作者の持論だが、トリッパーを大きく分けると3種類になると考える。
異世界に移動すると同時に赤ん坊になり、人生をやり直す『転生型』。 本編のトリッパー達がこれに当たる。
原作の登場人物、もしくはオリキャラの意識を乗っ取り、入れ替わって生活する『憑依型』。 多少変則的だが、外伝で登場した高町恭也(仮)がこれである。
最後に、移動前と同じ状態で突然異世界に現れる『転移型』(体が子供になる等の副作用が起きることもある)。 この『転移型』トリッパーには、他の二つには無い問題点が存在する。 それは――
少しばかり肌寒い秋の一日、大漁旗を掲げた船が大海原を真っ直ぐに進む。
魚を保存する船倉にはこれ以上入らないくらいのカツオが詰まっている。 まさに10年に一度の漁獲量といって良いだろう。
その甲板にいる二人の男、1人はまだ若く、もう1人は60は過ぎている老人だった。
若者は慣れた手つきで船の舵を握り、老人は月を見ながらタバコをふかしている。 時々、思い出したかのようにチラチラと若者を見る老人の表情は、何か悩み事をしているようにも見えた。
ここ30分ほどの間、二人の間に会話は無い。 それ以前は今日の成果や次の休日のことなどを話していたが、老人の娘の話題になったとたん急に話が途切れてしまった。
少し気まずい雰囲気の中、もうぐ港に着くというところで老人はタバコを海に投げ捨て、立ち上がって若者の近くにまで歩いてきた。
それに気がついた若者も少しばかり船の速度を落とし、話を聞けるようにする。
「なぁ、義人よ」
「なんですか? おやっさん」
「お前がウチに来て、どれくらいになる?」
「そうですね……ちょうど2年になりますね」
「そうか……もうそんなに経つか」
すこし考えてから年数を答えた義人の返事を聞いて、老人は目を閉じて宙を仰いだ。
どうやら昔を思い出しているらしい、邪魔しないように静かにしておくことにする。
やがて何かを決意した老人は、クーラーボックスからビールを取り出して一気に飲み干した。 どうやらよほどのことらしい、酒の力を借りて気を高ぶらせて言うつもりのようだ。
「お前がやってきた時、こんなヤツが何の役に立つって思ったもんだ。 あの人のの紹介じゃなきゃ追い返していたところだったぜ」
「あの頃はすいませんでした。 迷惑ばかりかけて」
「バッキャロー! 今でも迷惑かけっぱなしだよ!」
「あはは、すいません」
頭を軽く小突かれて思わず笑ってしまった。
老人の口は悪いが、それが半分冗談だという事は3年の付き合いでよく知っている。 漁師が船の操舵を任せているのは信頼している証拠だと分かっているからだ。
そんな風に冗談を言っていたのも僅かな間、老人の表情が真面目なものになったことに気がついた。
いよいよ本題に入ることを感じ、義人も気を引き締めた。 これまでお世話になったのだから、どの様な話でも真剣に聞こうと心に誓う。
「実はな、良子の事だ」
「良子さんの?」
「あの子は早くから両親を事故で亡くし、ワシが男で一つで育ててきた。 あの子も文句を言わずに仕事の手伝いをしてくれてる」
「ええ、いい女性だと思います」
「そうだろ? あの子ももう26だ。 都会ならともかく、こんな地方じゃ嫁の貰い手もいない。 まぁ、その原因はワシにあるわけだが……」
「それは……」
ここまで言われたら、さすがに義人も老人が何を考えているか気がついた。
高知に来て2年、老人の家族には世話になりっぱなしだった。 居候をしているので、孫娘の良子と接する機会も多い。
老人の孫娘である良子のことが好きか? と聞かれれば自信を持って「はい」と答えることができる。
実は老人が知らないだけで、義人と良子はかなり深い中になっていた。 いつこの話を切り出そうか二人で相談していたが、まさか老人の方から話を始めるとは思わなかった。
今が一番いい機会なのは間違いない。 今こそ勇気を振り絞るときだ。
義人は深呼吸をして、すこしだけ2年前を、自分がこの世界に来たときのことを思い出した。
トラックにひかれたと思ったら、見知らぬ街にいた。 義人に起きた出来事を説明すると、そう表現するしかなかった。
最初のうちは混乱したが、それでも時間が立てば現状を確認する程度のことはできる。 とりあえず、自分の現在位置を確認して、元の場所に戻る努力をするべきだということはすぐに分かる。
とりあえず交番を探すべきだ。 そうすればこの街の名前も自分の街への帰り方も分かる。 その考えが甘いということは、1人の少女を見て理解した。
道の向こう側から、学校に向かっているらしい小学生の女の子が歩いてきた。 その顔をみた瞬間、思わず足を止めて、目を開いてしまう。
高町なのは、とらハ3の主人公である高町恭也の妹で魔法少女リリカルなのはの主人公。
幻覚でも見たかと思いながら先に進むと、喫茶店があった。 その店名は翠屋、思わず店の中に入ってしまう。
