動物は自らと異なる姿、異形を本能的に嫌うものだ。
人間はその中でも特にその傾向が強いと言えるだろう。
人間という生物は僅かな思想の違い、貧富の差、果てには肌の色が違うだけで、相手に容赦の無い悪意や敵意をぶつける。
そんな考えも時代の移り変りによって変化を遂げるが、根強く残っているのも事実だろう。
だがそんな考え方から、見放された男がいる。
その男は通常では存在しえなかった生物。
即ち『怪物』とも言い換えられる。
男の出自を知りながら、その世界の住人は男を『英雄』と呼び讃えた。
『英雄と呼ばれた怪物』である。
「……『英雄と呼ばれた怪物』、か。ますます興味を抱いてしまうじゃないか――ソリッド・スネーク君? ……フフ。フフフ、ハハハハハッ!」
白衣の男、ジェイル・スカリエッティの笑い声が、彼のアジトに不気味に響き渡った。
第九話「青いバラ」
真っ黒なタキシードを着用したスネークは、落ち着いた、それでいて気品溢れる内飾が施されている廊下をゆっくりと歩く。
成る程、空間に見合った格好の連中が闊歩している。
正直、あまりスネークが好む場所ではない。
タバコが欲しいところだな、なんて考えていたスネークは目の前の扉をノックして、ドアノブを捻る。
その部屋の中にいたのは、一人の男。
ハニーブロンドの長髪をリボンで纏め、旅をしていた時の小汚い服装ではなく、男の役職に見合うきっちりとしたスーツを着ている。
スネークは笑みを浮かべ、恭しく男に話し掛けた。
「スクライア司書長、会えて光栄だ」
「やめてくれよ、スネーク。君にそんな風に呼ばれると……こう、嫌な感じがする」
男――ユーノ・スクライアがブルッと震え、肩を竦める。
「何、司書長として返り咲いた祝いの言葉みたいな物だ」
一司書として出直す、なんて言っていたユーノだが、いざ無限書庫へ行ってみれば彼を待っていたのは熱烈な歓迎。
当時の司書長はその座をユーノに譲り渡すと嬉々として宣言し、司書達も歓迎の拍手を送った。
上層部もそれをあっさりと承認。
結果、一度は断ったユーノも再び司書長という立場に落ち着く事になった訳だ。
局内ではちょっとした話題にもなっているらしい。
自分の事を卑下していても、やはり能力面では素晴らしいものがあったのだろう。
ユーノは気恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻いた。
「それはどうも。……君もタキシードが意外と似合っているね、正直見間違えたよ」
スニーキングスーツよりもずっとマシ、と褒めるユーノ。
スネークは顔をしかめ、蝶ネクタイをいじってみせる。
「……どうも窮屈で行動しづらい。戦闘には向かないな」
「おいおい、わざわざ買って上げたんだ、そんなに文句を言わないでくれ。……それにしても、やっと意味が分かったよ」
「……俺がお前に同行を申し出た理由か?」
「うん。……君、ここのオークションなんかじゃなくて、六課の警備が目当てだろう?」
ズバリ言い当てるユーノに、正解だ、とスネークは笑った。
そう。ここはホテル・アグスタの一室、ユーノにあてがわれた控え室だ。
ここで行われるオークションで出品されるロストロギアを、ガジェットドローンがレリックと誤認する可能性がある。
その予測の元、会場の警備に機動六課がついたのだ。
話に聞いていただけのガジェットという自動機械にも興味を持っていたし、暇を持て余すのは不満だった。
そこに舞い込んできた、ユーノが鑑定の仕事を受けた、という話。
これを利用しない手は無い、という訳でユーノに同行を願い出て現在に至る。
六課の副隊長陣、シグナムとヴィータが一足早く警備についているのをチラリと見たが、隊長陣も既に到着している事だろう。
「……全く、君も相変わらず元気な男だね」
「ふかふかのベッドが安眠を提供してくれているからな」
「そう言わないでくれ、テント生活も悪くは無かっただろう?」
臭い骨董品さえ無ければな、と不適に笑うスネーク。
ユーノはしかめっ面を返しながらも、やはり苦笑する。
そんな中、控え室にノックの音が響いた。
やけに大きく聞こえる。
「ユーノ先生、そろそろ準備をお願いします」
