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やあこんにちは、エンハンストだよ。
ジェイル兄さんの所へ遊びにいって以来、僕はとあるものを求めるようになっていた。
それは小動物の死体。
そこ、引かないように、コラコラ、警察に電話しないでくださいよ、マジで!
ちゃんと理由があるんです、至極まっとうな理由が。
皆さんは使い魔をご存知でしょうか?
某ライトノベルに出てきたツンデレ貴族の使い魔のやつとは違いますよ。
正真正銘、動物の死体などを媒介にして、人造魂魄を憑依させて作る由緒正しき(?)使い魔です。
昨日のジェイル兄さんとウーノの仲睦まじい主従関係を見て羨ましかったんですよ、もの凄く。
だから僕も同じような存在が欲しいなと思ったわけですが、世の中そう簡単にはいかないものです。
秘書を雇おうにも僕は他人と話すのが極端に苦手です。
ジェイル兄さんや一部の親しい人以外には、緊張してほぼ無言の態度をとってしまいます。
あ、仕事中は別です、プライベートと切り離してますから。
マニュアルどおりにしゃべれば良いので、それほど苦にならないんですよ。
と、まあそれはさておき話を戻しますと、僕の求める人材がほぼいなくなってしまったわけなんですよ。
僕やジェイル兄さん達との秘密を知られる危険性もあるので迂闊な人選はできませんし。
そこで考えついたのが使い魔です。
使い魔なら意思の疎通も完璧だし、何より僕の身内みたいな位置付けになるので余計な気苦労がありません。
まさに主人をサポートする為に生まれてくる、秘書みたいな存在です。
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思いついたが吉日、僕は早速材料探しに出かけたわけですが肝心の素体となる小動物の死体が見つかりません。
僕の希望としては猫とか犬がいいです、原作でもネコミミとかついてて可愛かったし。
でもまあ、犬猫の死体なんてそうやすやすと見つかるものではありません。
生きた野良猫なんかは結構見かけるんですが、さすがに直接ぶっ殺すわけにもいきませんし。
やがて僕が途方に暮れはじめた頃、探索していた小さな森の中で運命の出会いを果たしました。
ヘビです、しかもかなりでっかい大蛇。
推定3メートルはあろうかというその大蛇は息も絶え絶えに地面に横たわっていました。
その胴体には深深とした爪あとが抉られており、おそらく梟や鷹に襲われたのでしょう。
肉が裂け、どう見ても致命傷といった様相で大蛇は苦しそうに蠢いていました。
正直不気味です、ヘビ、ナメクジ、ゴキブリは僕の苦手な生物TOP3です。
花を育成する過程で必ずと言ってよいほど遭遇するヘビやナメクジ、すごぉーく苦手なんです。
特にヘビには毒を持った奴とかいますし、見つけたら大声あげて逃げ出したい気分です。
そういうわけなんで、僕はそそくさとその場から立ち去ろうと踵を返そうとして。
……やっぱりできませんでした。
今目の前には死に絶えそうな命があって、僕にはそれを救う確かな手段があります。
そこで見捨てられるほど非情になれない僕は本当にヘタレ偽善者です。
たとえそれが超苦手なヘビでも無理でした。
ホント、なんかスミマセン、何かに謝罪したい気分です。
いや、こういうことしてると、「貴様人間は見捨てるくせにヘビは助けるんかいっ!」とか怒られそうで。
普段はあまり感じない罪悪感がこうひしひしと……。
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おっかなびっくり傷ついた大蛇を中心に使い魔用の術式を展開します。
僕は多分後悔するでしょう、っていうか今もかなり自分の行いに後悔してますけど。
助けたからには僕には使い魔を養う責任が生じます、つまりずっと苦手なヘビと付き合っていかねばならないという事。
ああ、自分のアホさ加減にほとほと呆れます。
激しい自己嫌悪に悩まされながらもテキパキと術式を完成させ、瀕死のヘビに人工魂魄を憑依させます。
一瞬の激しい閃光を放って、使い魔作成の儀式が完成しました。
僕と使い魔の間に魔力の確かな繋がりを感じます、上手くいったみたいです。
僕が先ほどまで大蛇がいた場所を見ると、一人の二十代前半の女性が跪いていました、ぜ、全裸で。
「はじめましてご主人様、なんなりとご命令を」
「…………とりあえず、服着て」
僕は着ていた上着を彼女に被せ、出来るだけその裸体から目を逸らしました。
いや、健全な男子としては見てみたい欲求があるんですが、これはさすがに失礼だし、目の毒でしょう。
僕の知る限りかなり素晴らしいプロポーションをしているように見えました、いや一瞬しか見てませんよホント。
しかも顔立ちが超美人だし、なんというか東洋系の美人さんな感じ。
しっとりとした黒髪が腰あたりまで流れ、東洋人風の顔立ちに抜群のモデル体型。
いやいや、だからちょっとしか見てませんてホント、マジで。
「ご主人様、ありがとうございます」
「その呼び方はむず痒い、エンハンストでいい」
「はい、エンハンスト様」
「……ま、まあいい、それで君の名前だが、そうだな……『カガチ』というのはどうだろう? 日本という国の古語でヘビを意味する言葉なんだが」
「カガチ……はい、素晴らしいお名前です、ありがとうございます」
彼女が薄く微笑む、目元の泣きホクロが妙に様になっていて色気満点だ。
こ、これはもしかして僕は当たりを引いたのだろうか?
