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若葉の緑も清々しく感じられる頃となりました。
こんにちは、前向き思考に目覚めたポジティブ・エンハンストです。
クロノ君を立派に育てて僕の代わりをさせようという計画を思いついて以来明るいニュースが続きます。
今日は非常に喜ばしいニュースがあります。
なんと、僕の秘密の花壇『えんはんすとランド』がようやく完成しました! いやっほぉー!
土作りから初めて作り始めて6ヶ月目、今日ついに花壇いっぱいの花が咲き乱れたのです。
一番初めという事で比較的開花まで早い花などを中心に植えていったのですが、それが大成功でした。
さまざまな色彩溢れる花壇を見て僕は幸せ一杯です。
小さいながらも命を一生懸命アピールするその姿に感動すら覚えます。
あぁ、なんていとおしいんだ僕の可愛い花達。
感動の涙を禁じ得ません。
この世界に生まれて既にそれなりに長い月日が経っていますが、いつも他人の都合で振り回され、他人の都合で戦わされてきました。
そんな中で諦めの気持ちが心の大半を占め、言われるがままに従ってきましたがやはり違うと思うのです。
僕が本当にしたいことは戦いで人を傷つけることでもなく、正義の味方みたいに人を助ける事でもありません。
僕の本質はこうやって花を育てて至上の喜びを見出す矮小な小市民なんです。
そもそも僕は人付き合いが苦手で、他人にあまり興味を持たない性格ですし。
まあ、この問題は解決までもうしばらく時間がかかると思います。
クロノ君が成長するまでの辛抱です、幸い僕は気が長い方なのでそれほど苦にもなりませんし。
今は臥薪嘗胆して待つ時期だと思ってひたすら待ちます。
それにしても僕の育てた花達は実に美しい、この感動を僕一人で味わうのは勿体無いような気がしてきました。
そうだ、この感動をジェイル兄さんにも届けてあげよう。
ここ数年は通信機越しばかりでまともに顔も合わせていなかったから、久しぶりに会いに行ってみよう。
うん、いい考えだ。
そうと決まれば早速花選びをせねば、どんな花が良いだろうか?
僕はジェイル兄さんや僕の髪と同じ色の花を選んで、根を傷つけないようにそっと植木鉢に移した。
うん、これならきっとジェイル兄さんも喜んでくれるはずだ。
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「……ジェイル兄さん、お久しぶりです」
「ああ、良く来てくれたねエンハンスト、わざわざ会いに来てくれるなんて本当に嬉しいよ!」
「これ兄さんへ、お土産です」
「ありがとう、うん、実に綺麗な花だね特に色合いがいい、僕や君の髪みたいな色だ、君が選んできてくれたのかい?」
「…………(こくん、と頷く)」
「いやあ弟にここまで慕われているなんて兄冥利に尽きるよ、さ、ここで立ち話もなんだ奥で茶でも飲みながら話そうじゃないか」
よかった、ジェイル兄さんは僕の送った花を喜んでくれたようだ。
兄さんのことだからもしかしたら花に興味が無いのかもしれないと思ったけど、大丈夫だったみたいだ。
あ、でもプレゼントした花を改造してバイオモンスターとかにはしないよね?
ま、まさかね、さすがのジェイル兄さんでもそこまでは……しないよね?
