『ザフィーラの海鳴デビュー』 先に外伝を書いてしまったからボツ
「はぁ……」
守護獣形態のザフィーラは、1人で道を歩きながらため息をついた。 思い出すのは自らの主、八神はやてと真塚家の人々の姿だ。
新たな闇の書の主である八神はやてはヴォルケンリッターを家族として扱ってくれている。 真塚家の人々も自分達を受け入れてくれている。
それはいい、今までの主とは違う温かい家庭は、絶対に守って見せるという気持ちをより強固なものにしてくれた。 それは自分以外のヴォルケンリッターも同じだろうと確信している。
だが、その気持ちは空回りし続けている。 ようするに、敵が来ないのだ。
もちろん、主を害する存在は来ないほうが良いに決まっている。 しかし、今までヴォルケンリッターとして長い間戦ってきたので現在のような状況は逆に戸惑ってしまうのだ。
敵は来ない、蒐集もせずに普通に過ごしているだけなら管理局も気づかない、しかし……必ず来ないという保証も無い。
ようするに、このぬるま湯のような状況に慣れてしまい、いざというときに動けなくなってしまうことをザフィーラは心配している。
シャマルやヴィータはすでに周囲の人々と打ち解けている。 二人ともベルカの騎士、戦いになったらすぐに意識を切り替えることができるだろう。
シグナムは騎士としての心を鈍らせないように鍛錬をしている。 タカマチキョウヤというすばらしい剣士との試合は、木刀での鍛錬と理解していても真剣と同じような緊張感を得ることができるらしい。
しかし自分はどうだろうか?
周囲に溶け込むこともできず、かといって守護獣としての役目を果たす事もできず、中途半端な心構えのまま家庭内ではシロという飼い犬と同じように扱われている。
悩んでも答えは出ず、少しの気晴らしでもできるだろうかと考えて散歩をするが、ため息の数が増えるばかりだ。
「はぁ……」
「おい兄ちゃん、人にぶつかっておいて侘びの一つもないんか?」
何かに当たったと思ったら、声が聞こえた。 見ると一匹のチワワが愛くるしい瞳でこちらを睨み付けている。
どうやら考え事をしながら歩いていたせいでぶつかってしまったらしい。
体の大きさはザフィーラの方が圧倒的に大きいことだし、周囲に気を配っていなかったことも事実。 特に問題を起こしたくも無かったし、ザフィーラは素直に謝ることにした。
「すまない、少し考え事をしていたせいで気がつかなかった」
「ああん!? そりゃワシが視界に入らんほど小さいってことか?」
「いや、そういうわけでは……」
「でかい図体の割りに年上に対する礼儀がなってないのぉ、ちょっとばかし教育してやらんとな!」
変ないちゃもんを付けられてしまった。 それともこれが地球の犬の常識なのだろうか?
真塚家のシロはもっと礼儀正しかったが……
全然関係ないがそろそろ夕食の時間が近づいてきた。 早く帰らなくては主や真塚家の方々に心配をさせてしまう。
しょうがない、適当にあしらうことにしよう。 ただの犬一匹が何をしようと、守護獣である自分なら簡単に倒すことができる。 手加減した魔法攻撃で気絶でもさせれば――
それは、闇の書の騎士ヴォルケンリッターとして長い間戦ってきたザフィーラが経験する、もっとも速く、もっとも重い一撃だった。
一瞬、ザフィーラは何をされたのか分からなかった。
気がついた時にはものすごい衝撃を受け、錐もみ状に回転しながら宙を舞い、ゆうに20メートルは吹き飛ばされて地面に落下した。
それがチワワの体当たりを受けた結果と言うことを理解したのは、先ほどまで自分が居た位置にチワワの姿があったからだ。 その足元には車が急ブレーキをかけたような黒い線が引かれている。
混乱する頭を無理やり覚醒させて、ザフィーラは現状を確認する。 未知の相手と戦っても、冷静に状況を分析できるのはさすがザフィーラというべきだろう。 ヴィータだったら逆に熱くなってしまったかもしれない。
信じられないことだが、目の前のチワワはそこらの魔導師よりはるかに高い戦闘能力を持っている。 なぜ? という疑問はこの際捨てておく。 とにかく持っているのだ。
