2/遭遇。
『大量失踪事件――のはずですよね?』
まだマリアージュ事件の処理が途中だったのに、急遽第16管理世界のとある町で起こったという事件に呼び出されたティアナは、現地で改めて渡された資料を読んで首を捻る。
最初に管理局で渡された資料にはざっと目を通していた。
それによると、ある時期からその町では失踪者の届出が急増した――ということだった。
「第16管理世界で? あそこは何度か以前に行ったことがあるけど、何処にでもありそうな普通の世界やったよ?」
「地球でいうと名古屋とか仙台みたいな、地方都市としては大きいけど無茶苦茶な大都会でもないって感じだったかな」
「六課を立ち上げる前に事務的な用事で立ち寄っただけですな。歴史は古代ベルカ時代から続いてるのですが、もうほとんど遺物も残っておらず、ロストロギアの流通経路の一部に入っていた形跡があったというだけで、結局は何もみつかりませんでしたが」
「お土産のゼリーはなのはちゃんには好評でした」
ティアナはそれぞれの言葉に頷き、話を続ける。
「失踪そのものは、何処の世界でも普通にあることなんですが……それにしても短期間でのその量があまりにも多くなっていて」
現代において、人間がいきなり姿を消すということ自体はよくある話ではある。何万人もの人間が毎年姿を消している。だが、それは社会の中で認知されなくなったというだけの話であり、それもたいがいが地元の世界で浮浪者などをしている場合が多い。
「しかし、浮浪者が増えたという情報もないんです」
「……何人が失踪したん?」
「この半年で届出があっただけで三百人です」
「一ヶ月に五十人、か――第16世界の総人口はどんだけやった?」
「二百万人くらいです。主要都市は十ありますが、事件のあったモーゲンは二万人いない中規模の地方都市です」
はやては唇をすぼめる
「微妙やな……確かに二万人の町で月五十人消えているっていうのは大事やといえばそうやけどな……他の街にいったとかではないんやね?」
「ありません。第16世界では環境課が住所不定の人間を月一で調査していますから――それに、各都市部の移動はレールウェイを使用する他はなくて、だけどそれに市民IDの使用された形跡がないんですよ」
「使えば一発で何処にいるのかは解るからなあ。公共サービスも受けずに就職もせずに生活していくとなったら、それこそ路上生活者になるか、あるいは非合法組織に所属して糧を得るか――」
市民IDは次元世界で生活していく上では欠かせないものである。要するに市民としての登録証なのだが、公共サービスを受ける場合、あるいは就職などをする場合にはそのカードを通して申請しなければならない。
日本では管理社会ではないかと左巻きな人たちに非難されそうなシステムであるが、実際に上手く社会を運営している側としては文句を言われる筋合いはない。というか97管理外世界的に見ても、この手の管理システムは左翼側から提出されるものであるが、それこそ関係のない話だ。
個人の認識は各自が持っているリンカーコアから検出される魔力素の入力パターンなどで、これは変身魔法でも偽造は不可能される。基本的に犯罪などに関わるとIDカードは停止させられるのだ。カードには当然のことながら個人情報が満載だが、それを読み取るには持ち主の認証か管理局の一定以上の地位の魔導師の許可が必要となり、管理局からも犯罪に関わらない限りは手を出してはいけないこととなっている。
そこらの細かいシステムなどを説明しだしたら、それこそ何十行書いても終わらない。
はやてはうーんと唸り、「考えられる可能性としては」と言った。
「他の次元世界へいって、そこで浮浪者をしている」
「別世界への移動は、それこそ絶対に管理局に記録が残ります」
「意図したものではなくて、何らかの災害か、あるいは――」
「災害の可能性はほぼ皆無です。近い場所での次元震の記録は、最新のもので一年前にあります。結構大規模なものなので余波が残っているとも考えられますが、しかし失踪は半年前から断続的に起こり続けているものなので」
もしも観測不可能な小規模な次元震が細かく何度も起こっていて、そのつど誰かを別の世界に移動させてるというのなら――
「それこそ、管理局でもお手上げです」
「そしてありえんな。次元震が一人だけを飲み込む程度の規模だとしても、管理局はそれを見逃すほど無能やない。何百人も飲み込むのなら何百回も起こっとるはずや。いくらなんでも、それを感知できへんわけはない」
