「戦う理由を自問しない兵士はいない。いるとすれば、そいつはイカれた殺人鬼だ」
そんな言葉を、いつかどこかで聞いた記憶がある。
成る程成る程、実に的を射た考えだ。
それでは、自分はどうなのだろう?
顎に手を当て自問してみる。
祖父に憧れて兵士になり、そのままがむしゃらに頑張ってきた。
しかし、それは直接の理由には成り得ないだろう。
かといって殺人衝動があるわけでもない。
「所詮戦う理由なんて誰も大した事じゃ無い。私達も、君もな」
銀髪の少女――見た目よりもずっと年を喰っているらしいが――チンクの言葉を思い出して再び頭を抱える。
今まで自分は何の為に戦ってきたのだろう?
そしてこれから、何の為に戦っていくのだろう?
ジョニーは消えぬ悩みに悶えた。
第十一話「廃都市攻防戦」
スカリエッティのアジトでは、ジョニーを「ササキ」と呼ばずに「ジョニー」と呼ぶのは三人だけだ。
まず、イカれた変態科学者のスカリエッティ。
そしてその秘書的立場のウーノ。
最後に、怒らせると異常に怖いトーレ。
正に相手にしたくない三人が勢揃いだ。
トーレに関しては、怒っていない時には普通に話せるのだが、怒らせたが最後。
シンプソンスケールによって強さを表すのなら、文句無しで最大級のカテゴリー5に分類されるであろうハリケーンが来襲し、ジョニーはたちまちズタボロにされてしまう。
ジョニーは今、その三人に対していた。
「――頼む! 俺も行かせてくれ!!」
「何故だい? 君が行く必要があるのかな?」
いつもなら薄ら笑いを浮かべているスカリエッティは珍しく、無表情で淡々と疑問を口にする。
ぐぐ、と唸るジョニー。
そう、ジョニーは出撃したナンバーズのディエチ・クアットロ・セインの助けに行く事を志願したのだ。
理由は簡単。
ナンバーズの実力は訓練を間近で見ていたジョニーも十分知っていたが、その相手があの機動六課だと予測されたからだ。
ホテルのアグ・スターだったかアゲ・スターだったか、そこでの六課の戦闘はジョニーが見た事も無い光景だった。
派手な格好の少女が巨槌を振るい、女性騎士が稲妻の如く剣を踊らせ、犬が喋っていた。
犬が喋るなんてのは元来有り得ない事だ。
それを見た時は驚きのあまり腹の中で消化されてないスパゲッティを矢の如く吐き戻す所だった。
正に奇想天外。
正にジャパニーズ・サブカルチャーの世界。
おまけに、彼らよりも強い連中がまだいるらしい。
そんな連中と戦うと聞いて不安にならない訳もないだろう。
「そうよ、ジョニー。トーレが監視として行くのに、貴方が行っても意味は無いと思うけど?」
ウーノの言葉に頷くトーレ。
GSRという拳銃一丁のジョニーが行った所で何が出来るか、と。
当然の判断だろう。
だが、ジョニーに引き下がるつもりはさらさら無かった。
「……スカリエッティ。俺は正直、あんたが嫌いだ」
「ほぅ、それで?」
「でも……あの娘達は良い娘達だ。助けてあげたい。力になりたいっ」
クアットロのような、何を考えているか分かりづらいのもいる。
それでも、力不足でもあの優しい少女達を守ってやりたいとジョニーは思っていた。
ジョニーは勢い良く、決して軽くはない頭を下げた。
「……頼む!」
「……ふむ、良いだろう。トーレ、頼んだよ。ジョニー君、君もなかなか面白い男だねぇ」
「わかりました。ほらジョニー、来い。すぐ出発するぞ」
「あ……ありがとう! 待っててくれ、準備してくる!」
部屋から飛び出していくジョニーと、トーレ。
スカリエッティは口の端を僅かに吊り上げた。
「ドクター、良かったのですか?」
「ああ、どうにかなるとも思えないしね」
それに、と肩をすくめるスカリエッティ。
「そこまでの情報も知らせていないし、局に捕まったのならそこまでさ。トーレにもそう指示は出しておいてくれ。彼への興味は殆ど無かったが……やはり地球の軍人には面白いのが多いなぁ」
どうなるのだろうか、とくつくつと笑いながら歩み始める。
寄り添うように隣を歩くトーレと共に、スカリエッティも部屋から立ち去った。
◆