はい、という返事と共に立ち上がるユーノ。
「もうすぐ開始か?」
「うん。君はこれから警備の所に行くのかい?」
「ああ。……とは言えガジェットとの戦闘は、直接は見れないだろうがな」
「空間モニターを用意してもらえれば御の字って事?」
「そういう事だ」
良く分かっているな、とスネークは苦笑して立ち上がり、控え室を後にする。
スネークがテラスへ出ると、見慣れたバリアジャケットを身に付けた少女達が立っていた。
スターズ分隊の隊員、スバルとティアナは緊迫した表情を浮かべていたが、スネークを見て驚愕している。
どうやら、タイミングは良かったらしい。
スバルが歓声を上げる。
「わぁっスネークさん、タキシード似合ってますね!」
「コラ、バカスバル! 全く……スネークさん、オークションは良いんですか?」
「……オークションよりも面白いものが見れそうだからな。敵襲だろう?」
はい、と頷くティアナは指揮を取っているシャマルに連絡を取り、空間モニターを表示させた。
「……これが、ガジェット・ドローン」
青掛かった、丸みを帯びたボディが群れを成して移動している。
小型が多いが、中には人の体よりも一回りも二回りも大きい型の機体も伺える。
このガジェットは、単体でAMFという魔力結合を阻害する空間魔法を発動する事が出来て、魔導士の天敵らしい。
スネークがそれらをじっくり見ようとする間も無くモニターから爆発音がこだまして、ガジェットは粉々に吹っ飛んでしまう。
六課の副隊長陣と、喋る犬だ。
騎士甲冑を身に纏ったシグナムが剣を一閃させれば、巨大なガジェットは切断面を曝け出させて爆発。
可愛らしい姿に反して溢れる闘気を放つヴィータが巨槌を振れば、打ち出された魔力弾がガジェットに寸分違わず命中し、例外無くそれらを破壊する。
そして喋る犬、ザフィーラが気迫の籠もった叫び声を上げれば、地面から生えた粛正の針がガジェットを貫く。
堅実だった現実感が音を立てて崩壊していくのをスネークは実感して、恐怖した。
魔法だのなんだの言われ続けたが、さすがに人形や犬が喋るのはやりすぎだ。
「……犬は喋らんぞ」
スネークが自身へ言い聞かせるようにそう呟いた直後、ユーノ自作の念話用カード型デバイスがシャマルからの念話を受け取った。
『ザフィーラは犬ではなくて、狼ですよ』
スネークはシャマルの弁に返事を返さずに溜め息を吐く。
そんなスネークの様子に気付かぬままスバルが、わぁ、と声を上げた。
二人ともモニターに釘づけになっている。
「副隊長たちとザフィーラ、凄い!」
「これで能力リミッター付き……スネークさん」
ふと思い立ったように、ティアナがスネークに視線を移した。
何だ、と返答。
副隊長達の実力に感動している訳では無さそうだ。
「スネークさんも射撃型ですよね?」
「まぁ、剣を振るったりする事は無いだろうな」
「……シグナム副隊長との模擬戦で接近戦を仕掛けて、見事一撃入れた、と耳にしました」
どこから漏れ出たんだ、と追求しそうになるのを堪える。
真剣味を帯びたティアナの言葉に、スネークは数日前の記憶を掘り起こした。
人質を取られてシグナムと止むなく戦ったその記憶は、自然とスネークを苦笑させる。
「相手が手加減をしていて、俺の方は麻酔銃しか装備を持っていなかったから取った戦法だ。いつもは銃に頼ってばかりの傭兵さ」
「それでも、凄いです。私なんて……。スネークさんは、何か接近戦の訓練を受けていたんですか?」
「……一般的な閉所における戦闘法、CQBなら」
「……そう、ですか。……私も……」
質問をスネークに投げ掛けてきたティアナは、どこか思い悩んだように見え、瞳が放つ光は弱々しく感じられた。
兵士なら誰でも習うだろうCQBの話を出して、スネークは嫌でも『それ』を思い出す。
屋内等二十五メートル以内での接近戦闘術を指すCQBに対して、敵と接触ないし接触寸前、銃の使用が難しい程近距離の戦闘術CQCだ。
伝説の兵士ビッグボスが最も得意としていて、彼の代名詞とも言える戦闘術。
スネークはザンジバーランドでその片鱗をはっきりと見た。
もしもスネークがそれを彼から直接習っていたとしたら、積極的に使っていただろうか?
