8/宣戦。
「フェイトちゃん――」
微かになのはがそう呟いたのを聞いた者は、何処にもいない。
彼女の目の前にいた女だけは別であったが――
次の瞬間には、消滅していた。
体が一瞬にして灰になって消えていくその様は、見ている者をしてそれは悪夢の中であると思わせるような現実離れした光景だった。
残されたのは刃に貫かれて留まっていた衣服のみだ。
◆ ◆ ◆
フェイト・T・ハラオウンは戦闘の専門家ではない。
専門家ではないが、その能力が武装隊の人間に劣っているという訳ではない。むしろ、彼女以上の戦闘能力を持つ人間は、エースの集まりである教導隊ですらもほとんどいないというのが現状だ。
執務官という職務は高い戦闘力が求められる役職ではあるが、それは戦闘の専門家であるということとは違う。
執務官は時にワンマンで、あるいは部下を従えて厄介ごとを対処するトラブルシューターであり、作戦行動を規律を以って行う武装隊とは似て非なる存在である。 求められるのは高い戦闘能力と、それ以上に柔軟な対処ができる知性と応用力だ。
そう。
執務官の真骨頂は、突発時にこそ発揮される。
夜の街で親友の高町なのはらしき人物と遭遇――などというありえざる事態に際し、彼女は叫んだ。
バルディッシュをザンバーモードにして高度を落として路地の中に入って突貫をしかけた。
それは感情に任せた行動にしか見えないが、そうではなかった。
(ティアナ、私が抑えている間にスターライトブレイカーを!)
情報圧縮した念話でそれを伝えていた。
叫びながら魔力光を発していたのは、自分がなのはに近接を仕掛けてる前に路地を作っているビルの上に着地させておいてきたティアナの存在を隠すため。
いや、なのはの視野はサーチャーなど展開させずして魔法的な脅威を持つ。自分がティアナと共にきていることはすでに察しているに違いない。
ゆえに彼女は突撃した。なのはを抑えるために。抑えている間にティアナに必殺の一撃を撃たせるために。それが現状における最良の手だと判断した。判断から一秒もかけずにバルディッシュを振り上げて落としていた。
これでなのはの防御を抜けるだなんて思っていない。
なのはの防御を打ち砕くためには溜めがいる。
スピード重視の自分では、なのはの防御は生半な魔法では崩せない。
しかし。
動きをとめることができれば、今は充分だ。
(なのはの動きを止めて、その間に収束させたティアナのスターライトブレイカーで自分ごと撃ち抜かせる――)
無茶なんて言葉を通り越している。
いかに非殺傷設定であるとはいえ、それは絶対に人を殺傷しないということを意味しない。強烈な衝撃は心臓に対して負担になるし、何よりもリンカーコアへの影響は一時的にも相当なものがある。神経系に障害が残る可能性も指摘されていた。
だが、それが今一番確実な、高町なのはを打倒する手段だった。
これが、あらゆる戦闘を知悉する教導官にしてあまねく戦場を疾駆した砲撃魔導師である高町なのはに対し、不意を撃てる唯一の手段だった。
そこに躊躇いが一ミリグラムとあっても成立しない、ミッションともいえないミッション。
ここで彼女は、この女魔導師を高町なのはを相手にするものとして処理していた。本物か偽者かなどを気にしている暇などないと思っていた。そんな余分な考えは邪魔だと考えていた。
ゆえに、ティアナは念話を受けたコンマ一ミリ秒後に収束を開始しており、フェイトもまた逡巡することなく最速の一撃を叩き込んだ。
それが。
よもや、なのは以外の魔導師に防御されようとは。
いつの間にその男が割り込んだのか、フェイトには解らなかった。あるいはなのはに気を取られるあまりに認識から外していたのかも知れない。
赤毛の若者が右手を差し出して呪文を唱え、そこに生じた魔力の力場はぎりぎりでフェイト・T・ハラオウンの全力の大打撃を受け止めた。
(プロテクション? いや、違う!)