「バイタルは安定しているわね。危険な反応も無いし、心配ないわ」
薄暗い路地裏。
高いビル群に日の光が差し込む事を阻まれたここは、街の喧騒とも殆ど無縁になっている場所だ。
シャマルがシーツに横たわった少女の簡易検査を終え、同時にその言葉に周りの空気が少しだけ穏やかになる。
休暇中の新人達の内、ライトニング分隊がレリックケースを持った少女を保護、慌ただしくスネーク達も現場に急行。
周りにはなのはとフェイトの定番コンビと、私服の新人達、そしてスネークが揃っていた。
フェイトが長い金髪を揺らし、申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね皆、お休みの最中だったのに……」
「休暇なんて何らかの事情で潰れるのが定石だ。気にしてもしょうがないだろう」
「スネークさん。それでも……」
長期休暇の中、午前二時に突然叩き起こされてそのまま単独で任務へ、というのがざらだった自身を考えれば、こちらはどれだけマシだろうか。
「いえ、大丈夫です!」
「平気です!」
新人達が素晴らしいやる気を見せる。
さすがに、若いな。
自分だったら上官相手に最後までゴネているに違いないだろう、とスネークは感心する。
フェイトも新人達の様子に再び頼れる上官の顔に戻り、なのはが指示を出した。
「ケースと女の子はこのままヘリで搬送するから、皆はこっちで現場調査ね。スネークさんもお願いします」
「了解」
ああそうだ、となのはがふと呟き、スネークに近寄る。
「頼まれてたこれ、シャーリーから預かってます、どうぞ。……これがあれば遠距離でもロングアーチを中継して私達と念話が出来ますよ」
その言葉と一緒に手渡されたのは、ネックレスがついた弾丸型デバイス。
大きさは四十五口径だが、少し薬莢の長さが長い。
地球で火薬の性能が低かった時代の、装薬量を増やす為に施された仕様だ。
シャドーモセスで戦ったロシア人の男、オセロットを思い出し、皮肉る。
「リボルバー用の弾丸をデザインに使うとは……シャーリーはなかなか『良いセンス』みたいだな?」
「……え?」
「何でもない、気にするな」
スネークは苦笑しながら、それを一撫でするとポケットにしまった。
ティアナがデバイスを取り出し、新人三人に振り返る。
「皆、短い休みは堪能したわね!」
「お仕事モードに切り替えて、しっかり気合い入れていこー!」
はい、という威勢の良い返事と共に眩い光が放たれ、バリアジャケットを身に纏った新人達が現れる。
四つの視線がスネークに注がれた。
「スネークさん、準備は大丈夫ですか?」
「問題無い。行くぞ」
軽さと丈夫さで定評のあるM1-11ボディアーマーもスニーキングスーツ越しに着用し、正に無敵になった気分だ。
スネークはFAMASライフルを手に頷くと、新人達と共に地下水路へ駆け出した。
暗くジメジメと湿った空気が蔓延している水路をひたすらに駆ける。
立ちこめる臭いは容易にスネークの眉をひそめさせ、不快感が一層募る。
そんな中スネークの脳内に響く、女性の声。
『――私が呼ばれた現場にあったのはガジェットの残骸と壊れた生体ポッドなんです。ちょうど五、六歳くらいの子供が入るくらいの……』
ギンガ・ナカジマ。スバルの姉らしい。
ハキハキとよく通った声と、そしてスバルをチラリと見てから、なかなかの美人なのだろうと推測する。
何故かギンガという名前を聞いた時、ムカムカしてしまった事だけ気になったのだが。
下らない思考を除外し、スネークはギンガの話に集中した。
生体ポッドという言葉には本能的に嫌悪感を抱いてしまい、同時に嫌な予感もする。
『近くに何か重い物を引きずった跡があってそれを辿って行こうとした最中、連絡を受けた次第です。それから……』
前の事件で生体ポッドによく似た物を見た、と緊迫した声が聞こえてくる。
はやての声が被さった。
『私も、な……』
『人造魔導士計画の素体培養機。……これはあくまで推測なのですが、あの娘は人造魔導士の素材として造り出された子供ではないかと……』