「おう、どうした? でかい図体の割りに根性が無いじゃないか」
「くそ……貴様、何者だ!?」
「何者? ワシに挨拶をしないような若造だ。 ならば教えてやる、ワシはチワ夫! 人(犬)はワシのことを、バーニングチワ夫と呼ぶ!」
「魔導師の使い魔か!」
「何を訳の分からないことを、こりゃもう少しお灸を据えてやらんとな!」
再び体当たりをしてくるチワ夫をギリギリのところでシールドで防ぐ。
チワ夫と接触したシールドがバチバチと音を立ててスパークを発生させる。 魔力を使っていない攻撃にも関わらず、ザフィーラは防ぐことで精一杯だった。
必死で力を込めるザフィーラ、それに対してチワ夫は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに余裕の表情に戻る。
「なかなか奇妙な技を使うな。 だが……甘い!」
「何!」
「奥義! ムーンライト・フェンリルクラッシュ!」
ザフィーラは大地を滑る月を見た。
いや、それは超高速で回転しているせいで、完全な円にしか見えなくなったチワ夫だった。 前足を中心に回転するチワ夫は、どうやって方向を確認しているのか真っ直ぐにザフィーラに向かってくる。
ザフィーラに近づくにつれて回転速度を上げるチワ夫から、ついに竜巻が巻き起こる。 さらにソニックブームが発生し、付近の物を無差別に切り裂き始めた。
ザフィーラは動かない、いや、動けない。
ヴォルケンリッターの一員として戦ってきた。 勝ち目が無い戦いでも、盾の守護獣の誇りを持って仲間を守り抜いてきた。
しかし、今、ザフィーラは初めて恐怖で足が動かなくなった。 できるのはシールドを張ることだけだが、それもこの攻撃の前では日本刀に和紙の盾で挑むようなものだろう。
(ここまでか……、守護獣の役目を果たせずに主と別れることになるとは、無念だ)
「諦めるな! ピンチの時ほど、希望は目の前にある!」
「この声は!?」
チワ夫のムーンライト・フェンリルクラッシュがザフィーラに直撃する瞬間、小さな白い影がザフィーラの頭上を飛び越え、回転するチワ夫の真上から竜巻の中に飛び込んだ。
次の瞬間、ひときわ大きな風が巻き起こり、竜巻は霧散した。 そして土煙の中から地面に倒れたチワ夫と、チワ夫を上から押さえつけているシロの姿が現れる。
「竜巻の外周は確かに強力、だが一度中に入ってしまえは、中心は無風状態。 自ら死地に飛び込む勇気こそ、この攻撃を破る唯一の手段、そうですよね? チワ夫さん」
「シロ坊主か、確かにそう教えたが……それを実践するとは思わなかったぞ」
「家族が危ないと思って、無我夢中でした。 二度はできません」
「一度できれば十分だ。 ところで、そろそろどけてくれないか?」
チワ夫の上から移動するシロをザフィーラは呆然としながら見ていた。
ザフィーラの知っているシロは、愛玩動物らしくはやてや和真とじゃれ合うただの子犬だ。 それがザフィーラでも恐怖を感じた攻撃の中に飛び込み、さらにはそれを打ち破った。
いったいこの犬は何者だろうか? 今までただの犬と思い、特に気にも留めなかったが、もしかしてそれはとても失礼なことをしていたのではないだろうか?
シロはしばらくチワ夫と談笑していたが、遠くでシロの名前を呼ぶ子供の声に気がつくと軽く会釈をしてチワ夫に背を向ける。 チワ夫は別方向からやってきた金髪の少女に抱えられてリムジンに乗り込んだ。
ザフィーラは慌ててシロを追いかける。 シロに聞きたい事が色々とできたからだ。
「シロ……さん?」
「災難だったな。 チワ夫さんは新顔を見つけるとケンカを売るのが趣味なんだ。 俺も初めて会ったときはこっぴどくやられたよ」
「いや、聞きたいのはそういうことではなく……」
「ザフィーラはこの海鳴でもベスト20には入る実力だから、チワ夫さんもつい本気をだしたんだろう」
シロは軽く言ったが、ザフィーラはその答えにこの日二度目の恐怖を感じた。
自分は犬ではない、ベルカの騎士、ヴォルケンリッターの一員なのだ。 それが、この街で20位?