さっきまでヘビの使い魔ということで落ち込んでいたけど、なんとなくそんな気がしてきました。
ただ、僕のそんな淡い幻想も次の瞬間には粉々に吹き飛んでしまいましたけどね。
「ご主人様、とりあえず人類皆殺して世界征服から始めましょうか?」
「――――!!?」
僕の使い魔はとてつもなく腹黒くて邪悪な性格だったのです。
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使い魔というのは魔道士にとって癒しとなるパートナー、そう思っていた時期も僕にはありました。
こんにちは、邪悪で腹黒な使い魔の主(マスター)、エンハンストです。
いや、参りました、僕の使い魔カガチは本当にいろいろな意味で不気味なんですよ。
どこいらへんがヤバイかって言えばほぼ全部です、具体的には爬虫類的な性質が強すぎます。
自分より弱い存在は人間だろうがお構いなしに大抵エサと見なして心底見下していますし。
食事は生卵とか殻ごと丸呑みしちゃうし、好物が生きたネズミとか、僕涙目。
見た目的な意味でもちょっと不気味なところがあります、一見すると超美人なんですけどね。
目をよく見ると瞳孔がヘビっぽく縦裂けしてますし、舌もヘビ独特の二つに裂けてチロチロ形なんです。
変温動物なんで体温がメチャ低いし。
ともかく僕が苦手なヘビ的要素をこれでもかと発揮してくれるカガチが本当に苦手なんですよ。
そして極めつきがその性格、とにかく腹黒くて邪悪です。
なにかあればすぐに殺害する・破壊する・支配するのオンパレード、もうマジ物騒極まれり。
僕とてはじめの頃は何とか矯正しようと試みたものですが、すぐに無駄だとわかりました。
爬虫類独特の常識なのか、どうにもそれがカガチの中では当たり前として認識されてしまっていたのです。
いかに僕が常識を説こうとも彼女には上手く理解できなかった様子で、逆に理解できない事を謝罪されてしまう始末。
……もうね、諦めました。
カガチ自身は僕の事を非常に慕ってくれているので無害ですし、っていうかむしろ役に立ってくれます。
当初の僕が望んでいた秘書的な仕事をほぼ完璧にこなしてくれるんですから。
それに僕がしてはいけないと禁止した事は必ず守ってくれますし、僕が注意さえしていればそうそう間違いは起こらないでしょう。
僕としてはこのままでもいいかな、と思ってしまうわけですよ。
ヘビ的な要素にさえ目を瞑れば彼女は非常に優秀な使い魔ですし。
最近は独自に魔法の勉強を始めたらしく、どんどん戦闘スキルを身に付けていってるそうです。
彼女を使い魔にした手前、僕には彼女の面倒を見る責任があります。
どこかで気持ちの折り合いをつけていかねばならないでしょう、まあ譲れない部分もありますが。
でも、だからこそ僕はカガチを出来るだけ社会に馴染ませる努力をしなければなりません。
例えそれが無駄とわかっていてもです。
さあ、今日も彼女に常識を教えねば、まずは食事中に皿ごと丸呑みするのを止めるようにさせねば!
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不幸な出来事というのはなぜか連続して起こるものです。
とある日、僕に珍しく最高評議会から直接連絡が届きました。
『久しいなエンハンスト、元気そうで何よりだ』
『お前の噂はよく聞いているぞ、我々としても実に誇らしい限りだ、お前の頑張り、実に素晴らしい働きだぞ』
『今日はそんなお前にちょっとした褒美を与えてやろうと思ってな、お前の婚約者を紹介してやろう』
ちょ、おま、いきなり婚約者!?
何を言い出すんだこの腐れ脳みそどもは、僕はまだ10歳だぞ、結婚とか考える年じゃないだろうに、常考。
しかも言動から察するにすでに決定事項っぽい、相変わらず強制ですか、そうですか。
……死ねばいいのに。
『とびっきりの婚約者じゃ、我々もいろいろ苦労したがなに、我らの未来の希望であるお前のためよ、さほどの事でもなかったわ』
『左様、聖王教会の弱みなど幾らでも握っておる、我々に逆らう事などできぬことよ』
『エンハンストよお前は果報者ぞ、我々からこれほど目をかけられる存在など数多ある次元世界広しといえどもお前だけだろうて』
うれしくありません、ほっといてくださいマジで。
っていうか脅したんですか、それって犯罪ですよね?
ん?
そういえば今何か聞き逃せない単語が聞こえたぞ、たしか聖王教会って……。
ま、まさか!?
『婚約者の名はカリム・グラシア、古代ベルカ式のレアスキル保持者で非常に優秀な一族の出じゃぞ』
『それにかなりの美少女だ、将来はかなりの美女に育つだろうて、よかったなエンハンスト』
『お前とこの娘が結婚すれば聖王教会を取り込む事も容易になるだろう、そのためにも頑張るのじゃぞ』
……オウ、ゴッド、僕なにか悪い事しましたか?
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