「いらっしゃいませ、こちらのお席にどうぞ」
高町恭也に席に案内してもらう。
そういえばトラックにひかれたのはコンビニへ朝食を買いに行く途中だったことを思い出した。 丁度良いのでモーニングセットを注文することにした。
料理が来るまでの間、店内を観察してみる。 するとカウンターの奥にいる高町士郎、ウェイトレスとして配膳を手伝っているシャマルを見つけることができた。
どうやらこの世界はとらハでは無くリリカルなのはと見て間違いないらしい。 まぁ、それが分かったからといって元の世界に帰る方法が分からないことには違いないが……
とりあえず、今は運ばれてきたトースト、サラダ、コーヒーのセットを腹に詰め込むことにする。
さすがは人気の店、その味は本物であっという間に食べつくしてしまった。 折角だからケーキも注文する。 翠屋といったら高町桃子の作る洋菓子が一番の目玉だろう。
それらを3つほど食べてから、会計を済ませることにする。
「1240円になります。 はい、60円のお釣りです」
「あー、この店ってアルバイトの募集とかしていませんかね?」
「アルバイトですか? 別に、家族や娘の友人が手伝ってくれてますので」
「そうですか、いや、だったらいいです」
レジ打ちに入った高町桃子に千円札を渡してお釣りをもらう。
こんなことを尋ねたが、本気でアルバイトができるとは考えていない。 一見の客がいきなり働かせてくれと言ったら拒否するのが普通の反応だろう。
しかし、これで高町家に自分を印象付けることができた。
この先、自分が物語に関われば再び高町家に接触することになるだろう。 その時に「あ、あの時の」となって高町家と仲良くなることができる。
そんな妄想をしながら受け取ったお釣りを財布の中に入れる。 残金は260円、さすがにこれは少なすぎる。 道行く人に郵便局の場所を尋ねると、快く教えてくれた。
平日の昼間ということもあり、ATMコーナーに人はいない。 義人はそのうちの一つの前に立ち、キャッシュカードを挿入した。
『このカードは、使用できません』
電子音声と共にキャッシュカードが排出された。 何度やっても同じことが繰り返される。
「どうかなさいましたか?」
「いや、この機械壊れて……あ、何でも無いです」
様子がおかしいことに気がついた郵便局員が声をかけてきた。 文句を言おうとして、重大なことに気がついた。
このATMは壊れてなどいない。 おかしいのは自分のキャッシュカードのほうだ。
ここは現実では無くリリカルなのはの世界、別の世界で作ったカードがこちらの世界で使えるはず無い。
なんだか怪しい者を見る目つきの郵便局員に適当な言い訳をしてその場から逃げるように立ち去る。 持っているキャッシュカード、クレジットカードなど、すべてが役に立たなくなってしまった。
とにかく金を手に入れる手段を探さなくてはならない、それに寝床だ。 とにかく生活できるようにならなくては、こんな漫画の世界で死ぬのは嫌だった。
急いで翠屋に戻る。 先ほどは断られたが、今度は土下座をしてでも仕事と寝床をもらうつもりだ。 もう原作に関わってなど悠長なことは言うことができない。
そうして翠屋の前までたどり着くと、高町士郎が警官と話しているのが見えた。 何事かと、思わず隠れて様子を伺う。
「それで、この千円札の番号が同じだと気がついたんですね? しかしよくできてるな、透かしもあるし、まったく見分けがつかない」
「偶然同じ番号が無ければ分かりませんでした。 それで、持っていた男の特徴は――」
なんという不幸な偶然だろうか、渡した紙幣と同じ番号がその店にあるなんて、いったいどれだけの低確率なのか分からない。
しかも、そのせいで偽札を使用したと思われてしまった。 これではアルバイトや居候を頼むどころではない。 今すぐこの場を離れなくてはならなかった。
高町家は頼れない。 と、なると……八神家が頭に浮かんだ。 家族を求める八神はやてなら、ヴォルケンリッターの他にもう1人増えても大丈夫だろう。
そうと決まれば八神はやてと接触しなくてはならない。 テンプレの展開なら――
「きゃっ!」
視界の端に倒れる車椅子と少女が入った。 間違いなく八神はやてだ。 なんというナイスタイミング。
急いで駆け寄って車椅子を戻し、そこに八神はやてを座らせる。 これで第一印象はいいものになったはずだ。
さらに、そこから世間話をして、さりげなく自分に住む家が無いことを伝える。 心優しい八神はやては、計画通り同情を寄せてくれた。
これならいけるか? と、思ったとき、第三者がその場に現れた。
「はやて~」
「あ、和真、学校終わったん?」
「うん、はやてが見えたから、一緒に帰ろうと思って走ってきたの」
「そっか、こっちはシロとザフィーラが出かけてもうてな、1人で散歩してたらこの人に助けてもろうたんよ」
義人は混乱した。 この少年はだれだ?
