いつもの真塚家の夜。
父親が新聞を読み、母親が食事の片付けをし、シャマルがそれを手伝い、シグナムが食後のお茶を飲み、和真とはやてが学校の宿題に取りかかり、ヴィータがソファに寝そべってアニメ番組を見ている。
ただ一つ違っていたのは……
「ヴィータよ」
「ん? 何だよザフィーラ」
ザフィーラに声を掛けられて、ヴィータは少し不機嫌そうに返事をした。
テレビではアニメの主人公のロボットが必殺技を出すところ、一番盛り上がるところに水を差されてしまったのだ。
しかし、そんなことなど気にせずにザフィーラは話を進める。
「前々から言おうと思っていたが、お前は目上の者に対する敬意が足りていない」
「目上ぇ? そりゃあたしはそういうの苦手だけどさ、できるだけ払ってるよ?」
ヴィータは口が悪い、態度も悪い、それでもベルカの騎士としての誇りを忘れたことはない。
主であるはやてのことは大切に思っているし、その家族の真塚一家にも不器用ながら感謝を示している。
ただ表現が下手なだけでその心は騎士として恥じることのない物だということはみんな理解していた。
だから多くは口を挟まない、ヴィータは言葉ではなく行動で表現するタイプだからだ。
「だがヴィータよ、お前は大事な人に敬意を払っていない」
「大事な人?」
ヴィータが部屋を見回す。
ヴォルケンリッターを除くとこの家にいるのは……はやて、和真、その両親、そして――
「わん!」
シロが目に入った。
しばらくじっとシロを見つめ、そしてザフィーラに疑問の目を向ける。
ザフィーラが黙って頷いたのでもう一度シロを見る、だがシロはしっぽを振ってお座りをしていた。
「なあザフィーラ、もしかして……シロか?」
「バカモノ! シロさんと呼ばんか! シロさんと!」
ザフィーラに怒られてしまった。
納得のいかないヴィータはシロを抱きかかえてじっくりと観察してみる。
何処にでもいそうな雑種の小型犬、ヴィータでも簡単に持ち上げられる小さな身体。
確かにシロは真塚家の一員だが、それでもやはりタダの犬だ。
「能力を過小評価するとは、ベルカの騎士としてどうかと思うぞ」
お茶を飲み終わったシグナムが話に加わってきた。
しかもザフィーラに賛同している、そのことがヴィータには信じられない。
「能力を過小評価って、ザフィーラみたいな守護獣や魔導師の使い魔じゃないんだしさ~」
「いや、シロ殿は強い。 以前散歩の途中で手合わせしてもらったが、私でも危ないところだった」
「うわっ! シグナムが冗談言うなんて、でも面白くないぜ」
結局、ザフィーラもシグナムもため息をついてこれ以上言うのを止めた。
そんな二人を変に思いながら、ヴィータはテレビの方に向き直る。
とっくにアニメは終わっており、どうでもいいバラエティーが始まっていたので電源を切ったのだった。
そして深夜――
小腹が空いたヴィータは抜き足差し足で台所に向かっていた。
内緒のアイスを冷蔵庫に隠してある、それを頬張るところを想像すると自然によだれが出てくる。
しかし途中で妙な物音に気がつく、玄関の方だ。
まさか泥棒?
ベルカの騎士が守護するこの家に忍び込むとはいい度胸だ。 ぶっ飛ばして警察に連れて行ってやる。
そう考えながら玄関に向かうと……これから出て行こうとするシロとザフィーラの姿を見つけた。
こんな夜中に外へ? 一体何故?
こっそりと後をつけると、二人(二匹)は家から少し離れた広場に移動した。
そしてその広場にいる犬、犬、犬。
まるでこの街のすべての犬が集まっているのではないかと錯覚するほどの大量の犬がいた。
なんだこれは? と疑問に思っていると
「わん! わん! わん!」
後ろから来た犬に見つかってしまった。
その鳴き声を聞いたとたん、犬たちが一斉にヴィータを取り囲む。
その殺気だった態度に思わずアイゼンを起動してバリアジャケットを身に纏った。
数十匹の犬が唸る中、ザフィーラとシロがヴィータを守るように犬たちの前に立ちふさがる。
「わん! わん!」
「この者は我々の知り合いだ。 手出しはしないと約束する」
その声を聞いた犬たちは少しばかり話し合うようなそぶりを見せた後、ゆっくりとヴィータを解放した。
ヴィータにとっては分けが分からない、一体この広場で何が起きようとしているのだろうか?
