闇の書被害者復讐モノ、こういう分類が正しいのかは不明だがリリカルなのはの二次創作ではしばしば見られるSSである。
11年前の闇の書事件、および八神はやての闇の書事件で襲われた者(たいてい死亡)の身内が引き起こすややアンチ要素を含んだ物語。
特徴としては物語の視点が復讐をする人間ならばアンチ物、復讐を止める原作キャラなら苦難を乗り越えての成長話になることがあげられる。
物語の始まりとしては闇の書事件における八神はやてとヴォルケンリッターの処分が軽いことで復讐を決意することが多いようだ。 それまで闇の書の在り処が分からないのだから当然だろう。
だから決して、ヴォルケンリッターが目覚めた瞬間を狙って襲うようなことは無い。 それこそ、原作を知っていない限りは――
「SV3、カートリッジロード、COMスタンバイ」
『 OK, Cannon of micron 』
「シュート!」
「っ! シールド……しまった!」
カートリッジシステムを付けたデバイスから発射される超高速の魔力弾。 ファルゲンはとっさにシールドを展開するが、シールドなど無力というブラウンの言葉をその身で体感することになった。
体の中で爆弾が爆発するような感覚、カムイと同じようにバリアジャケットが内部から吹き飛ばされて気を失う。
防御力をギリギリまで高めたカムイでようやく意識を保っていたというのに、戦闘能力の低い補助魔導師のファルゲンでは耐えられるはずも無かった。
「ヴォルケンリッターで例えるならお前はシャマルだ。 援護されると厄介だし、真っ先に潰させてもらった」
「動き回れ……直射しかできないなら、的を絞らせるな」
倒れたままのカムイが消え入りそうな声で助言をする。 カムイ自身、今にも意識を失いそうなのに根性で耐えているのは八神はやてを思うからであった。
ここで自分達が倒せなければ、ブラウンは再び真塚家に向かうだろう。 当然、ヴォルケンリッターを倒す、いや殺すために。
そんなことさせるわけにはいかない、今日は八神はやてに新しい家族ができる記念日、それを家族を失う悲しみの日に変えるわけにはいかない。 そんなことを考えて、少しだけ疑問を感じた。
その疑問が何なのか分からないが、とりあえず体力を回復させて援護しなくてはならない。 今できるのはせいぜい簡単な助言程度だ。
疾風三式の刀身は砕け散ったが柄は残っている。 本体は柄なので、刃に魔力を通す攻撃魔法以外なら使うことはできた。
前のめりに倒れた体勢のまま、自身に治癒魔法をかけるカムイは首だけ動かして仲間の様子を確認する。
「砲撃魔導師が援護して、もう1人が格闘戦をしかける。 基本だが……連携がいまいちだな。 コンビネーション訓練をしていないだろう?」
「この間までケンカしてたからな。 でも……今は仲良しだ!」
「ケンカしてた原因が気になるが……ま、それは機会があるときに聞くとしよう」
ヴォルフと紫音はカムイの忠告を守って戦闘をしている。
基本的にヴォルフが相手に肉薄して魔法を打たせないようにする。 距離が離れたら紫音が足止めをして、その隙にまたヴォルフが近づく。
これで紫音が誘導弾や炸裂弾を打てたらもっと有利に戦えるのだろうが、あいにく紫音はそういう小技を捨てて砲撃にすべてを賭けている。
当然砲撃は発射間隔が長く、隙が大きい。 かつて過激派と介入反対派に分かれていたヴォルフと紫音では完璧なコンビネーションなどできるはずも無く、ちょこちょこと隙を作っては反撃を受けてしまっている。
あれは年季の差だ。 とカムイは思った。
