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こんにちは、いつのまにか勝手に婚約者ができたエンハンストです。
というわけで、やってきましたミッドチルダ極北地区ベルカ自治領。
本当は来たくなかったけど、婚約者のカリム・グラシアさんに会いに来ましたよ。
気が重い、限りなく気が重いです。
なぜなら向こうさんは絶対に怒り狂っているから。
腐れ馬鹿脳みそ×3から聞いた話によると、僕とカリムさんを婚約者にする際、先方との間に相当な悶着があったそうです。
具体的には当初聖王教会のほうから強硬な反対意見が出ていたそうです、そら当たり前ですよねー。
カリムさんは貴重なレアスキル保持者で有力な一族のご令嬢、つまり本物のお嬢様。
そんなお嬢様を管理局の馬の骨にやれるわけがありません。
でも脳みそ達は「そんなの関係ねぇ~」とばかりに、お構いなしに聖王教会の弱みを使って脅しをかけてしまったのですよ。
彼らは仕方なく婚約を承認したそうですが、地獄の底のマグマの如くハラワタは煮え繰り返っていることでしょう。
僕はこれからそんな人たちのお城へたった一人で向かわなければなりません。
使い魔のカガチは連れてきていません、お留守番です。
彼女の場合、その物騒な言動で余計にややこしくなってしまう可能性が高いです、これ以上の厄介は御免です。
一応プレゼント兼お詫びの気持ちとして厳選した花を秘密花壇から持ってきましたが、所詮は気休め程度です。
うっ、お腹が痛くなってきました、ストレス性胃潰瘍でしょうか?
こんな年からストレスに悩まされる僕は不幸いがいのなにものでもないと思うのですがどうなんでしょう?
僕何も悪いことしてないのにドンドン厄介ごとばかりやってくるしさ。
こんなん状況、チート主人公にありえないだろ常識的に考えて。
……あぁ、すごく、不幸です。
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それにしてもベルカ自治領はよいところですね、ミッドチルダの首都みたいに無機質で都会臭くありません。
まあ悪く言ってしまえば田舎っぽいといったところでしょうか。
人々もなんとなく朴訥な印象を受けますし、でもこういう雰囲気は大好きです。
もし将来自由になれたらベルカ自治領に住むのもよいかもしれませんね。
とか何とかいってるうちにもう目的地に着いちゃいました、さて覚悟を決めますか。
とりあえず土下座で挨拶したほうがいいのかな?
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「はじめまして、エンハンスト・フィアットさん、私がカリム・グラシアです」
「……はじめまして」
「貴方のご噂はこのベルカでもよく聞いています、非常に優秀な管理局員さんだと伺っております」
「……あくまで噂です」
「そうですか? じゃあその噂も最高評議会のバックアップあってのものなんでしょうね、エンハンストさんはとっても頼りになる方々がお味方にいるようですしね!」
「……………」
「あら? どこかお気を悪くなされましたか? それとも全部本当の事で何も言い返せないだけかしら?」
嫌われてる、めっちゃ嫌われてるよ。
西洋人形みたいに整った綺麗な顔している分、怒った顔の迫力も壮絶だ。
しかも丁寧語で嫌味を言ってくるなんて、カリム・グラシア……恐ろしい娘!
半ば予想していたリアクションとはいえ、これはキツイ。
確かに彼女の言う通りなのだが、僕自身はまったく望んでいないし、関与もしていない事なのだ。
それなのにここまでボロクソに言われるとさすがに落ち込む。
僕にマゾっ気があればこの場も別の意味で素晴らしいご褒美になるのだろうが、残念ながら僕の性癖はまともだ。
……でも、これはしょうがない事なのかもしれない。
彼女からすれば、僕は卑怯な手段で強引に決められた婚約者だ、嫌うのもある意味当然。
そんな相手が目の前にいるのならば嫌味の一つも言いたくなるだろう。
むしろこの程度で住んでいる事を僕は感謝すべきなのかもしれない。
ここに来る前は二・三発は殴られる覚悟で来たのだから、それに比べれば非常に温厚な対応だと思う。
本来ならば僕が強行に反対して婚約を解消させるべきなのだろう。
だが僕にそんな勇気はない、最高評議会に逆らえば処分される可能性がある以上、僕は彼らに対して表向きでも従順な態度でいなければ命が危ないのだ。
カリムさんには申し訳ないが、この婚約を僕が破棄することは出来ない。
僕に出来る事はせめて彼女の気が晴れるまで罵詈雑言を受ける事くらいだ。
……ぞ、存分に罵ってくだしあっ!