すると、犬の群れの中に一匹の見慣れた姿を見つけた。
アレはアルフ(子犬)だ。 何故あんな所にいるのだろうか?
「シロさん! 来ちゃいけない、これは罠だよ!」
「わん!」
「わわん、わん、わん!」
「くぅ~ん、わんわん!」
「なぁ? ザフィーラ?」
「仕方がない、通訳してやろう」
ヴィータが申し訳なさそうにザフィーラに視線を向ける。
ザフィーラはやれやれといった表情で通訳を引き受けたのだった。
以下、犬語を日本語に変換します。
「くっくっく、このアマなかなか強情だったぜ。 俺の兵隊が20匹ほどやられちまった」
「ふん、数に頼らなければ何もできないゲス野郎が、貴様など犬の誇りも無いのだろうな」
「何とでも言え、疾風(はやて)のシロを倒せるなら安い物だ。 そしてこのポチが海鳴を支配する」
ザフィーラの通訳を聞きながらヴィータは頭を抱えた。
まさか犬の社会がこんな状態だったとは……いや、それよりも突っ込むべき所はたくさんある。
とりあえず一番突っ込みたいのはアルフについてだった。
「なぁ? あいつって使い魔で人型になれるよな? 何で捕まってんだ?」
「流石に数で押されては体力が保たなかったのだろう、個人的な問題で主に助けを求めることもできず……無念だろうに」
「いやいやいや、犬だぜ? 犬の10匹や20匹でそんな!」
「相手を過小評価するなと言っただろう。 見ていれば分かる」
犬の群れが二つに割れ、中から一匹の犬が出てきた。
茶色い毛並み、短い足、長い胴体、垂れ下がった耳――
そう、ダックスフントと呼ばれる犬がシロの前に進み出てきた。
「ダク助さん、お願いします」
「ふん、噂に名高き疾風のシロがこんな雑種とはな。 だが仕事だ。 手加減はしないぞ」
「弱い犬ほどよく吠える。うんちくはいいからかかってこい、1秒で終わらせてやる」
「ほざけ! 若造が!」
ヴィータはまた頭を抱えた。
ダックスフントのことはテレビでも見たことがある。
長い胴体を見て笑ったし、はやてがシロの方が可愛いなんて言っていた。
それがこんな傭兵みたいなマネをするとは、そもそも何を報酬に仕事を引き受けたのか?
金か? 餌か? ヴィータには想像できない。
「狩人ダク助、やっかいな相手だな」
「そうかぁ? ダックスフントって短足でチョコチョコ動き回るだけだろ?」
「相手を過小評価するな! ダックスフントはアナグマの狩猟用に品種改良された、いわば狩りのエリート! その戦闘能力はCランク魔導師にも匹敵する!」
「そんな――」
バカな、と言おうとした瞬間、ヴィータは信じられない物を見た。
まずダク助がまっすぐシロに向かって突撃した。
蹴った土が砂埃をまき散らし、まるでロケットのような速度で突っ込むダク助がシロにぶつかったその瞬間、シロの姿が消えた。
突如目標を見失い戸惑うダク助、その時、誰か(犬)が 「横だ!」 と叫ぶ。
その声に反応するより早く、ダク助の身体を衝撃が襲う。
ダックスフントの長い胴体への強烈な体当たり、ダク助は身体を「く」 の文字に折りながら吹き飛ばされる。
観客(犬)が宙を舞うダク助に注目する、ゆうに十数メートルは空中を移動しただろうか?
広場の端の壁に当たったダク助はそのまま地面に落ち、情けない鳴き声を上げて動かなくなる。
以上、ダク助が突撃してからきっちり1秒の出来事だった。
「さすがシロさん、ダックスフントは長い胴体と短い足でスピードは速いが小回りが利かない。 そこを突いたのか」
「う、動きが見えなかった……」
ヴィータは初めて犬という生物に恐怖した。
なんなのだ? 今の戦いは?