(……人造生命体、か)
『造られた』生命、『造られた』存在。
スネークは誰にも気付かれぬように溜め息を吐いた。
キャロがそれについての疑問の声を上げ、スバルがいつに無く神妙な面持ちで答える。
「優秀な遺伝子を使って人工的に生み出した子供に、投薬とか機械部品の埋め込みで後天的に強力な魔力や能力を持たせる……それが人造魔導士」
「倫理的な問題は勿論、今の技術じゃどうしたって色んな部分で無理が生じるし、コストも合わない。だから――」
――よっぽどどうかしてる連中でも無い限り、手を出す事は無い。
そう付け加えるティアナに、そうだな、とスネークは一言だけ放った。
『……こちらスネーク。はやて、聞こえるか』
『聞こえとりますよ』
『今ティアナが言った通り、そんな技術はよっぽど頭のイカれた連中しか使わん』
『……。はい、それで?』
自身の出自を振り返って嫌な妄想が膨らみ、それを思い切り掻き消す。
もしも、あの少女が自分と同じなら――
『――誰かの意志によって生まれた存在ならそれは即ち、少なからず『何か』に利用するために存在させられている事を示すだろう』
考えられるのは、かつてのスネークのように何かしらの方法で監視されている、もしくは追われているか。
ボロボロだった少女を思い出して後者の可能性が高い事を認識し、拳を強く握り締める。
なのはの声が脳内に響いた。
『それってつまり……』
『何者かがあの少女を追っていて、その少女がいるヘリは危険という事だ。レリックケースもあるなら尚更な。六課に戻るまでに攻撃されそうな地点は……』
沈黙が広がる。
念話越しに、誰かが息を飲む声が聞こえて。
スネークは六課から少女を回収した地点までのルートを思い出し、ぼそりと、それでいて力強く呟いた。
『廃棄都市区画。恐らく廃ビルの屋上から狙って来るだろう』
ヘリを落とすには開けた場所が一番。
それはスネークが誰よりも知っている事だ。
シャドーモセス然り、ザンジバーランド然りである。
はやての声がより真剣味を増した。
『……わかりました、私が出ます。私が空の掃除をするから、なのはちゃん、フェイトちゃんはヘリの護衛を。ヴィータとリインはフォワード陣と合流、ケースの確保を手伝ってな』
『了解!』
『はやて、俺も廃都市区画に向かって索敵、無力化させる』
『……大丈夫ですか?』
はやての心配そうな声が響いてきて、思わず苦笑してしまう。
もしもこれがはやてでなくキャンベル大佐だったのなら、頼む、と一言言われて出撃するのが関の山だろう。
スネークが否定的な態度を取り、「君がやらねば他に誰がいる?」というやり取りを何度繰り返しただろうか。
『PSG-1の調整も済んでるからな。手頃なビルから敵を狙撃する。問題無い』
『……なら、お願いします』
信頼に満ちた声で許可が下りる。
了解、とスネークは返事をして新人達から浴びせられた視線に気付く。
驚愕と尊敬を混ぜさせた表情だ。
スバルがおもむろに口を開いた。
「スネークさん、凄い読みですね……」
「……戦場では『カン』も大切だぞ。理屈だけでなく、全神経で危険を感じ取れるように気を張り巡らせる事だ」
勢い良く首を縦に振る新人達を一瞥し、軽く深呼吸。
「俺は一足先にこのドブネズミが好きそうな場所からおさらばだ。……ティアナ」
「はいっ」
周りへ細心の注意を払いつつ、オレンジ色の頭に言葉を投げ掛ける。
所謂『アドバイス』だ。
正直慣れてはいないが、不思議と嫌な感覚でもない。
「常に敵の身になって考えウラをかけ。頭の善し悪しではない。常に頭をフル回転させて、考えろ。頭を使って行動するんだ。……こっちは頼むぞ」
「……了解です。スネークさんも頑張って下さい!」
返ってくるのは、頼れる返事。
互いに頷き合って、スネークは出口へ向かった。
「……到着っ! ここでいいんでしょ?」
鼓膜が破れるのではないかと錯覚させられるブレーキ音の後、後部座席と瞬間接着剤ばりに密着させられていたスネークは前方に大きくつんのめった。