ふと湧いた疑問に、どうだろうな、とスネークは首を振った。
潜入任務は現地調達が当たり前で、使える物はなんだって使うのが基本だ。
きっと使っているだろう、なんて思ったところで、それは意味の無い思考である。
戦場に『もしも』が介入出来る空間は存在無い。
そこには、絶対的な現実が悠然と存在するのみなのだから。
ともかくスネークは元々刃物が余り好きではないし、そのような状況でも知恵を振り絞り、時には力押しで問題無くやってこれた。
それが通用しなくなる位に頭の回転速度や体力が衰えた頃には、既に現役を退いているだろう。
ティアナはスネークの返答に黙り込んでしまい、スバルがそんなティアナの様子に気を掛ける。
「ティア、大丈夫?」
「……ん、なんでもない。スネークさん。ありがとうございます、参考になりました」
ティアナはそう言いながら何度か頭を振ると、再び力強い決意の籠もった瞳を取り戻した。
それに呼応したかのように、戦況ががらりと変わる。
順調に数を減らしていたガジェットの動きが良くなったのだ。
シャマルの声が脳内に響く。
『相手側に召喚士がいる可能性が大きいです、副隊長たちが戻ってくるまで防衛ラインを!』
了解、と威勢良く返事をして飛び出していくスバルとティアナ。
観戦するか、と歩きだすスネークに、シャマルのキツい口調が掛かる。
『スネークさんは危険ですから屋内に戻って下さい!』
「観戦したいんだが、チケットはいくらだ?」
『スネークさんっ!!』
「……ふむ、売り切れか」
了解、とスネークは肩をすくめて返事をし、ホテルの中へと戻っていった。
◆
「ササキー?」
「んー?」
広大なスカリエッティのアジトの掃除に一息ついていたジョニーを呼ぶ声。
ジョニーが顔を上げると、騒がしいセインやウェンディとは違って落ち着いた雰囲気を持つ少女、ディエチがモニターに写っている。
こんなハイテクな機械にも段々と慣れつつある事に、幸せと恐怖が入り混じった不思議な感覚をジョニーは覚える。
ハイテクは好きだが、やはり地球が恋しい。
「ササキ、ドクターが呼んでるよ」
「……嫌だと言っておいてくれ」
「ええっ、それは不味いんじゃ……私も困るよ」
予想もしなかった返答に、戸惑いの色を見せるディエチ。
正直、スカリエッティは苦手だったのでジョニーは行きたくなかった。
それでも駄々を捏ねていると、恐らく怒り狂ったトーレがやってくるだろう。
彼女の刃が自身の身を切り裂く恐怖に身震いする。
「……冗談さ。奴は、何て?」
「確認したい事があるんだって」
「そうか。……はぁ。じゃあちょっと行ってくるよ」
昨日洗い浚い喋ったジョニーに、今更何を確認するというのか?