僕は兄さんについていきながら、数年前まで慣れ親しんだ秘密アジトを歩いていった。
足元を照らす淡い蛍光とひたすら続く無機質な鉄の廊下。
懐かしい、数年前まで僕と兄さんの二人だけで生活していたまま、なにも変化していない。
僕自身は多くの修羅場を経験した所為で、随分と性格が冷酷に変質してしまったけれど、こういった自分の知る場所で変化がないものがあると分かると何故か安心する。
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奥の比較的広い室内につく、そこは休憩所として使われている場所で、よくここで僕は兄さんと雑談をしていた。
話の内容事態は『人造生命の量産化について』とか『機械と人間の融合した未来とは』とか、あまりまっとうなモノとは言えない物騒なものだったが。
それでも兄さんとの会話は楽しかった記憶がある、まあ、9割以上ジェイル兄さんが一方的に喋っていただけだけど。
兄さんに促され僕がソファーに座ると、兄さんもその対面に座ってなぜだか面白そうに笑った。
なんだろうか、これは悪戯を思いついた時、というか僕を驚かそうとしている時の兄さんの顔だが。
「エンハンスト、実は僕も君に見せたいものがあったんだよ」
「……………?」
「失礼します」
僕が兄さんの言葉に疑問を抱いていると、隣の部屋から見知らぬ女の子が入ってきて僕と兄さんの目の前に紅茶を置いていってくれた。
え、お手伝いさん? それにしては若すぎるような……。
いやいや、そもそもありえないだろ、ここは犯罪者の秘密アジトだぞ。
じゃあ、まさか攫ってきたのだろうか、さすがにジェイル兄さんでもそれは酷いんじゃ……。
いや、待てよ、どこかで見たことがあるぞこの子。
見た目は十代半ばくらいに見えるが、僕は彼女に見覚えがある。
淡い紫色のウェーブがかった髪、どこか鋭さを残す目、そしてなんと言っても彼女の持つ雰囲気が……。
僕やジェイル兄さんとそっくりだ。
「……ジェイル兄さん、彼女は?」
「驚いたかい? この子は戦闘機人の試作一号なんだ名前はウーノ、君や僕の妹というわけさ。」
「はじめまして、ウーノと申します、エンハンストお兄様のお話はドクターからよく聞いています」
「……あ、ああ、はじめまして、ウーノ」
もう、完成していたんだ。
ナンバーズ、僕の妹。
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未だ年若いから面影しかわからなかったが、原作での彼女は立派な成人女性だったし。
何よりも、この時点でナンバーズが生まれているという発想がなかった。
僕の意識ではもっとずっと後からになると思ってた、しかしこんなに早かったんだね。
注意して彼女の動きを見てみれば、確かにまだ多少ぎこちない所がある。
ウーノが動くたびに微かな機械の駆動音も聞こえてくる、なるほど、これが戦闘機人か。
未だ兄さんの研究は半ばなのだろう、試作一号機というだけあって未完成な部分もあるようだ。
それにしても、ずいぶん成長しているように見える。
外見年齢だけでも十代半ばといったところか、落ち着いた雰囲気の所為で大人びて見えるが。
いや、別に老けているとかじゃなくてね、うん、美少女だよ。
パッと見、僕のほうが幼く見えてしまうので、むしろ弟扱いされそうだ。
これはちょっと問題じゃなかろうか、僕は兄として妹に威厳を示さなければいけない立場なのに。
あ、でも逆に姉っぽい感じで接してもいいかもね、妹だろうが姉だろうが僕はどっちでもいいし。
まあ、なんにせよ兄妹が出来ると言うのは嬉しい、愛すべき家族が増えるということだしね。
「君の研究の名残でね、培養槽の時点で幾分かの成長促成が出来るようになったんだ、だからこれでも彼女は生後半年に満たない赤ちゃんなのさ」
「ド、ドクター、それはちょっと違うような気がします!」
「はは、冗談だよ、彼女の後継機としての次世代の妹達も既に完成間近さ、技術がフィードバックされてより完成された戦闘機人として生まれてくる事になるだろうね」
「……それは、楽しみですね」
本当に楽しみだ、原作では結構悲惨な目にあっていたが、戦闘機人は基本的に皆可愛い女の子。
花ばかりに熱中している僕とはいえ、一応性別は男。
可愛い女の子と知り合いになれて嬉しくないはずが無い、それに妹としてならなおさらだ。
この世界に生まれる前も僕は一人っ子だったので、姉妹とか兄弟とかには人一倍よくあこがれていた。