犬の喧嘩ってもっとこう……吠えたり噛みついたり、そんなのじゃなかったのか?
なんでベルカの騎士でも追いつけないほどの高スピードのバトルが繰り広げられているのか?
もしかしてここにいる犬はすべて魔導師の使い魔か守護獣ではないのか?
思いっきり混乱するヴィータをよそに、シロの前に第二の刺客が姿を現す。
小さなからだ、つぶれた顔、そういう犬をブルドッグと言う。
「なるほど、噂通りの実力だな。 疾風のシロ」
「その血のにおい……名前を聞いておこうか?」
「ブル吉、人(犬)は俺をバッファロークラッシャーブル吉と呼ぶ」
「なるほど、お前が32匹の牛を喰い殺した伝説のブルドッグ、ブル吉か。 相手にとって不足はない!」
「アホか! ここは日本だろうが! なんで32頭も牛を殺してんだよ!」
「何を言っている? ブルドッグが牛と戦って何がおかしい? そういう風に品種改良された犬だろうに」
「アタシか? アタシがおかしいのか?」
叫ぶヴィータをよそに戦いが始まった。
口を大きく開けてシロに噛みつこうとするブル吉、しかしシロには当たらない。
軽いフットワークですべての攻撃を避け、反撃の機会をうかがっている。
そして一瞬の隙をついてシロの姿が消えた。
ダク助の時と同じ、一つ違ったのはブル吉がそれに反応して上を向いたことだった。
上空に浮かぶ満月に犬の形の影ができる、それはだんだん大きくなり、ブル吉に向かって襲いかかる!
「バカめ! 空中では身動きが取れまい! 俺の牙の餌食にしてくれる!」
口を開けて落ちてくるシロを待ちかまえるブル吉、しかし彼は見た。 シロの目はまだ諦めていない。
落下するシロは大きく尻尾を振って空中の身体に別方向のベクトルを加えた。
それにより、ブル吉が予測していた落下の軌道よりも手前に着地する。
そして目の前には天に向かって口を開ける無防備なブル吉の顔があった。
ブル吉が失敗に気がついたときにはもう遅い、強烈なアッパー(前足)がブル吉のアゴにたたき込まれて一瞬の脳震とうを引き起こす。
そこにだめ押しの後ろ回し蹴り(後ろ足)、この攻撃ではタフなブルドッグといえどもひとたまりもない、ブル吉は地面に倒れ、完全に気を失った。
「己の武器(牙)を過信しすぎたな、これは我らの戦いにとっても重要なことだ。 覚えておけ」
「すげぇ、すげぇけど、何か納得いかねぇ……」
二人も傭兵がやられたことでポチは歯ぎしりをした。
一筋縄ではいかないと分かっていたが、まさかここまで強いとは……
しかし3人(匹)目の傭兵のことを思い出してほくそ笑む。
どうせ一人(匹)目二人(匹)目は捨て駒、次の傭兵こそ最強といっても過言ではない。
「土佐丸さん、お願いします!」
ポチが叫ぶと、広場の角にあるドラム缶の後ろから一つの影が現れた。
でかい、高さだけでもシロの3~4倍、おそらく重さは10倍以上あるだろう。
威風堂々とした態度、歴戦の印たる体中の傷跡、王者の威圧感を発生させる鋭い眼光、日本が誇る最強の闘犬、土佐犬の姿がそこにはあった。
「土佐丸……まさか!?」
「知ってんのか? ザフィーラ?」
「高知の闘犬で5年間不敗を誇った伝説の戦士だ。 引退して飼い犬になったと聞いていたが、まさかこの街にいたとは……」
「確かに、あの大きさじゃ小型犬のシロに勝ち目はないぜ」
「それよりも恐ろしいのは土佐犬自体の戦闘能力だ。 あれほどの戦士になると、もはや管理局のAランク……いや、AAの魔導師でも歯が立たないだろう」
「いや、闘犬ってテレビで見たことあるけど……そんなこと無かったぜ?」
「アレはフィルターが掛かっている、SUMOUと同じだ」
「スゲー! 闘犬ってギガスゲー!」
興奮するヴィータとは反対にシロは冷や汗を流していた。
この犬は強い、獣だからこそ分かる圧倒的な実力差、まともに戦って勝ち目はない。
だが逃げるわけにもいかない、逃げたら人(犬)質になっているアルフがどのような目に遭うか?
