4/決意。
ティアナが帰るのと入れ替わるように、シグナムとシャマルが帰宅した。
シャマルにはなのはの妊娠について問い詰めたが、「主治医として秘匿義務があるんです」とだけ返答された。それでも、表情の動きからだいたい察した。
恐らく、何もしらないのだ。
とは言え、それは即座になのはの妊娠が嘘だということにはならない。なのはは近頃は定期的に休暇をとって故郷に帰っている。そのおりに不調になって地元の病院で検診を受けるなどということはありえることである。それでも主治医には連絡くらいいくだろうが、前述のとうりに教導隊がなのはの妊娠を隠そうとした場合、シャマルがはやてらとの繋がりがあるということから警戒して、適当なことを報告してごまかすということは十分にありえることだった。
職業倫理を言えば身内にも患者の病状を言わないのは当然ではあるが、シャマルたちとはやての関係はむしろ使い魔と主人との関係に近しい。そのことはあまり知られてはいないが、知る者は知っていることではある。現実にはシャマルはどうしてもという場合でなければはやてにも個人情報をもらすようなことはしないのだが、ティアナがユーノとヴィヴィオを警戒した以上の必然性はある。他にも――可能性を言い出せばきりがない。
ヴィータたちにはティアナが今日きたということも含めてシグナムたちには話すなと言い含め、はやては二階のベランダに作ったテラスに出た。
「少し考えてから、明日には結論を出す」
リインにそう告げて、部屋に行くように指示する。
「風邪を引かないようにしてくださいね」
「うん。リインはええ子やな」
そうして一人になったはやては、椅子に座って静かに呼吸を整え、瞼を閉じた。
手に持っていた煙草の箱から紙巻を一本取り出し、口に加える。小さく右手の人差し指と親指をこすり合わせると、煙草の先に火が灯った。細く長い煙が流れ始めた。
はやてが煙草を始めたのは、もう大分前だ。中学を卒業してから捜査官に専業し出した頃、ストレス解消にと手を出した。すぐにシャマルに諌められて、リインとヴィータに嫌がられた。シグナムは「匂いを消す魔法を使うように」と言った。匂いの染み付いた服で皆に会わないようにということだろう。ザフィーラだけは何もいわなかった。
そのままの姿勢で静かに紫煙をたゆたわせていたが、やがてはやては目を開き、煙草を唇から離し、煙を吐き出した。
そして。
「なのはちゃんが非合法活動、か」
呟いた。
ありえない。
自分なら、解る。
自分なら、権力の甘い蜜に酔い、初志を忘れて専横をふるうこともありえるだろう。
何故ならば、権力というのはそのようなものだからだ。
尊い意志も愚劣に腐らせ、熱い希望を冷酷に凍らせる。
それほどに権力という名の壁は高く堅い。いかにしても崩せない壁の前で立ち尽くしていたのなら、人はそのようになってしまうものなのだ。
「やけど」
高町なのはには、それはない。
断言できる。
それはなのはという女が誰よりも堅くて熱くて尊いということを意味しない。
あの娘は、そもそも壁に立ち向かうなどということはしないのだ。壁の前に立ち、歯向かう者を迎撃する番犬だ。管理局という権力機構を維持するためだけに動く歯車のひとつだ。
そのようなものに、成っている。なってしまっている。
幼馴染の友人としての位置から離れ、一人の指揮官――いや、政治家の目線で見た時、高町なのはという存在はそのようなものだとはやてには思えた。
決して馬鹿にしている訳ではない。蔑ろにしているわけではない。むしろ、なのはのような存在がいるからこそ管理局というか、組織は成立している。自己のアイデンティティを組織に重ね合わせて行動することによって保つ忠実なる下僕。前線にありて組織の掲げる法と秩序を護ることによって自我を満たす兵卒。それが組織にとっては必要な存在なのだ。