ありえざる戦場のありえざる戦況に、思考は加速してゆく。
見たことも無い障壁に薄赤い光はなのはの隠し持っていた防御魔法の一種かと考えたのと並行に思考は目の前の男が何者かという推測に入っており続いての刹那になのはが壁伝いに駆け上がっていくのを視界の隅に捉えて。
(ティアナ――!)
叫ぶ。
圧縮させる意味も時間もなかった。
(フェイトさん)
彼女の頭蓋の内側に響いたその思念には、焦燥と困惑と決意とが同時に感じられた。焦燥にフェイトは歯噛みして、困惑にフェイトはただちに反転したい衝動を覚え、決意にフェイトは紅い双眸を閉ざした。
大丈夫。
それが、彼女の結論だった。
それが、彼女がティアナに向けている信頼の強さだった。
ティアナ・ランスターは執務官で彼女の元補佐で、何よりも六課でなのはに鍛えられた、現役最高のストライカーの一人なのだから。
瞼を下ろしていた時間は一秒にも満たない短い瞬間だ。
再び見開いたのと同時に、バルディッシュを一旦引いて跳び退き、間合いをあける。
このままティアナを救援にいくべきかという並列思考を押さえ込んで輝く大剣を脇構えにとったのは、青年が「トレース・オン」という呪文を唱えながら黒と白の剣を両手に呼び出したのを見たからだった。
(この人、かなり使う)
ベルカ式を含めたアームドデバイスの操作法を一通りフェイトは知っている。
二刀小太刀の術は地球でも見たことがある。
それゆえに彼女は自分に対峙したこの赤毛の青年魔導師の実力を、かなり正確に見て取れた。
ここで自分がティアナの応援に行こうと背中を向けたら、その瞬間は、恐らく致命的な隙となる。
そう判断した彼女は「フォトンランサー」と呟き、背後に十八の弾体を構成した。
「――時空管理局の執務官、フェイト・T・ハラオウンです。貴方たちのしているのは違法行為です。直ちに投降してください」
そして、抑制した声でそう言った。
「無茶な奴だな」
男は苦笑したようだった。
「だが、」
声がした。
◆ ◆ ◆
「スターライトブレイカー!」
◆ ◆ ◆
(ティアナ――!)
悲鳴のようなフェイトの念話を聞いた時、
(向かってくる)
ビルの屋上の端に立ち、壁を垂直に駆け上がる白い魔導師を冷静に見ながら、ティアナは魔力の収束状態をチェックしていた。まだ八分。駄目か、と思った。思ってからやると断じた。
自分の収束できる規模でのスターライトブレイカーでは、高町なのはの防御を打ち抜くことは無理だ。
だから駄目だと思った。
しかし他の魔法ではどれも一緒だ。
だからやると断じた。
(スターライトブレイカーを叩き込んでから同時に下に身体を落として――)
プランはできた。
同時に並列思考で迫り来る魔導師を観察している。高町なのはによく似ている魔導師を分析している。
(壁を駆け上がっての移動は飛行魔法の応用? 飛び立った瞬間に生じる空間を作らずに壁際での移動によってそれを物理的な盾としているつもりなの? 手に持っているのはアームドデバイス? なのはさんだとしたらレイジングハートは?)
解らないことだらけだ。
解らないことばかりだ。
だけど。
(フェイトさん)
名前を呼んだ。
大丈夫です。私は、あなたの元補佐官です。機動六課で一年を過ごした魔導師です。執務官です。ティアナ・ランスターなんです。心配はいりません。それだけの言葉を常重ねようとしてできずに出せたのがそれだけだ。だけど、それだけの想いは伝わったような気がした。あるいは、それ以外の何もかも伝わったかも知れないけど。
視界の中でビルの上にまで駆け上がった白い魔導師は。
(速い!)
ありえざる速度で、瞬くうちにティアナとの距離を半分に削った。
飛行魔法を使わずに接地した状態でこの機動力――冷たい衝撃が背筋を駆け抜けながらも、ティアナ・ランスターには狼狽はなかった。
構えたクロスミラージュの照準は動体である敵を捉えている。
(いける!)
