「見つけた。 ジュエルシード、これさえあれば……」
1人の少年が宝石を拾い上げる。
まだ覚醒しておらず、誰の願いも聞いていないジュエルシードは比較的安定している。
しかしいつまでも素手で持っているわけにはいかない、危険物であることに変わりは無いのだから。
自分のデバイスを取り出して、ジュエルシードの封印を命じる。
ジュエルシードはゆっくりとデバイスに引き寄せられていき、吸い込まれるその直前の魔法攻撃によって地面に堕ちた。
少年が顔を上げて魔法攻撃を仕掛けた人間を睨みつける。
その仕掛けた人間、それもまた少年と同じくらいの年齢の少年だった。
「みんなの平和を守るため、って訳じゃなさそうだな」
「おかしいか? ジュエルシードを放置すれば一般人にも被害が出るぞ」
その言葉に空中の少年はワザとらしく笑う。
それに釣られて地上の少年も笑う。
森林に二人の笑い声が響き渡る、お互いを信用していない人間が出すことの出来る乾いた笑いが。
二人とも取り合えず満足するまで笑った後、突如デバイスを構えて戦闘体勢になる。
地上にいる少年のデバイスは大鎌、魔力で出来た刃が曲線を描く。
バリアジャケットは黒、男ようにアレンジされているが誰を真似したかはひと目で分かるデザインだった。
空中にいる少年のデバイスは拳銃、完全に中~遠距離戦を意識している。
バリアジャケットは、聖祥小学校男子体操服。 御丁寧に胸には 『マークハント』 と書かれていた。
「なあ、ジェフリー。 見逃してくれないか? 元々ここのジュエルシードはフェイトが手に入れるし、僕が渡しても問題ないだろ?」
「だめだ。 それを手土産にフェイトと仲良くなる魂胆だろう? それを見逃すわけには行かない」
軽い口調で説得しようとするが、ジェフリーは首を振る。
それを見て少年は大きく溜め息をつく、説得できるとは思っていなかったがこうも迷い無く首を横に振られるとはさすがに予想外だった。
今は敵同士だとはいえ、元々は志を共にする仲間だったというのに……
「大空蒼牙、そっちこそ投降してくれないか? 俺も昔の友達と戦うのは嫌だ」
「昔の、ねぇ……。 その時点で戦う気十分じゃないか、佐藤武!」
「バレたか、リタイアしても友達だからな! 浅井元治!」
「それはこっちのセリフだ! ヘルライザー、ファントムスラッシュ!」
「JD、マシンガンモード!」
蒼牙が鎌のデバイス、ヘルライザーを横一文字に振るうと三日月型の魔力刃がジェフリーに向かって飛ぶ。
ジェフリーはそれを飛行魔法で回避しつつ蒼牙のいた場所に小型の魔力弾を大量に浴びせた。
土煙が巻き起こり、蒼牙の姿が完全に見えなくなる。
それでもジェフリーは弾を打ち込むことを止めない、完全に止めを刺すくらいの気持ちで、たっぷり三分間は魔力弾の豪雨を振らせ続けた。
煙が晴れた後に出てきたのはうつ伏せに倒れている蒼牙、バリアジャケットもボロボロになっていてどう見ても戦闘不能だった。
戦闘不能にしたのならデバイスを破壊しなくてはならない、そこまでして初めてリタイアさせることが出来るからだ。
ジェフリーは地面に降りて倒れている蒼牙に近づく、しかし突然蒼牙が起き上がってジェフリーに襲い掛かった。
突然の不意打ち、何とかそれに反応し振りかぶった鎌の柄の部分を握り締めて押し合いの形になる。
歪曲した魔力の刃がジェフリーの首にかかる、少しでも力を抜いたら真っ二つだろう。
非殺傷の魔法攻撃なので死にはしないが戦闘不能になるのは確実、そうなったら――
「死んだフリとは、なかなかの策士じゃないか」
「コレで決めれると思ったが……やっぱり甘くないな」
「俺は辛口だぜ? 火を吹くくらいにな」
「だったら冷まさせてもらおうかな、ファントムスラッシュ、連射」