全く想像もつかないし、それだけに不安も感じる。
ジョニーは憂鬱な気分を腹に押し込めて立ち上がり、スカリエッティの元へと向かった。
「やぁ、ジョニー君」
相変わらず不気味な雰囲気を放つ男、ジェイル・スカリエッティがジョニーを笑顔で迎えた。
こんな奴と話す位だったら、ナンバーズの面々と親睦を深める方が遥かにマシだ。
ジョニーの口調も自然と堅くなる。
「何の用だ? 飯の用意はまだ――」
「――これを見てもらいたい」
ジョニーの言葉を遮ったスカリエッティは、いつも彼の傍にいる女性、ウーノに空間モニターを出現させる。
群れながら飛行を続ける機械兵器がモニターの画面上に映っている。
どうしても笑いを堪えられないのか、スカリエッティは満面に笑みをたたえていて、実に薄気味悪い。
「……こいつは、ガジェット・ドローンだろ? あんたが作った……」
「ああ、その通り」
AIを搭載した機械兵器ガジェット・ドローン。
ジェイル・スカリエッティが制作したそれは画面上で次々と破壊されていく。
戦っているのは、恐らく時空管理局と呼ばれる連中だろう。
「……やられているじゃないか、大丈夫なのか?」
「これにはさほど期待していないよ。……それよりも、見て欲しいものがあるんだ」
スカリエッティの合図に、ウーノが何やら操作を始める。
電子音と共にモニターの画面が変わり、男を映し出す。
ジョニーは目を見開き、顔を驚愕に染めた。
「こ、こいつっ!?」
「最近スクライア司書長の復職に合わせて管理局に保護された、『スネーク』と名乗る男さ。何故こんな所にいるかは不明だがね」
モニターの画面には忘れようもないあの男、ソリッド・スネーク。
シャドーモセスの時とは違ってタキシードを着用していて、バンダナは付けていないし髪も伸びている。
いやはや、本当にリキッドと瓜二つだ。
スカリエッティはジョニーの様子を見て、満足気な表情を浮かべた。
「さぁジョニー君、確認してもらいたい。この男は『シャドーモセスの真実』のソリッド・スネークで間違いないかな?」
「……髪は伸びてるけど間違いない、奴だ。……奴もこっちに来てるなんて」
管理局に保護された『スネーク』が『ソリッド・スネーク』であるという確証を得たスカリエッティは、やはりか、と呟いて笑みを浮かべる。
まるで恋焦がれるかのように、画面上のスネークに視線を向けた。
「……そうか、フフ、それは素晴らしい、フフフ……ウーノ、直接彼を見たい、ちょっと出てくるよ」
「お気を付けて、ドクター」
スカリエッティは、呆然としているジョニーを残して部屋を颯爽と後にした。
生命操作技術云々に固執するスカリエッティと、それによって生み出されたソリッド・スネーク。
どうやら、また面倒な事になりそうだ。
画面越しに写る、力強さが伺えるスネークの瞳は、それに気付いているのだろうか?
腹の痛みと戦いながら、自身の未来をひたすらに案じるジョニーだった。
◆
僅かに残っていた、焦げる臭いが鼻を突く。
スネークはアグスタ近くの森林地帯、先程まで戦闘が続いていた場所に佇んでいた。
勿論、もうオークションは終わったので私服に戻っている。
散乱していたガジェットの残骸も、管理局の手によって回収されている。
それを紛らわせるようにタバコを取り出すスネークに、声が掛かった。
「スネーク!」
「ユーノか。……六課の連中は?」
「既に任務を終えて撤収していった。僕もこれで今日の仕事は終了だ」
「そうか、なら俺達も――」
スネーク、と言葉を遮るユーノに、何だ、とスネークは問い掛ける。
「……ちょっと、散歩しないかい?」
喧騒なミッド中心街を抜けて、外れの小さな公園に辿り着く。
ブランコと鉄棒、そしておまけ程度にベンチがあるだけだが、静かで落ち着いた雰囲気にスネークは好感を持った。
散歩している間は一言も言葉を発しなかったユーノが夕焼け空を仰ぐ。
「……こんな風にミッドを散歩するなんて、もう無いだろうと思ってたよ」
「おまけに、もう会う事も無いと思っていたなのはと再会、恋仲になった訳か」
軽い口調のスネークだが、ユーノの顔は真剣そのものだ。
「さっきなのはから聞いたよ。……帰る日が決まったんだって?」
「ああ、三日後だ」
「じゃあ、君とこうして散歩して話すのもこれで最後か」
ユーノは、そうだな、と微かに呟くスネークをしっかりと見据える。
一度深呼吸すると、噛み締めるように話し始めた。
「僕は君に感謝している。君のおかげで僕は新しい生き方を見つけられた。自分自身と向き合う勇気を持てた」
「……俺は少しアドバイスしただけだ。結局、何事も決断を決めるのは自分なんだからな」
「それでも。……それでも、君は僕の恩人で、かけがえのない仲間で――大事な親友だ」
これまでも、そしてこれからも。
ユーノがそう言って差し出してきた手を、スネークは無言で握り締める。
奇妙な感覚だった。
若者の手の暖かさと、そしてそれを感じる事が出来る自分がいる事が信じられなかった。
しばらくしてユーノは名残惜しそうにその手を離すと、寂しそうに微笑む。
「僕も精一杯頑張っていくよ。旅をしていた時と違って、ホワイトカラー(頭脳労働者)だけどね」
「俺は相変わらずブルーカラー(肉体労働者)のままだな」
「……君に頭脳労働は似合わないだろうしね」
笑い合い、スネークはタバコを取り出して火を付ける。
夕焼け空に、吐き出された紫煙が溶けていく。
スネークが今まで吸った中で、一番美味く感じた。
「いや、違うよ」
しかし。
スネークでもユーノでもない男の声に、そんな穏やかな空間は破壊された。
「君は根っからのグリーンカラー(戦争生活者)だ。ソリッド・スネーク君」
スネーク達の元に、白衣の男が歩み寄ってくる。
肩まで届く紫の髪に、狂気を含ませた表情。
(俺を、知っている?)