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それから小一時間、僕は彼女の文句にずっと付き合った。
僕は基本的に何もしゃべらず無言のままだったが、相反するように彼女はしゃべりっぱなしだった。
始めは遠まわしだった罵詈雑言も時間がたつごとにより直接的になっていき。
僕や管理局を厳しく批判する内容に変わっていった。
どうやらカリムさんは話していくうちに勝手に一人でヒートアップしていくタイプの人のようだ。
セルフバーニングですね、わかります。
偶にいるよね、こうゆう人。
いつまでも黙っている僕に腹を立てたのだろう、しまいには顔を真っ赤にして怒りのままに僕の頬を引っ叩いた。
よけることもせず、無抵抗で平手を受けるのが僕にできる唯一の謝罪だと思いました。
とはいっても、所詮は女の子の平手、たいして痛くはありませんでしたが、罪悪感はありました。
「どうして、なにも言い返さないのよっ!?」
「……………」
半分涙目で怒鳴り散らす彼女と、それでもなお平然と無表情を貫く僕。
これじゃあ一体どちらが被害者なのか判別しかねる状況だ。
いや、僕が表情出さないのはびびってるのと、もともと表情だすのが苦手なだけだけどね。
「貴方はここまで好き勝手言われて悔しくないの!?」
「……………」
「私は悔しいわ、貴方たち管理局の勝手で脅された上に無理やり婚約者を決められて、お父様やお母様は私に泣きながら謝ってきたのよ、この悔しさが貴方にわかるの!!」
うわ、そりゃマジでキツイ。
あの馬鹿脳みそ×3もとんでもない事をしでかしてくれたもんだ。
しかも、そのとばっちりが全部僕にしわ寄せしてくるから手におえない。
ええ、悔しいさ、悔しくないはずが無い。
僕だって感情を持った人間だ、他人の勝手な思惑でこんな状況に立たされて悔しくないわけないじゃないか。
でもそこで打算と臆病が働いてしまうのが僕なんだ。
最高評議会に逆らえば殺される、それがわかっているから悔しくても耐えるしかないんだよ。
カリムさんの気持ちもわかる、だけど僕に出来る事など無い。
だから僕に出来る事など。
「……すまない」
ただ謝る事しかできない。
「っ!? 謝らないでよ!! なんで貴方が謝るのよ!! 私はあなたがっ、好k――――」
「……それでも、謝る事しかできない」
頭を下げる、無力で臆病な僕を許して欲しいっす。
自己保身しか頭に無い僕を許して欲しいっす。
カリムさんのために命をかけることが出来ない僕を許して欲しいっす。
ど、どうか、許してくだしあ。
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カリムさんは泣きながら部屋から出て行ってしまった。
最悪だ、文字通り最悪の初対面となってしまった。
僕にもうすこし感情を表に出したり、上手く人と話すスキルがあったならこうはならなかったかもしれない。
いまさら考えてもどうしようもない事だが。
せっかく彼女のために持ってきた花も渡せず仕舞いだ。
せめて後でこれが彼女の手に渡るようにこの花はここに置いていこう。
その旨を書いたメモを残していけばたぶん大丈夫だと思うし。
「……貴方が、エンハンスト・フィアットですか?」
僕が部屋を出ようとすると、廊下で待ち構えていたように修道服を着た女性がいました。
「……えーと、貴女は?」
「私はシャッハ・ヌエラと申します、カリムの護衛を任されています、貴方に用があって来ました」
ああ、知っている、原作にもいた人だ。
ええと確か別名――――。
「この、ド外道ぉっ!!!」
バギャアアアッ!!!
そ、そうだ、彼女の別名は『暴力シスター』だった。
トンファーみたいな双剣型のデバイスで頬を殴られ、壁際まで吹っ飛ばされてようやくその名が思い出された。
僕はだらしなくしりもちをつきながら、必死で身体が反撃を行わないように自制に意識を集中していた。
カリムさんの時とは違い、ここまで本格的に敵意とダメージを受けてしまったことで僕の中の自動戦闘モードが発動しかけていたのだ。
これは勿論、リアル中二病の症状である。
《っぐわ!……くそ!……また暴れだしやがった……》
とか。
《っは……し、静まれ……俺の腕よ……怒りを静めろ!!》
とか。
《が……あ……離れろ……死にたくなかったら早く俺から離れろ!!》
とか、そんな感じ。
……なんだろ、すごい死にたくなった。
誰か俺を殺してぇー、殺してよぉー!
……落ち着け僕。
「ふん、だらしないですね! その程度の攻撃もかわせないような人がカリムの婚約者だなんて笑わせます! 所詮は卑怯な手段でしか事を成せない管理局の有象無象だということですね!」
「……………」
「怖気づきましたか、ならば二度とカリムには近づかない事です、フンッ!」
シャッハさんはそんな僕にお構いなしに言いたい放題です。
しかも言いたい事を言ってさっさと去ってしまいました、まさに暴力シスター。
ちなみにその間、僕は中二病の発作を押さえるので必死だったので返事できませんでした。
……り、理不尽すぎる。
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はぁ、久しぶりの鬱です。
どうして僕がここまで嫌われなきゃならないんでしょうか、いや原因はわかってるんですけどね。
解決策が今のところ自力では無いのでどうしようもありません。
せめて心の中で愚痴くらい言わせてください。
でも、あらためてカリムさんを僕の事情に巻き込んでしまって悪い事をしたなと申し訳なく思います。
最後に泣きながら僕をぶった彼女の悲しそうな顔が忘れられません。
でも実際問題、僕と彼女の婚約自体はそれほど問題にならないと思います。
将来において管理局に起こる事件で、最高評議会もしくは僕が消える可能性は高いですし。
本心で言えば絶対に死にたくないですけど。
まあ、要はその時まで婚約を引き伸ばし、結婚しなければカリムさんは何事もなく自由の身に戻れます。
僕自身に嫌がる彼女と結婚する気は皆無ですので、そのくらいなら僕の頑張り次第でどうとでもなります。
別にバツイチになるなるわけでもなし、カリムさんにはそれでなんとか許して欲しいものです。
ただ、それでもやはり厄介事に巻き込んでしまった罪悪感は残ります。
他になにか、僕に出来る事はあるのでしょうか?
そうだ、せめて彼女に毎月花を贈ろう、秘密花壇で僕が育てた花を贈ってあげよう。
色とりどりの花が僅かでも彼女の慰めになれば良い、そう思います。
ちょっと気障だったかな。
……まさか、まだ中二病の症状が続いてるんじゃなかろうか?
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