7/接敵。
「私がなのはと戦うことになったら?」
フェイトは聞き返してから間をおかずに「ミドルレンジで戦う」と答えた。
「いや、その――」
そういう意味ではない、と言おうとしたティアナであるが、フェイトは腕を組み、さらに言葉を続ける。
「意外? 砲撃魔導師相手ならクロスレンジというのは相場だけどね。なのはも基本的に砲撃魔導師だから比較的にクロスレンジは弱い――んだけど、それはクロスレンジで即効性のある決定力を持ってないというだけの話で、なのはは近接で対応できる技術も持ってるもの。あのシグナム相手に互角とまではいかないけど、攻撃を防ぎきるくらいには。その上であの圧倒的な防御力。攻めあぐねて膠着状態になったりしたら、それこそいい的。接敵する前に飛ばしていたディバインシューターで背後から狙い撃ちされるんだ。勿論、クロスレンジの攻防をしながら操作できるディバインシューターの数はそんなに多くないだろうけど、かなり衝撃くるよ。あれ」
「は、はあ……」
ティアナはつい聞き入ってしまったのは、フェイトが考えながら言っているのではなく、常日頃から考え続けていることをこれを期に開陳しているのだと察したからだった。
「そうすると残された選択肢はロングレンジかミドルレンジかだけど、ロングレンジは、それこそ砲撃魔導師高町なのはの真骨頂。常識外の距離からのディバインバスター、下手したらスターライトブレイカーとか。一か八かの吶喊なんかしたら、それこそ迎え撃たれちゃう。だから、残されるのはミドルレンジ。この距離は、もっと言えば私の距離でもあるんだけど。そこからのヒットアンドアウェイで防御を削りながらなのはの集中を乱して砲撃のチャージを防ぎ、隙を作って――という具合に」
そこまで言ってから、フェイトは溜め息を吐く。
「ずっと以前に戦った時とやることはそんなに変わらないんだ。結局、なのはと私は空戦主体ということでは同じだから。空を舞台にするという時点でどうしてもそんな風になるの。自分にとって最適の舞台を選ぶのが戦術の初歩だけど、それが相手もまた同じく得意なところだとね……」
「なる、ほど」
「ずっと以前にもこんな話したよね」
ティアナは頷く。
かつて機動六課にいた頃、『強さの意味』を問われたことがあった。
なんだかんだとみんなで頭を悩ませたが、つまるところは――。
「相手に勝つためには、自分の得意な分野で、相手の苦手な分野を攻める……ということですね。要約すると」
「そう。敵を知り己を知れば百戦危うからず。地球で何千年も前の人がいった言葉」
なのはのお父さんに聞いたんだ、とフェイトは言う。
「似たような格言はミッドにもあるけど……やっぱりね。相手に自分のことを知られているってのは、怖いよ」
「つまり」
「なのはも私の得意を知ってるから、こちらの選択肢なんてお見通しってこと。そうしたら何かの対策を立ててくる訳で、私もなのはがどういう対策をしてくるのかも予想しなきゃならなくなるの」
そうなると戦技教導官のなのはの方がずっと有利なのだと彼女は言った。
「思考のリソースをどう戦うかに振り分けて常時考えてられるもの。そしてそれをどう教えるか。打倒の仕方も含めて。教導官は、そういう意味で怖い相手だよ。執務官は戦うことが多いけど、それを仕事にしている訳じゃないから」
「です、ね」
「最悪なのは、こっちの情報は相手に知られてて、相手のことをこちらは解らないということ。――多分、ファーン・コラード校長と戦った時がそうだった」
「校長先生が?」
陸士訓練校の頃の校長の名前である。いきなり出されてティアナは驚いたが、フェイトの顔を見るとますます困惑する。
彼女は、笑っていたのだ。
「昔、なのはと二人がかりで模擬戦をすることになったけど、AAAの私となのはの二人で、AAの先生には勝てなかった」
「――――」
ティアナは映像でだが二人が幼少の頃からどれだけ強いのかを知っているし、その二人がどれだけの経験を積んでいたのかも知っている。
ファーン・コラード校長とAAAの頃に模擬戦をしたというがいつ頃かはよく解らないが、それでも二人で一緒に行動をしていることから考えても、P・T事件と闇の書事件の二つは経験していたのは確実だろう。確かこの二つの事件の間では、フェイトは裁判などが終わっていなくて一緒に行動はできなかったと聞いている。