兄としてはジェイル兄さんができたが、いかんせん兄さんは可愛くない、顔芸だし、マッドだし。
だから妹が生まれるのは素直に嬉しい。
まあ、生まれが生まれなのであまり幸せとは言い難いかもしれないが。
それは僕自身にも言えることだけど。
「私の素体も常に最新の技術と実験結果を反映して改良されています、妹達の完成は私も待ち遠しいものです」
「ああ、任せてくれたまえよ、必ずや素晴らしい戦闘機人として作り出してあげるつもりだ、それに家族が増えるのは素晴らしいことだからね」
ジェイル兄さんが力強く返事を返す、こういう方面では頼りになるんだが妙に抜けたところがあるからちょっと心配だ。
僕と暮らしていた時なんか実験用の薬品と砂糖を間違えて、三日間くらい生死の境を彷徨ったこととかあったし。
まあ、何かあってもウーノがフォローしてくれるだろうからあんまり心配する必要なさそうだけど。
実際、結構いいコンビなんじゃなかろうか、しっかり者のウーノの補助があればずぼらな兄さんも心置きなく研究に没頭できるだろうし。
「ふふ、そうですね、あ、ドクター紅茶のお代わりはいかがですか?」
「ん、いただこうかな、砂糖は5個でよろしく頼むよ」
「ドクター糖分の取りすぎです、そのうち糖尿病になってしまいますよ、砂糖は2個までにしておきましょう」
「むぅ、相変わらず細かいね、頭脳労働には糖分が一番効くのだが駄目かね?」
「駄目です、これもドクターの体を考えての事です、我慢してください」
「ふぅ、わかったよ、まったくウーノには逆らえないね」
それにしてもウーノはよく兄さんに懐いているな。
自分の創造主だからというのもあるんだろうけど、ジェイル兄さんが羨ましいなあ。
僕もこうやって世話焼いてくれる秘書みたいな存在がいれば日々の激務にも潤いが出るのだが。
でも無理だろうな、僕は人付き合いが大の苦手だし。
それに、なにしろ僕自身に秘密が多すぎる、ジェイル兄さんや最高評議会との繋がりとか。
なにかの拍子でバレてしまったら大変だ、秘密を知った相手だけでなく僕自身も処刑されかねない。
はぁ、いいなあ、ジェイル兄さん、妹で秘書か……ちょっと妬ましい。
「ご理解いただけて幸いです、あ、エンハンストお兄様もいかがですか?」
「……頂こう、砂糖は4個で」
「エンハンストお兄様ぁ~?」
「……2個で」
「プッ、さすがのエンハンストもウーノには逆らえないようだね」
「もう、ドクターもエンハンストお兄様も私をからかわないでください!」
いいなあ、こういうほのぼのした空気は好きだ、場所が悪の秘密アジトだけど。
いつか僕達皆でこうして楽しく暮らせる日々が訪れる事を切に願わずにいられないよ。
でも多分無理なんだろうな、原作知識をどうひっくり返してもそういう未来は導き出せない。
そして何より僕自身に未来を変える行動をする気がまったく無い、というか出来ない。
まず現時点、そして未来の時点でも時空管理局を裏から支配する最高評議会と戦ってまともに生き残れる算段がつかない。
いくら僕がチートだといっても何百何千人を相手に勝てる訳ではないのだから。
……なのは様なら勝てるかもしれないが。
また原作のジェイル兄さんのように最高評議会の脳みそどもを暗殺し、その後『ゆりかご』を利用して新天地を探す案も悪くないが。
現実的に考えて、各次元世界中の警察組織から警戒されるし、そのうえ立ち直った管理局から執拗に狙われるのは目に見えている。
ある程度なら『ゆりかご』や戦闘機人の戦力で撃退できるかもしれないが、それでもいつかは限界は来るだろう、もともとの戦力比が違いすぎるのだから。
その後に待っているのは、僕ら全員の惨たらしい死だけだ。
そうなるくらいなら、原作どおりに話が進み、犯罪者とは言え生き残ることのできる原作と同じ未来を僕は望む。
ベストよりもベター、しかしそこに僕というイレギュラーが含まれている保証はないのがツライところ。
そこいら辺は、これからの僕の行動次第なんだろうけど。
そんなわけで僕は自分自身のことで精一杯なのだ、そこまで必死になって可能性の低い未来のために頑張れるとは思えない。
薄情者と罵る人もいるかもしれないが、こういう気持ちは当事者にならんとわからないだろうね。
僕に出来る事といえばせめて彼女達の今が幸せである事を祈ってあげる程度。
まあ、僕程度で解決できるような事なら手を貸すけどね。
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