男の瞳からは戦意を感じられないものの、浮かべている薄ら笑いが嫌悪感を駆り立てた。
明らかに管理局員ではない。
鳥肌が立ち、全身の細胞が危険信号を放っていてその男が敵だと警戒している。
ユーノが驚愕を含ませた、今まで見たこともない形相で男に叫ぶ。
「お前はっ……ジェイル・スカリエッティ!?」
「やぁ、スクライア司書長、君とも初めまして……かな?」
訳が分からない。
スカリエッティを睨むユーノに、スネークは念話を飛ばす。
『ユーノ、奴は一体?』
『……例のレリックを集めている主犯格の男だよ』
「そう警戒しないで欲しいなぁ、私は戦いに来た訳じゃないんだ。スネーク君、君に会いに来たんだよ」
「……何」
スカリエッティは口の端を吊り上げる。
スネークはタバコを吐き捨ててM9を構え、その薄気味悪い笑顔を睨み付けた。
「フフフ、君は、グリーンカラーだ。戦いが君を生かしているし、君自身、誰よりも戦いを愛していている。心の中では戦いを望んでいるんだよ」
「……知ったような口を聞くな」
「事実だろう?」
そう怒らないでくれ、と言ってスカリエッティはスネークに近寄る。
スネークの瞳をじっくりと覗き込んで、笑い声を上げる。
警戒心か、嫌悪感か、ともかくスネークは一歩後ずさった。
「……ククク、君は素晴らしい、素晴らしいよスネーク君、最高だっ」
スネークは確信した。
この男、スカリエッティは狂っている。
何を言っても無駄だ。
ユーノは六課に連絡をしたようで、すぐに応援が駆け付けてくるだろう。
スネークは身構えているユーノをチラリと見てからM9の引き金を引こうとして、スカリエッティの言葉に硬直する。
「オリジナルである父親、そしてたった一人の兄弟を殺していながら、君の瞳は力強い光を放っている! 実に素晴らしいっ!」
「――なっ!?」
時が止まった。
この男は、管理局に保護された次元漂流者の『スネーク』ではなく、『ソリッド・スネーク』を知っていた。
ユーノが困惑した表情を浮かべてスネークに目をやる。
スネークも動揺を隠し切れずに、スカリエッティへと怒鳴った。
「貴様、何故俺の事を!?」
「代用品として産み出され、オリジナルを超えた……ハハ、科学者として興味を持たせられるよ。プロジェクトFよりも何年も前の技術で生まれたとは思えない完成品だ!」
「答えろっ! 何故知っている!?」
「……スネーク君、君は『青いバラ』だ。不可能を可能にする男。自然界には存在しない、人工的に作られた蛇……」
「ぐっ……」
「フフフ、さっきも言った通り、今日は会いに来ただけさ。いやぁ、予想以上に素晴らしいものが見れて良かったよ」
スカリエッティの足元に魔法陣が形成される。
「転移魔法だっ!」
ユーノが我に返って叫ぶと同時にM9の引き金を引くが、スカリエッティは腕を振るって弾き、平然とスネークに笑い掛けた。
魔法陣の放つ光が増していく。
「悪魔の兵器を一人で倒す程の実力に興味があるんだ。出来れば君の故郷、地球だったか、そこにはまだ帰らないでもらいたいなぁ、こちらが出向くには手間が掛かるしね」
「――スカリエッティ!!」
バリアジャケットを身に纏った六課の隊長二人が、スネーク達とスカリエッティの間に飛び込んでくる。
だがスカリエッティには、意に介する様子はない。
「フフフ、それでは。スネーク君、君は運命からは逃れられないよ。……また会おうっ!」
スカリエッティは不気味な高笑いを残して光に包まれ、姿を消す。
フェイトが声を荒げた。
「シャーリー、追跡を!」
スネークは苦虫を噛み潰したような表情と共にクソ、と毒づく。
正直、何が何だか分からない。
何故奴は自分の事を知っているのか?