そして同時に、私事においてはよき隣人であり友人であり、母であり妻であり――女、たりえる。
だが、決して公私を混同させることはない。
そのあたりまではティアナ・ランスター執務官の分析は正しいとはやては思った。
が。
「しかしなあ……」
それでも、思うのだ。
高町なのはが管理局を裏切るなんて、ありえない。
管理局に隠して非合法活動などをするなど、もってのほかだった。
そんな超常現象が起きるなど、まだヴォルケンリッターが夜天の王を裏切る可能性を論じる方がありそうに思えた。
勿論、そんなことはどちらもありえないことではあるのだが――。
「ああ、違うか。ありえるか」
悪気もなく、夜天の王は自分の忠実なる騎士たちをそう評した。
「うちの子たちなら、私のために私を裏切るくらいするやろうな」
それはかつてあったことであり――これからもありえることだと思った。
だからこそ、自分はこうして上を目指せるのだ。
前述を訂正しよう。
自分は決して権力に溺れない。酔わない。
壁に当たっても、決して挫けない。
断言できる。
例えどれほどの苦難に出会おうとも、自分の家族である騎士たちは、助けてくれる。
あの叢雲の騎士たちならば、自分の忠誠のために自分を裏切り、修正してくれるに違いないのだ。
本当の意味での「忠誠」とか「忠実」という意味を、あの子たちは知っているのだから――
と。
そこまで考えてから再び煙草を口にした時、閃くものがあった。
(『ひどいことになる』ってのは、もしかして――)
思わず、もう一度煙草を話そうとして。
「主、それは聞き捨てなりませんな」
背中から声がかかった。はやてはしかし振りむかなかった。ふりむかずに考えた。
声の主が、守護獣は何を聞いていた?
すぐに思いだし、振り向かないままに唇の端を歪めた。
「ほら、いうた傍からや――来るなというといたはずやで」
「聞いていました」
「主のいうことを護らん子は、悪い子や」
「夜風は身体に悪い」
「うちを誰やと思っとる?」
ザフィーラは、しかしどうしてかその言葉に答えるのに逡巡した。
はやても促したりはしなかった。
やがて。
「我らが主、夜天の王、八神はやて」
「そうや」
はやての声は、どうしてか冷たかった。
「人の心を安らかなさしめる夜の王や。その私が夜風にあたって風邪を引くなんて、」
言葉が切れたのは、人の姿をしたザフィーラの胸の感触を後頭部に感じたからだった。肩の上から自分の臍の辺りまで伸ばされて包み込んだ褐色の肌の男の腕を見たからだった。
「そして、このザフィーラは雲です。あなたを覆い、暖める雲です」
「………ん」
はやては背もたれに身体を預け、上体を自らの忠実な守護獣に任せた。
ザフィーラも上体を傾け、はやての右耳の横に自分の頭を置いて、囁いた。
「主、主よ。夜天の書の最後の主、真実の夜天の王、八神はやてよ。
貴女が望むのなら、我らはどのような非道も行います。
貴女が治める夜の空の下、掲げる剣十字の下、
烈火の将は、ハラオウンとその養い子を斬り裂き、その血で大地を染めあげるでしょう。
紅の鉄騎は、高町なのはとその弟子たちを打ち砕き、その肉を大地に撒き散らすでしょう。
湖の騎士は、管理局の自分の患者たちの杯に毒を盛り、その屍を大地に積み上げるでしょう。
祝福の風は、あらゆる怨嗟の声からも呪いからも貴女を遠ざけ、祝ぎの言霊を捧げるでしょう」
「………お前は?」
はやては腕を上げ、自分に覆いかぶさる男の頭を挟み、自分の頬に摺り寄せた。
「盾の守護獣は、ザフィーラは、あたしの男は、何をしてくれる?」
「どのようなことでも」