それはつまり、二人は二つの難事件を解決したAAA魔導師ということで、実戦の経験も生半の武装隊員以上に積んでいたはずだ。
その二人をして勝てなかったというと――
「その時に先生から聞かされたのが『強さの意味』」
「ああ……」
「今から思うと、先生は私たちのデータをあらかじめ徹底的に洗い直して、どういう戦術を組み立てればいいのかも把握していたんだと思う。舞台にされていたのも空戦主体の私たちに不利で、もっと言えば陸戦有利なところだったし。教導官としては私たちには絶対負けるわけにはいかなかったからね。なのはが言ってたよ。武道でもそうだけど、力をもってるはねっかえりは、まず最初にがつんと力の差を見せておくんだって。そうすると生徒は素直に言うことを聞くようになるって。もしもそういう前提が一切なかったら、もしも初見のデータが揃ってない同士だったのなら、私となのはは多分、勝ててた……と思う。ファーン・コラード先生の切り札のあの魔法もあるから、圧勝とかは無理だろうけど。ただ少なくとも二人がかりで負けるようなことはなかった」
けど、それは意味のない仮定でもある。そうフェイトは言う。
「執務官なんかやってるとね、相手がどんな未知な能力を持っているか解らない、こちらの手の内はだいたい相手に知られている――そんなことは当たり前にあることだもの」
「そうですね」
ティアナはそのことについては実感している。
そして、なんとなくフェイトの言わんとしていることも察した。
フェイトは笑っていたままなのだ。
「だから、執務官は常に手の内に一つや二つの切り札を隠しておく――ということなんですよね」
「うん」
「それもどう外にばれるか解らない。だから、」
「本当の自分の切り札は言わない、ということですか」
ティアナも笑った。
それもフェイクかもしれないよ、とフェイトは言うが、ティアナは信じなかった。フェイト・T・ハラオウンという人は生真面目だ。そして自分の職務のために妥協はしない。戦闘が仕事ではないが、戦闘となることは常に想定しているはずで、自分が有名人であるということも把握している。J・S事件のようなことは例外ではあるが、管理局の関係者と敵対することはありえることである。その際に自分のデータが外部に流出しているということも考えてしかるべきなのだ。
そしてそのためには、親友であるなのはすらも知らない切り札を隠している――と。
(わたしが聞きたかったこととは違うんだけど……)
内心でだが溜め息を吐く。
意図して質問を取り違えられたのか、それとも本当にただ言葉のままに解釈したのかはよく解らない。
問いただすべきなのだろうか――
ティアナがもう一度自分の中の覚悟と決意を集め直そうとした時。
『ティアナ・ランスター執務官に報告!』
空間にディスプレイが浮かぶ。
見慣れた補佐官の顔が焦燥に歪んでいた。
『たった今、B18区にて巡回中の武装隊員が――』
◆ ◆ ◆
「あれは、管理局の人間だな」
「うん。武装隊の人たち」
ビルの上からその様子を眺めている黒いフードのついたマント姿の二人は、暗闇の中で行われている闘争を分析していく。
「死者の巣に入り込んだのか。むしろ今までよく入りこまなかったというべきか……」
「そうだね。何か条件が変わったと考えるべきなのかも知れないけど、ちょっと情報が足らないね」
淡々とした口調で女は言う。
感情を殺しているようだった。
眼下で行われている戦いはおよそ通常の武装隊員が遭遇するはずもない異常だ。保護するべき行方不明者に襲われるという異常。しかもその相手は常人離れした動きと速さと力を持っているという異常。いかなる訓練でも、このような状況を想定されて行われたことはあるまい。混乱して当然だ。
それでも彼らは咄嗟にバリアジャケットを展開させて攻撃を防ぎ、非殺傷設定ながら砲撃魔法や槍型のアームドデバイスで迎撃していたりしていた。
「ミッド式三人にベルカ式二人――、陸士分隊の通常の編成だね」
「そうなのか」
