何処までも続く木々の群れ。かすかに吹く風により重なり合う葉から絶えず音が生まれる。
森の一角。開けたそこに1人佇む少年は、それら葉の擦り合う音に耳を傾けながら周囲に目を走らせる。頬を伝う汗が少年の緊迫感を暗に語っていた。
忙しなく動かす視線や苦渋に歪む表情。他の存在に警戒を払うようなその姿勢は、この場の雰囲気に相俟って、捕食される立場にある小動物のそれにすら見える。
事実、少年は狩られる側の存在であり、漆黒の狩人なる存在が少年のその小さな体を狙っていた。
狩人は森にその身を潜ませ機を窺う。
少年の荒い息や頻りに流している脂汗は、狩人の絶対的有利を物語っているが、それでも狩人は動かなかった。狩人―――獣が持つ本能がそうさせるのか、真紅の眼に少年の姿を映し出すのみでその黒い身を翻すことはない。
ソレに、生物が持つ本能なるモノがあるか定かではないが。
狙うは一瞬の隙か。
抵抗する間も与えず、労力は最小限。効率良く獲物を喰らう為に狩人はその時を待つ。
「くっ……」
そして、遂にその時が訪れる。
少年は手が添えられた腹をくの字に折る。
手負いの身である体は長らくのこの状態に耐えられず地面に膝を下ろしてしまう。既に限界を迎えているのか、弱々しいまでな姿を曝け出した。
「………!」
黒の獣は潜んでいた茂みの中から飛び出し、獲物の元へ一直線に向かう。
背後からのその疾走は少年に反応を許さず、忽ち獣の牙にかかるだろう。タイミングも絶好のそれであり、地面に崩れ落ちた少年にはもはや抗う術はない。
「■■■■■■!!」
雄叫びとも取れる音を撒き散らし獣は獲物へと飛び掛る。
およそ生物の体躯に見えないヘドロのような全貌をもって、少年を一気に飲み込まんとした。
後に続くのは凄惨な光景であろうことは間違いはない。
「このタコ………ッ!!」
少年、ではなく黒の影にとって。
「■■■!!?」
少年に触れるや否やの所で魔方陣、翠の壁が形成される。
既に地面を離れ止まることの出来ない黒の獣は、驚愕の叫びと共に勢いそのまま翠の壁に激突、粉砕。
彼のカミカゼアッタクよろしく自爆なさった。
壁に阻まれた故、勿論少年にはダメージの欠片も与えられなかったが。
「死ねっ、死ね貴様ッ!! 三下の分際で手ぇ煩わせやがって、この畜生がっ!! くたばれ、くたばれえぇっ!!」
「■■■■■■!!?」
壁にぶち当たった際に体液を撒き散らし、その身を縮めた黒い影に容赦なく蹴りをかます少年。
もうオハギみたいになった黒いそれが上げる悲鳴などお構いなしにぶちぶちぶちぶち蹴りを入れる。
死ね!死ね!と暴言を吐き散らしゲシゲシ蹴りかます少年のこのような姿、一体誰が予想出来たか。
弱々しく、守ってあげたくなってしまうあの姿は幻想の彼方へと消えた。ていうか、アレ全部おびき出す為のブラフ。
世界はいつだってこんな筈じゃないことばっかりだよ。
「ちね! ちねっ!! オハギ、ちねっ!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!?!?」
何故か赤い空の下。まるで血を連想されるその劇場で、
絶叫が轟いた。
「死ねやーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!」
「…………悪夢なの」
高町なのは、起床。
清々しい朝の始まりを告げたのは、生まれた此の方九年間一度も目にしたことのない生々しすぎる弱肉強食の世界だった。
有能な人はリリカル過ぎる
1話「悪夢なの」