リキッドやビッグボスの事を知っているのか?
そして何よりも、『運命からは逃れられない』という言葉が、スネークの胸に突き刺さった。
――ふざけるな。
それは戦いの中で生きるしか無い運命と、ビッグボスに縛られ続ける運命、どちらの意味なのか。
両方かもしれない、とスネークは拳を握り締める。
公園内は何事も無かったかのように落ち着きを取り戻していた。
フェイトがスネークに駆け寄る。
「スネークさんっ大丈夫ですか!?」
「問題無い。……大丈夫。大丈夫だ」
目蓋を閉じて呼吸を整えると、自然に気持ちも落ち着いてきた。
ふと横を見れば、なのはも心配そうな表情を露にしてユーノの傍にいる。
反応ロスト、という言葉がなのはの目の前のモニターから微かに聞こえてくる。
フェイトが複雑な表情の元、溜め息を吐いた。
「……なのは、とりあえず戻ろう。スネークさん、はやてが話を聞きたいそうですから、部隊長室までお願いします。ユーノもお願い」
ジェイル・スカリエッティという名前がスネークの脳内に深く刻み込まれる。
奴の高笑い。
青いバラだと言い放った事。
スカリエッティの全ての言動に対して、スネークは舌を打つ。
それは、新たな戦いの始まりの合図でもあった。
機動六課、部隊長室。
外はもう夜の闇に包まれて真っ暗になっている。
そろそろ涼しかった夜も夏の熱気が近づいてきて暑苦しくなるだろうが、部隊長室を包んでいるのは緊張感。
先程のスカリエッティとの出来事についてユーノから詳しく聞いたはやてが、スネークにゆっくりと問い掛けた。
「スネークさん。……あなたの事を、教えて戴けませんか?」
そう、ここにいる隊長陣、そしてユーノもそれを聞きたがっているのだろう。
スネークの出自について。
現在に至るまでの経緯について。
スカリエッティが言い放った、スネークは自身の父親と兄弟を殺した、という言葉について。
スネークもこの部屋に来るまでに覚悟していた事だったから、すんなりと話し始める事が出来た。
スネークは全ての記憶、経験を掘り起こし、ゆっくりと一つずつ話していく。
二十世紀最強の兵士、ビッグボス。
彼を複製するための計画、自分を産み出した『恐るべき子供達計画』。
兵士達の天国、武装要塞アウターヘブン。
地球上のあらゆる地点からの核攻撃を可能にした悪魔の兵器、メタルギア。
父親だと知らずにビッグボスと対峙して、彼を殺害した事。
二度の戦いでPTSD(心的外傷後ストレス障害)に掛かり、隠遁生活――現実社会から逃げ出していた事。
容赦無く寒風が吹き荒れるシャドーモセスで行われていた、新型メタルギア、REXの開発。
自由を求めて全世界を敵に回す事を決意した、『恐るべき子供達計画』によって産み出された兄弟リキッド・スネークとの戦い。
全てを話し終えた時、部屋にいる者は皆辛い表情に包まれ、言葉を失っていた。
確かに、こんなに非人道的で非現実的な話を聞かされたら絶句するのも頷ける。
「地球でもそんな、酷い事をっ……」
「……奴の言う通り、俺は父親と兄弟を殺した。……俺の人生で、一番のトラウマだ」
「それは、スネークさんに責任は――!」
「――いや。俺が一生背負っていかなければならない事だ」
辛い記憶に顔をしかめる。
なんとも気まずく居辛い雰囲気になってしまった事にスネークは少し後悔して、無理矢理に話を進めた。
「……で、だ。奴は――ジェイル・スカリエッティは俺に異常な執着心を見せていた。……奴について教えてくれ」
スカリエッティの狂気を滲ませた笑い顔を思い出して顔を歪めながらもスネークは問う。
黙りこくった四人の中、はやてがその問いに答えた。
「……科学者ジェイル・スカリエッティ。生命操作や生体改造に異常な情熱を持った次元犯罪者です」
「生命操作、だと?」