トリップメンバーが魔法を使い出したのはここ2~3年程度。 しかし相手は10年前から復讐を誓い、長く管理局に身を置いて戦闘をこなしてきた。 キャリアの差は歴然としている。
指揮をとることが得意な刹那、射撃魔法の弾道予測ができる炎、どちらかがいれば戦況も変わったかもしれないが……
無いものねだりをしてもしょうがない、できるのはせいぜい首の動く範囲で戦況を分析し、助言と野次を飛ばすくらいのことくらいだ。
「SV3、カートリッジロード。 砲撃魔導師から潰すぞ」
「紫音! 動き回れ、止まった瞬間にやられるぞ!」
「分かってる。 くっそ、砲撃魔導師は動きが遅いんだぞ!」
紫音は必死に空中を動き回ってを絞らせない。 だがそれができていると思ったのは本人だけだった。 鈍足な動きを捕らえることなど、現職管理局員のブラウンには造作も無いことなのだ。
バインドが紫音の足に絡み付いて動きを止める。 カートリッジを使って強化されたバインドを破るには時間がかかるだろう
完全な不意打ちだった。 治癒魔法にもカートリッジを使う相手、予想できたはずだがカートリッジの後は必殺技と先入観が働いてしまった。
動けない紫音を狙ってデバイスを構え、再びカートリッジを装填するブラウン。 しかしヴォルフが攻撃を阻止する。
アロンダイトを振り回して少しでも時間を稼ぐ。 せめて紫音がバインドから抜け出すまで1人で持ちこたえなければならない。
「アロンダイト、カートリッジロード。 黒蛇追剣!」
「シグナムのマネか? ヴォルケンリッター対策をしている俺には効かないぞ!」
アロンダイトの刀身が何十個ものパーツに別れ、まるで蛇のようにブラウンを追い詰める。 普通の剣と大剣との違いはあれど、シグナムの攻撃を参考にしたことは見た目で分かった。
それを余裕の態度で避けているところを見ると、やはり対策は万全なのだろう。 所詮劣化コピー、こんなパクリ技で倒せるほど甘い相手ではないということだ。
だが、時間を稼ぐことはできた。 紫音がバインドから抜け出し、強力な砲撃魔法をチャージする程度の時間稼ぎは。
「ヴォルフ、どけ! 吹き飛ばしてやる!」
「まかせた!」
「ばかやろう! 動きを止めるなっていったはずだ!」
カムイが叫ぶのも聞かず、ヴォルフがブラウンから距離をとる。
魔法キャノンを背負って照準をブラウンに向けている紫音、逆に言えば攻撃するためとはいえ足を止めてしまっている。
ブラウンはニヤリと笑い、デバイスの先端を紫音の方向に向けた。
「ディバイン……ブラスター!」
「COM、シュート!」
二人の攻撃が同時に発射される。
紫音の砲撃はダムの放水、圧倒的な水流ですべてを吹き飛ばす必殺の一撃。 だが、それもダイヤモンドを切り裂く水流カッターのに比べたら圧倒的に遅い。
発射は同時でも先に相手に到達したのはブラウンの攻撃、閃光が紫音の体を突き抜けてカムイやファルゲンと同じように内部からの衝撃が発生する。
完全に気絶する紫音、いくら砲撃魔導師の紫音の防御力が高いといっても、完全防御体勢のカムイを戦闘不能にした一撃は攻撃体勢で耐え切れるものではなかった。
それに対して紫音が打ち出した砲撃は余裕で回避される。 残念ながら渾身の一撃は何にも当たらずに空へと消えてしまった。
「あとは……お前1人だ」
ブラウンがヴォルフの方を向く。 ヴォルフは思わず後ずさりをしてしまった。
3人で挑んで2人がやられた。 しかも相手はこれといったダメージを受けていない。
実力が違いすぎる、伊達に闇の書復讐モノとして10年間過ごしてきたわけではないらしい。 その影にどれだけの復讐心と血のにじむような努力があったのだろうか?