トリガーを引いた。
そして、叫んだ。
◆ ◆ ◆
光の奔流が夜を昼と変えた。
◆ ◆ ◆
「カートリッジロード!」
白い女魔導師は、怯むことなくその光に対して刀を頭上に振り上げた。
射出されるカートリッジは二発。
「斬釘裁鉄――ディバインカッター!」
迎え撃つ。
「――――!」
この手の「溜め」のある攻撃は機動力のある相手に対しては回避される可能性も高く、味方の援護のない場合は使用は難しい。ゆえに彼女の師である高町なのははバインドなどを使用して相手の機動力を封じるなどをしていた。
今回のティアナはそれができずにいた。だから相手に避けられるというのは想定の範疇だった。
スターライトブレイカーの射出と同時に脱力して、階下に身を落とし、その落下の最中からクロスファイヤーシュート――というのが彼女の組んでいたシナリオだ。
しかし、目の前で起きたあまりにも常軌を逸した事態に、ティアナは続けてするはずだった予定の行動の全てを失った。
斬ったのだ。
スターライトブレイカー ――それはミッドの魔導師なら誰もが知る最強の砲撃魔法の一つだ。周囲に散らばった魔力を集めて、射出するという高難度の収束魔法。発射シークエンスに際して魔力の光が集まる様相は星の煌きを寄せているかのようで。――ゆえにつけられた名前がスターライトブレイカー。
砲撃魔導師・高町なのはを象徴する魔法でもあり、ティアナ・ランスターがなのはより伝えられた大切な贈り物。
防ぐことは、可能だ。回避することも、できる。受けきれる魔導師もいるだろう。
それでもなお。
そういうことを知っていてなお。
ティアナはこの魔法の威力には、絶大な信頼をおいていた。
しかしその大魔法を、よもや真正面から切り裂くとは――。
桜色の光がデバイスより発せられていた。
スターライトブレイカーが魔力を収束させての砲撃だとしたら、そのディバインカッターは魔力を収斂されての斬撃だった。
いや、あるいはそこには彼女の魂そのものが積み重ねられていたのかもしれない。
砲撃と斬撃が拮抗したのは一瞬。
光を切り裂いた光が孤を描いて振り切られたのは、そらにその刹那後だ。
刃は、銃口の寸前を通過していた。
「――――!」
あまりにも近接した間合いに、咄嗟にティアナは背後に飛びのいていた。飛びのいたように見えた。
本来ならば階下に落下するはずだったが、最早そのプランは彼女の中にない。
「クロスファイヤーシュート!」
跳躍したティアナが叫んだ時、振り下ろして残心をとっていたなのはの、その右横に回り込んでいたティアナがトリガーを引いていた。
「シュートバレット バレットF!」
「――フェイク・シルエットと、」
切り下ろした姿勢のままで呟いたなのはの声を、その視線を真正面から見ていたティアナは確かに聞いた。
(見えてる?)
中段に構えられた刀の切先がそのまま何もいないはずの空間に突き進められ――
ティアナは、眉間に向かって突かれた切先を真後ろに跳躍して回避した。
同時に、なのはの右のティアナと、最初に跳んだティアナは消失していた。
それを見定めたなのは、アームドデバイスを下段に下げた。
「オプティックハイドとフェイクシルエットを組み合わせたんだ。凄い制御能力だね」
感心するような、喜んでいるかのような声で、なのはは言った。
「!……一瞥で見抜かれるとは、思ってもいませんでした」
ティアナは、笑った。
無理に浮かべた笑顔だった。
だけど、精一杯浮かべた笑顔だった。
彼女が仕掛けたのは幻術魔法の組み合わせだ。自身の幻影を作り出すフェイクシルエットと、自身の姿を消すオプティックハイドを同時に展開させるというものだ。
ただ姿を消しただけならばなのははオプティックハイドと気づく。
ただ姿を増やしただけならばなのははフェイクシルエットと気づく。
この二つを組み合わせることによって、ショートレンジから離脱する――とさらに見せかけ、近接でのショートパレットを射出、するつもりだった。
できなかったのは、目の前のなのはが幻術で別たれた分身を視野に捉えながらも、なおまっすぐに消えたはずの自分を見つめていたからだ。
(見えていたのかしら――いや、でも)
だとしたら、遅い。
自分に対して突きを仕掛けるタイミングが遅すぎると思った。
いや、もっと言えば、その突きの速度も。
「……手加減しました?」
剣術において、突きとは最速の技だ。
魔法を使ったとはいえ、シューティングアーツの使い手でもない自分が跳躍でショートレンジから逃れ得るものではありえない。
なのはは答えず、前に踏み出して。
『マスター、時間ですよ。あと五秒』
声がした。
なのはの胸元からした声だ。
ティアナが怪訝に眉を寄せたのは、その声が聞いたことがない声だったからであり、もしもインテリジェントデバイスの声だとしたら、その声は手に持ったアームドデバイスからしなければならないからだ。
(どうなってるの? あの剣はストレージデバイス?)