声は低いが明るい口調で問うタクシーのアラブ系の運転手に、スネークは嘔吐で返した。
到着の衝撃で現れた座席のエチケット袋に、たんまりと吐き出す。
「あー、すいませんね、俺のタクシーに乗った客は皆そうなるんですよ。今まで吐かなかったのは一人か二人だけ」
「……」
身振り手振りで流暢に喋る運転手に目をくれる余裕も無く、体を襲い続ける吐き気と戦い続ける。
どうやら「当たり」を引いたらしい。
新人達と別れ市街地に出て、廃都市区画へ行くためにタクシーを捕まえたスネーク。
急いでいる、というスネークの言葉に長身の運転手は快諾。
そのままタクシーとは思えない速度――時速三百キロは超えていたかもしれない――でここまで辿り着いた訳だ。
何故この男が平気でいられるのか、何故こんな馬鹿げたタクシーなのか。
スネークは多くの疑問を抱いたが、もはや聞く気にもなれなかった。
「……ああ、ここでいい。助かった、さっきも言ったが緊急だから料金は管理局に――」
「料金はいいですって。ついこの間子供が産まれたんでね、サービス! 俺の名前はダニエル、息子の名前はレオ。覚えておいて損はないですよ」
「それはめでたいね」
「警察みたいな組織より信用出来ない組織は他に無いけど――ごほん。……まぁ、頑張って下さいよ、んじゃ!」
「……ああ」
運転手は陽気に笑うと、再び爆音を奏でながら去っていった。
精神的な疲れから溜め息を吐く。
あの男が運転するタクシーに「客への配慮」という言葉は無いようだ。
まぁ、あの男は声が妙にスネークと似ていて、親近感を持てた。
とにかく結果オーライという事にして、スネークは念話を飛ばす。
『こちらスネーク』
『シャーリーです、スネークさん大丈夫ですか!? 物凄い勢いで移動してましたけど……』
レーダーを追跡していたら動きが余りに速すぎた、と驚きの声を上げるシャーリー。
周りのアルト、ルキノも驚いているようだ。
『クレイジーなタクシーに「運良く」出会えたものでな。……ヘリは今どこに?』
『ヘリももうすぐ廃棄都市区画に入るところです』
『了解』
結果オーライとは、よく言ったものだ。
一言返事をして息を整えると、当たりを見渡す。
狙撃をするなら高い場所。
ヘリを狙う敵と鉢合わせられる可能性もある。
視界の中、一番高いビルを目指してスネークは走り出す。
誰かを守る為に狙撃銃を握るのは、スネークにとって初めてだった。
◆
「ふぁ、ああぁ……」
ビルの屋上に立つジョニーの大きな欠伸が、乾いた青空に響く。
思えばこちらの世界に来て以来の初めての外出。
視界を埋め尽くす青空は素晴らしいが、廃都市という場所が場所だけにやけに埃っぽい。
おまけに、本当にクアットロ達の監視という役割なので、待機している状態が続いていて暇で仕方がない。
やれる事と言えば、ジョニーの隣に立つ反応の薄いトーレへ話し掛けるか、双眼鏡で色々と見渡す位。
トーレを初めとした戦闘機人達は、双眼鏡等使わずとも瞳に埋め込まれた機械で遠距離でも楽々視認出来るらしい。
ジョニーが双眼鏡でやっと確認出来るクアットロとディエチの二人も、トーレにはアフリカ原住民も真っ青な視力によって見えているのだろう。
双眼鏡に黒点が映り、慌ててトーレに呼び掛けた。
「トーレ! あれが標的のヘリだろ?」
「ああ、あれだな」
クアットロ達もヘリを確認したのか、ディエチが布に巻かれた大砲を取り出した。
そしてそのまま、姿にそぐわない大きさの砲台を構える。
直後、眩しい紅色の光に包まれる砲台の先。
「……凄い」
これだけ離れているのに、光が収束する際に放たれる音がこちらまで聞こえてくる。
発射をする前でも、その威力の大きさがジョニーにも容易に想像出来た。
数秒が経ち、収束された光は『後方』から乾いた破裂音が聞こえたと同時に放たれる。
アニメで見るような太い光線は、轟音と共に真っすぐ空へ伸びていき――
――虚空の彼方に消え去った。
「外したっ……!」
慌てて双眼鏡を覗くと、腕を押さえて膝を突くディエチ。
ジョニーは直感した。
これは狙撃だ。
では誰が? そしてどこから?