「可能性としては、常に残り続けるから厄介なんですが」
しかし、やはり現実的ではないといわざるを得なかった。
失踪した場合、元の世界からいなくなるということは実は少数派だ。次元航行のルートは管理局が完全に押さえているし、個人で世界を移動できる魔導師というのはあまりいない。たまに次元漂流者として何処かの別世界にいくというケースもあるのだが、それこそ限りなくコンマの向こうに七つばかりゼロを並べたくらいの低確率だろう。失踪者は多くが元の世界で浮浪者をしているか、さもなくば誰にも発見されないところで死んでいるというのが相場だ。
そうでないとしたら。
「犯罪に巻き込まれたか――」
「月に五十人づつが関わることとなる犯罪、となると」
ふむ、とはやては瞼を閉じる。
「届出がある分だけで、というてたけど、それはつまり届出がない分がかなりあるかもしれへんということやね」
「恐らく。しかしそうなると、月にどれだけの人間が姿を消しているのか、見当もつきませんでした」
「まわりっくどいこと話してないで、続きをいえよ」
ヴィータが口を挟んだ。
「のっけから止まってんじゃねーですよ。現地で渡された資料にはなんて書いてあったんだ?」
ティアナもはやても顎を上下させた。
「その資料は、私が依頼されてからそこにいくまでに起きていた目撃情報についての報告書でした――」
『殺されてた?』
ティアナはその目撃証言を読んで、首を捻る。
正確には、失踪していた知人が殺されているのを目撃した――という人の報告だった。
ティアナがこちらの世界にくるまでにおきた事件で、ほんの十五時間前にあったことだった。
それは重大な事態の進行を意味している、のだが。
現地管理局駐留の若い男の執務官補が、重々しくティアナの言葉に首を振る。
『死体は残っていません』
『完全に魔法で焼却されたってこと……でもないんだ』
『鑑識専門の魔導師が五人、その殺人があったという場所に報告があってから三十五分以内に駆けつけたんですが』
殺人があったとされる時刻からでも一時間以内だ。
それでも――そこで殺人があったという痕跡は発見できなかったのだという。
『ただし、そこで争っていたかのような形跡はありました』
『……靴のサイズから推測して女性ではないかと思われる、と。体重のかけ方から考えて、何かの接近戦のスキルを所有していたらしい、か。誰かが戦っていたのは確かだとして』
『しかし、死体は痕跡すらありませんでした。衣服だけが残っていましたが』
『目撃した人には話を聞ける?』
『入院中です。話わ聞くことは可能ですが、あまりおススメできません。彼女が言っていることが正しいのなら、彼女は失踪していた自分の婚約者が、とおりがかりの女性に襲いかかり、反撃を受けて切り殺され、灰になっていったのを見ていたことになるのですから』
『錯乱していたと?』
いっそ錯乱して支離滅裂なことを証言した、というのなら問題はない――わけではないが、事実関係はよりシンプルになるのだが。
少なくとも、行方不明者が切り殺されて灰になったというのはどうにも納得しがたい事態だった。
『灰になったということですが、その灰すらも見つかりません。ただ、衣服は表面の様子から失踪時以来手入れしていなかったというのは確実だそうですが』
『灰に、なる――切り殺したという女性が何かの魔法を使ったのか……』
ティアナは額を押さえる。
どんな魔法を使ったのだろうか。
殺傷設定にして魔力で熱を操作すれば、烈火の将といわれているシグナムならばそのくらいはやってのけそうな気はする。彼女ならあるいは――だが、この報告書を読んだ限りでは魔力光は見えなかったとある。夜中で。何かの魔法を使用したのならば魔力光は確認できるはずだ。それに、灰も残っていないと執務官補も言っていた。燃やせばその痕跡は残るのだ。
(そうなると考えられるのは未知のロストロギアを使用したか、あるいはISか……戦闘機人がまだ何処かで作られているという可能性はあるのかな……いや、もしかしてマリアージュと同様のケースであることも――いやいやいや、そもそもこの場合に問題なのは、灰にどうやってしたとかなったということよりも――)
「失踪者の全てがそうなっているのか、それが解らんということやね」
「はい」
ティアナは肯く。
「そうなっている」というのは、つまり夜の裏路地で女性に対して襲い掛かるようになっているのか、ということだ。