「人間の体に機械を埋め込めるよう調整して強力な兵士を作る戦闘機人や、外科的な介入によって後天的に能力を付与させて作り出す人造魔導士……です」
「……奴が言っていたプロジェクトF、というのも?」
「それは……」
口籠もるはやてに、神妙な面持ちでフェイトが乗り出してくる。
なのはが心配そうに彼女を見つめた。
「……フェイトちゃん」
「なのは、大丈夫。……スネークさん、プロジェクトFは……オリジナルの記憶を持たせたクローンを生み出す技術、です」
「! ……人間の完全複製、か。……奴は人間を、知的探求心を満たす為のおもちゃにでも考えているのか」
対象の能力、風貌を引き継がせて生み出されるクローンではない。
対象の情報をそのまま全て写し、まるで設計図通りに作られたプラモデルのように完全複製する計画。
スネークはますますスカリエッティに対する嫌悪感を募らせた。
人間の命は尊いものだ。
研究の為に弄ぶようなものではない。
倫理感を失った科学者こそが本物の悪魔かもしれないな、と毒を吐く。
フェイトが辛そうに、絞り出すかのように話を続けた。
「……私も、そしてエリオもプロジェクトFによって生み出された存在なんです。オリジナルの代理とさせる為に」
「何だって……!?」
今度こそスネークは飛び上がりそうな程に驚愕した。
二十歳にも満たない女性がそんな事実を毅然と受け止めている事が信じられなくて、スネークは茫然とする。
スネーク自身、自分がクローンだと聞かせられた時には、怒り狂うリキッドに何も言えずに動揺しきっていた。
「……エリオも、それを知って?」
はい、と頷くフェイトに、スネークは頭を抱える。
十歳程度の少年もがそれを抱えて生きている事に何とも言えない感情に襲われ、自然に口が動く。
「君達は、強いな」
「いえ。……エリオも私も、周りの皆が支えてくれたからこうしていられるんです。だからこそ、スカリエッティを止めなければ……!」
「スネークさんは、気にしないで地球に戻って下さい。スカリエッティは、私ら六課が必ず捕まえてみせます」
改めて決意を表明するはやてに、スネークは首を振った。
「いや。俺も……俺も、奴と戦う」
「スネークさん!?」
スネークの予想外の言葉に虚を突かれたはやてが非難の声を上げる。
当然だろう、魔力を持たない一兵士が戦線に加わる事を認めるなんておかしい事だと、スネーク自身そう思う。
だが、引き下がれない。
引き下がる訳にはいかない。
「……奴は、絶対に止めなければならない。このままでは帰れない」
「危険です!」
「そんな事は百も承知だ。今まで危険ではない任務なんて無かった」
ぐぅ、とはやてが唸ると同時に、今まで口を開く事が無かったユーノがおもむろに声を上げた。
その瞳はスネークをしっかり捉えている。
「……スネーク。奴は君を、戦いを望む人間だと言った。君の選択は、それを認める事になるんじゃないのかい?」
キツい言葉がユーノの口から飛び出るが、スネークの意志は変わらない。
それを認めるつもりも無い。
ユーノから視線を逸らさずに、スネークは言い放つ。
「いや、違う。俺は生きる為に、生の充足を得る為に戦うんじゃない」
「ふむ。じゃあ、何の為に?」
ユーノがまるで生徒に質問を投げ掛ける教師のようで、少し滑稽に思えた。
僅かに苦笑して、すぐに顔を引き締める。
「……俺の親友がこう言った。『俺達は、政府や誰かの道具じゃない。……戦う事でしか自分を表現出来なかったが――いつも、自分の意志で戦ってきた』」
それはグレイ・フォックスがREXの足の下で、死の間際に言い放った言葉。
どんな言葉よりも深く、スネークの体に染み込んだ言葉である。
「俺は、この言葉に忠実に戦う。これは誰の強制でもない、俺の意思で選び取る戦いだ。……奴を放ってはおけない!」