遊び半分で9年間過ごしてきた自分とは覚悟が違う。 ひしひしと伝わる気迫が圧迫感を生みヴォルフの呼吸を荒くさせた。
倒れている仲間の様子を確認する。 1人では勝てない、少しでも手助けが欲しい、だがファルゲンと紫音は気絶しており、カムイもまだ動けない。
(もう少し時間を稼げ)
カムイの唇がそんな動きをした。 眼にはまだ闘志が残っている。
時間稼ぎをする、といったらやはり話だろう。 同じトリッパー、うまくいけば相手の情報を得られるかもしれない。
少しでも情報を引き出して、他のメンバーに伝える。 それは絶対に役に立つことだ。
「11年前、何があった? 死んだのはクライド・ハラオウンだけじゃないのか?」
「クライド・ハラオウンが死んだのは最後の最後だ。 それ以前の蒐集ですでに被害者は出ていた。 当然、八神はやてじゃない闇の書の主だから……死者もな」
岡崎哲也が転生したのは17年前、ミッドチルダに住むクルーガー家の男児として生まれ変わった。
管理局職員として真面目に働く父と優しい専業主婦の母、そして年齢にそぐわない怪しい行動を繰り返す息子。 それでも両親は本当の息子、ブラウンとして哲也と接してくれた。
ある日、哲也はついに我慢できなくなる。 クルーガー家の息子として過ごすことが両親を騙しているように思えてしまったのだ。
そして思い切って自分が別の世界の生まれ変わりであり、これから起きる主要な出来事を知っていることも告白し――その結果、家族の絆はより深まった。
息子が生まれ変わりと知っても両親の態度は変わらなかった。 むしろ、奇妙な行動の謎が解けてすっきりした。 ブラウン・クルーガーの両親はそんな人間だった。
父がヴォルケンリッターに襲われ、死亡したのはその一月後だった。
11年前の闇の書の主は蒐集時に相手を殺すことを肯定していたらしい、リンカーコアを奪われた父はそのまま殺されてしまった。
それを機に、母との関係が悪くなった。 戦うすべの無い母は怒りをぶつける相手を求めていた。 一番近くにいたのは息子のブラウンだった。
未来を知っているなら、何で父を救えなかった?
母は食事を取らなくなった。 ショック、怒り、絶望、様々なものが重なり精神が衰弱していった。
結局、母は病院で世話になることになり、11年前の闇の書事件終了と同時に目の前で自殺した。 最後にひどい事をしたと謝り、復讐をブラウンに頼んだ。
その後、ブラウンは管理局に入り、同時に対ヴォルケンリッター用の自主訓練を始める。
原作キャラとはいえ、両親を奪ったことは許せない。 許すつもりも無い。
物語が崩壊したってかまうものか、所詮復讐なんて自己満足だ。 その後のことなど後で考える。
そして11年後、両親の仇が目覚める。
「つまんねぇ」
その一言でヴォルフはブラウンの話を断ち切った。
人の悲劇をつまらないと言うのは人として間違っているだろう、しかし話し相手は敵で、どうせ過去話も時間稼ぎで始めたのだ。
そしてそれが終了した今、長々と話を聞く義理などどこにもない。
「トリッパーの復讐だから期待してたけど……闇の書被害者復讐モノの王道じゃねぇか、何の面白みもない」
「悪かったな! けど10年間ため続けた恨みは本物だ。 俺はヴォルケンリッターを殺す!」
ブラウンのデバイスに魔力が溜まる。 必殺の攻撃、COMを撃つつもりだ。
それを確認したヴォルフはアロンダイトを正面に構えた。 どうやら真正面からぶつかる気らしい。
「馬鹿かお前は? 今までの戦いで威力は分かっただろう?」
呆れた声を出すブラウン、しかしヴォルフは深呼吸をしてさらに気合を入れる。
「俺は……ヴォルケンリッターが大好きだ」
「?」
「シグナムみたいに誇り高くなりたい。 ヴィータみたいに強くなりたい。 シャマルみたいに優しくなりたい。 ザフィーラみたいに大切な人を守りたい」
「何を言っている?」