「念のために目撃者にも確認しました。話はちゃんと聞けました。先に手を出した方が自分の婚約者だと」
「慣れない生活で精神が追い詰められていたというのなら、まだいいんやけどね――」
解らないのは、果たしてこの失踪者は集団失踪に関係があるのかということである。本当にたまたま、なんの犯罪にも関係なく自分の都合で失踪した可能性だってあるのではないか。迂闊な予断は許されない。
ただ、その女性というのが事件にどう関わっているのかについては不明だが、尋常な存在ではないというのは確かだった。
「どうしても、その人の容姿が思い出せないそうなんです」
ティアナは言った。
「その人が女性なのかどうかも確信はもてなくて、ただ女性だったような気がするとしか。髪の色もどれくらいの年齢だったのかも」
「嘘ついてんじゃねーのか?」
ヴィータは自分でも信じてない突っ込みを入れる。
「嘘にしても不自然にすぎます」
ティアナはまず、その現場に直接出向いてそこを中心に調査範囲を広げていった。
勿論のこと、手のすいた管理局員を動員してである。
そして一週間目に、彼女はたまたま事件に関わりのありそうな重要人物を目撃することになるのだが――
「本当に本当に、絶対に他言無用です」
改めて、念を押す。
はやてもヴィータもザフィーラもリインも、そろって頷いた。
◆ ◆ ◆
ティアナは焦りを感じていた。
調査は進めているが、事態の全容は相変わらず解らないままだった。目撃証言はあれから増えていて、行方不明だったと思しき人間を見た、というような報告も何度か受けている。しかしそれらは断片的なものだった。全体を構成する絵の象(かたち)は未だ見えてこない。
しかしそれでもある程度の事実はつかめてきた。
(どうやら、今回の大量失踪は、一つの事件みたいね……)
目撃証言は共通してその失踪者の様相が変わっていることを伝えている。
『なんか生気がないというか、意思の感じられない顔でした』
人間の他人の顔に対する記憶というのは、かなりいい加減なものである。
よく見知った家族ですら、その顔のパーツの細かい部分は覚えていない。無縁仏の死体などを特徴などから失踪届けを出していた家族を呼んで照合し、「間違いありません」として引き取って荼毘に伏した後、実は家族ではなかったということが判明する――などということはよくあることなのだという。しばらく見ていないと家族ですらそのようなものである。もっというのなら、人間はその人物の姿を「印象」で記憶しているのだ。だからその人物が記憶にない通常ではない様子だと、遠目では果たして当人なのかも判別が難しくなる。
意思が感じられない、感情の抜けた、例えば死体のようなモノの顔は、記憶の中の印象を元には照合しづらいのだ。
今回の失踪事件もそのようなものだとティアナは感じた。
(何かの事情があって、朦朧としている状態にされているんだわ)
そしておそらく、街中をふらふらと出歩いてるのだろう。
しかし、普段では見せない顔をしているために、ちょっとした知り合い程度では遠目に見ても失踪した当人かの確信が持てないのだ。
勿論、目撃証言の全てが夜であることを鑑みれば、そのような知人と出くわすということもほとんどないのだろうけど。
(夜になったら歩き出す、か……わかんないわね。これは一体、どんな事件が起きているのかしら)
何か人為的な原因がある「犯罪」ではないのかもしれない。
ティアナはそのような考えも持っている。
もしかしたら罹患した人間の思考力を奪わせて徘徊させるような、そんなウイルスにこの町が密かに犯されているなんてことも――
全容を把握するには明らかにピースが足りなかった。
ティアナはあらゆる事情を考えながらも、いまだ解決の糸口を掴めないことにひどく焦燥を感じていたのだ。
その日の夜は補佐官と別れて一人で出たのも、その焦りがさせたのだろう。本来は大規模な事件の場合は、優秀な執務官であってもツーマンセルでの行動が奨励されている。単独で事件を解決できるようなケースの方が少ないのだ。ティアナもそうしていた。しかしその日は補佐官はどうしても外せぬ用事があり、ティアナは「早めに切り上げる」ということで一人で出ることにした。そろそろ捜査の方法を切り替えようかとも思っていたところでもあった。
『そろそろ日付が変わるか……帰ろう』
時間を確かめて、定時連絡をしてから管理局に一度寄ろうと思ったその時。
―――――!