「うん。ベルカ式三人でミッド式二人でもあるけど、近代ベルカ式でもミッド式やってる人よりは少な目だから。どうしてもミッド式の人が多い編成になるの。それに最近はミッド式も近接対応のが普及しだしているし。前衛にベルカ式という構図は基本だけど、古典になりつつある様式でもあるの。それでも、あと二十年はベルカ式の前衛というのが主流であり続けると思う」
「さすがに、詳しいな」
男はそう言ってから、「死者は十八人、か。いや、今一人増えた。十九人」と数える。
「増えた?」
女は怪訝に言う。
「エミヤくんが見逃してたの?」
「そういわれてもな。俺の目だって完全じゃない」
「何処かに隠れていたのかな」
そう呟いた女は、だが自分でいっておきながらも何か納得いかないようだった。
男も気になったのか腕を組むが、状況の変化に「む」と声をあげた。
「一人減った」
「――ショックだよね、あれ」
「ああ」
威力設定をして殺傷力を抑えていたはずなのに、ベルカ式の槍が相手の胸に突き刺さり――消滅していく。
そのあまりにも常識を逸脱した光景にその局員は悲鳴すらあげかけた。
続けて襲ってくる死者に無防備な姿をさらしていたが、仲間が砲撃魔法でその死者を叩き、その局員を引っ張った。
「ショックではあるようだが、それで崩れたりはしないのか。やはり訓練を受けているだけある」
「援護は必要なさそうだね」
「別の巣を探そう」
二人は頷きあってその場で背を向けた時。
「あっ、ああああああああああああ」
悲鳴がもれた。
階下からの女の声だ。
ただの恐怖ではない、それは魂の奥底から出る叫びだ。
二人は見た。
いつの間にか死者と局員の中間の位置で膝を落としているミッド式の魔導師の姿を。
「何が――」
あったの、と女がいう前に、男は飛び降りていた。
「ちょ、エミやく、」
女が覗きこんだ瞬間、そして男が着地するまでの刹那、そのごく短い時間のうちで、女は叫びながら杖型デバイスを振り回していた。その穂先から放出されたのは本来ありえぬ計算式で編みこまれた砲撃魔法であり、主の激変にインテリジェントデバイスのあげた悲鳴であった。
緑がかった白い砲撃は味方も死者もまとめて吹き飛ばす。かろうじて非殺傷設定がしてあったので意識を失っているだけで済んだようだが、それも一瞬の正気がもたらせた奇跡のようなものだと、男は直後に知る。
「投影、開始」
両手に現れた黒白の双剣。
投影魔術。
それを重ねて頭上に掲げたのは、女魔導師が杖を振り上げて彼へと叩きおろしてきたからだった。
彼が受けるとさらにがむしゃらに杖を振り回す。近年ではミッド式でも近接の技術は発展しつつあるが、女がふるっているのはそういうものではなかった。単純に正気を失っているだけだった。自らの愛杖を振り回し続ける。杖の先に魔力光が灯っているのは、ふるいながらも溢れる魔力を同時に注ぎ込んでいるからだろうか。しかしそれは通常と違って魔法のていを為さない。
男はそれを双剣で捌いている。
傍から見ると、それは攻めあぐねているようにも見えたし、防御に専念しているだけのようにも見えた。
あるいはその両方か。
「ち――――こいつは、駄目だ!」
「リリカルマジカル!」
叫ぶ声がした。
「福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと、鳴り響け。ディバインシューター、シュート!」
「たか――おおっ!?」
男の叫びは無理もない。声と共に桜色の光の弾丸が五つ頭上から現れ、猛烈な勢いで女魔導師に叩きつけられたのだ。
さすがにのけぞった女の胸元に、いつの間にかビルの屋上から黒マントの女が降り立っていた。
そして。
「フンッ」
呼吸音と同時に両掌を魔導師の胸に置いた。
まるで、吸い込まれていくかのようであった。
女魔導師の身体が足から崩れ落ちたが、女はそこから後ろに飛びのいた。
「やっぱり、バリアジャケット越しだと勁の徹りが悪いの」
それは、崩れてから二秒とおかずに立ち上がった女魔導師についてのいいわけであったのだろうか。
女と挟み込むように女魔導師と対峙している男は「仕方ない」と言った。
「首筋を見ろ」
「?―――噛まれてる。いや、だけど、吸血鬼になるのって、時間がかかるんじゃなかった!?」