思い浮かぶ可能性は一つ。
後方、頭一つ高いビルに振り返って叫ぶ。
「スネークだっ!!」
同時に、からん、という金属音が鳴ってジョニーの足元を転がる。
――グレネード。
「トーレッ逃げろ!!」
一瞬だけトーレに視線をやると、ジョニーの心配を余所に既にスネークがいるであろうビルへと飛び立っている。
畜生、と毒付く。
とにかく、スタングレネードにしろ破片グレネードにしろ、直撃は不味い。
ジョニーは後方に思い切り飛びずさり――
「うわあああああぁぁ!?」
――体を襲う浮遊感。
そしてスタングレネードが放つ二百万カンデラの光を背に、ジョニーは廃ビルから落ちていった。
体が何度かバウンドして、激痛に悶える。
「あぐっ……ううぅ…………ゴホッゴホッ!」
鈍痛が重く体に響き、悲鳴を上げる。
ビルの下に敷いてあった、綿の飛び出た大きいマットに落下したお陰で、致命傷は避けられたようだ。
……幸運なのか不幸なのか分からないところだが、助かった。
衝撃でマットから噴き出される大量の埃を吸い込んで、ジョニーは咳き込んでしまう。
「……ゴホッ……クアットロとディエチはっ!?」
砲撃は命中せず、おまけにディエチは負傷。
正に絶体絶命のピンチで、すぐに助けに行かなければいけない。
焦りながらも周りの空を見渡すと、漆黒の球体がどんどん膨張を続けている。
恐らく、攻撃魔法。
ジョニーは息を整えると、脇目も振らずに駆け出した。
息を切らして立ち止まったジョニーが空を見上げると、白い戦闘服を身に纏った栗色の髪の女性魔導士。
(見えそうで……見えないっ……!!)
彼女が向ける武器の先には、追い詰められたディエチ、クアットロ。
さらにその先に、もう一人金髪の魔導士が武器を構えている。
こちらも同様、見えそうで、見えない。
とにかくジョニーは、挟み撃ちとなっているその状況を睨み付けた。
トーレの姿も見えない。
自分がやるしかないのだ。
幸い、誰もジョニーの存在に気付いていない。
二人の魔導士の武器に光が帯始める。
恐らく先程のディエチの大砲同様、光線を飛ばしてクアットロ達を木っ端微塵にするつもりなのだろう。
(そんな事、させて堪るかっ!)
急いで懐からGSRを取り出して、天に構える。
銃口の先には青空があるのみで、人を捉えててはいなかった。
勿論、ジョニーに拳銃の才能が無いという訳ではない。
ジョニーは雄叫びと共に引き金を引く。
彼女達を守るという信念、そしてトーレへの信頼を胸に。
「うおおおおおおぉぉ!!」
撃つ。撃つ。
弾倉に込められた全ての弾を撃ち尽くす。
乾いた音が廃都市の空に何度か響き――
――一瞬。
ほんの一瞬だが、魔導士達の意識がジョニーに向けられた。
「っ! トーレエエエエェッ!!」
頼む、と悲痛な願いを込めて腹の底から叫び声を上げる。
それに呼応したかのように、クアットロとディエチが消えた――いや、助けられた。
安堵の息を吐くジョニーも、そのまま『何者か』に抱き抱えられて、その場所から姿を消した。
どすん、という鈍い音と共に女性特有の柔らかい感触が消えて、堅い地面とキス。
口の中に砂利が入ってしまい、不快で堪らない。
「ぺっぺっ……コホン。……トーレ、信じてたぞ。素晴らしいタイミングだ」
自分達を抱き抱えて脱出したトーレに笑い掛ける。
疲れたように感謝の言葉を述べるクアットロとディエチだが、未だ不機嫌な様子のトーレ。
「……。まぁ、お前の時間稼ぎで間に合ったのは事実だが――」
「だろ? だろっ?」
「……調子に乗るな。さっさと立て、撤退するぞ」
胸を張るも、一蹴されてしまうジョニー。
何とも肩透かしを食らった気分になり、しょぼくれてしまう。
「……そういえばトーレ、スネークは?」
立ち上がりながらふと思い出したかのように問うジョニーに、トーレが僅かに苦渋をにじませた表情を浮かべる。
「……私が追った時には、既に汚い段ボールが散乱しているのみだった。やはりドクターが目を掛けるだけはある」
逃げ足は速い、と言うトーレの瞳からは僅かに悔しさが伺えた。
魔力探知に捕まらない、というのもジョニーやスネークの大きな強みだろう。
だが、さすが伝説の傭兵と言われただけはあるようだ。
その後ジョニー達はセインと無口の少女に合流し、宇宙開拓時代になるまで味わえないと思っていた奇跡のワープ魔法でスカリエッティのアジトへ戻っていった。
――結果的には大惨敗。
ヘリの撃墜には失敗、ディエチは腕を負傷。
レリックケースは卑怯にも中身だけ抜き取られて掴まされた。
それでも、ナンバーズと無口の少女が失意に沈む中、ジョニーだけは仲間を守れた達成感に大いに浸り、笑みを浮かべていた。
仲間を守る為に戦うのも、悪くないものだ。
おまけ
ビルの屋上に着いて早々、ジョニーの腹が暴走し、唸り声を上げた。
空調の利いていたスカリエッティのアジトから久々に出て、環境の変化に悲鳴を上げたのだ。
「と、トーレ、ちょっと、おれ、あの……失礼!!」
「早く済ませてこい、馬鹿者」
トーレもさすがにジョニーの腹具合の悪さに慣れたようで、うんざりしながらも、シッシッと手を払った。
ジョニーは慌てて階段を下り辺りを見回すが、ボロボロに朽ち果てた空間。
当然トイレなど期待出来そうもない。
(……ここでするしかないかっ!?)