大気を振るわせる衝撃をティアナは感じ取った。
(魔力が使われた)
それもかなり攻撃的な力だ。
数々の修羅場をくぐりぬけただけあった。ティアナの足は思考が結論を導く前に動いていた。
その魔力が生じたと思しき方向に駆けながらクロスミラージュにビーコンを発動させることを指示する。たいていのことなら一人でもどうにかなる。しかし万が一は常にありえた。自分の位置を管理局の人間に知らせなくてはいけない。秘匿の周波数を夜に流れていく。
そして走り出して五分で。
廃棄された工場にまできていた。
ここは当初から失踪した人間が大量に隠れる場所があるということで、じっくりと念入りに調べられたはずである。
と。
工場の中から人間にはありえない速度で走り出ていく者がいた。
「ま」
て、と言葉を出す暇もなく、そいつはティアナの目の前を一陣の赤い風のように走り去った。
そう。
赤い色だった。
あれは多分、コートか何かの外套の色だ。
ティアナはそう思った。
そして、黒い髪――をしていた、と思った。
(――あれ!?)
たった数秒前なのに、記憶が混乱している。
目の前をものすごい速度で走られて記憶できなかった、というのは勿論そういう部分もあるだろうが、しかしなんだかこの違和感は違うと思った。
『クロスミラージュ! 今の人は多分女で、赤い服で、きっと、黒い髪だった――記憶して!』
【了解いたしました】
彼女のデバイスは主人の言葉の意図を正しく把握したのか、あるいはただ言われているとおりにしたのか、とにかくその言葉をメモリーした。
『再生して!』
【 今の人は多分女で、赤い服で、きっと、黒い髪だった 】
『ありがとう。よくやったわ』
言いながら、彼女は顔をしかめる。
自分が口にしたはずの言葉に確信がもてない。
その時に自分が感じた印象をしっかりと口にしたはずなのだが、なんかそれが正しくないような気がするのだ。なんとなく。
(……おかしい。明らかにおかしい。変な魔法を使っているのかもしれない)
困惑しつつも追おうとして、果たして今の女?がどっちにいったのかも解らなくなっていた。
クロスミラージュは主の変調に気づいていた。
ティアナが声を出す前に管理局に連絡をいれ、ここから周囲に非常線を張るように要請していた。執務官の使用するインテリジェントデバイスとしてはかなり高得点を稼げそうな行動であった。
彼女は自分のデバイスが自分より役に立ってるのか、ということに少しだけ苦笑したが、落ち込む暇なんかないと思い直し、駆け出そうとして。
「―――トレース オン」
声がした。
廃工場の中からの声だ。
そして生じる魔力の波動と。
「―――ロールアウト バレット クリア」
積み重なる声。
呪文だ。
「―――フリーズアウト ソードバレルフルオープン」
何かが突き刺さる音。
ティアナは反射的に振り返り、障害物に身を隠すようにしながら廃工場の中を覗き込める場所にまで移動していた。スニーキングミッションはお手の物だ。
(誰かいるの?)
とっくにガラスが壊れてしまった窓枠の下に頭をおき、手鏡を出す。
迂闊に顔を出すわけにはいかなかった。
そして彼女の鏡の中には、二つのフードつきの黒いマントで姿を覆った二人の人物と、床に突き刺さる何十本もの剣が見えた。その剣はただ床に刺さっているのではない。誰かが着ていただろう服を突き刺し、縫い止めるように打ち込まれている。
それがどういう意味を持つのか、ティアナは理性ではなく、本能の領域から悟った。
(ここにいた人を、まとめて――)
『凄いね』
激昂しかけた精神にまったをかけたのは、マントの一人が出した声だ。女だった。女の声だった。
聞き覚えがあるような声だった。
『凄くない』
もう一人の声は男の声だ。
何処か吐き者てるような言い方だった。
『救えなかった』
『仕方ない――なんて言葉は使いたくないけど、こうなってしまっては、もうどうしようもないもの。あまり自分を責めないで』
『そうだけど……どうしても考えてしまう。最初から管理局に協力を要請すれば――』
『きっと、ひどいことになる』
『すまん』
二人はそれぞれ感情を抑えた声をしていた。
男も女も。
苦渋に満ちた、というような声だった。
やがて男が何かを言うと、床に着きたたっていた剣が全て消失した。
(転送? ――いや、なんか違う)
ティアナはその光景を見ていて、何か違和感を感じていた。
なんというか、この男がしていることは異質なのだ。
ミッド式とかベルカ式とかの違いではなく、どちらかといえばISのような特殊な能力に近い、しかし何か今までに見たこともない異質何かを見たような気がしたのだ。
男はそのまま壁に向かって歩く。
その視線の先にあるのは、壁に突き刺さっていた一本の剣――いや、あれはアームドデバイスだ。
ベルカの騎士の使う、武器の形をしたデバイス。
『……どうやらあいつ、この剣を切り札にしたみたいだな』
男はそれを手にとって、引き抜く。
それはまさに剣で、ベルカの騎士であるシグナムが使用するレヴァンティンの、一番見慣れているシュベルトフォルムによく似ていた。
『ベルカ式を使えるようになったのかな?』
女も歩み寄り、その剣を見る。
『いや、さっき解析したら、カートリッジロードのための重要な部品が壊れて使えなくなってる。仕様が特別で修理もできないんだろうな。ただの骨董品だ。しかし作られてから千年近く経過している上に、この刻まれた文字』
『古いベルカの文字だね。聖王教会でみたことがある。読めないけど、これは聖王教会で使う慣用句だったと思うよ。確か〈聖王の御世の永久たらんと願い、我等は剣にて闇を刻み〉……だったかな。ごめん。全部は覚えてないの』
『千年の月日を閲した、そしてこれはその頃の騎士が誓いの言葉を刻んだ剣だ。デバイスとしてはただの壊れたガラクタだけど、魂魄の重みが重なっていて、一級の概念武装になってる』
(概念武装?)
