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生まれた実家の影響で僕は昔っから花が大好きでした。
感情を表すことが下手で、そのうえ人と話すことが苦手だったので、部屋に引きこもってアニメを見たり、庭で花を育てることばかりしていました。
あと、当時はまだ健在だった祖父から貰ったハーモニカも大事な宝物でした。
年齢を重ねると僕の内向的な傾向はより強くなり、成人を迎える頃には立派な花好きの二次元オタクになっていました。
幸い両親は華道の師範だったので僕の趣向にも理解を示してくれて、僕にもできそうな仕事を紹介してくれました。
それは、さまざまな種類の花を育てて人々に売る『花屋』。
僕にとっては趣味と実益を兼ねた、まさに天職だったのです。
ただ残念なことは、せっかく苦労して開店した直後に僕が不注意で事故死してしまったことでしょうか。
あぁ……世界中の大地を僕の手で育てた花で満たし尽くしてみたかったなぁ。
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「……この完成品は評議会の皆様方のご要望どおりに、そして私の最高傑作だと自負していますよ」
『そうでなければ困る、そのためにお前が生まれたと言っても過言ではないのだからな』
『左様、我等が求めるものは最も優れた究極の指導者によって統べられる管理された世界、それこそすなわち平和』
『我等がその指導者を選び、その影で我等が世界を導かねばならん』
『そのための生命操作技術、そのためのゆりかご』
『旧暦の時代より世界を見守るために我が身を捨てて永らえた我々の悲願』
「そのための開発コードネーム『アンリミテッドデザイア・エンハンスト(無限の欲望・強化者)』ですか」
『人造魔道師、戦闘機人、どれも未だ実現が遥か遠きモノ、だからこそ今、我々には今此れが必要なのだ』
気が付けば、目の前で15、16才くらいのどっかで見覚えのある白衣の青年が空中に浮かぶ三つのモニターに向かって話していた。
奇妙な浮遊感、まるで母親の胎内にいるような快適さ、これってどういった状況?
あれ?
僕は確か事故で死んだはずではなかったか?
ってかここどこですか?
さまざまな機械類でひしめく研究室風の室内、円柱状の水槽みたいなのが幾つか目に付く。
僕自身も水槽の中にいるらしく、目の前のガラスには見覚えのない赤ん坊が映っている。
……って赤ん坊!? これ僕じゃん!?
僕はなんで若返っちゃってるのでしょうか!?
しかもぜんぜん息苦しくないし、どうなってんのコレ?
「おや、もう目が見えているようだ……はじめましてエンハンスト、私の弟よ」
『……我々の遺伝子も組み込んである、我々にとっても孫、いや分身のようなものだな』
『我々にとってはまさに希望となる子よ、ジェイルよくれぐれも慎重に育てるのだぞ』
「わかっています、といっても遺伝子の素体となった人物の情報転写(ダウンロード)ですべて解決してしまいますがね、まったく旧暦の技術は反則的に便利なモノですよ」
『だからこそ失敗は許されんと思え、経過は逐次報告するようにしろ、我々の期待を裏切るなよジェイル・スカリエッティ』
「もちろんです、最高評議会の方々は結果を楽しみにしてお待ちください」
ブン、という電子音を残して空中に浮かんでいた三つのモニターが消える。
っていうか今さっきかなり聞き逃せない単語が聞こえたぞ。
たしか『ジェイル・スカリエッティ』とか『最高評議会』って……。
そのうえ『人造魔道師』に『戦闘機人』とか……。
どう見てもアニメ『魔法少女リリカルなのは』の世界です、本当にありがとうございました。
どうやら僕は二次元世界に迷い込んでしまったようだ、俄かには信じられないことだけど。
しかも、悪者サイドに生まれついてしまったみたいで、最悪と言わざるをえない。
ちなみに最高評議会ってのは150年位前から存在してる脳みそだけの偉い人たち三人組ね。
ジェイル・スカリエッティはその評議会によって生み出された存在で、いろいろ違法な研究をさせられてる人。
けっこう本人もノリノリでやってる部分もあるが、基本悪人なのでしょうがない。
「ふん、腐りかけの脳髄どもが好き勝手言う、精々偽りの平和に酔っていろ、いつか私がその傲慢さごと消し去ってやる!」
スカリエッティが先ほどまでの態度を豹変させて怒りのまま愚痴をこぼす、顔芸ですねわかります。
ちなみにその顔でこっち向かないでほしい、普通に面白気持ち悪いです。
せっかく真面目な表情してればイケメンなのに勿体無い、つーか若いね。
確かアニメ本編ではすでに結構なおっさんだったはず、今は原作のどれくらい前の時期なんだろうか?
「さて、私の弟エンハンストよ、君は将来一体どういった結論をだすんだろうね? 私のように反逆かな? それとも服従?」
「まぁ、どちらにしても君が私の因子を色濃く受け継いだ最高傑作であることには変わりはない、そんな君がどんな答えを出そうとも私にとっては面白いことになりそうだよ」
そんなこと僕が知りたいです、ぜんぜん楽しみじゃないし。
どうしよう、トリップ小説とか逆行モノとかなんどか読んだことあるけど、悪党サイドとかもろ死亡フラグ。
いや、そもそも主人公サイドでも厄介事に巻き込まれるのは御免だが。
僕の望みはただ花を育てて平穏で静かに暮らすだけだ。
人付き合いも苦手だから友達とか彼女とかいたことなかったし。
孤独に趣味に没頭することができれば何も文句はない。
だが彼らのさっきの話を総合すると、僕は何かを成すために相当期待されて生み出されたらしい。
ほんと、マジで勘弁してください、中の人は花を育てることが趣味の軟弱な一般人なんで。
「……とりあえず残っている情報転写を済ませてしまおうか、さっきのは知識情報系だったから今度は戦闘技術系だよ、これで君は比類なき戦闘技術を簡単に手に入れられるわけだ」
「さまざまな人物の遺伝子を組み合わせて良いとこ取りした君だからこそ複数人の情報転写を受け入れられる訳だが、正直羨ましいよ、我ながら同じものがまた作れるとは思えない出来栄えだね」
「さーて、それじゃあいくよ、ちょっと死ぬほど苦しいかもしれないけど転写開始♪」
ちょ、おま、いきなり何物騒なこと勝手にしようとしてやがる!?
お願いまって、まだ心の準備とかいろいろできてないから!
マジで待ってくださ、アッーー!!!
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