「そろそろか」
1人の少年が空き地に積み重なっているゴムタイヤの上に座っていた。
赤い髪に赤い目という、日本人としての遺伝ではありえない容姿を持った少年だった。
彼は月村邸向けて人影が飛んでいったのを確認してゆっくりと腰を上げる。
胸に着けているドクロのペンダントを手に持ち、それを天高く掲げたところで人の気配に気がついた。
そこにいたのは少年と同じく赤髪赤目の聖祥小学校男子制服を着た。 年齢も同じくらいの少年だった。
「ああ、これでフェイトとなのは、そして真塚和真が出会う」
「そして俺もだ」
「お前は駄目だ。 ディスト・ティニーニ、お前はあそこに行っちゃいけない」
「兄妹の出会いを邪魔するなら、容赦しないぞ。 リュウセイ・クロウバード」
リュウセイは一瞬キョトンとした顔でディストを見た。
やがて顔を崩して、腹を抱えて笑い出す。
その様子をディストは不機嫌そうに見る。 ドクロのペンダントを握っている手にどんどん力が込められて、少し血が出てきた。
やがて笑うことに満足したリュウセイは真剣な表情でディストを睨みつける。
その目をディストも睨み返し、二人の間はまるで稲妻を生み出すかのように緊張感が高まった。
「何が兄妹だ。 F計画の実験体ってだけで、テスタロッサ一家との血のつながりなんてないんだろ?」
「それでも、俺ならフェイトの苦しみを分かち合える」
「必要ない、その役目をするのは真塚和真だ。 アイツならフェイトを癒すことも、もしかしたらプレシアの説得もできるかもしれない」
リュウセイは懐から金属製のメリケンサックを取り出した。
それを拳につけるとディストの目つきが変わる。
彼らトリップした人間はお互いのデバイスの形と基本戦闘スタイルをよく知っている。
リュウセイのデバイスはこのメリケンサック、ディストのデバイスはドクロのペンダントだった。
「いくぞ、メリケンサック君」 『 Ok Master 』
「準備はいいな、フォルクスイェーガー」 『 All right 』
二人はお互いに向かって同時に走り出し、お互い同時に拳を突き出し、お互い同時に相手の顔面を殴りつけ――
「「セットアップ!」」
お互い同時にバリアジャケットを身に纏った。
ディストのバリアジャケットは髪、目と同じ赤い色。 ノースリーブの服は動きやすさを重視したのだろう。
デバイスは両手についた手甲、殴ることを目的とした格闘用のアームドデバイスだった。
それに対してリュウセイのバリアジャケットはひと目で普通ではないと分かる。
黒い、フード付きのダボダボの布、そうとしか表現できないような、こんなのが街中にいたら一発で通報されてしまいそうな、怪しい宗教か黒魔術でもしていそうな、そんな格好だった。
デバイスは待機状態と変わらないメリケンサック、名前の通り、シンプルなメリケンサックだ。
「相変わらず怪しい格好をしているな、リュウセイ」
「俺は元々介入反対派だからな。 出来る限り正体がばれない格好を考えたら……こうなった」
「介入したくないなら邪魔するな!」
「安全に暮らしたいから邪魔するんだよ!」
ディストの左拳によるパンチを右手で受け、右拳のパンチを左手で受け止める。
両手を掴むことで攻撃を避けることが出来なくなったディストの腹にリュウセイは連続して蹴りを打ち込んだ。
戦闘機人のリュウセイの蹴りはバリアジャケットで軽減してもかなりのダメージがある、このままではいけないと考えたディストは自分を中心に回転してリュウセイを振り回す。
リュウセイに空戦技能が無いことはかつてチームTRIPの魔法訓練で知っている。
ディストの目的はあくまでフェイトに会うことであってリュウセイと戦うことではないのだ。
つまり、リュウセイを適当に投げ飛ばしてから自分は空を飛んでフェイトを追いかければ、リュウセイにディストをとめることは出来なくなるのだ。
ディストはどんどん回転速度を上げるがリュウセイは離さない、戦闘機人のパワーはコレくらいで離れるほどヤワではない。
だんだんイラついてきたディストは捕まれている両拳に魔力を溜め始めた。
「吹き飛ばせ、ダブルエナジーコレダー!」
「させるか! IS発動、ヒートソウル!」
ディストの生み出した魔力が電撃となってリュウセイに襲い掛かる。
同時にリュウセイのIS能力で生み出した高熱がディストに襲い掛かる。
完全な我慢比べ、ディストが高熱に耐え切れず回転を止めるか? リュウセイが電撃に耐え切れず手を離すか?
