「皆さん、おはようございます!」
若々しい声と共に、1人の女性が扉を開けて入ってきた。
聖祥小学校に勤める座土マナミは教室の前方にある教壇に立ち、出席簿を開いた。 そしてそこに書いてある30人の名前を確認する。
「それじゃあ出席を取ります。 天崎刹那くん」
明るい声が教室に響き渡る。 しかし返事は無い。
二回三回と呼びかけるがやはり返事は無い、だが教室に入った時は全員揃っていたはずだ。
不思議に思って刹那の席を見ると、ちゃんと座っているのは確認できた。 でも様子がおかしい。
机にうつぶせになってピクリとも動かない。 もしかして体調が悪いのだろうか?
場合によっては保健室に連れて行くことも考えなくてはならない。 なぜなら彼女は教師なのだから、生徒の体調について知っておく必要がある。
そう思ってマナミは教壇を離れて刹那の席に近づき、声をかけながら刹那の体を揺さぶった。
「天崎くん、どこか調子が悪いのですか?」
「っは!? すいません、寝てました。 話し合いで寝てないんで……何言ってんだ? もう大丈夫です」
「あまり夜更かしをしてはいけませんよ。 一度感覚が狂ったら直すのは大変ですから」
いつも真面目に授業を聞いて、学級委員としてクラスの中心で活動している刹那が朝から居眠りとは珍しいことだった。 もしかしたら初めてかもしれない。
夜遅くまで何をしていたのかは分からないが、きっと大変なことがあったのだろう。 そうマナミは考えた。
朝のHRはまだ続いている。 気を取り直して教壇に戻り、再び出席簿を開く。
「アルス・エヴォリュアルくん」
出席番号2番の少年の名前を呼ぶ。 しかしまた返事が無い。
今度はどうしたのかと思いアルスの席の方を向くと、アルスの隣の席に座っている女子が手を上げていた。
「せんせー、エヴォリュアル君が寝ています」
それを引き金に次々と教室で手が上がる。
そのすべては女子、そして手を上げている女子の隣の席にいる男子は全員机に突っ伏していた。
「せんせー、鬼道くんも寝ています」
「竜宮くんも~」
「リュウセイくんも起きそうに無いです」
「龍堂君のイビキがうるさいです……」
さすがのマナミも顔を引きつらせた。 クラスを見回すと確かに男子全員が寝ている。 先ほど起こした刹那も再び眼を閉じて頭を下げていた。
クラスの半数が寝ているというこの状況、教師としていったいどのように対処すればいいのか?
寝ているのが1人か2人ならば直接席まで行って起こすことができる。 しかし15人全員を起こしながら教室を回るのはどうかと思う。
男の先生なら大きな声で叫ぶことも可能だろうが、果たして自分にそんな声が出せるだろうか?
いや、出さなくてはならない! 生徒をしかるのもまた教師の役目だ。
マナミは少しだけ息を吸い込み……
「座土先生、職員室にプリントを忘れてましたよ」
突然の来訪者に思わず噴出してしまった。
プリントを持ってきた教頭先生は教室を見回して現在の状況を理解した。
マナミにプリントを手渡すと、教卓を叩いて大きな音を出す。 その音で眠っていた男子達は一斉に目を覚ました。
「こら! 学校に来たばかりなのに眠る奴がいるか! まだ授業も始まっていないんだぞ!」
そう言って教頭先生は寝ている男子の頭を叩いて回りだした。
教室内に乾いた音が響き、次々と男子が頭を抑えてのた打ち回る。 後頭部を叩かれた衝撃でおでこが机に激突し、かなり痛いようだ。
「教頭先生、そこまで怒らなくても……」
「座土先生もです。 クラスの半数が居眠りなんて、教師としての威厳が足りません。 私が若かったころは」
「あの……教頭先生、そろそろ授業が――」
「話は終わっていません! 授業を変更して一時間目は道徳の授業にします!」
結局一時間目はずっと教頭先生の話を聞き続け……
二時間目、この教室では31人の寝ている姿があったとか。
はやての目の前にケーキがあります。 そこに刺さっているのは9本のロウソク、はやての年齢と同じです。
暗い部屋の中、ロウソクの火だけが明かりとして残っています。
はやては少しだけ息を吸った後、一気に吹きました。 その風で次々に火が消えます。
全部の火が消え終わったことを確認してから、士郎さんが部屋の明かりをつけました。
「はやて、お誕生日おめでと~」
僕がそう言うと、みんなが一斉にクラッカーを鳴らしてくれました。
次に拍手が巻き起ります。 すごく大きな音で翠屋の外まで聞こえたかも知れません。
はやてはみんなにお礼を言いました。 こんなにたくさんの人でお誕生日のお祝いをしたのは初めてだから少し照れているみたいです。
次はケーキを切り分けます。 はやての分は少し大きめにして、上にチョコレートの板を乗せてもらってました。
誕生日の特権です。 すこしうらやましいです。 でも僕の誕生日の時は僕がもらったので今回ははやての番です。
「さあ、皆さんもどうぞ」
「いえ、我等……」
「うめー! ケーキってギガうめー!」
「こら! ヴィータ!」
「いいじゃないシグナム、美味しいわよ」
シグナムさんはケーキをもらうのを遠慮しています。 でもヴィータはすぐにかぶりついて頬を膨らませています。 リスみたいです。
シャマルさんは普通に食べてます。 こっちも美味しそうに食べてくれて嬉しいです。
ザフィーラは犬の姿で床にケーキのお皿を置いてもらいました。 シロと並んで食べています。 犬の状態だと表情が分からないけど、あの目はきっと喜んでくれてます。