原作にこんな人物はいない。 しかし、八神はやてと仲がよく、会話を聞いていると一緒に暮らしているらしい。
どうやら純粋なリリカルなのはの世界ではなく、オリキャラがいるらしいと結論づける。 だとすれば、今の計画が怪しくなってしまう。
この世界の八神はやてには家族がいる。 そこに会ったばかりの人間を迎えるとは思いにくい。
だが、その心配は杞憂だった。 はやてが和真に義人のことを伝えると、和真は携帯電話を取り出してどこかに電話をかけた。
「もしもし、お母さん? 今はやてと一緒にいるの。 それでね、お家が無い人がいてね……」
どうやら和真は母親に相談するつもりらしい。 もしここで母親が許可すれば、義人はとりあえずの住居を手に入れることができる。
天に祈るつもりで拳を握る。 ゴクリと唾を飲む。 そして、道の向こうから警官が歩いてくるのが見えた。
「それで、その人はやてを助けてくれて……あれ、いない?」
「なんかお巡りさん見た瞬間に走って行ってもうたで? どうしたんかなぁ?」
「君達、この辺りでこういう人を見なかったか?」
「この人さっきの……」
「なのはちゃんのお店で偽札事件ですか? 悪い人には見えんかったけど……」
この世界に来てから2週間が過ぎた。 雑草と水だけで過ごすのは何日目だろうか?
奇跡的に犯罪行為はしていない。 精神力は日々磨り減っていくが、最後の一線だけは意地でも越えないようにしている。
高町家にも八神家にも頼ることができない今、最後の望みはハラオウン家と時空管理局だった。
次元漂流者として保護してもらう、そうすれば元の世界に帰ることができるかもしれないと考え、ハラオウン家を探しているのだが見つからない。
偽札事件の重要参考人と思われているので交番で尋ねることはできない。 電話帳を見てもハラオウンは見つからない。
義人は勘違いをしていた。 シャマルが翠屋にいたことで、なのはとヴォルケンリッターの仲がいい→A'sが終わっていると思ってしまったのだ。
現在10月、後2ヶ月たたなくてはアースラは地球に来ない。 そうとは知らず、義人は警察から隠れつつ街を歩き回ってきた。
しかし、それももう限界だ。 地面に大の字になって寝転んでいると、ポツポツと雨が降ってきた。
指一本動かす気になれない、このまま死んでしまうのかという気持ちが他人事のように感じられる。
その時、目の前に袋入りのアンパンが落ちてきた。 久しぶりのまともな食べ物、急いで袋を破ってかぶりつく。
「食べながらで良いから聞くんだよ」
気がつくと、傍らに老婆が立っていた。 この老婆が食べ物を恵んでくれたらしい。
「働く気があるなら、仕事と住む場所を紹介してあげるよ。 真面目に働くと約束するならね、どうする?」
断る理由は無かった。
義人はもう十分に理解していたからだ。
転生型、憑依型トリッパーは最初から家庭がある。 しかし、転移型トリッパーは、物語の冒頭で誰かの家に転がり込まないとホームレスになってしまう、ということを。
拝啓、座土有葉様
寒さの強くなってきた秋の日々、どのようにお過ごしでしょうか?
このたび、私は結婚することになりました。 相手は貴方が紹介してくださった海野源三さんの孫娘、良子さんです。
思えば2年前、行き場の無かった私を助けてくださった御恩は忘れることができません。 高知までの移動費、戸籍、住民票など、お世話になったことを考えればどの様なお礼をしても足りないくらいです。
私が良子さんと出会うことができたのも、すべて貴方のおかげです。 ですから、この喜びを一番に伝えたいと考え、手紙を書かせてもらいました。
結婚式は3ヶ月後を予定しています。 正確な日時が決まったら招待状を御送りしますので、ぜひいらして下さい。
敬具
「ただいま!」
座土有葉が手紙を読んでいると、珍しく機嫌の悪いマナミが帰ってきた。
そのまま冷蔵庫を開けると、牛乳をパックから直接、行儀悪く一気飲みする。 あまりに珍しいので、有葉は思わず声をかける。
「どうしたんだいマナミ、何かあったのかい?」
「聞いてよおばあちゃん! この間、高町さんが大怪我したでしょ? まだ小学生なのに、大変な仕事をして、日々の疲労が原因なんだって。 リンディさんにミッドチルダの病院に連れて行ってもらったら、偶然責任者の人に会ったの。 そこで、どうしてそんなことさせたのかって言ったら、本人の意思とか、管理局の方針とか、そんなことばっかり! リンディさん以外の管理局の人って、あんなのばかりなの!? ああ……他の子は大丈夫かなぁ……」
子供達を心配して天を仰ぐマナミを見た有葉は、立ち上がって出かける準備を始めた。
マナミの話を聞いて、こちらも珍しく機嫌を悪くしたらしい。
「おばあちゃん、どこいくの?」
「他の子達がいるから大丈夫だと思ったけど、甘い考えだったみたいだね。 やっぱり大本をどうにかしないと駄目みたいだし、ちょっと管理局を潰……ゲフンゲフン、さすがにそれはまずいね、偉い人と話をしてくるよ。 一番偉い連中と、『お話』を、ね」
数日後、最高評議会より管理局の大改革が発表されることになる。