決着は些細な事で決まってしまった。
ヒートソウルの熱に耐え切れなくなったフォルクスイェーガーが溶け出し、遠心力で飛び散ってリュウセイの目に入ったのだ。
思わず目を瞑ってしまうが、その隙をディストは逃さない。
力が緩んだその一瞬でリュウセイの手を無理やり離し、渾身の蹴りで吹き飛ばす。
リュウセイが近くにあるアパートの窓を突き破って部屋に入ったことを確認すると、ディストは飛行魔法を発動して月村邸に飛んでいくのだった。
「つ~、戦闘機人でも痛いものは痛いんだぞ」
「え? 何? え? 泥棒?」
どこかのアパートに突入してしまったリュウセイが顔を上げると、よく見知った顔があった。
自分のクラスの担任だ。 2年間顔を見続けているので見間違えたりはしない。
こうなるとリュウセイのバリアジャケットは正解だった。 これならフードで顔を覆ってしまえば正体がばれるようなことは無い。
先生はいい感じに混乱している。 窓を突き破って人間が突入、ちゃぶ台を叩き割って頭にできたてのカップ麺を被っていれば混乱もするだろう。
取り合えず今頭に被っているカップ麺を処分する、具体的には自分の腹の中に、スープは全部こぼれているのでとても味気ない。
財布から300円を取り出して先生に向けて放り投げる。 先生は混乱しながらもそれをキャッチした。
「すいません、先生。 カップ麺代です」
「え? あの、弁償するなら机と窓……」
「山内め、こっちが空を飛べないって、いつまでも思ってんじゃねぇぞ」
「あの?」
「IS発動! ヒートソウル脚部集中、飛べええええええ!」
足に集中させた熱エネルギーを爆発させ、ロケットのようにリュウセイは飛び出していった。
爆風でメチャクチャになったアパートの一室を残して……
「ケホッ、ケホッ、なんだったの? 今の……」
「ちょっと、何ですか? 今の大きな音は? 近所迷惑ですよ」
「ああ、すいません……って、警察! 警察に電話!」
ディストは月村邸に向けて飛行していた。
リュウセイのヒートソウルのせいでデバイスはボロボロになってしまい、飛行魔法の速度も上がらないが何とかフェイトに追いつくだろう。
そう思っていると目の前に人影が現れた。
チームTRIPの1人、竜宮カムイだった。
「フェイトならさっき帰った。 なかなかいいイベントだったよ」
「帰ったか、ならフェイトの隠れ家の方に行くだけだ。 追いかければ場所の特定くらいなら出来る」
「いいや、お前はここでリタイアだ」
ディストのデバイスはボロボロ、戦って勝ち目は無い。
それを理解しているディストは戦闘以外の方法でこの場を切り抜ける方法を思いついた。
すなわち、カムイの説得と引き抜き工作だ。
「組まないか? 俺はフェイト、そっちははやて、お互いに好きな子を幸せにしたらいい」
「魅力的な提案だな」
「だったら!」
「だが断る!」
カムイのしっかりとした否定に、ディストは驚いた。
カムイがはやて好きはメンバー内でもかなりのものだった。
一年のころはメンバー内の約束を破り勝手にはやてと接触しようとしたし、最近はストーカーまがいのこともしていたというのに……
信じられないといった顔をするディストに向かってカムイは言う、自分の決意と覚悟を
「八神はやてを幸せに出来るのは俺じゃない、彼女の家族と友達、真塚和真とその周囲の人間だ。 俺はその様子を遠くから見てるだけでいい、それだけで満足だ」
「諦めたのか? ヘタレめ」
「最高の褒め言葉だ。 バインド!」
空中に現れた光の縄がディストを捕らえようと襲い掛かる。
必死でそれを避けるがデバイスが破損し、うまく飛行できない現状で捕まるのは時間の問題だった。
一本のバインドが足を固定する、動かなくなった足を忌々しげに見るディストに向かって、カムイは人差し指を向ける。
「なんだ? フリーザ様の真似か?」
「いや、後」
「後?」
ディストが後を向くと――
「山内広、覚悟おおおおおおおおおおおおお」
ものすごい速度でリュウセイが飛んできた。
正確には飛んでいるのではない、空中に魔力で作り出した足場を踏み、ジャンプする瞬間にIS能力で起こした爆発で加速しているのだ。
コレにより、飛行魔法ほどの小回りは効かないが直線に関してはかなりの速度で移動することが出来る。
どんどん大きくなるリュウセイに驚いて逃げようとするディストこと山内広、しかしカムイのバインドは彼を逃がさない。
やがてリュウセイは空中で蹴りの体勢作り、最後の加速でディストに突っ込んだ。
ディストは逃げることが出来ない、だが攻撃を防ぐことは出来る。
プロテクションを発動し、胸の前で両手を十字に組んで、半分破壊された手甲でリュウセイの蹴りを受け止める。
「この程度の蹴り、防げないと思ったか! 吉野圭一!」
「防ぐさ、防ぐと分かっていた。 手甲型のお前のデバイスでな」
「何!」
「必殺、ヒートソウルブレイカー!」
リュウセイの足とディストの手甲の間に莫大な熱量が溜まっていく。
マズイ、そうディストが考えたときには遅かった。
爆炎が二人の体を包み込み、ディストの手甲型デバイスであるフォルクスイェーガーは粉々に砕け散った。
残ったのは意識を失い、足のバインドのせいで逆さまに宙吊りとなったディストと、魔力の足場に着地するリュウセイ、そしてリュウセイにペットボトルを投げ渡すカムイ。
ペットボトルを受け取ったリュウセイはそれを一気に飲み干して大きく息を吐いた。
それを見ながらカムイもペットボトルのスポーツドリンクを飲み始める。
「どうだった? 今回」
「面白かったぞ、フェイトの前に立ちふさがって 『シロを虐めるな』 って、フェイトも謝ってた」
「そりゃよかった。 いい友達になりそうだ。 さてと」
ディストにかけているバインドを解除する。
重力に従い地面に堕ちるのを空中でキャッチ、米俵を持つように肩に担ぐ。
一応家に送ってやるくらいはしてやろう、こういう奴でもかつては仲間だったのだから。
「あと5人、か」
「次は温泉だな。 少しくらい疲れを癒すか?」
「いいな、泊まるんじゃなくて温泉だけならそんなに金もかからないだろうし」
小学生には、宿屋に泊まるほどの金は無いのだ。