ティアナは聞いたことがない言葉に眉をひそめる。
古代ベルカのことを口にしていたが、ベルカ関係の用語なのだろうか。
『あいつの魔術は攻撃には向いてないからな。どうやら切り札として概念武装をこちらで入手するって手を考え付いたみたいだな』
『よくは解らないけど、こちらのそれでも効くの?』
『効くん――だろうな。現に効かせてる。取り巻きのシシャになんか目もくれず、目標だけ始末したらとっとと逃げた。こちらの概念があいつらに効くかどうかは未知数だったろうに、ものは試しとばかりにやってのけた。……たいした奴だよ。本当に。やっと追いつけたと思ったのに、また振り出しだ』
『本当に、聞いてた以上に大した人みたいだね……でも、まだ二人いるんでしょ? それとももう仕留めたのかな? この剣はもういらなくなったからおいてったのかな?』
女の言葉に、男は『いや』と何処かため息混じりに。
『〝うっかり〟と力をかけすぎて、壁にささって抜けなくなったんだろう』
『…………』
(…………)
思わずティアナも呆れてしまったが、女は『そうだ』と手を合わせた。
『つまり、その骨董の武器が必要になるんだよね!』
『ああ……――そうか。一つなくしたら、また入手しなくちゃいけない。あるいは予備をすでに手に入れているにしても、それならそれで』
『何本もの古い武器を購入している、あるいはいた、というのは、やっと見つかった手がかりだよ。幸い、私はそういうルートに詳しい人を知ってるから、頼んでみる』
何処か嬉しそうにいう女の声に、しかし男は立ち尽くして。
『……いいのか?』
『世界はこんなはずじゃなかったことばかり――そう、昔いってた人がいたんだ』
(―――――)
ティアナの身体が震えた。
その言葉を口にした女の声は。
聞き覚えがあるなんてものじゃない――
◆ ◆ ◆
「ちょお待ちい」
はやては口を挟む。
「その女ってのは、つまり、まさか……ティアナは」
「――なるほど。それで無限書庫に持ち掛けなかった訳だ。部外秘は家族にももらさないのが建前だが、ヴィヴィオやユーノから万が一にももれることを警戒していたのだな」
ザフィーラの言葉にティアナは肯く。
「ありえねーだろ!」
ヴィータが不機嫌に吼える。
「え? みんな何を言って、ええ!?」
◆ ◆ ◆
『もう、最善は失われてしまったんだ。犠牲はでてしまったんだよ。〈こんなはずじゃなかった〉――だからって、何もしない訳にはいかない。そうなったのなら、もう、次善の手に出るしかないよ。最悪は管理局に全ての事情が知られること、だったら、最悪にしないために、そうならないための犠牲を私たちは払うべきなんだ』
『――――』
女が勢い欲前に出ると、フードが外れて長い髪が外に出た。
夜の闇の中でその色はよく解らない。
だが、ティアナには見覚えがあった。
よく知る髪だった。
よく知る顔だった。
人は人の顔を印象で覚える。
だから、ティアナは間違えなかった。その顔は昔見たものに似ていて、より強い覚悟が秘められているものだったのだから。
あの懐かしくも激しい日々の延長にあり、より眩しさを増したその人の笑顔を、ティアナが忘れることなどは地獄に落ちてもありえないだろう。
『エミヤくん、いくよ』
管理局のエースオブエース。
高町なのはが、そこにいた。
つづく