否。
ジョニーのそれは臭いがキツい。
こんな所でしたらたちまち臭いが籠もり、行き場を無くして屋上へと届く事だろう。
子供の頃からの経験則だ。
トーレの怒り狂う声を想像して身震いする。
だが、いよいよそんな悠長な事を言っている余裕が無くなってきた。
ジョニーは尻を押さえ、覚悟を決める。
「……仕方がない!」
ズボンを下ろしたジョニーの視界の先に、ある物が入って来た。
ボロボロになって底の抜けた、人一人が入れそうなドラム缶。
「……」
「戻ってきたか、そんなに度々トイレに立つなんてお前は――何を嬉しそうにしている?」
「トーレ、今俺は新たな生活の知恵を発見出来た事への喜びで一杯なんだ」
「……何?」
「フッフッフッ、気にしないでくれ」
◆
スネークの前に、バリアジャケットを身に纏った女性達が降りてくる。
なのはとフェイト、そして部隊長のはやてだ。
フェイトがニッコリと笑い掛けてくる。
「スネークさん、お疲れ様です」
「ああ」
「ナイスな狙撃やったですねぇ」
「……はやての戦闘服は初めて見たな」
くるりと回って、どうですか、と問い掛けてくるはやてに握り拳に親指を上に突き立ててみせる。
照れ臭そうに微笑むはやての隣に立つなのはが、他の二人と違って真剣な表情で一歩前に出た。
「スネークさん、私達が追い詰めたのとは違う敵の会話を聞いたと……」
「ああ、奴らの会話で『ディエチ』、そして『クアットロ』という言葉が出てきた。それがヘリを狙撃していた奴らの暗号名だろう」
「後、男の人がトーレって叫んでました」
ふむ、と唸る。
「イタリア語の数字だろうな。……ウーノ、ドゥーエ、トレ、クアットロ、チンクエ、セイ、セッテ、オット、ノーヴェ、ディエチ、ウンディチ、ドディチ、トレディチ」
「成る程、もっと大勢いる可能性が高いと……ってスネークさん、凄い!」
「スネークさん、アメリカ人やなかったんですか?」
「勉強した。英語・フランス語・ロシア語・イタリア語・日本語・チェコ語、そしてサル語なら完璧に話せる」
「すご……え?」
「あはは、サル語だなんて……相変わらず冗談が上手いですね」
苦笑する三人を眼光で黙らせる。
「キーウキキッキー、ゥキッキーキッキキッウキィ。『こちらスネーク、潜入地点に到着』って意味だ」
「……」
沈黙。
沈黙。
ひたすら沈黙。
パァン、とはやてが突如手を鳴らし、声を上げた。
「さぁ、ヴァイス君がヘリをこちらに寄越してくれるからそろそろ行きましょか!」
「……おい君達、信じてな――」
「スネークさん、凄い!」
「格好良いです! ささ、ヘリに戻りましょう?」
「……」
さぁさぁ、と背中を押すフェイト。
スネークは憮然とした表情で唸った。
三人とも完全に信じていないが、それは紛れもない事実だ。
直接会った時間は十数分でも、友情が揺らぐ事など有り得ない。
(……そうだろう、ピポスネーク?)
スネークは小声でボソリと呟いて、懐かしい戦友を思い出しながらヘリへと向かっていった。