ザフィーラははやての首筋に唇を這わせて、自分の腕で主を、いや、女の顎を持ち上げて唇に唇を寄せ、左手ではやての口にあった煙草を取り上げていた。
彼の主は抵抗もせずに女の声で言う。
「匂うよ」
「構わない」
やがて二人のそれが重なり合ってから、数秒の時間を置いて別れた。
その名残を惜しむかのように陶然としている女の顔に、男は囁きかけた。
「はやてが望むのなら、聖王の首級を銀の皿に載せて捧げよう」
「私がヘロデヤの娘なら、預言者の首でも王の首でもなく、忠実な騎士の首をこそ望むわ」
そう言って、はやてはザフィーラの頭から手を離す。
ザフィーラも一歩引き、主の身体から離れる。
(ああ、ずるいなあ、ザフィーラは)
はやては思う。
何がどうずるいのかなんてよく解らない。だけどとにかくそう思った。ザフィーラはずるい。
そして、その言葉を反芻する。
ハラオウンとその養い子。
高町なのはとその弟子たち。
管理局の自分の患者。
そして、聖王。
それはきっと、みんなにとって大切な人たち。自分と同じくらいに大切にしている者たちのこと。
護り慈しんできた大切な大切な命たち。
そんな者たちですら、切り捨てるというのか。打ち砕くというのか。殺すというのか。
自分のためなら、当たり前のようにそうするというのか。
ぶるっと震えがきた。
「主?」
「いや……」
なんでもない、と言いかけて、そのまま両手を自分自身の体を抱きしめるように廻す。
怖い。
それは魔法の力を得てから、ずっと思っていたこと。
ヴォルケンリッターと家族になった時から、ずっと考えていたこと。
ティアナは【戦力】と言った。
そうだ。力だ。自分には力がある。
幾千もの星霜を閲して来た夜天の書の守護騎士たち。
そして蒐集されてきた魔法。
怖くて、恐ろしい力。
ああ、だからこそ、ティアナはウチにきたのだ。もしも万が一、あの娘と対峙することがあるとするのなら、それができる人間は他にいないと。自分たち以外の何者も彼女を打倒することは叶わないと。
あの、高町なのはを。
(管理局のエースにして自らの恩師を、しかし悪であるのならば倒すことも厭わないか……ティアナも、大分腹括っとるみたいやな……)
しかし、自分にはそれができるのだろうか。
高町なのはを敵にするということは、あるいはあのフェイト・T・ハラオウンと闘うかもしれないということであり、聖王ヴィヴィオと対決するかも知れぬということであった。
後者はまだいい。いまだ聖王とは言え、成長途上の身だ。かつてのJS事件の時ならいざしらず、今はその器に見合った力しか振るえないはずだ。
だが、あの百戦錬磨の執務官は?
なのはと自分の親友のフェイトちゃんは、だけどもしもなのはが何かをするのならばなのはの側にいくだろう。過去の経歴から、今の二人の関係から、はやてはそう思っている。勿論、積極的に自分と戦おうとするとも思えないが、それでも……。
自分でもひどいことを想像していると思う。親友が自分ともう一人の親友とどっちを大切にするかなんて、そんなことを考えるだなんて最悪だ。しかし、指揮官である以上は自分は最悪の想像をしなくてはならず、もっというのならフェイトがそうするだなんてのは最悪ではなかった。最悪の想像をするのなら、なのはの教導を受けた者たちがなのはにつくという可能性。
管理局のアイドルであるなのはを慕う者は多い。
器量よしの上に圧倒的な実力、そして厳しくも優しい教導。
その彼女を見る局員の目は、人によっては憧憬というよりも信仰の域に達してすらいる。
もしもなのはが何か非合法な手段で何かを為そうとしたとして、それを知った彼らが、なのはのために行動することはありえるのではないか――。
そして自分は、自分とヴォルケンリッターたちは、そのような者たちをもどうにかできるのだろうか?