解らないことがまた増えた。
なのはは残念そうに目を伏せてから。
「……ビー、……イバースタイル解除、……ランサー……に」
今度の呟きは不明瞭でよく聞き取れなかったが、何かのモード変換をするつもりなのだとティアナは判断した。チャンスだと思った。その変身を黙って見過ごすなんて手はない。コンマ一秒でも隙があるのならシュートバレルを叩き込んで。
ティアナが動く前に、なのはの変身か終わっていた。
一瞬、虹色に輝いたかと思うと、なのはの姿が変わっていた。
正しくはバリアジャケットが。
かつて見たエクシードモードに似た、しかし袖などに蒼い縁取りの幅が増えた、微妙にデザインの異なるバリアジャケット。
そして、髪型も変わっている。先ほどまでのお下げでも、ツーテールでもなく。
真後ろに束ねた、ポニィテール。
「ハッケイ、スピアフォーム」
そして、手に持つ刀は身の丈よりも長い――槍となる。
「ベルカ式?」
「違う」
思わず呟いた言葉に答えが返り、ティアナは目を見開いた。
「ケイメンパーチーチュアン・リューヒーダーチャン」
今まで聴いたこともない発音と言葉に、戸惑いを浮かべてしまう。
その様子に今日初めて、ティアナがかつて見たのと同じ微笑を浮かべたなのはは、腰を落として槍をまっすぐにティアナへと向けた。
「シェンチャン・リー正伝の槍、果たして執務官に通じるかどうか……」
むしろ、自分に言い聞かせているような言葉だった。
「ち。――時間が足りない」
目前のフェイトに対して静かに構えていた男は、僅かに視線を上に向けてから、そう言った。
「逃げるつもり?」
ならば、いますぐにでもフォトンランサーを叩き込むべきか。
フェイトがプレッシャーをかけるために半歩前に進むと、男は観念したように両手を下げ。
「投影、開始」
呟いた。
「――――憑依経験、共感終了」
「何を――」
するつもりだ、と言いかけて、口を閉ざす。
「工程完了。全投影、待機」
ぞわり、と背中をおぞましい何かに撫でられたかのように、フェイト・T・ハラオウンは震わせ、どうしてか頭上を見上げた。
直感だった。
見るんではなかったと思った。
そこにあったのは煌く星であるかのように夜空を覆い尽くす、剣と刀と剣と剣と剣と剣と剣の――刃の群れであった。
(いつの間に)
ざっと視認して五十から……二百は超えている、ように見えた。
それらが魔力によって作られた光というのではなく、実体と質量を伴った本物の剣であるということに、彼女は戦慄する。
「……転送、いや、召喚――」
違う、と呟きながら思う。
そういうのとは違う。
そういう、彼女の今まで知っているような範疇にある魔法なんかではありえない――
「安心しろ」
慄然と佇む執務官に対し、男はむしろ憮然とした声と顔で言う。
「積み重ねられた概念も、籠められた魔力もない、現代の大量生産品の剣だ。射出のための運動エネルギーだけは加えられるが、あんたのジャケットは、多分、抜けない」
だけど、と顎をしゃくって彼女の背後の、路地裏で倒れている武装隊員達を示す。
「まさか」と、フェイトの眦が怒りでつりあがる。
「その剣を」
「そうだ」
「あんたの仲間たちに、落とす」
「………!」
「まったく、正義の味方のやることじゃない」
どうしてか、脅迫している方が悔しそうだった。心底、悔しそうだった。状況からしたら限りなく偽善めいた言動と表情だった。だけど、フェイトは、この男が本当にどうしようもなくしたくもないことをしているのだと思った。だからと言って、この行為を許せるはずもないが。