「俺はへたれだ。 俺はチキンだ。 でもこの思いは本物だ。 だから……だから! 俺はヴォルケンズハーレムを作る! ザフィーラは友達ポジ!」
ブラウンはこけた。 だがそんなこと気にせずにヴォルフは話を続ける。
胸を張って堂々と、ものすごく馬鹿らしいことを大真面目に宣言する。
「そのためにもヴォルケンリッターを守る! 好感度大幅アップ! だからお前は、俺が倒す!」
「分かった。 馬鹿なんだな……なら望みどおり、吹き飛ばしてやる! COM、シュート!」
「こいやあああああああああああああああ!」
ヴォルフが走る、ブラウンが迎え撃つ。
ブラウンのデバイスから発射される魔力弾は一直線にヴォルフに向かい――別方向からの魔力弾と接触して弾道が変わった。
思わず魔力弾が飛んできた方向を見てしまう。 そこには何もない……いや、2キロほど先にマンションがある。 そしてその屋上にスナイパーライフルを構えた少年がいる。
信じられないことだが、それだけの距離から高速移動するミリ単位の目標を狙撃したらしい。
「幼女を守る時の翼はすごいんだ。 ヴィータを守る決意をした今のあいつは針の穴でも弾を通すぞ」
後ろから声が聞こえ、次の瞬間何者かが体当たりをしてきた。
先ほどまで倒れていたカムイがブラウンに必死にしがみついている。 昔の話をしている間に体力を回復させたのだ。
「ワザワザ面白くないお前の過去話を聞いてまで時間稼ぎをした理由は二つ、俺の体力回復と翼がアンタの魔法攻撃を打ち落とせるだけの魔力をためるためだ!」
「くそ! 離せ!」
「往生せいや、おどれえええええええええええええええ!」
地面と水平になるように振るったアロンダイトの刃がブラウンのバリアジャケットと接触する。
とっさに攻撃してきた方向と反対に飛んで衝撃を逃がそうとするが、組み付いたカムイのせいで体が重い。 衝撃を受け流しきれない。
ヴォルフは力任せにブラウンを叩きつけ、電柱とアロンダイトの刃の間に相手を挟みこむ状態に持ち込む。 さらにそこから気合一発、刀身に魔力を溜め込み一気に爆発させる。
ピシッ
乾いた音が辺りに響き渡る。 硬いものにヒビが入る音、それはブラウンの後ろにある電柱から聞こえていた。
ヴォルフの攻撃に電柱が耐え切れなくなったのだ。 それでもかまわずにどんどん力を込め、ついに電柱が崩壊した。
破片を撒き散らしながら砕け散る電柱、抵抗がなくなったことで一気に振るわれるアロンダイト、吹き飛ばされるブラウン。
カムイを背負ったまま壁に地面に叩きつけられたブラウンはピクリとも動かない、完全に気絶してしまったらしい。 それを確認したヴォルフは地面に仰向けになって寝転がる。
電柱を破壊してしまった。 深夜だから寝ている人間が多いが、ここら一帯は停電になっているだろう。
知ったことかと思う、こっちはギリギリの戦いをしていたのだ。 これくらいは緊急避難とかいう奴だろう。
遠くの空には、こちらに向かってくるメンバー達の姿が見えた。
ブラウンが眼を覚ますと、そこは見たことない部屋だった。
漫画やゲームが散乱している。 男の子の遊び部屋と言われれば信じてしまう部屋、しかしそこはチームトリップの秘密基地だ。
顔を上げると10人以上の少年が自分を囲んでいた。 体が動けないのは何重にもバインドで拘束されているから、デバイスを奪われた状態ではさすがに抜け出すことはできない。
9歳の子供の集団に拘束される17歳、見知らぬ人が見たらどのように見えるだろうか?
そんなことを考えていると、1人の少年がブラウンの前に立つ。 竜宮カムイ、一番最初にブラウンと戦ったトリッパー。
「なあ?」
カムイの問いかけにブラウンは答えない、仏頂面で無視する。
カムイはため息をつく。 しかし気を取り直して話を続けることにした。
「なあ、あんた……はやて好きだろ?」
無言のブラウンの体が、大きく震えた。