はやては首を振った。
思考が暴走しすぎたようだった。
今の時点でそんなことを考える必要はない。まだティアナには返事していないし、自分の中での答えも出ていない。
自分が今するべきことは、やりたいことは……。
そっと右手の、煙草を挟んでいた指で唇を撫でた。
ついさっき、別の唇が重ねられていた場所だ。
彼女は俯いてから
「だっこ」
と言った。
「は?」
「だっこ」
「恐れながら、主の足は」
「罰や」
はやては、言って両足を上げて椅子の上で自分の両手で抱え込む。
「主の命令を無視した罰や。守護獣ザフィーラは私をベッドにだっこして運んでから、今晩は一晩中、抱き枕の刑」
「……主の望むままに」
忠実な守護獣は微かに笑い、主の膝の下に手を通し、椅子の背もたれと身体の隙間から手を寄せて静かに抱き上げる。
はやては「へへー」と照れたように笑い、男の首に両手を巻いた。
そして。
振り向いた先に、四人の家族が立っていた。
烈火の将が。
紅の鉄騎が。
湖の騎士が。
祝福の風が。
テラスの入り口に立ち、笑っている。
微笑んでいる。
はやての顔は、夜目にもわかるほどにも真っ赤になった。
怒ればいいのか笑えばいいのかも解らぬままに口を開け閉めしている主を前にして、四人は微笑みのままに跪く。
「我ら、夜天の主のもとに集いし騎士 」
「主ある限り、我らの魂尽きることなし」
「この身に命ある限り、我らは御身のもとにあり」
「我らの主、夜天の王、八神はやての名のもとに」
「あ――――」
「其処に真実の敵が立とうとも、私の刃は切り裂きます」
「其処に運命の壁が塞がろうとも、私の槌は打ち砕きます」
「其処に致命の死が待っていようと、私の杯は癒し治します」
「其処が天籟の尽きる果てであっても、私の風は流れ祝ぎます」
「其処が――」
守護の獣の声が、はやての顔のすぐ上からした。
「夜天の下に在らざる大地であろうとも、私の盾は護り続けます」
「主よ」
「命令を」
「命令を」
「命令をください!」
「貴女のために、我等はあるのですから」
はやてはザフィーラの顔を見て、四人の家族を見て、果て無き夜空へと目を向けてから、瞼を伏せた。
思う。
守護騎士ヴォルケンリッターと融合機リインフォースⅡ。
あたしの家族たち。
この子たちがいて、自分に何を恐れる者があろう。
この子たちがいて、自分に何ができないことがあろう。
そうやね。リイン。リインフォース。聖なる日に空に還った貴女も、そう思うでしょう。貴女も変わらずあたしに、あたしたちに祝福の風を送ってくれているでしょう。あたしとこの子たちの行く道に、全ての夜の空の下に眠る者たちに幸いあれと、祈ってくれているんでしょう。今も空の果て、あたしたちが何れ行くところで見守ってくれているんでしょう。リイン。リインフォース。祝福の風よ。
瞼の裏に、微笑んでいる彼女の姿が浮かんだ。
はやては目を開き、
「解った」
と言った。
「夜天の王、八神はやての名において命ずる――」
それは、命令であり、何よりも自分と夜にかけた宣誓の言葉であった。
◆ ◆ ◆
フェイト・T・ハラオウンがアーネンエルベという喫茶店に入ると、何処か覚えのあるコーヒーの匂いがした。
(なんか懐かしいな)
と思った。
どういう訳だかコーヒーは次元世界でも嗜好品として行き渡っているが、やはり第97管理外世界のそれとは、どう焙煎してもフェイトの覚えのあるものにならない。土が違うのか栽培法が違うのか、気にならなくもなかったが、決してまずいわけではないので彼女もそれを積極的に知りたいと思ったことはない。それはそれでいいと思う。
しかし、ここで薫るのは地球のそれと同一だった。
彼女の第二の故郷と呼んでも差し支えのない97管理外世界とミッドチルダとは、何か時たま妙なリンクを見せることがある。嗜好品や言語が近いというのもあるが、管理局員が事故でそちらに迷い込んだり、また逆があったりということが起こったりする。思い返せば自分の運命もジュエルシードがあの世界に落ちたことで変わった。闇の書が結果として最果ての場所となったのもあの世界だった。
(なんだろうな……考えてみると、ちょっと不思議)
きっと、ただの偶然と片付けたほうがいいのだろう。
運命論は魔法を操る者にとってはタブーとは言わないまでも、あまり奨励されることではない。
無意味に意味を見出すようなオカルトは、魔法を操る者にとっては甘い毒のようなものだった。
確かに、基本物理学の枠を超えて魔法によって世界を操作することは、一見して奇跡のようであるが、魔法を行使する者にしてみたら演算と論理の果てにある通常の物理現象の一つにしか過ぎない。たまに精神錯乱したものは、そのことを忘れてしまい、自分を超越者とみなす、あるいは本当にありえない現象を起こそうとする。彼女の母であるプレシア・テスタロッサがそうであった。