ヴォルケンリッターのみんなは今朝初めて会いました。
夜中に会っているらしいけどよく覚えていません。 起きたらはやてのベッドだったし、たぶん寝ぼけてました。
なんでもはやてが持ってた鎖つきの本が闇の書っていうすごいものらしいです。 どのくらいすごいかって聞かれたら、よくわかんないけどすごいそうです。
お父さんとお母さんは、最初は戸惑ったらしいけど話を聞いてヴォルケンリッターが悪い人たちじゃないと知りました。
犬に変身するザフィーラとか、シャマルさんが魔法を使ったのを見て魔法を信じてくれました。 これで僕の家族はみんな魔法を知ったことになります。 クラスのみんなを紹介しやすくなりました。
はやてが闇の書の主ってのになって、それを完成させたらはやてもすごい魔法使いになれるらしいです。 でもそのためにはリンカーコアってのを集めないといけません。
動物にもあるらしいけど大抵は人間が持っているらしいです。 つまりリンカーコアを集めるには他の人とケンカしなくちゃいけません。
そんなの駄目です。 ケンカしちゃいけません。 家族会議でそういうことはしないって話になりました。
ヴォルケンリッターははやてを守る騎士らしいです。 騎士は英語でナイトです。 それくらい知ってます。 残念だけどサムライガーの蒼きナイトとは関係ないそうです。
騎士ってカッコいいけど、今の時代はそういうのはいないってお父さんが言ってました。 だからはやてを守るなら家族にしようって言いました。
一緒に暮らすんだし、近所の人には遠縁の親戚って紹介するらしいです。 遠縁ってのは、なかなか会った事の無いって意味らしいです。
こうして家族になったヴォルケンリッターの皆を紹介するのにはやての誕生日会が丁度いいので、一緒に来てもらうことになったのです。 はやてもお祝いする人が多い方が楽しいです。
「みんな、せっかくだから他の人たちにも挨拶してき。 これからお世話になるし、挨拶はしとかんと」
「いえ、我等の使命は主を守ること。 お側を離れるわけには……」
「そんなんあかん。 なのはちゃんの家族とは深い付き合いしとるし、和真の友達だって家に来ることがあるかもしれん。 後で困ったことにならんよう、ちゃんとしとき」
「分かりました。 そこまで言われるなら……騎士として相応しい振る舞いをして見せましょう」
ヴォルケンリッターのみんなははやての側を離れようとしません。 みんなはやてを大事に思ってます。 あーゆうのを過保護って言うそうです。
でもそれだけはやてのことが大好きなんだと思います。 はやてもちょっと困ってるのと嬉しいのが半々の顔をしています。
そんなはやてに言われてシグナムさんがみんなの所に向かいました。
なんだかみんなを警戒してます。 怖い犬に近づく時……とは少し違います。 怖がってるわけじゃないみたいです。
みんなの方も近づくシグナムさんに気がつきました。 みんなの方は緊張してるみたいです。 参観日でお母さんが来たときよりも緊張してます。 たしかに、シグナムさんが怒ったらお母さんよりも怖そうです。 けど怒られるようなことしてないなら大丈夫なはずです。
シグナムさんはみんなの前まで来ると、深々と頭を下げました。
「私は八神はやての遠縁の親戚、シグナムという。 仲間ともどもよろしく頼む」
「え、いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「うむ、それと……」
何か話しているようでしたが小声で聞き取れませんでした。 でも内緒話するくらいだから、きっと仲良くなれたんだと思います。
一通り挨拶し終わったシグナムさんははやてのところに戻ってきました。 分かれて挨拶していたシャマルさんとヴィータも丁度終わったみたいです。
そういえばザフィーラが挨拶に行ってません。 ずっとシロとお話してます。 言葉も喋らずにわんわんと鳴いてます。
ずっと犬のままでいるつもりなんでしょうか? 尋ねてみたら小声で 「この姿の方が主の近くで守ることができる」 って言いました。 僕は学校で昼間家にいないけど、シロははやてと一緒にいられるのと同じことだと思います。
「主、一通りの挨拶をしてまいりました」
「うん、ようできた。 でもまぁ、もう少し愛想良くっちゅうか、フレンドリィにできんかなぁ?」
「フレンドリィ……ですか?」
「シグナムはそういうの苦手だからな。 その点、あたしは完璧だぜ」
「ヴィータちゃんは少し自重したほうがいいわよ。 男の子達に敵意を振りまいて、余ったケーキをくれる大人に懐いて……」
「う、うるせー! くれるって言うからもらったんだ! あたしは悪くねー」
その様子を見てた周りのお父さんとお母さんからクスクスという笑い声が聞こえてきました。 それに気がついたヴィータが顔を赤くします。
夜も遅くなってきたから、プレゼントの時間になりました。 今日のお誕生日会最後のイベントです。
みんなそれぞれプレゼントを持って一列に並びました。 こうして順番に渡していきます。
山のように重なったプレゼント、みんなはやてのことが大好きだって分かります。 はやても笑顔でとっても嬉しそうです。
友達のみんなもヴォルケンリッターのみんなも、両方ともはやてのことが大好きなんだから仲良くしてほしいです。