蒼牙が叫ぶと、何発ものファントムスラッシュが空中に飛び出す。
丁度柄と刃の間に入っているジェフリーにはその様子を見ることはできないが、自分に当たらず後に飛んで行ったことだけは分かった。
「格闘武器での射撃魔法としては珍しいな、武器を振らなくても打ち出せたのか」
「もっと珍しいぞ、ファントムスラッシュは一度打ち出されると……ファントムブーメランになる!」
「なにぃ!」
その直後、背中に感じる魔法の衝撃。
ブーメランとして戻ってきたファントムスラッシュがジェフリーの背中に直撃したのだ。
さらに2発、3発と直撃してその度にジェフリーの体力が削り取られていく。
確か打ち出されたファントムスラッシュは15発、こんなものを後10発以上喰らえば戦闘不能は確実だ。
しかし避けることも出来ない、今ジェフリーと蒼牙は全力で押し合いをしている。 少しでも力を抜いた瞬間に真っ二つにされてしまうだろう。
接近戦の能力は蒼牙の方が遥かに高い、銃型デバイスのジェフリーにも一応接近用の魔法はあるが発動まで時間がかかる。
「打つ手無しだな、残りのファントムブーメランの着弾タイミングを調整して一度に当たるようにしてやる。 昔の友達だからな、苦しまずに気絶したほうがいいだろ?」
「お前、それは……」
10以上の魔力の刃の速度が変化し、二人から等距離で空中に静止する。
「それは……」
それらが一斉に、ジェフリーの背中に向かって再加速した。
避けることも防ぐことも出来ない、蒼牙は勝利を確信して口もとを歪める。
「それは死亡フラグって奴だぞ」
「なにぃ!」
先ほどまで驚愕の表情だったジェフリーが急に余裕の表情になる。
軽く力を抜いてワザと押し合いに負け、蒼牙が前につんのめった所で股の下を潜り相手の後に出る。
二人の位置が入れ替わり、当然蒼牙の目の前には迫り来る自分のファントムスラッシュの群れがあった。
必死で逃げようとする蒼牙を後から羽交い絞め、ファントムスラッシュはすべて打ち出した蒼牙自身に直撃するだろう。
コレで勝ったことを確信して今度はジェフリーの口もとが歪む。
「お約束の展開だな、コレで終わりだ!」
「残念、そのセリフは死亡フラグだ」
蒼牙の目の前でファントムスラッシュの群れは急に直角に進行方向を変え、ぐるりと大きく曲線を描いて再集結する。
蒼牙を羽交い絞めにしているジェフリーの、さらに後に集まったそれらは再び直進の動きになりジェフリーに向かって移動を開始した。
ジェフリーは直感した。 ファントムブーメランという名前そのものが罠だったと。
よくよく考えてみれば同時着弾させるために速度調整をしていたのだし、自動誘導弾ではなく遠隔操作弾に近い魔法だったのだろう。
恐らく逃げても追尾してくる、打ち落とすために蒼牙を離したら振り向きざまの攻撃でやられる、アレだけの攻撃をすべて防御することも出来ない。
「打つ手無しだろう、ファントムブーメランは変幻自在、俺の意思で好きなように動く攻撃を避けることも防ぐことも不可能!」
「ありがとよ」
「なんだ? 急にそんなこと言って」
「そのセリフは……死亡フラグだあああああああ!」
蒼牙を羽交い絞めにしたまま少しだけ腰を落とし、一瞬だけ力を溜め、それを一気に爆発させてブリッジをする。
蒼牙の感じる一瞬の浮遊感、反転する世界、高速で近づく地面。
ドスッ
鈍い音を最後に目の前が真っ暗になる、とても息苦しい、まるで首が地面に埋まったような……
頭が混乱して何が起きているのか分からない、しかしよくないことが起きるのは分かる。
必死にもがくが動けない、ジェフリーに体をつかまれている、そこで理解した。
自分はバックドロップを喰らったのだ。
そしてバックドロップによって自分とジェフリーの位置関係が再び入れ替わったことを理解した瞬間、すさまじい魔力の衝撃で蒼牙は今度こそ意識を失った。