戸惑うような女の声に、男は小さく首を振る。
「何をされたのか解らないが、もう、駄目だ。その局員は噛まれている。噛まれて正気を無くしている。噛まれて、もう人間じゃなくなっている。人間じゃなくなって、もう戻れなくなっている……」
それは、取り返しのつかないことになっていると自分自身に言い聞かせているような声と言葉だった。
ぎりっ、と夜の中で、男が歯を食いしばる音が聞こえた、ような気が、女にはした。
「死徒だ」
◆ ◆ ◆
「――――!」
さほど遠くない場所から急に生じた大気を震わせた魔力の波動に、その場にいた三人は反射的にそちらを見た。
いや。
ただ一人だけ、前を見たままの少女がいた。
右手を振り上げて、五メートルの間合いを一瞬にして潰した。
高速移動から打ち下ろされる打撃は、一撃で容易に人を撲殺し得る。
しかし、それを受けたのもまた尋常ならざる存在であった。
とっさに両手を上げて。
吹き飛ばされた。
「ごめんッ」
そう言ったのは、仕掛けた少女の後ろに立っていた女性だ。
赤いコートを翻して、こちらも常人離れした速度で、こちらは地面の上を滑るようにして接近する。
そして繰り出されたのは槍を突きこむかの如き中段の拳――八極拳に云う馬歩衝捶だ。
しかもその拳があたった瞬間にその拳の中から青い光が生まれた。
さらにそこから踏み込んでの顎を突き上げる拳から肘への連携に入る。
打たれたのは身長180センチほどの男であったが、最初の少女の打撃で両手の袖がーの部分のバリアジャケットが破れ、赤いコートの女の拳で胸を打たれた時に衣服は管理局のインナーになった。肘を打たれて前のめりになりながらも、しかし歯を食いしばって両手に魔力を籠めて目の前の女の頭を挟み潰そうとした。できなかった。
少女の手が振り回され、男の腕よりも早くその胸を叩いたからだ。
再び吹っ飛ばされ、男は壁に背中から激突した。
その瞬間には再びバリアジャケットを再展開していた。
回復が――速い。
「ち」
赤いコートの女は最初に当てた拳を胸元に寄せると、その拳の中から煌く光の砂粒のようなものが落ちていく。魔力を失った宝石の欠片だった。
打撃の瞬間に魔力を炸裂させて相手の防御を打ち崩せたのだが、それも一瞬のことでしかなかったらしい。
「遠坂さん、下がって」
「了解」
身を翻して後方に飛びのくと、赤いコートの女――遠坂凛は、懐ろから新たな宝石を取り出した。
前に出ている少女である弓塚さつきは、油断なく壁際で蹲っている男を見ていた。
「ごめん、遠坂さん。この人、結構強い。だから、」
「謝るのはこっちよ。今のは、私まで気をとられるなんてね」
いいながら、彼女もまた油断なく目の前の男を見ている。
紅い目をしていた。
大きく口をあけて涎をたらしていた。
口腔から覗いている二本の長い――牙は、男を人間以外の存在だと証明していた。
そう。
吸血鬼だ。
「想定するべきだったわね……短期間で死徒に至るなんて例は、すぐ傍にあるんだから」
そう言いながらも顔には腑に落ちないというか、何かの疑念が張り付いている。どうにも上手く方程式の解が埋まらないという風にも見える。升目を埋めるために数字が用意されているが、そのどれを選んでも正解ではない。そのような表情だ。
「まあ、そのことについては後でじっくり考えますか……割と近いところで結構大きい魔術――じゃなくて、魔法使った感じがしたし」
「管理局の人かな? すぐにこの人倒して逃げよう」
できるの、と遠坂凛は聞かなかった。
目の前の少女は決して大言壮語を吐かないということを知っていたのだ。
弓塚さつきは、無言で立ち上がる局員の顔を凝視しながら、言った。
「ごめんね」
◆ ◆ ◆
(もしもなのはと戦うことがあればか)
フェイトは考えている。
フェイトは思い出している。
かつての海鳴での出会いと戦いと、その後の何十回も、あるいは何百回も行われた模擬戦とその結果と、時折に時間の空いた時にしているなのはとの戦いのシミュレーションを。
思い出している。
飛びながら考えている。
並列思考で現在の状況を分析していくが、それは芳しくない。情報が少なすぎるからだ。