攻めるもできず逃げるもできず、ただ時間だけがゆっくりと過ぎていった。
やがて土佐丸が前足を一歩前に出す、思わず後ずさりしてしまうシロ、それを見て土佐丸はにやりと笑った。
もう一歩土佐丸が前に出ると、同じだけシロは下がる、もう一歩、もう一歩……
やがてシロの尻尾が壁に振れてしまった。 これ以上は下がれない。
「終わりだな、坊主」
土佐丸の声を聞きながらシロは少しだけ目をつむった。
思い出すのは最初の記憶、気がつくとシロは薄暗い部屋の中にいた。
小さな部屋がたくさんあり、一つ一つの部屋に2~3匹ずつの犬がいた。
そして人間が部屋から犬を連れ出すたびに、苦しそうな鳴き声が聞こえてもう二度とその犬は戻ってこないのだ。
あれは殺されているのだと理解するのにそれほど時間はかからなかった。
そして、いつか自分の番が来ることも理解していた。
恐怖で眠れない日が続いた。 子犬の自分にできるのは泣き叫ぶことだけだった。
ある日、一人の人間に部屋から連れ出された。 いつも犬を連れて行く人間とは別人だった。
それでも人間に連れ出されたからには殺されるのだろう、そう思いながら箱に入れられた。
真っ暗な箱に入ること数十分、突然光が降り注いだ。
目の前に現れる人間の子どもが二人、おそらく雄と雌だと思えた。
その子ども達は自分を抱きかかえてしばらく話し合った後、口をそろえてこう言った。
「お前の名前はシロ、これからは家族だ」
家族を守ろうと誓った。 強くなろうと誓った。
大きくなれば強くなれると思ってちょっと間違った道に進んだりもした。
そして気がついた。
一番大切なのは勇気、何者にも負けない心こそが最大の武器。
チラリとアルフの方を見ると心配そうな表情でこちらを見ていた。
恐怖で固まる顔を無理矢理笑顔にしてアルフに話しかける。
「アルフ!」
「シロさん、あたしのことはいいから!」
「明日の散歩は午後5時頃、海岸沿いの道を行く予定だ。 時間を合わせたら会えるかもな」
「うん、絶対行くよ! だから……だから勝って!」
「敵を前に女(雌犬)と会話とは、余裕だな」
「余裕だよ、何故なら……これから楽勝でアンタを倒すんだからな!」
海鳴の犬たちが見守る中、シロは地面を蹴って土佐丸に飛びかかった。
学校から帰って、シロの散歩に行きます。
今日のシロは海岸沿いに行きたいみたいです、海を身ながら散歩するのも楽しいです。
途中フェイトに会いました。 フェイトもアルフの散歩中、すごい偶然です。
「アルフがどうしても散歩に行きたいって、それもこの時間じゃないとダメだって」
シロとアルフは仲良しです、子犬状態のアルフはシロと同じくらいの大きさで、並んで歩いています。
フェイトと散歩しながらいろんなお話をしました。
主な内容は、ヴィータとシロが仲良くなったことでしょうか?
今朝からヴィータがシロに親切です、自分のご飯を分けようとしたり、秘蔵のアイスを一緒に食べたり。 あと高知旅行に行きたいと言ってました。
それから、僕とフェイトは海岸に降りて一緒に遊ぶことにしました。
波打ち際を走ったり、綺麗な貝殻見つけたり、シロとアルフが海に飛び込んで慌てたり、とっても楽しかったです。
あっという間に晩ご飯の時間になってしまったので帰ろうとすると、前から見慣れた人がやって来ました。
犬の散歩、というより大きい犬に引っ張られています。
その人は僕たちの目の前まで来ると止まりました。 というか犬が止まってようやく休憩できたみたいです。
「真塚君、フェイトさん、犬の散歩ですか?」
先生です、先生も犬の散歩をしています。
大きい犬です、しかも傷だらけです、ちょっぴり怖いです。
「ああ、この子ね、高知のおばあちゃんの頼みで1週間だけ預かってるの。 アパートだから大家さんに頼み込んでね。 すごいのよ、高知の闘犬で5年間不敗の――」