終黙って私を見ていただけでしたが、それがむしろ馬鹿にしているように思えて私の怒りを増長させました。
私はいつの間にか取り繕う事をやめて直接彼を罵詈雑言の限りを尽くして罵倒していました。
つい数日前まで、自分の中で憧れのヒーローだった人物をなじる度に私の中の大切な何かが傷つきました。
涙が溢れよくわからない感情で胸が締め付けられました。
ついには我慢しきれず私が彼の頬を叩いてしまっても、彼の態度は変わりませんでした。
ここまでされても態度を微塵も変化させない彼の様子に、私の感情はますます焦らされます。
激情の赴くままに両親に謝られた私の悲しみを訴えると、彼から予想外の反応が返ってきました。
「……すまない」
その一言にどれほどの思いが込められていたのでしょうか。
浅はかな私には推し量ることすら出来ません。
ただ、この瞬間まで管理局同様に彼も傲慢な卑怯者と思い込む事で保たれていた私の怒りが消えてしまいました。
罵詈雑言を言い返してくれればよかった、自分は悪くないと言ってくれればよかった。
そうすれば私は彼を思う存分憎む事が出来たのに。
たった一言でそうすることすら私には出来なくなってしまったのです。
そう、彼も私同様に自分の意志とは関係なくこの婚約を決められてしまったのでしょう。
彼の態度をよく見れば、そんなことおのずとわかります。
私も次の瞬間にはそのことがわかってしまいました、でもこれまでの自分の行いが、怒りが、すべて自分同様被害者であるはずの彼に向けてしまっていた事実に気がつきました。
真に憎むべきはこの婚約を計画した最高評議会だったのです。
激しい羞恥心と罪悪感が一気に圧し掛かりました。
ああ、自分はなんと言うことをしてしまったのだろうか。
目の前にいる彼に謝る事すらも出来ず、私は逃げ出しました、自分自身の罪から。
自室に戻ってから私は自身の行いに罪悪感と激しい後悔から悶え苦しみました。
そのうえ被害者であるはずの彼に謝罪することすらせずに逃げ出してしまったのです。
私はその日、一晩中自室で懊悩しながら過ごしました。
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翌日、未だに昨日の事をひきずって落ち込む私の目に珍しい種類の花が映りました。
ベルカでは見かけない種類の花です。
興味を引かれて眺めていると、その近くに一枚の手紙が添えられていました。
差出人はエンハンスト・フィアット。
私は急いでその手紙を開封して、恐る恐るその中身を確認しました。
その内容は非常に簡潔で、しかし真摯な心が伝わる内容でした。
『この花を貴女にプレゼントします、貴女へのせめてもの慰めにこれから毎月花を贈ります、どうか受け取ってください。』
私は涙が溢れるのを止めることが出来ませんでした。
昨日の私の行いを咎める文章など一言もなく、ただ私を気遣う内容だけが書かれた手紙です。
彼の優しい気遣いが伝わったように、胸のモヤモヤが晴れました。
そして何か暖かい感情が私の気持ちを満たしていきます。
その手紙を胸に抱きしめながら、私はやはり昔日の思いは勘違いではなかったのだと確信しました。
エンハンスト・フィアットは正義の味方、優しい心をもったヒーローなのだと。
そう、そして彼はこの時をもって『私にとってのヒーロー』にもなったのですから。
ああ、いまなら勝手に婚約を決めた最高評議会にさえ感謝の念を抱けそうです。
ええ、決めました、決めちゃいました。
私、カリム・グラシアはエンハンスト・フィアットを大好きになる事に決めちゃいました!
この気持ち、もう誰にも止められません!!
……でもやっぱり、最高評議会は嫌いです。
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おまけ
「おはようございますカリム」
「あ、おはようシャッハ」
「……あの、昨日は辛くありませんでしたか? あの管理局の卑怯者になにか酷い事を言われたりしませんでしたか?」
「え、いえ、別にそんなことは……むしろ私の方が―――」
「やっぱり何かあったのですかっ!?」
「ち、ちがっ!?」
「オノレ時空管理局! 許すまじエンハンスト・フィアット! やはりもう一発ぶっ飛ばしてやればよかった、こうなればいっそのこと私が向こうに乗り込んで直接……!」
「ま、まって! お願い待ってシャッハ、早まらないで! 勘違いなの! それにそんなことしたら大問題になっちゃうわ!」
「は?」
「あの、本当はエンハンストさんも私と同じで、多分無理やり決められたんだと思うの、だからむしろ悪いのは私の方で」
「え?」
「私いっぱいひどいこと言ったのにエンハンストさんは一言も反論しなくて、むしろ私に謝罪してきて、私自分が恥ずかしくなって逃げ出して……」
「へ?」
「でもさっき見つけた贈り物の花にぜんぜん責めるようなこと書いてなくて、むしろ私を気遣うような文章で、すごくやさしい人だと思うの、だから今はぜんぜん平気よ、むしろ彼の婚約者になれて嬉しいくらい!」
「あ、あのカリム、ちょっといいですか?」
「うん、なにかしら?」
「エンハンスト・フィアットは……極悪人じゃなかったんですか?」
「ええ、当たり前じゃないですか」
「………………(顔面蒼白で大量汗)」
「そ、そういえばシャッハ、さっき何かもう一発ぶっ飛ばすとか言ってたけど……ま、まさか!?」
「………………(涙目でこくりと頷く)」
「な、なんということを―――」
ふらり……バタン。
「カ、カリムー!? しかっりしてください! 医者ぁー! 誰か医者よんできてぇーーー!!」
数時間後、目覚めたカリムからかつてない厳しい説教を8時間にわたってされたシャッハの憔悴しきった姿が聖王協会の廊下で見かけられた。
やれベルカの者としての自覚が足りない! とか、外交問題を起こす気か!? とか、クドクド言われ続けた。
その光景をみた人々は皆一様に、普段からおとなしいカリムが烈火のごとく怒る姿に驚かされたという。
これも理不尽に婚約者を決められた影響か、と勝手に想像をふくらまし原因となったエンハンストに怒りの義憤を募らせることとなる。
エンハンストの不幸属性は本人の預かり知らぬ地でまだまだ続くのであった。
ps① 数日後、シスターシャッハが謎の巨大生物に丸呑みされたが、愛と勇気と根性で奇跡の生還を果たした。
ps② 後日、本人曰く「消化液の所為で全裸になってしまったが、毎日牛乳を飲んでいたので助かった」と全裸で供述した。
ps③ これ以降、シスターシャッハは『ベルカの脳筋シスター』と呼ばれ、より男が寄り付かなくなったそうな。
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