巡回中の陸士の小隊が歓楽街の裏路地を歩いていて、突然に何者かに襲われたという知らせ。何者かというのは直前に伝わった映像だと一般人のように見えるということ。すぐに音信不通になったということ。そして、自分たちがそこから一番近いところにいたということ。考えるべきことは多そうだが、やるべきことは一つしかない。
急行して――援護。
それだけだ。
そこまで結論を出してから、フェイトは右手を掴むティアナの方を見る。
急いでいるのでこうやって引っ張ってきているが――
(なんでティアナは、突然になのはと戦うなんてこと言ったんだろう)
よく解らなかった。
解らなかったので、聞かれたことに素直に答えたのだ。
vs高町なのはにおける戦術ロジックは、フェイトが常に考えていることだった。
今の自分がこうしているのは、なのはとの戦いがあったからであり、もしもなのはに勝てていたら、立ち上がることもできないほどに叩き伏せていたら、自分はここでこうしてはいない。
それはありえないifだ。
高町なのはは挫けることがあるとしても、決してそのままでいるはずもなく。
もしももしもあの時になのはと戦って勝って、ジュエルシードを手に入れることができたとしても、母は用済みとなった自分を廃棄していただろう。アリシアはきっと優しくて素敵な人だから、自分のようなモノを母が作り出していたと知ったら、責めないまでも悲しむだろう。きっと、母はそう思っていたに違いない。アリシアが蘇った時、自分が生き延びていた可能性なんかまったくない。
だから、なのはと出会って、なのはと戦ったということは、彼女にとっての一つの奇跡だった。
ここでこうしていられるということは、なのはと戦ったおかげ。
それゆえに、彼女はなのはとの戦いを常に考えている。
自分はなのはに助けてもらい、友達になれたから。
だから考える。
いつかなのはのように、誰かを救うために。
ティアナ・ランスターの推測は正しい。
フェイト・T・ハラオウンにとって、高町なのはは何よりも大切な存在であった。
大切な大切な友人であり――
超えるべき目標でもあるのだ。
――――と。
「何、これ――――!」
「?――――フェイトさん!」
大気を、いや、空間そのものを震わせたかのような魔力の波動。
先ほど感じた砲撃魔法のそれとは根本的に異なる、次元震にも似た、世界そのものを軋ませる衝撃。
夜空の中で停止したの二人は、反射的にその波動のあった方向を見ていた。異常を察知した二人のデバイスは防御魔法の演算を自動的に開始している。己たちの主人の身を案じて電子音で悲鳴をあげていた。
「これは、空間攻撃をした感じに近いけど」
フェイトはしかし、それについての思考を五秒で打ち切った。
気になる。
しかし、今すべきことは、そうではない。
高速で管理局員のいた場所に急行する。
何がおきているか解らない場所を調べにいくことよりも、確実に援護すべき人がまっている場所にいくべきだ。
執務官として、こんな場面に何度も立ち会った。その都度後悔した。もう二度とこんな失敗は犯さないと誓い、それからもやはり後悔を繰り返し、誓いを新たにしてきた。失われた命の数を数えて救われた誰かのそれを足してなしにはできなくて、だけどそうしたいという衝動に何度もかられて、そうしようとした自分の情けなさが悔しくて悲しかった。
今もきっと、そういうことになる。
フェイトはそう予感した。
五秒の停滞で救われなかった命があるかもしれない。
謎の現象を捨て置いて世界が崩壊するのかもしれない。
しかし自分のできることは一つだけだ。
だから、今は全力で行くしかない。
全力で、全開で。
なのはのように。
彼女の予感は、当たっていた。
あるいは、外れていた。
その光景を見た時、フェイトは自分がありえないifの世界に紛れ込んだのだと思った。
武装隊員の胸の中央から背中を貫く白い刃を見た。
日本刀に酷似した、あるいは日本刀そのもののアームドデバイス。
それを手にするのは、何処かで見たような、しかし見たこともないデザインの白いバリアジャケットの女。
栗色の髪をヴィータのようなお下げにした、フェイトもよくしる人。
「なのは―――ッ!」
高町なのはが、そこにいた。
つづく。