では日本では、いや、地球では自分より強い犬がもっとたくさん居ることになる。 そして、自分でも勝てないであろう相手を倒したシロの実力はいったい?
どうやらのんびりしている暇はないらしい。 もっと地球の犬社会について知らなければ!
そしてそれは、守護獣として主を守ることにも必ず役に立つはずだ。
「シロさん!」
「ん?」
突然、ザフィーラに声をかけられてシロは足を止める。
振り返るとザフィーラはシロに向けて深々と頭を下げていた。 相手に対して大きな敬意を払っていることが良く分かるお辞儀だった。
「これからも、お願いします!」
「突然そう言われると照れるな。 それじゃぁ、TVで闘犬でも見るか」
「はい!」
浜辺で寝ている一匹の犬の前に、一枚の葉っぱが舞い降りた。 それには小さな犬の足型がスタンプのように付いている。
それを見た犬は、その葉っぱを前足で押しつぶす。 さらに口を歪めて笑い顔を作った。
「自ら竜巻に飛び込む姿、まさに疾風、疾風のシロ……か。 バーニングチワ夫が認める相手なら面白い戦いができそうだ」
高知の荒波を前に、一匹の土佐犬の鳴き声が辺りに響き渡った。
『先生のお見合い』 ネタとしてお見合いするようなことを書いたけど、実際にはあんまりさせたくないのでボツ
とある人物の護衛をする仕事、護衛対象の開催するパーディーの警備をしていた士郎は爆弾を発見した。
解体する時間は無い、護衛対象を逃がす時間も無い。 ならば、できる限り被害の出ない場所に爆弾を運ぶことが残された唯一の手段だった。
たとえ、そのせいで自分の逃げる時間が無くなろうとも、むしろ自分ひとりの被害で他の人間が助かるならば望むところだ。
爆弾を抱えたまま、窓に向けて走り出す。 ここはビルの30階、ここから爆弾を思いっきり投げれば、地上に落下するまでの間に爆発して被害は窓ガラス一枚で済む。
問題は、爆弾を投げるまでの間に爆弾が爆発しないかだ。
タイマーはかなりギリギリ、まさに一か八か、士郎は大きく振りかぶり――その瞬間、タイマーがゼロになった。
(駄目だったか……桃子、恭也、美由希、なのは……)
爆弾を持った右腕を中心に炎が巻き起こる。
目の前の光景が次々と切り替わる。 桃子との出会い、恭也や美由希との修行、なのはの誕生、自分でも走馬灯を見ていることが妙に冷静に理解できた。
自分は死ぬのだ。 それが分かるのに恐怖は無い、たが悔いは残っている。
思えば護衛の仕事ばかりで、なのはには寂しい思いをさせてしまった。 こんなことなら、もっと家族として触れ合えばよかった。
できることなら、喫茶店のマスターとしてのんびりした生活を――
「やれやれ、まさか今日、この場所とはねぇ。 見ちまった以上、無視することもできないか」
一人の影が、爆発している途中の爆弾を士郎の手から引ったくり、遠くに投げ飛ばす。
その動きは、神速を使うことのできる士郎にも反応できないほどの速度だった。 その動きをしたのが、腰を曲げて杖を突いている老婆だと分かり、思わず体から力が抜けてしまう。
爆炎を見ながら、高町士郎はその場にへたり込んだ。 その目の前に握り飯が差し出される。
目の前に立っている1人の老婆、炎に照らされる彼女の姿を見ながら士郎は自分の命が助かったことを理解した。
「高町さん、大丈夫……あなたは!?」
「テロに狙われるとは、偉くなったものだね。 ガキのころは迷惑かけてばかりの悪がきだったのに」
「座土さん、来てくださるなら迎えを出しましたのに……、ささ、向こうでお話でも」
「美味いものが食べれると期待したのに、食い物をケチってるね。 このカツオ、安物だろう?」
「食材の仕入れ担当と料理人をクビにしろ! 今すぐに最高級のカツオを仕入れるんだ! 市場が開いてない? それでも探して来い!」