はっきりと、そう伝える。
ユーノは腕を組んでしばらく熟考すると、出し抜けに笑った。
そして、そのままスネークを見据える。
「成る程。……なら、僕も最大限協力させてもらうよ」
「ユーノ君っ!?」
女性陣が驚きの声を上げる。
はやてがユーノに詰め寄った。
「ユーノ君も止めてくれなアカンのにっ!」
「はやて、スネークの決意は固い。止めても無駄だよ」
「それでも! 魔力も持たない人が――」
「――そう、スネークは魔力を持たない。つまり彼はAMFに関係なく戦える。はやてだってシグナムさんから、スネークの実力を聞いただろう?」
うぅ、と口籠もるはやて。
この辺はさすがというべきか、ユーノはズバズバと言い返し、逆に黙らせる事に成功している。
口が回る男は頼れるな、とスネークは感心する。
観念した、と言わんばかりにはやてが両腕を上げた。
「……はぁ。分かりました、認めます。……ユーノ君もスネークさんも、意外としつこい所があるんやね……」
「蛇だからな」
「はは……じゃあ、スネークの地球への帰還は民間協力者という事で延期。ああそうだ、スネークの装備の許可も取ってこなくちゃね!」
「あ、ああ。そうだなユーノ、頼む。」
どこか上機嫌にも見えるユーノは、忙しくなるぞぉ、と気合いを入れている。
たじろいでいるスネークを見て、柔らかい微笑みを浮かべたなのはが、こっそりと耳打ちをしてくる。
(ユーノ君、スネークさんとお別れするのを誰よりも寂しがっていたんですよ)
(……どうせなら美人な女性に寂しがって欲しかったな。君みたいな)
(……フフ。照れてるスネークさんを見るの、初めてです)
スネークは照れ臭さを誤魔化すように言うが、フェイトもなのはもスネークの気持ちを察しているのかクスクスと笑っていて、どうにも落ち着かない。
何はともあれ、新たな世界での、新たな敵。
ジェイル・スカリエッティとの戦いが、始まる。
おまけ
機動六課部隊長での会議の後。
ユーノがふとスネークに目をやり、そのままジロジロと眺めていた。
しばらくはそれを耐えたスネークだったが、我慢できずに遂にユーノに顔を向ける。
「……さっきから何だ」
「スネーク。……君、随分と髪の毛伸びたねぇ」
「……む」
ユーノが手鏡をどこからか取出してスネークに手渡す。
成る程、確かにシャドーモセス潜入直前に切った筈の髪の毛はすっかり伸びている。
肩まで悠々届いた髪の毛を見て、改めてリキッドと瓜二つである事を自覚させた。
前髪に欝陶しさを感じ、掻き上げる。
――ふと、疑問。
シャドーモセスで、リキッドはマスター・ミラーに変装して、スネークを欺いていた。
「なのは達は知らないだろうけど、スネークと初めて会った時は短髪だったんだ。……スネーク、軽く切ったら?」
「……ユーノ。サングラスと髪止め用のゴム持ってるか?」
「え? 一応、あるけど。……はい」
何故持っているのかは敢えて突っ込まなかったが、有り難く受け取る事にする。
髪を纏め、後ろで一つに結い。
そして、サングラスを掛ければ完成だ。
手鏡を見ながら、明るい声になるように努めて声を出す。
「スネーク、マクドネル・ミラーだ! 懐かしいなぁ!」
ユーノ含め、部屋に居た人間は皆硬直。
この男は何をやっているのだろう、と。
ユーノはずれた眼鏡を押し戻し、その場を代表しててスネークに呆れた視線を向けた。
「……君、何やってるの?」
「……何でも無い。鋏を貸してくれ、切る」
スネークは素早くサングラスを外してゴムを取る。
髪の色こそ違うが、予想以上に外見もマスター・ミラーとそっくりだったのだ。
(……マスター、あんたには同情するよ)
記憶の彼方に残る、世話になったマクドネル・ベネディクト・ミラーはもうこの世にいない。
スネークは少しだけその鬼教官を懐かしんだ。