死者の蘇生などという、決してありえない奇跡を望んでしまった者は、どれほどの大魔導師であろうとも、まともとは言えまい。
そこまで思ってから「いや」と思い返す。
(違うか。死者蘇生は可能なんだ)
とは言っても、様々な条件があるらしかった。あの当時のプレシアでは、どうあがいてもその条件を満たすことはできなかっただろう。
フェイトは肘をついてそんなことをぼんやりと考えていた。
JS事件からこっち、フェイトは魔法とはなんだろうかと考えることがあった。勿論、魔導師であるからには定義もその歴史も知ってはいるし、そのロジックもシステムも理解している。当然のことながら、限界もである。知っている。知っている、はずだった。
しかし、アルハザードの技術を持つというスカリエッティはロストロギアの力を借りたとは言え、死者の蘇生などということを可能なさしめていた。それは魔法文明が発達したミッドにおいても、太古において栄華を極めた古代ベルカにおいても不可能とされていたことだった。いや、古代ベルカにおいては記録の上では何度かそのような事例はあるとユーノから聞いたことがある。ただしどのような条件があったのかなどということは不明瞭で、記録としては信用に値するかというと大変心もとないのだというが。
そもそもからして、アルハザードというのはなんなんだろうか。
失われた幻の都。
古代ベルカに多くの影響を与えた文明。
無限書庫ですら、明確にそこの存在を証明するに足るという資料は未だ発見されていないという。それなのに最高評議会はそこから得たという知識でスカリエッティを創造して――
フェイトは様々なことを思考した。執務官として、魔導師として。そして、フェイト・T・ハロオウン、いや、フェイト・テスタロッサ個人として。
ポツリと、呟いた。
「母さんがスカリエッティと組んでいたら、あるいはもしかしたら、アリシアも――」
いけない、と小さく首を振る。
ありえなかったifを考えるのは、ありえぬ奇跡に思いを馳せることの、その次くらいに不健康に思えることだった。
そこに自分がいないというのならなおさらだった。
だけど。
フェイトは考えてしまう。
もしも。
アリシアが死んでいなかったら。
もしも。
ジュエルシードが落ちたのが海鳴でなかったら。
もしも。
自分が、なのはを決して立ち上がれないほどに打ちのめしていたら――
そこまで考えて、彼女は笑った。
ありえない。
絶対に、絶対にありえない。
あの子が決意を砕かれてしまうなんて、決してありえない。
もしも折れたとしても、なお立ち上がっただろう。
そう。
不屈とは決して折れないものではなくて。
「あの、」
と声がかかった。
顔を上げたフェイトが「なのは?」と思わず言ってしまったのは、ウェイトレスのつれられたその少女の髪の色と髪型が、彼女の友人になんとなく似ていたからだった。勿論、似ているということは同じということではなく、違うということである。
何処かの高校の制服を着ているその少女は、髪を二房の束にして左右にぶらさげていた。
(あれ、ここって第16管理世界だよね?)
思わずそんなことを自問してしまった。
そんなことを思ってしまうくらい、その少女の姿形といい、制服の質感といい、次元世界離れ――というか、第97管理外世界風のものだった。風というよりそのものだった。
少女はおずおずと「人と待ち合わせているんですけど、席が空いてないので、相席お願いできるでしょうか」というようなことを語った。待ち合わせ時間より大分早めにきたのはいいのだが、満席になってしまって座る場所がないのだという。そちらも誰かを待っているのでしたら別にいいんですが、という話である。
フェイトも待ち合わせというか、呼び出した相手を待っているところではあるのだが、やはり早めにきているし、また時間がたてば別の席が空くかもしれないし、話を聞けば少女の待ち合わせ時間はフェイトのそれより三十分は早い。ならば問題はないと思えた。
「ありがとうございます!」
その声に、何処か大げさだなあと思いながらも、「いえいえ」といいながらフェイトは着席を促した。
席についた少女は「トマトジュースを」と注文した。
(ふうん?)
なんかイメージが違うかなーとなんとなくフェイトは思ったが、そのことについては特に何も言わず、
「時間があるのに、黙っているのも何かおかしいよね」
と自分らしからぬ態度でそう切り出した。
「私の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。あなたは?」
「へ? え――」
戸惑う少女の姿を見ていると、微笑が口元に浮かんだ。
どうやら自分は、友人とちょっと似た感じの女の子を戸惑わせて、ありえなかったifを疑似体験しようとしているらしい。
少女はやがて落ち着いて。
「あの、私の名前は弓塚さつきって言います」
そう、名乗った。
つづく