心配して士郎の様子を身に来た護衛対象が、老婆の姿を見た瞬間に驚きの表情になった。
そのまま士郎の存在を忘れて老婆と話を始める。 このパーディー会場で一番のVIPは護衛対象のはずだが、その態度から老婆がその男以上のVIPであることは誰の目にも明らかだった。
しばらく男と話していた老婆は、会話がひと段落すると再び士郎に歩みよってきた。 士郎も立ち上がって頭を下げる。
依頼主よりも更に偉い立場らしい老婆、ならば雇用された身として挨拶をしないわけにはいかない。 この歳、老婆がした先ほどの動きのことは忘れることにした。
「どうだい? 一緒にお茶でも、たまには若い人と話をしたいからね」
「いえ、私は護衛ですし……」
「高町さん、私からも」
「……お相伴に預かります」
依頼主からも頼まれては断ることはできない。 士郎はしぶしぶ、老婆の話し相手になることを承諾したのだった。
「で、実際に話をしたら妙に盛り上がって、息子と孫娘がいるという話になって、だったら将来お見合いでもさせるか、と言う話になったんだな。 と・う・さ・ん」
「あっはっは、命の恩人の頼みじゃしょうがないね。 うん、息子に彼女がいてもしょうがない。 そうだよねぇ、た・か・ま・ち・し・ろ・う・さん」
「すまない、もっと早くに伝えておくべきだった。 あれから連絡が無かったし、向こうも忘れているとばかり思っていた」
ふらりと翠屋にやってきた老婆は最初に店長である高町士郎を呼び出した。
何事かとやってきた士郎は、老婆が座土有葉であることが分かると仕事を忘れて昔話に華を咲かせ、約束を思い出した。
最悪だったのは手伝いをしていた恭也と忍がその話を聞いてきたことだ。 おかげで士郎は有葉と話している間、ずっと二人の冷たい視線にさらされ続けることになってしまった。
それは有葉が帰ってからも続き、閉店して店内から客が居なくなると同時に士郎は二人の前に土下座した。
「ええっと……お兄ちゃんのお見合い相手って、先生? どうしよう、忍さんも大事だけど、先生とお兄ちゃんが結婚しても嬉しいし……」
「確かになのはの先生はいい人だが、俺は忍以外の女性と付き合う気は無い。 この話、ことわ――折角だから会うだけ会ってみる。 こうして知り合うことも何かの縁だしな――お前! 勝手に!――あの先生とは一度ゆっくり話をしたかったんだ――すこし黙ってろ!」
急にその場を離れてブツブツと独り言を言い始める恭也を不思議に思いながらも、士郎は安心した。
士郎だって、すでに恋人のいる息子を親の都合で無理やりお見合いさせることを申し訳なく思っている。 しかし、断ることができないのも事実。
どうしても嫌だと言うのであれば、菓子折りでも持って有葉に謝らなくてはならなかったが、承諾してくれて助かった。
約束はお見合いをすることであって、その結果付き合うことになろうが、話が無かったことになろうがどちらでもいいのだ。 とにかくお見合いさえすれば義理は果たしたことになる。
しかし、それで納得できないのが恭也の恋人の忍だった。 恭也とお見合いの相手でるマナミが付き合うことは無い、と確信していてもあまりいい気分では無い。
妹のすずかからも座土マナミの話は時々聞かされる。 家庭訪問で直接話をしたこともある。 マナミは自分と比べても手ごわい相手だと十分に理解しているのだ。
恭也の性格を考えると勝利は揺るがないだろうが、念には念を入れなくてはならない。 忍は携帯電話を取り出して妹のすずかに連絡を取る。
「あ、すずか? 今度の日曜日にさ、すずかのクラスの子集めてよ。 ほら、この間ドラマでさ、「先生辞めないで~」ってやってたでしょ? それを実際に試したくなってさ」
大波乱のお見合い当日編、やりません。