「――ここは退くぞ!」
階上で槍を構える仲間に対し、叫ぶ。
「ん――」
なのはは、構えを解いて階下を見下ろした。
「仕方ないか。というか、声にださなくても……」
何処か残念そうに呟く。
それからティアナに向き直り。
「強くなったね」
「あ――貴女は」
その先に何を言おうとしたのか、ティアナ自身にも解らなかった。
出るはずだった言葉は、しかし出ることはなく、永遠の謎になった。
なのはの手からスピアは消え、その両手を大きく振り回され、右膝が大きく上がっていた。
「じゃあね」
踏み下ろされ。
そこから床に亀裂が走り。
◆ ◆ ◆
轟音が響き渡った。
◆ ◆ ◆
「――なんて、無茶な!」
頭上で起きた破壊に怒声をあげるフェイト。
それに対し。
「まったくだ」
男は同意し、背中を向けた。
「待って」
声と同時に待機させていたフォトンランサーを射出した。
転章
「……あー」
一キロほど離れたビルの上からそこを見ていた彼女、弓塚さつきは、崩れていくビルの様子に怯えたように顔をしかめる。
「凄いね……」
「ふーん。運動エネルギーに魔力を乗せて震脚にしたのね」
遠坂凛は、さも面白そうな喜劇を見たかのように笑っていた。
「大したもんだわ。――見せてもらったわ、マジカル八極拳」
「まじかる!?」
なんだか凄い言葉を聞いたと、さつきは叫ぶ。
「というか、知っているんですか遠坂さん?」
「知っているわ。あれこそは開門八極拳に魔力を加えて戦闘技術として再構成したという、伝説の武術……!」
「えー!?」
「――まあ、嘘だけど」
そう言って、歩き出す。
「遠坂さーん……」
さつきの顔は、なんだか泣き出しそうだ。
おいすがるさつきをほっといて進んでいる凛の顔は、しかし先ほどとは違って何処か拗ねているようだった。
「マジカルは冗談だけど、というかあのバカ杖の命名だけど、魔術と八極拳を加えたスタイルは私も使うわ。この三十年は八極拳はかなり日本で広まったから。あの魔導師が使ってもおかしくはない……いや、おかしいか。そもそも、直前までとスタイルが全然違うじゃないの……それにあの光……まさかとは思うけど」
「遠坂さん……」
さつきは溜め息を吐く。
一旦、思考に没頭した彼女はなかなか答えを返してくれない。
それはさつきだってこの一年の付き合いでよく解っている。解っているのだが。
あえて、その背中に何かを言いかけた。
言えなかった。
二人は同時に振り向いたのである。
弓塚さつきは両手を上げた。
遠坂凛は右手に宝石を持っていた。
二人の視線は、遠くに……何十キロも離れた、この街で、モーゲンで、最も高いタワーの上に向けられている。
「――見える?」
そう聞いた凛は目を細めて。
「見えます。だけど、」
その後に、どう続けようとしたのか。
口をつぐみ、さつきは構えを解き、真紅に輝く眼差しで「それ」を睨みつける。
凛もまたさつきに倣って腕を下ろし、またその口元に不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。やっと、今日になって、ここにきて、初めてその姿を見せてくれたわね。――大したもんだわ。この距離で、この威圧感、金ピカとまではいかなくても、充分にサーヴァント並みだわ。まったく」
宣戦布告のつもりかしらね、と呟く凛の声を、さつきは聞いていなかった。
異界の死徒の視線の果てで、金髪の吸血鬼が微笑んでいた。
つづく。