「ギリギリの戦いだった……」
バックドロップの体勢を維持したまま、ジェフリーは呟いた。
さすがに頭まで地面に埋まって混乱した状態で攻撃を操作することは出来なかったらしい、10を超えるファントムスラッシュはすべて頭を地面に埋めた蒼牙の腹に直撃していた。
意識を失い、デバイスから手を離した蒼牙を地面から引き抜く。
後はデバイスさえ破壊すれば蒼牙はリタイアとなる、銃型デバイスJDをヘルライザーに向け、引き金を引こうとしたところで何者かの攻撃がジェフリーに打ち込まれた。
思わずその場を飛びのく、倒れたままの蒼牙から離れてデバイスを構え、追撃に備えて辺りを警戒する。
すると空中から少年が降りてきた。 当然介入者の一人だが、ジェフリーはその人物を見て驚いた。
「悪いな、まだコイツにリタイアしてもらうわけにはいかない」
「鬼道、お前は蒼牙と組んでいるのか?」
攻撃してきたのは過激派の一人、鬼道炎。
青いツナギ姿のバリアジャケットと刀型のアームドデバイスを持つ、ジェフリーと一番仲のよい人間であった。
「何でチームを抜けたんだ? お前はリリカルなのはで特別に好きなキャラクターはいなかっただろう?」
「ああ、だから少し離れた視点で物を見ることができる。 そして物語に介入することを選んだ」
「なぜだ! 真塚和真が主人公なら問題ないだろう! 俺たちが下手に介入したら、それこそ世界が滅びるかもしれないぞ!」
「それじゃあ聞くが、俺たちって何なんだ?」
ジェフリーは答えることができない、炎がどういう考えで質問したのかが分からない。
返事が無いことを確認した炎は少しだけ悲しそうな顔をした。
それはまるで、ジェフリーが答えないからチームから抜けたとでも言いたそうな顔だった。
「真塚和真は確かに主人公なんだろう。 でも俺たちは? 現実からの介入者の俺達も主人公の資格は十分にある。 なんで俺達は集められた? この世界に」
「それは……」
「真塚和真を主人公としたら、確かにハッピーエンドになるだろう。 けど、それじゃあ俺がここにいる意味が分からない。 俺はこの世界で何をすべきなのかを知りたい。 たとえ俺の行動のせいでバットエンドになったとしてもだ」
炎はいつのまにかジュエルシードを握っていた。
そして大きく振りかぶって、全力で遥か空の彼方に向かって投げ飛ばす。
思わす投げ飛ばされたジュエルシードを目で追ってしまうジェフリー、視線を戻した時には既に炎と蒼牙の姿は消えていた。
慌てて周囲を見渡すが影も形も存在しない、どうやら転移魔法で移動したらしい。
歯ぎしりをするジェフリーに炎からの念話が届く。
「チームに対抗するにはこっちもチームを作らないとな。 7対5だと多少不利だが組まないよりはマシだろうし」
「なあ、自分の存在理由を探すのって、死ぬような危険を侵してまですることか?」
「……時空管理局が来たらおおっぴらに戦闘できなくなる。 チームと過激派の戦いは次が最後になるはずだ」
ジェフリーの質問に答えることなく、炎は一方的に念話を切断した。
ジュエルシードは飛んでいった方向、あれは高町なのはが泊まっている温泉宿の方では無かっただろうか?
原作と筋道が変わってしまったが、これ以上の活動はするべきでない。
ジュエルシードを元の場所に戻すわけにもいかないし、原作キャラと接触することも避けるべきだった。
「自分の存在意義か、ハッピーエンドか、ガラにも無いことで悩みやがって……ばかやろうが」
黒い少女が温泉宿に向かって飛んでいくのを確認して、ジェフリーは転移した。
原作とは少し違うがなのははフェイトの名前を知ることになるのだろう。
予定通り、のはずだが炎の言葉がジェフリーの心に残ったのだった。